問題児と最強のデビルハンターが異世界からやってくるそうですよ?   作:Neverleave

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就職活動が一区切りつき、ちょっと暇が出来たので書きました。
また不定期ですが、更新していきたいと思います。
どうぞ。


Mission9 ~故に彼らは力を望む~

「ヤハハ、うまいこといってよかったじゃねぇか御チビ。これでまぁ、インパクト満載の宣伝ができた」

「ハァ……本当にもう、今日は仰天することの連続ですよ。さすがに疲れました……」

「全く。ちょっとは死ぬ一歩手前まで追い詰められた私たちを労ってほしいものだわ」

「ダンテもだけど、十六夜も大概」

「私も未だにドキドキが収まりません。すごい大事になっちゃったですよ~」

 

 コミュニティ〝ノーネーム〟の本拠三階にある談話室にて、十六夜達はお互いに対面するように座って対話をしていた。その場に参加している黒ウサギは席に座らぬまま、傍に立っている。

 二人掛けのソファに十六夜がドカッと勢いよく座り込んでいる一方で、飛鳥と耀はチラホラと疲労している様が見えるように椅子に座りかけている。ジンに至っては満身創痍、といったような様子で力なく腰かけている始末だ。

今日行われた〝フォレス・ガロ〟とのゲームが予想以上の激戦であったこともあり、初めてギフトゲームに参加したジンは何度も肝を冷やす状況に追い込まれてしまった。

 そういったことが疲労の原因の大部分を占めるのだが……ダンテと十六夜たちが分かれてから、それ以外にも一つ、ジンを精神的に疲労困憊させる事態が起こっていた。

 

「けどよかっただろ? 〝フォレス・ガロ〟に圧政を強いられていたコミュニティの連中に、俺たち〝ノーネーム〟の宣伝をすることができたんだ。今回のゲームのこともあって、効果のほどは、期待大だぜ」

「だからって、ジン坊ちゃんを引き立ててコミュニティの宣伝をするなんて……『ジン=ラッセル率いるコミュニティ〝ノーネーム〟は、自分たちから名前と旗を奪った魔王と戦うことを宣言する。そのためにも俺たちを応援してほしい』だなんて声高に言うもんですから、黒ウサギはビックリしちゃいましたよ……おまけに旗や名前までコミュニティ毎に返してしまいましたし」

 

 〝フォレス・ガロ〟とのギフトゲームが終わってから、十六夜たちはその傘下に下っていたコミュニティ全てに、名と旗を明け渡したのである。

 『〝打倒魔王〟という目標を掲げた、ジン=ラッセル率いる〝ノーネーム〟を応援すること』。ただそれだけの、もはや無償と言っても差し支えない破格の条件で、だ。

 しかしここで、自分たちのコミュニティの宣伝を忘れない。十六夜は巧みな話術でその場にいた者たちの注目を集め、ジンを〝ノーネーム〟の顔として声高に『広告』したのであった。

 そのような立場に置かれたジンとしては、やはりその場でリーダーとしての振る舞いをしなければならず、ギフトゲームが終わった後も苦労は絶えなかったのだ。全て終わり、こうして本拠に戻った時にはすでに、肉体的・精神的に疲労が溜まり切っていたというわけである。

 

「もうすでに昨日の夜の時点でやってることだっての。やるならとことんやるに限るってもんさ。それに、やっと面白くなってきたやがった。あんなにでけぇ火柱が立ったんだ、それに魔の眷属がそこに出現したって噂も広まって、宣伝効果はますます大きくなる。〝打倒魔王〟に、〝魔の眷属〟にすら怯まず立ち向かい、見事勝利を収めた謎のコミュニティ。その名はジン=ラッセル率いる〝ノーネーム〟ってな! いやぁ、いい仕事したぜ、御チビ」

「はぁ……無茶なことをするお方とは昨日の時点で知ったと思っておりましたが、想像以上で肝が冷えましたよ……」

 

 昨日の今日で、目を離せばすぐに無茶なことをする人だとは理解していたつもりだった。

 しかし目の前にいる問題児、十六夜は腹芸もかなり達者な人物らしく、旗と名を返還する際の豹変ぶりには黒ウサギたちも茫然としたものだ。何せあれだけ無茶無謀な行動を繰り返すキャラが一転して、尊大な物言いをする人物を演じ切るのだから。

 ダンテとはまた違う意味で、つくづく底が知れない人物だと、他の者たちは味方ながら戦慄した。

 

「で、お嬢様がたはどうだ? 話を聞けばかなりの致命傷を負ったはずだが」

 

 話は変わり、十六夜は飛鳥と耀に容態について尋ねる。彼もパッと見たところ、全くの無傷であったことは確認しているが、聞けばガルドによって飛鳥は首を噛み千切られ、耀はのど元を斬られたそうではないか。

 すぐさまダンテが何かしらの道具を用いて治療したらしいし、本人たちも何も違和感などはないと言ってはいたが、さすがに事が事であるので黒ウサギに診てもらうことになった。

 すると飛鳥は「問題ないわ」と軽く返答し、続けざまに言葉を紡ぐ。

 

「私も冷や冷やしたけれど、全く大丈夫よ。ここまで違和感がないと、そのことについて逆に不安になるけれど……」

「同感。ホントに、何もなかったんだよね黒ウサギ……?」

 

 耀は不安げに、黒ウサギに問いかける。

 こうして改めて思い返してみると、本当にあと少しで死ぬところだったのだと実感し、背筋に寒気が走る。同時に、そんな状態からこうして傷一つないところまで治癒されたという事実に、驚愕を禁じえない。もはやあの出来事は夢だったのではないかとすら思えるほどだ。

 尋ねかけられた黒ウサギは「もちろん、大丈夫でしたよ!」と快活に応えた。

 

「ダンテさんがすぐさまバイタルスターを使ってくださったおかげで、致命傷どころか全快しておりますよ。話には聞いておりましたが、やはりすごいのですねぇ、あれの治癒力って」

「なに? その……バイタルスターって」

「錬金術によって作られた、回復薬だそうです。一言でいうとそれまでですが、どれほどの傷を負っても瞬く間に使用者を復活させてしまう秘薬中の秘薬なのだそうです」

「RPGゲームでいう薬草だとかポーションだとかその類のもの?」

「そんなもん持ってるなんてすげぇなあいつ。今度どうやって作るか教えてもらうとしようかね」

「確かに、それがあればいろいろと便利そうですね。黒ウサギも教えてもらうのです!」

 

 また一つ異世界の面白いものについて知った十六夜は、好奇心がくすぐられて高揚し、黒ウサギも同じように昂ったらしく耳がピコピコと動いている。

 ……実際のところダンテは作り方なぞ全く知らず、悪魔の血の結晶である『レッドオーブ』という対価を支払って時空神像に作らせているだけなのであるが。

 余談だが、黒ウサギ、飛鳥、耀はのちにバイタルスターの原料がそのレッドオーブであることをダンテから知ることとなり、聞くのではなかったと後悔することとなる。

 

「……で、万事が上手くいってる状態だっていうのに、お前はなんてしけたツラしてんだよ、御チビ」

 

 ケラケラとひとしきり笑ったところで、十六夜はジンの方を見やる。

 まだ出だしではあるし、様々な障害が発生したものの、ジンたちはそれらを攻略した。そこにはダンテという頼れる存在がいたというものも大きいが、それでも勝ち残ったことに変わりはないのだ。

 自分が思い描いた通りに事が進んでいることに満足する十六夜だったが、ジンはどうやらそうでないらしい。最も、彼が何を思ってそんな表情を浮かべるのか、その感情の根本まで十六夜は既に推察しているのだが。

 

 問いかけられたジンはというと、苦虫をかみつぶした様な顔をして俯いたまま、しばらく口を閉ざしていた。

 ややあって、その重い口をジンは開く。

 

「いえ……今のままでいいのかと、少し考えていただけです」

「……ふぅん?」

 

 予想が的中していたため、特に十六夜はこれといった反応を示すことなく、ただ相槌を打つ。

 十六夜が続きを求めたわけではないが、自然と口が動いてしまうのか……ジンはそのまま続けて言葉を放つ。

 

「僕と黒ウサギがダンテさんや、あなた方と出会えたのは……本当に幸運だったのでしょう。何より、僕らがダンテさんを仲間にすることが出来なければ……こうして、ここに生きて、話し合うことすらできなかったでしょうし……彼には感謝の言葉はどれだけ述べても足りません」

 

 ジンの独白を聞いていた飛鳥と耀は、思わず視線を落とす。

 彼の言う通り、今回のギフトゲームは彼がいたことが大きな勝因となった。道中の魔の眷属を蹴散らし、自分たちでは手も足も出なかった相手――しかも、ギフトによって守られている、最悪の戦況――に怯むことなく立ち向かい、そして見事勝利を収めたのである。

 彼がいなければ、あのまま飛鳥と耀は首を掻っ斬られたまま死んでいただろうし、ジンも同じ運命を辿っていた。自分たちが生きているということさえ、ダンテという存在によるものが大きい。

 しかし、それはつまり――飛鳥たちは何もしていないのと同義であった。

大口を叩いてギフトゲームに乗り出した飛鳥も、耀も、ジンも……自分たちでは何もできず、ただ仲間に頼ることしか出来なかったということと、変わりない。彼らは、そう感じざるを得なかった。

 

「御チビはもともと、現状を打破するために……要は助けてもらうために俺らを呼んだんだろ? その一人がダンテで、そいつが滅茶苦茶に強かった。相手も、ダンテじゃなきゃ無理なくらい滅茶苦茶に強かった。それだけの話じゃねーか。それにあいつは別に感謝されたくて戦ったわけじゃねぇだろ」

「それはそうですけれど……感じたんです、今回のゲームで。どれだけ自分が無力で、自分の立てていた目標がとてつもなく困難なものであるか……それを自分が、どれだけ理解していなかったのか。己がどれほど浅はかであったかを……思い知らされました」

 

 下を向きながら、陰鬱な表情でつぶやくジンの姿は、まるで罪を告白し、許しを請う罪人のようだった。

 コミュニティの再建という、ただでさえ棘の道となる選択。

 

信頼の獲得。

いなくなってしまった仲間を取り戻すという目標。

かつて敗れた魔王との再戦。

そして――魔の眷属の脅威。

 

 それらを、ジンは承知していたつもりだった。そのうえで、彼らを呼んだつもりでいた。

 だが、甘かった。自分がどれだけ弱く、そして戦おうとしている者がどれほど強く、恐ろしいか。彼は、全く知らなかった。

 

 

 

――臆したか? 絶望したか? 恐怖したか? ここから逃げ去りたいか? 無駄だ。既に貴様は決意した。我らを殺すと心に決めた。逃げるなど許さぬ。背を見せることなど愚の骨頂。戦え。斬り合え。我と、我らと、殺し合え――

 

 

 

 化け物などという言葉では生温い。怪物などという言葉では、ほど遠い。

 あれはもはや、闇そのもの。ただただ〝殺す〟ことのみに価値を見出した、どす黒く純粋な『死』。

 対峙した途端、足がすくんだ。

 目が合った途端、心が挫けた。

 こちらへ歩み寄ってきた途端、恐怖以外の感情が消え去った。

 自分の心がどれほど弱く、覚悟がちっぽけなものだったのか。嫌が応にも理解させられた。果たして自分は、このままでやっていけるのだろうかと、自問せずにはいられないほどに。

 

 飛鳥と耀も、悔し気に歯噛みする。ジンの感じていた無力感は彼だけではなく、同じように彼女たちも苛まれていたものだったのだから。彼の言葉がまるで自分の心境を語るもののように聞こえ、思わず悔しさがこみあげてくる。黒ウサギも彼らの胸中を察してか、何かを言おうと思いはしたものの……なんと言っていいのかわからず、言葉が詰まった。

 かけるべきは、激励の言葉か? 慰めの言葉か? そんなことはないという、否定の言葉か?

 そのどれもが、下手をすれば彼らをさらに傷つけて終わるだけ。

 そんなものを口にするなど、黒ウサギには到底できなかった。

 ジンが言い終えてから、誰も何も口を開くことなく、沈黙が部屋の中で漂う。

 言いようのない重圧が飛鳥たちにのしかかり、飛鳥と耀、ジンの心の中では、自らへの容赦ない罵倒の言葉が吐き続けられる。黒ウサギの頭の中では、ああでもない、こうでもない、と彼らを慰める言葉が次々と浮かんでは、却下される。

 『なんだこりゃ。お通夜か?』……きっとダンテがいたならば、そう口にして鼻で笑ったであろう光景。そんな中で――十六夜が口を開く。

 

 

 

「……んじゃ何か? お前、もう諦めんの?」

「…………」

 

 

 

 嫌悪感を隠すことなく、彼はジンに問いかける。

 彼からしてみれば、ジンが口にしていることはまるで話にならない。仮にも一コミュニティのリーダーとして名乗った身ならば、子供であろうとそこには責務が生まれる。それを怖くなったから、自分が想像していたよりもずっと辛い未来が待ち受けているからと言う理由で降りるというのならば、それこそジンはガルド以下の屑に成り下がる。

 もしジンが打倒魔王の目標をやめるというのなら――それはつまり、今までコミュニティ復興のためにと身を粉にして働いてきた子供たち――そして黒ウサギの努力が、すべて水の泡になるということだ。

 それだけではない。自ら選んでここへとやってきたとはいえ、このコミュニティのためにと策略を練り、そして行動した十六夜。コミュニティの子供たちのためにと、自分よりも遥かに強い魔の眷属に立ち向かって見せた飛鳥と耀。そして、彼らの期待を一身に背負い、巨魔を打ち砕いたダンテ。彼らの尽力は、いったいどうなる?

 この世界へ来るために捨てた、これまでの全て。その落とし前は、どうつけてくれる?

 たった一人の、子供の我儘にも等しい感情で、すべてが無駄に終わる。後に残るのは、後味の悪さだけ。

 そんなクソつまらないことになど、なってたまるか。

 心の底から沸々と怒りが沸き上がり、それが爆発するまでにそれほど時間はかからない。

 十六夜の胸中で積もり募った苛立ちが、今にも爆発しそうになったその時。

 

 

 

「――魔の眷属にも、修羅神仏にも負けない力」

「――あ?」

 

 ふと、ジンがその口から言葉をこぼす。

 

「ダンテさんは、言っていました。人間は確かに、肉体は弱い。でも、魔の眷属や修羅神仏にはない、力がある――と」

「――ジン坊ちゃん?」

 

 下を向いていた顔をあげて、ハッキリと、ジンが言い放つ。

 その眼差しは十六夜に向けられているが、まるでその目線はどこか遠くを見つめているかのよう。その目を見た黒ウサギは、戸惑い気味にジンに呼びかけた。

 

「それは何なのかダンテさんに訊ねたら、『俺からの宿題だ』って言って、誤魔化されちゃいましたけど……その時の彼の眼差しは、今まで見てきた人とは思えないくらい真剣なものでした。とても冗談とは思えない何か……彼が確信を持って、僕に告げていることなんだとわかる、何かがありました」

 

 ――自分をじっと見つめていた、青い二つの瞳。

 それは海のようにとても澄み渡っていて。穏やかでありながらその奥深くは、熱を帯びていた。

 自信を喪失していたジンを、まっすぐに見つめ返しながら伝えてきた言葉。そこには、彼よりもたくさんのものを見てきたダンテの、信念があったような気がした。

 半人半魔というその生まれにより持ち込まれた、魔の眷属との因縁。魔より生まれし半身を持ちながら、人間として生きることとなった数奇な運命。

その人生の過程で見ることとなった、魔の眷属と、人間の本質。『どちらでもない者』で、そして『どちらでもある者』であるダンテは、それをたくさん見てきたのだろう。

やがて彼は、彼なりの答えを手に入れたのだ。

人間の可能性を。力なき種族でありながら、箱庭の世界の住人すら恐れる魔の眷属にも負けない、彼らの力を。

 

「それが何なのか、わかりません。彼ほどの実力者をして、魔の眷属にも修羅神仏にも負けないと言い切らせるほどのものが何なのかは、全く……けれどそんなものがあるというのならば僕は知りたい……僕のような力ない者であっても、魔の眷属と戦える何かがあるというのならば……僕は、まだ諦めたくないんです」

「――へぇ?」

 

 彼のその言葉を受けて、十六夜は面白いものを見ているかのように、口を横に広げる。

 ジンが続けざまに口にした言葉は、概ね十六夜が予測していた通りのものだった。しかし、その声に込められた意味と意思はまるで正反対。

 それは泣き言ではなく、渇望。諦めではなく、挑戦。

 何もできない自分の無力さを嘆いて、遥かに厳しい現実を憂いて泣き叫ぶのかと思っていれば……どうやらそんなものなんかよりももっと面白いものが見れそうだ。

 

「……ただまぁ、何なのかわからないという時点で、自分が何をどうすればいいかわからないんですがね。せめて知ることができればと思って、いろいろと考えていたところだったんですが……一朝一夕で見つかるものではないみたいです」

 

 えへへ、と苦笑いを浮かべながらジンはそう呟く。何ともしまりのない言葉ではあったが、どうやら十六夜の心配は杞憂であったようだ。

 自分の作戦がこんな前座の段階で頓挫するのかと危惧していた十六夜は内心安堵のため息をつく。

 

「そう。なら、やっぱり今のところは、私たちはギフトで強くなるしかないみたいね」

「…………飛鳥さん」

 

 今まで沈黙を貫いていた飛鳥が口を開き、その場にいた全員が彼女の方へと目線を向けた。

 

「彼の言う通り……彼を除けば、私たちはまだまだ弱い。私たちが対峙したのは、上級とカテゴライズされる中の、たったの二体。この世界で戦っていこうものなら、確実にこれからあいつらと同じような魔の眷属と相まみえることを余儀なくされるわ。そうでなくとも、私たちは打倒魔王を目標として掲げているもの……もっと、強くなる必要があるわ」

「……私も。もうあんな風になりたくないし、飛鳥みたいに、私たちの誰かが傷つくのは嫌」

 

 芳しくない現状を述べていく飛鳥、それを補足するように言葉を付け足す耀。彼女たちもまた、自分たちが力不足であるということを、先の一線で嫌と言うほど思い知ったようだ。

 飛鳥も耀も、自分たちがまえで赤子のようにあしらわれ、そして仲間が目の前で傷つけられたことを思い返し、悔し気に歯噛みする。

 あの時は、ダンテにすべてを託すしかなかった。自分たちの命運も、自分たちが守りたいと思った者たちの未来も。

 だが、これからそんなことがあってはならない。いつも彼が傍にいるとは限らないし、彼一人でどうにかならないような事態が発生した時、自分たちはお手上げになってしまう。

 首の皮一枚が繋がって、手に入れた『次』を、そのような失態ばかりにしてたまるものか。人類至高のギフトを持つ二人にとって、そんなことは彼女らのプライドが許さない。

 

「――そうおっしゃられても、すでに御二方は強力なギフトを所持していますヨ? 他の強力なギフトとなると、そうそう存在はしませんし……」

 

 そこで苦々しい表情を浮かべながら、黒ウサギが悩まし気に呟いた。

 彼女の言う通り、飛鳥と耀はすでに十分すぎるほどの強いギフトを所持している。これ以上の代物となると、そうそう存在しない。ましてやこんな階層にはあるはずがないのだ。

 黒ウサギの指摘を受けて、飛鳥は「ええ」と肯定の返事をする。

 

「現時点で私たちは新しいギフトなんてそうそう得られない。そんなことは私たちもわかってる。今私たちに持ち得るのは、この世界へとやってくる前から持っていた、ギフトだけよ」

「ならば……いったいどうするんです?」

 

 そこまでわかっているのならば、いったいどうしようというのか。飛鳥の発言の意図を理解しかねる黒ウサギは、首をかしげながら彼女に問うた。

 一方で十六夜は彼女の意味を察したのか、ニヤリと大きく口を横に広げる。

 

「ヤハハ、そいつぁ面白いものが見れそうだな。確かにそれなら手っ取り早い……が、あいつ上手くやれるのかね?」

「……そこが問題ではあるけれど、仕方がないわ。最悪、助言だけしてもらってあとは私たちだけで追究するつもりだし……ハァ、でもちょっと気が引けるわね……」

「……私も。変なことされたらやだなぁ……」

「覚悟を決めるしかありませんよ……どうなるのか、全く予想がつきませんけれど」

「……?? あの、どういうことですか??」

 

 十六夜、飛鳥、耀、果てはジンまでが思い思いに呟く中、自分だけが置いてけぼりにされたような感覚がする黒ウサギ。

 ますます困惑し、頭の中が疑問符で埋め尽くされながら、再度黒ウサギは飛鳥に問いかけた。

 

「……あのアグニとルドラ……だったかしら? 奴らと戦った時、私は一瞬だけだけど奴らの動きを止めることが出来たわ。それに耀だって、単純な力では僅かに相手が上だったけれど、決して惨敗していたわけじゃない。私たちのギフトでも、使い方次第では通用する……要は、使い方を学べばいいのよ」

 

 アグニとルドラに乗っ取られたガルドを、土に埋めるという手段で、飛鳥は拘束することに成功した。耀も、奴らの剣捌きを避けたうえで、力勝負に持ち込むことができた。

 まだまだ力不足かもしれないが、全く通用しないわけではない。彼女らはまだ、自分たちが持つ力を十全に理解出来ていないだけだ。

 ならば、それをこれから学べばいい。そして、使いこなすことが出来るようになればいい。

 飛鳥の説明に、なるほどと頭を振る黒ウサギだったが……ふとある疑問が浮かび上がり、それを口にする。

 

「学ぶといっても……いったいどうやって?」

 

 そう。学ぶと一言で言っても、その手段がない。

 思いつく限りに、闇雲に使っていくという方法もあるにはあるが、それが決していいとは思えない。あらぬことにギフトを使ってしまい、自身が傷ついてしまう可能性だってあるのだ。

 自分の知る限りのギフトの使い方から、徐々に発展させていく以外に、『自力』では力の使い方を学ぶ方法はないだろう。それ以上のことを知るためには、『師』が必要となるが……果たしてそんな人物こそ都合よくいるかどうか。

 

「あ」

 

 ――いた。自分たちのすぐ近くに。

 いろいろな不安要素こそあるものの――この中にいるメンバーで1,2を争う力を持ち、魔の眷属についても熟知する、そんな人物が。

 

 

 

「ダ、ダンテさんから戦い方を教えてもらうのですか?」

 

 

 

 戦場においては一騎当千。あらゆる敵や苦境を乗り越える強者。

 そのうえ、これから戦うことになるであろう魔の眷属についてもよく知る人物。なにせその魔の眷属を相手に戦い続けてきた悪魔狩人(デビルハンター)なのだから。

 さらに彼は、剣と銃をメインに戦うスタイルだけでなく、多種多様な戦い方を即座に取ることが出来る。ギルガメスを使った格闘戦もお手の物だし、さらには魔法のようなものまで使えるようだ。アルケニーの子蜘蛛から自分たちを守った黄金の魔法陣を出現させたり、竜巻に呑まれて空へ吹き飛ばされても自由を奪われず、深紅の魔法陣を出現させて縦横無尽に空を駆けた。

 様々な武器と能力を掛け合わせ、それに見合ったスタイルを生み出す。それは、彼らも喉から手が出るほど欲しい能力である。

 しかも身内であるから、見返りは――たぶん――考えなくてもいい。少なくとも、他のコミュニティのメンバーなどに教えを乞うよりもリスクはないはずだ。

彼らにとってダンテは、まさに師にするにうってつけの人材なのである。

 

 ――ただ、その壊滅している性格面を除いて。

 

「……自分で言ってなんだけど、やっぱり気乗りしないわ。あいつキチンと教えることができるのかすら怪しいし」

「……セクハラされたらどうしよう」

「そん時は黒ウサギを差し出しゃいいんじゃね?」

「何言ってるんですか十六夜さん! 私の貞操を対価にしないでください! というかそんなのだったら絶対御二方も断ってくださいね!? ね!?」

 

 果たしてうまくいくのかどうか。いろんな意味で心配事はなくならない。

 全員の口から出てくるのは、彼の人格を否定するような誹謗中傷、罵詈雑言。たった一日でどんだけ女性陣から人望なくなってんだと言わんばかりの光景に、十六夜とジンも苦笑いを浮かべずにはいられなかった。この世界の英雄の息子なのに。つい数時間前、この箱庭の世界を再び混沌に陥れるかもしれなかった魔の眷属を退けてきたばかりなのに。

 

「……話が逸れたわね。まぁ私は彼にいろいろと教えてもらうか、最低でも『アイデア』ぐらいなら少し譲ってもらうつもりよ。ここまで来たんですもの、自分のものは自分で手に入れるし、自分の身は自分で守る。奪われたなら自分で取り返す。屈辱を受けたなら、それを晴らすまでよ」

「……次は負けない。絶対に」

「……僕はもう、逃げたくない。それだけです」

 

 それぞれがそれぞれの言葉で、決意を表す。その目は火のように燃え盛る熱意が宿り、その眼光は洗練された刃を彷彿させるような鋭さを持つ。

 その様はまるで、獣。勝利と言う名の血肉に飢えた猛獣のようだった。そんな三人を見た十六夜は「ヒュウ♪」と軽く口笛を吹く。

 

「ヤハハ、こりゃいらねぇ心配をしてたみてぇだな。もし弱音の一つでもこぼしたならケツひっぱたいてやろうと思ったんだがね」

「残念だったわね、そんなものはもう必要ないわ。代わりにあの尻の軽そうな男でもひっぱたいてなさい」

「ついでにぶん殴っといて」

「手加減無用でお願いします」

「ヤハハハハ、あいつとことん嫌われてら」

 

 ケラケラと笑いながら、内心ひそかに安堵する十六夜。初戦のゲームから苦戦を強いられた挙句、ほとんどのメンバーが死ぬ一歩手前まで追い詰められたのだ。

 正直なところ、こんなところで挫けてしまうものならば、本気で他のコミュニティに移ってやろうという算段も十六夜の中にはあった。何事も最初が肝心とは言ったもので、勝利と言う結果こそ残したものの、その実態は一人の仲間におんぶにだっこされて掴み取った、そんな不名誉なものでしかない。自らが掲げた目標の難しさ、魔の眷属の恐ろしさを目の当たりにして、意気消沈していないか……と危惧していたのだが、どうやら無用な心配だったようだ。

 全員が。強さに飢えている。

 全員が。勝利に飢えている。

 その『飢え』は、ガルドなどが持っているような、手段を選ばず勝ち進もうとするものではなく。〝人間〟として、修羅神仏と魔の眷属を打倒せんとする、気高いものだった。

 それは、これからに必要なものだ。それは、ここで生き残るためには欠かせないものだ。

 ――つくづく、幸運に恵まれているらしい。このコミュニティにしろ。人材にしろ。状況にしろ。

 全く以て。退屈しない。

 

 神の存在――ここでいう修羅神仏ではなく、彼の住んでいた世界でいう神――について否定的であった十六夜だが、今日この時は、感謝してやろうという気持ちになった。

 このことについてはもう心配ないだろう。そう考えた十六夜は、「さて」と話題を切り替える一言を呟く。

 

「じゃあ今後の方針の目途は立ったが……ジン、俺に出てほしいって言ってたゲーム……確か、このコミュニティの仲間だった奴が景品として出されているってヤツだっけ。あれはいつやるんだ?」

「……? そんなゲームがこの後控えてるの?」

 

 十六夜の言葉を耳にして、耀は首をかしげてジンに問いかける。

 これは耀だけではなく、飛鳥も初耳の事情だった。〝フォレス=ガロ〟とのゲームが行われる前夜、十六夜がジンに今後の〝ノーネーム〟の方針について話した時のことだが……ジンはこの案に乗る条件として、かつての仲間が景品として出展されることとなるゲームへの参加を、十六夜に要求した。

 このコミュニティの貴重な戦力を増やすことに十六夜は反対ではないし、何よりゲームに参加させてもらえるというのならば願ってもない話である。その話についてはまだ詳しくジンから聞いていなかったため、行われる期日やゲーム内容、ギフトゲームを開催するするコミュニティについてなど、事前に知っておきたいと思い訊ねたのだが……。

 

「あ…………えっと…………」

「そ、そのー……ですね……」

「……あ? なんだよ、どうしたってんだ」

 

 問いかけてみたジンと黒ウサギの様子がどうもおかしい。ジンは申し訳なさそうに俯いたままだし、黒ウサギは目が上下左右に泳ぎまくっている。両者が口元をまごつかせているその態度から察するに、どうやらギフトゲームに関して良からぬ事態が発生したようだ。

 また何かつまらないことでも起こったのか、と苛立ちながら再度訊ねかける十六夜。ジンは目線だけを上にあげて、その重い口を開いた。

 

「……それが……そのギフトゲームが、中止……されることになってしまって」

「景品にされていた私たちの仲間が……どうやら、大金で買い取られてしまったらしく……」

「……はぁ? 中止ィ?」

 

 十六夜は、聞き返さずにはいられなかった。

 中止。ギフトゲームが、中止。しかも、景品を、金で買収されて。

 それを聞いた十六夜は、まだ見ぬギフトゲームの開催者に殺意が沸いた。この世界において唯一にして至高の娯楽であるギフトゲーム。それを開催する側が、景品を他のコミュニティにちらつかせておきながら、自分たちの勝手で中止したのだという。

 それに参加せんと意気揚々としていた、自分たちを始めとするコミュニティはいったいどんな感情を抱くことになる?

 エンターテイナーとして三流……いや、四流、五流もいいところだ。一方的にも程がある。

 

「……どこの世界でも、結局はお金が第一、ってわけ……? 随分とくだらない理屈に縛られたものね」

「…………」

「仕方がないですよ。“サウザンドアイズ”は群体コミュニティです。白夜叉様のように直轄の幹部が半分、傘下のコミュニティが半分です。今回の主催は〝サウザンドアイズ〟の傘下コミュニティの幹部、〝ペルセウス〟。双女神の看板に傷が付く事も気にならないほどのお金やギフトを得れば、ゲームの撤回ぐらいやるでしょう」

 

 飛鳥もこの事態には不満しか感じないらしく、悪態をついている。耀は無言のまま佇んでいるが、その表情は汚いゴミを見つめるような、不愉快さを放っている。彼女の心境など、問うまでもない。

 

 

「あークソッ。そんなコミュニティなんざ魔の眷属に侵攻されて潰れちまえってんだ、つまんねぇ真似しやがって」

「そ、それはさすがに言い過ぎなのです! そんなこと起こってしまったら次々と他のコミュニティも餌食になってしまいますヨ!!」

「よし、ならアグニとルドラを〝ペルセウス〟とかいうそのコミュニティに放り込んで暴れさせよう。そのコミュニティが瓦解したところを俺たちが攻め込む。ダンテに適当に相手してもらってる間に仲間も連れ戻す。ついでに謝礼ももらう。ほらどうよ、被害は最小限で済むし仲間は取り返せるし懐は温まるし完璧じゃねぇか」

「マッチポンプ!? しかもどさくさに紛れて盗んでますよね!? 火事場泥棒よりよっぽどタチ悪いですよねそれ!? ダメダメダメです却下ですゼッタイダメです!!」

 

 思いっきり犯罪行為を計画しようとしている十六夜に、必死にストップをかける黒ウサギ。冗談のつもりで口にしたというのに、この慌てぶり。十六夜もとことん信頼がないようである。

 

「冗談だよ……ったく、次の機会になっちまうってことか……クソッたれ。自分から選んだし、この現状に文句はねぇつもりだから言いたくねぇが……やっぱこういう時に、非力なのはどうにも腹が立っちまうな」

 

 強い奴等が持っているものは、弱ければ手に入れられない。強い奴等同士がそれを交換しようとしているところを、自分たちは見ているだけしかできない。

 この境遇は自ら選んだものだ。だからこそこの状況は受け入れるべきであるし、そのことをぐちぐち言うのはお門違いと言う奴である。そのことは十六夜も重々承知しているつもりなのだが、どうにも歯がゆいものだ。

 やれやれと嘆息し、この問題を解決する手段はないかと思考し始めたその時だった。

 

 

 

「……あァ?」

「……おや?」

「――ッ?」

 

 十六夜が訝し気に窓の方に目をやり、黒ウサギ、耀も同じように視線を移した。ソファから立ち上がって十六夜は窓へと駆け寄り、勢いよく開け放つ。そこに、黒ウサギと耀が続いた。

 

 

「どうしたの? 三人とも、いったい――」

「何か、こっちに来てる」

「え?」

 

 飛鳥とジンはまだ何も察していないようだが、十六夜と、聴覚の優れた黒ウサギ、そして研ぎ澄まされた五感を持つ耀も何かの気配を察知したようだ。

 

「俺はぼんやりとしかわかんねぇが……黒ウサギ、耀、どんな感じだ?」

「羽音らしきものが一つ。それに混じって、布が擦れるような音……不気味な笑い声が、二、三……これは……争っている……?」

「……血の匂い……たくさん入り交じってる……誰か、負傷してる?」

 

 黒ウサギは耳を、耀は鼻を駆使して情報を拾う。二人の口ぶりから察するに、戦闘を行いながらこちらへと近づいてきている集団があるらしい。飛鳥とジンも別の窓へと走り寄り、外を見た。

 窓の外側には、相変わらず荒廃したコミュニティの建造物が並ぶばかり。かすかに聞こえてくるのは、つい先日手に入れたばかりの水が流れる音。特にこれといった変化はないように見えるが……。

 

「――ッ、みんな、あれ!!」

 

 と、そこで耀が皆に呼びかけて、夜空の一点を指さす。そこにいた全員が彼女の指し示す方向へと視線を移した。

 耀のように視力が優れているわけではなく、パッと見ただけでは何があるのかわからない。他の者たちは、闇に覆われた空を凝視する。

 そして……彼らは、目撃した。

 

「空飛ぶ……人?」

「コウモリみたいな羽……吸血鬼?」

「……なんだあのデケぇハサミ。空に浮いてやがるぞ」

「……あれは……!!」

 

 夜空の向こう。そこに、金を溶かしたような輝く髪をたなびかせ、コウモリのように鋭く、巨大な翼を羽ばたかせる人影が一つ。そしてその人影に、巨大なハサミを持つたくさんの『何か』が迫っていた。

 黒ウサギが、そしてジンが、金髪の少女を見て驚愕する。それは、彼女たちからすれば当然のことであった。空を舞うあの少女は、彼らにとって友人であり、かけがえのない仲間であり……ここにいるはずのない、人物だったのだから。

 

 

 

「なぜ……なぜレティシア様が、ここに……ッ!!??」

 

 

 

 




前回から一年以上のスパンが開いてしまい、大変申し訳ありませんでした。
私個人のモチベーションや諸事情により執筆が遅れ、このような期間が開いてしまいました。

しかし、それでもなお感想にて更新をお待ちしてくださるという有難いお言葉や、とても面白くて続きを楽しみにしてくださっている方々のお声を聞き、遅ればせながら投稿させていただくことになりました。

また不定期更新になりますし、また一年以上、あるいはもっと長くなる可能性もございます。
それでもいい、続きを待っている、という神様のように方々はどうか次回をお楽しみに。


――I'm absolutely crazy about it!!(嬉しすぎて狂っちまいそうだ!!)――

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