絆の軌跡   作:悪役

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ただただ流れていく

雨が降っている景色を、フィーは校舎の二階からぼーっと眺めていた。

 

「……」

 

別に特に感慨はない。

雨を見るとセンチメンタリズムになるとか、他のクラスメイトのようにはならない。

雨は雨だ。

強いて言うなら雨が降れば視界が悪くなり、行動に支障が来たす。もしくは逆に敵の視界、聴覚を妨害するなど元猟兵としての能力がそれを思うだけであった。

 

「……」

 

猟兵。

元、大陸最強の猟兵団の双璧であった西風の旅団所属の西風の妖精(シルフィード)

この二つ名を得た時、団長はちょっと困ったような苦笑をしていた気がする。

それがまるで子ども扱いされているみたいで、団長を困らせた記憶もある。

懐かしい記憶だ。

何となく分かってはいた。

団長が私を猟兵にするのは反対であった事を。

言ってはなんだけど赤い星座と違って、団長は酷く人間味が溢れていた。

あんな怪物染みた人が私には一番温かい人間のように思えた。

だから、私は今でも猟兵になった事は恐怖はあっても後悔は微塵もなかった。

生きる為というのもあったが、それ以上に"家族"の為。

文句なんてどこにも無かった。

 

「………」

 

今、後ろを通り過ぎた女子生徒がこちらがいると気付いた時に視線を逸らされた事も、現在進行形でクラスメイトがこちらを敵視されても、その言葉は揺るがない。

同じ状況になったら百回中百回同じ道を選ぶと断言出来る。

誰かに理解されたくてやったのではなく、家族の為にやりたかっただけなのだから。

 

「よっす、フィー。そんな所で何やってんだ?」

 

「……ん。委員長と待ち合わせ。勉強を見てくれるって」

 

すると背後から声が聞こえる。

気配はしていたから別に驚きはしない。

 

「レイは何をやってるの? またトラブル?」

 

「うーーーん。まだ巻き込まれる前だな。経験上、この後に何かありそうだ」

 

自覚有りのトラブルメイカーらしい。

無自覚のリィンと自覚有りのレイ。

どっちがマシなんだろう?

でも、どっちも周りを巻き込むからどっちもアウトか。

 

「勉強しなくていいの? テストが近いけど」

 

「くくっ、お前がテストの心配をするとは……ま、心配なさんな。クラスの平均を落とすヘマはしないとも」

 

「……やっぱり変? 元猟兵がそんな事を心配するのは」

 

「他人に風評や意見を常識にするのはストレスが溜まる生き方だぞ? 他人の意見は無視しろ……とは言わないが、他人の意見を全てと思うのは頂けない」

 

それくらいは理解している。

理解した上で問うてしまった。

そこをまるで分かっているとでも言わんばかりにこちらの頭に左手を置いてくしゃくしゃ無理矢理撫でてくるレイ。

委員長とかも偶にしてくるけど、レイは遠慮がない分、髪が乱れる。

 

「子ども扱いしないで」

 

「そんな事を言っている内はまだまだ子供子供、フィーちゃん?」

 

「む……」

 

レイは馬鹿っぽい癖に妙におっさんっぽい。

時々、サラよりも老成しているみたいになるんだから精神年齢やばく見えるけど、それでもどこか子供っぽい。

まぁ、委員長もお母さん化するから意外とそういうのは多いのかもしれない。

というか、彼的に私の事はいいのだろうか?

 

「……レイは私を敵視しないの? 元猟兵だよ?」

 

「自分で答えを言っているじゃないか。元に手を出す程、暇でもないし、生憎だが準遊撃士にもなっていないガキだよ。それにサラ教官が連れてきたのに文句を言うほど無粋じゃないよ」

 

「それはレイの結論じゃないよね?」

 

「そういうのは他のメンバーに頼んでくれ。俺は他のメンバー程、若い心は持ち合わせてないのよ」

 

そう言って視線を露骨に逸らすレイだが、下からじ~~っと見上げていると根競べに負けた。

 

「ああ、もう分かった分かった。分かったからその目は止めろ。たくっ……子供はそういう時狡賢いんだから……」

 

「ぶい」

 

とりあえず、片手でVを作り、勝利を誇っておく。

団で教えてもらった子供ならではの必勝法であった。

西風の旅団は子供の教育方法を間違えていると指摘するメンバーは残念ながら存在しなかったのであった。

猟兵の欠点なり。

 

「ま、言えばお前は怒るかもしれないが……お前は元々、猟兵向きじゃないからだよ」

 

「───」

 

猟兵向きじゃない。

そう言われたのには、確かに驚きではある。

確かに見た目の上では猟兵っぽくないのは自覚はしているけど、自身の能力を見た後にもそう言われるのは稀である。

だから、怒りとかよりも興味の方が先に頭に浮かんだ。

その興味に答えるかのようにレイも続けて話をしてくれた。

 

「ああ、先に断わっておくが能力面の話じゃない。力という意味ならばフィーは間違いなく猟兵は適していない職業ではないさ。戦闘能力は勿論の事だが、頭の回転、罠を張る器用さ。土壇場においても冷静に考えて行動できる胆力。猟兵じゃなくても遊撃士でも軍隊でもやろうと思えばやっていけるだろうよ」

 

戦闘という面におけるある種の天才性。

少女であるとか年齢とかそんな理屈などを簡単に壊して生まれた戦場で踊る妖精。

それがフィー・クラウゼルという戦闘能力の評価である。

評価ではあるが

 

「だけど……フィー。それでもお前は猟兵には向いてないよ」

 

「……どうして?」

 

「じゃあ、お前───そのガンソードで俺の首の頸動脈を切れって言われたら出来るか? 能力とか仲間とかそんなの関係なく。猟兵として仕事で俺の首を狙ってくれと言われ、出来るか?」

 

人を殺せるか? と彼は困ったような顔でこちらにその質問を告げた。

 

「……知ってたの?」

 

「勘だよ勘……それにお前は人を殺すにはちょいと良心があり過ぎる───でも、それは良い事だ。人を殺すのが怖いなんて当然だし、何一つとして悪いことじゃない。それは人として誇っていいことなんだよ、フィー」

 

「……でも、それがまた私を一人にした」

 

人を殺す。

猟兵としては実に当たり前の行為であり───私にとっては踏み越えられなかった一線であった。

団長が私が実戦を経験してからもずっと言い続けた言葉があった。

 

「いいか? 外れる、もしくは殺してしまうかもと思ったなら撃つな。迷ったなら撃つなよ。汚い仕事は俺達、大人がするもんだ」

 

そう言って絶対に私が人を殺しそうな役目は絶対にさせなかった。

本当なら見せる事も避けたかったみたいだけど、それだけは猟兵の仕事上不可能なので渋々私も連れていた。

そして、それらを団員の皆も異を唱える事はなかった。

親馬鹿集団と思わず文句を言ったら、全員にいい顔で親指を立てられた。

自覚のある親馬鹿集団の被害に遭うとこうなるのか、と実感してしまった。

それを言うとレイも笑い

 

「猟兵にしとくには……いや、それを言うのは流石に傲慢だな。在り来たりな表現だが、大事にされているのがよく分かる猟兵団じゃないか」

 

「……ん。そだね。仕事では容赦なかったけど……皆、私からしたらいい人だった」

 

勿論、これは内からの意見であり外からしたら皆は死神と呼ばれても仕方がなかったのだろう。

そこは認めている。

そして、団長はその中に私がいるのは反対であった。

役に立たないとかそういう理由ではないのは流石に理解している。

でも、それでも───

 

「フィー、余り過去を見つめ過ぎるのはよくないぞ」

 

その流れをレイが断ち切った。

無意識の内に肩に力が入っていたフィーはその一声でストン、と肩を落とした。

それにやはり、苦笑し

 

「トールズ……いや、Ⅶ組は嫌いか?」

 

「……ううん。でも、中には受け入れてくれない人がいるだけ」

 

別にラウラを否定するわけではない。

むしろ、どちらかと言うと他のメンバーがおかしいのだ。

猟兵と知ったのに、他のメンバーは別にそんなの構わないという態度。

どちらかと言うとラウラの態度は正しい反応である。

なのに、周りが少数派の集まりのせいで逆にラウラが異様に目立っているのだが。

皆はレイみたいな経験はないんだから、殺人者が隣に立っているのと変わらないだろうに。

 

「もしかして、皆、猟兵について余り詳しく知らないとか」

 

「まぁ、全員そういったのと関わりがあるような生活をしていないみたいだからな。そういうのを知っているのは俺とお前とサラ教官くらいみたいだ」

 

「ん、同意。仕方がないけど」

 

ここにいるのは軍人の卵だ。修羅場を経験してここにいるのはむしろレアケース。

教官メンバーでもちょび髭教頭とメアリー教官も戦闘能力は持っていない。

それ以外は流石に皆、経験持ちだけど。

まぁ、それでもⅦ組の皆は持ち前の胆力で戦闘になっても怯えないのは凄いとは思うけど。

 

「まぁ、フィー。結論を急ぐことはないだろう。お前さんは十分に人間なんだから何れ輪に入れるさ。ラウラはまぁ、ちょいと温室育ちっぽい所はあるけどな。俺はリィンみたいに話せば理解してくれるなんて暖か~い言葉はとてもじゃないが言えないが」

 

「同感。リィンはよくあんなに歯が浮くようなセリフを連発出来るかなぞ」

 

口から吐き出す砂糖加減は学院随一であるリィン同級生。

余りの台詞加減に一部ではリィン節と呼ばれている。

二日に一回は絶対、リィン節が出るので、その時は周りの男子生徒が「リィン節警報が出たぞ~~!」と叫び周りの男子全員で口説かれているであろう(無自覚)女子とリィンの間を舌打ちして通り過ぎるのが最近のトールズの慣習である。

時折、その舌打ちメンバーにマキアスやクロウ、アンゼリカが混じっている事から既にリィンは学院の男子の大半を敵に回している。

特に会長親衛隊(非公式)にはブラックリストに乗っている。

どのようにして苦しく始末するかを日々検討中らしい。

リィンも大変、と思うが大丈夫だろうから手を貸さない。

きっと生還するだろう。

 

「フィーちゃーーん」

 

すると委員長の声が響いて、こちらに小走りしている姿を確認する。

それにレイも気付き

 

「さて。我らの末っ子の面倒はお母さんにお任せして。悪いお兄さんは御退散しよう。んじゃ、勉強頑張るといい」

 

「……まぁ、どれも否定しないけど───お兄さんよりもレイはお父さんは?」

 

彼がへの字に口を曲げるのを見てようやく反撃出来たと内心でぶいポーズ。

そして彼はやれやれ、という表情に変化し

 

「こんな大きな子供はまだまだいらないわい」

 

「偏屈お父さんは大変だね」

 

放っとけ、と言ってこちらに背中を向ける。

私もこれからの委員長の授業に眠気を抑えて頑張らないといけない試練にやらなきゃダメかな、と思い

 

「あ!? レイ君見つけた!」

 

「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!?」

 

「あ! ま、窓を突き破って逃げる程!? で、でも諦めないんだから! アンちゃん! 予想通りに下に逃げたから追って! クロウ君も学食奢ったんだから追い込み頼んだよ!」

 

どうやら宣言通りにトラブルに巡り合ったらしい。

さっきまでの感動やら何やらが台無しだ。

やれやれだね、と思いつつフィーは重い腰を上げるのであった。

 

 

 

 

 

 

リィンは雨の中、傘を指してアリサと一緒に帰宅している所であった。

必要な所は教官や先輩に質問するだけして、後は寮で勉強をしようと思い、途中で見知らぬメイドとちょっとだけ話をし、その後にアリサと偶然出会い、帰宅するという流れ。

当然、お互い明日の中間テストに向けての話題がほとんであり気になる部分を互いにピックアップしながらの会話であったが

 

「……」

 

時折、アリサの口が脈絡なく閉まる。

意識がこちらではなく違うところに向いたかのように話題が止まるのだ。

流石にリィンもそれには気付き、今まで言うべきかどうかを悩んでいたが、それでも聞いてみようと思い、行動に移した。

 

「レイと何かあったのか?」

 

「……へ?」

 

アリサが本気で驚いたと言わんばかりに目をぱちくりと開く姿は、見た目が美少女のせいか。そんな表情でも異性同性、両方見惚れそうだなと思い

 

「ちなみに、これに関してはやっぱり皆、薄々気付いていたし、レイは意識的にアリサに触れないようにしていた」

 

レイが完璧に振る舞うから逆にアリサの態度が目立って原因が何となく全員感じれたのだ。

時折、ちらちらとレイを見るアリサを本人は本当に何時も通りにからかうだけ。

だから、フィーとラウラとは違う形で違和感が目立ってしまう。

まさか、アリサの恋煩いか!? と叫ぶマキアスをユーシスが鼻で笑ったあのシーンは心によく残った。

ついでに二人の殴り合いでマキアスの眼鏡が割れ砕けたのも心によく残った。

財布を確認した時のマキアスの悲壮な顔を忘れるのは難しいだろう。

 

「……私ってそんなに隠し事下手?」

 

「……まぁ、ノーコメントで」

 

むぅ、とアリサは唸るがそこが分かりやすいポイントなのだと彼女は何時気付くだろうか?

でも、他のメンバーはどうだか知らないけどリィンは何となくアリサがおかしい理由に検討がついていた。

 

「……あの教会での事か?」

 

「……リィンは何故かレイに関しては鋭いわね」

 

何故かじと目で見られた。

いや、そんな目で見られても困るし、何よりもそれだけは頷き難い。

 

「誰があんな馬鹿の事を理解なんて───」

 

「そうやって人を馬鹿として扱うのもレイだけよね、リィンは」

 

何故かプレッシャーが増した。

むぅ、と思わず呻くが、仕方がないのだ。

何故だかレイにだけはどうも何というか態度が砕けてしまうというか何というか───苛立つのだ。

何かが苛立つ。

理由とか思うよりも早く苛立つ。

理屈とかそういう小難しい事から起きるものじゃない。

でも、それを言葉にすると互いの理性が吹っ飛ぶ(・・・・)ような予感がして怖いのだ。

だから、きっと互いに道化を演じていて……それしかお互い同じ場所にいられないような気がして───

 

「───リィン?」

 

「……あ? あ、ああ悪い。ちょっとぼーっとしてた」

 

アリサに言われて現実に戻ってこれた。

とりあえず作った笑顔でお茶を濁したが、気遣わしげな表情は変わらなかった。

ここで疑うんじゃなくて気遣うのがアリサの個性だよなと思いつつ、リィンは先程まで思っていた事はとりあえず心のごみ箱にでも捨てておいた。

 

───まだ互いが互いに踏み込む理由がなかった。

 

 

 

 

 

 

キーンコーンカーーンコーーンという鐘の音と共に学生は全員机に突っ伏すか、終わったーーと叫び、中間テストは終わりを迎えた。

ちなみにⅦ組で言うと会心の出来をゲットしたマキアスは手を力強く握る。

会心の疲れを誇ったフィーは机にぶっ倒れる。

会心の眠気を誇ったレイは盛大な欠伸を。

会心の笑みを発揮したサラ教官は出席簿をレイにシュート。

 

「ま、テストご苦労様。でも忘れてないでしょうね? 貴方達には実技テストもあるんだから」

 

「そ、それがあったか……」

 

「むしろそっちの方が気が楽」

 

「サラ教官のいやらしい何かがない限り問題ないだろ」

 

今度はチョークがコークスクリュー気味に飛んだ。

当たった本人もぐわぁ、と叫んで飛んだ。

動きを読んだリィンがレイを上手にゴミ箱に放り込んだ。

 

「あ、こら! 止めろリィン! こんな漫才みたいな恰好が他クラスに知られていいのか!? Ⅶ組が恥ずかしい集団にみられるぞ!? エマプロデュースのⅦ組作品とか言われてもいいのか!?」

 

「そ、そこでどうして私を巻き込むんですか!?」

 

「なら方法はただ一つだ───エリオット。刀を取ってくれ。焼却してくる」

 

「ぼ、僕まで殺人行為に巻き込まないで!?」

 

「あーー、もう話を逸らさない。レイはそのままでいいからリィンも席に着きなさい」

 

川の流れのようにレイはゴミ箱放置が決まった。

むーむー呻いてはいるようだが、既にⅦ組のスルースキルは極まっている。

エリオットやガイウス、エマですら完全な無視な態度を発揮する様子を見ると、既にⅦ組の残念度は計る事をするのは惨いだろう。

遂に、ゴミ箱に入りながら回転する奥義を見せつけるレイを誰も見ても聞いてもいないのだからトワ会長辺りがこの風景を見ると思わず涙を流してしまう程であろう。

 

「ま、明日はテスト明けの自由行動日だから精々息抜きをしなさい。あ、私はちょっと野暮用があって明日の夜まで戻ってこないから。私が文句を言われないレベルなら羽目を外していいわよぉ?」

 

「そりゃいい。最近、お酒を飲めなかったら飲みたくなっていたんですよ。代金後で払うんで飲んでも?」

 

「ふふ、未成年は酒を飲むな、なんて堅苦しいことは言わないから後でお金よろしくね~」

 

「いや、あのですね……未成年が酒を飲むことは止めましょうよサラ教官」

 

「全くだ。後ろのゴミ箱は後でリィンが何とかするからいいが、少しは教官らしく戒めるという事を知ってもらいたいものだ」

 

「ふむ……何ならレイよ。私と後で鍛錬でもしないか? 酒を飲むよりもいいストレス発散になるし、互いを高め合うことも出来る。うむ、一石二鳥だな」

 

「俺の命の有無以外はな。後、誰か助けてくれ」

 

全員で無視した。

そうしてそのまま流れ解散になった。

ちなみに、レイは結局、最後まで誰にも助けられずにそのまま放置された。

 

 

 

 

 

 

「ふふ……今日はどうだった? エマ君。僕の方は絶好調だったぞ。今日こそ君に勝たせて貰おう」

 

「あ、あはは……どうでしょう? ベストは尽くしましたよ?」

 

「ユーシス、五問目の問題についてだが……」

 

「ああ、あれはな……」

 

などとⅦ組の帰宅状況は最初の内は実に学生らしい会話をしていたのだが、ここにいない二人(レイに関しては意識的に消去し)に思わず溜息を吐く。

 

「……やっぱり、あの二人……仲が悪くなった原因はフィーの出自よねぇ?」

 

「うん……だって前回の特別実習の報告の後から雰囲気が急に堅くなってし。実習終わった直後は二人とも普通に会話していたし、報告の時もフィーの事を語る前も変わらなかったよ」

 

アリサとエリオットによるテーマと解説に、全員が同意する。

確かにその時までは二人の仲に問題らしい問題は無かった。

だが、A班の実習において判明したフィーは元猟兵という言葉を聞いた瞬間に偶々、マキアスがラウラの顔色と表情が一瞬、フィーに向けて鋭く変わったのを見たらしい。

そして、それと恐らくほぼ同時のタイミングでエマもフィーの何時もの無表情が変化するのを目撃していた。

それは仕方ないと諦める力の無い溜息と疲れたような顔であった。

 

「……逆に何の態度も驚きもしていなかったレイは気付いていたと見ていいのだろうか?」

 

「だろうな。あの男は何だかんだで隠し事が多そうだからな。そこのアリサみたいに隠し事が下手だったのなら可愛げがあるが」

 

「そ、そこで私に話を振らないでよ!」

 

まぁ、確かに未だにアリサも過去についてははっきりしていないメンバーの一人であるので全員で苦笑する。

全くもう、と軽く憤慨しているアリサを先頭に我らが第三学生寮に辿り着く。

 

「ふむ……今日の夕餉の担当は誰だったかな?」

 

「確か……マキアスとユーシスだ」

 

「ふん……後れを取るなよマキアス・レーグニッツ。いや、お前はコーヒーを作るだけで構わないが」

 

「ふん。そちらこそ。スプーンよりも重いものを握って食材に振れた事など無さそうだからな。僕の足を引っ張って攻撃料理など作らないように気を付けることだ」

 

もうこの二人、実はこのやり取りを楽しんでいないだろうかと苦笑し、アリサがドアを開けようとし

 

「おかえりなさいませ、お嬢様。」

 

「───へ?」

 

そこを横合いから呼び止められるような清流のような声が響いた。

全員ほぼ同時に振り替えると薄紫色のショートヘアをし、かなり特徴的な服装の───まぁ、メイド服なのだが。メイド服を着た、凄い顔が整った美女がこちらに笑顔を向けていた。

唯一、リィンだけがテスト前に出会ったメイドさんである事に気付くが、それ以上に

 

「シャ、シャ、シャ───シャロン!?」

 

「はい、お嬢様。お変わりがないようで何よりです」

 

ニコニコ笑顔の美人メイドは、というか間違いなくアリサからの暴露によって彼女がアリサの家のメイドである事を知らされ

 

「皆様、初めまして。シャロン・クルーガーと申します。アリサお嬢様の実家のラインフォルト家で使用人として仕えさせていただいております」

 

そして完璧な一礼と共に

 

「これから皆様のお世話をさせて貰いますのでよろしくご指導、ご鞭撻をよろしくお願いします」

 

その完全な笑みを見た、後の副委員長はこう語る。

 

「メイドというものは極めればあれ程の破壊力になるのか……」

 

ちなみにこれを聞いたアリサはもう乾いた笑みを作るしか出来なかった。

 

 

 

 

 

ラウラは食堂が何だか静まった何かに雰囲気が制圧されていることを知る。

とは言っても息苦しいものではなく、むしろ全員が微妙に生暖かい者を見る目で発生源を見ていた。

まぁ、やはりと言うべきか。

発生源はアリサであり、その彼女はわざとらしくキッチンで料理を作って運んでくる新しい管理人を無視していた。

それに自分もやはり苦笑し、原因となったメイド服姿の管理人を見る。

 

……シャロン殿か……

 

今も笑顔を絶やさずにキッチンを往復して料理を運んでいる。

その姿に男子も女子も含めて手伝いを申し出たのだが

 

「メイドとして仕える皆様にお手を煩わせるわけにはいけませんわ」

 

と笑顔で断るので全員渋々という表情で座っている。

というか男子勢は何やらガイウスとユーシスを除くと残念だ、という表情だ。

特にリィンがそんな表情でシャロン殿を見るのはどうかと思う。

既に色々な女子と会話をしているのをよく見るリィンなのにこれ以上、女子に懸想するのは帝国男子としてどうなのだ。

と、思うが

 

……いや、別にそれは私に関係がある事ではないではないか。

 

そう自分の想いを修正して、深呼吸をする。

だが、まぁ、とりあえずアリサにとっては不幸なのかもしれないがラウラにとってはシャロンの登場は意外と有難いものであった。

何故ならシャロン殿の登場のお蔭で少しだけかもしれないが皆の注目が私とフィーから外れている。

それが良かった。

幾ら聡い方ではないラウラとて彼らが自分とフィーの事を考えて悩んでくれている事には気付いている。

そして私のせいで少々、重い雰囲気が生まれるのを耐えてくれているのを知っている。

だから、時折わざとらしく暴れてくれるレイなどには感謝などもしていたのだが

 

「……む? そういえばレイはどうした?」

 

食堂の時、席は基本自由だからどこを見れば彼がいるというわけではないのだが、席の空白が出張すれば嫌でもいない事は理解できる。

それにまずはユーシスが応じる。

 

「少なくとも、俺達が最後に見たのはゴミ箱になっているレイだが」

 

「……私も最後に見たのはゴミ箱になっているレイかも」

 

フィーが応じる姿にやはり胸の内が少し良くない物を生み出すが無理矢理生み出して、つまり、と結論を纏める。

 

「───もしやまだ教室のゴミ箱か?」

 

「……」

 

ちらりとガイウスが外を見た。

外は既に真っ暗。

街灯や家の明かり、星と月が道を照らす時間帯である。

ちなみにテストが終わったのは昼過ぎである。

どれだけ短く見積もっても7時間くらいは経っている。

次に容疑者であるリィンを見る。

リィンはゆっくりと首を横に振るう───俺は無実だと。

 

「あら? 困りましたわね……このままでは料理が冷めてしまいますわね」

 

シャロンが少し苦笑の形に笑みを歪めてそんな事を言う。

迷わずに全員が目線でギルティを告げる。

何故なら匂うからだ。

自分達のように料理手帳を片手にとか、少しだけ上手いとかそういう次元を突破してプロの生み出した料理の匂いが。

リィンはくっ……、と唸り、諦めて学院に向かうかと決めた所に

 

「帰ってきたどーーー!」

 

というナイスタイミングのレイの帰宅の声と同時にそのままこちらに向かってくる足音が食堂の扉を開け

 

「……ってまだゴミ箱……!?」

 

エマのツッコミが全てを表していた。

何と見事に、レイは未だに上半身をゴミ箱に埋めたままであった。

人間から奇妙なオブジェにクラスチェンジしているレイはわはははっ、と笑いながら

 

「いや、それが今回は見事に嵌ってな。全く抜け出せなくて。仕方がないから色んな人に尋ねては案内してもらったり、色々助けて貰っていると何か噂が広まって『悪い魔女にゴミ箱に姿を変えられた』とか子供に言われた。そして応援を受けて、時々魔獣を倒したり、ドラマを作ったりしてようやく帰ってきた」

 

「何をどうしたらそうなるのよ……」

 

アリサが頭を痛めるかのような仕草に心底同意する。

リィンの場合は巻き込まれたトラブルが勝手に大きくなるのだが、レイは愉快犯でトラブルを自ら大きくしたりして楽しんだりしている。

 

「明日からどんな言い訳をすれば……!」

 

マキアスが胃の部分を擦って大いに悩んでいる。

そうか。

よく考えれば、レイは帰るために第三学生寮はどう行けばいいと色々聞きまわった事になる。

つまりは既に巻き込まれた。

その皆の思いに代表するかのようにリィンが立ち上がってゴミ箱に近付く。

 

「レイ。苦しいだろ? 今、楽にしてやる」

 

「おお? 外してくれるのか? ちなみにどうやってだ」

 

「はは───俺に任せろ」

 

何時の間にかリィンの左腰に刀が差してあり、抜刀態勢に移行する気満々であった。

殺る気だ。

斬鉄クラスの抜刀をするリィンならきっと綺麗に中身事スライスするだろう。

 

「策ありか。へへ、ここで疑うのは無粋だよな。よし、遠慮なくやってくれ! 優しくしてね!?」

 

「ああ、優しく、遠慮なくだな。了解した。首辺りを狙うとするよ」

 

「おいおい、首だけを狙っても抜け出せないだろう?」

 

「いや、そうでもない。少なくともあらゆる息苦しさから解放される」

 

ははははは、と二人して殺意も危機感も無しで会話するから流石だ。

とりあえず、暴走するリィンをマキアスとエリオットが落ち着かせ、その隙にガイウスとユーシスがレイをゴミ箱から救出しようと試みる。

 

「む……本当に上手く嵌まっているな。どうする、ガイウス?」

 

「うむ……とりあえず引っ張るしかあるまい」

 

ゴミ箱に嵌ったクラスメイトをゴミ箱自体と足を引っ張って救出する流れが生まれ、意外にも普通に成功した。

あーー、助かったーーなどと体を叩いて埃やらゴミを叩き落とし、久し振りに彼は外界を認識し

 

「あら? ───お初に(・・・)お目にかかります。今日から第三学生寮の管理人となったシャロン・クルーガーと申しますわ?」

 

「───」

 

一瞬、レイが本気で停止する。

恐らくだが最初に思ったのは誰だろう、この人? みたいな思考で止まっている。

だが、その後は何だろう?

多分だが、その後に記憶にこんな人いただろうか? という顔になって視線を中空に彷徨った。

次にいや、トリスタでは覚えがないな、という風になった。

そして、いやそれでもどこかで覚えがあるような……という顔になり

 

瞬間、思いっきり青褪めて

 

「あ、お、俺……そ、そそそそういえばクロウと飯の約束をしていたなぁなんて! あっはっはっ」

 

と言って何故かあからさまに逃げの態度を取り

 

「まぁ、レイ様? 管理人として差し出がましいかもしれませんが、御友人もこんな時間帯に食べに行くには不都合と思われますし、何よりも折角レイ様の為に作ったお食事が残念となると……このシャロン……一生の恥ですわ」

 

「い、いやだなぁ。その相手は実に不良の奴でして。いや、もう本当に!? でも、ほら! 友人として付き合ってあげないといけないでしょう? だから今日は残念ながら───」

 

「いや、レイ。途中でクロウと出会ったが今日は確かにテスト終了の打ち上げはすると言っていたがレイの事は言っていなかったぞ?」

 

「リィン……貴様……!」

 

普通にリィンは事実を語っただけのように見えるのだが、何故かレイは裏切ったな貴様、という顔つき。

そしてシャロン殿はまるで水を得た魚のように笑顔が輝きだしている。

ちなみにこの時のアリサは付き合いの長さから知っている。

あの笑顔は餌を見つけた肉食動物の笑みであるという事を。

まるで人生に絶望したかのように顔を片手で掴み

 

「いやぁ……今日は月が綺麗ですねぇ」

 

「まぁ? 情熱的ですわね? 東方のある人物は月が綺麗という言葉を貴方を愛しているという言葉に置き換えたと言いますが」

 

ふっ、とレイは笑い───何故かその場に倒れた。

全員で意味がわからないという表情を浮かべながら、とりあえずアリサが

 

「……シャロン? レイと知り合いなの?」

 

「いいえ? 全くの初めてですわ」

 

と、彼女は美人の鏡のような笑顔を浮かべるだけであった。

とりあえず、ここはまた騒がしい事になるみたいだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




はい、意外にも投稿出来ました悪役です。

でも、まぁ、今回はあんまり特別なことはない、つまり日常でしたね。
フィーとレイの会話くらいですか。

フィーは多分、人を殺した経験は無さそうなんですよねぇ。
そういったタイプは軌跡の人は殺気を出させてそういう過去を歩んできた人間と証明するのが多いですし。
団長の人物像を見るとフィーに殺しはさせているようにも思えなかったですし。
だから、自分の中のフィーはこういう風に戦闘は出来ても人を殺していない猟兵であり、適正は高くても猟兵に向いているとは思えない普通の少女でもあるという事で。

当然ですがレイもシャロンに心当たり……があるどころか恐怖?
いや、本当ならこれはちょっと微妙な部分ではあるのですが、サラ教官とシャロンがどういう場面で戦ったのが結局、描写されてませんでしたからねぇ。
だから、レイもちょこっとだけやり合った事がある程度にしています。
え? 結果はどうなったかって?
当然ですがシャロンさんは執行者ですからねぇ。まぁ、レイじゃあ勝つのは無理ですね。負けもしない性格と性能ですが。

次回も一気に飛ばして実技テストに入ろうかと思っています。
いやぁ、飛ばしまくって申し訳ない……だが、そこでようやくレイの大きな伏線が……出るかも!?

感想・評価よろしくお願いします!

後、実はノルド実習ですが……一応、パーティ編成2パターンあるんですけど。
普通のパターンがユーシスとレイを交換する。
次が敢えてのリィンとの交換というのがありますが……ちょっと意見を聞きたいです。お願いします!


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