絆の軌跡   作:悪役

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学院大ブレイク

「ん……くぅ~~」

 

授業が終わり、夕方にはまだ遠いが昼はとうに過ぎた時間をレイは満喫していた。

今日は日差しも良く、風邪も気持ちよかったので、中庭でお昼寝タイムをしていたのであった。

お蔭で健やかな眠りを貰い、寮のベッドで眠るよりも気持ちいい安眠をしたかもしれない。

フィーがここを昼寝スポットの一つにしているのも頷ける。

今度、暇の時に他のメンバーも連れて来てみるか、という思考に到った瞬間に我がクラスが直面している問題を思い出して溜息を吐く。

今現在、クラスの中の軋轢は更に磨きがかかっている。

何でもB班は散々な結果らしく、予想通りにユーシスとマキアスが何度も喧嘩し、終いには殴り合い寸前にまで発展したらしい。

ガイウスとエマが何度も宥めようとしても無駄であったらしい。

その中にフィーがいないのも予想通りであった。

猫というのは基本面倒くさがり屋なのだ。

と、まぁそこまではまだ想定内なのだがその後にお互いの班による報告会みたいなものをしたのだがその時にリィンが貴族であるということをばらしたのだがそれが今度はマキアスに引っ掛かった。

何でも以前、リィンはマキアスに身分を問われたときに曖昧な答えをしたらしくマキアスはそれを平民であると解釈していて、そしてそれはまぁ俺と同じ理由で間違いではないのかもしれないが現時点でのリィンの身分は間違いなく貴族である。

だからまぁ、明らかというわけではないが、騙したのだろうこれは。

でも、これに関しては間違いなくリィンの自業自得なので俺がする事は何もない。そういうのはクラスのお人好し集団がやるだろう。

 

「かと言ってあの調子のままじゃあ誰か胃が……」

 

いやよく考えればうちのクラスは皆が皆、メンタルクオリティが高そうなので問題ないか。

特にサラ教官なんて授業中なんて遠慮なく二人を組ませている。

その際に発生する敵意を笑顔で無視して楽しんでいる豪傑だ。だから結婚できないのだろう。

まぁ、サラ教官の結婚事情なんてどうでもいいかと思い、さて今日はどうしようと立ち上がって背伸びをしている最中に

 

「お? お前さんが噂の後輩君2号か?」

 

声をかけられたので振り向くとそこにはフィーとはまた違った銀髪をした青年が立っていた。

見覚えはないが、情報として知っている人間であった。

確か名前は

 

「クロウ・アームブラスト先輩……」

 

「ははっ、トワの言う通りこちらの事を調べてやがる───ま、その通りだ。俺がお前らの先輩のクロウだ。気軽にタメで喋ってくれ」

 

ふむ、と頷き、そして再び彼の頭髪の方に視線を向けながら

 

「確かにその通りの頭をしているな……」

 

「……テメェ。人間が一度はやるボケを初手でかましやがって……」

 

まぁまぁ、と先輩ならぬクロウを押し止めて落ち着かせる。

小粋な冗句である。

この程度で怒っていたらうちのクラスだと三日で禿げになるし。

特に最近はラウラがこちらの元職場を知ってから遠慮と言う言葉を言語野から喪失したのか。恐ろしいくらい訓練を所望してくるから逃げるこっちも必死だ。

お蔭でフィーやリィンを囮にすることが上手くなった。逆にあいつらも時々、こちらを囮にしてくるのだがリィンは甘い。フィーは当然手強いが。

 

最近のラウラは笑いながら追いかけてくるから余計に怖い……

 

大剣片手に美少女が男を追いかける図が昨今のトリスタでは噂話になっている。

珍怪奇! 珍怪奇! とトリスタに新しい風を入れているようで何よりだ。

 

「で? どうやら偶然みたいだけど暇なら何か相手するぜ?」

 

「お? 順応が早くて何よりだ……とは言っても確かにこのまま別れんのも味気ねえしな。ようっし、このまま技術棟に行ってブレードでも……」

 

しようぜ、と続く言葉はいきなり響いたエンジン音にかき消された。

ん? と二人で反応し、見たものは

 

「何だ……? あの小型導力車は」

 

明らかに規格のものから外れている。

あんな自転車のように小型化をされたなんて今まで見たこともなければ聞いたこともない。

帝国最大のラインフォルト社もあんなのを作ってないのではないかと思っていると、隣の男がこちらの反応を見て楽しんでいるのに気付く。

それで大体、予想はできた。

 

「……大方ジョルジョ先輩主導で作った四人メンバーの結晶って奴か?」

 

「うっわ、可愛げがねぇ後輩だよお前。これがリィン後輩なら絶対に驚いて俺の解説を聞いていただろうによぅ」

 

「可愛げなんて……実家に捨ててきた……」

 

しんみりとした雰囲気が流れそうになるのをそこに件の小型導力車に乗っている人がヘルメットを被ったまま近くに停まったことによって断ち切られた。

 

「───おや? クロウじゃないか。そんな所で後輩と一緒にいるとは……後輩にタカるのも人としてどうかと思うけどね」

 

「おい待てゼリカ。そんな誤解をされたままお前をこのまま行かせたりはできねぇなぁ……」

 

「そうなのかい? その割には学内アンケートではクロウは"もてない男"、"器的な小ささはナンバー1"、"あわ……可哀想な人"と中々人気者だよ? 流石の私も脱帽さ……」

 

「誰だそんな企画立てた奴は!!」

 

間違いなく臆面なく笑っている目の前の女だろうにとは思うが、空気を呼んで何も言わない。

世の中には知らない方が幸せな事もある。

 

「で? そっちが噂の」

 

「それはお互い様だと思いますよ? ───初めまして。レイ・アーセルです。気軽にどうぞ」

 

「これはご丁寧に。アンゼリカ・ローグナーだ。こちらも下の名前を気にせずにしてくれ。その方が私の気性に合ってね」

 

了解しました、と苦笑で答える。

世の中、自分が上じゃないと我慢できない人間もいるが、上から見下ろすのが合わない人間がいる事も知っている。

貴族という家柄だけで人格が矯正されるわけじゃないのだから。

まぁ、中にはそこまでやる貴族もいるのかもしれないが。

 

「というかゼリカ。珍しいな。お前が導力バイクに乗っている時にこんな狭い学院を走ってんの」

 

「ははは───所で君達、暇かい」

 

唐突に凄い嫌な予感がした。

クロウの聞いている事は別に珍しくもない、当たり前の質問であった。

それなのに返ってきたのは暇かい? と明らかに質問の返事ではない。

嫌な雰囲気をクロウも察したのか、表情に警戒心を灯しながらも

 

「……ま、まぁ、暇と言えば暇だが……どうしたよ?」

 

「いや何───ちょっと私と一緒に鬼ごっこを楽しまないかいと思ってね」

 

鬼ごっこと何やら普通に聞けば遊びでもするのかと思える誘いなのに何故か不安感が増し始めた。

ここは形振り構わず逃げるべきではないか。

そう思考し始めた瞬間に視界に再び人影が現れた。

 

「あ、トワ会長」

 

「お? トワ、お前さんも来た……か……?」

 

そこにいるのは我らがトールズ士官学院が誇るちびっ子生徒会長。

トワ会長であった。

何時も何時もその小さい体から無限の活力~と言わんばかりに働いているトワ会長なのだが……何やら様子がおかしい。

手足はぶらりと垂れ下がり、表情は前髪で隠れ、口元しか見えない。

もしかして体調でも悪いのかと思い、近づこうと……何故か足が拒否するのは何故だろうか。

口が何故か沈黙を選んでいる。

脳では気遣いの言葉を既に発しているイメージを生み出しているのに、何故か体がそのイメージについていっていない。

だが、その沈黙を破ったのは他でもないトワ会長であった。

 

「……私ね。アンちゃんもクロウ君もレイ君も、ここにはいないけどジョルジョ君やリィン君、生徒会の皆も含めて全員好きだよ?」

 

突然の暴露に、もしかしたらここで照れたり、赤面したりするリアクションをするべきなのかもしれないが……何故か逆に体が遂に後退りを開始していた。

見ればクロウも同じらしく、アンゼリカ先輩など既に何時でもバイクとやらを発進出来る体勢に移行していた。

ゴクリ、と我知らずに飲んだ唾を本能的に無視するかのように俺とクロウの口がようやく開く。

 

「お、おお。お、俺もお前らの事は気に入ってんぞ? 特にトワやゼリカやジョルジョとは一年からの付き合いだから阿吽の呼吸を体現できるっつぅか……悪友と思って……思ってんぜ?」

 

「え、ええ。俺もですよ? トワ会長。多分、Ⅶ組のメンバーはおろか大抵の生徒がトワ会長に対して好意を返すと思いますが……」

 

何故、段々と自分の台詞に自信が持てなくなるかのように小さくなっていくのだろうか。

そしてさっきから微妙に体が震えるのは何故だろうか。

理由を考える事は出来ても、脳がその答えを拒否している。

だってトワ会長だぜ? 小動物という言葉を体現したかのような体躯で、性格も愛くるしい事この上なく全生徒から尊敬と生暖かい視線を好き放題集めている人気ナンバー1生徒だ。

その評価は教員ですら認める所である。

それなのに

 

俺は今、トワ会長に恐怖しているのか………!?

 

汗がタラリと流れる中、ずさっとトワ会長がこちらに大きく踏み込んでくる。

 

「うん……私もそんな風に言われて嬉しいし、幸せだと思うの───でもね? 親しき仲にも礼儀ありっていう言葉があるよね?」

 

ええ、と返答しようとしてそれが不可能である事を悟った。

何故なら、何時の間にかトワ会長の手にハンドタイプの銃が握られていたからだ。

最早、危機感は予想を超えて暴走の域に入っていた。

 

「そ、そうですね! 親しい仲でもやってはいけない不文律ってありますよね! そうだよなクロウ! お前のせいか……!」

 

「ははは、俺もそう思うぜトワ! 友情を盾にして何でも許してもらおうなんて狡くせえ奴って最悪だよな! なぁ、レイ! とっとと謝れ……!」

 

見た目ちゃらけているが故に非常に怪しい先輩の言葉など信用できん。

だが、そんな俺達に対してトワ会長が選んだ行動は笑顔を浮かべることであった。

見かけとかそんな事を気にしないクラスの超絶綺麗と言っても過言ではない笑顔。

ただしこの状況がロマンチック方面に移行するには無理がある。

 

「ちょ、ちょっと待ってくれトワ! 一体、俺達が……俺達?」

 

とクロウがまるで何かに気付いたかのように顔の方向を変えた。

そこにはバイクに跨ったままヘルメットを脱がないアンゼリカ先輩。

彼女がどうしたのだろうか、と俺は思うが

 

「……ゼリカ。お前、走行中でもヘルメットは被らない派だったよな……」

 

「──ふっ」

 

よくぞ気付いたとも、ようやく気付いたかとも取れる笑みを浮かべ──ヘルメットを脱いだ。

するとそこにはおお……汝は偉大なる男共の興奮材料……その名もパンティー!

 

「お前のせいかーーーー!!!」

 

一瞬で何もかもを理解した俺とクロウは直ぐに元凶に対して叫んだが本人はサムズアップしてきたので最悪だ。

いや、それよりも!

 

「ご、誤解ですトワ会長! ここに集っているのは完全な偶然の結果であり、トワ会長が敵意を向けるべき相手は全部アンゼリカ先輩オンリーです!」

 

「レイの言うとおりだぜトワ! 逆に俺とレイも手伝ってやるからこの憎き女狐を友情パワーで倒しちまおうぜ!?」

 

「はははは。二人とも、トワに見つかったからと言って人を裏切るのは良くないな──一緒にこれを堪能しようと誓い合った仲だろ?」

 

「誤解を招く言い方をするんじゃねーーー!」

 

いかん。流れが変わっていない。

完全にこの場の空気はアンゼリカ先輩とトワ会長が支配している。

このままでは俺とクロウが生贄にされる哀れな被害者A,Bになってしまう。

ならばと思い、いきなり走り出す。

 

「あ! テメェ! 先輩を置いて逃げるつもりかよ!?」

 

やかましい。

俺の安寧の為に素早く犠牲になるがいい。

俺はそれを2秒で忘れるから。

そう思い、中庭にある学院に入るドアを後五歩という所でトワ会長が突然、指を鳴らすといきなり目の前のドアが開いた。

すると、そこにはあら不思議。武器を持った少年少女の姿が。

まるで小説の一幕にありそうな言葉だが、表情がただの殺意に支配されている所を見ると駄目な感じだ。

退路が断たれたと思った瞬間に体は条件反射で逃げ場を求め───再びトワ会長が指を鳴らすと共に掃射が始まった。

 

 

 

 

 

「おおおおおおおおぉぉぉぉおおぉぉ!?」

 

男子二人の悲鳴と共に技術棟の方に三人で走る。

 

「うぉっ!? 後ろでリアルに銃弾が……! のわっ、髪の毛削ったぞ今!」

 

「はははは! 何言ってるんだクロウ! 俺なんか今、危ない事に股間の下を通ったぞこんちくしょう! 未来の息子、もしくは娘を抱けなくなったらどうすんだこの野郎共!」

 

返答は更に激しくなった銃声や武器であった。

ぬぉう! と言って更にスピードを速め、校舎裏と技術棟に行く二択の道で迷いなく右に走り込む。

これで、多少だが余裕が生まれる。

 

「はははは、クロウは何時も通りだがレイ君。君も素晴らしくノリがいいね。どうだい? 君と私達と一緒に組んでグランプリを目指そうではないか」

 

「巻き込むのは好きですけど巻き込まれるのは好きじゃないんですよーーー!」

 

「というかさり気なく達って言って俺も巻き込むな……!」

 

おや残念。

こんな美少女の誘いを断るとは。

中々、お堅い少年だ、と思いながら、ではそろそろ速度を出そうと思いアクセルを踏もうとしたら鼓膜に直撃する声が聞こえた。

 

「アーーーンーーーーちゃーーーーん……!」

 

おお、私の大本命がやってきた。

と、余裕を見せた対応を見せたいところだが、トワの狙撃能力ならば油断は出来ない。

既に学生会館も越えて、後は校門から外に逃げるのみ。

野郎二人は私の生贄になっても───

 

「───おや?」

 

さっきまで横にいた二人がいない。

まさか捕まったのかと思うが、そんな軟な二人ではない事はクロウは記憶から、レイ君は勘で理解している。

つまり、何らかの方法で二人はこの場から消えたと思ったほうがいい。

その結果

 

「おや───背後から正確な弾丸が」

 

愛しのトワの攻撃を受けるのも仕方がない結論であった。

 

 

 

 

 

俺とレイは今、校舎の中で息を荒げて立っていた。

 

「ふいーー……運が良かったなぁ、こりゃあ」

 

丁度、学生会館と校舎の間に着けたから咄嗟に学生棟の中に逃げ込んだのである。

恐らくこちらはまだ気づかれていないと思われるので、ゼリカが一人死ぬだけで終わりである。

レイもくはー、と肩で息をしながら汗を腕で拭うが、やはりそれでは拭えない。

 

「はぁ……クロウ。タオルか何か持ってねえか……汗が気持ち悪い……」

 

「無茶言うなよ……俺がそんな用意して学校に来て……ん? お? 珍しく俺がハンカチを持ってやがる」

 

そんな物を入れていた覚えはないのだが、あるのならそれは俺が忘れていただけなのだろう。

別に隠す理由もないし、生贄仲間同士で互いの友情度も高まっているので気にせずに普通に取り出し

 

「おらよ。ハンカチ……だ……?」

 

「ああ。ありが……十……?」

 

そして出した物に愕然した。

そう、それは男共の永遠の興奮材料……泥棒という名に落ちても求めてしまう永遠の花園───その名もパンツ!!

 

「ゼリカーーーーー!!」

 

思わず叫んでしまう俺を誰が咎めようか。

しかし、叫んだ後にはっ、と気付いてしまう。

そう、ここは学生会館の一階。

今の時間帯だと込みはしないが、人はいる食堂の時間帯。

そして、そこには当然人がおり、叫んだ俺達を視線が捕まえている───勿論、互いが握り合っているパンツを。

莫大な沈黙と言う矛盾表現を受けている中、汗をかきながら俺達は考える。

このままでは不味い。間違いなく不味い。

数秒後に、この沈黙は悲鳴に変わるだろう。非難の意味の悲鳴に。

 

何か言わねえと……!

 

だが、ここで何と言えというのだ。

 

これはただのタオルだ……! →変質者の言い訳。

ゼリカに騙されたんだ!   →奴の方が圧倒的人気という理不尽。

動くな! 手を挙げろ!   →ついに強盗に走るのか俺。

何事もなかったのようにパンツを仕舞い、笑顔を向ける→不可能犯罪。

 

詰んだ……! 間違いなく詰んだ……!

 

まさかこんなにも学院生活が理不尽だとは。

余りにも自分が考えた通りに行かない学園生活に笑いすら込み上げそうになる所を───隣のレイが一歩前に踏み出した。

その行為にクロウは予測を立てた。

 

───ここから打開する方法があんのか!?

 

お互いの実力などは未知の領域だ。

だが、先程の走りや体捌き、機転を見ると能力というだけならゼリカにも負けず劣らずな部分があると認められる。

いざという時は当てになる奴というのが今、現在のクロウの評価だと思う。

ならば、自棄になりつつあるこの状況を任せてもいいと思い、敢えて止めなかった。

そして遂にレイは口を開けた。

 

「諸君───これは君らが今、現在思っているものではない」

 

……さぁ、その次は!?

 

「これは盗んだものではなく───貰ったものでね」

 

数秒前の過去の自分を蜂の巣にしてやった。

 

 

 

 

 

 

 

「一体……何がいけなかったのだろうか……」

 

「人生をやり直せ。そうすれば上手くいけば理解できんじゃねえか」

 

中々手厳しいと男子の個室トイレに隠れながら嘆息する。

あの後、椅子やら机やらを避けながら上手いこと、校舎の方に窓から入ることに成功し、そのままトイレに隠れる事にした。

今のところ、この場所も気づかれてはいないみたいだし、出来ればアンゼリカ先輩が捕まった事によって誤解が解けていればいいのだが……

 

「無理だ……あの女を甘くみんなレイ───あいつは容赦なく俺達を地獄に落とすまでゲロる事はねぇ」

 

「凄い信頼関係もあったものだな」

 

さて、ならここからどうするかだ。

 

「校門から強行突破」

 

「いいや、駄目だ。恐らく既にトワが手配している。あいつは常識の塊みたいな奴だが、あそこまで怒っていると日々のストレスも含めて逆に手強くなる───誰かを味方にして情報収集しつつ、弱点があればそこを突く」

 

「無理だ。トワ会長の人気ははっきり言って尋常じゃない。生徒会長云々や見た目が可愛らしいなどという理屈を突破してる。リーダーという素質なら多分、帝国でもトップクラスに入れる人だ。誰かを味方にしたり裏切らせたりするのは不可能に近い───閃光手榴弾、及びに銃による狙撃による混乱に乗じて脱出」

 

「不可能だ。俺の銃も狙撃できるようなタイプの導力銃じゃないし、あの集団には二年も交じっていた。経験量という意味だけなら俺やトワ、ジョルジョ、ゼリカを超える人間は少ないが決して練度が低いってわけじゃあねぇ。閃光手榴弾だけで混乱がずっと続くほどトールズは柔じゃねえ───一人一人を闇討ちする事による撲滅作戦」

 

「現実的じゃないな。クロウの言う通り、二年がいるのなら練度が高いメンバーに毎回毎回奇襲できるとは思えないし、そういった作戦はスニーキングミッションのようにこちらの存在が知られていないという前提条件が必要だ。この場合だと直ぐにトワ会長に対応される」

 

それからもあれやこれやと作戦会議をしたが八方塞である事を認める発言しか出なかったことに溜息を吐くしかなかった。

敵が巨大過ぎる。

 

「一応聞いてみるが、ここで投降したらどうなる?」

 

「帰されるとは思うぜ? ───トラウマが一つ追加された後に」

 

「……白旗でも上げてみます?」

 

「悪くねえ判断だ。ただしこっちに負けた後にも相手に旨味を与える事が出来るならな」

 

土下座じゃ駄目だよなぁ、と二人で溜息を吐く。

万策というのはあっという間に尽きるものだと力が抜けてきたので壁に背中を預けていると

 

『あ~~、クロウ? レイ君も。聞こえるなら出来るだけ早く投降する事をお勧めするよ~』

 

「……ジョルジョ?」

 

「先輩……?」

 

何やら放送機材でこちらに遂に投稿を呼びかけてくる事になったらしい。

何とも壮大なイベントになった事である。

 

「というかあいつ、早くも裏切りやがったな……」

 

「……まぁ、あのトワ会長相手ならねぇ」

 

あの状態のトワ会長に手伝って、とか言われたら迷いなく喜んでと言うだろう。

まぁ、でも逆に相手側からのアクションがあるなら投降しやすいかもしれない。

クロウも似たような事を思ったのか、やれやれという顔はそのままだが多少、希望が見えてきたという表情になっている。

これで寮に帰れ───

 

『アンを囮にして君達が主犯になってこの騒動を起こしたというネタは上がっているから早目が本当にいいよ───僕も出来るだけ弁護するから』

 

「───」

 

二人揃って沈黙した。

待て。今、俺達は何を言われた。

君達が主犯? 一体何の? この騒動の? つまり、トワ会長のパントゥーを盗んだ事の? 何故そんな誤解という名の曲解が生まれた? ───理由はただ一つ。

 

「アンゼリカーーーー!!」

 

遂に先輩という言葉すら抜けた絶叫がトイレの空間を揺るがす。

あのヅカ王子。まさかここまで人を地獄に突き落とすか。

クロウはともかく一体、どうして初対面の俺がここまで酷い目に合わなければいけないというのだ。

すると相手が変わったのか。ごそごそという音が響き

 

『ふふ……二人とも……私に構う事はない……その宝を……君達が守りきるんだ……!』

 

一瞬で個室のドアを蹴破り、クロウがそのままトイレから出ようとするのを俺が直ぐに肩を捕まえる事によって止める。

 

「離せレイ! 俺にはやる事がある!」

 

「無理だ……! 気持ちは実に解るが不可能なんだ……!」

 

「お前に俺の気持ちの何が解る! ───この俺の今まで積りに積もったゼリカへの殺意をスナイプで晴らそうというこの気持ちが……!」

 

既に拳銃を抜いているのが本気の象徴であった。

赤い目が燃えるようで、間違いなく殺る気満々の目である。

既に仲間同士、友人といった言葉は脳内から消失しているようだ。

その気持ちは本当に痛い程理解できる。

 

「でも無理なんだクロウ……! それをやった瞬間、俺達の居場所がばれる! アンゼリカ……先輩はきっとそれも狙っているんだ……!」

 

「くっ……!」

 

ちっくしょう! と思いっきり壁に拳を叩き付け、無理矢理冷静になろうとするクロウを尻目に何やらまたもやガチャガチャと放送機材を違う人に手渡す音がし

 

『レイ……聞こえるか!?』

 

「……あ? リィンかよ」

 

まぁ、あの巻き込まれ体質馬鹿だから別におかしくはないが───もしかして俺の事を信じ───

 

『何時かはやると思っていた事をこんなにも簡単にやってしまうなんて……最早見損なうとかそれ以前に呆れたぞ! だが安心してくれ───俺は刀が使えるから介錯をしてやれる。だから投降してくれ。その方が最後は幸せだ!』

 

「離せクロウ! 俺には今から青春をする義務がある! きっと教官もクラスメイトの一人が死んだのは哀しい事ですが云々言って許してくれる!」

 

「応援してやりたいぜその気持ち……! でも無理なんだ……!」

 

くぅ……! と俺も壁を叩き割って堪える。

二人して何ともやるせない気持ちになってきた。

 

「遂には精神攻撃まで……」

 

「籠城でも限界が来るな……」

 

現在の状況を冷静に捉え、しかし精神攻撃のお蔭で逆に諦める気が無くなった。

絶対に最後まで戦ってやるという気になってきた。

 

「クロウ。何かないか。この学院は俺よりもお前の方が詳しく知っている」

 

「ああ───一つだけあった。旧校舎の方だ。あそこから森に入ると校門から行かなくても学院から抜けれる」

 

「じゃあそこまでは───」

 

「見つけたぞ君達!!」

 

するとドアの入り口に見知った顔、マキアスの姿を認識。

どうやら彼もトワ会長の側についたのかと思い、クロウと視線を合わせる。

やる事は解っている。

 

「全く! まさか君がこんな事をするとは……多少は思っていたがクラスから変質者を出すなんて副委員長として見ていられない! さぁ、諦めて投降をっブルァ!?」

 

マキアスは散った。

詳細は教えないが、彼の眼鏡は綺麗にキラキラと光る粒子のように散り、とりあえずトイレの個室に閉じ込め

 

「ここからは電撃作戦だ───隠れるとかそんなチマチマしているとトワも気付く……行くぞぉ!」

 

そうして俺とクロウは目的の為に全力疾走をした。

 

 

 

 

 

「い、いたぞーーー! トワ会長の為、ぐあーーー!」

 

「や、やだ……! あの人、這っている……!?」

 

「アンゼリカ先輩の敵ーー! ってきゃああああああ!?」

 

「やぁ? 君達も釣りにってぐわぁ!?」

 

何だか余計な物も倒した気もするし、分かり易いくらい阿鼻叫喚の図を俺とクロウで作っている気がするが全部無視する。

どうやらⅦ組全員が手伝っているわけでもなく、全員が全員トワ会長の統率、もしくはアンゼリカ……先輩の甘言に乗っているわけではないらしい。

ただ、純粋に突破する事に命を懸けている俺達に勝るものはなくそうしてクロウの言うとおりに旧校舎の森から急ぎ足で外に向かっている。

 

「───追手はいるかレイ!?」

 

「……いや! 今の所は気配がしない───俺達の勝利だ!」

 

よしっ、と思わず手を握って勝ちを実感してしまう。

このスピードを維持出来たら間違いなく、もう追いつける人間はいないだろうし、例え馬を持ち出したとしてもこんな森の中じゃあ追えない。

 

「勝った……!」

 

そう再び思い、前を見るとクロウの姿がなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「……は?」

 

突然、いきなり目の前から消えた案内人に思わず間抜けな声を出してしまう。

一体、何時、どうして消えたのかという謎が頭の中に結びつくが、疑問は意外にもあっさりと改称された。

足が見えた。

それも木に寄りかかっているように座っているので一瞬、見落としてしまったのだろう。

思わずびっくりしてしまったではないか。

全く。

 

「追手がいないからといって気を抜くのは早いぞクロ……ウ?」

 

歩きながら彼の姿が見える前に向かい───そうして愕然とした。

彼は完全に気絶していたのであった。

気に寄り掛かっているのではなく、まるで叩きつかれたかのようになって。

 

「馬鹿なクロウーーーーーー!!?」

 

思わず劇画な感じに顔の表情が変わり、叫んでしまう。

何らかのス……いや何でもない。

とりあえず、何があったか、クロウの死体(死んでない)を検証するべきかと思い

 

「レイ君」

 

ああ───自分の死を予期してしまった。

 

つまりはそういう事なんだろう。

よくよく考えれば降伏勧告の時にトワ会長の声がなかったし、最初を除けば姿も存在も感じれなかった。

つまりは最初からこうなるようにこちらの思考を誘導されたのだ。

完璧過ぎると思い、もう力を抜いて諦めが自分を支配しそうになる。

だが、それでも

 

「この馬鹿な先輩の後輩として一糸向かいさせてもらうぜ……! おおおおおおお!!」

 

そうして俺は栄光に突撃した。

その後に起きた発砲音が一体、何発であったかなんて数えたくないのか……意識はここで途切れた。

 

 

 

 

 

 

 

その後、事件は何事もなく終了したとリィンは解説する。

あの後、アンゼリカ先輩はトワ会長の話術によっていとも簡単に事実をゲロり、トワ会長のお仕置きを受けた。

何をされたかは知らないが、アンゼリカ先輩はあの後「私が……私があそこまでフリフリな物を着ても似合わないだろう……」などと呟いているのを見たが無事だろう。

ちなみに教員や先輩は慣れているのか。何時も通りという感じであった。何という学院だ。

ただ、一人の教員だけが「何を下らぬ遊びをしているのだ!」と叫んでいたが学院長が普通に若いのだからこれくらいはという感じであっさりと認めたのであった。

そうしてトワ会長は慌ててクロウ先輩に謝罪をしに行ったらしいが、被害者も慣れたものらしい。

ただ

 

「あ、あの……レイ君いる?」

 

休み時間にトワ会長がおずおずとⅦ組の教室に入ってくるのを確認する。

だが

 

「……すみません、トワ会長。何か、あの馬鹿。急に窓から飛び降りて逃げて……」

 

「あ、あぅ……また逃げられちゃった……怯えられているよね……」

 

しょんぼりとするトワ会長をクラスの何人かが罪悪感を感じているのを察知するが、どうすればいいのか分らないので沈黙を選んでいる。

あの後、レイはトワ会長が近くに寄ると謎の第六感で毎回毎回逃げるようになった。

どんなトラウマが生まれたかは知らないが、逃げに徹したレイを捕まえるのはこのクラスでは不可能に近い。

はぁ……と思わず溜息を吐く。

どうしてあの馬鹿はクラスの微妙な雰囲気を珍妙な雰囲気に変えて行ってしまうのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 




はぁい! というわけで皆さんの要望に応え頑張りました本編の間の話!
いや、まさかここまで大ボリュームになるとは……!
ともあれ、皆さんに楽しんでいただければ思います。
感想よろしくお願いします!! 本当に!

あ、そこで聞きたいことがあるのですが……次でいきなり実技試験に移ってもいいですかね?
正直、ここら辺はオリジナルで書くのが少ないので……
書いた方がいいのなら普通に諦めますが、意見が聞きたいです。
作者の都合とかそういうのを抜きでいいのでよろしくお願いします。

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