どうしてこうなってしまったのでしょう?
そう学院の屋上で後悔する私に対して本気で自嘲する。
今、エマは魔道杖を片手に屋上から学院を見渡している。
そこにあるのは今ままで本の知識くらいでしか知らなかった平穏で平凡で……しかし、暖かな世界であった。
屋上から見るグラウンドを見ると確かに厳しいけど、それでもクラスの皆と切磋琢磨した日々を思い出せるし、図書館の方を見ると今まで読んだ面白い本を思い返す事が出来る。
足元だから見るとは言えないかもしれないけど、後者を見ればそれこそ日常という幸福があったと笑みと共に思い出す事が出来る。
そんな光景があった学院は今では色々と壊れていたり、倒れていたりする人間がいる。
ああ、本当にどうしてこんな事に……
とか言いつつも原因など分かりきっている。
たった一つの過ちから始まったのだ。
いや……過ちというのもおかしいかもしれない……強いて言うなら天災のように出会ってしまった不幸のせいなのかもしれない。
───実にいいね。
ぞわりとする言葉が背筋を震わせる。
思わず、周りを見るが周りには人がいない。
今のは過去から掬い上げてしまった声だ。
現実で聴こえたものではないのだ。
それなのに、まるで遺伝子レベルで体に組み込まれているかのようにその声は現実を侵食していた。
頭で思い浮かんだ声なのに、何故か耳元で声をかけられたようなリアル。
そう───原因はこの声。
この暴走という言葉では到底思いつかない狂気の沙汰のようなこの事件が起きたのはこの声からだろうと思い、回想する。
「特別顧問……ですか?」
エマはその日は何ともない日常を過ごし、授業を終えて文芸部の活動の中であった。
教室は未だにフィーちゃんとラウラさんの冷戦が続いているが、周りの人達で何とか出来ないかと相談する日々(一部除く)である。
偶にリィンさんやレイさんが起こすしょうもない事件に巻き込まれるが、それも既に日常に組み込まれているのは諦観によるものでしょうか。
とりあえず、そこは置いておいて文芸部の部室でドロテ部長に言われた言葉がそれであった。
特別顧問。
言葉だけで察するのならば、文芸部の活動における補助などをしてくれる教師なのだろうかと思う。
でも、トールズの教師の人数はそこまで多くない。
どの教師も授業は掛け持ちだし、クラスの担任を複数持っている教師もいる。
担当がⅦ組だけのサラ教官ですら、自分が後、四人くらい欲しいとか愚痴っているくらいだ。
それらは当然、部活にも反映されており、メアリー教官のように技術と熱意がない限り、部活はほぼ生徒の自主性によるものだ。
文芸部もそっちだと思っていたのですが……顧問はいたらしい。
「でも、どうして今日に限って?」
「よくぞ聞いてくれましたエマさん。先程は顧問などと言いましたが、実際は相手の人が善意で私達の助けをしてくれる行為であって、メアリー教官のように受け持っているわけではないんです」
「ああ……成程」
顧問というよりはボランティアみたいなものなのだろうか。
だから、特別という名前が付くのかとも思いつき、更に成程と思い、ドロテ部長の先を聞く。
「そして、今日……ようやく時間が取れたとの事で来てくれる事になったのです! しかも! しかも、今日は特別顧問による最近出来上がった自筆作品もお持ちしてくれるという事なのです! ああ……! まだ読んでいないのに鼻血が……!」
「…………え?」
嫌な予感はその鼻から垂れる赤さから引き起こされた。
だが、不幸な事に私はその嫌な予感をきっとドロテ部長の何時もの深読みによって引き起こされた青春病だろうと思っていたのだ。
だから、嫌な予感はしても、とりあえずドロテ部長の為に備えているティッシュケースを取り出して部長に苦笑で渡しながら、誰が来るのだろうという好奇心を持っていた。
この時の私を一言で表すなら正しく油断の一言だろう。
油断。
間違いなく油断だ。
だけど、言い訳をさせて貰えるならば、私は日常で変な人と関わるのに慣れたと思っていたのだ。
名は伏せるが、何せクラスで大いに騒ぐ二人がいるし、その二名は何故かトラブルを起こしてはこちらを巻き込む天才だから多少のトラブルには慣れたと思い込んでいたのだ。
甘い。
甘過ぎる。
何故、私は慣れた時が一番危ないという言葉を忘れていたのだと思う。
そしてそんな思考を思い浮かべる前にトントン、と扉をノックする音がエマの未来を確定させた。
「あ、どうぞ」
特別顧問の方が来られたのだろう、とトリップしているドロテ部長の代わりに自分が入室の促しをする。
その声を聴いて外から失礼する、と聞いた覚えのある声が響く。
この声は……
ボランティアみたいなものだと思っていたからてっきり街の人が来るのかと思っていたら意外な人が来ましたと思った。
でも、趣味は人それぞれだからそういう事もありますよね、と思い、扉が開き……そこから姿を現したのは
「失礼するよ、お嬢さん方」
トールズ士官学院に用務員として所属している初老手前のガイラーさんであった。
───悪夢はここから始まる。
「ど、どうぞ
「ジ、G……?」
ガイラーさんが来たかと思ったら、ドロテ部長のテンションが凄い上がった。
いや、まぁ、ある意味で何時も通りですねと思った。
もしくはそれだけドロテ部長が尊敬する程の行いをしたり、人柄を示したのかな? とエマはその時思っていた。
とりあえず、ガイラーさんとは所見ではないがちゃんと話をした事があるわけではないので挨拶をしなければならないと思い
「えっと……既に知っているかもしれませんが……」
「ああ、Ⅶ組は私のような用務員でも噂は良く聞いているよ。Ⅶ組の委員長のエマ君」
「あ、あはは……」
その噂については余り詳しく聞かないほうが吉だろう。
最近のマキアスさんの常備装備を知らない私ではない。
偶にお腹を摩っている副委員長の姿など何度見た事だろうか。
まぁ、それは置いておいてという風に話題を回避しようと思い
「それに、君達のクラスは実にいいからね」
「……え?」
「実にいいね」
同じ言葉を二度言われた事に褒められたと思う前に何故か先程の嫌な予感が再発する。
いやいや、別にただクラスの事を褒められただけなのだ。素直に受け取ればいいではないかと思い、嫌な予感を無理矢理振り払い、お礼を言うべきだと思い
「あ、ありがとうございます」
「何、礼を言うのはこちらの方だ───ふふ、私もあそこまで滾ったのは久しぶりだ」
ぞぞぞっ、と何故か背筋に虫が入ったかのような寒気が発生する。
落ち着くんです、エマ・ミルスティン。
実にいいと言うのはクラスのレベルという意味であり、滾ったというのは見ていて若かった頃の自分を思い出したとかそういうのなのだ。
そうやって不安を払おうとしているのに、それを増長させるように座っていたドロテ部長がガタリ、とわざとらしく椅子と机を鳴らし、過呼吸気味にわなわなと口を震わせ
「ま、まさか……! 次の作品の……!?」
「ふふ……トリスタのライノの花は二度散るのだよ、ドロテ君」
「!! ……くっ」
唸った所でドロテ部長の鼻から再び鮮血の華が咲くのだが二人とも全然気にしていない。
何故か、別世界にでも来た気分である。
いや、むしろ二人が別世界と言うべきなのだろうか。
同じ言語を使っているはずなのに別言語を使っているみたいに理解が出来ない。
おかしい。
もしかして私は今、熱でもあるのだろうか。
熱のせいで普通の単語が何故か変な熱を持っているように感じ取ってしまうのかもしれない。
うん、きっとそうです。
「そしてエマ君───君も実にいい。まだ蕾ではあるが……その頑なに閉じられている花弁が咲き誇る時の美しさは正しく青春を咲かせようとする若者の特権だ」
「え、ええとぉ……?」
呪文の域に入った言葉はこちらの理解力を狂わせる。
眼鏡の中の私の眼は今、ナルトのようになっていないだろうか?
状態異常混乱の攻撃を私は何時受けたのだろうか。
その混乱に漬け込むようにガイラーさんの口が三日月に歪む───ああ、悪魔に騙される人間の心境ってこんな感じだったのでしょうか、とぼうっとすらしてきた頭で私は記憶容量に残っている最後の言葉を聞いた。
「そんな君の開花を光栄にも私が手伝えるとは……実に、いいね───」
そう彼は私の目の前に置いたものがあった。
文芸部としては当然で、この場の状況ではあれ? と思うような物。
近くのドロテ部長がふおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ! などと鼻血を空中に散らかしているが、それらを無視して置いてあるもの。
それは本であった。
タイトルは『セブンス・スプリング』
安直なタイトルなのに何故か嫌な予感を悪寒に変える何かを感じたエマであった。
「どうしましょう……」
今、エマは学生会館一階の食堂にある。
そして目の前のテーブルには先程、ガイラーさんから預かった結構、厚い小説がある。
本当なら飲み物でも頼もうと思っていたのだが、この本を今読むのならば飲み物は頼んではいけないと何か本能が叫んでいるのだ。
本当なら部室で読んでも良かったのだが、二人の雰囲気に圧倒されて部屋から出て来たのだ。
その二人も話し合いに熱中していたようだから問題はなかったみたいですが。
「……」
読まなければいけないものだ。
特別顧問として彼が書いて、私達に参考になって貰おうという好意から渡されたものだ。
もしかしたら凄い面白い物かもしれないものなのだ。
───なのに、どうしてもその読む勇気が持てない。
今まで色んな本を読んできたが、こんな恐怖すら感じられる本なんてあっただろうか?
「……いやいや、内容を読んでもいないのにそんな決めつけは……」
よくない、と断言すればいいのに断言出来ない。
落ち着け、と自分に念じる。
きっと、自分は他人の知らなかった一面に飲まれかけているだけなのだ。
ドロテ部長もきっと何時もの鼻血体質で騒いでいただけなのだ。
だから、読むべきだと思い本を手に取ろうと思い
「あら? エマ? 貴方もご飯?」
「……あ? アリサさんに……ラウラさん?」
「……うむ。エマは……読書か?」
アリサさんは手を振り、ラウラさんは多少、力の無い笑顔を浮かべてこちらに寄って来る。
その様子を見ると、やはりラウラさんは調子は戻っていないかと顔には出さないようにして苦笑しながらこちらに来る皆さんの為に席を引く。
「お二人は勉強ですか?」
「そうね……まぁ、一応、復習、予習は欠かしてないから上位を狙うだけが目的なんだけど……他のメンバーはどうかしら?」
「ふむ……ガイウスは帝国史が苦手と言ってたな。ユーシスとマキアスはそこまで苦手な教科があるようには思えなかった。エリオットは頑張らなくちゃっと言って努力している様子は見れるし、リィンはアリサと同じタイプだろう。レイは寝てたな」
「……レイさん、勉強は大丈夫なんでしょうか……?」
あの人、入学時は点数が危なかったとか言っていた記憶がありますけど。
でも、その割には寝ている所をナイトハルト教官に起こされて当てられてもすらっと普通に答えている。
その度にナイトハルト教官が眉を顰めながら正解だ、と答えている。
ちなみにマキアスさんやユーシスさん、アリサさんもその度にどうして答えられるっ、と憤慨している。
その度にニヤリ、と笑い、とりあえず寝るなとナイトハルト教官の黒板消しアタックの直撃を受けている。
あの人はギャグに命を懸けているのだろうか。
そして、ラウラさんが意図的に言わなかった人物の事は深く言及せずに話題を続けようとして
「エマ? その本は何かの参考書?」
アリサさんが高速のスピードで私に現実を思い出させた。
「い、いえ……この本は参考書じゃなく……」
「じゃあ、文芸部の作品?」
「ほう? エマの作品か? それは気になるな……」
「わ、私の作品じゃなくて……その……特別顧問の人が書いた作品でして」
更にへぇ? と二人の興味を集めてしまった。
墓穴を掘ってしまったと何故か思うのだが、これは普通の小説なのだ。
ならば、何も問題はないのだが……どうしても虎穴に入っている気がしてならない。
それでもこれは普通の小説なのだ、と迷いを振り払い、でも少しだけ不安が残るのを
「……良かったらお二人も一緒に読みません?」
「え? いいの? じゃあ後に……」
「いえ。良ければここで。今直ぐに。同時に」
「……いや、読み辛いのでは?」
「いえいえ。そんなの椅子を近づければ何の問題もないですしっ」
少々、強引である事は理解しているが背に腹は代えられない。
二人も私の態度におかしなモノを感じてはいるようだが、まぁ、いいかと微笑で済ませてくれた。
「そういう事ならご相伴させてもらおう」
「偶にはいいわね」
女三人が一か所にギュウギュウに詰め寄って読書をする。
そのシチュエーションが何だかおかしくなって三人で笑う。
先程までの恐怖なんて別に何て事なくなったと言わんばかりで、気持ちも落ち着く自然とページを開ける事がで───
「あっと……」
つい、指が滑ってページを少し飛ばして開けてしまった。
それに苦笑し、出来る限り見ないようにしようとして
『あ……く、れ、リン……止めろ……! もう俺とお前の道は違えたんだ……! これ以上、俺に構うんじゃ───』
『止めないさ……どうしてもって言うなら否定しろみろ、レイン。俺とお前は全く気も合わないって。そう否定してみろよ? 俺は否定しないけどな……お前を理解できるのは俺だけだものな。俺を理解出来るのもお前だけ。なら、俺がお前を見捨てるわけないだろう……?』
『リン……』
『レイン……』
──────────と、脳にダイレクトに大ダメージを与える激痛の文がクリティカルヒットした。
三人の脳が異常事態に巻き込まれたのを理解出来なかった。
一瞬、文章を逆に見返したりもしたせいで更なる混沌に落とされた。
ギギギ、と三人で戦術殻になったかのようなぎこちない動きでお互いの顔を見合わす。
そしてアイコンタクト会議。
え? これ何? 物凄く知り合いの名前を象ったキャラクターが薔薇色満載で書かれているんだけど?
い、いや……もしかしたらこれは気のせいであり、しかもただの男同士の友情を一場面だけ見てしまったが故に勘違いしてしまっただけかもしれないぞ?
そ、そうですよね? 私がポカしたせいで前後が謎になったからこうなっているだけかもしれませんよね!?
結論を出した瞬間にバッと最初から読み直す。
今日の私達の読解力はおかしいのか。何時もの倍に近いスピードで本を読めるようになった気がする。
どうやら、ぶ厚いのは短編小説をくっ付けたからそう見えるらしく、一章事に違う物語とキャラクターで書かれている。
そして、出てくる登場人物は何故か知り合いの人物の人間の名前を少し変えただけで、性格すら似ているではなく同一では? と思うようなクオリティ。
いや、百歩譲ってそれくらいなら良いのだが、何故か登場人物達はぶつかり合ったら急接近したり、ちょっとしたいざこざが起きたかと思ったら押し倒したり、その他色々なシチュエーションがあるが最終的にはバラが咲くという結果を残している───男同士で。
「……」
「……」
「……」
バッ、と今度は二人でこちらを見、ぶんぶんと首を振って否定する。
流石にその誤解を受けて生きていける程、強く生きれない。
その緊張感は一分くらい続き、アリサさんもラウラさんも最後まで疑ってきたが、最後まで否定の意を崩さない私を見て白と判断してくれた。
とりあえず
「な、何て物を書いているのよ……」
「うむ……最近では淑女の嗜みという風に言われてこういう文学が発展していると聞くが……」
「じ、実際に見ると迫力がありますね……違う意味で……」
しかも登場人物が間違いなく自分達のクラスメイトだ。
それ以外にも何故かクロウ先輩とジョルジュ先輩も巻き込まれていたが、その程度の誤差は気にしてはいられない。
間違いなくフィックションなのだが、妙に生々しい上に本人と置き換えて考えてしまうので赤面してしまう。
「え、ええと……こ、こんな事駄目ですよね!」
「そ、そうね! うん! こんなの不健全よね!?」
「う、うむ……その、アレだ。うん、アレだしな」
全員が何を言いたいのかさっぱりなままあはははは、と笑い合う。
あはははは、と笑い合いながら
「……これ、どうするのだ?」
という素直な言葉をラウラさんの口から吐き出された直後に真顔に戻る。
「……これを出すのは不味いでしょ……その……肖像権の問題で」
「そ、そうですよね? 間違いなくこれ、許可を得ていませんよね?」
「許可を得ていたら間違いなく本人達が了承するとは思えないしな」
むしろ許可を出す人間がいたら困り者です。
これからその人に対してどんな態度で接すればいいと言うのだ。
「と、とりあえず……処分……するにしてもこれ……借り物なんですけど……」
「……特別顧問でも肖像権無視して書くのは駄目って言うしかないんじゃない?」
普段の状態のガイラーさんならともかく今のGに対して常識は通じるのだろうか?
そして私に説得する事が出来るだろうか?
……駄目です、全然想像することが出来ないです。
Gを説得するという事はサラ教官に単独で打ち勝つ所業と等しく思える。
それをこの二人分かるように説明するにはどうすればいいだろうか、と学院主席の頭脳をフルに使って考えている内に
「よう。Ⅶ組美少女メンバーじゃねえか? 何見てんだ?」
と、ヒョイ、と横合いから突然、腕が生えてきて私が持っていた本をあっさり取っていった。
あと思う間もない犯行に私はおろかアリサさんもラウラさんも何もできずにそれを見逃し
「お? 委員長ちゃんの作品か? どれどれ…………………………」
ぱらぱらと読まれていく薔薇色ブック。
適当に読んでいるだけだろうけど、読めば読む程、相手の表情は強烈になり、そして最後にはそんな馬鹿な、という顔になってこちらを見る。
読んだ犯人はクロウ・アームブラスト先輩という名であり、この本に出てしまった被害者の一人であり───その目は加害者を責める眼であった。
運命と言う物があるのならば決定した瞬間はこの時だったのだろうか?
それとも
───実にいいね。
あの呪いの言葉からだったのだろうか?
普段は余り、人が集まらない技術棟は珍しく人を集め、しかしその雰囲気はお通夜の如く沈黙していた。
集まっている人物はⅦ組の男子メンバーに二年のクロウ、ジョルジュのメンバーであった。
そしてそれぞれの顔は苦悶と悲しみに彩れた筆舌し難い表情をしている。
この重い沈黙は辛い。
しかし、この沈黙を振り払うための言葉を吐き出すのも辛い。
それがここにいるメンバーの共通する想いであった。
だが、それでも現実を認識しなければならないという断腸の思いでマキアスが口火を切った。
「……まさかフィーを除く女子達が……ぼ、僕達をだい、だだだ題材とした……く……!」
「マ、マキアス! しっかりして!? 傷はあさ、ああああさあささささ……うぅ……」
フォローしようとしたエリオットもダメージを負い、全員で暗い溜息を吐く。
何故なら男子にとってそれは口に出しがたい痛ましい事実なのだから。
だから、Ⅶ組ではないクロウが先導して事実を言う事にした。
「……まさか委員長ちゃん達が淑女の嗜みに走るなんてなぁ……」
この呟きに、全員が。特にⅦ組のメンバーが暗い顔になる。
無理もない、と先輩二人は思う。
何せⅦ組達は通常のクラスよりも人数が少ない分、仲は良くなるし何よりも特別実習では互いに助け合うのだ。
嫌でも仲は良くなる。
入学してまだ3か月しか経っていないが、一部を除けばチームとしての仲はほぼ完成されていたと言っても過言ではない。
それなのに今回の騒動だ。
痛恨な裏切りに、さしものⅦ組もショックを隠せないでいた。
「……確かに文芸部の部長は前から淑女の嗜みに系統はしていた……していたが……」
「……委員長は否定の姿勢を崩さないから委員長はまともな路線で書いているのだと思っていたんだが……」
リィンとレイのペアも溜息を隠す事をせずに今回の事態を重く受け止めていた。
まさか、うちのクラスでまともなタイプに入る委員長が必死に否定していたんだから大丈夫だろうと信じていたのに裏であんな小説を書いていたのだ。
眼鏡の裏で何という非道をしていたのだ。
あの清純そうな仕草は嘘だったのか。そのインパクトのある体が性格を表していたのか。
顔を手で覆って隠すユーシスの表情はどんな物になっているのだろうか。
───と、いう具合に男子メンバーは見事に誤解に走っていた。
本来の著者はGであり、エマ本人は書いていないのだが当然、あの場でそれらを否定するには証拠が足りなさ過ぎて結果はこうなるのが必然であった。
それに唯一の目撃者であるクロウは本を読んだ後に直ぐに逃げ出したので女子は言い訳をする暇もなかった。
そうして急いで被害者に連絡を取り合い、クロウが真実だと思っている事実を暴露したのだ。
こうして真実は焦燥によって隠されるのであった。
「……ともあれどうする? そこのふざけた先輩によると小説は下書きのような物で完成しているというわけではないようだが……」
「───でもユーシス君。あれがもしもどこかに展示でもされたらどうする?」
今まで黙っていたジョルジュの言葉に全員がガタリ、と体を揺らす。
いや、まさか。
そんな事があって……。
などとそれぞれが動揺の仕草を取る。
「い、幾らなんでも突飛過ぎるのでは? 委員長達でも許可も得ていない本をそんな簡単に出展するとは……」
「……だけどなガイウス。既に許可を出していないのに僕らをモデルにした話が出来上がっているんだぞ?」
マキアスの手痛い真実にガイウスも黙らざるを得なかった。
そんな事をするわけがない。
相手は仲間だ。
信じたい。
そんな言葉が頭を埋め尽くすが、事実としてある以上、現実を否定する事も出来なかった。
「……直談判をするしかないな。流石に俺達が直接に言ったらあいつらも消してくれるだろう」
レイの結論に全員が頷く。
被害者はここで一丸となって加害者(誤解)に言葉で挑む覚悟で技術等を出ようとする。
出ようと───
「……ん? リィンはどこに行った?」
「何を言っている。リィンならそこに……」
ユーシスの言葉と共に周りを見回すがおかしな事にリィンの姿がそこになかった。
技術棟はそこまで広い建物ではない。
隠れる場所も少ないそこに何故かリィンの姿が存在していない。
───ただ一つ。先程まで開いていなかったはずの窓の存在さえなければ。
「……リィン?」
エリオットがのろのろと空いている窓に近付く。
その行為を何故か止めるべきだと全員の頭脳に警戒音が鳴り響いているのだが、現実味が無さ過ぎて行動にだれも移せない。
そして誰も止めれないままエリオットは窓に近づき、そして外にあるのは───ぐったりと力なく倒れているリィンの姿であった。
「うわあああああああああああああああああ!!?」
エリオットの悲鳴のお蔭と皮肉のような結果だが、そのお蔭で謎の拘束力から解き放たれたメンバーは直ぐに警戒の動作に移ると同時に叫んだ。
「馬鹿な……! リィン程の男が一撃だと!?」
「そ、それにこんな場所では隠れる事も出来ないぞ!?」
「いや……そここそ窓だ! リィンは窓の近くに立っていたからな! 窓からそのまま声も出さずに一撃必殺だ……! 殺気も無しとは……!?」
全員が動揺はするが、とりあえずこの場にいるのは不味いと直感する。
最初に行動に出たのはレイであった。
「一か所に纏まるのは不味いぞ! 逃げるぞ……!」
口に出したら即行動。
迷わず技術棟の扉を蹴破り、そのまま外に出ようとするレイを迎えたのは太陽であった。
それもただの太陽ではなく───流星群のように落ちてくる太陽群であったが。
回避行動も叫ぶ事も出来ずにレイは息を飲む事も出来ずに太陽に飲み込まれた。
「レェェェェェェェェェェェェェイィィィィィィィィィィィィィィ!!!?」
全員の叫びが炎に呑まれる。
まるで罪人を燃やす炎に見える炎は数分してようやくその勢いに陰りが見えた。
弱ったのなら後は直ぐに勝手に鎮火し……残ったのは真っ黒になったレイであった。
直ぐに全員でレイを抱き抱えるが……既に何の反応も無かった。
クロウが勢いよくドアを外から見えない死角から閉めながら
「くそっ! さっきのはヴォルカニックレインか!?」
「火属性の最上位に近いアーツだね……」
アーツ攻撃という事にぞっとする。
レイの戦闘における唯一の弱点を訓練の時に彼は笑って言っていた。
「いやぁ、俺、かなりADF低いからなぁ。上位のアーツ食らったらかなりやばいから即座に駆動解除が基本なんだよ」
そう笑って言っていた彼の言葉を証明するかのようにレイは一撃でやられた。
「そ、そんな……」
エリオットは思わず馬鹿みたいな言葉を吐き出すしかなかった。
リィンとレイ。
方向性は違えど、二人の言葉と背中に一体どれ程助けられただろうか?
そんな彼らが数秒で物言わぬ死体(死んではいない)に変貌した。
呆気ない。
呆気なさ過ぎる。
主人公のような彼らがこんな呆気なく死ぬなんてあっていいのだろうか?
「しっかりしろ! エリオット!」
そこをユーシスの激励で意識を取り戻せた。
「ご、ごめん、ユーシスっ」
「……気にするなとは言わん。だが、奴らが死んだという事を無価値にしないのが俺達の仕事だ。貴族の……いや俺達の義務はそこだろう?」
ユーシスの不器用なりの励ましの言葉に少し気が楽になる。
そうだ。
リィンとレイの死(死んでない)を無駄にしちゃ、それこそ彼らが頑張ってきた努力が報われないんだ。
「今のアーツは……アリサか。やはり」
「……だろうな。他の学生の実力はそこまで知らないが、あのアーツの威力に僕達を狙う動機を持っているのはあの3人くらいだ」
「しかし、どうして俺達を狙う?」
ガイウスの当たり前の疑問に答えたのはクロウであった。
「んなもん決まってる───自分達の出店を邪魔する存在である俺達を消してしまおうっていう算段だ!」
全員が思ってはいたが言いたくはなかった可能性にくっ、と唸る。
「そこまでか……そこまでなのか……!」
マキアスの繰り返される言葉が全員の心に響くが、ここに止まるわけにもいかなかった。
「ここにいると間違いなく全員纏めてやられる! アーツを放つ余裕なく一気に駆けるぞ!」
クロウの叫びに同時に頷き、止まる事もせずにドアを蹴破り、アーツが飛んでこない事を確認したら全員ばらばらに散った。
だけど、エリオットは思わずにはいれない事があった。
……ああ、どうしてこんな事に……!
やっちまった……!
本当にやっちまいましたよ……!
テッチーさん! 申し訳ない! 遠慮なく自分の首をどうぞ!
覚悟は出来ています!
というかBLタイプを余り知らない自分にはこれが限界か……!
Ⅱは今、後日談ですねぇ。
それにしても……一番厄介なのは頑張ればクロウ生存ルートを作るのが容易い事ですねぇ。
二次にとってはこれはこれで厄介ですね。
と、ともあれ前後編に分かれたので次回は……何時になるでしょうねぇ。
ともあれ、感想・評価よろしくお願いします!