絆の軌跡   作:悪役

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私は貴方を拒絶する───

エマはラクリマ湖から帰ってきたアリサさんの調子が悪いという事には気付いていた。

見るからに元気の色が抜け落ちている。

ちょっと前から何か悩んでいるのはエマも気づいてはいたが、ノルドの高原を見て、少しだけ元気の色を取り戻したからほっとしていたのにラクリマ湖から帰ってきた途端に再び元気の色彩が剥ぎ取られていた。

 

すわっ、緊急事態ですか。

 

もしくはリィンさんがまたトラブルを起こしたのかと思ったが、原因は身内ではなく外部───と言ってもアリサさんからしたら身内なんでしょうけど。

 

グエン・ラインフォルト

 

帝国トップの企業であるラインフォルト者の立役者にしてアリサさんの祖父。

今ではグエンさんの娘さん……つまりアリサさんのお母さんに任せて隠居をしているみたいだがアリサさんの表情を見れば複雑な事情があるのなんて誰にでも理解出来る。

だからこそ、宴会中にアリサさんが外に空気を吸ってくると言って一人外に向かう中、エマはレイさんを探していた。

文芸部所属、エマ・ミルスティン。

こういう時にどういう人が彼女と話し合うべきという王道は当然、チェックしている。

ここで必要なのはアリサさんがどう想っているかは敢えて詮索はしないが、それでも距離が近い彼が必要だと思い、視線を回して探し

 

「───あれ?」

 

彼の姿は無かった。

残念ながらレイはリィンと違い王道キャラではないという計算違いをエマはしていたのであった。

 

 

 

 

 

「……ふぅ」

 

アリサは溜息を吐きつつ、外に出た。

高原の空気は咽喉にも良く思える。

それくらいの綺麗な土地を見ながら、やはりアリサの感情はいい方向に傾かなかった。

今ではさっきまでいた宴会の雰囲気ですら自分がさっきまでいた場所とは思えなくなってしまう。

 

「……」

 

別にお祖父様が悪いわけではない。

むしろ悪く思うべきは母親の娘である自分なのかもしれない。

あんな事をされたのに私に対して昔と変わらずに接してくれるだけ幸いと思うべきなのかもしれない。

 

「はぁ……」

 

何をどうしてもネガティブな考えしか生めないなぁ、と顔を下に俯かせ───そこに人の顔があった。

自分でも何を言っているのか分からないが現実である。

その顔はまるで自分の同級生の男子の顔のようにも思えた。

そしてその顔と目線はそのまま真っ直ぐ向いており、そこまで考えて相手が寝転がっているという事実を知り───そして自分の立ち位置が彼の顔の真上に立っているという事を知る。

そして今の自分の服装は学生服。

下はスカートである。

絶対領域は彼の視界に諸に入っていた。

 

「ふっ……」

 

すると彼は謎の微笑と共にただ一言。

 

「絶景だぜ……」

 

躊躇いなくその顔面を踏み抜いた。

 

 

 

 

 

 

「……一応、何度でも言うがとぼとぼ歩いて勝手に俺の顔の前に立ったのはアリサだぞ」

 

「わ、分かっているわよ……でもね。感情ってそんな簡単にコントロール出来るなら苦労しないと思わない? ね?」

 

そりゃ同感だが、尤もらしい理屈を利用しているのが丸解りである。

本人も理解しているのだろう。

少し表情が引き攣っており、申し訳ないという態度と恥ずかしさと怒りが混在している顔だ。

まぁ、いいかと思いつつ俺は再び見たかった物を見直す。

 

「で? 貴方は何をしているの……?」

 

「は? ここに来る前から言ってたじゃないか? ───上だよ」

 

そう言った俺の言葉に釣られるかのように上を向き

 

「……あ」

 

 

───星の天蓋に辿り着いた。

 

 

地上にある宝石とはまるで比べ物にもならないレベルの星々の輝き。

色んな場所で星空を見上げている俺ですらほぅ、と感嘆の溜息を吐く煌めき。

夜の帳を吹き飛ばさんばかりの光。

カメラなんて持ってこなくて良かった。

カメラなんて余りにも無粋だ。

だって、この星の川のような光景を忘れる事なんて恐らく生涯ないだろう。

 

「アリサも折角、ノルドに来たんだから見上げてみたらどうだ? それだけでこの実習に価値が生まれるものだろ?」

 

アリサは俺の言葉に反応せず、呆然とした顔のまま寝転がっている俺の隣に彼女も寝転ぶ。

別に場所はいいのだが、やけに近いなぁと思う。

まぁ、別にいっかと思い、空を見上げ続ける。

そうして暫く沈黙と星を楽しんでいると

 

「……8年前だったわ。技術者であった私の父が亡くなったのは」

 

ポツリ、と何の断りも無しに彼女は自分の事について語り始めた。

彼女の父が亡くなって以降、母親は以前までとは打って変わったかのように家族を顧みなくなった事。

シャロンさんとの付き合いは7年前から。

その頃から既にアリサに親しい友人というのが少ないという事。

ラインフォルトという大企業の娘という肩書がある以上、貴族からも同じ平民からも真っ当に話し合える人間が酸くなるという事はまぁ、仕方がない事なのだろう。

しかも武器商人の娘でもあるという事が彼女への目線に厳しい物を増やす要因だったのかもしれないが、それに関しては恥とは思わなかったのだと。

そして、それでもシャロンさんとお祖父様がいたから寂しくなかったと。

乗馬などはお祖父様から。

弓などはシャロンさんから。

そうやって色々な事を教えてもらい、むしろ満足であった事。

でも、そんな中、イリーナさんは一人祖父の意向を無視してグループを拡大していった事。

そして一番のアリサにとっての衝撃は───ガレリア要塞に供えられた二門の"列車砲"の事であった。

 

「レイも多分、知っているでしょ?」

 

「まぁな。世界最大の長距離砲大で……」

 

「そして恐らく世界最悪の大量虐殺兵器よ」

 

自嘲するかのように笑う彼女に、俺が何かを告げる言葉は持っていない。

何せ列車砲には武装というよりはアリサの言うとおりに虐殺兵器としての運用しか出来ないのだ。

敵国から自国を守る為に使うというよりは、自国に危害が及ぶ前に敵を……クロスベルを破壊しつくだけの軍用兵器。

兵器のように攻守で使う物ではない。

ただ殺す為だけの物。

 

……まぁ、武術も兵器も詰まる所はそれなんだけど……

 

流石にそれを指摘する程空気が読めない男ではない。

そういった考えも王道な彼らに無粋を言うものではない。無粋を知っているのは俺とまぁ、サラ教官くらいでいいだろう。まぁ、サラ教官も怪しいような気もするが。

フィーはきっと大丈夫だろう。

あの子はどう足掻いても悪い人間にはなれない子供だから。

話が逸れたので戻ると列車砲に関してのみは今も宴会で騒いでいるであろうグエン老人も気に病んだらしい。

何て罰当たりな兵器を作ってしまったのだと。

その慚愧から最後まで帝国政府に委託するかに苦しみ

 

───そこを自分の娘に付け入れられた。

 

ラインフォルトグループの大株主全員を味方にしたというイリーナさんは手の平に残った二人しかいない家族を容赦なく切り捨てた。

それが今から五年前の出来事。

どこにでもあるような事件と扱うのは余り好きではない。

好きではないが……そういった似たような事があるこの世の中では情よりも利益を取ったというのはよくある事であり、そしてここで俺が言える事は

 

「……」

 

残念ながら無かった。

何故なら

 

「ふふ、ごめんなさいね───貴方からしたら贅沢な悩みとしか思えないのよね?」

 

考えていた事を読まれた事に頭を掻いて逸らすが、効果はないだろう。

セントアークのあれはやはり響くものだ。

だから、俺には人を救えないのだ。

人を救うというのは生きていく中での余分も含めて助けるという事なのだ。

生きるという事を重要視している自分では人を救う事など出来やしない。

この場で彼女の言葉を聞くべきは俺じゃなくてリィンの方であるべきなのだと本気で思う。

そんなこちらの事を気にせずに彼女は睨むように、嘆くように続ける。

 

「だから……私は納得したくなかった。家族よりも会社を取ったお母様も。それをただ受け入れたお祖父様も。優しかったのに何も言わなかったシャロンにも……自分達が生み出して巨大になっていくラインフォルトという名前の重みに家族という意味が潰される事も」

 

認めたくなかった───

 

そうして自嘲するかのように笑い

 

「そうして何もかも嫌になった小娘が逃げ込んだと思った士官学院は実際は母の息がかかった場所で、あれだけ酷い目にあったと思っていたお祖父様はここで第二の人生を謳歌して……本当、何一人で空回りしているかと思ってネガティブになっていたんだけど……でも」

 

そうして彼女はでも、ともう一度繰り返し……空に手を伸ばす。

その表情には先程のような自嘲なんて一切なく、まるで本当に子供のような笑顔を浮かべて

 

 

「───この星空を見たらどうでもよくなっちゃった」

 

 

精一杯に手を伸ばし、届かない星に慈愛と感謝の明かりを瞳に映していた。

 

「───」

 

不覚にも。

本当に不覚にも。

その仕草だけで、一瞬、レイ・アーセルというシステムに致命的な崩壊が起きた気がした。

今までに一度もそんな事など起きた事がないというのに───あの馬鹿野郎を相手にしてもこんな事は起きないと断言できる致命の(イタミ)

だから、レイは必死にそれを無視する。

 

「何となくだけど……分かった気がする。お祖父様がどうしてこの地に住んだのかを」

 

「……そうか。お前の納得を得れたならそりゃ重畳だ」

 

「うん……ありがとうね。私に上を見上げろって。俯くだけじゃなくて空を見上げる事を教えてくれて」

 

「俺のお蔭じゃない。お前がお前を救ったんだ。誇るべきは俺じゃなくてお前自身だよ───お前の頑張りはお前が褒めてやるものだよ」

 

本音である。

俺はアリサという少女に対して手を貸してなどいない。

切っ掛けくらいにはもしかしたらなったのかもしれないけど……それでも彼女の強さは彼女の手で獲得したものだ。

俺が掠め取っていいものではない。

 

「ふふ……ありがと。でも頑張りねぇ……それだとうちの父はどういう風に頑張って私の母を口説いたのかしらねぇ」

 

「おいおい。そんなの俺にも理解出来るわけないじゃないか」

 

「でも、よく考えてみてよ? 確かにうちの母は父が生きていた頃は普通の母親だったけど……何か色々と苛烈な所は多分、変わってないと思うのよ」

 

重い話を終えて冗談のように軽い口調でアリサは楽しそうに話す。

それにさっきまでの痛みは気のせいだと思う事にして、まぁ星を見ながら付き合う。

 

「いや……でもイリーナさんも昔は今みたいな鉄壁な女って感じじゃなかったんだろ?」

 

「まぁ、そうだけどね。でも、別の意味では鉄壁だったと思うのよ。だって優しくはあったけど気が凄く強かったもの。昔、私が嫌な大人に怖い事されそうになった時、母が何をしたと思う? アッパーよアッパー。見事なアッパーカットだったわ……」

 

「成程、血か」

 

「何か言った?」

 

「いや何も」

 

人を教室でアーツやら弓で吹っ飛ばすとか全然言ってはいない。

思ってはいるが。

 

「それに父も……まぁ娘の私が言うのも何だけど……普通の父親って感じだったから。父はともかく母もどうして父と結婚したのか……」

 

「ふぅん……?」

 

アリサの話を総合すると父は普通そうな外見と性格で母はまぁ、ルーレでも会ったからの姿から想像すると気の強い美人であったのだろう。

確かに、どうしてくっ付いたかはある意味で謎のペアかもしれない。

好みとか何やらを気にしたら流石に推理は出来ないし、俺はそういうのに疎いから答えなど出しようもないのだけれど。

何か言うとすれば

 

「───どうしようもなかったんじゃない?」

 

「───え?」

 

何故か物凄い驚いたようにこちらを見られた。

見るというより凝視に近い視線に流石に少したじろぐが、先を待っているようなのでとりあえず思った事を言ってみた。

滅茶苦茶甘過ぎる結論だが

 

「いや、だから……その───どうしようもなく好きになったからじゃない? 理屈とかそういうのを抜きにして」

 

 

 

 

 

 

その言葉を聞いた瞬間にアリサの見るモノは現実じゃなくて過去になった。

そこはやはりアリサが今も住んでいるラインフォルトの住宅ベース……つまり自分の実家であり───陽だまりのような時間を過ごした時の頃であった。

まだ全然小さいアリサはリビングの母の腕に抱かれて笑っており、その光景を父が、祖父が微笑と共に見ていた。

そして私が見上げた先には母の慈愛の表情があった。

何もかもが本当に完全な世界で、小さい自分が笑顔のまま母に

 

『ねぇ、かあさまー? どうしてかあさまはとうさまとケッコンしたの?』

 

などと年齢を考えれば結構、ませた質問をしている。

それに母は今よりも当然、若い顔でちょっと困った顔をして

 

『どうして疑問に思ったの?』

 

『だってね。おじいさまによんでもらったほんだとかあさまみたいなビジンはかっこういいひととケッコンするんだもの』

 

成程ね、と呆れたような顔をして、そして母は父に向かって

 

『あなた。アリサが格好良くない父ですって』

 

『はは、実に面目ないが、持って生まれた顔と性格に文句を言ってもね?』

 

『全くもう……』

 

開き直る父に今度こそ本気の呆れ顔を作るがその表情には今でこそ分かる幸福の色が見て取れる。

それを分かってか。

幼い自分は実に無邪気な顔でどうしてー? と質問を繰り返している。

母はそれにどうしたものかという顔で微妙に慌てた顔を作る。

それに対して黙っていたお祖父様がこれも今でこそ分かるサイン───親指を立ててGOサインを無責任に出すので母が笑って幼い自分の視界から見えない場所から何かを投げて祖父を轟沈させていた。

それに気付かない自分はやっぱり無邪気に答えを待っており、それに対し仕方がないわね、と微笑の形のままアリサを更に深く抱きしめる。

 

『あのね、アリサ。お母さんの完全な独断と偏見だけど……それでも聞く?』

 

『うん!』

 

独断と偏見という言葉の意味をまだ知らなかっただろうに。

私は無条件に母を信じた顔で元気よく頷く。

それに仕方ないわね、と全然仕方が無さそうな表情で母は子供に答える。

 

『いい? アリサ。愛っていうのはね……本のように特別な何かがないと生まれるようなものじゃないと私は思っているの』

 

『……そうなのぉ? でもおほんのおうじさまやおひめさまはいろんなことをしているよ?』

 

『そうね。きっとそういう恋愛もあるのだと思うわ……まぁ、最近のパンを加えて走ってぶつかった男と恋に落ちるとか、助けて貰ったらもうそれだけで特別っていうのは何か違う気がするけどね……ちょっと。あなた。何を笑ってるのよ。悪い? 私がそういうのを知っていて』

 

『い、いや……悪くないよ?』

 

全くもう、とちょっと憤慨した母に首を傾げている私を見て後で覚えておきなさいよ、と捨て台詞を吐くのを忘れずに

 

『アリサが言った通りに父様は見た目はかなり普通だし、性格もこの通りちょっとなよっとしてるけどね』

 

『なよっと?』

 

『ええ。なよなよしているの父様は』

 

『えー。酷いもんだなぁ』

 

舌を出してべーと笑う母様がとても綺麗に見えて私はきっと無意味に誇らしいような表情を取ったと思う。

母様はそれに笑顔で応え

 

『でもね。そんななよっとして顔も普通な父様だったけど……何故か母様はこんな人に惚れてしまったの。何かこの人に特別にされたとか。印象に残るような事をされてないのにね。理屈とかそういうのを蹴っ飛ばしてやっちゃったの。だからね───愛っていうのはどうしようもない事なの。多分だけどね』

 

言っている事の半分も理解していなかった自分はとりあえずどうしようもないの? と反復するだけ。

母は多分だけどね、と笑い

 

『私からしたら愛ってもう本能的な暴力みたいなものよ。私も色々と理想とか考えたけど、まさかそんな考え全てをご破算にされるとは思ってもいなかったわ』

 

ごはさん? と首を傾げる過去の私の目で見る母親の顔はご破算とか言いつつ本当に楽しそうな顔で笑っている。

その表情でどうして自分の計画をご破算にされたと言えるのか。

 

『……流石にアリサには早いかもしれないわね。まぁ、そうね。つまり、恋愛っていうのはどうしようもないっていうのが母様の経験談。アリサはどうなるかは楽しみにしておくわ』

 

『いや、それは父様許さないぞ。アリサが欲しければラインフォルト最新鋭の武装隊に勝ってもらうレベルじゃないとなぁ』

 

『また前時代的ねぇ……』

 

きっとこれが母が私に女としての教訓を一つ残した出来事で。

二人が幸福であるという証明をして、幼いながらも思わず羨んでしまった二人の完成形を見た時で───そうなりたいと思った記憶であった。

 

 

 

 

 

 

 

「そうだった……そうだったのね……」

 

唐突に。

アリサは寝転がっていた体を起こすとこちらを全く意識せずにそんな独り言を呟いていた。

 

「……?」

 

別におかしな所はない。

変な独り言は呟いているが、別におかしな様子は見れないからまぁ、内面で何かあったのだろうというくらいは読み取れる。

俺がおかしな事を言ったのかもしれないとは考えるけど……何故だろうか。

 

俺にとっての嫌な予感というのがここに来てピークになった。

 

ここにいてはいけないと何故か無条件で確信できるような予知。

だから思わず起き上がってどこかに行こうとして───

 

「ねぇ、レイ。いきなりだけどやっぱり言わないといけないと思ってた事があるの」

 

───捕まった、と何故か思ってしまった。

 

「以前、貴方は言ったわね。星のように生きたい。全力で生き続けたいって。多分、本当はそれは正しい事なんだと思うけど……未熟な私でもわかるわ───それはきっと間違いだって」

 

胸に手を当ててこちらに対して挑むように、慰めるように、受け入れるように視線を逸らさずに自分の生き方を否定する。

 

「生きているだけで奇跡? それも正しいと思う。自分が生きている事を感謝するというのは大事だと思うわ───でも行き過ぎた感謝なんて普通は出来ないの。例え、それがどんなに幸福な事でも……私達は自分の手元にあるものを当たり前だと思うし……自分の命をそんな壊れ物(・・・)みたいに扱わない」

 

以前はこちらから視線を逸らした少女は本当に別人のようにこちらを畳み掛ける。

 

「呼吸をしているだけで涙を流したくなる? 私にはそれは」

 

生きるのに苦しんで喘いでいるように思える。

 

「───」

 

少女の言葉にこちらに気を使う言葉は混じっていない。

何もかもが弾劾の言葉だ。

でも、弾劾の言葉を発しているには少女の表情が歪み過ぎている。

心配の表情……というよりは懇願の表情に見える。

 

まるでもっと楽になってもいいの、と安心を呼び掛ける様に

 

大丈夫だから、と抱擁のような言葉。

 

自分のように自分にのみしか祈れない自分と違って他者を想う祈り。

その瞳を受けて───目を逸らすしか出来ない。

何故か解らない。

似たような言葉なぞ何度も受けてきた。

わかる人にはわかるようで基本は遊撃士の人だが色んな人に自分の生き方への指摘を受けた。

 

同情の言葉を受けた。

叱責の言葉を受けた。

畏怖の言葉を受けた。

憐憫の言葉を受けた。

 

アリサには悪いかもしれないが、間違っているなんて言われ慣れている。

サラ教官にも実は言われている。

それ(・・)は忘れるべきだと。

貴方は貴方の生き方をするべきだと。

 

───お生憎様

 

俺はこの道を選ばされたわけじゃない。

選び取ったのだと思っているのだから、他人の言葉で揺るぐ気なぞない。

そもそもの話、最近の本のように多少、揺らぐ事実を他人に言われた程度で迷うような生き方をするなら、それは生き方とは言わない。

流されていると言うのだ。

だから、アリサに対しても同じ言葉を言えばいいのに……

いいのに───その瞳の感情()がこちらに理解出来ない力で抑え込まれている。

 

知らない。知らない。知らない。知らない。

 

そんな目で見られた事なんてない。

挑むような目も、憐れむような目も、恐怖が混じったような目で見られた事なんて幾らでもある。

 

───でも、そんな何もかもを受け入れられるような目で見られた事だけはない。

 

ドクン、と心臓が痛む。

その目で見られると意味もなく喉を掻き毟りたくなる。

だから、逃げるように目を逸らしながら彼女に語りかける。

 

「どうして……どうしてお前がそんなに気にする」

 

返事はない。

だから、俺もここで畳み掛けないと今まで積み上げた物が壊されるような恐怖を覚えながら必死に口を動かす。

 

「仲間だとは分かっている。でも、所詮、俺とお前はクラスメイトで友人……お前がそこまで俺を気にする必要はないし……あのパトリックが言った事も覚えているだろう? 俺もここで断言するけどクラスの皆に隠している事なんて結構ある」

 

その瞳に翳り、見えない事に怯えて、必死に弁解する。

余りにも滑稽であると自覚しても言わなきゃならないという強迫観念に突き動かされる。

 

「まだ言わないけど……いや、多分そろそろ言うような気がするけど……それは間違いなくお前達に同情とかされるようなモノじゃないんだ。あのパトリックの言う様に」

 

畏怖と弾劾の言葉で言うようなものだ───

 

と口には出さずに伝える。

アリサは間違いなく聡明の子であり、言わなくても伝わるというのはそれくらい理解している。

 

───だからこそ次に寂しそうな微笑を浮かべながら瞳に変化がない事に愕然とした。

 

「……やっぱり、貴方……自分の事を嫌っているのね」

 

 

 

 

 

 

目の前で最早挙動不審とも言えるレベルで狼狽える彼を見てくすっ、と笑いながら続ける。

 

「セントアークの事件があってからつい貴方の事を見ていたけど……何時もトラブルに巻き込まれ、起こしたりして楽しそうに笑っていると思っていたわ。でも……その割に貴方は楽しそうではあるけど嬉しそうな顔は見た事がなかったわ。そうして見てみると貴方は事件の中心にいるように見えて、どこか他人事のように見え始めた」

 

まるで演劇の舞台を見ているみたいであった。

余りにも完全な演技に騙されそうになるけど違和感に気付くと凄くおかしく見える。

だって、周りは演技をしていないのだ。

周りは完全な自然体で物語を作っているのに、何故か彼だけが一人物語を演じているように見える。

生きる事を大事にしているのなら自然体で混ざればいいのに……まるでお前にそんな事が許せるかと言わんばかりであった。

そうしてリィンみたいに他人の為に奔走しているけど……リィンも別の意味で不安があるがレイはレイでそうやって生きているのを楽しんでいるように思えないのだ。

 

「それは……お前が勝手にそう思ってるだけだろう?」

 

「そうね」

 

それに関しては否定しない。

もしかしたら勝手にそう思っているだけかもしれないし、彼の言う様にまだ彼の事を全て知っているわけではないのだ。

今、言った事も勝手に私が思っているだけだし彼の言う通りに隠し事もたくさんあるらしい。

 

「それなら教えてくれるの? 何時かでも」

 

「……」

 

一瞬で沈黙する彼を見て本当に可笑しな気持ちになる。

何だ。一度気付いてみれば、まるで羽が付いたように軽い気持ちだ。

母様もそうだったのかもしれないと思うと笑みが深くなる。

だって、彼は今まで見せた事がない態度を見せると困った事に逆に嬉しくなる。

私が初めてという事は多分、他の皆も見ていないという事。

つまり、私が独り占め。

とってもいい気分である。

そうしているとレイは息を吐く事で逆に冷静になったらしく、何時もの態度にようやく戻り

 

「……忠告は感謝するし、まぁ多分、隠し事の一つや二つくらいは言いそうだけど……悪いが生き方を変えるつもりは毛頭ない。俺がこうあれかしと思って選らん生き方だ。簡単にゴミ箱に捨てて変える程度で歩いてきたわけじゃないんだ」

 

はぁ、と本気で疲れたような語る彼に私は笑いながら舌を出す事で返事をした。

完全に顔を顰めた彼はそのままどこかに行こうとする。

私はそれを無理には追わない。

 

まだ言わない。

 

自分の道も彼の事もよく知っていない自分が全てを曝け出すのはよくない。

まだ自分の暴走だけという可能性もあるのだから。

でも、逆に言えばそれらの条件が揃えば

 

「……負けないんだから」

 

自分にも彼にも。

強情という言葉から発生したような彼を何時か打ちのめしてやると。

 

 

 

 

 

逃げるように……否。本当にただ逃げて来たレイは誰も周りに人がいないのを確認すると手で顔を抑えた。

頭痛までしてきた気がする。

 

今の自分は何時も通りの笑顔(レイ)だろうか?

 

全くもって自信がない。

セントアークでの予感は正しかった。いや、甘かったというべきか。

彼女は強敵と思っていたがそんなレベルではない。

大袈裟な表現かもしれないが、俺にとっては致命に至る毒のような存在である。

思わずこのまま頭蓋を潰したくなる。

その魅力的な誘惑は自我で抑え、落ち着くために息を吐く。

 

「……ったくもう……」

 

何なんだ?

一体、何だという。

別に何時も通りに自分の生き方が真っ当ではないと否定されただけではないか。

何一つ経験則と変わらない。

おかしい所なんてない。

おかしいのは自分だけだ。

 

「……」

 

そうに決まっている。

そうじゃなきゃおかしい。

そうじゃなければまるで彼女の何かに押されている事を認めているみたいではないか。

 

「馬鹿馬鹿しい……」

 

ああ、もう本当に落ち着け俺。

別にどうって事はない。

どんな理由があれ、きっともう直ぐこの日常は崩壊する(・・・・)

何時もそんな終わりを迎えていたのだからいい加減慣れている。

最後は何時も自分の手で壊してしま(・・・・・・・・・・)()のだから。

我ながら悪癖だと理解してはいるが、そういう性分なのだから仕方がない。

だから、今回もそうだ。

彼女の理解不能の瞳も最後は冷めて……まぁ、良くて理解者のレベルに落ち着いてくれる。

だからこれは一時の迷いなのだと思い、空を見上げる。

生涯最高の星空がそこには輝いている。

でも、何故か今日だけは星は自分を照らしているようにとてもじゃないが思えなかった。

 

何て無様な被害妄想───

 

 

 

 

 

 




………………………………ふぅ、書き終えた……。

さぁ、もう後戻りはない。
どのキャラも進むのみである。
それにしても主人公を虐めるの楽しいなぁ……作者の半分くらいは同意してくれるであろうこの想い……

皆さんも感想でばしばし書いて下さいお願いします!
いやしんぼな自分に感想をギブミープリーズ!


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