絆の軌跡   作:悪役

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特別実習 セントアークⅢ

 

「いたぞ! こっちだ!」

 

その叫びを受けて、レイは口笛を吹きながらセントアークの街中を走り回っている。

今はセントアークの中でも路地裏に面する場所を走り回っているが、幸い頭の中に地理は叩き込まれているので地の利で負ける事はない。

加えて運動量も幾ら青い制服がトレードマークの服を着ているとはいえ怪物染みた能力を持っているおっさん連中とは違い、運動能力全盛期を終えたメンバーも混じっている相手に負けるつもりはなかった。

街の人々は何が起きたという顔でこちらを見ているが、とりあえずお騒がせして申し訳ありませーーン! と叫びながら当たらないように走る。

そして、そのまま角を曲がり───

 

「な!? ……どこに行った!?」

 

「ば、馬鹿な……この道に人が隠れられるような場所もなければ道もないはずだぞ……!」

 

「ええい! とりあえず、こちらに向かったのは確かなのだ! 進むぞ!」

 

そう叫んで上から(・・・)その光景を見ていたレイはとりあえず溜息を吐いた。

今、俺は右手の握力に物を言わせたロッククライミング……めいた状態で家の壁に張り付いている。

正直、人間離れした光景である事は自覚しているがある物は利用するべきだろう。

まぁ、とりあえず一旦、この場は撒けたようだ。

撒けたが

 

「さて……駅の方はどうなっているやら……」

 

たかが、あの程度で駅を封鎖しているとは流石に思えないが人を配置したりはしているかもしれない。

その努力はもう少し違う所で発揮するべきなのが、領邦軍の役割じゃないのかとは思うが、言ってもどうしようもない連中なので言う気力もない。

とりあえず、隣の家の窓からこちらを見ている少女に手を振って屋根に上っておく。

 

「ねぇママ! 変なお兄ちゃんがヤモリみたいに壁に張り付いていたの!」

 

「ほほ、こらこら。そんな突然変異染みたお兄ちゃんなんていないから気のせいよ?」

 

お茶の間のトークの材料になれて何よりであった。

さて、と屋上でもう一度溜息を吐きながら

 

「……他のメンバーはどうしているやら」

 

 

 

 

 

 

ラウラ達からしたら何が何やらという事態であった。

朝は特に何かが起きたというわけではない。

強いて言うならば、レイは何も感じなかったがアリサがレイに対して妙によそよそしいというのが印象にあった。

夜はあのままアリサは自分と一緒に寝たはずだし、男子メンバーが言うにはレイも一緒に寝たはずらしい。

でも、朝に揃って直ぐにアリサの調子がおかしかった様子を見ると自分達が寝た後に何かがあったらしい。

一度、聞いてみたがレイは本当に何も無かったと調子も態度もおかしな様子を見せないし、アリサは逆におかしな態度と調子しか見せないのでとりあえず何かがあったのは確かなようであった。

問い詰めるべきか、と三人でアイコンタクトしたが、それがプライベートの物だと流石に聞いていいものかどうか判断が難しい。

だが、少なくともA班のマキアスとユーシスのような険悪ムードに陥るというわけではなかったので、二人には悪いが保留にさせて貰った。

何故か自分達のトレードマークである赤い上着を着ずに、腰に巻いているレイをガイウスがファッションかと正しいような、間違っているような会話をしていたのを何となく記憶に留めた。

そして、その後に朝食を食べ、ホテルの人間から今日の依頼を聞く。

内容自体は昨日とそこまで変わっておらずに魔獣の退治と更には武器の性能を見てほしいと言われるものであり、本来ならばテスターがいたのだが、それが急に無理になったらしい。しかもガントレットというからレイしか使えるものがおらず、勿論、彼が付けたのだが

 

「な!……が、ガントレットが急に光りだした……!?」

 

「まさか……必殺技のシークエンスが!?」

 

ただ光っただけであった。

思わず、うぉい! と叫んだレイがボケ殺しの魔獣タックルに吹っ飛ばされていたのが記憶の1シーンに残っていた。

ボスクラス相手だったから物凄いアクセルを空中でしていたが何アクセルくらい行っただろう?

ちなみに後に武器屋の御老体に問い詰めると

 

「へっ! 悪いかよ!? 武器が光るなんて武器職人だったら一度は挑んでみたい極致だろう!? 武器が必殺技を放つっていうのは最高の名誉だ! というかこんなストレスばっかり溜まる街じゃあ遊び心がないと禿るだろ!?」

 

という逆切れをされた。

必殺技を放つのはむしろ人間ではないだろうか? と思うが、そんな状況でもなかったので慌てて依頼の報告をして出て行った。

だが、一つ謎の事を店主は言っていた。

 

……ストレスばっかり溜まる街……?

 

どういう事なのだ? とラウラは思った。

流石に最後の言葉にレイを除いた三人も怪しく思った。

思えば、色々とおかしな依頼ではあった。

いや、間違いなくどこもギャグめいたお話であった事は確かだからおかしな依頼なのは間違いないのだが、そこが問題ではなく。

依頼内容がおかしいのではなく依頼理由がおかしいと言うべきか。

討伐依頼を除いたらほとんどが───唐突に誰かが来なかったからなどという理由だ。

無論、気にする理由でもないのかもしれない。

それだから、我らにお鉢が回ってきたとも言えるし、最初のロワイヤルの依頼はそういうわけではなかった。

 

 

そういうわけではなかったが───では、何故あのような祭り騒ぎをカーテンでまるで隠すかのようにやっていたのだろう?

 

 

演出だ。

そう言われたら成程、そうかもなと納得理解出来るかもしれない。

暗い中の方がテンションが大きくなると言われたらそうかもしれない、と。

間違ってはいないが……では、レイが店長に聞いたあの言葉は何だったのだろうか?

唯一、この場で悩んでいるような表情を取っていないレイ───まるで既に読み終えたミステリー小説をもう一度読んでいるみたいな顔だ。

完全に怪しいと思い、問い詰めようとした矢先であった。

 

「……む。やっぱり、来たか」

 

唐突に呟いて、チラリと視線だけ後ろを見て、何事かを呟くレイ。

は? と呟くが、とりあえず後ろを見てみる。

すると、そこには

 

「……領邦軍?」

 

ケルディックでも見た、あの特徴的な青い制服を着た男が2,3人いた。

別に、ここは貴族の街であるし、前回の実習で聊か胡乱げな目で見てしまうのは避けられないがパトロールくらいはしているだろうとは思う。

だから、そこにいる事自体は何ら不思議な事ではないのだが

 

「……こちらを見ているな」

 

ガイウスの言う通りである、と内心で頷く。

彼らの視線はこちらに集中している。

いや、集中しているというよりも確認をしているという感じか。

それこそ喩が悪いが……まるで偶然、犯罪者を見つけて確認を取っているという感じがする。

 

「……」

 

改めて集中していると視線はよく見たら、我々を見ていない。

いや、見ているが彼らは群ではなく個を見ている。

そして、その個が

 

「む。接敵まで凡そ十秒と見た。わりぃ、そろそろ逃げるわ。ま、ARCUSを気を付けといてくれよっと」

 

「え!? ちょっとレイ!?」

 

アリサの叫びを聞き終わる前に視線を戻すと彼はこちらに視線を向ける事無く、いきなり走った。

 

「……!? 逃げたぞ!?」

 

後ろの兵士が叫び、こちらに向かって走ってくる。

それに対して、反応が取れていないアリサとエリオットの代わりに自分とガイウスが二人の前に立ち───そして何事もないかのように自分達はスルーされた。

 

「何……!?」

 

流れ的には自分達も巻き込まれるような雰囲気だったのだが、相手側には認知されていなかったのか。

我等は総スルーの結果に思わず、停止し

 

「レ、レイが行っちゃったよ!?」

 

エリオットの慌てた言葉にようやく思考を取り戻す。

 

「些か奇妙だぞ……まだ全員で追われるのならばともかく何故、レイだけが追われるのだ。ここはトリスタではないのだぞ?」

 

「トリスタでなら追い回されていてもおかしくないのか……」

 

ガイウスが俯いてツッコミを入れるが、否定しない辺り同意見なのだろう。

レイはリィンみたいに人助けに走り回ったりしているが、トラブルにもかなり巻き込まれているので既にトリスタ名物になっている。

そのトリスタ名物に自分も入っている事を先日知って、解せぬと思ったがここでは関係ない事だ。うん。

 

「と、とりあえずっ。お、追いかける?」

 

「同意したいけど……追いかけるっていうのはこの場合、レイを追いかけるって意味になるわよね? ……ここでの土地勘はレイにかなり頼りっ放しで足と体力はラウラとガイウスがいてくれているけど……」

 

「逃げに徹したレイに追いつけるかどうかとなると難しいな」

 

その結論に思わず全員で呻く。

流石はⅦ組の実技トップクラスの存在だ、と言うべきか。

こうして仲間になっている間は物凄く頼もしい存在なのだが、敵になった……わけではないのだが追いかけるとなるとハイスペック過ぎて難しい。

普段、ラウラもフィーとレイを追い掛け回すが、何時も逃げられたり罠をかけられたりして何度敗北を味わったか。

次は勝つ。

 

「そもそも、何故、レイだけが追い掛けられているのだ? 実習中はずっと我等は一緒だったぞ? レイだけが追い掛けられるのは妙ではないか」

 

「ラウラの言う通りね……今回ばかりは追い掛けられるのなら私達全員が追い掛けられてなければ変よね……レイだけがしたこと……なん……て……」

 

最後の方になると一言一言自信がなくなるように声に力が入らなくなるアリサを見て、全員でどうしたんだ? と視線を問う。

すると、彼女は頭に手を当ててこれで本当に正しいのかしらという表情を浮かべながら

 

「……あの恋人役をした事くらいじゃないかしら? レイだけがこの街で何かをしたのって」

 

あ、と全員が思い出す。

確かに、この街でレイが一人でやったことはそれだけだ。

それだけだが

 

「……まだあの貴族のボディガードなどに追い回されるのならばともかく領邦軍に追いかけられるのはおかしくない?」

 

エリオットの言う通りだ。

幾らなんでも規模がおかしい。

……と言いたい所だが、あの貴族の態度を見ていると領邦軍に告げ口してある事ない事を言った可能性が高い気もする。

 

「結局の所、どうすればレイを助けられるかだ」

 

ガイウスの結論に全員が本気で悩む。

この場合のレイを助けるというとどうすればいいだろうか。

逃走補助?

確かに、それが一番の重要な事なのだろうけど今、彼がどこにいるのかさっぱりだ。

逃走補助というのは逃走する本人のコースが分かってないとしようとしても出来ないのだ。

 

「……分担して探すのはどうだろうか?」

 

「正しいんだと思うけど……でも、例えば僕一人じゃあ見つけても何も出来ない気がする……」

 

エリオットは悔しそうな表情で、それでも事実を吐き出す。

むぅ、とガイウスも似たような表情を浮かべる。

私やアリサも似たようなものだ。

確かに、私達でも3人以上揃えば、それなりの事は出来るとは思う。

しかし、二人くらいになると慣れない分野をそこまで上手く出来るだろうかという思いがある。

無論、それはARCUSのリンクがあるから二人でもマシな成果は獲れるとは思うのだが

 

「……この広い街を二つのグループで……」

 

またもやむぅ、と唸ってしまう。

土地勘があるならいいのだが、その地図は今、走って逃げ回っている。

いざという時に役に立たない歩く地図であった。

 

「……こうなっては仕方がない。適当に走り回って騒ぎになっている場所を突き止めるしかあるまい」

 

「そ、そうだねっ」

 

「同意だ」

 

「やるしかないわね……」

 

誰もレイを助ける殊に躊躇しない態度を見て、私も今のレイと似たような立場になれば皆、助けてくれるだろうかと思うと少々、くすぐったくなる。

 

私は良いクラスメイトを持ったものだ。

 

それでは走ろうかと思った時の待ったの声であった。

 

「あらぁ? トールズの可愛い子達じゃなぁい?」

 

聞き慣れたとは言えないが聞き覚えのある声に思わず走ろうとする前傾姿勢を正してそちらに振り替える。

すると予想通りに昨日の依頼者───カラフルの店主のアンナ殿であった。

 

「む……アンナ殿」

 

「やあっほーラウラちゃん。アリサちゃんも昨日と変わらずにお肌艶々でいいわねぇ……でもよく眠れなかったの? ちょっと顔にクマがあるけど」

 

「き、気のせいですっ」

 

プロだ……とエリオットの呟きに同意する。

同姓の私もそれに気付かないものをアンナ殿は一目でそれを見抜いた。

まぁ、私はそもそも化粧とかを余り知らないものだから余計に気付かないのだろうけど、こうして見ると自分が女子の嗜みというのに如何に疎いかを理解できる。

 

「あら? あの愉快な子はいないの? 別行動?」

 

愉快な人判定を受けている事は無視してどう説明すればいいかを迷う。

普通に領邦軍に追いかけられていると言ってもいいのだろうか?

しかし、それを言うと幾ら多少、気心が知れても一般市民としてアンナ殿は自分達も通報するではないのだろうか?

なら、隠すべきなのだろうか。

確かにそれならばこれ以上の厄介事は避けられるかもしれないが……街の人の土地勘を頼る機会が無くなる。

むぅ……! と究極の二択にどうしようかとラウラは悩む。

見ればアリサとエリオットも似たような表情で悩んでいるのを見て仲間がいると思っていると───無造作にガイウスが一歩前に出た。

 

ガイウス……?

 

その表情は任せておけと言わんばかりであり、アイコンタクトでも似たような返事を返してきた。

迷ったがガイウスなら任せられると思い、三人で頷いて一歩後ろに引く。

それに有難い、と小声で返事し、改めてアンナ殿に向かって

 

「実はレイが領邦軍に追い掛け回されているのだが、どうすればいいだろうか?」

 

「って、そのまんまじゃない!?」

 

アリサの雷速のツッコミに思わず、SPD足りなかったか! と自分に項垂れそうになるが、全くの同意の言葉にエリオットと共に唖然とするが

 

「……あっちゃぁ……」

 

とアンナ殿の言葉と表情の方が気にかかった。

態度を見ると不味い物を見た……というより

 

検問に引っ掛かった相手を見るみたいな表情……

 

思わず、全員が彼女を見るがう~~と、唸った彼女は

 

「ま、事情は分かったわ……ここだと何だから私の行きつけの店で話さない?」

 

 

 

 

 

 

アンナさんの行きつけの店ってここなのかぁ……

 

エリオットは蘇りそうになるトラウマと闘いながら、とりあえず皆と一緒のテーブルに座っていた。

今、僕達は『ロワイヤル』……つまり、昨日の依頼のあった場所に集まっている。

どうやら店長のローラさんと友達なのか入るなり、お互いキャッキャ、と両手を握り合って再開を祝し、そしてローラさんがこちらを見て、どうしたのかと聞くとアンナさんが苦笑して

 

「面倒事に巻き込まれたらしいの」

 

その一言で、全てを察したらしく。

少し、驚いた表情は取ったが、直ぐに二階の少し他の席から離れたテーブルに案内してくれた。

 

「さて、と……あんまり遠回しに言うのは趣味じゃないし、貴方達もあの子が心配だと思うから単刀直入に答えだけをなるべく言わせて貰うわ。ま、出来ればそちらから聞いて欲しいわね。その方が何を説明すればいいか分かるし」

 

答えられる事は答えて上げる、とウィンク突きで言ってくれるアンナさんに何だか大人だなぁって思ってしまう。

どことなくサラ教官に近い性格をしているから余計にそう思えるのかもしれない。

とりあえず、聞きたい事を聞いてという話題に最初に発言したのはアリサだった。

 

「じゃあ……どうしてレイは領邦軍に追われているんですか? まだ私達全員で追われるならともかくレイがこの街で単独でやった事なんて貴族の息子のストーカーを止めただけですよ?」

 

「あーー、成程ねぇ。そういう理由で起きたんだ。まぁ、多分だけど……簡単に言えば帝国で起きている問題が小さな出来事を起こしているのよ」

 

「……帝国で起きている問題?」

 

アリサもいきなり話が大きくなった事に眉を顰めている。

国単位で起きている問題が、何故ここで出てくるというのだろうか。

 

「貴方達も士官学院の生徒なら革新派と貴族派のいがみ合いは知っているよね?」

 

「……そりゃあ、まぁ……」

 

貴族派と革新派の対立。

これは間違いなく帝国にとって最大の問題であり、最大の頭痛の原因であった。

最も、その対立が根深くなったのは巷では『鉄血宰相』とも呼ばれる革新派の中心───ギリアス・オズボーン宰相が台頭し始めてからなのだが。

 

「そ、その……セントアークでもその対立のせいで煽りを受けているって事なんですか?」

 

「ま、平たく言えばそういう事よ、エリオット君。と言っても、まぁ無茶な増税とかそんな大きな問題じゃないの」

 

例えば、ちょっとした集まりなどをすると疑惑の目で見られたり。

例えば、少し貴族との商談を断ったりなどするとそれとなく店の人気が減っている事に気付く。

 

「八つ当たりなのか貴族につかないとこうなるって示したいのか微妙な所だけど……神経質というか敏感というのか……疲れる事、この上ないの」

 

「そんな事が……」

 

会話に加わっていないラウラとガイウスも険しい顔でその話題に反応を示す。

そこで思わず、エリオットは今までの依頼の反応を思い出す。

暗幕でまるで外に内の状況を教えないように閉じていた飲食店。

突然、モデルの人間がドタギャンした服飾店。

同じくテスターの人間がドタギャンしてストレスばっかり溜まると叫んでいた武器屋。

答えを知ると何もかもが納得出来る。

暗幕で店を閉めたように見せかけていたのは集まって騒いでいるのを見咎められるのを防ぐ為。

モデルとテスターがいないのは二人の店主が何かをしたかは分からないが、何かがあったが故の嫌がらせ。

確かに、特別大きな事を貴族の人達はしているわけではない。

だが、これらの行いは平民の人達には間違いなくストレスという形で残る。

いっそ、何か弾圧みたいな事をすれば正規軍や鉄道警備隊などが動いてくれるのかもしれないがこうも小さい妨害だとどちらも動き辛い。

 

「昔みたいに遊撃士がいればこういう状態にも対応出来たんだけど……帝国から遊撃士協会は最低限を残して撤退しちゃったでしょ? ストレスは溜まるわ、少しずつ利益は下がるわ───空元気で騒いでないとちょっと疲れるの」

 

「……あ」

 

つまりはそういう事。

やけにちょっとした場所でハイテンションな人が多かったのは必死の現実逃避だったのだ。

生きていくのが辛い……と悲観する程ではないのだけれどしんどい、と少し溜息を吐きそうな日々を出来る限り必死に楽しくしようとしている。

それがセントアークの街の精一杯な強がりという事なのだ。

 

「……それはやはり……ハイアームズ家の当主がそういう風に支持を出しておられるのでしょうか?」

 

「そこまではちょっとね……ごめんね? 重たい話をしちゃって。折角の学院の特別実習だったのに……」

 

「……いえ」

 

少し暗い雰囲気になる。

エリオットは自分の故郷を思い出す。

まだそんなに離れたわけでもないのだが、何故だか無性に懐かしく思えてしまう。

自分の家族は父が……まぁ、ちょっとした有名人で母も音楽関係で有名で姉さんも音楽を嗜む普通の一般家庭だが今のところ、こういった軋轢に苦しんではいなかった。

そう考えれば考える程、自分はかなり幸福だったんだなぁと思えてくる。

そうやって気分が落ち込みそうになった自分達の雰囲気を察したのか、少しどうしようか、とアンナさんは手をぶらつかせ、とりあえずその手を叩いてこちらの意識を現実に引き戻し

 

「は、はいはい。落ち込むのはその辺にして今はあの追われているあの子の方でしょ……あ~~でも、それをどうしようかと言われると私は少し力になってあげれないんだけど……」

 

「あっ」

 

4人同時にそういえばすっかり忘れていたと呟いた。

何だか最近、リィンとレイのノリに引っ張られる傾向にあるなぁ、としみじみに思ってしまう。

汚染という言葉が頭に浮かんだが、いやいやいや、と思って消しゴムでその単語を消す。

流石に汚染は酷いだろう汚染は。

そう思っていると

 

「……む」

 

突然、ガイウスの方から音が鳴り始めた。

ARCUSの呼び出し音に、まさかと思うまでもなく呼び出し人が分かった。

ガイウスは即座に自分のARCUSを取り出して全員に聞こえるように設定し、テーブルの中央に置いた。

そこから

 

『よーーっす。今、どこにいんだ皆の衆』

 

などと軽快な声が聞こえてきた。

はぁぁぁ~~、とアリサが僕達の心境を実に表す溜息を代弁してくれたので、とりあえずそこはアリサに任せておいた。

 

「そ、それはこっちの台詞だよぉ。今、レイはどこにいるの?」

 

『ん? ああ。とりあえず、逃げ回って今は……西の方の住民街の辺りだな。領邦軍は全体的に器は小さい癖に執念深い……あ、器が小さいから執念深いのかねぇ』

 

口調の様子を見ると大きな怪我などは負ってないようだ。

それだけをほっとして椅子に身を深く沈めた。

 

「大事がなくて何よりだ。その様子だと追っては撒いたみたいだが……」

 

『うむ。撒いたは撒いたのだが……確認が取りたいんだが誰か駅の方をちょっと見てくれね? 可能性は低いとは思うんだが……』

 

「……見張られている可能性がある、と?」

 

ガイウスとレイの会話に全員で顔を見合わせる。

 

「……確かにあの程度の騒ぎで駅を警備するってまではいかないとは思うけど……」

 

「見張る程度なら有り得なくはないか……」

 

アリサとラウラの結論に僕とガイウスも同意の頷きをし

 

「ぼ、僕が見に行こうか?」

 

「いや。私が行こう。ここからなら駅は直ぐ近くだし、私の足なら数分で帰ってこれよう」

 

そう言って、ラウラはその足で店を飛び出た。

そこまでの速度に僕、足遅いなぁ、と改めて思うが、とりあえず気を取り戻して

 

『念の為に聞くけど課題はもう終わってたよな?』

 

「運良くって感じだけどね……この場合は課題が残ってても貴方の助けに回るわよ」

 

「そ、そうだよっ。課題よりも追われているレイの方が重要だよ!?」

 

『う~~~ん。青春青春?』

 

新しい照れ隠しだろうか。

そうやってとりあえず色々話していると直ぐにラウラが帰ってきた。

 

『どうだった?』

 

「うむ───何やら旗みたいなものを用意してレイ・アーセル様ご招待(笑)! と書かれていたな」

 

ARCUSの向こう側から物凄い音───そう、まるで落下音みたいな音が衝撃としてテーブルを揺らした。

 

『ぬぁぁぁぁ! 着地地点誤って女子風呂に入ってしまったぜ! 危ない危ない……あ、皆さんはそのままで結構なので。自分、痴漢ではなく紳士なので。お騒がせして申し訳ない。堪能させてもらいました』

 

言葉が終わったと同時に女の人の悲鳴と何か物を投げる音が連続でARCUSから奏でられる。

一瞬、4人は真顔で沈黙するがとりあえず無視しておいて

 

「本当?」

 

「いや、冗談だ」

 

思わず無言になってしまう。

ARCUSから流れる騒音が空しい。

ラウラもそう思ったのか。真面目な表情からつつーーっと一筋汗が流れている。

 

「……」

 

チュンチュン、と少し時間がずれた外の鳥の音と共に全員でわざとらしく咳をする。

皆、きっと脳内メーカーをやると半分は優しさで出来ているんだ。

 

「は、話を戻すが……確かに封鎖などはされてはいなかったが微妙な配置はされていたな。改札など通ればばれるだろう」

 

「つまり、改札を通るには一苦労しないといけないというわけね……」

 

『いやっ。いい方法があるぞ。アリサとラウラが駅前で唐突に服を一枚ずつ脱げば領邦軍の石頭共はこれはいかんと鼻息荒げてそっちに向かうはずだ。その隙に俺はお前らのストリップ写真を撮りつつ改札を───』

 

アリサが流れる川のように自然にARCUSの通話停止ボタンを押した。

あっ、と言う間もない完璧な所作であった。

その動作をしたアリサは満面の笑顔だった。

これは無言を保つべきだと最近理解してきた緊張感への学習に、あれ? こういう事を習いに来たんだっけ? と理性が疑問を作るが黙殺する。

そして再びコール音が鳴るARCUSに、アリサが優雅な仕草と笑顔で通信開始ボタンを押す。

 

「───次は私達に得がある会話をしたいわ」

 

『セ、セメントだなぁ! おい!』

 

同感だが、ここでレイを擁護すれば次の標的は僕達だ。

無視の一択こそが平穏の象徴だ。

 

『ま、まぁ……要は俺がばれない様に改札を通ればいいだけだ。ただ、力技で通るのは避けないとな。封鎖されているわけじゃないんだし』

 

「確かに。他に迷惑をかけるのは避けたいな」

 

ガイウスの言葉にうむ、と全員で同意する。

だが、その結論が逆にじゃあ、どうすればいいんだ? という方法に結び付く。

 

『最悪、俺は歩いてトリスタに帰る事も出来るが……そこまでは流石に検問を布いていないと思うし』

 

「何日歩くつもりだそなたは」

 

サバイバルは得意分野だぜ? と自慢には……まぁ、なりそうな事を聞きながらエリオットは一つ案を思い浮かんだ。

でも、これで大丈夫かなぁ、という自信の無さで少し揺れるが言うだけならアリだろうと思い、手を挙げながら一言断る。

 

『どうした? エリオット? 何か良い案でも思いついたのか?』

 

「良いかどうかは分からないんだけど……上手い事行ったら、もしかしたら簡単に改札を通れるかもしれない」

 

おおっ、と皆からの期待にちょっと引きながらとりあえず見るべき人を見る。

そう……この作戦はここにいるメンバーだけじゃあ成立しない。

それには、レイが出た瞬間に若いっていいわねぇ、と呟きながら空気を読んで影になっていた女性。

 

「あら? 私に何かあるの? エリオット君」

 

個人の服飾店を出しているアンナさんに。

 

 

 

 

 

「む……」

 

駅で見張りの役割を帯びていた領邦軍の兵士は目の前から特徴のある集団が改札を通ろうとしているのを見た。

それは赤い制服を着た少年少女の服装であり、年齢も同じような団体であった。

 

確か名門トールズの……

 

領邦軍にも正規軍にも入学する彼らは実にいい働きをするらしい。

見たところ、褐色の長身の少年と青い髪を後ろで束ねた少女はかなり鍛えられている事がわかるが、もう二人の少年少女は後衛の人間なのだろうか。

 

まぁ……何はともあれ今は任務だ……。

 

何でもカッターと黒のズボンを着た少年が貴族のご子息に喧嘩を売ったらしい。

事実はどうかは知らないのだが、そういう報告を受けた以上、もう事実は関係ないのだ(・・・・・・)

喧嘩を売った子供にもいい授業になるだろう。

そう思いながら、彼は学生達から視線を背けると

 

「……なっ!?」

 

そこには───素晴らしい人がいた。

ドクン、と心臓の高鳴りが司会を揺らすのが煩わしい。

麦藁帽子を頭に乗せ、まるで深窓の御令嬢のような薄緑色のカーディガンとロングスカートを着た姿に心臓は大ブレイク寸前だ。

 

き、貴族の御令嬢なのか……!?

 

服装からではそんな事は分からないが、その気品のある動きが貴族ではなくともそう思わせる。

話に行きたい。

会ってそのお声をお聞きしたい。

そんな願望が胸を占めるが……ああ! 自分の意気地の無さに呆れ果ててしまう。

そうして彼女は学生の次に改札を抜けて行ってしまう。

ああ……! と嘆くが……その嘆きを女神が見てくれたのか。

一陣の風が彼女の顔を隠していた麦藁帽子を少し上にあげてくれた。

 

「おお……」

 

見た。

間違いなく記憶した。

きっと、その顔は地獄に落ちたとしても忘れはしないだろう。

また会えるだろうか。

その想いだけを鼓動と共に胸に刻んで───

 

 

 

 

ガタンゴトン、と鉄道が動く中。

一つ無言の世界を構築しているパーティがいた。

それは赤い制服を着た少年少女のパーティであり、何故かそこに異物のように薄緑色を中心とした私服を着た女性がいた。

沈黙が───重くない。

何故なら制服を着た少年少女は必死の表情で顔を緩めまいと堪えていたからだ。

堪えに堪えていた。

それはもう赤毛と金髪の少年少女はお腹を抱えて我慢する程に。

そしてぷるぷると震える私服の女性が

 

「……いっそ殺せ」

 

と姿に似合わない低い声を発した瞬間に全員が我慢の限界を超えて大いに笑い出した。

 

「あっ、ははははははは! レ、レイ……か、かな、かなり……! に、似合ってて……い、いるわよ?」

 

「ぷっ……そ、そうだな! レイよ。す、凄く……似合ってクク……いるぞ?」

 

「ええい。容赦の欠片もない御嬢さん方だ。全く……考え付くエリオットもエリオットもだが」

 

「い、いやっ……! さ、最終的にGOサインを出したののは……レ、レイっ、だよ?」

 

「……まぁ、方法はともかく。一番簡単で平和的だったからな」

 

馬鹿らしい事だが、この如何にもな女装で切り抜けられれば安全この上ない。

男がそこまでプライドを捨てて来るとは貴族の人間は特に思いはしない事だろうし、幾ら領邦軍でも女性(と思っている)相手に不躾な真似をするのはもう少しちゃんとした事情がないとやらないだろう。

ならば、見た目がちゃんと成立すればこの作戦は簡単に行けるものであり

 

「いや、それにしても……見事に化けたな」

 

「アンナさんのお蔭だな」

 

アンナさんが言うにはよくあるマンガみたいに普通に女装させたらばれるけど、本気でやればちゃんと化けるタイプだとか。

まぁ、多少、中性的であった事は認めるから流石にそこで本気で否定はしないとも。

 

「……ま、何はともあれ。無事にセントアークから脱出出来ました。めでたしめでたしって所だな」

 

「ぷぷ……そ、そうね……後で写真撮っていい?」

 

「リィンに頼むつもりなら……俺は例えアリサであってもこの拳を振るわない理由がなくなる……」

 

「どこまでも対抗意識ばりばりねぇ……」

 

やれやれ、とようやく苦笑程度に収める全員にこちらも溜息一つでとりあえず落ち着く。

 

「それにしても……簡単には抜けれたが……やはり帝国は革新派と貴族派の対立は根深いのだな」

 

ガイウスの一言に他の三人も頷いて考え出す。

青春だねぇ、とは思うがそれは口に出さずに唯一の事情に詳しくないガイウスに助け舟を出す。

 

「そうだなぁ。まぁ、一番の最大の要因は鉄血宰相のせいっていうのがあるんだろうけどな」

 

「確か……ギリアス・オズボーン宰相だったか」

 

そうそう、と重くならないように答える。

帝国でトップクラスの知名度を持った革新派の頭にして貴族派からは目の上のたんこぶとも言える元軍人の宰相。

流石に直接見た事もないし、会話もした事もないからどんな人物なのかをここで語るような事はしない。

だが、何故知っているのかは知らないクソ親父が言うには

 

「あれは本当に人のまま怪物になった(・・・・・・・・・・)阿呆だ」

 

との事らしい。

何やら色々と意味深ではあるが、怪物という単語には笑いを禁じ得ない。

まぁ、別にどうでもいい事なのだが。

 

「この調子だと次からの特別実習もそういった帝国の問題点とかを見させるような実習に……うん?」

 

「どうしたのだ? レイ」

 

いや……と断りを入れて、そういえばと思った事を口に出す。

 

「よく考えれば……貴族派の最大勢力の街に革新派の息子のマキアスとか行って大丈夫だったんかなぁって……」

 

「……」

 

全員が沈黙を選ぶ。

今更だが、マキアスのフルネームはマキアス・レーグニッツ。

革新派であり帝都知事の息子。

良くも悪くも俺みたいに無名の人間ではない存在だ。

そんな人間が貴族派の人間にマークされてない事があるだろうか?

 

「……ま、それこそ」

 

神のみぞ知るという所か。

いや。

もしかしたら───悪魔のみぞ知る(・・・・・・・)のかもしれない。

まぁ、そんなのは結局

 

「妄言だけどな」

 

と、誰にも聞こえない言葉でクスッと笑うに留めた。

 

 

 

 

 

 




ふぅ、更新出来ました。

今回はわざと前の話を引きずらず、且つ簡単に終わらせました。
理由としては前の話は引きずるにはまだ早いという事と今回のは本当にバリアハートと比べれば規模もレベルも違うという風に伝えたかったからです。

そしてセントアークは余り引き摺りたくなかったので終わらせました。
これでようやく3章ですわ……その前に二つ程オリジナルが入りますが。
次回が皆にとってのレイとの絆イベント(シリアス)。
その次が敢えて詳細は語りませんが……エマから起きるストーリーです。

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