二度目の夏がやってきた。
ジイジイと鳴り止まない蝉の声。打ち付ける様に俺達を照らす太陽は、その熱気で俺達の歩く通学路を揺らめかせる。それは前いた世界と変わりない夏の光景のはずなのだが、夏休みが終わろうとしていた『俺』からすれば、夏が延長している様にしか感じられなかった。
トボトボとダルそうに歩く俺とララ。いつもの様に登校している最中だが、今月からは段々と気温が上がり始めているのは、既に知っている。最高気温は毎日更新されているのをニュースで見た。
暑い…………ただひたすらに、初夏とは思えない様な熱気が俺達を包み込んでくる。午前からこの有り様だと言うのに、午後からはもっと暑くなると聞く。たまったもんじゃない。
「む〜〜〜、何で朝からこんなに暑いの〜? リト」
額に流れる汗を拭いながら、ララは不機嫌そうに俺の方を見た。そう言えば、コイツは朝シャンしていたな……。もっと早く起きれば良かった。もう体が気持ち悪くてしょうがない。
俺はまぶたの上まで流れていた汗を腕で拭う。新陳代謝の良い『結城リト』の体からは、ひっきりなしに汗が出る。健康な証拠だが、ちょっと困りものだ。
彼女の質問に、俺は暑さに翻弄されつつ、少し項垂れ気味に答えた。
「そりゃあ……『夏』だからだ……『夏』は暑い……」
「デビルークには『ナツ』なんてないもん……」
あぁ……確かこんな事言っていたな……と、俺は原作の記憶を思い返しながら、汗まみれの髪の毛を両手でかきあげる。
デビルーク星には四季がないらしい。見てみたい気はするが、四季折々の景色を持つ日本に生まれた身としては、あんま住みたくはないな……。
「あつ〜い……あつ〜い……」
「やかましい。もっと暑くなる……」
ララの愚痴を一蹴する。本当に勘弁してほしい。暑いのにわざわざ連呼する必要性がどこにあると言うのだろう。
あと、抱き付くな。暑いって言ってんのに何で抱き付いてくるんだ、バカモノ。
「もう今日ずっとハダカのままで過ごそーかな〜」
どうやら、完全に暑さにやられた様だ。耳元で囁かれたのがゾクッとしたのか、俺も少し壊れてしまったのか、普段なら絶対に言わない様な事をララに言ってみせた。
「あ〜〜やってみたいねー『家の中』で……」
「リト?」
「パンツ一丁でさ…………クーラーガンガンきかせてさ…………温暖化なんか知るか! ってくらいに……」
「あぁ〜♡」
ノってきたのか、ララが共感してきた。一向に構わず、俺は言葉を続ける。
「キンキンに冷やしたグラスに氷入れて……そん中に酒でも注いで……つまみは、何か……テキトーに……」
「そしたらリトと一緒にベッドで……♡」
「冗談に決まってんだろ……」
ララを現実に引き戻して、俺は溜め息を吐いた。夢のまた夢の光景である。実際にやったら美柑に怒鳴られるのが目に見えているのだ。
そう言えば「ベッド」で思い出したのだが。ここ最近、ララが俺のベッドに潜り込んで来る割合が急激に増えた。先月ぐらいまでは俺の指導のおかげか、おとなしく自分の部屋で(それでも一週間に数回は忍び込んで来るのだが……)寝てくれる様になったのだが、今月に入ってそれがぶり返すかの如く、毎日俺のベッドに入って来る様になったのだ。
一体どうしたと言うのか、俺はすぐララに聞いた。答えは単純だった。
「だって……リトの部屋ならクーラーがあるんだもん……」
そう、ララの部屋にはクーラーがなかったのだ。今、彼女が使っている部屋は親も使用していない、空の物置にも等しかった部屋だ。当然、そこにクーラーなんか置いてない。きっと、相当暑かったのだろう。彼女の部屋には扇風機しかなかったからな……。気持ちは理解できなくもなかった。
最初は美柑の部屋で寝かせようとしたのだが、彼女の寝る布団が大きくて入りきらないという問題が発生した。斜めにすればイケそうな気がしたが、段々面倒になってきたので、今はこの季節だけ俺のベッドで寝かせる様にしている。
それなら、俺の広い部屋に布団を敷いてしまうのが一番だが、その案はすぐ頭から外れた。一緒の部屋で寝ているなら、俺が布団とベットのどっちに寝ていようがララはひっついてくるのだから。
近い内に彼女は自分の部屋を作るだろう。そうなるまで我慢する……っていうか、それならいっその事クーラーを作った方が絶対に早いだろうに……。
その事は、あえて言っていない。作るのだって簡単ではないだろう。
『リト殿? 大丈夫でございますか? かなりフラフラな足取りですが……』
ペケが俺の事を心配してくれている。このクソ暑い中、考え事なんかしたからだ。ちょっと危ないかもな。
「リトもプールに入れたらいいんだけどね〜」
「あぁ? そういえば女子は今日から水泳か……」
口元まで流れてきた汗を手で拭う。炎天下の空の下に広がる、水色のデカいプールを思い出した。クソ羨ましい。男子はまだ灼熱の太陽の下で、サッカーの授業が残っているというのに、
パシャ
「!?」
今、微かにカメラのシャッター音が聞こえた。来やがった……
俺は素早く辺りを見回すと、ソイツは後ろの電柱の影に隠れてやがった。黒いジャージにサングラス、白いマスク、あまりにも暑苦しいその格好。外見を完璧なまでに隠した、不審者と言っても過言ではない様な男がカメラを持ってこちらを覗いていたのだ。
本当に恐かったので、とりあえずここはとっとと追い払う事にした。
「何見てんだ、オイ」
俺が凄むと、そいつは一目散に逃げ出した。だがコレで安心してはいられない。
アイツは……再びやって来るのだ。それも『盗撮』という犯罪行為を行って。
「どしたのリト?」
ララがこちらを見ているのだが、俺はまた考え事を始めていた。どうやら今日は落ち着いて授業を受ける事はできなくなりそうだ。あの盗撮野郎をなんとかするために、考えなくては。
・・・♡・・・♡・・・
……と、朝まではそんな事を思っていたのだが、今となっては全部無駄な努力だったのかもしれない。
今、俺が座っている場所は教室ではない。薄暗く、重たい雰囲気を醸し出すその部屋は、教室と比べて小綺麗さがあるが、そこには机が二つしかあらず、壁には時計と窓以外何もない。クーラーもないから空気は蒸し暑い。
俺は、ほぼ全ての学校に存在するであろう『指導室』と言う部屋の中にいた。
なぜ俺がこんな所に座っているのか。それは、事を順に追って説明しよう。
あの盗撮野郎こと『弄光タイゾウ』はララ達女子がプールで泳ぐ映像を、隠しカメラで盗撮しようとしていた事を俺は知っていた。当然、そんな犯罪行為を『俺』も『結城リト』も見て見ぬ振りをする様な人間ではないので、阻止へと走る。
だが俺は原作の様に、プールに行って隠しカメラを回収しようとは思わなかった。知ってる人なら分かるだろう?
『詰む』
『結城リト』はカメラを回収した直後、女子達がやって来てしまいプールから抜け出せなくなってしまうのだ。あんな運命、『俺』には絶対に脱出不可能。実行しようとも思わなかった。
じゃあ『俺』は一体どうやって阻止をするつもりだったのか。それは弄光を自首させる方法だった。彼は芯まで悪い人間ではないと思うし、別に盗撮をどうこう言うつもりは無い。でも『結城リト』と言う名の『俺』が知っている以上、止めなければならない。それが人としての行動でもあり、運命なんだと思う。
風紀委員や指導部に告げ口するという手もあったのだが、公にするのはマズいだろうと思った。大事にするのが嫌だったと言うのが俺の理由だが、本当は弄光が気の毒だと思ってしまったからだ。
俺は水面下でゆっくりと行動を起こす。授業中、こっそりララを盗撮しに来た弄光を見逃し、授業もとい教室から抜け出した俺は、こっそり彼の後を追った。
カメラをしかけ終えた弄光は、校舎の屋上へと上って行った。悪事を働くと、罪悪感で何となく一人になりたがる気持ちは、俺にはわからなくもなかった。
弄光が一人になった所で、俺は彼に話をかける。そんな作戦を俺は立てていたのだが、ここで思わぬ誤算が起きた。屋上にいたのは弄光だけではなく、彼の後輩達までいたのだ。その数、ざっと数十人。ひとりだけだと思っていた俺は、野郎の集団の目の前に立ち尽くす事になってしまった。
けれども、こうなってしまった以上、もう引き返す事はできない。俺は意を決して、弄光の名を呼んだ。
サングラスとマスクを外してジャージのフードをとり、澄まし顔で俺の方を見る弄光。イケメンである。こんな事しなければモテるよ、たぶん……。
彼とは野球の一本勝負をした時に面識があったため、意外とスムーズに会話は進んだ。話してみれば、後輩思いのいい先輩だって事がわかった。だから俺は、素直に自分の悪事を認めてくれると思っていたのだ。俺が盗撮の話を切り出すまでは。
結果がコレである
弄光に自首を訴える
↓
まるで話を聞いてくれない。それどころか盗撮の素晴らしさ云々を聞かされる
↓
「興味ない」と一蹴し、もう一度訴える(この辺から後輩の雰囲気が攻撃的になりはじめる)
↓
彼が今まで撮った女子の盗撮写真で俺を買収してきやがる(ララのパンチラが混ざっていた)
↓
弄光を一本背負い
↓
大乱闘
どうしてこうなった。としか言い様がない。何を間違えてしまったのだろうか。暑さで俺の気が狂ってしまったのか、それとも……
でも久しぶりだった。巻き起こる怒声と罵声。拳のぶつかり合い。こんな馬鹿みたいに暴れたのは中学校以来だった気がする。俺はこの状況を楽しんでしまっていたのだ。
だが、そんな馬鹿騒ぎをすれば当然、人の注目も集まってしまう。ここで例を挙げるなら筆頭するのは『教師』であろう。あそこ、職員室から真向かいの校舎だったし……。
そんな事を考えてもいないし、気にかけてもいなかった俺達は結局見つかった。「何やってんだテメーらァ!!!」と言う超ド級の怒声を教師からもらって、些細な事で幕を開けた大乱闘は一瞬にして終わりを遂げたのだった。
その後、俺は残りの授業に出れる筈もなく指導室にぶち込まれ、指導部のこわ〜い先生に散々説教をされた後、放課後になるまでここでおとなしくしていろ、と待機命令をくらってしまった。
そんなわけで、俺はここに座らされているのだ。
この事件の結果、自棄になった俺の証言とララがちゃっかり見つけた隠しカメラが証拠となり、弄光は二週間の停学となった。結局、未来が変わる事はなかった。
で、次に俺の処分だが…………親呼ぶとかそこまで大事にはならなかった。盗撮を防ごうとした行動がなぜか校長に賞賛され、俺は軽い処分で済むらしい。
校長……アンタやっぱりただの変態じゃなかった。ちゃんとしてはいないが『教師』だ!
ちょっと感動してしまった。
しかし……そんな校長の事を考えると、少し申し訳なくなってくる。俺は平和な『彩南高校』で『喧嘩』という事件を起こしてしまった。『ToLOVEる』の事を考えると、これからもっとすごい事が何度も起こるのだが、無駄にリアリティのある事件を起こしてしまったと思う。こんな地味な処分を下された時は、ここは本当にラブコメの世界だったけ? と疑ってしまった。
でも、よくよく考えてみたら、授業を抜け出した時点で『授業放棄』という罪を犯しているのだ。もしかしたら『結城リト』も同じ様に、ここにぶち込まれていたのかもしれない。
それにしても……時間は既に放課後に入っている。いつまで俺はここに座っていればいいんだ?
俺は午後以降、全く顔を合わせていないララへ連絡をとるために、携帯電話を手に取ろうとした。
ガチャ
と思ったら突然ドアが開いたので、慌てて携帯から手を放し、おとなしくしているフリをしようとしたのだが、そこから入って来たのは……
「ハイ、反省文20枚。書き終えるまでここから出さないわよ」
『彼女』はそう言い放つと、原稿用紙の束を俺の机の上に置いた。そして原稿用紙ではなさそうな書類の束をもうひとつの机の上に拡げ、俺と向かい合う様にそこへ座った。
ジッと俺の事を睨みつけながら、書類にペンを滑らす『彼女』 それは悪事をした『俺』がここにいるから、こんな不機嫌そうな態度なんだと思う。
だが、重要なのはそこではない。眉に皺を寄せているが、顔立ちはとても綺麗に整っている。笑えば絶対可愛いだろう、笑えばの話だが……。
真っ黒なロングヘアに、『自分は優等生です』と言い表している様なキリッとしたつり目。おまけに、プロポーションはララにそっくり。
こんな説明をわざわざしているって事は、おわかりであろうか? 今目の前にいる『彼女』も、この『ToLOVEる』に登場するキャラクターの一人。
お前……『古手川 唯』だよな……?
なぜこんな所でお前に出会わなければならないのだ? お前の出番はもっと後だったはず。そもそも、なぜお前がここに来る……? 『風紀委員の鬼』だって猿山から聞いたが、まさか反省文書くためだけに残されたのか俺は?
別に、学年は同じなわけだから、廊下ですれ違う事は少なくない。初めて彼女を見た時は、思わず振り返って二度見してしまったが、今こうして面と向かい合うのは初めてだ。
きっと『結城リト』ではない『俺』と言う存在のせいで運命が変わってしまったのだろう。正直な話、俺はもう原作通りに展開が進むとは思っていない。
だから、俺は十分に注意をしながら生きる必要がある。この世界、死んでもおかしくない様な絶体絶命のピンチが何度もあるのだから。
そんな事を考えつつ、俺は古手川から貰った反省文にテキトーな語呂を並べていく。本当はこんな事をする前に逃げ出したかったのだが、この学校でそんなことしたら今度こそシャレにならないし、さっき校長に賞賛されたばっかだったって事もあったので、ここは素直になる事にしたのだ。
ドンドンドンドン!
順調にシャーペンを進めていた所で、ドアを叩く音がした。厳密に言えば、『指導室』のドアを叩くにしてはいささか命知らずの様な乱暴な叩き方をした音がした。
「リト〜? ここでしょ〜? 返事してー」
その声を聞くまでもなく、俺はドアの反対側にいるヤツが誰だかわかった。『ララ』……お前よくこの場所がわかったな……。
俺はペンを置き、立ち上がろうとしたのだが、古手川の『席に着け』という無言の圧力を受け。仕方なく作業を再開する。
彼女は席から立ち上がると早歩きでドアに近づき、開いた。
「彼に何か用かしら」
開いたドアで全く様子が見えないが、ララの驚いた様な声が聞こえる。
「えっ、ダレ? リトは? 学校終わったから一緒に帰るつもりなんだけど……」
戸惑いを見せる彼女に、古手川は即答した。
「ダメよ。彼にはここで反省文を書き終えるまで出さないつもりだから」
古手川としては十分な理由だと思っている様だが、『ララ』は違う。彼女がそんな理由で納得するはずないので、俺は自分の意志を彼女に伝える事にした。
机から立ち上がり、古手川のやや右後ろから首を伸ばした俺は、猛烈に睨んでくる古手川を無視して、嬉しそうに俺の名前を呼んでくるララを見る。
「ララ、わりぃけど今日は本当に無理だ。先帰ってろ」
俺の言葉にララは悲しそうな顔をしたが、間髪入れず彼女はこう答えた。
「えぇ〜、リト今日は家帰ったら一緒にハダカでボ〜っとするって言ったじゃん……」
「「!!!?」」
さっきまで睨みをきかせていた古手川の目が驚愕へと変わった。全く『コイツ』の前でなんて事を言ってくれてやがるんだ。
つか、朝の話まだ生きてたのか!? 俺、冗談って言ったのに……
「なっ、なんてハレンチなっ!!?」
そう叫びながら古手川は俺の方をビシッと指差し、指導部の先生にも負けるに劣らないぐらいの勢いで俺を叱ってくる。疲れていた俺の耳に怒声が流れ込み、俺はわざとらしく、半分本気で耳を塞いだ。すんごい気分悪くなってきたが、古手川の生「ハレンチな」が聞けたから良しとするか。
そんな『ToLOVEる』の名台詞(笑)を早々、聞かせてくれた彼女は、次にララを厳しく叱り始めた。
「とにかく! 彼は、まだここから出す訳にはいきません!」
このままでは延々と説教が続く気がしたので、仕方なく俺は吠える古手川を落ち着かせ、何とかララを説得させた。「じゃあ……先帰ってるね」とララは俺に笑いかけ、走って行ってしまったが、最後の笑顔はほんのちょっとだけ寂しそうだった。
その瞬間、半端ではない罪悪感に襲われた俺だったが、バタン!と強く扉を閉めた古手川に睨まれ、気持ちを仕舞い込む。
そして、古手川を睨み返したのだ。
「まったく! なんて非常識な人なのかしら!」
席に戻っても、古手川の愚痴が止まない。人が何かやってる最中に横からブツブツ言うのは本当に止めてほしい。殺意が湧く。
俺は彼女を静かにさせるため、話に乗る事にした。
「しょうがないだろ。地きゅ、……日本にきてまだ数週間しか経ってないんだから」
うおっと、危うく『地球』て言いそうになった。ララが宇宙人だってバレるのはもっと先だ。気をつけないと。
イラついて判断力が鈍ってるな。
「関係ないわよ。どちらかと言えば、あなたに問題があるんじゃなくて?」
関係ない、とバッサリ斬り捨てられ、なぜか俺の問題にさせられている。「ハァ?」と言い返した俺は古手川に顔を向けた。
「学校中で噂なのよ。あなたと彼女、一緒に住んでいるそうね」
ほう……どうやら彼女は、ララの行動や性格は俺に影響を受けているとでも思っている様だ。俺とララの気持ちも知らずに。
腹が立った俺は、反省文を放棄した。とっとと話を止めて、帰ろう。
「嫌な言い方だな。俺もララも普通のつもりだ。お前につべこべ言われる筋合いはない」
「フンッ、授業サボって喧嘩なんかしてた人の言えるセリフじゃないわよ。それよりも、早く反省文書いてくれない?」
「もう終わったよ……」
俺は書き終えた十枚の反省文を古手川に渡して荷物をまとめると、彼女の制止も聞かず、指導室を出た。
「ちょっと! 全然足りないわよ!?」
後ろでギャーギャー騒ぐ古手川を無視し、そのまま歩き続ける。追いかけて来る事はなかった。
随分、酷い出会いとなってしまったが、別に原作の古手川も最初はこんなキツい性格だったし、問題なんかないだろう。第一印象も俺からしたら『苦手』だった事には変わりない。あれだけソフトに対応できたのだから、上々だろう。
『彼女』はハレンチな事が大っ嫌い、と言うか恋愛すら否定しかねない様な思考を持っている。妄想が激しく、自分の考えが一番正しいとか思い込む人間。悪い意味での頑固だ。クラスから孤立しても仕方がない様に見える。『結城リト』がいなかったらどうなってた事やら……。
だが彼女も決して性根まで悪い人間ではない。動物には優しいし、風紀委員を(実質)指揮っているだけあって、人望も厚い。良く言えば『真面目で常識人』。実は『結城リト』と一番気の合う存在なのではないのだろうか(ただし、ラッキースケベが発動していない時に限る)
なぜ、あんな攻撃的なまでのハレンチ嫌いになったのかは知らないが、人が捻くれる時は大抵何か理由がある。漫画の世界然り、現実の世界然り。
『結城リト』は純粋な優しさで、古手川の『心の鎧』とでも言うべきだろうか、それを剥がす事に成功している(と言っても完全にではない)。鎧が剥がれ、色々と緩くなった彼女は『ツンデレキャラ』と言う、ラブコメにとってはスバラしいポジションを確立させたのだ。
さぁ、それを今この他人事の様に考えている『俺』が『彼』と同じ様な事をできるかと言われたら、俺は即答で『NO』と返事をしてやる。言っただろう? 第一印象は、俺からしたら『苦手』なのだ。ツンデレなんぞ、俺からして見れば理解できない。イライラする。
だからどうしようか悩んだが、この話はもっと全然先の事だったので、俺は考えるのを止めた。あいつがどうなろうなんざ、直接的には『俺』にも『ララ』にも影響しないんだ。別の事を考えるとしよう。
あぁ、そう言えば……
久しぶりに、一人で帰り道を歩く事になった。ララと一緒に帰るのがすっかり当たり前になっていた俺は、こんな些細な変化がどうも気にかかって、しょうがない。
こんな事になるなら、ララに待ってもらったら良かったかもしれない。そしたら、あんな寂しそうな顔見ずに済んだかもしれない。そんな後悔を思っていたら、
「リ〜ト〜♪」
遠くから彼女の声が聞こえた。
何故か涙が出そうになっていた。