絆の軌跡   作:悪役

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※各人が想う切ない系BGMを途中から聞いた方がいいかもしれません。


祈りは常に胸に

教室は第二次冷戦時代に入ったと、エマは思った。

第一次はマキアスさんとユーシスさんとの男の意地冷戦。

こちらは直ぐに口に出る、手が出ると余りにも分かりやすい意思表示があったからこそ逆に治め易かったというものであった。

ただ、治め方は暴れようとする二人の間にリィンさんが遠慮なくレイさんを投げ込んで二人のパンチを吸収するというものであったが。

その後に勃発する二人の戦いは大抵、アリサさんのアーツかサラ教官による窓から放り投げで沈着していたので、最早日常であった。

 

……ああ。お婆ちゃん……私……都会に毒されています……

 

恐ろしい世界だ。

子供の頃は都会に憧れている普通の子供だというのに、成長して来てみたら煉獄も生温い。

冗談で人が殴り合う事が許されているルールだったのか。

いや、まぁ、それも冗談ですけど。

ともあれ、今回の冷戦は前回のように目立つ争いではなく沈黙を持っての沈着であった。

 

「……」

 

「……」

 

原因は昼休みの鐘が鳴ってレイさんとリィンさんが早速教室から飛び出した後の二人の姿。

銀髪の小柄な少女に青い髪の凛とした少女。

フィーちゃんとラウラさんであった。

 

「……」

 

「……」

 

二人は教室内で語る事も目線も合わす事もない。

つまり、マキアスさんとユーシスさんとは違って互いに最低限のみで無視し合っているだけなのだ。

だから、彼女達が雰囲気を作っているわけではないのだが……何故か険悪な雰囲気が形成される。

いや、険悪という言葉は合わないのかもしれない。

険悪というのはそれこそユーシスさんとマキアスさんの一触即発の雰囲気を指す言葉だろう。

だが、二人にはその爆発するという予兆がない。

ただ、黙っている。

それだけなのだ。

それだけなのに空気が凄く重く感じるのだ。

そして、それは授業が終わり昼休みが過ぎて二人が部屋から出た瞬間に全員が安堵の息を吐く。

 

「……前の実習は終わってからずっとあの調子ね……」

 

「ああ……何か言ってくれたら僕らも動く事が出来るのだが」

 

アリサさんとマキアスさんの言葉を始めに、既に出て行ったレイさんとリィンさんを除いたメンバーが頷いた。

 

「いっそ、ユーシスとマキアスの時みたいに破裂してくれたら僕らも止める事が出来るんだけど……」

 

「あんな風に頑なに互いにいがみ合うわけでもなく無視をするわけでもないのならどうすればいいか解らないな」

 

うーーん、とエリオットさんとガイウスさんも悩んだ調子で腕を組んだり、視線を彷徨わせる。

すると、アリサさんの方から

 

「一応、ラウラの方は私が時々、話をしたりしているんだけど……エマ。フィーの方は?」

 

「フィーちゃんも別に何でもないの一点張りで……とてもじゃないが話してくれる様子じゃありません……」

 

「やっぱり、そっちもか……」

 

アリサさんがどうしたものかしら、と頭を抱える姿に少し苦笑する。

 

「こういった場合、部外者が乱入すると話がこじれる場合と良くなる問題があると思いますが……」

 

「……難しいな。俺の目から見てもどっちに転ぶかわからん」

 

ユーシスさんの溜息と共にやはり今日も二人を見守るという保留の決断をするしかないのかと今度は全員揃って溜息を吐こうとして

 

「あ、皆。まだ教室にいてくれたか」

 

すると先程出て行ったリィンさんがひょいっと帰ってきた。

 

「どうしたんだリィン? 何時もの流れだとレイと一緒にいる事で事件を発生させて最終的に殴り合いに行き着くショートエピソードをしていたんじゃないのか?」

 

「……マキアス。確かに遠慮はいらないんだけど、その全員がそうだそうだと言いかねない話題はどうかと思う」

 

事実だろうに、とユーシスさんの結論に最後まで反抗的な態度を取るリィンさん。

本当に何故かリィンさんはレイさんにだけはまるで子供のような反抗的な態度をとる。

それだけ見ると長い付き合いがあるように見えて、他のクラスメイトからも二人は幼馴染なのか? とよく聞かされるらしい。

その度に二人同時に誰がこいつ何かと、と言い合うらしい。

不思議な関係だ。

 

……まさかアレ(・・)の関係じゃありませんよね……?

 

流石に深読みし過ぎだろう。

となると二人の性格から生じるものなのだろう。

ともあれ、彼はこちら……というよりは皆に用があるらしい。

 

「何かあったんですか?」

 

皆を代表して聞いてみると

 

「ああ。ちょっと助けて欲しいって頼まれたから皆にもちょっと手伝って欲しいんだ」

 

そう言って視線を教室の扉の方に向けると金髪のショートヘアのおっとりとした女子生徒が立っていた。

それを見てⅦ組全員は同じような事を思っただろう。

 

───またか

 

 

 

 

ユーシスはリィンの説明と入ってきた女子生徒───ロジーヌの依頼の内容を把握した。

 

「ストーカーを何とかして欲しいというわけか」

 

「あ、いえ……その、ストーカーと決まったわけじゃあ……」

 

控え目に否定するロジーヌの様子を見ると断定していないのではなくどちらかと言うとそう判断するのはどうかと思うという気遣いの否定に見れる。

そういった人物か、と余り関わりを持っていない俺からしたらファーストコンタクトはそんなものであった。

とりあえず、彼女からの説明を纏めると

 

「だが、お前の教会の手伝いをしている所に見知らぬ男が言い寄って来るのだろう? 優しさというのは美徳に入る内はいいが行き過ぎると碌な物にならんぞ」

 

「ちょっ……君という奴は……」

 

「いえ、ユーシスさんの言う通りですから」

 

眼鏡が何かを言おうとするがロジーヌ本人も自覚していたのだろう。

困ったような笑顔を浮かべながらも行程をした。

それに頭を掻きながらもマキアス・レーグニッツが語る。

 

「まぁ、男がどうして言い寄って来たかは理解できなくもないが……二度も否定したのに付き纏うのは流石に困ったものだな」

 

今回ばかりはこの男の意見に同意せざるを得ない。

確かにちらっ、と見るだけでロジーヌはおっとりとしてはいるが綺麗な造形をしている事は認められる。

正直に言えば士官学院にいるのが多少、不思議な所なのだがよく考えれば生徒会長が既に見た目だけは似つかわしくないのでおかしくはない事か。

 

「頼みというのはそのストーカーを捕まえる事か?」

 

「場合によっては止む無しだが……ロジーヌさんはもう一度冷静に話をしたいそうだ」

 

「はい……その最近話そうとしてもこちらのお話を聞いてくれる様子がないので。せめて、もう一度だけ私がお話したいと……」

 

「で、それを俺が聞いて流石に危険じゃないかっ、と思って皆に相談したという事だ」

 

「確かにそうですね……ロジーヌさんのお話を聞く限り相手の方は少し冷静さを失っているみたいですし」

 

余り、そういった事態に関わった経験がない俺でも面倒くさい事態になりうる可能性があると読む事ができる内容だ。

全員があちゃあ……という顔になっている。

 

「好意がちょっと暴走しているパターンね……で? リィン? こちらに相談しに来たっていう事は何か策でもあるの?」

 

「ああ……ちょっとロジーヌの代わりに囮役を誰かにして貰おうと思うんだ」

 

「ふむ? 囮をしてどうするんだ?」

 

ガイウスの相槌にリィンもああ、と頷き

 

「正直、ロジーヌの話を聞いているだけでは相手の人がどんな類なのか想像できない……まぁ、大事にはならない……とは思いたいけど色恋沙汰で大変な目に合うっていうのはどの国でも起こり得る事件だから俺は一応、最悪な事態も考えている」

 

「……」

 

そんな事は起きないとロジーヌは視線で訴えてはいるが、否定しない所を見ると起こりうる可能性として見ている事は見ているらしい。

 

「勿論、そんなのは低いとは思うけど……出来れば確認は取りたい」

 

「で、囮なの?」

 

「囮……というよりはロジーヌよりも先に接触してどんな人か見て欲しいんだ」

 

教区長もどうしようか悩んでいたから手伝う事は全面的に協力するらしい。

 

「成程……まぁ、今は手が空いているから手伝う事は吝かではないが……誰が囮をするのだ?」

 

「確認を取るだけなら複数で話に行くのは相手に不信感を残してしまいますよね?」

 

「ああ。だから、一人で行く事になるんだ。一応、相手は敬遠な信徒の人だから修道服を着たら警戒を和らげてくれないかとは思うんだが……」

 

「成程ねぇ。そうなるとユーシスとマキアスは難しいわね」

 

「何故だ」

 

「どうしてだ」

 

眼鏡とハモッた事に素直に舌打ちをすると相手も同時に舌打ちをしてくる。

思わず、連続で鳴らしてやろうかと思ったがそうするとまたハモリそうで苛立つからとりあえず無視しておいた。

 

「そういう所よ。貴方達……演技とか苦手でしょ」

 

「となると俺も同じ理由で無理だな……」

 

ガイウスもうむ、と理解したという感じで頷く。

お前はそれでいいのか。

 

「じゃあ、僕かリィンかアリサか委員───」

 

「───貸し出せるような余った服は女性用しか運悪くないらしい」

 

「うん、アリサか委員長しかないね」

 

エリオットよ。

今、まるで敵を察知したかのように真剣な表情をしたのを見逃せなかった。

コンマ一秒以下で笑顔を浮かべる早業に額から一筋の汗が流れたが、それを指摘すると最近、遠慮がなくなったこのクラスメイトが何を仕出かすか読めないので黙っている事にした。

 

「まぁ、それなら私かエマでいいんだけど……」

 

「あの……その人、何でも昔は遊撃士を目指していたらしくどのレベルかは知らないですけど武術を修めているらしいです」

 

「───リィン? 私達に死ねって言うの?」

 

「最近のアリサの反応は怖いな……」

 

リィンは引き攣った笑顔でこちらを見てくるが全員で無視する。

ここで助けたら俺達が巻き込まられる。

 

「本当ならラウラかフィーのどちらかに手助けして貰おうかと思っていたんだが……」

 

チラリ、と周りをリィンが窺うか二人の姿がない事を見て察したようだ。

女子の武闘派二人を使うのは確かに間違ってはいないのだが、時が悪かった。

もう、ロジーヌの表情は無理でしたから構いませんから、という表情に変わりつつある。

どうしたものか、と嘆息をしていると

 

「ちぃーっす。後輩君共。届け物だぜーー?」

 

軽薄な声と共に入ってきたのは……確か二年の

 

「クロウ先輩?」

 

「よう、リィン後輩。悪いがこいつ受け取ってくれねえか?」

 

銀髪にバンダナが特徴のクロウ・アームブラストが肩に背負っているのは何故かぼろぼろになったレイであった。

 

「……まだ数分しか経ってないのに……」

 

エリオットがある意味で関心の表情と台詞を吐いたのに全員、同意する。

まだ昼休みが始まり、ロジーヌとの会話を含めても5,6分しか経っていないのだ。

それなのに、もう一ストーリー終えてきたという格好だ。

 

「一体何があればそうなるというのだ……」

 

「いや、何でも……適当に昼を買いに行こうとした所をばったりトワに会ってしまってトラウマが再発して青ざめた表情で逃げようとした所を調理部の部室から出てきたマルガリータと遭遇してぶつかり、その手に持っていたクッキーがミラクルに口の中に入り、猛毒と混乱状態で苦しんだら窓から落ちてしまったが、そこは何とか受け身をとったらしいんだが、そこに見事にゼリカのバイクと交通事故を起こして偶然開いていた窓からトリプルアクセルでまた一階に飛び込んでゾンビよろしく保健室に向かおうとしたが受付で力尽きてそこを通りかかった俺が拾ったって事らしい」

 

「ミラクル過ぎますよそれは!?」

 

というか何故生きていると思うが本人は「う~~ん、もう食べてやる……!」などという微妙に新しい寝言を吐いている。

呆れた生命力だ。

こいつはきっと崖から落としても死なないだろう。

 

「ま、そういうわけだ。どこに置けばいい?」

 

「ああ。そこのごみ箱に捨てておいてください」

 

「ははは! おいおいリィン後輩。何時からそんな冗談が上手くなった……んだよ?」

 

何時の間にかクロウ・アームブラストから掻っ攫ったレイを自然な動作で前のめりでゴミ箱にぶちこんでいるリィンを見て最後まで自信を持って笑えなかった先輩の姿があった。

証拠隠滅、という言葉が頭を過ぎるが気にしない方がいいだろう。

 

「───はっ。待ってリィン! そのゴ……! おほん。レイがいるわ!?」

 

「? 何だアリサ? このゴ……レイを何に使うんだ?」

 

「……お前ら本当にクラスメイトで仲間で友達なんだよな?」

 

素直とかひねくれているとかそういう以前の問題で頷き難い問題であった。

現に他のメンバーは全員俯いていたり、明後日の方角を見ている。

何とも締まらないクラスだ……と思っていると

 

「……む! 何だこの暗闇は……! そして体が動けない……! 壁に見えているこれは……ゆ、床なのか!? く……! 新手のアーティファクト(ミラクル)か!? メディーーーック!!」

 

「残念ながらレイ。救護兵はシリアスな用事で手が空いていない」

 

「な、何だと……! この事態を俺一人で何とかしないといけないのか……!?」

 

「ああ。だが、それはお前にしか出来ない事なんだ」

 

遂に隅っこで寸劇まで始まりだしたが、そろそろロジーヌの呆然とした姿が憐れなので何かフォローを入れるべきかと思い

 

「気にするな───気にしても仕方がない馬鹿だ」

 

「……むしろ気になるのでは?」

 

ガイウスの指摘にそうか? とは思うが問題はあるまい。

問題になったとしても俺に火の粉は降りかからないだろう。

 

「で? アリサ。レイを利用する策というのは何なのだ?」

 

「簡単よ。今回は危険がないよう、且つ修道服は女性用しかないって事でしょ?」

 

オチは目に見えたな、と他のメンバー全員でゴミ箱に向かって黙祷する。

ゴミ箱は虚しくガタゴト、と揺れるだけであった。

 

 

 

 

 

レイは己の虚しい格好に酷く涙を流したくなってきた。

 

「普通、こういうネタは間が開くだろうに……」

 

今の自分の格好は修道服……しかし女性用。

既に女性陣の本気のメイクによって前回のセントアーク脱出張りの姿に変身させられている。

ああ、男にとってのトラウマはどうしてこんなに発動しやすいのだろうか。

さっきからエリオットの気持ちはよく分かる! 分かるよ! という視線が虚しい。

だったら助けろという視線にはエリオットは躊躇いの見えない無視の態度で応じた。

成長し過ぎだろお前。

ああ……セントアークの実習から帰った時のリィンのあの大爆笑の後の殺陣を思い出す。

何故か駅にいる人から大絶賛を受けていたが、その後にサラ教官のSクラフトを受けて二人揃って気絶したんだっけ。

 

「よし、とりあえず作戦としては外でマキアス、エリオット、アリサ、委員長組が待機。俺とガイウス、ユーシスは中で礼拝の振りをしつつ見張り。それでいいかな?」

 

俺のこの姿以外は異論がないな。

 

何時か泣かせてやる……!

 

男の約束だ。

絶対に果たしてやる。

意地でもだ。

 

「その……すいませんレイさん。私の小事に付き合って頂いて……」

 

「いや、まぁ……やんごとなき事情があるなら手伝うのは吝かでもないから気にしないでいてくれ。というか気にすると負けだと思う」

 

人助けの分類に入っているのなら動ける。

 

「それに別に相手を捕まえるとか荒事にはならないと信じているんだろ? なら、問題はないだろ……まぁ、ちと大掛かりなのは認めるけど」

 

ちょっとお人好しが過ぎるだろ我がクラスよ。

確かにストーカーというのは追っ払えば安全であるというわけではないパターンがあるが、ここまで過保護な行動をするのもどうだろうか。

周りに人がいる状態で話をしたら流石に相手も冷静に対応してくれると思うのだが。

 

「まぁ、そこら辺経験が無いって事かねぇ……そりゃ、つい最近まで普通に暮らしていたりでこういう事をやってないから当然か」

 

遊撃士見習いの自分とは違い、他のメンバーは一般人も多いのだ。

リィンは例外かもしれないが貴族のユーシスなどはこういう事など余りする事ではないだろうし。

青いなぁ、と思ってしまうと何だか自分一人だけ老け込んだ気分になってしまう。

まぁ、その懸命に何かをしようとする姿勢は俺の信念的に好ましい。

道を過たない限り、その懸命さこそが唯一、人間の美徳だ。

 

「おい、レイ。そろそろ本人が来るらしい。何かそれらしい事をしてとりあえず待ち構えておいてくれ。後、写真は撮ったからそっちは任せてくれ」

 

「オーライ。後で決闘になる事も承知した」

 

この男はナチュラルに俺に喧嘩を挑むのが上手い。

そうなると、つい、拳が軽くなってしまう。

三日くらいは飯、食えなくしてやる。

そうして他のメンバーが散り散りになりながら

 

「……それらしい事って何をすればいいんだ?」

 

流石に修道女に成り済ました経験はない。

個人的にはそこまで信仰心も持ち合わせていないので、教会なんぞ依頼がない時はそこまで寄り付かない。

学業は最初の方こそ学んでいたが……まぁ、いっか。

 

「祈っておけば何となくそれらしい格好になるだろ」

 

適当に日々の祈りに感謝って感じで祈っとけばいいだろうと思い、まぁ、ここは女の子らしく両膝をついて祈る。

 

 

 

 

 

マキアスは時間にほぼ正確にロジーヌさんが言っていた通りの風貌の男が教会に入っていったのを見届けた。

 

「確かにロジーヌさんが言っていた通りに見た目は体が引き締まっていたな」

 

「武器持ってない僕らだったら普通に駄目だったかも」

 

男二人の情けない現実に思わず互いに目を合わせる。

何とも言いようのない虚しさを共感し、互いに握手をする。

友情、ここに極まれり。

 

「……最近のクラスのリィンレイ汚染が酷くなっている気がするわ……」

 

「……それをアリサさんが言うんですか……?」

 

全く同意である。

教室でアーツを使って二人を仕留めている人間が言う事ではない。

彼らが毎回、ティアラの薬を使いながら授業を続けているのを知らないのだろうか。

しかも、レイが言うには段々と威力が強くなっているからそろそろティアラル欲しくなってきた……などと言っているのだ。

我がクラスから瀕死の人間が出る事は近い未来かもしれない。

 

副委員長としてそれだけは止めなくては……!

 

眼鏡の奥に覚悟の決意を秘めながら毎日の腹筋と腕立ては欠かさない。

既に教頭先生からも色々と言われているクラスだ。

瀕死の人間なぞ出したら最早、学級崩壊だ。

そして責任は何故かエマ君ではなく僕の方に向かいそうな気がするのだ。

負けるな僕。くじけるな僕。

レーグニッツの名に恥じないようにあの二人の暴走を止めるのだ。

 

「今の所、中から騒ぎになっているような声は聞こえませんが……大丈夫でしょうか?」

 

「まぁ、多少、頭が緩くなっていても皆、能力的には十分に凄いメンバーだから大丈夫だと思うけど」

 

「……それ、思ったんだけど……逆に静か過ぎじゃない?」

 

エリオットの発言に思わず、む? と思い、改めて教会を見る。

自分達は隠れる事は逆に目立つだろうと思い、教室の入り口でただの会話を装って入ってきた人を見届け、リィン達に連絡を入れたのだが……確かに入口からでも音が余り聞こえない。

確かに教会というのは物静かだし、普通は余り響くような音は聞こえないが……それを考えても余りにも音がない。

生きているだけで何らかの音を出すのが人間というもので、その事実を考えれば教会の内部は最早、不気味のレベルの静けさである。

何かをやらかした……という雰囲気ではない。

険悪な雰囲気というのは重い雰囲気を感じるものだ。

だが、ここから感じ取れる雰囲気は"ない"のだ。

 

「……何だ?」

 

幾らなんでもおかしいと全員が察知する。

 

「……何か異常事態でも起きたのかしら……?」

 

「リィンさんとレイさんが何かをした……っていう雰囲気じゃありませんよね?」

 

「それなら、それこそ二人の声が外にも響いていると思うんだけど……」

 

見慣れているはずの教会が何故か別の物に思えてきそうな違和感。

間違いなく、中の雰囲気は当初、自分らが思っていた光景ではなくなっている。

全員とアイコンタクトをすると一致で中に入ろうと決定された。

ARCUSでリィン達にもう一度連絡を取ろうかと思うが、この静かな雰囲気に連絡音を流せば途端に嫌な事が連鎖するのではないかと思うと迂闊に連絡するのもどうかと思われる。

入るしかないか、と思い、出入り口の扉に近づく。

そして触れる段階にまで至ったが……本当に中から音が聞こえない。

息遣いすらも聞こえないというのはどういう事か。

今はミサをやっているわけではないというのに。

 

「……行くぞ」

 

最後に皆の確認を取り───扉を開けた。

 

 

 

「────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────あ」

 

 

 

瞬間、背筋が崩壊した。

そこにあるのは礼拝堂ではなく、ある種の懺悔室。

(ソラ)から落ちてきた天使の嘆きの現場であった。

本来の目的である男性や呆然としたリィンやガイウス、ユーシスなぞ最早、見る余裕すらない。

この場に集まっている人間ですら呼吸をする事すら禁じられている。

 

───中心にいる一人の少年の祈りが奇跡を成し遂げている。

 

「────」

 

祈るという仕草で最早、何もかもをそこに費やしている。

そこには最早、情熱などという言葉では到底語り尽くせない末期の喘ぎ。死を前にした人間の言葉を聞いているような気分を味わう。

膝が崩れ落ちそうになるが、崩れ落ちればこの奇跡は幕を閉じる。

小さな音を鳴らすだけでこの清廉さはきっと跡形もなく崩れ落ちる。

溜息を吐きたくなる壮絶は、その実、その溜息のか細い力で折れる骨のような脆さ。

女として変装しているせいで、正に天使が落ちてきたと錯覚してしまう。

それ程までの熱気と集中力。

教区長も修道女の人間もロジーヌさんも教会に近しい人でも、これ程の祈りを見た事があるはずがない。

聖女というものが存在するならば、それは間違いなくこの中心にいる少女のように変装させられた少年の為にある言葉だ。

身を捧げる祈り。肉体はおろか魂すら燃やし尽くす誓い。

 

───まるで地上で輝く星のようだ。

 

両膝を着いた格好も、両の手で握って祈る仕草も。

その情熱に沿える美しさの一つになる。

美しさという意味の神話の光景。

 

 

最早、痛々しさすら感じるその強さを────美しい、と感じてしまっていいのだろうか?

 

 

永遠のように感じられた時間は、しかし少年の気紛れで幕を閉じた。

閉じていた目を開け、祈る為に握っていた両手を開き、立ち上がる。

それだけで、もう先程の荘厳さは消え失せた。

はぁ……、と周りから響く息を吸う音を気にせずに彼は近くにいる男性に女の振りをして語りかける。

その事に───ようやく自分達の目的はロジーヌさんの協力であったな、とぼんやりと思い出した。

そして彼はまるで恥じるように直ぐに去っていた。

何となくそうなるだろうな、と思ったのはきっと僕だけではないのだろう。

 

 

 

 

 

「ただいま~~」

 

サラは学院から帰って寮の扉を開ける。

ここで愛しい生徒共がおかえりなさい、と皆で出迎えてくれればいい絵が出来そうなのだが、最近は皆から愛らしさが抜けてきて先生、泣いちゃう。

たかが2、3か月で素直じゃなくなるなんて……教官というのは大変だ。

悪いのは誰だ。

あの問題児か。

あれ? 問題児で当て嵌まる言葉がクラスのほとんどなのだが?

 

これが学級崩壊の危機……!?

 

噂でしか聞いた事がなかったのだが、まさかそれを私が体験する羽目になるとは。

ただでさえ、あのうるさいちょび髭教頭に色々小言を言われてストレスが溜まっているのだ。

学級崩壊なぞしたらオメガ・エクレールが炸裂するかもしれない。

全体攻撃なので目に映る全員に炸裂するがお茶目という事で許してもらおう。

そのついでに、いっそちょび髭とあの堅物教官もぶっ飛ばして最後は敬愛する恩師に撃たれて死のう。

最後に素敵なオジサマといい出会いがなかったのが残念だ。

そう思っていると

 

「いやだ。断る。断固として拒否する。俺は自由を目指す」

 

「いや、そこは待ってくれ。絵のモデルになってくれるならノル土下座を見せても構わない」

 

「ノル土下座……!?」

 

などと広間から騒がしい声が聞こえた。

ノル土下座の単語に流石に興味を惹かれ、そのまま扉を開けようと思い

 

「むっ」

 

ヒョイ、と素早く扉から下がり、そのタイミングでバタン! と広間の扉が開き

 

「興味深い単語だが、俺の自由は揺るがない! 何故なら俺はまだアンナさんの助けによって無理矢理得てしまった衣装の返済が待っているからだ! というか二度と着ないのに何で借金してんだこんちくしょう恨むぜエリオット……!」

 

「正直に悪いと思うけど僕にもそればっかりはどうしようもなかったんだよ……」

 

レイがあばよとっつぁん! と叫びながら二回に駆け上がった。

それを見届けながらも広間の中に入ると、一番印象的なのはガイウスの残念だ、という顔だろうか。

そしてこの喧騒から取り残されているのがフィーとラウラ。

密かに外れて周りにばれない様に沈痛しているのがアリサ。

そして、何故かぼーっとしているリィン。

他は微妙に全員興奮している。

つまり、ラウラとフィーの事情を推測する以外は意味不明。

 

「……何があったの君達?」

 

青春しているわねぇ、と思うのはきっと皆、理解してくれるだろう。

 

 

 

 

 

「成程ねぇ……」

 

大体の話は理解出来た。

これでアリサが鎮痛しているのが何故か理解出来た。

個人的に彼女が相談してきたのだ。

元の(・・)職業でも、元の元の(・・・・)職業でもそういった人間を見た経験は大いにあるので事情は理解出来なくても事態は理解出来た。

だけど、流石にどういう風に彼女にアドバイスをすればいいか悩んだ。

つまり、レイみたいな人種はそういった生き方しか出来ないのだ(・・・・・・)

選んだには選んだのだけど……きっとそうやって生きていけないと耐えられないのだ。

ただ生きているだけでは耐えられない。

だから、ただ生きているだけ(・・・・・・・・・)という方法を持ってただ生きているだけで(・・・・・・・・・・)はない(・・・)方法を採ったのだ。

それを間違いと指摘するのは簡単だし、指摘する事も間違ってはいないだろう。

だが、そこからをどうすればいいのかがサラ・バレスタインの経験を持っても答えを持ち合わせていない。

教え子が必死に助けを求めているのに応えられない自分が不甲斐無い。

 

「───サラ教官?」

 

「……ん? ああ、ごめんごめん。何かしら?」

 

つい、集中し過ぎたらしい。

周りの皆がこちらを見て不思議がっているので笑顔で誤魔化す。

 

「で? 何かしら?」

 

「いえ……ただレイは別に信仰心は篤くないって言うんですが、あれ程の祈りを見せたのに信仰心がないというのはおかしな話ではないかと思い……」

 

ああ、そういう事ね。

事情も何も知らずに聞けば、それは間違いない信仰が厚い人間の所業のように聞こえるだろう。

しかし、それは間違いだ。

 

あの子が女神様相手に(イノリ)を捧げるはずがない。

 

狂気に等しい純粋さを何と語ればいいだろうか。

だが、彼らも触り程度を知っておくべきだと思い、出来る限り軽い調子でいる事を務めながら説明する。

 

「そうね。例えで言うけど……マキアス。貴方、フィー並みのスピードで走れって言われたら出来る?」

 

「で、出来るわけないでしょう!?」

 

「ぶい」

 

マキアスがフィーの方に視線を向けるがフィーは何時の間にか違う方向を見ている。

逆に今度はフィーに聞いてみる。

 

「フィー。貴方、マキアスやエマ並みの成績をテストで出せる?」

 

「無理」

 

即答の返事に周りが苦笑するし、私も苦笑する。

でも、これで結論に辿り着くための材料を手に入れた。

 

「これと一緒よ。貴方達にとって得意分野っていうのは色々あるでしょうけど……貴方達にとってそれは普通だけど……周りから見たらどう?」

 

「そんなのは───」

 

ユーシスが答えようとして気付く。

他のメンバーもそれ同様に答えに辿り着く反応をする。

どの子も成績云々とは別の頭の良さはある子達だ。これだけヒントを出せば皆、気付く。

 

「そういう事よ。貴方達にとって尋常じゃない祈りも───あの子にとっては当たり前の事なのよ」

 

ましてや、あの子が祈った事はきっと当たり前の日々に感謝しただけなのだろう。

それはあの子にとって得意中の得意分野だ。

何せ、常にそれを考えている(・・・・・・・・・・)

あの子の義父からも説明されている。

 

稲妻が出ている限り(・・・・・・・・・)はそうなのだ。 

 

一番の悲劇はその在り方が間違ってはいない事なのだ。

命とは宝石の如く価値ある輝きだ、と思う生き方は間違ってはいない。

そう願う祈りのどこが間違いだと言うのだろうか。

間違いではない。

間違いではないのだ。

 

いや、ならもっとも不幸なのは───人間が常に正しくある事が出来ないという弱さだろうか。

 

正しくある事は正しい事なのに、それを完全に遂行すれば痛ましい事になる。

矛盾もここまで来れば嫌味だ。

そんな内心を決して表に出さないまま、ふと一人だけ広間の外に出ようとする影を見た。

唯一、この場で沈黙をしている理由が不明であった一人の男子生徒。

 

「……リィン?」

 

重心と称された少年は、間違いなくその言葉に違わない働きを何時もしていたというのに……今回の件のみ彼はそこから外れると言わんばかりに誰にも何も言わずに広間から密かに抜け出ていた。

 

 

 

 

 

パタン、と乾いた音がリィンの耳に響く。

ただ、自分の部屋の扉を閉めただけ。

心に残す事でもなければ必要な事でもない音を耳に留めながら、リィンは無言で部屋の中央に立つ。

先程のサラ教官の話。

他の皆は色々と驚いたりしていたが。

していたが───リィンは特に何も驚かなかった。

事前に聞いていたわけでも、見ていたわけでもない。

理由などない。

 

ただ、そうであろうと出会った時から(・・・・・・・)きっと気付いていた。

 

「……」

 

出会った時からきっと気付いていた。

互いの欠落を一目見た瞬間にきっと理解していたはずだ───お互いを理解出来ない(・・・・・・・・・・)という事に。

それ故に抱いた感情を互いが無視した。

そうやって目を逸らさないと互いを無視出来ないと本能的に理解していた。

俺だけの考えではない事はこちらと同じレベルの馬鹿に付き合う相手の姿を見ていれば一目瞭然だ。

 

「……」

 

でも、リィンにはその原因が理解出来ない。

自分が抱いている想いは何となくそうだろうという勘に等しいものだ。

理解できない部分も、それが具体的にどの部分かが分からない。

出来るなら間違いであって欲しいと何度思った事か。

だけど、リィンには考えても分からなかった。

だから、リィンは鍛錬でもしようと思った。

明日には何時もの俺とレイで生きていくんだ。

互いにそう想っている、その思いを抱きながら一日を全うする。

 

安らかな日々を続いてくれ、という祈り

 

それだけはリィン・シュバルツァーとレイ・アーセルの共通する願いだと信じているから。

 

 

 

 

 

 

 

 




はぁい、今回は予告通りにシリアス回。
彼の歪み暴露回でした。
この初期の段階はアリサにだけ隠すものでは特にないのでここは思い切って違うアプローチで吐き出させました。

それにしてもロジーヌを書くのが難しい……正直、これで合っているかと言われても仕方がないかもしれません。申し訳ないっ。

でも、次回はこの流れを壊すギャグ回にしたいと思います。
テーマは

「エマ」「文芸部」「生存競争」「G、現れる」

カミングスーン……

テッチーさん、自分、頑張るよ!?
書き終わったらいっそ殺してください……!

感想と評価お待ちしております。


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