結城リトの受難   作:monmo

5 / 20
文末に・・・♡・・・♡・・・←コレがあったら、まだ書き足す予定だと言う事です。



第四話

 その後は『大変』なんて言葉では説明がつかなかった。

 

 俺と美柑は何とか事情を説明してオヤジを落ち着かせると、四人そろって居間へと戻り、ララにもう一度自己紹介させる事にしたのだ。

 

 オヤジは、ララが宇宙人だと言う事をすぐに信じてくれた。俺は安心したのか、呆れたのか、深い溜め息が出た。どうして、ここの家族は宇宙人に対してこんなにもフランクなのか。俺には一生わかる事のないであろう疑問が、頭の中で巡っていた。

 とにかく、オヤジがすぐに事情を飲み込んでくれたので、俺はララに、詳しく自分の事を言っておいたらどうだ、と彼女に勧めた。

 

 「え、と……ドコから話せばいいかな?」

 

 「落ち着いて、好きなトコからで良いよ」

 

 ララはゆっくりと順々に、自分の過去を話し始めた。

 王宮での生活が退屈だった事。後継者がどーたらこーたらで毎日毎日お見合いばかりさせられていた事。地球まで逃げてきたけど捕まって、こうなったら最後の賭けだと自分の発明品で脱出をはかったら、結城家のバスルームにワープした事。

 そして、ララの父親『ギト』がどれだけララに過保護な行為をしていたのかを、イヤっていうほど俺達は聞かされたのだ。

 

 「なんか……『プリンセス』ってゆーよりも、

 

 「『箱入り娘』って言った方が近いな……」

 

 美柑とそんな事を話していると、ここでも俺の予想外の事が起きた。

 

 ララの家出した理由にオヤジが物凄い同情(と言うか感動)してしまい、なんとララに家でルームシェアする事を勧めてきたのだ。こんな時間に家から追い出すのもどうかと思ったので、とても助かったのだが、まさか、ここまで話が上手く進むとは思わなかった。

 美柑も半ば楽しそうに、オヤジの提案を賛成してくれた。俺も特に断る理由はない。ある訳無い。

 

 「えへっ、これからよろしくね♡」

 

 そんなこんなで俺達とララとの同棲生活は、何とか幕を明けたのだった。

 

 

 

 ・・・♡・・・♡・・・

 

 

 

 翌日、俺は変な違和感を感じて目を覚ました。

 

 どうも体が動かしにくい、腕ごとギュッて抱きしめられた様な感覚だ。俺はもがく様にして寝返りをうち、霞む視界で目の前の光景を見た瞬間、息を飲んだ。

 俺の目の前……キスまであと数センチの所にララが寝ていた。しかも俺に抱き付き、しっかりとホールドまでしていて離れない。

 肩まで肌をさらしているって事は、恐らく……いや絶対に何も着ていないだろう。俺の手足からはララの素肌を感じ取っている。

 スヤスヤと安らかな寝息を俺に当てながら眠っているララ。とっとと叩き起こそうかとでも思ったのだが、俺はその前に携帯電話で時間を確認した。

 

 「……6時、ジャスト……」

 

 まだ1時間以上も余裕があったので、起こすのはやめた。俺は体を捻っててララの抱擁から脱出すると、そっと彼女が起きない様にベッドから這い出した。

 振り返ると、俺が無理矢理ベッドから出たお陰で、あられもない寝相になってしまったララの姿。布団は出る時に捲ってしまったので、見えるものも見え放題になっている。

 

 

 

 エロい……

 

 

 

 さすがにこの状態でほったらかしにするのはどうだろうと思ってしまったので、俺は彼女の寝相と布団を優しく整える事にした。途中、彼女は何度も寝相を変えて俺を困らせたが、それでも穏やかに眠る彼女の寝顔を見ていると、その怒りすら失せてしまった。

 一仕事終えた俺は彼女に苦笑いして、それから部屋を後にした。

 

 壁に手を付けながら階段を下りて、風呂場へと向かう。昨日の事件のお陰で、俺はあのあと頭も体も洗えずに眠りについてしまったのだ。きっと、体はベトベトだろう。すぐにでもシャワーを被りたかった。

 

 俺は洗面所に着くなり服を脱ぎ捨て風呂場に入ると、シャワーを回して冷たい水を頭から被り、眠気を吹き飛ばす。

 シャワーはすぐお湯へと変わったので、俺はシャンプーで昨日の汚れを洗い落とそうと、髪の毛をモコモコと泡立てた。

 

 段々と頭が回り始めてきた。俺は、今日の事を考えながら頭を洗っていると、

 

 ……タッタッタッ、ガチャン!

 

 「あっ、やっぱりリトだー!」

 

 上で寝ている筈のララが、笑顔で風呂場に割り込んできた。もちろん、全裸で。

 どうやら、やはり寝相を整えている内に起こしてしまったらしい。心の中で反省している内に、彼女は俺の近くにしゃがみ込むと、ボディーソープをタオルで泡立たせ、楽しそうに俺へと擦りつけてきた。

 

 「リト、体洗ってあげる!」

 

 「おいっ、ちょっと待て!」

 

 自分の頭は泡だらけなので風呂場から出る訳にもいかず、俺はララを止めようとしたのが、言葉だけで彼女が止まるハズなく、俺の背中を洗い始めた。

 

 体を洗わないで学校には行きたくない。彼女に構うのが面倒になってきた俺は、サッと腰にタオルを捲きつつ、頭を洗い流し終えるなり、もうひとつのタオルを手に取った。

 

 「リトの背中って、結構おっきいねー」

 

 「んん? あぁ……」

 

 鼻歌混じりに俺の背中を洗っていたララが、急に話しかけてきた。

 確かに彼女の言う通り、身長の割にはガタイが少し大きい気がする。もしかしたら『リト』は将来結構伸びるのかもしれない。そんな事を思いながら俺はタオルを泡立てて、前を洗う。

 

 「地球人って、みんなリトみたいに強いの?」

 

 「いや、強いのは一部の人間だけだ」

 

 「へー」と言って俺の話に感心するララ。この地球には俺より強い人間なんぞゴロゴロいる。だがデビルーク人の前では、ほとんどの者が戦いにならないだろう。俺があの二人を倒せたのは、奴らが油断していたからだ。

 

 「それに……俺は弱い方だ……」

 

 次にどうなるかはわからない。最悪、秒殺だろう。俺は溜め息を吐いてデビルーク星人の強さと、自分の弱さを呪った。

 

 「えーウソだよー、リトすっごい強かったじゃん! あの二人、かるーく倒しちゃったし!」

 

 ララは俺の言葉を真っ向に否定して、更に棚に上げようとする。確かに『嘘』って言われると、事実『嘘』なのである。だが、俺はそんな表側の事を言ったわけではなかったのだが、彼女にはそんな深く考える余地はなかった様だ。

 

 「ねぇ、リト……」

 

 「ん?」

 

 不意に、ララの声のトーンが変わった。

 何だと思い首を横に向けると、彼女の顔が俺の目の前にあった。ベッドの時よりは遠いが、それでも近い。丁度、肩から覗き込む様な感じで俺の事を見つめている。当然の如く、俺の背中には彼女の胸が当たっていたが、気にする暇はなかった。

 

 「え〜と、昨日はホラ、忙しくて言えなかったんだけど……」

 

 目の前でモジモジしながら、首をコテンと傾けるララ。可愛い過ぎて目に毒なのだが、それでも何かを話そうとしている彼女から、俺は背けずに見ていた。

 

 悶々としていた彼女の口元が、ゆっくりと開く。

 

 「助けてくれて……ありがとう。とってもうれしかった!」

 

 不意打ち、と言う訳でもなかったのだが、ララは眩しいくらいの笑顔を俺に向けてくる。本当はこの笑顔は結城リトが浴びて……いるのだろうか? 忘れてしまいそうだが、ここは風呂場だ。純情の彼には、無理な話であろう。

 とにかく、レアなララの笑顔を拝んだ俺は、無難にお返しを言うとする。

 

 「どういたしまして……かな、」

 

 ララは嬉しそうに俺の言葉を受け止めると、

 

 「じゃあリトっ、次は私を洗って!」

 

 今度は不意打ちを言ってきた。

 

 「あ……うん……」

 

 本当は丁寧に断って、さっさと出ようと思ったのだが、自分を洗わせて(本当は、させられて)おいて本人は一切やらずて言うのも彼女に嫌な印象を与える、と思ったので俺はララと場所を交代する事にした。

 フワフワの泡にまみれるララの白い肌。タオル越しでしか触っていないが、時折指先が彼女の素肌に触れる。

 

 やわらかい……スベスベしている。

 

 「前も洗ってー」

 

 「自分でやれ」

 

 だが、俺の頭は酷く落ち着いていて、冷静にツッコミもかましながら、俺はララの背中を洗っていた。

 その後はデビルーク人の強さの話になり、彼等の計り知れない戦闘能力を合間見れた気がした。彼女は他にも何かを話したがっていたが、俺は素早く洗っていたのでその時間はすぐに終わる。

 彼女はまだ髪を洗っていない。出るのはもう少し後だろう。

 

 「俺、先に出てるよ」

 

 「ん、わかったー」

 

 ここにいる必要もなくなった俺は脱衣所に戻り、一呼吸つけてタオルを外した。

 

 ブルンっ!

 

 「………………」

 

 えーと、まぁ……この音は……俺の(って言うかリトの)暴発しそうなくらい、膨らんだアレが……揺れた音だ。

 

 リト……以外と大きいな……。

 

 普通だよな……? 最初の時は内心慌てていたから平然といられたが、今回は無理だ。まさか同棲生活初日でララと朝シャンやる事になるなんて思ってもいなかったのだから。

 

 「……ハァ……」

 

 溜め息を吐きながら俺は体を拭き終えると、脱ぎ捨てていた服を着込んで、今度はキッチンの方へと向かった。

 何だかとてももどかしい気分だった。『彼女』への背徳感なのか、それとも『彼』からの罪悪感なのか、はっきりとはわからなかったが、とても気持ちが良いものだとは思えない。

 だから、これからは原作通り、彼女は美柑と一緒に風呂へ入れさせる事にしよう。そう思っていると、キッチンに向かう途中でその美柑とバッタリ出会った。彼女は欠伸をしている途中だった。

 

 「ふわぁ〜あ? リト、おはよー」

 

 「っ! ……おはよう、美柑」

 

 俺はなるべく明るい挨拶をしたと思う。が、内心、心臓は自分でもわかるくらいに凍りついた気がした。もし、ララと二人で風呂に入っていた所を見られていたら、今度こそシャレにならない自体に陥っていたと思うのだから。

 

 「朝メシ、手伝うよ……」

 

 「ほんとにっ? じゃあリトは……、

 

 そんな風に今日の朝飯をどうするか話しながら、俺と美柑はキッチンへと向かった。

 

 

 

 ・・・♡・・・♡・・・

 

 

 

 オヤジはとっくに家を出たらしい。ダイニングキッチンのテーブルの上に達筆の置き手紙があった。やっぱり仕事は大変なんだなと、俺は頬をポリポリかきながら、スクランブルエッグを盛ったトーストをかじって牛乳で流し込む。

 

 前にも言ったのだが、俺とリトとの体格差は結構大きい。『俺』の身長がギリギリ180ぐらいだったのに対し、今この『結城リト』の体は165センチ前後だ。目線の位置を予測すると、もしかしたらララより小さいのかもしれない。身長の高かった身として、俺は違和感を感じている。

 何とかしたかったので、俺は元の身長に戻りたい為に、毎日牛乳を飲み続ける事にしたのだ。

 

 そうして牛乳をすする俺の横には、風呂から上がって昨日と同じ服装、『ドレスモード』の姿になってトーストにぱくつくララが座っている。正直、ちょっと落ち着けない。

 

 「休日になったらお前の服買わないとな……」

 

 ララはパッと俺の方を向き、「へ、私の?」と言葉を漏らした。

 

 「そーだよ、ララさんの服はちょっと目立ちすぎるもんね」

 

 美柑はララの仕草が可愛かったのか、クスッと笑いながら彼女に話しかける。

 

 目立ちすぎる、と言う事だけが理由ではない。彼女は『ペケ』が体から離れてしまうと、即・全裸になってしまう。これは原作でもよくあったToLOVEるなので、よく覚えている。

 そんな超危険な状態のララを知っているまま町に連れ出すのは、気が引けるのだ。俺だって出掛けるときぐらいのんびりと外を歩きたい。

 

 それにペケはロボットだが、生きているんだ。あんまり無理はさせたくなかった。

 

 「この星じゃあ、ペケに頼りきった衣服は限界があるぞ」

 

 俺の言葉に、ララはしばらく悩んでいたが、やがて

 

 「う〜ん……わかった」

 

 と、素直にうなずいて俺に笑いかけてきた。

 

 『仕方ないですね』

 

 ペケもその辺はわかっていたのか、しぶしぶ俺の意見に賛成してくれた。

 

 「じゃあリト、さっそく買いに行こ!」

 

 ララはトーストを食べ終えると、俺を引っ張ろうとして買い物をせかすのだが……

 

 「まてまて、待て! ……今日は学校があるからダメだ」

 

 まだ平日の火曜日である。当然、俺も美柑も学校があるので買い物に行くわけにはいかない。女物の服や下着を買うには美柑の協力が必要である。

 

 と言うか、俺は彼女を連れて行きたかった。この世界に来てから俺は彼女に悪い思いしかさせていない気がしたので、どうしても連れて行かせたかったのだ。

 

 そういえば、俺達の学校の間ララをどうしようと考えようとしたが、彼女は一言、

 

 「ガッコ?」

 

 と言って、俺に疑問の視線を浴びせてきた。

 

 そこからだったか……。俺はピシャリと頬を叩き、気を持ち直す。美柑はララの言葉に気が抜けたのか、テーブルにつけていた肘をズルッとずらした。ちょっと可愛いかった。

 

 「いいか、学校ってのはなぁ、

 

 俺はトーストの最後の一口を飲み込み、ララに学校の事を話す。だが、ろくに学校も通ってなかった俺が学校がなんなのかを満足に言える訳もなく、気が付けば美柑が説明を始めてしまったので、俺はララと一緒に聞く側の方にまわっていた。

 

 「私も行きたい!」

 

 美柑の説明を聞いたララは、目を輝かせて俺に甘えてくる。

 しかし、美柑は難しそうな顔してララに話す。

 

 「うーん、それは難しいんじゃないかな……」

 

 そう、普通だったらこの星の戸籍のないララを学校に行かせる事など絶対に不可能である。

 

 普通だったら……だ。

 

 俺には確実にララが彩南高校に入学できる方法を原作からの知識で知っている。そんなスケールの大きくなる話ではない。事さえ済ませば終わる、簡単な話だ。

 が、その為にはそこまでの過程をなんとかしなければならない。避けられるToLOVEるにわざわざ顔を突っ込む必要もないだろう。

 

 ララが駄々をこねている間に、俺は素早く頭を回し作戦を練った。

 ……なんとかなりそうだ。何かミスがあった時が怖いが、その時はその時に任せよう。

 俺は牛乳を飲み干して、二人にはっきりと聞こえる様、呟いた。

 

 「いや、出来る」

 

 「「え!?」」

 

 俺の言葉に目を丸くする二人、美柑は「冗談でしょ?」見たいな顔をしていたが、ララの方は先程より一層目を輝かせて俺の方を見てきた。

 

 かくして、ララを学校に通わせよう大作戦が始まったのである。

 

 

 

 ・・・♡・・・♡・・・

 

 

 

 俺は商店街の路地からヒョコッと顔を出して、まわりを確認した。結構早めに家を出たので、そんな慎重に隠れなくてもいいのだが、この状況では慎重になっていて損はない。

 

 「ペケ、ペケ! あれだ、あの服をコピーしろ」

 

 『ハイハイ』

 

 俺の指を指した先、そこにいるのは彩南高校の制服を着た、名前も分からない登校中の女子生徒だ。

 

 なんでこんな事をしているのかは、会話で分かったであろう。ララの制服である。

 最初、ララには俺の制服をペケにコピーさせていたのだが、当然、男物の制服なので、パッと見、違和感を感じていた。

 それでも、俺達二人は隠れながら進み、なんとかここまで来て、今に至るのだ。

 

 『衣装解析完了! フォームチェンジ!!』

 

 ララの服は淡い光に包まれて消えていき、彼女は全裸になる。

 しかし、それは一瞬の事で、気が付けばそこには彩南高校の女子の制服を身に着けたララが俺の目の前に立っていた。

 

 和風スイーツ色は、なんともいただけないのだが、短いスカートに黒いストッキングは魅力的だ。太ももがちょっと見えるのが良い。スカートの上からは都合のいい様に尻尾が出ていた。頭には当然、髪飾り程の小さなフォルムになったペケがくっついている。

 

 「リト、にあう?」

 

 当然「いいえ」なわけがないので、俺は素直に、

 

 「ああ、似合ってる」

 

 と答えた。

 

 もうこんなコソコソする必要性も無くなったので、俺は「えへへ」と嬉しそうに笑うララを連れて商店街を歩き出す。学校へと付く前に、予め彼女に重要な約束をかけておいた。

 

 「宇宙人だってバラさない事」

 

 「はぁーい♪」

 

 「俺のそばから離れない事」

 

 「はぁーい♪」

 

 「大丈夫かなぁ、ホントに……」

 

 『全く、リト殿は注文の多い男ですねー』

 

 ペケに悪態をつかれながら俺は商店街を抜けて行った。

 

 

 

 ・・・♡・・・♡・・・

 

 

 

 数十分後、俺達二人(プラス一台)は彩南高校の正門の前に立っていた。

 ララは楽しそうに辺りを見回して、俺に向かってこう言う。

 

 「ここがガッコ?」

 

 「そう、『学校』な」

 

 俺がそう答えると、ララは俺の服の袖を引っ張りながら、ウキウキ顔で正門を通る。

 「わかった、わかったから、離せ!」と俺は言ったのだが、ララはそれを無視して敷地に入るなり、キョロキョロと周りを見回して、手当り次第に俺へ質問を浴びせてきた。

 

 「リトー、ココは何?」

 

 「ここは校庭。運動をする場所だ」

 

 「へ〜、アレは?」

 

 「あれは先生。コラッ、指を指すな」

 

 「う〜、じゃあアレは?」

 

 「ありゃただのカラスだ……」

 

 何も知らない子供の様にはしゃぐララを、俺は遠くを見るように眺めながら、彼女の事を考えていた。きっと原作のリトも相当大変だったんではないだろうか。しかし、「そっかー」と面白そうに笑うララを見ていると、そんな事もどうでもよくなってきてしまい、後に残ったのは何とも言えない苦笑いだった。

 

 まぁ、そんな風にワヤワヤ騒ぎながら学校を歩けば、当然周りの人々の注目も俺達二人に集まってきてしまう。

 周りからはこんな声が聞こえて始めたのだ。

 

 ヒソヒソ………

 

 「なぁ、アレ見ろ」

 

 「ん?」

 

 「あんなコいたっけ?」

 

 「転校生かしら?」

 

 「い、いや……そんな事より……

 

 

 

 「「「メチャクチャ、カワイくね?」」」

 

 

 

 「つか……」

 

 「オイ、それより」

 

 「隣りの男ダレだよ」

 

 「一年じゃね?」

 

 ヤバいヤバいヤバい。このままだと変なちょっかいをだされそうだ。

 なぜかペケが自慢げに笑っている中、俺はララを連れながら小走りで下駄箱を目指した。早めに家を出ていて本当に良かった。もし普通の時間で登校していたら、この比にもならない騒ぎになっていただろう。

 想像したくないものを想像した俺は、ゴクリと生唾を飲み込み下駄箱に逃げ込むと、素早く上履きに履き替える。ララの上履きをどうしようかと思っていたら、ペケがコピーしてくれた。便利だな、ペケ。

 

 俺とララは校長室へと向かう。場所は前回学校に来た時に、ある程度探索しておいたので、迷う事はない。

 

 「おはようございます……」

 

 「おはよーございます♪」

 

 「おはようごっ……!?」

 

 すれ違う先生からは変な目で見られたが、そんな事は気にせずに、俺はズカズカと廊下を歩いて校長室にたどり着いた。

 

 「ふぅ……」

 

 「?」

 

 俺は疲れた様に一息ついて、目の前のドアを見る。その上には大きな字で『校長室』と書かれた看板がかかっていた。

 こんな所に入る運命なんか、絶対にないと思っていた。別にララだけ入れさせても話は進むと思ったのだが、普通に不安だったので、俺は少し緊張しながら『校長室』と看板の貼ってあるドアノブに手をかけた。

 

 コンコンコン ガチャ、

 

 「失礼しまっ、

 

 「おやっ?」

 

 そこは綺麗に清掃された部屋に大量の写真やら賞状やらが飾られていた。床はピカピカのタイルが敷かれて、その上には豪勢な机を構えられ、高級そうな黒い椅子がある。

 そして、その椅子には、太っちょで黒いサングラスをかけた、変な髪型のオッサンが座っていた。

 

 この人が『私立彩南高等学校』の校長だ。一見、愉快な人に見えるが、その実態は目も当てられないくらいのド変態である。どうしてこんな男が校長になれたのだろうか。

 

 ちなみに、今なぜ俺の言葉が途切れたのかと言うと、それはドアを開けた瞬間に校長は、サッと何かを隠したのだ。そして俺にはほんの一瞬だけ、それが見えていた。

 

 

 

 エロ本を読んでいたのである。

 

 

 

 俺が呆れて言葉も出ない中、ララはスッと前に出ると、校長に話しかけた。

 

 「あなたがコーチョーセンセー?」

 

 校長はハッと気が付いた様に彼女の顔を見た。

 顔を見たって事は、他の場所を見ていたって事だ。おそらく……胸だろう。

 

 しばいてやろうかこの校長。

 

 「そ、その通り、いかにも私がこの学校の校長です。何か御用ですかね?」

 

 先程見えた様子からは打って変わって、校長はかしこまった様に自己紹介をした。こうしてると、ただの校長先生だが、実態は……何度も言う気はない。

 

 「私ララって言いまーす! このガッコにニューガクさせてください!」

 

 敬語もへったくれもない、少し高めのテンションでララは校長に入学をお願いした。

 

 『オネガイシマス』

 

 ペケ、お前は喋っちゃダメだろう、と俺は心の中でツッコんだ。

 

 「おねがいします……」

 

 俺も、このままつっ立っているのもどうかと思ったので、頭を下げてみる。本当にこんなんで入学できるのだろうか。作戦を提案した筈の自分が、馬鹿みたいに思えてしまった。

 

 「フムフム、ん〜〜〜」

 

 校長はララをジーっと見つめている。何か不憫でもあったのか、俺の額からダラリと冷や汗が垂れた。一応、何があってもいい様に、俺は拳を握り締めてそれを観察していた。

 だが、そんな俺の心配は無駄だったらしく、校長は

 

 「カワイイのでOKッ!!」

 

 と親指を立てながら、すっごい良い笑顔で彼女に入学の受け入れを言い放ってくれた。

 俺はその様子を、真っ白な視線で眺めていたのだ。漫画の世界が現実として感じる今、こんな愚行がとても不安に感じていたが、その食い違いはどうやら考えるだけ無駄だった様だ。今の校長のセリフがそれを良く物語っている。

 

 本当に言いやがったよ……この校長………

 

 「やったー! リトー♪」

 

 俺に抱き付くララを尻目に校長は手続きやら、教材やらの話をしている。面倒な話があると困るので、俺は校長の話に聞き耳を立てていたが、それは大して複雑なものではなく、そのあとは聞いていてもあまり面白くない(ララはヘーとか、ふーんとか言っていたが)学校のあんなこんなを説明して校長の話は終わった。

 

 ちなみに、手続きやらは全部校長がしてくれるらしい……ちょっと拍子抜けた。

 

 最後に、ララは俺のクラスに入らしてくれと頼んでいたが、校長は「好きにして良いよ」一言で、それを受け入れていた。

 

 この光景は一体何なんだろうか。俺はみるみる内に疲れを感じていた。

 

 「ハイ、これで説明は終了〜。楽しい学園生活をエンジョイしてくださいね〜」

 

 校長はさっきからペンを動かしていた書類をトントンっとまとめた。どうやらこれで全部終わりらしい。予想以上に呆気なく終わってしまった。

 

 もうここにいる必要はない。俺はもう一度校長に頭を下げる。

 

 「あ、ありがとうございました……」

 

 「ありがとーございました!」

 

 今になって気付いたが、ララは俺の挨拶を真似している。いや、別に悪い事ではないのだが、敬語を使う彼女は少し新鮮な感覚がしたのだ。

 

 『良かったですね、ララ様』

 

 「うん!」

 

 二人はのんきに話をしている。さて、山場は超えたとして、ここから教室までどうやって行こうか考えながら、俺はドアを開けた。

 

 ガチャ、

 

 

 

 「ヒッ!」

 

 

 

 そして俺は小さな悲鳴を上げた。

 

 緩い気持ちで開けたドアはバッと無理矢理開かれ、そこに広がった光景に俺は言葉を失ってしまった。

 校長室の前は廊下を埋め尽くさんばかりの男子、男子、男子……ちょっと遠くに女子が集まり。そんな大量の生徒が俺とララの方を一斉に注目したのだ。

 

 「やベー! チョーカワイイ!!」

 

 「きっ、キミ、転校生!?」

 

 その瞬間、ブワァアアっと広がる大歓声。中には殺気じみた目線で俺を見ている者もいる。

 

 ヤバい……少し予想はしていたが、まさかここまで大事になるとは思ってもいなかった。どうやら校長と話をしている間に、いつもの登校時間になっていた様なのだ。

 

 ララは面白そうに笑ったり、手を振ったりしている。そのたびに男子が歓声を上げたのは言うまでもない。

 集まっている男子と、俺とララとペケの間に存在する空間がじわじわと狭まってくる。本格的にヤバいと思ったその時、人混みをかき分けて、俺の前に猿山が姿を現した。と言ってもこの状況では、なんの助けにも救いの手にもならないが。

 

 「お、おいリト! 誰だよそのコ!?」

 

 「どーゆー関係だ!?」

 

 猿山の声に続いて、昨日一緒に飯を食べた奴の声も聞こえた。

 俺は、ある程度考えていた答えを急いで思い出す。

 

 「たっ、ただの幼馴染み……?」

 

 俺の言葉に数人の奴が安心した様な溜め息を吐いた。

 と思ったら、さっきよりも殺気が増した。何故だ。

 

 「きっ、キミは……?」

 

 さらに一人の生徒が、今度はララに向かって質問をした。

 

 その言葉に、俺の心臓はドクンと跳ねた。『お嫁さん』って言われる可能性は無いと思っている。原作でリトは西連寺に告白しようとしたのだが、間違ってララに告白してしまい、一気に結婚まで話が成り上がってしまうという、なんともラブコメディな展開をしていたが、俺は完全に皆無。だから彼女とか恋人とか、そんな関係では無いと、

 

 思っていたんだ……

 

 

 

 「私? 私ララ、リトの婚約者でーす!♡」

 

 

 

 「「「!!!!!??」」」

 

 

 

 ララは俺の腕をギュッと掴むと、嬉しそうに特大の爆弾発言を言ってくれやがったのだ。

 

 『なっ、ララ様!?』

 

 「おいバッ!

 

 その言葉には、ペケも驚いた声を上げ、俺はすぐに訂正しようと思った、が……遅かった。

 

 「「「「なぁにーーーーーーーーーーっ!!?」」」」

 

 俺はララに抱き付かれながら、耳を塞ぎたくなる様な怒声を体で受け止めた。

 

 「リト……お前……春菜ちゃんというものがありながら……」

 

 確かに、『結城リト』の恋の事情を知っている猿山から見たら、そう思うのも無理はない。だがここにいるのは、もう彼の知っている『結城リト』ではない。彼の言葉に、何とも言えない空しさが俺の耳を通り過ぎていく。

 そんな事を思っている暇もなく、周りの奴らは一気に殺意の視線を俺に向けて、ジリジリと近付いて来る。

 

 さて、どうしよう。ここで俺が少しでも睨み返したりでもすれば、一触即発の大乱闘が幕を開けるのだろう。しかし、そんな事をしてしまったら、後々大変なことになるのは目に見えているし、ここにいるララにも危険が及んでしまう。

 だからと言って、このまま突っ立っていれば、コイツらにリンチされるのも目に見えている。

 

 もう無理だ。収拾をつけられる様な状態ではない。逃げよう。

 

 「あっ!」

 

 唐突に声を上げ、テキトーな方向に指をさす。

 

 「「「えっ?」」」

 

 面白いぐらいの勢いで、周りの奴らは俺の指先の方へと首を振り向かせた。

 

 その瞬間、俺はララの手を握ると、そこら辺に立っていた男子二〜三人を突き飛ばし、廊下の包囲網を突破。全速力で逃げ出した。

 

 「あっ!! えっ!? ちょっ! まちやぁがれぇぇえええええええええ!!!!!」

 

 後ろからは物凄い罵声が聞こえてきたが、振り向く余裕などないし、どんな状態なのかもわかっていたので、無視した。ララの手を引っ張って走っていたが、彼女が俺のスピードに余裕でついて来ている事に気付き、すぐ放した。

 

 「? 何であの人達怒ってるの?」

 

 「さぁなっ!」

 

 ツッコむ気はなかった。今はとにかく、上手く逃げ切れる事を祈りながら、俺は長い廊下を爆走していた。

 

 

 

 ・・・♡・・・♡・・・

 

 

 

 「ふー。楽しかったね〜リト」

 

 「…………………」

 

 今、俺とララは学校の屋上で寝そべっている。

 原作とは打って変わって、なんとか自力で猿山達の追っ手を振り切った俺ら二人は、奴らの騒ぎが収まるまで、ここで大人しくする事にしたのだ。

 

 フーーっと深く深呼吸をしながら灰色の曇り空を見ている俺に対して、ララは息切れひとつせず、明るい笑顔で俺の方を見ていた。デビルーク星人のスタミナはどうなっているのだろう。

 

 休憩して少し落ち着いてきたので、俺はララに話しかけた。

 

 「いつからだ……」

 

 「えっ、何のコト?」

 

 ララは不思議そうに目を丸くする。今のは俺の言い方が悪かった。今度は言葉を増やして、顔を彼女の方に向けた。

 

 「いつから俺はお前の婚約者になった……」

 

 俺がそう言った瞬間、ペケがララに怒鳴り始めた。

 

 『そうですぞララ様! こんなさえないし、ララ様になびかない男を婚約者にしようだなんてっ、!?

 

 俺はララの髪の毛にくっついていたペケの頭を、指三本でムギュっとつまんだ。コイツ、冴えないって二度も言いやがった。このまま潰してやろうか。

 ララはそんな俺の行動を見て、クスクスと笑いながら俺の目を見て話しかけてくる。

 

 「リト、私が自分の好きなように、自由に生きたいって言ったのは覚えてる?」

 

 「あ、ああ……」

 

 それは、俺とララと美柑とオヤジとで話をしていた時の事だ。のんびりと遊ぶ事もできずに、お見合いばかりされられていた毎日が嫌になった彼女は、ここ『地球』へと逃げ出して来て、そして『結城リト』と出会う筈だったのだ。この『俺』ではなく。

 

 酷く空しい俺の心境などとは反対に、彼女は嬉しそうな目で俺の事を見てきたのだ。

 

 「それを叶えてくれたのはね、リトのおかげだと思うの……」

 

 「えっ?」

 

 言葉の意味がわからず、俺はララに聞き返した。

 

 「リトは私の事、すぐ宇宙人だって信じてくれた。美柑だってあんなに疑ってたのに……」

 

 確かに、普通の人だったら絶対に疑い、『俺』なら精神科を進めるだろう。しかし、今の『俺』には疑える理由など無いのだ。俺は第三者の目線で、この世界を傍観していた存在なのだから。

 

 「今こーやってガッコに行ける様になったのもリトのおかげだし……」

 

 ちょっと言い過ぎなんじゃないだろうか。心の中でそう思いながら、俺は黙ってララの言葉に耳を傾け続けた。

 

 「ううん、それだけじゃない。リトは私の事を助けてくれた……」

 

 マウルとブワッツの事。そんな風に過去を思い出していると、ララは突然ごろんと寝返りをうち、俺の上に乗っかってきた。俺の上に全体重をかけてきた事で、ララの胸はぐにゃんと形が曲がる。俺はそこに目がいってしまいそうになったが、意地で我慢し、彼女の目を見た。明るいエメラルドグリーンの瞳の中には、焦った顔をした『結城リト』の顔が見えた。

 

 「おっ、おい……」

 

 「だからね、私……私のためにそこまでしてくれたリトが大スキ♡」

 

 「……ラ、

 

 「ううん! 結婚したい!!!」

 

 俺の言葉も押しのけて、ララは一気にプロポーズしてきた。

 

 正直言って、俺は結婚とかはまだよくわからん。と言うか、恋愛自体…………放棄していた。将来の事なんて、自分はどんな仕事に就きたいかぐらいの事しか考えていなかったのだ。

 

 そんな『俺』に恋愛を再会する気など思い起こらなかったし……ましてや人を幸せにする自身も、はっきり言って無い。

 だから、いっそ断ってしまいたかった。が、それを言ったらララはどうなるのかわかっていた俺は、恐くて言えなかった。

 

 原作の知識でララの婚約者は(アイツを除き)ロクな奴がいないのを知っている。これからしばらくの間、俺はララを守らなければならない。そんな使命感が俺の中には存在した。

 その使命を果たすのが、この『結城リト』と言う体でこの世界に立つ、『俺』のやるべき事なのだろう。無理に恋愛なんかする必要は無い。ララも『俺』と言う人間を知れば、徐々に離れて行く筈だ。その頃にはもう、俺は不必要な存在になっているだろう。でも、それで良いのだ。彼女は幸せになれるハズだ。

 

 そんな事を考えていると、ララは俺へと抱き付き、その大きな胸を俺の顔に押しつけてきた。

 

 「リト〜♡」

 

 「ちょっ、待っ!」

 

 こうなってしまったララは、もう俺の話など耳に入らないだろう。

 ララの求愛行動を止めさせて、重い足取りでゆっくりと立ち上がる。こんな状況の中でも学校の事は考えていた。いい加減、猿山達も諦めたんじゃないだろうか。そろそろ教室に行かないと、俺は遅刻になってしまう。

 

 丁度そこへ、聞き慣れてる音が流れてきた。

 

 キーン コーン カーン コーン ♪

 

 「コレ、何の音?」

 

 「ええっと、これは……」

 

 空は朝から怪しげな雲行きだったが、その隙間からはひょっこりと太陽が顔を出していた。今日もなんとか晴れてくれそうだ。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。