絆の軌跡   作:悪役

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セブンス・スプリング 後編

誰もいなくなった技術棟───のはずなのだが、そこには人影が存在した。

直ぐに技術棟から逃げ出したように見えて、密かに残っていた人物───ジョルジュ・ノームは全員が外に出て行った事を確認すると即座に何らかのスイッチを押した。

ガシャン! という音と共に窓はおろか扉も即座に閉まり、鍵も閉まり、窓においてはシャッターすら落ち、電灯は消えた。

完全封鎖の技術棟。

対アーツ素材も利用しているという贅沢っぷり。

ここを落とすのには、最早、学園最強レベルの人物を集めなければいけないだろう。

ここに彼の同級生がいたら、「もう少し違う所の防壁のレベルを上げとけよ!」と叫んでいたに違いない。

言われても本人は軽く笑って無視したが。

そして、城砦と化した技術棟。

その中にいるのはジョルジュ(倒れているレイもいるが)だけ。

しかし、彼は何のこともないように

 

「いるんだろう? 出てきたらどうだい?」

 

と自分以外は誰もいないはずの技術棟に語りかけるジョルジュ。

間抜けな行為のように思われた言動はしかし意味があった。

 

「ふっ……」

 

小さな笑いと同時に暗闇から浮き上がるように一つの姿が浮き上がった。

ジョルジュの見慣れた姿であり、同級生……という言葉では片づけられない絆で結ばれた仲間の一人。

 

「アン……」

 

「ふふ、まさか君にばれるとはね」

 

アンゼリカ・ローグナー。

四大名門の跡取り娘……というには型破りな女の子だけど、それでも見る人からしたら男女問わずに憧れしまうような少女。

そして、僕もその枠から外れない人間であった。

 

「……リィン君は既に1年の中でというなら実力者だよ。そんな彼に気付かれずに近付けるのは1年の実力者か2年の実力者。その中で一番、今回に関わりそうな人間は誰かと思えば簡単だよ」

 

「おやおや。過大評価を受けているようだが、もしかしたらフィー君辺りだったかもしれないよ?」

 

「流石にこんな原因に年下の少女を巻き添えにする程、理性が無くなったとは思いたくなかったからね」

 

お互いの微笑を浮かべながら語り合う。

それだけならまるで教室で駄弁っているように見えるのに、その雰囲気をジョルジュが壊した。

何時もの工作棚から取り出した物騒なパイナップルのようなものを取り出したからだ。

それにアンゼリカは目を細める。

 

「これは別に殺傷用のじゃないから大丈夫だよ。ただ範囲は広くてね。この棟の部屋くらいなら防ぎようがないかな?」

 

「……心中かい? 君も中々、情熱的だね」

 

「あはは……そうかもしれないね」

 

ピンを抜こうとするジョルジュの動きをアンゼリカは止める素振りを見せない。

 

「そういえば……君は何故、彼女達に手を貸しているんだい?」

 

「何、君なら私がどういう条件で彼女達を助けるかなんて予測出来るだろ?」

 

「……まぁね。大方、女子の皆とデートとかで協力したんだろ?」

 

「慧眼だね」

 

まるで日常会話のような動作のようにジョルジュは躊躇いなくピンを引き抜く。

爆発まで、ほんの数秒のカウントダウンの間、彼は手榴弾を自分達の真ん中に放り投げる。

 

「じゃあ、ここでダブルダウンだ。僕なんかと一緒じゃ不服だろうけど……まぁ、我慢してくれないかな?」

 

「おやおや」

 

そうして数秒は遅く感じるような現象は起きずにあっという間に部屋が光に溢れる。

その溢れた後に、ジョルジュには聞こえない声で麗しい口が一つの言葉を紡いでいたのに気付かなかった。

 

「不服だなんて───思うわけないじゃないか」

 

ジョルジュにそれを聞く手段はない。

手榴弾は間違いなくその性能を発揮し、彼らの意識を混濁に塗り潰された。

こうして、この仁義なき戦いはⅦ組とクロウ・アームブラストに委ねられた。

余談だが、ここに密かに死体となっていた人物が余分にダメージを受けていたが、些細な事であった。

 

 

 

 

 

 

「おい! マキアス・レーグニッツ……! 貴様、どうしてわざわざ俺と同じ道を行きたがる……!」

 

「き、君こそ! 僕の方が先にこちらの道を走っていたぞ!」

 

互いに思わず舌打ちをしてしまう。

そのタイミングの合い方に更に舌打ちをしてしまう。

こいつ、もしかしてわざとやっているんじゃないだろうな、と互いに思いながら走る。

その漫才のようなコンビを睨んでいる狩人の姿がいた。

 

「……エマ。こちらアリサ。ユーシスとマキアスが中庭の所に着きそうだわ」

 

『屋上からも見えました───狙撃は可能ですか?』

 

十分よ、と言いながら弓に矢を番える。

今、私は二回から二人の姿を捉えている。

馬鹿でかい声のせいでこちらまでその漫才が届いているのだが、案外この二人だけはあの本に出ても違和感ないかもしれない。

喧嘩するほどという言葉は誰が言い出したのだろうか。

 

「最初にリィンとレイを倒せたのは行幸ね……」

 

『……はい。あの二人はトラブルに巻き込まれ、不幸な目に会う癖にちゃっかり場をまとめるご都合主義さん達ですから』

 

少し返事するのに遅れたエマの心情を悟りつつ、それに関しては触れない。

そんなの自分達も理解出来る。

何が悲しくて仲間同士で戦い合わなければいけないのだろう。

それも訓練じゃなくて殺る気で。

ああ、実に無情。

でも、やらなきゃいけないのだ。

 

「やらなきゃ不名誉な印象をばら撒かれるんだから……!」

 

この発言に至ったのは、クロウに見られた後に偶然、アンゼリカさんに出会い、彼女がどうやらクロウはそれについてを色々暴露しなきゃならねえと呟いているのを聞いたらしい。

一瞬、視界が真っ黒になったかと思うとラウラに支えられた記憶が鮮烈である。

ともあれ、このままでは誤解がそのまま噂になり、真実と扱われる。

そんな事になればライ……R家の末代まで恥になる。

阻止せねばならないと女子全員が一つの思いになり、ハンティングが始まった。

今なら一キロ先の林檎とか射抜けるような気分である。

 

───例によって女子達も暴走していた。

 

彼女達はアンゼリカの言葉を真実と思い、行動した。

信頼している先輩からの言葉と捉えればおかしくはないかもしれないが、アンゼリカの性根を知っているアリサが待ったを出さない辺り、彼女達が落ち着いているか否かを知るのは簡単だろう。

仁義なきというよりは正気なき戦いかもしれなかった。

周りの生徒が不審な目でこちらを見ているが、持ち前の整った顔を使った営業スマイルを周りに見せながら矢を二人の頭に命中させようとして

 

「───あら?」

 

何か意味不明な物体を見てしまった。

 

 

 

 

 

 

 

「ムホッ」

 

それがその生命体が発するブレスであった。

ユーシスは思わず、何を言っているんだ俺、と思うが馬鹿げた事に間違っていないのだ。

その人類の許容量を超えた肉も。

その人類を超越した威圧感も。

その人類かどうかも定かではない視線も。

何もかもが埒外の生命体だったのだ。

 

ああ……俺は夢を見ているのだな……それも頭に悪と付くタイプの……

 

なら、これは俺の頭が生み出した架空の怪物か。

俺の恐怖という物が怪物を生み出すとこうなるらしい。

 

「お、おい! 君! 現実逃避をしている場合じゃないぞ!?」

 

やかましい。

貴様は逆にこんなのを現実と認めるつもりか。

俺は認めんぞ。

 

「あらぁ~~? 貴方達はⅦ組のぉ~」

 

すると目の前の肉ダルマが喋り始めた。

人語を解するとは……! とは思うが、何よりも相手の目がこちらを縦横無尽に駆け巡っているのに思わず、二人同時にたじろぐ。

その事に思わず内心で舌打ちをする。

 

馬鹿な……! アルバレアの名を持つ俺がこんな様でどうする!

 

貴族の義務を果たせずしてどうする。

隣の男を守るというのは正直、気が進まない部分は多々あったりするのだが一応、平民ではあるので仕方あるまい。

ここは貴族として前に出るのが我が務め。

 

「……俺達に何か用でもあるのか? 無いのならこちらは急いでいる」

 

俺の言葉を受け……いや、受けていない。

肉ダルマは視線を何故か隣の眼鏡にロックオンしている。

それに気付いた本人も無意識で体を守るように警戒の態勢になり

 

「な、何か僕に用があ、あるのか?」

 

出来ればない、と言ってくれとでも言わんばかりの態度に、しかし相手は

 

「貴方も結構、いいわねぇぇぇ。ヴィンセント様の次に素敵だわぁぁ~」

 

「ひっ」

 

副委員長の命を守る技量が無い事を目の前の巨体の威圧に竦んだ自分の体で悟った。

 

「こいつは今、絶賛売出し中だそうだ。眼鏡も新鮮だから精々楽しむがいい」

 

「お、おい! 君……裏切るつもりか!?」

 

今回ばかりはその叱責は甘んじて受けてやろうではないか。

そう思いつつ、肉ダルマの横を通り過ぎて眼鏡を置いていく。

 

「お、おい……ま、待ちたまえ。ほ、ほら。人類が優れている利点の証明となる話せば分かるという言葉を実践してみないかい? そうすると分かり合える……とまではいかなくても、そ、その……や、やめ、ぬは、ぶるぅあああああああああああああああああああああああああ!!!」

 

最後に硝子が割れるような音を響いてくっ、と呻く。

こうして、仲間は一人、更に欠けてしまった。

その光景を見ていたアリサは思わず、何をやってんだ男子連中と呟くが無理もない事であった。

 

 

 

 

 

 

クロウは今、校舎前の広場に辿り着こうとしている所であった。

技術棟の位置関連上、旧校舎に行かない限り二手に別れるしか無かった為にさっきまでは俺とエリオットとガイウスがいたのだが、途中の校舎のトイレの窓が開いていたのでそこから入っていった。

俺もそっちは考えたが、同じ場所に固まっていたら狙い撃ちにされる可能性が高かったので別行動をする事にした。

アリサは恐らく校舎の中にいるだろうから、まずはアリサを倒すのを先決とするのが最初の目的であった。

ガイウスとエリオットには北側の階段から上がれと指示したからそっち側から登っているだろう。

後は俺が正面入り口から入って挟み撃ちだ。

そう思い、そのまま正面玄関の方にいると

 

「あ、クロウ君!?」

 

偶然にもそこから出てきたトワと出会った。

普段ならおう、とか言って会話を楽しむのも悪くないのだが、今は急ぎの要件がある。

だから、クロウは

 

「悪いな! ちょいと急いでるからな!」

 

と言って脇を通り過ぎようとして───何故かその脇の部分の服を掴まれてつんのめった。

何故かは簡単に理解できたので思わず文句でも言おうかと思って振り向くと、目の前には女の裸体があった。

おっと、積極的だな! と叫びそうになるが、よく見るとエロ本の1ページだった。

それも何故だか知らない事に、隣のページは俺達が使う教科書のページだ。

 

「……何だトワ? お前、教科書読みながらエロ写真見てたのかよ?」

 

「これはクロウ君が悪戯で私の教科書をこんな風にしたんでしょ!」

 

真っ赤な顔でそんな事を言う彼女に思わず過去を振り返る。

あ~~、と頭を掻いていると、そういえばそんな事をした事があったな、と思い出した。

あれは確かゼリカと一緒に初心なトワの為の社会勉強と評してちょいっとやったのであった。

その時の反応が楽しみだ、と二人で語っていたのだが……まさかこのタイミングで丁度ばれたと?

幾らなんでもタイミングが良すぎねえか、と疑る。

その中、トワの表情は怒りを通り過ぎて涙に変わった。

 

「もう! アンちゃんから聞いたんだよ! わ、私がこういうエッチなの嫌いなの知っている癖に……! クロウ君のバカ!」

 

その台詞と同時に放課後で残っていたであろう教室の窓がほとんど開いたり、廊下の窓が開いたりなどした。

そこからはこんな声が聞こえた。

 

「我らがエンジェル会長を泣かす声が……!」

 

「悪魔ですら微笑んで頭を撫でる会長を泣かす不届き物が……!」

 

「処刑なんて生温いわ……! RPG持ってきなさい! 今日はトリガーハッピーの時間帯よ……!」

 

「へへ……撃ってハッピー、殺してハッピー……! 煉獄は常にお客様をお待ちしております!」

 

トールズ士官学院はこの瞬間に学院から処刑場に変貌した。

トワ親衛隊(非公式)に巡り合ってしまうとは。

奴らには弁明の言葉なぞ一切通じない事を知っている俺は諦めの感情と共に何故、こうなってしまったのかと考える。

直接的な原因はトワだ。それは間違いない。

そして泣かせた原因の一端……一端?

 

もう一人の、犯人、は、ど・う・し・た。

 

そしてそういえばと思っていた最初の謎に辿り着いた。

そういえば、リィンを倒したのは誰だ、という。

消去法で行くとラウラの嬢ちゃんか、委員長ちゃんなんだろうけど二人とも俺達に気付かせない様な隠行が得意な風には全く見えない。

そしてリィン自身もまだまだ荒い部分はあれど少なくともこの学院の1年という目線で見れば、かなり上等なレベルである。

そんな奴が何も言葉を発せられないまま死ぬなんて有り得るか。

そうなるとしたら余程の不意打ちか、もしくは格上───

 

「ゼリカぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

ロケランと手榴弾祭りによる炎に召される寸前の俺が叫んだ悲鳴は誰に届く事もなく、空に溶けた。

ちなみに目の前で起きた悲劇にトワは呆然としているとそこに何食わない顔で一般学生がトワの心配とクロウの心配をしてクロウを保健室に届けるシーンが生まれる。

 

───こうして非公式という言葉は守られ続ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「い、今……何かクロウの声しなかった?」

 

「いや、俺は聞こえなかったが」

 

ガイウスはエリオットを背後に従えながら、二階の階段を登ろうとしている最中であった。

ここまで来て何だが……ガイウスは今でも信じられない気持であった。

ノルドでは余りそういった小説などが人気ではないからそう思えるのか。

淑女の嗜みというのも説明されたが、よくは理解していないもの。

レイやユーシスが言うには、それは男同士の色々を色濃く強く書いたものらしい。

何故か詳しい事が省かれた説明にどういう事だろうか、と問い詰めると二人だけではなく全員が苦虫を噛み潰したような表情になった。

ともあれ、彼らの表情を見ると裏切られたような事をされたというのは解った。

だが、それでも俺は全員を疑うような事は出来なかった。

甘いと言われるのかもしれないが、性分なのだろうと思った。

 

───その性分故に目の前から掃射される矢への反応が遅れた。

 

「くっ……!」

 

咄嗟に自ら足を払って転ぶ事によってぎりぎり躱せるが、転び落ちそうになる。

後ろにはエリオットもいる。

それはいけないと思い、転び落ちそうになる前に段差を掴んで止まろうとするが

 

「……なに!?」

 

容赦無用の矢がこちらの腹に向かって飛んでくる。

体勢を整えようするのに無我夢中の俺はそんなものは当然躱す事が出来ずに敢え無くその一矢を受けてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

「ガ、ガイウス!?」

 

心配の声を上げるが返事はない。

思わず彼に近寄って確かめようとするが

 

「エリオット。動かないで」

 

上からの制止にぴたっと体が止まる。

その声を知っている。

知らないわけがない。

 

「アリサ……」

 

彼女の視線はまるで獲物を狙う狩人のように鋭い。

もしかしたらあれが何時もの敵を狙う彼女の視線なのかもしれない。

その視線が僕を見ているという事が堪らなく悲しくて怖い。

 

「どうして……どうしてなんだよ……僕達、仲間だよね? 確かに、僕達はまだ出会って日も浅いし、完全な理解に至っているとは言わないよ? それでも……ARCUSのリンクは嘘だったの?」

 

彼女は何も答えない。

こちらに矢を向けるだけだ。

だけどその瞳と表情はまるで痛みを堪えた重傷患者のようであった。

その表情だけで理解出来た。

彼女達も決して好きでこんな事をやっているわけではないという事を。

 

───でも、それはつまり……彼女達は仲間と本を天秤にかけて本を取ったという事になる。

 

「ああ……」

 

僕らの絆はその程度のものだったのか。

絶望に心が折れる。

今の僕はアリサからどういう風に見られているのだろうか。

そのアリサは僕を痛ましい表情で見ながら……しかし震える腕でこちらを狙い───

 

「させん……!」

 

突然起き上がったガイウスが彼女の腰を抱えるように捕まえた。

 

「なっ……!?」

 

アリサも突然のガイウスの復活に戸惑ってしまい矢は全く見当はずれの場所に飛んでいく。

外れても思わず、身を竦めてしまうエリオットだが

 

「今だエリオット! 今の内に階段を登れ!」

 

ガイウスの叱咤に呪縛から解かれる。

 

「う、うん! 分かったよ!」

 

エリオットはもつれそうになる足を必死に扱い、何とかアリサを抜かして階段を駆け上がった。

そこで思わずほっと安堵の息を吐き、ガイウスも、と言おうとして振り返ったら彼はアリサを連れて窓を開けていた。

 

「……ガイウス?」

 

何故、彼はアリサを捕縛したまま窓を開けたりするのだろうか?

これがレイなら窓から突き落とすなどという危険発想があるが、幾ら敵に回ったとはいえアリサは女の子である。

クラスでトップクラスの紳士のガイウスがそんな事をするとは思えない。

なら、何故彼はそんな今生の別れのような笑顔を浮かべるのだろう……?

 

「ねぇ……どうしたのガイウス? あ、アリサはええと……縛ったりして僕らは先に───」

 

「すまない、エリオット。俺はここまでだ」

 

「な、何を……!」

 

じたばたとアリサが呻きながら抜け出そうとするが鍛えに鍛えたノルドボディから逃れる力を都会っ子であるアリサは持ち合わせていない。

いや、だがそれよりも

 

「ここまでって……! ど、どうしたんだよガイウス!? さっきの傷が痛むなら僕が回復アーツを……!」

 

「それは無理なんだエリオット」

 

何故無理なのか謎な答えだが、エリオットは意味もなくくっ、と呻いてしまう。

アリサもアリサで時折起きる、このⅦ組の謎のコントに嫌な予感がグングンと湧き上がってくる。

それはもう間欠泉の如くに。

何故かうちのクラスは暴走すると理屈とかを無視してストーリーを進めるのだから。

だから、ほら? ガイウス? ね? 縄でも何でもいいから私の動きを止めてエリオットと一緒に行けばいいじゃない? 無理だったらここで休憩するとか、ね?

そんなアリサの必死な思いを無視して、ガイウスは止めようとするエリオットに最後の笑顔を向けて

 

「エリオット……風と女神の加護を」

 

その託宣を最後にガイウスは窓から羽ばたいた。

 

「カァラァミティィィィィィィーーーーホォォォォォゥゥゥーーーーク!!!」

 

「きゃあああああああああああああああああああああああああああああ!!!」

 

その二人のその後を見た者はこんな呟きを残した。

 

「いやぁ、まさか釣りをしていたら上から二人揃って落ちてきたからびっくりしたよ。魚志望の学生は流石に僕も見た事がなかったよ」

 

一言───そんなわけがない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

「おぉ……!」

 

グラウンドでは二つの叫びと共に汗を散らしながら激しい運動をしている二人がいた。

一人はⅦ組筆頭剣士とも言える少女、ラウラ・S・アルゼイド。

剛剣とも言える様な力強い押しと彼女の性格を表すかのような真っ直ぐな太刀を持ってラウラは果敢に攻めている。

対するはⅦ組筆頭のひねくれ貴族の少年、ユーシス・アルバレア。

彼は貴族の逃走(ノブレスエスケープ)に相応しく逃げに逃げている。散らばる汗がその端正な顔を美しく反射しているような気がする。

実に意味のない相乗効果である。

 

「ええい! 逃げてばかりではなく正面からやるがよい……!」

 

「それならお前も武器を放さんか!」

 

「剣士に剣を捨てよと言うか!?」

 

「今のお前のどこが剣士だ……!」

 

武器を持ってない男に本気で斬りかかろうとするなど剣士の風上にも置けるか。

そう反論すると、むぅっと唸るが

 

「それは、その……ううむ……アルゼイドの女の嗜みというのでどうだろうか?」

 

「その言葉が信用されると思っているのか?」

 

ううむ……反論に封ぜられたラウラの姿を見て

 

……こいつ本当にクロウが言っていた本の製作に関わっていたのか……?

 

この馬鹿正直の見本のような少女が隠してあんな本を作っているようには思えなくなってきた。

だから、思わず問うた。

 

「ちなみに何となく聞くが、例の本はどうであった?」

 

「うむ、いや、ああいう本には興味なかったのだが……思わずリィンのページを読んでしまった。うむ……何故だろう……」

 

訂正。

疑いの余地はまだまだあるようだ。

そして後でコーヒーを飲む事を誓う。

ともあれ、今は現状をどうするかだ。

剣がない今、手元にある武器はARCUSのみだ。

アーツに関しては別に不得意ではないからラウラに対して有効な手段ではあるのだが、アーツというのは前衛がいないと駆動時間中に斬りつけられる。

ラウラなら間違いなくそれくらい余裕だ。

なら、駆動時間が短い低位アーツで攻めるべきか。

ガーゴイルすら正面から弾き返す女にその程度じゃあ心許無い。

万事休すか。

そう思っていたら

 

「おや! 君達! こんな時間に訓練かな!?」

 

非常に爽やかな声が万事休すの雰囲気に飛び込んで来た。

その声にはよく世話になっているので振り向かなくても解る。

 

「ランベルト部長!?」

 

「やぁ、ユーシス君! 今日も元気そうで何よりだ。そちらのは確かユーシス君のクラスメイトのラウラ君だったかな」

 

「お初にお目にかかる。ラウラ・S・アルゼイドという者です」

 

お前、この状況で普通に挨拶をするのか。

それをははは! と笑って自己紹介をするランベルト部長も部長だが。

俺は何時になったらまともな常識のある世界に行けるのだろうか。

アルバレア家にいる頃は父のこちらの無視っ振りに常に落胆の感情を得ていたが、このトールズでは俺は自身に対して色々と落胆しそうである。

主に現状の事を考えると。

 

「うむ。二人が青春の汗を流していたからな! 思わず私も青春の汗を流したくなってな!

 

はぁ、と気乗りのない返事をしてしまうのは仕方がない事ではなかろうか。

ラウラも似たような表情をしているし。

今回ばかりは誰も彼もが味方してくれるだろう。

 

「というわけで楽しもうではないか───マッハ号ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 

何故か片腕を上げて暑苦しく叫ぶ部長。

その叫びにぶるるん、と彼の相棒が走って近付いてきた───馬術部のポーラが連れてだが。

 

「……何をやっているんだお前は」

 

「……今回ばかりは流石に否定できないわ」

 

ポーラは部長か、自分に呆れたのか。

やれやれ、と言わんばかりに首を振り回していた。

部長は既にマッハ号にご執心である。

 

「おお! マッハ号よ! 我が半身よ! 感じるぞ……! この私の体を通して出るお前の力が!?」

 

最後に何故?マークが付くのだろう。

というか事態は今、どこに向かおうとしているのだろうか。

思わず、頭を抱えている間にふとラウラの方を見ると何故か彼女はポーラが連れてきたもう一頭に一緒に乗っている。

 

「ふむ……乗馬の経験は多少はあるのだが、やはり経験不足は否めないようだ」

 

「そう? その割には手馴れているようだけど……あ、私、ポーラ。こんな態度貫くけどいいかしら?」

 

「いや、その方が私も好ましく思える。私はラウラ・S・アルゼイド。ラウラで構わない」

 

「じゃあ、私もポーラで構わないわ」

 

おい、待て。

どうしてそこでお前達が仲良くいい雰囲気を作っているのだ。

先程、こちらを始末しようとした過去は全て無かった事にしているのか? それで忘れ去ると思っているのか。

だが、これはチャンスだと思いここから逃げようとしたら襟首を掴まれ、持ち上げられ、座る先はマッハ号の後ろであった。

 

「ぶ、部長……何を───」

 

「何、ユーシス君! 君がマッハ号を褒めてくれたのを思い出してな! その感謝をするのを忘れていたと思い、代わりに一緒に乗ろうと思ってな!」

 

わはははは! と笑う部長に何だと……! と表情が凍り付く。

厚意は嬉しいのだが、今は駄目だ。

先程、眼鏡を犠牲にして生き残ったというのに幾ら気に食わない男でも流石にそれは人としてどうかと思うだろう。

だから、ここは丁重にお断りして

 

「さぁ、行くぞマッハ号! 向かう先はケルディックにしようではないか! いっそ、双龍橋辺りまで駆けようか!」

 

力強い躍動と共にユーシスの意思は全て無に帰した。

この後、マッハ号がどこまで走ったかは知らない。

ただ、一つ言える事があるとすればラウラ・ポーラ組は普通に夕方過ぎに帰ってきた事。

そして、ユーシスの姿をその日に見たものはいなかった事。

ただ、それだけであった。

 

 

Ⅶ組男子+先輩2名

 

Ⅶ組女子3名

 

恐ろしい事に、男子の半数は女子の策略と行動とは関係なく自爆か脱落を迎えていたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……何をやっているんでしょうか皆さんは……」

 

屋上から結末を一通り見ていたエマは頭を抱えていた。

何故かクロウさんは他の学生の集中爆撃を受けているし、マキアスさんは謎の戦車系女子に破壊されているし、ユーシスさんとラウラさんは何故か馬に乗って遠乗り。

更にはガイウスさんとアリサさんは何故か二階から飛び立っていた。

学院トップの学力を持つエマでも流石にどれも予想出来ない事態であった。

これでは最初にまともにやられたリィンさんとレイさんがまともに見えてしまう。

そういえばアンゼリカ先輩とジョルジュ先輩は見ないのだが、どうなったのだろう?

アンゼリカ先輩の方は何回か連絡を取ってみたけど反応がないし。

 

「何だかもう私の手で収まるような事態じゃなくなっているような……」

 

逆にこれは本当に私達が起こしてしまった事態なのかと疑いたくなるレベルであった。

もしかして、私は皆さんのネジの締め具合を見誤ってしまったのだろか。

レイさんとリィンさんにばかり目を向け過ぎてしまったのかもしれない。

そう思っていると───バタン! と屋上と屋内に繋がる唯一の扉が勢いよく開かれる。

大体は予想できるのだが、見るとやはりそこにいるのは最後の一人

 

「エリオットさん……」

 

彼の手には魔道杖が握られている。

一度、教室に戻って取って来たのだろうか?

それは構わないのだが

 

「……よくこの場所にいるとわかりましたね?」

 

「……教えてもらったんだ」

 

思わず、誰に? と問いたい所だが既に彼は戦闘態勢を取っているのを見るとそんな暇はないだろう。

こちらも杖を持って彼と相対する。

どちらも既に対決が避けれない事は理解している。

止まるわけにはいかない。

何故なら倒れた人間がいる。

何を託されたわけでもない。

でも、その事実が既にお互いの意志を止めるわけにはいかないと悟っている。

そしてこの戦いの決着は一瞬だ。

何故ならお互いに戦闘という分野に関しては素人。

秀でているのはアーツの力という事だけ。

無理に慣れない事をすれば逆に弱点を晒すだけという事を理解している。

勝負を決する為の技はただ一つ

 

───どちらのアーツの威力が勝るかだ。

 

「ARCUS駆動!」

 

同時に駆動を開始する。

使う属性はきっとお互い決まっている。

親和性が高い属性。

私なら幻。

エリオットさんなら水という風に互いの得意分野を持って互いを撃滅する。

そして使われるのは現時点での最高位のアーツだろう。

何故ならそこも似通っているらしく、アーツに対しての耐性は強い。

故に彼らは間違った戦術をとっていなかったとは言える。

 

「ファントムフォビア!」

 

「クリスタルフラッド!」

 

唯一の失敗点はただ一つ───お互いこのアーツは真っ直ぐに行くものであったと思っていた事であった。

そうして騒ぎを聞きつけたサラ教官が見たものは凍結状態のエマと何やら色々と悶えているエリオットの二人の姿であった。

正義無き戦いの決着は最後まで悲惨の一言であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

はっ、とエマは唐突に目が覚めた。

余りにも唐突だからいきなり起きた自分に驚いていたが、とりあえず思考を取り戻す為に深呼吸をし、頭を冷やす。

 

「ここは……保健室?」

 

来る事はあっても今の所寝る程に利用した事はなかったから一瞬、見当がつかなかったが頭を回転させれば答えは簡単に導けた。

自分は確か、最後にエリオットさんとアーツ勝負になったのだが……決着はどういう風に決まったのだろうか?

何故か体が凄く冷えているし、よく見たら服も自分の服ではないようだ。

一体何がとは思うが、自問自答しても答えは出ないだろうと諦める。

どうやら他にも寝ている人はいるらしい。

自分はベッドがカーテンで覆われているから他を見る事は出来ないが、寝息や呻き声が幾つか聞こえる所を見ると多分、Ⅶ組のメンバーなのだろう。

時折、マキアスさんと思わしき声が「肉が……肉が攻め寄って……!」などと唸っている。

 

「……はぁ」

 

どうやら全員見事に生きているらしい。

流石、ベアトリクス教官と言うべきなのだろうか。

何人かは大ダメージを受けていたとは思うのだが、夢見が悪い以外は寝息は安定しているように思える。

中身はともかく外面はまともに戻しているのは流石と思い、そして思った。

 

───結局、これって誤解が解けてないんじゃ?

 

自分達がやった事を指摘するのもどうかとは思うが、やったのは攻撃する事だけである。

冷静になればこれは誤解を加速させるだけではないんじゃないか。

ああ……とは思うが、後悔は先に立たない。

何とか話をしてみるしかないと前向きに考え

 

「やぁ、エマ君。体調は大丈夫かね?」

 

いきなりの声に慌ててそちらを見るとそこには箒らしい物を二つ持ったシルエット。

姿は見えないが、そのシルエットと声から解る。

 

「が、ガイラーさん!?」

 

「やぁ、エマ君。倒れたと聞いたから見舞いに来たよ」

 

「そ、そうですか……」

 

シルエット越しだが、今のところ彼の態度は正常と思える。

いや、こういう考え方が失礼だと思うのだが、つい、この事件が起きた原因の事を考えると疑ってしまう。

 

「ああ、君達が壊した中庭や屋上は整備したから安心するといい」

 

「す、すみません……」

 

「何、私はこの学院の用務員だからね」

 

こうして聞くと何時ものガイラーさんのように思える。

もしかして文芸部で喋ったガイラーさんは私の疲労で見た夢みたいなものだったのだろうか。

うん、そうかもしれない。

あの本を書いたのだって執筆意欲が収まらなくてつい、書いちゃっただけかもしれない。

衝動買いならぬ衝動執筆。

それならガイラーさんに肖像権の問題を話して、あの本を発行中止にして貰う様にお願いしたら───

 

「所で────食堂にクロウ君に君達が面白そうな話をしていると説明してしまったのだが……良かったかな?」

 

「─────え?」

 

何やら酷くあっさりと意味は分かっても意図が分からない言葉を告げられた気がする。

事件が起きてしまったそもそもの要因はクロウさんが私達の読んでいる本を読んだ事。

確かに最悪な偶然が引き起こしてしまった恐怖の始まりであったが……

 

「その後にクロウ君が走り去っていくのを見送っていると、アンゼリカ嬢が来てね、クロウ君の友人の彼女に彼が言っていたんじゃないかなと思っていた事を告げて、君らの事を教えてしまったよ」

 

「───え?」

 

アンゼリカさんは食堂で固まってしまった自分達に何やらクロウが暴露だ暴露って叫んでいるのを小耳に挟んだがなどと言ってこちらに語りかけて来た。

その後に自分達はこのままでは不名誉な誤解が広がってしまうと思い、拡散を止めようと暴挙に出た。

 

だが……実はそこが間違いであったら?

 

実はそんな事実が存在していないのだとしたら?

 

真実の間に邪魔をするように立つ壁のような人物がいたら?

 

それの答えを笑顔と思われるシルエットの揺らし方で本人が白状した。

誰もが推理などしなかったが故にその隙間に潜り込んだ人物を。

 

「そして、つい先程、Ⅶ組の少年が何やらエマ君を探していたようでね。余りの必死な彼の表情に私も思わず折れてしまったよ……ふふふ」

 

「あ、貴方は……!」

 

エマはこの日を忘れる事はないだろう。

Ⅶ組が発足してから数か月。

その中で一番、最初にして最大の危機を生み出したこの人の名を。

その名は

 

(ガイラー)……!」

 

「ふふ……」

 

そうしてシルエットは動く。

まるで踊るように回り、箒はまるで重力がないかのようにクルクルと両の手で回す。

そして、最後に箒を合体させ───Xの字を生み出し

 

「実によかったよ」

 

その祝福(呪い)の一言と共にエマのストレスと疲労が蓄積された意識はシャットダウンされた。

Ⅶ組委員長としてのこの黒星がエマの精神に大きな傷跡と負けてはならないという決意を残して。

 

 

───そうしてエマは真犯人を告発する機会を失った事に気付けなかった。

 

 

 

 

 

 

 




一言───もう何も怖くないや……




……ゴホン。
ええと、これにて次回から3章ですかね。
まぁ、皆さんも予想しているとは思いますが、この回はレイ君、大きな伏線の回。
そしてアリサヒロイン覚醒の二大テーマですね。
ばんばん書き進めたい……と思いますが……他の作品もどうしようかなぁと悩んでいて。軌跡熱がある内に軌跡を書くか……それ以外か。
何時もより大量に感想があればこっちをやるかもしれません(笑い)

時間が空くかもしれませんが出来ればお待ちを。
感想と評価よろしくお願いします。






PS
素直じゃない系ヒロインは生憎苦手です(←婉曲表現)

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