問題児と最強のデビルハンターが異世界からやってくるそうですよ?   作:Neverleave

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更新が大幅に遅れてしまって申し訳ないです。お詫びに私のお尻を好きにしてくださっていいので許してください♂
ダンテの能力について独自解釈などが出ますが、ご了承ください。
これにてガルド戦は終わりです!


Mission6・⑩ ~鬼の森~

「くぅっ!?」

「つっ!!」

「うっ!!」

 

 ダンテとガルドの死闘を見守っていた飛鳥達はスピセーレの爆風を浴び、苦悶の声をあげる。爆心地から離れ、かつ爆発範囲の狭いものであったとしても、そこにいくつもの機雷が密集して一度に火を噴けば、膨大なエネルギーが一帯を襲うのは至極当然であった。

 嵐の如き爆風。目もあけることが出来ぬほど吹き荒れる突風に草木は大きく揺らぎ、抉られた大地が四方へ飛ぶ。

 やがて爆風が収まり、ようやく瞼を開けることができるようになると、全員の視線が爆心地へと集中する。

 

「ちィっ……!!」

「ッ、ダンテ!!」

 

 そこにあったのは、最強の悪魔狩人(デビルハンター)が膝をつき、跪く光景。

 左手に握る銀剣は爆発の衝撃を受けきれなかったのか、根元から真っ二つに折れてしまっている。

 全身の至る箇所から血が噴き出で、痛々しい裂傷がそこいらに見受けられる。それらの傷は半人半魔たるダンテの再生能力を以てしても治癒しきれておらず、どれほどの深手を負ってしまったのかを暗に物語っていた。

 

『……スピセーレの爆発の直前に、衝撃波を飛ばして威力を半減させたか』

『さすがは我が主、と言うべきか……しかし、もうその様子を見れば、限界のようだな』

 

 スピセーレの爆弾がその身に直撃しようとしていたまさにその瞬間、ダンテはリベリオンを振り、『ドライブ』の衝撃波を前方に放った。

 その衝撃波とスピセーレの爆風とがぶつかり合うことで威力がいくらか相殺され、ダンテは木端微塵に吹き飛ぶことを回避することができたのだ。あの一瞬で敵の狙いを察知、即座に最善の方法を理解、選択したことはさすがと言わざるを得ない。

 しかし、咄嗟の行動で被害を減少させることは出来ても、ゼロにすることは出来ず……結果として、ダンテはこうして窮地に立たされてしまったのである。

 

「ってぇな……クソッ……!!」

 

 痛みを堪えるように歯噛みしながら、悪態をつくダンテ。

 ただでさえ多大なハンデを背負わされた状態のままで戦ってきているというのに、ここに来て傷を負ってしまった。

 しかも銀剣は先ほどの爆撃で折れてしまっている。間合いが極端に狭まってしまったこの剣で戦うことは、本来ならばさほど障害ともなりはしない。しかし先の通り、ガルドは体内で爆弾(スピセーレ)を作ることができ、一方的にこちらへと攻撃を繰り出すことが出来る。至近距離でそれをまた喰らおうものならば、こちらの敗北は濃厚となってしまう。

 近寄らなければ勝つことはできない。しかし接近すれば、敗北が確定する。

 そんなメチャクチャな条件を、彼はこの戦闘に突き付けられているのだ。

 

(……『あの姿』ならともかく、今のままじゃ無理、だな。だが……)

 

 切り札を使えば、この最悪な状況を打開することができるかもしれない。

 しかし、そのためには彼の魔力を解放しなければならない。そうすれば、文字通りの爆弾の嵐が再び襲い掛かってくることとなる。

 スピセーレが直撃するまでに、ダンテの『変化』が完了するか?

 完了したとして、果たして無事でいられるのか?

 ……一つだけ、彼には勝算があった。

 だが、それは彼が一度も試したことのない方法。生きるか死ぬかの瀬戸際で、初めて実行する手段。

 成功させる自信はある。しかし失敗してしまえば、命はない。

 

(……ハッ、伸るか反るかの大博打ってか。いいねぇ、ここに来てから、ホントに退屈しねぇな……!!)

 

 しかし、ダンテはそのことを理解してもなお、笑っていた。

 彼の思考には、失敗に対する慄きも恐れも、何もありはしない。あるのはただ、どうしようもなく彼の心を駆り立てる高揚のみ。 

 心の中で決断し、ダンテはリベリオンを杖代わりにしてフラフラと立ち上がる。

 

「ま、待ってください!! 戦うつもりですか!?」

「……あん?」

 

 と、そこで二人の戦闘を見守っていたジンから戸惑いの声があがる。ダンテは肩越しに振り返って、不機嫌そうに口を動かした。

 

「おいおいジン坊ちゃん、まさかここに来て降参する、なんてつまんねぇ選択するつもりじゃねぇだろうな?」

「そんな怪我を負ってるのに、何言ってるんですか! 降伏するんです! そうすればゲームはこちらの敗北となりますが、『終了』するんですよ!?」

 

 ジンの提案に、ダンテは眉をひそめる。

 ゲームの敗北。つまりそれは勝敗が決し、ゲーム自体が終わることを意味していた。つまり、闘争がそこでひとまず終了するということになる。

だが、初戦にして黒星となるということは新生〝ノーネーム〟の出鼻が大きく挫かれることも同時に意味し、それはコミュニティの復興が不可能に近くなるということも暗示していた。

 受けるのは、屈辱だけではない。飛鳥達の未来すら、暗く危ういものになりかねないのである。

 さらに。

 

「ジン。負けたからなんだ? あいつはきっと敗北の意思を主張したところで、今度はゲームも何も関係なく俺たちを殺しにかかってくるんだぜ?」

「そうだとしても、この場に参加できていない十六夜さんと黒ウサギも参戦することができます。彼らがいるなら勝つことはできなくとも、退散することもできるはず! そして他のコミュニティに助力を求めるんです! 魔の眷属が出現したともなれば、早急に動き出してくれるはずです! 〝サウザンドアイズ〟の白夜叉様や他のコミュニティの強力なギフト保持者ならば、きっと……!」

 

 ダンテの問いかけに、ジンは焦燥の念に駆られながら口早に返答した。

 彼の言うことは的を得ていると言える。かつて箱庭の世界を壊滅の一歩手前まで追いつめた魔の眷属が再び出現したともなれば、それこそ箱庭の修羅神仏たちはジン達の証言という鶴の一声ですぐにでも殲滅を開始するだろう。

 だが。

 

「却下。そんな選択肢あり得ないね」

 

 即座に、ダンテはその提案を蹴った。

 こればかりは全く理解できず、ジンは驚愕してしまう。

 

「ど、どうして! 確かに初戦で敗北を喫してしまうのは大きな痛手ですが、それでも御三人の命には――」

「それは違うわ、ジン君」

「――ッ、飛鳥さん!?」

 

 思わず叫んでしまうジンであったが、横から飛鳥が口を割り込んで制止させる。

 ダンテのみならず、飛鳥までが降参を拒絶した。戦闘狂とも言える彼が否定したのはともかく、飛鳥までもがそんな決断をした理由がわからず、ジンは混乱するばかりだった。

 

 ――なぜ? なぜ二人はそんなことを言うんだ?

 そんな疑問で思考が埋め尽くされたジンと対象的に、飛鳥は至って冷静な声で彼に語り掛けた。

 

「ジン君。私たちがこのゲームで敗北した場合に支払わなければならないチップは何かしら?」

「そ、それは――罪の黙認、でしょう? それがどうし――――」

 

 そこで飛鳥が助言をすることで、ジンにも全てが理解できてしまった。 

 自分たちにとって最善の方法であろう、『撤退』という手段を封殺してしまう最悪の条件を。

 それは、『罪の黙認』。

 このゲームを行うと決議した際、〝ノーネーム〟はチップとして〝フォレス・ガロ〟がこれまで行ってきた罪、そしてこれからも行うであろう罪を、未来永劫全て黙認するというものである。

 これは、相手が『ただ少し規模が大きなコミュニティ』という程度のものであるならばまだよかったのだ。よしんばこれが行使されることとなったとしても、極論を述べれば、強大な力を持つこととなった新生〝ノーネーム〟が〝フォレス・ガロ〟を叩き潰すという手段も取れ得るのだから。

 だが……今のこの状況は全く違う。今の〝フォレス・ガロ〟は『魔の眷属と連携することとなったコミュニティ』なのである。

 

 もし、ここで〝ノーネーム〟が敗北し、〝フォレス・ガロ〟の横行に口を噤むこととなればどうなるか?

 まず、彼らは〝フォレス・ガロ〟が魔の眷属の手に堕ちたことを伝えることが出来ない。ルールを全て無視する無法者が蔓延るコミュニティに成り下がったとしても、それを伝えること自体がギフトによって禁止されてしまうのだ。

 その間、〝フォレス・ガロ〟は何をするか? 自身らが魔界の手先であることを隠し、表向きは正式なコミュニティとして振る舞うのだ。今までと同じようにコミュニティを吸収して拡大し、その背後でじっと彼らを潜ませておく。魔の眷属が関わるとしても、単に『魔の眷属の力を持っているかもしれない(、、、、、、)』というだけでは罪とはならない。

 

よしんばガルドが言明することを要求されても、アグニとルドラでは『ただの魔具』扱いで済まされるだろう。箱庭の世界の制約を破って初めてそれは罪となり、それを成し得る力があるだけでは推定無罪で終わる。

 これまで通り〝フォレス・ガロ〟は他のコミュニティを吸収し、大きくなっていくのだろう。卑劣な行為を繰り返し、陰で魔の眷属の力を授かる彼らは瞬く間に巨大コミュニティへと変わるに違いない。その裏で彼らは魔の眷属がこの世界へ舞い戻る手はずを整え、再びこの地に災厄をもたらすのだ。

 

 だが、そのことを唯一知る〝ノーネーム〟は何も言えない。

 この世界に危機が差し掛かっていることを、誰にも伝えることができない。

 単独では〝フォレス・ガロ〟を止めるだけの力も持てない彼らは、ゆっくりとこの世界の基盤が崩されていく様を、歯噛みして見ていることしかできないのだ。

 

「……わかった? ジン君。私たちに残された道は一つしかないの。私たちでこいつを倒して、生き残ること。それしか私たちが、箱庭の世界が、ヤツらの魔の手から逃れる方法はないのよ」

「そ……そんな……」

 

 ジンの顔から血の気がなくなり、表情が絶望の色で染め上げられていく。

 このことを口で説明している飛鳥自身も、もはや乾いた笑いを浮かべるしかなかった。退路はない。前方には自分たちでは勝てぬ最悪の敵。対抗するための武器以外の攻撃も妨害も一切通用せず、その頼みの綱は折れてしまった。

 これ以上、いったいどう最悪の状況に転ぶというのかと、問うてみたくなるほどだ。

 ――自由を求めた代償がこれなのかと。飛鳥は悪態をつきたかった。

 

「……もし負けるなんてしてみなさい、行き着く地獄の先で後悔させてやるわよ、ダンテ」

「……負けるの駄目、絶対」

「おー怖い怖い。ったく、とことん俺は女運が悪いらしいねぇ」

 

 少女二人の脅迫まがいの発言に、わざとらしくダンテはおどけてみせる。

 こんなときだというのに、三人は軽口を発してしまう。いや、こんなときだからこそ、正気を保つために口が軽くなってしまうのかもしれない。

 

『……客人らよ。一つ訊ねたいことがある』

 

 突然、アグニとルドラは飛鳥と耀に問答したいことがあると発言した。

 おかしなものだ。この死闘を始めるその直前……ガルドの屋敷にて、対峙したそのときは、「如何なる問答にも応える」と言っていた本人が、今度は自分が質問するというのだから。

 首をかしげながらも、四人は言葉を続けようとしている双剣を見守る。

 そうして待った先に双剣から出た言葉は、思いもよらないものだった。

 

『なぜ……我と戦うことを、選んだのだ?』

 

 問いかけられた飛鳥達は目を丸くして、言葉を投げかけたアグニとルドラ……もとい、ガルドをまじまじと見つめた。

 

「なぜって……それは……このゲームで負けてしまったのなら、何もかもがおしまいになるかよ。私たち〝ノーネーム〟も、この箱庭の世界も」

 

 今しがた、言った通りだ。それ以外に何がある?

 いくら目の前に大きな障害があるからといって、このまま引き下がってしまえばどうなるかは、火を見るよりも明らかだ。

 そして、それは当然、これからの〝ノーネーム〟の未来すら危うくしてしまう。

 撤退などという選択肢は、最初からないのである。

 ――しかし。

 

『だからなんだ? どうして世界を守る義務などがそなたたちにあるというのだ?』

「……え?」

 

 そんな彼らの考えを、アグニとルドラは一蹴した。

 

『解せぬ。我らにはどうにも解せぬ』

『そなたらが世界を守る義務はない』

『その世界はそなたらが命を賭して守るべきものでもなければ、そなたらの守護が必要であるほど弱くもない』

『弱きものは死ぬだろう。だが、全てが終わるわけではない』

『生き残る者は生き残る。死ぬ者は死ぬ。世界は破滅するわけではない。多くの犠牲があるとしても、しかし世界は世界として保たれるかもしれぬのだ』

『ならば逃げてもよかろう。逃げて生き延びることもできよう』

『勝てる見込みはなし。死しても逃げても、負けは負け。残された者たちの結末は同じならば、己の命を取るべきではないのか?』

『なぜ逃げぬ? なぜ己を犠牲としようとする?』

 

 アグニとルドラが問うその言葉は、相も変わらず無機質な声音。だがそこにはどこか、戸惑いの色が見えた。

 

『戦うか、逃げるか。どちらでもよい。選びたければ選べばいい、それはそなたらの自由』

『だが、二つの道の一つは険しく、一つは容易い』

『どちらの未来もが暗黒が立ち込めている』

『険しき道は命を投げ捨てるも同じ。自ら命を絶つことと、何ら変わりはしない』

『ならば容易き道でよいではないか』

『命を捨てる道理はないではないか』

 

「……なるほど。そういうことね」

 

 そこまで言われて、ようやく飛鳥は炎剣と風剣が言わんとしていることを理解した。

 死んでも逃げても、負けは負け。結局同じことになるのなら……ならばわが身だけでも、助かる方が賢明ではないのか?

 彼らは、そう訊ねているのである。

 

「とっても素敵な提案だわ。甘言で人の心を惑わせ、道に迷わせる……あなたたち悪魔の常套手段ね。やっと様になってきたじゃない」

 

 飛鳥が皮肉げに笑うと、ガルドは彼女の言葉を否定するように首を振る。

 

『誘惑と受け取ってもらったとしても構わぬ。ただ我らは知りたい』

『ただ聞きたい。その理由を』

『なぜ、戦いを選ぶのか。なぜ、逃げぬのか』

『『なぜなのだ、幼き人間よ?』』

 

 アグニとルドラの声に、嘘の響きはない。

 彼らは純粋に、ただ知りたいだけなのだ。勝てぬ敵と対峙したとしても、決して引き下がらずに戦う意思を貫こうとする彼らの理由を。

 

「……私が入ったコミュニティはね。子供たちがたくさんいるの」

『……?』

「飛鳥……さん?」

 

 唐突な飛鳥の言葉に、アグニとルドラは首をかしげ、ジンも戸惑いの声を漏らした。

 

「とってもたくさんの子供たち。年長者の子達だけでも二十人はいるかってくらいにいっぱいいて、それ以上の人数で〝ノーネーム〟の別館に住んでいるの。私たちがこっちに来るまでは、はるか向こうにある川から徒歩で往復して水を運んで、それで生活に最低限必要な水を得ていたわ」

『…………』

 

 フフッ、と可笑しげに微笑む飛鳥。それは嘲笑のそれではなく、まるで子供を見守る母親のように温かく、優しいもの。

 誰もが静まり返り、淡々と言葉を紡ぎ出していく飛鳥に注目する。

 これから生きるか死ぬかの瀬戸際に飛び込もうとしている者達の光景としては滑稽だったに違いない。

 だがそれでも飛鳥は口を止めず、己の思いを言葉にのせようとする。

 

「黒ウサギがあくせく働いて稼いだお金で金銭面はなんとかして、自分たちが日々生きていくだけの糧を作るのに精いっぱい。これからその生活が良くなっていく保障も希望もない。なのに彼らは文句の一つも言わずにずっと働いて、寝て、生きてきた。そんな彼らが、私たちがやってきたと聞いて、私たちと出会ったときの喜びようと言ったら、もう凄いものだったわよ。大声で私たちに挨拶して、そこで横になってるいい加減な男にみんな駆け寄って、『お兄ちゃんって強いの?』とか、『持ってる武器がカッコイイ!』とか、口々に訊ねてた。一通りダンテに聞くことが終わった後は、今度は私たちの番。もうクッタクタに疲れたわよ」

 

 後半は少し愚痴を漏らすような口調だったというのに、表情はそれに相反しての笑顔。

 だけど、とそこで、飛鳥は言葉を続ける。

 

「それはきっと、新しい人たちが来るっていう喜びだけじゃなくて……『きっとこれから自分たちのコミュニティが良くなるんじゃないか』、『自分たちの三年間の努力が報われるんじゃないか』っていう思いも、きっとあったんだと思う……きっと私たちならと、あの子たちは自分たちの未来を、私たちに託したいっていう思いもあったんじゃないかって……」

 

 ところどころで間を置きながら、飛鳥の口は動く。

 まるで彼女自身も、自分の思いに当てはまる言葉を探しているようだった。

 ここで飛鳥の笑みは乾いたものへと戻り、まるで自嘲するかのようなものへと変わる。

 

「……でもね。ここで負けるってことはね、あの子たちの未来を閉ざすことになるのよ。迫りくる魔の眷属の脅威に、ただ傍観することしかできないだけじゃない、あなたたち〝フォレス・ガロ〟から『何をされよう』とも、私たちはただそれを『見過ごす』ことしかできないのよ」

 

 黙って〝認める〟。そう書いて、黙認。

 口を噤み、そしてその行為が自分たちに降りかかってきたとしても、どうすることもできなくなることを意味していた。

 例えそれが、自分たちのコミュニティから子供が攫われる(、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、)ことであったとしても。

 ここで逃げてしまえば、もうその運命からその子たちが逃れることはできなくなる。

ここで敗北を認めれば、もうそれは覆すことができない。

 

「ふざけた話ね。未来を託されたのに、自分の命惜しさにそれを捧げて逃げるだなんて。全くもってふざけた話よ…………ふざけすぎてて、笑うことも出来やしないわ…………!!」

 

 すると飛鳥の表情から笑みが消え、凛とした目つきで魔獣を睨む。そこには怯えの色はなく、金剛石のように硬い決意だけがあった。

 

 自由を求めた。そのために全てを捨ててきた。

 未来を求めた。そのために幸福(呪い)を捨ててきた。

 だが。

その先に手に入れたものは。

 その先で出会った人たちは。

 その先にあるはずの、希望ある未来は。

捨てるつもりなど、ありはしない。

 

『……自らの身よりも、他者を選ぶと?』

『その子らは、それほどまでに価値ある者達か? 出会ったばかりのその子らに、そなたらは命を賭けるというのか?』

「理解できないのならばそれでいいわよ……あなた達には戦の誇りがあるのでしょう。それは私たち人間には理解できない誇りだわ。同じよ、人間には人間の誇りがある、意地がある! 力がない種族だからって舐めないでちょうだい、魔の眷属!」

 

 双剣の投げかけた問いに、飛鳥は即答した。

 アグニとルドラは、彼女の迷いなき回答に沈黙し、そのまま彼女を見つめ続けている。

 しばしの静寂。そしてその静けさは。

 

『フ、フフフフフ……』

『ハハハハハハハ……』

「……くくく、くっくっく……」

「……?」

 

 興奮を抑えきれない、三人が漏らした笑い声によって終わることとなる。

 その二人は言うまでもなく、飛鳥に問答し、そしてその回答を聞いたアグニとルドラ。

 そして最後の一人は……ダンテだった。

 魔の双剣を手にするガルド、そしてダンテは互いに身を震わせ――

 

『フハハハハハハ! ハーッハハハハハハハハハハハハハ!!』

「ハハハハハハハハ! アーッハハハハハハハハハハハハハハハハ!!」

 

 堪え切れず、高笑いした。

 いきなりのことに飛鳥達は困惑を隠すことが出来ず、目を点にして立ち尽くす。

 

「ま、魔の眷属はともかく、ダンテまで……いったい何かしら! 力もない種族が、くだらない理屈を並べて立ち向かってくるのが愉快だとでもいうの!?」

「クク、クハハハハハハッ……いや、わりぃわりぃお嬢ちゃん。ンなつもりなんざこれっぽっちもねぇよ、ただ……嬉しかっただけだ」

 

 謝罪の言葉を述べらながらも、なおも笑い続けるダンテ。

 彼の意味深長な回答を受けて、ますます混乱してしまう飛鳥達。そんな彼らを置いてけぼりにして、魔双剣は言葉を続ける。

 

『やはり人間とは面白き生き物よな、兄者』

『全くだ。いつもいつも、我らを心の底から楽しませてくれる』

『これは歓喜すべきことだ。実に喜ばしいことだ』

『数千年前と同じ。まるで魔剣士の再来を目撃しているかのような心地だ』

『……そなたはさぞ喜ばしい心境であろうな? 我が主』

『魔剣士の血と魂を受け継ぐそなたなら、なおのこと』

「滑稽とでも言いたいわけ!? それならそうだと言ってしまえば………………え?」

 

 怒り心頭で叫ぶ飛鳥であったが、ふとその口が止まる。

憤怒の形相は驚愕と戸惑いの表情に変わり、その視線はダンテへと移る。

それは、耀とジンも同様であった。二人は同じように目を見開かせ、その目は真紅のコートを身に纏った悪魔狩人(デビルハンター)を映していた。

 途端にダンテの顔はしかめっ面に変わり、不機嫌そうに大剣を肩にかける。

 

「ホントに余計なこと言ってくれるよな、お前らってよぉ。俺の家庭の事情まで漏らすんじゃねぇ」

『おや、主。後ろの三人は知らなかったのか?』

「あーそうだよ。もうバレちまったけどな、どこぞのバカ共のおかげでよ!」

 

 余計なことを口走った魔双剣を睨みつけるダンテ。

 肩越しに振り返り、ダンテは飛鳥と耀、そしてジンを一瞥する。

 

「……ダンテ……あなた……」

「魔剣士の……息子?」

「まさ、か……そんな……そんな……!!」

 

 三人がそれぞれに驚きの言葉を口にする。

 ――こんなことなら、最初からバラしておけばよかったかもしれねぇな――

 未だかつてない驚嘆した飛鳥達の様子を目にして、愉快そうにダンテは口角を吊り上げる。

 

「耀」

「ッ……な、なに?」

 

 不意にダンテに呼びかけられた耀は、戸惑いながらもその声に応える。

 すると、急にダンテは折れた銀剣を耀に放り投げてきた。慌てて耀はキャッチすると、いったいどういうことかとダンテに問いかけようとする。

 しかし、その言葉は直後に続く彼の言葉によって遮られることとなった。

 

「ちょいとデカい花火があがる。俺が合図したら飛鳥達ひっ掴んで、巻き込まれねぇとこまで下がれ。その後それ返せ」

「……え?」

 

 それだけ告げると、魔剣士の息子は魔獣と向き合って――己の悪魔を呼び起こす。

 ドクン!! と、大気が震え、彼の身体から真紅のオーラが立ち込める。

 それはまるで、胎動。彼の中で眠り続けていた悪魔が起きて、その地に生まれようとする。

 そして……それと同時に、彼の周囲に無数の爆弾(スピセーレ)が出現した。

 

「ダン――」

『下がれ、耀!!』

 

 歪んだ声が、耀の言葉を遮る。

 その言葉を合図と読み取った耀は一瞬の間逡巡し……彼の指示通り、飛鳥とジンをその手に掴んで後退する。

 

「よ、耀! 放し――」

 

 拒絶の声を上げる飛鳥だが、そんな彼女の意思を無視して耀は後ろへ下がる。

 その様子を見たダンテは満足そうにほほ笑むと……自分に群がる爆弾たち――そして、その向こう側にて待ち受ける魔獣へと注意を向ける。

 

 

 

 近づかなければ勝てない。しかし近づけば爆弾と双剣が迫りくる。

その状況を打開すべく切り札を使えば、爆弾の嵐。

 攻略不可能と思えてしまうこの形勢を逆転させるために、彼が思案した方法は一つ。

 

(……『鎧』が必要だな)

 

 変化が終わるまで。そして、そこからガルドにこの銀剣を突き刺すためには、鎧が必要だ。

 ただの鎧ではダメだ。

スピセーレの爆弾群が一気に爆発しようとも、切り抜けたその後、奴らの双剣を何度受けようとも、決して壊れることのない絶対の強度を持つ鎧でなければならない。

幸運とでもいうべきか……ダンテはその鎧の手がかりを、つい先日手に入れたばかりだった。

 

(……ギルガメスを身に着けたときの感覚を思い出せ……俺の手足に、魔具の魔力が巡るあの感覚……)

 

 衝撃甲・ギルガメスは、装備者の手足を鋼に変化させる魔具。

 装備したそのとき、魔具から流れ込む魔力によって持ち主の四肢は鋼に変換され、己の手足が手甲と脚甲と同等のものとなる。

 それと同じことを、今度はダンテの魔力で、全身に行えばいい。

 

(……俺の全身が鋼の……いや、それ以上の存在へと書き換えられるように、魔力を組み立てろ……!!)

 

 失敗すれば終わり……そんなことを彼は考えない。

一発で成功させることが出来れば勝ち(、、、、、、、、、、、、、、、、、)。それが正解だと。

 思い出せ。そして思い描け。

 襲い掛かる脅威全てを弾き返す、無敵の鎧を――ッ!!

 

 

 

 その瞬間ダンテは、真っ白な閃光に包まれた。

 次にやってきたのは、鼓膜を突き破り脳を破裂させんばかりに鳴り響く爆音。

 一つ一つが凄まじい破壊力を秘めた、無数の爆弾が彼の眼前で炸裂し、火柱が天高く昇る。箱庭の世界に住む全員が目撃するのではないかと思うほどの火炎が空を飲み込み、灼熱が異形の森を焼き尽くさんとした。

 

「くうっ――!?」

「きゃあっ!!」

「うわあっ!!」

 

 強靭な脚力、そして友人たるグリフォンから譲り受けた風の力を最大限に使い、耀はゲーム盤の空中を『飛翔』する。

 風圧で飛鳥やジンが苦しまぬよう空気を操作して抵抗を減少させ、後方から迫る爆風の威力を軽減させる。

自分でも何をどうすればいいか、耀はいちいち頭で考えてはいなかった。我武者羅に力を使っているだけに過ぎなかったが、炎に飲み込まれるギリギリのところで爆炎は失速し、三人は危機を逃れる。

 

「――わあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!??」

 

 が、そこで着地のことを考えていなかったためか、耀は異形の木々に直撃するコースを進行していたことに気付かなかった。

 眼前に迫る障害物を目にして、悲鳴をあげるジン。

 避けようにも風の操作が追い付かず、このまま激突することになるかと思われたその瞬間。

 

木々よ(、、、)私たちを優しく受け止めて(、、、、、、、、、、、、)!!」

 

 間一髪、そこで飛鳥の威光が間に合った。

 異形の木々は葉が生い茂る枝を三人へと伸ばし、ぶつかると枝をしならせて衝撃を吸収しする。

 かなりの速度で衝突したはずの飛鳥達は怪我一つすることなく受け止められ、そのまま地面に落下した。飛鳥とジンを抱えたまま耀は着地して彼らを降ろす。

 

「耳が痛いわ……ジン君、耀、大丈夫?」

「え、ええ……なんとか、大丈夫です……耀さん?」

「…………」

 

 飛鳥の問いかけにジンはなんとか応えるが、耀は返事をしない。両耳あたりを手で押さえ、苦々しい表情を浮かべていた。

 どうしたのかと思い飛鳥は彼女に歩み寄り、肩に手を置く。

 

「耀? 耀、大丈夫?」

「わっ! あ、飛鳥……」

「ひょっとして……今、耳が聞こえてない?」

「…………ごめん、今耳鳴りがひどくて、何にも聞こえないんだ…………飛鳥が何言ってるのか、わからない」

 

 どうやら全く飛鳥の言葉は聞こえていなかったらしい。

 人間を遥かに上回った五感を持つ彼女にとって、先ほどの爆撃は堪えたらしい。

 呆れたように、そしてホッとしたように飛鳥はため息を吐く。

 

「……ダンテは?」

 

 耀の言葉に全員がハッとして、後ろを振り返る。

 そして彼らが目撃したものは、息を呑むような光景だった。

 つい先ほどまで鬼化した植物たちが繁殖していたはずの大地は根こそぎ吹き飛ばされ、黒色の土が露出する荒地と化していた。

 地面はまるで巨大な生き物が噛みついたのではないかと思われるほど深く抉られ、木々はおろか草一本すら残っていない。土煙が蔓延し、奥の様子は全くうかがうことが出来なかったが、それも時間が経つとともに次第に晴れていった。

 

「……これは……」

「……ッ」

 

 爆心地はまるで隕石が衝突したかのように巨大なクレーターを形成し、先の爆撃がどれほどの威力を持っていたのかを物語っている。

 クレーターの最深部……中心に立っていたのは……双剣を持つ、一匹の魔獣。

 その影を見たとき、三人の心を絶望が侵蝕した。

 そして、そのすぐ傍に立つもう一人の影を見つけたとき……希望が満ち溢れた。

 

「ダンテ……!!」

 

 安堵し、飛鳥が歓喜の声を漏らす。ジンも同様に喜びの色をその顔に表したが、隣に立つ耀は訝しげに眼を細めていた。

 

「あれは……?」

 

 やがて土煙がなくなり、やっと全体が見えるようになったそのとき……飛鳥とジンは、その人影の正体を見ることとなる。

 

 それは、真紅の魔物。人のような四肢と頭を持ちながら、人ならざる姿をした悪魔。

 黒く変質した全身の皮膚を、赤い鱗の鎧へと変貌したコートが覆う。銀色の髪は硬質化し、頭部を守る(ヘルム)のように変化していた。黄色く輝く双眼はまるで闇に浮かぶ光のよう。しかし獲物を探して動き回るその部位だけは、無生物のようにも感じられる外見の中で唯一生き物らしさを醸し出していた。

 そして『それ』は、全身からあふれ出る赤黒いオーラを身に纏っていた。

 まるで鎧のようにそれは具現化するそれは……ダンテがあの爆撃から身を守った、究極の装甲。

 

『ハハ、あの爆撃を凌ぎきるとは我ながら圧巻だね……ちっと重いのと燃費が悪いのが難点だが、こいつはいいや……Dreadnaught(ドレッドノート)、とでも名付けるか』

 

 赤い雷光と蜃気楼を全身に纏い、圧倒的な存在感を放ってそこに立つ『それ』は、赤き魔人がその身に宿すもう一つの自分自身。魔剣士として魔界に、人界に、そして箱庭の世界に名を轟かせた、悪魔から受け継いだ姿。

 異形の身でありながら、その心には父より授かりし正義が刻み込まれた『それ』は――守るべき者たちを脅かす魔を睨み、歪んだ声で語り掛ける。

 

『It’s show time……Let’s go!(ショータイムってやつだ……おっぱじめるぞ!)』

 

 悪魔の引き金、デビルトリガー。

 人から魔へと変貌し、圧倒的なその力を顕現させた魔人・ダンテが君臨した。

 

 

『面白い……面白いぞ、我が主!!』

『そんなものを隠していたとはな、さすがは我らを下した主人よ!!』

『さあ始めよう、夢の続きを!!』

『狂喜と血で満たされた闘争を、今こそ!!』

『『剣の交わりを!!』』

 

 オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!! と雄叫びをあげながら、なおも生まれ続ける爆弾の軍勢を引き連れガルドはダンテに襲い掛かる。

 それを眺めていたダンテは、大剣を手にしてゆっくりと歩を進める。

 ルドラが発生させる突風によってスピセーレは動き、ダンテへと迫る。しかしダンテは涼しい顔をしたままそれを見つめ、何もしなかった。

 直後、一つのスピセーレが爆発。必殺の一撃が命中し、粉塵が舞う。

 しかし、舞い上がる土煙の中から、赤の魔人は無傷のままで出現した。

 続いてもう一つ、間髪入れずもう一つ、さらにもう一つ、加えてもう一つ、そしてもう一つ。閃光が走り、轟音がけたたましく鳴り響き、地震の如き振動が大地を揺らす。

 何度も何度も爆弾はダンテの元へと迫り、そして眼前で爆発した。

 だが、その全てはダンテにかすり傷すら負わすことが出来ずに虚しく弾け飛ぶ。

 爆炎も、衝撃も。何もかもが、あの鎧によって吸収されてしまっているのだ。

 

『フハハハハハ!! ハハハハハハハハハハハハ!!』

『ハーッハハハハハハハハ!! ハーーーッハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!』

 

 それを見てアグニとルドラは恐怖するどころか、狂ったように笑ってますます足を速めた。

 楽しい。楽しい。楽しい。

 この窮地で、なんということを彼はやってのけてくれたのか。

 自身らに与えられた鎧と同じものを、彼は自分の力で生み出し、身に纏う。

 そしてこの場所で、再び斬り合うことができる。

 なんという僥倖、なんという幸運、なんという力、なんという巡り合わせか!!

 その身を突き動かす衝動に身を任せ、魔双剣とガルドは走る。

 

 そして、両者の間合いがなくなったその瞬間。ガルドが先に、双剣を走らせた。

 

「ダンテッ!!」

 

 それと同時に、耀は己の最大限の膂力を使い、銀剣を投げる。

 赤の剣が左から。青の剣が右から迫り、鋭く走った。

 次の瞬間には、彼の身がその双剣によって斬り刻まれることになるであろうというその時。彼の右手が動く。

 ドヴッッッ!!! と空気が弾け飛び、大剣が二つに増えた(、、、、、、)。遠目からその瞬間を見ていた耀には、そのようにしか見えなかった。

その瞬間、ガルドの両手から双剣が吹き飛ばされ、はるか彼方へと弾かれた。

 対峙していたガルド……アグニとルドラすら、己の目を疑った。

 あまりにも速すぎるその剣速。剣閃はおろか、身のこなしすら見えず、反応できなかったその二撃。

 武器と力を失った魔獣は茫然と目を見開き、立ち尽くすことしかできなかった。

 吸い寄せられるように銀剣が飛び込み、魔人はそれを受け止め――

 

 

『It’s over. Thanks(終わりだ。楽しかったぜ)』

 

 

 ――切先を、その魔獣の眉間目がけて突き刺した。

 

 




Dreadnaught(ドレッドノート)

 魔具・ギルガメスからダンテがヒントを得て作り出した魔技の一つ。
 ダンテの魔力を全身に張り巡らし、鎧とすることで攻撃全てを弾き返す、ロイヤルガード最大の技。
(ロイヤルゲージ必要じゃん! と思った人は、アルケニーの子蜘蛛をアルティメットで防ぎきったときに魔力吸収したと解釈してください。そこ、体力回復じゃんとかツッコまない!!)

 というわけで、いかがでしたでしょうか。一端ガルド戦、もといアグニ&ルドラ戦は終了。
 ここまでメチャクチャ長かった……ダラダラと戦いだけ続けてしまって申し訳ないです。
 見返してみると、もうここだけで原作一巻分くらいの内容にまでなってました。ガルド戦で原作一巻終了ておま……

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