絆の軌跡   作:悪役

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怪物とは

第三学生寮のリビングでは、余り居心地のいい空間とは呼べない空間になっているのを、マキアスは理解していた。

この場には、この第三学生寮に住んでいる人間が、リィンを除いて、座っていた。

リィンがいないのは妹さんの介抱の為である。

妹さん………エリゼちゃんには怪我一つ無いのだが…………普通の少女にとって、今日一日の出来事は心に来るものであったのだろう。

仕方がなく、今日一日は寮に泊まっていく事になったという事だが…………エリゼちゃんには悪いが、今、僕達がここで集っているのはエリゼちゃんの事や、あの旧校舎での首のない鎧騎士の事でも無かった。

 

 

 

 

原因は、部屋の中央の席で目を閉じて座っているレイの事だ

 

 

 

「……………」

 

 

僕はおろか、この時間になれば基本、昼よりも眠たそうになるフィーですら表情は変えないままでも欠伸一つせず、腕を組んで目を閉じているレイの右手に注視していた。

今の彼の右手はどこにでもある右手だ。

とてもじゃないが、その手が…………鈍色の、巨大な手に変貌するなんて見た後でも信じれない。

旧校舎の件から一時間程経ったが…………アレの印象はたかだか一時間程度で消えるのは難し過ぎる。

 

 

 

 

全てを塗り潰すような右手

 

 

まるで、煉獄が凝縮されたような凄惨にして冷徹、そして無残な気配

 

 

 

正直、一般人の時に、あの右手と相対していたら、僕はみっともなく腰を抜かしていた、と思う。

修羅場だけは潜り抜けてはいるのだな、とサラ教官に感謝してもいいのか、駄目なのか分からない所だが…………そんな風に思っていると、この沈黙を破る人間がいた。

 

 

 

 

「……………リィンを待とうかと思ったが…………遅いから先に聞かせて貰おうか」

 

 

その尊大な口調に、思わず、声を発した人間、ユーシスに振り返る。

こんな時だというのに、一切変わらぬ口調と表情…………いや、どちらも変わってはいる。

表情は普段よりも数段鋭いし、口調だって聞くまでどかない、という強固な意志を感じさせる強さを纏っている。

普段はかなり気にくわない男だが、そういう所は見習うに値するな、と思いながらも、ユーシスの言葉に釣られ、、皆がレイの方を見る。

そして気付く。

 

 

 

 

レイは目を瞑っているのではなく、眠っているという事に。

 

 

 

こんな時だというのに、一切変わらぬ馬鹿過ぎる態度と能天気さに、僕は馬鹿、阿呆、間抜けという三単語を思いつく。

表情は普段、授業中に居眠りする時と変わらないし、こんな状況でも能天気さを完璧に貫いている。

普段も今もとてつもない馬鹿だが、そういう所は全く見習うに値しないな、と思っていると、ユーシスが無言でARCUSをホルダーから取り出す。

 

 

 

結果として、爆発音と共にレイが窓から吹っ飛んだ。

 

 

 

わざわざ窓ガラスが割れないように、レイの背後にある窓ガラスを僕とエリオットが開けている辺り、毒されている…………と思うが、窓ガラスを割るわけにはいくまい。

そうしていると、数秒後に居間の出入り口から焦げたレイが現れ

 

 

 

「殺す気かぁーーーーー!!」

 

「もう一発所望か?」

 

「そんなギャグに耐性無いと将来禿げるぞユーシス…………!! 俺の親父が以前、冗談が通じない馬鹿貴族に対して、"いいか? こういう時はこうするのだ"と語った後、言いたくも無いが略すが、そいつは禿げたぞ!」

 

「それは単純に物理的な手段で剃っただけでは無いのか?」

 

 

ラウラのツッコミにあいたぁーーーー、と顔を手の平で抑えながら、空を見上げる仕草には本当に一切、普段と変わる所が無い。

…………正直な話、むしろ普段と変わって欲しかった、という思いはある。

何故なら、つまり、これに関してはレイにとっては特に今更何か新鮮さがあるわけではない────"普通"の出来事という事になる。

あの異様な右手を晒す事も、それについて説明する事も────もしかすればあの右手を持っているという事も、友人にとっては別に気にすることない現実なのかもしれない。

それをユーシスも理解しているのか。

ふん、と鼻を鳴らしながらも…………しかし、慮るような口調で、腕を組んだまま先の質問を繰り返す。

 

 

「いいから、とっとと話せ。この阿呆が。その────」

 

「────右手(これ)の事?」

 

 

言葉と同時に一瞬で少年の右手が異形と化した。

肌色で鍛え上げられていた拳はあっという間に鈍色の、巨大で歪な怪物の手と変貌する。

余りの唐突さに、隣に座っていた僕は思わず、うわぁ!! と叫び、飛び退く。

飛び退いた後に、自分の失態に気付く。

大袈裟なリアクションを取った自分に、レイは色の無い目で見ている。

そこには好意は当然として、敵意や嫌悪、憎悪すら込められていない。

言葉にするなら、あ、そう、とでも言いたげな態度。

 

 

 

 

文字通りどうでもいい、という態度

 

 

 

僕のリアクションはおろか僕という存在すらどうでもいい、と言われたような気を感じ、即座に僕はすまない、と謝罪した。

それに気にしてねえよ、と返される言葉。

…………そこには一切の虚飾の色が見えなかった。

 

 

 

 

────むしろ、嘘や強がりの色があった方が良かった、とマキアスは歯噛みした。

 

 

 

 

「とは言ってもなぁ…………語れ言われても、俺も知らねえよこれについてなんか。お前らには教えただろ。記憶喪失。つまり、俺が目覚めた時にはこれは既にあったんだよ」

 

「……………目覚めた時に気付いた、という事か?」

 

 

ガイウスの顔には隠す気のない沈痛の表情。

…………どうしてか、と思ったが、数秒後には僕も気付く。

 

 

 

それは…………どれ程の恐怖だっただろうか

 

 

 

眠りから目覚めた時、自分を見失い、そして右手には訳も分からない異形の右手が存在している。

記憶があれば、まだ右手を恐怖する事はあっても、何故あるのかを知る事が出来ただろう。

右手が無ければ、記憶が無くても、それこそリィンみたいに、ただ記憶を失った子供として生きていく事が出来ただろう。

だけど、両方だ。

記憶はなく、右手は異形と化している。

…………正直、僕がレイの立場なら気が狂っているかもしれない。

そんな風に思っていたら、レイは苦笑して違う違う、と異形の手を振り、

 

 

 

 

「目覚めた時は普通の手だったさ。しっかりと気付いたのはその後────まぁ、日曜学校の奴らと色々あって、運悪く魔獣と遭遇した時にな」

 

 

あんときは大変だったなぁ、と笑うレイの顔には悲痛さも、後悔の色も無い。

だから、自分達は暗い話では無いのかと思っていたが…………

 

 

 

 

「何せ、魔獣全員を叩き潰した後、泣かれるわ怖がられるわ石投げられるわで大変大変。当然、日曜学校には二度と立ち入る事が出来なかったし、周りからの大人達の目線も冷たいのなんの。あーー。そーいや、沸騰したお湯ぶっかけられたり、花瓶を勢いよく叩きつけられた事もあったなぁ。全部やり返したけど」

 

 

 

くくく、と酷く楽しそうに笑う少年の顔には一切の邪気がない。

思わず、マキアスは演技か、強がりのどちらかを見つけ出そうと少年の顔を凝視するが…………少なくともマキアスの眼力ではレイの表情にはどちらの誤魔化しも見る事が出来なかった。

まるで、本当にあれは愉快だったなぁ、と過去を懐かしがっているようにしか思えなかった。

子供の頃の悪戯を馬鹿だったなぁ、と懐かしがり、面白がるように、彼は己の悲劇を喜劇だと扱き下ろした。

 

 

 

「最っ高に愉快だったのは、よりにもよって遊撃士に討伐依頼だぜ? 俺の両親、遊撃士だっていうのに依頼するなんて追い詰められていたもんだなぁ周りも! って俺、その時、マジで腹抱えて笑────」

 

「────止めて!!」

 

 

 

制止の悲鳴を挙げたのはアリサであった。

立ち上がり、テーブルに両手を叩きつけた少女の叫びは、最早、悲鳴に等しい。

ルビーのような宝石から小さな涙が零れそうになっているし、震えている。

…………アリサの悲鳴には完全に同意だ。

楽しそうに悲劇を語る少年の姿は見ていられない。

まるで、自分達も何れ、そんな風に破綻し、壊れていくんだよ、と優しく説明しているようにも思えて、悔しくて堪らない。

 

 

 

 

それはつまり…………僕達はレイから何の信頼も、信愛も得ていなかったという証左であった

 

 

 

何れ、壊れる、崩れる、離れていくものだ、とレイは告げていた。

それに怒る事は簡単だろう。

ふざけるな、僕達はそんな程度で離れていくような薄情な奴らでも無ければ、器が小さい人間ではない、とレイの襟首を掴んで教える。

とっても簡単だ────口で言う事はとっても簡単だ。

友情愛情なんて口で言うだけならば、悪人でも言える事を知っている。

 

 

 

 

僕は知っている────口先だけの愛を語る男を知っている。

 

 

 

だから、僕の口からはとてもじゃないが言えなかった。

他の皆も似たり寄ったりの考えなのか。それ以上、そういった事に関しては目を逸らし、再び少年の異形の手に目を向ける。

 

 

 

「……………記憶喪失だから仕方がないかもしれないが…………なら、逆に己の身元や………その右手を探ろうとは思わなかったのか?」

 

 

ラウラが切り込んだ話題に確かに、と思わず頷く。

記憶が無く、異形な手を持っていたのならば、余計に過去の事を知りたくなるというものではないだろうか?

記憶喪失になった事が無いから、そういった機微を理解出来るとは思わないが…………己の不明を理解はしたくなったりするものではないだろうか?

身元不明であるというが、完全に人間の痕跡を消すというのは並大抵の行いでは無い筈だ。

ならば、どこかにそんな痕跡があったのではないかと思うが…………レイはあーー、と頷き

 

 

 

「そりゃまぁ、気にならない、と言ったら嘘になるからな。調べたり、探しはしたんだけど…………これまた何の情報も無くてね。自分が見つかった場所から探ろうとしても情報ナッシング」

 

 

レイ・アーセルと名乗る前の自分はどこにも見つからなかった、とやれやれ、と肩をすくめるレイ。

流石に顔が曇るを止めれなかった。

痕跡を完全に消す事は難しくても、痕跡を辿る事も難しい、という事なのだろう。

理不尽ではあるが…………そればかりはどうしようもない、と思っていると

 

 

 

 

「ああ、でも…………記憶喪失になる前の自分がどうだったのか、一つだけ分かることがあるな」

 

「────本当か!?」

 

 

思わず、僕は目を見開いてレイを見る。

もしかしたら、その情報は些細な事なのかもしれないが…………0か1かなら1の方が遥かにマシだろう、と思ったから。

何も自分が知らないよりは、ほんの少しでも、それこそ何かが趣味だった、とか好きな物は何だった、とかあった方が良いだろうと思い、僕は少し嬉しくなって先を促す言葉を紡ぐ。

 

 

 

「それは一体何なんだ?」

 

 

 

と僕にしては無邪気に問い

 

 

 

 

「ああ────記憶を失う前は人体実験されていたっぽい」

 

 

 

問われた少年も気軽に、それこそ無邪気に答えた。

 

 

 

 

 

 

 

「……………え?」

 

 

エリオットが疑問符を浮かべながら、引き攣った笑みをレイに向ける。

すると、レイもうむ、と腕を組み

 

 

 

 

「……………さっきから思っていたのだが…………語る事全部が重い話しか出ないのはどうかと思うな…………」

 

 

 

何かどうでもいい事で悩んでいた。

人体実験とか、明らかに軽くならない話を軽くしようとして冗談を言っているのか、本気で思って…………いや、これは本気で言っているっぽい…………と思いながら、僕は聞くべきかどうか迷ったが…………やはり聞く事にした。

 

 

 

「えっと…………どうしてそう思うの? 何も見つからなかったんでしょ? 過去の手がかり」

 

 

「いやぁ。見つかった時が、如何にもな病院服っぽい姿をして、更にはこんな手だ。否が応でも"そういう"事をされていた、と思わないか? まさかこんな右手して、実は風邪の治療だけをしていましたっていうと傑作過ぎね?」

 

 

最早、ブラックジョークの域にあるが…………確かに、そうは思える状況証拠ではある。

嫌な言い方ではあるけど…………それならば確かに彼の右手が存在する理由も納得がいくといえばいく。

…………こんな言葉を、内心でも使うのは初めてだけど、胸糞が悪い納得ではあるのだけど。

 

 

 

 

…………でも

 

 

それならば、深く納得が出来る。

記憶を失い、右手は異形と化し、そしてその手のせいで周りの心は離れていく。

そんな目に合わされて…………信頼してほしい、なんて口が裂けても言える筈がない。

だけど…………それならば、と思う気持ちがある。

 

 

 

 

「レイ。その…………右手は直す方法とかは探したの?」

 

 

 

それさえ無くなれば、全部が解決するとは言わない。

右手が人の手に戻ったとしても、レイが負った心の傷が無くなるわけではない。

だけど、それさえ無くなれば、少なくともこれからの彼は拒絶されずに済むのではないか、と思ったのだが…………レイは何時にない透明な笑みを持って首を振った。

 

 

 

「それは無理だろうな────悪魔(こいつら)は互いに求めてようやく成立するようなもんだ。一方通行で得たものじゃないから、勝手にいらなくなったから切るっていうのはほら………都合が良すぎるだろ?」

 

 

その言葉には確信が籠っていた。

互いに求めあったからこそ、この手はあるのだ、と。

 

 

 

「ど、どうして? 記憶が無いんでしょ? それに………」

 

「────人体実験されていたのなら、無理矢理つけられた、と思うのが妥当」

 

 

言い淀んだ部分をフィーが引き継ぎ、思わず、フィーに頭を下げたが、フィーは気にしないでいい、と言わんばかりに首を小さく振った。

…………変わらない無表情ではあるけど…………そこにはやはり、レイに対しての憂いの表情があった。

その事に、少しホッとする思いを抱きながら、僕達の疑問を叩きつけられたレイはうーーん、と困った顔をするが

 

 

 

「まぁ、理屈を求められたら俺も弱いんだけどな。でも、何となく分かるんだ。右手(これ)は俺の自業自得によって得たもんだって。それまで忘れたら、ちょいとばかり恥知らず過ぎるって」

 

 

苦笑いと共に告げられた言葉に二の句を告げれない。

その笑みには言葉通り、記憶とか証拠があるわけじゃないのだろうけど…………そういったものが無くてもそうだと確信している、という事だろう。

そんな言葉にエリオットは何も言えなくなり…………フィーもまた無表情のまま、何も言えなくなっていた。

 

 

 

 

 

 

アリサはエリオット達が何も言えなくなって黙るのを見てから周りを見回してみた。

顔色は…………誰も彼も同じ。

レイの重い過去に、精神が追い付いていない。

かくいう私もそうだろう。

間違いなく、何かを秘めているのは分かってはいたが…………流石にこれは私のキャパシティを超えた話であった。

そういった物に耐性がありそうなユーシスやフィーでさえ何も言えなくなっているのを見ると、これ以上の話し合いは厳しいかもしれない、と思った。

リィンがいないから代表としてエマに少し視線を向けると、エマも黙って、小さく頷いた。

今回はエマは聞き手に回っていたが…………一人でも問うのではなく、黙って聞いている役がいた方が良いと思ったのだろう。

それに感謝しながら…………でもアリサは最後に一つだけ、彼に聞きたい事があった。

 

 

「……………レイ」

 

「何だ」

 

「……………恨んでる?」

 

「……………」

 

 

どれについてかはアリサは言わなかった。

アリサとしては全ての事柄について求めた形で質問したが…………それを形にする勇気を持てなかった。

だけど、レイは…………そんな弱気を弾劾するかのように、とっても綺麗な笑みを浮かべ

 

 

 

 

 

 

「────勿論。俺は死ぬまで、お前達、人間を憎み続ける。願わくば死ぬまで苦しむ事を祈っている」

 

 

 

 

────星を見るような笑みで、少年は静謐な殺意をぶつけてきた。

 

 

 

ひっ、と漏れた悲鳴は誰の声だったか。

私であったとしても否定できない程、背筋が震えていた。

少年の言葉に偽りはない。

心底から、彼は人間を憎らしい、と呪っていた。

今までの経験で、多少の敵意だったり、殺意には慣れて来たと思っていたが…………最高純度の殺意を前にフィーですら身動き一つ出来なかった。

とても綺麗な笑みを浮かべながら、一切許さない、認めない、殺したくて堪らない、と祈る破綻に悲鳴を挙げる為の口が開きそうになり

 

 

 

 

「────はい、そこまで」

 

 

 

ぱんぱん、と叩く音が憎悪を霧散させた。

手の平を叩き、声をかけたのはサラ教官だった。

一応、リィンに付き添いでエリゼちゃんに負傷が無いか、確認をしてくれていた筈だが、降りてきたという事は問題なし、という事だったのだろう。

そんな風に思考を働かせながら、心底ホッとした私は、思わず椅子に深く座り込み、そのまま倒れたくなっていた。

 

 

「余り虐めるのは感心しないわよレイ。純真な子ばっかりなんだから」

 

「だから、捻くれ代表として捻くれの極致を教えようと思って。どうです? さいっこうの捻くれ具合でしょう?」

 

「それについては否定しないわ。あんた程の捻くれ者はそうはいないわ」

 

 

二人の会話が耳に入らない。

同じ言語で語り合っているのに、まるで石と石が擦れ合ったような音にしか聞こえない。

手は震えるし、足も同じ。

意識なんて全く定まらない。

まるで、今日一日、修羅場を全力で乗り越えてきたような疲労感に押し潰されていた。

その状態をサラ教官は理解してくれたのだろう。

安心しなさい、という普段余り見せない優しい色を隠さずに、私達全員に声をかけた。

 

 

 

「貴方達。今日はもう休みなさい。忘れろ、とも諦めろと言うわけじゃなく、まだやる、というなら今日は"知った"という事でとりあえず満足しておきなさい」

 

 

欠けた言葉ではあったが、逆に言いたい意味を理解した私達は誰ともなく立ち上がり、何も言わずに部屋に帰っていった。

その中で…………私は一人涙を溢していた。

 

 

 

「……………っう…………」

 

 

 

怖くて、辛くて…………悔しくて泣いていた。

何も出来ず、震えているだけの自分が情けなくて泣いていた。

…………好きだと自覚した相手なのに…………何も言えず、怖がる事しか出来なかった自分に泣いていた。

どうにかしたい、という思いはあるのに、どうにもしたくない、という恐怖の感情に押し潰され、惨めに逃げるしかない事が…………まるでレイを否定しているだけに思えて。

私も、少年を拒絶した人間と変わらないのではないか、という嫌悪感に、私は涙を止める事が出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

レイは一人一人、死人のように出ていくのを見届けながら、多少、やり過ぎたかねぇ、と思うが、別に後悔はない。

明日以降、腫物のように扱われようが、怪物として怯えられようが、逆に受け入れられようが、別にどうでもいい事である。

Ⅶ組メンバーだと、結構タフな奴らだから、受け入れる方向性も十分に有り得るかなーーなどと思っていると、一人残ったサラ教官が溜息を吐くのを見たので、手をひらひら振りながら

 

 

 

「いいじゃないですか。世の中、本当にどうしようもない(・・・・・・・・)奴っていうのがいるって知るのは悪い事じゃないでしょう? 卒業先はどうなるかはさておき、仮にも士官学院生なんですから、怪物に対してどうすればいいのかを早めに知る事が出来た、と思えば上出来でしょう?」

 

「…………仮に同意するにしても、もう少し段階を踏んで行う事よ、それは」

 

「世の中、段階を踏んでばっかりいられるわけではないでしょう?」

 

 

はぁ、と再度溜息を吐くのは呆れたからだろう。

でも、否定しないという事は納得もしているという事だ。

何もかもが段階を踏んで行われるのなら、世の中、もう少し平和…………にはならないか。

これだから人間は、と思いながら、ついでにサラ教官に対しても捻くれる。

 

 

 

「ですからサラ教官────どうしようもない捻くれ者の餓鬼一人、更生出来なくても気にしなくていいですよ」

 

「────」

 

 

思わず、といった調子でこちらを見てくる教官相手にけらけらと笑う。

そんな俺の態度に何か思う所があったのか。

迷う様子はあったが、それでもサラ教官は口を開いた。

 

 

 

「どうしようもない奴がいるって貴方はさっき言ったわね」

 

「ええ。俺とか、他にはそうですねぇ。赤の戦鬼(オーガ・ロッソ)とか血染めの(ブラッディ)シャーリィとかどうです? あーー例えで語るなら、後者の方がいいかな。前者は仕事人ですけど、後者は趣味人ですからねぇ」

 

「概ね同意しないといけない相手だけど…………貴方は、その"どうしようもない"を捨てる…………いえ、折り合いさえつければ…………」

 

 

何時でも、救われる事が出来るのよ、と教官は俺に告げた。

流石の俺も少しだけキョトン、とするが…………直ぐに小さくくくく、と笑う。

それはまた素敵な勘違い(・・・)だ。

そういう風な受け取り方もそういえばあったあった、と思うと途端にサラ教官が可愛らしく見える。

この人も結構、地獄を見てきているけど…………根っこの所はアリサ達と変わらぬ、光を信じている人だな、と思い、怪訝そうな顔をしている教官に笑って、己の想いを告げる。

 

 

 

 

「────まさか。俺が嫌々、もしくは仕方がなく人間を憎んでいると思っていましたか? 人体実験されて、人から拒絶され、それで否が応でも嫌いになるしか無くて、本心は誰かと一緒にいたがっている、なんて有りがちな思春期特有の勘違い系。でしたら安心してください────俺は、俺の意志で、人体実験とか拒絶とかが無くても、貴方達人間が大っ嫌いですから」

 

 

 

この憎悪は、例え、何度煉獄に落ちようが、忘れないだろう。

何も覚えていない人間が言う言葉では無いが…………それでもこの憎悪だけは目覚めた時から胸裏に刻まれていた。

人間は醜くて、汚い。

個人としてみれば、そうではないが、総体として見れば、人間はどうしようもない程、醜悪である、というのが名も無い俺の結論だ。

性善説何て俺は欠片も信じていない。

 

 

 

 

性悪こそが人間という獣の真実だ

 

 

 

その悪を責めれる立場にいるわけではないが…………だからと言って、好きになれるわけでもない。

だから、この身は未来永劫の復讐者にして、復讐を諦めた負け犬。

死ぬ最後まで人間を憎み続ける惨めな悪魔(かいぶつ)だ。

そう告げると、サラ教官は何かを言いたそうに口を動かしていたが…………結局、何も言えず、そのまま去っていった。

その様子をやれやれ、と苦笑しながら、人がいなくなった食堂にいる唯一の人に声をかけてみる。

 

 

「あんな風にお酒大好き人間気取っている癖に性根では立派な教師っていうのは何か本になりそうだと思いませんか、シャロンさん」

 

「ええ、全く。それに関しては深く同意しますわレイ様」

 

 

音もなく現れるメイドさんに、俺は盛大に嘆息する。

ここまで気配を消して、優雅に微笑んでいたら、流石に心臓に悪いという物。

ましてや

 

 

 

「そろそろ、これ。この首のワイヤー。外してくれませんか? 俺、こういう首を絞めつける系、苦手なんですよ」

 

 

生殺与奪の権利を奪われているとなると、誰でも気分が悪くなるという物。

首に巻かれるワイヤーなんて、他の誰も…………サラ教官は気付いていたかもしれないが…………いい薬だと思ったのかもしれない。

まぁ、それはいいのだが、まさか右手を変化させた瞬間に巻かれるとは思ってもいなかった。

お陰で、未だに右手を変生させたままだ。

いい加減、解除したいのだが、ワイヤー(これ)がある限り、解くわけにはいかない。

そう思って聞いてみたら、普通に素直に分かりましたわ、と告げ、ワイヤーを解き、そのまま出ていってしまった。

アリサの所にでも行くのかねぇ、と思い、肩を解す為に、腕を回していると…………一人、出入り口に現れる奴がいた。

 

 

 

 

一応、Ⅶ組の顔役のような馬鹿であった

 

 

 

姿を見た途端、思いっきり殴りたくなるのを堪えながら、俺は右手を封印する。

人の手に戻った自分の手を2,3回開閉しながら、降りてきた馬鹿を無視して

 

 

 

 

「────お前も人間だ(・・・・・・)

 

一緒にするなよ他人が(・・・・・・・・・・)

 

 

無視できない言葉を吐く阿呆に対して、折角封印した右手をもう一度変化させる所であった。

よりにもよって、最も言われたくない相手に、最も言われたくない台詞を言われると、一周回らなくてもぶち殺したくなる。

 

 

 

「何だ? 右手だけが異形で、それ以外の所は人間だからか? それともお前には心があるーーとか何時ものリィン節で説くつもりか? はっ、知るか聞くかどうでもいい。可愛そうだとか何だとか思ったのかは知らないが、はっきり言おうか。有難迷惑だ」

 

 

俺の話を聞いていない人間だったというのに、まるで全てを聞いていたかのように振る舞うリィンが余りにも苛立たしい。

うるせえ、黙れ、まるで鏡の向こうみたいに振(・・・・・・・・・・)る舞うな(・・・・)

俺の正逆なんていらない。

だから、懐くな、とお前とは違うと跳ね除けようとして

 

 

 

 

 

「────首や心臓を裂かれても動けるわけじゃないんだろ?」

 

 

 

などと、とんでもなく馬鹿気た言葉を言われてしまった。

 

 

 

 

「────」

 

 

 

思わず、憎悪すら忘れた怒気が内心から沸々と湧いてくる。

何て馬鹿気た勘違いだ。

不死じゃないから怪物じゃないだろ、とでも言いたいのかこいつは。

微妙に共感できる怪物観だが、そういう意味じゃねえよ、というツッコミすら口から出せない。

あるのはただ、ああ、こいつ、マジで殺してやりたい、という苛立ちだ。

人の事を苛立たせる癖に、変な部分に理解が届いていないのが余計に拍車がかかる。

そして、本当の苛立ちは…………何故、こんな奴にわざわざ苛立たないといけないのだ、という自分に対するものであった。

だからこそ、俺は怒りを吐息にして吐き出し、そのまま席を立ち、立ち去ろうとする。

 

 

 

「待て! レイ! まだ話は終わってないぞ…………!!」

 

「はっ。お前は終わってなくても俺にとってはとっくに終わってんだよばーか」

 

 

俺が人間であるかどうかなんて当の昔に俺の中で結論が出ている。

俺は、誰も彼もから拒絶されるように怪物でいい、怪物がいい。

人間に何かなりたくも無ければ、なりたいとも思わない。

だから、後ろで喚ているリィンなんて知らない。

知るものか。

 

 

 

 

 

絶対に理解などしたくない

 

 

 

それが、俺がリィンに対する感情であり…………憎悪とはまた違う感情である事に気付き、舌打ちをしてしまうのであった。

 

 

 

 

 

 

 




(再びこそこそ。感想・評価などよろしくお願いします。)

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