問題児と最強のデビルハンターが異世界からやってくるそうですよ? 作:Neverleave
いつから俺は、人間を食うようになっただろうか。
幼い頃、俺は何も変わらぬ一匹の虎だった。
両親と呼べる雄と雌、そして多くの仲間たちに囲まれて育った俺は、森に住む動物の覇者としての道をごく普通に進んでいたと思う。
覇者と言っても、ギフトゲームを主催するような幻獣、魔獣なんかにはもちろん勝てるはずもない。あくまで普通の、何も能力を持たぬ動物として、という意味だが。
それでも森の中を生きる者達にとって俺のような存在が脅威であることに変わりはない。爪を振い、牙を突き立てればどの生き物も息絶え、俺の餌となった。俺たちの足音、俺たちの匂い、俺たちの姿……どれであろうと、その存在を嗅ぎ取った者達はすぐさまその場から慌てて退散し、そこに近寄ることすらしばらくの間はしようとしない。
それが当然だと思っていた。この平穏を脅かす者なんてどこにもいない、俺の生きる未来はこうあり続けるのだと、そう思っていた。
だがそこに人間がやってきてから、俺の未来は脆く崩れ去った。突如としてその姿を現したその種族に驚く間もなく、攻撃は開始された。
仲間の誰も見たことがないような武器、魔法、力。自然界の中でも1,2を争う俺たちの身体能力すら軽々と超え、俺たちですら飛び立つことのできない空を飛び、俺たちの恐れる炎を意のままに操る種族……森の外からやってきた侵略者たちは瞬く間に虎のテリトリーを侵略し、彼らを脅かした。
歯向かったところで、誰も太刀打ちすることなどできない。虎の誇りだった爪も牙も、ヤツらのギフトには敵いもしない。森の覇者たる俺たちにできることは、逃げることのみ。自分自身の存在で誰もが逃げ回ることとなる森の王者たちは、今度はその服従者たちと同じ境遇に立つのだから、滑稽極まりない。
屈辱は感じていた。だがそれ以上に恐怖していた。森を焼き払い、迫る仲間を簡単に打ち払い絶命させる……そしてそれを、愉悦の表情を浮かべて実行する人間はまさに暴力の権化と呼んでも過言ではない。その姿はまるで……人間というよりも、悪魔というべきものだった。
足並みを揃えて進軍するその姿が、その足音が、数多の同族の血で身を洗い鉄の香りを漂わせるそいつらが、どうしようもなく怖かった。
その中で、俺はただ一人逃げきった。幼い俺は小さく、隠れることのできる場所は多かった。あの足音が聞こえてこない場所まで……灰と鉄が入り混じったあの匂いがしなくなるまで、俺は足を止めなかった。
何処かも知らぬ、はるか遠くまで走り抜いて……ようやくその全てがなくなった。足をとどめてふと辺りを見渡せば、自分は湖のほとりにいた。すでに日は落ちきって、周囲からは水の流れる音と動物たちの静かな鳴き声だけが聞こえるだけ。
やっと逃げ切ることができたのだとわかったとき……その目から涙があふれた。
俺は、逃げた。家族を、仲間を見捨てて。誇りすらかなぐり捨てて、生に執着した。
それはどうしようもなかったと言ってしまえばそれまでだ。だが俺の心がそんなありきたりの言い訳で納得してるはずもない。
守るべきもの、支え合って共に生きていきたかった者達を見捨てた。その過去は、事実は呪いのように俺を縛り付け、思い出せばいつだって心に暗い影を落とす。
その悔しさと、しかしどうしても感じずにはいられなかった安堵とが入り混じり、胸の中が掻き毟られるようだった。
流れ出るその雫は止め処ようもなく、俺の意思に反してずっと流れ続ける。
項垂れ、湖の水面を眺める俺の目が、泣きじゃくり涙を流す幼い俺の顔を映した。
故郷が燃える光景。そして水面に映った俺の顔は……今でも忘れられない。
(……思えば、あのころからかもしれない。俺が、一人になったのは)
逃げ切った俺は、ただヤツらへの復讐ばかりを考えた。王者としての誇りは踏みにじられ、俺の平穏な未来を奪い去ったヤツら……家族と、その仲間を奪ったあいつらだけは、どうしても許すことが出来なかった。
そのために、俺はひたすらに力を欲した。爪を研ぎ、牙を磨き、憎いはずの人間の姿とヤツらの知恵を得た。
箱庭の世界へと身を乗り出し、卑怯とも思えるような手段でも平気で取った。容赦などというものは俺の中にはない。あるのは劫火の如く燃えたぎり、津波のように押し寄せてくるどす黒い復讐の念、ただそれだけ。
その執念だけで、俺はここまで来た。まだランクは低くとも、その低ランクの中でもトップを争うまでコミュニティは強大になり、俺は幼い頃と同じ平穏を手に入れた。その下につく者は人間だろうと動物だろうと皆俺の命に従い、全てが思うがままになった。
全てが、同じだった。
――心を通わせる、仲間の存在だけを、除けば。
(……何が、したかったのだろう……俺は……)
力と恐怖による支配。しかしそれは、更なる力が現れれば呆気なく崩れる砂上の楼閣にも等しい。結果として俺は、幼き頃よりもより一層力への執着がひどくなり、そのためならば外道と呼ばれようとも構いもしなかった。部下も信用せず、腹心にすら自分の胸中は見せはしない。いつ彼らが俺を裏切るかもわからず、ひと時も俺の心に平和は訪れない。
人質を取れば、ヤツらがどれだけ強かろうとも俺に屈するしかないと考えて、俺はそれを実行した。すでに屈服させたコミュニティに命令し、敵対する者達から次々と子供を奪ってゲームを行い、勝利を重ねた。これでいいと、俺は俺の決断を信じた。
だが、どれだけ勝とうと俺の心から恐怖が消えることはなかった。強くなればなるほどわかっていく、悲しいほどの強者との力の差。それを否定するためにまた俺は奔走し、そしてまた怯える。なんという負の連鎖だろう。
不安とストレスが溜まる一方の日々。そんな中で、人質だった一人の子供が泣き出した。
「お父さんのところへ、お母さんのところへ返して」。何度も繰り返される甲高い悲鳴は神経を逆撫でし、俺は一気に沸点を超えた。喉元を荒々しく掴み、俺は強制的に子供を沈黙させた。
まだ俺の中には理性がほんの少し残っていて、子供を殺さない程度に力を抜くことはできた。殺してしまっては人質の意味がない、それくらいわかっている。だが、この手を止めることはできない。
怒りで頭がいっぱいになった俺の瞳と、暴力に怯え涙を浮かべる子供の双眼が視線を合わせる。
そのときの子供の泣き顔と……いつの日か見た、俺の泣き顔とが重なる。
その瞬間、俺の心臓は大きく脈打った。
――お前も、いつか俺のようになるのか?――
それは、焦燥。
それは、懐疑。
それは、疑念。
それは、恐怖。
こいつも、俺のように復讐を誓うのか?
こいつも、俺のように自らの平穏を脅かす全てを壊そうとするのか?
こいつも、俺のように力を欲して、何もかもを飲みこもうとするのか?
……もしそうなったのなら。そのとき、俺はどうなる?
……俺は……こいつに抗えるのか?
……俺は……こいつに、殺されるのか?
……俺は……俺は……
気が付けば俺は、子供の頭蓋へ己の牙をくいこませていた。
口の中に塩っぱい味と鉄の臭いが広がり、俺の顔と部屋は一瞬にして赤色に染め上げられる。
何度も口にした肉の甘美な味覚に酔い、一瞬の高揚が子供の鮮血の如く全身を駆け巡った。
そしてその後、果てしない喪失感と絶望とが俺を覆い、俺からすべての熱を奪い去った。
俺は、いつの間にかあのときの人間のようになってしまっていたのか?
俺は、いつの間にか悪魔へとその心を変えてしまっていたのか?
俺は、ヤツらと同じことを、気づかぬうちに実行してしまっていたというのか?
俺はあれから何をして、何を手に入れた?
俺はその過程で、いったい何を失ってしまった?
俺は間違っていたのか?
俺は正しかったのか?
俺は、俺は、俺は――
絶えることのない、無数の自問自答。その全てに答えなど出ず、ただ頭の中でいつまでも渦巻いて俺を不安と焦燥で揺さぶり続ける。
何もかもがわからなくなって、どうしようもなくなった俺に残された選択は、今のこの惨状を連続させていくことだけだった。修羅神仏と肩を並べて覇者を名乗ることが出来る頂まで登り詰めるか、その道中で他の強者に討たれるか……結末は、このどちらかしかない。
俺と同じ、絶望と後悔で歪んた表情を浮かべる子供はもう食うことができなかった。
全て、腹心の部下に任せた。いや、押し付けた。
もう何もかもから逃げ出したい。
表向きは余裕と傲慢の仮面を被り暴君として振る舞う俺の頭の中は、そんな願望だけが四六時中で満たされていた。
本当は、覇者などどうでもよかった。復讐などどうでもよかったんだ。
ただ俺は、あのときと同じ平穏を取り戻せさえすれば……それで、よかったんだ。
人間に牙を剥くことも、その頂で座すことも……求めてなんか、いなかったんだ。
誰でもいい。
誰でもいいんだ。
俺を……俺を、止めてくれ……
――もう、誰かを殺すことなんて……俺はもう、嫌なんだ……
願いが、叶うならば。
どうか、どこかの誰かが。俺を、呆気なく死なせてくれますように。
神に祈るように、そう心の中で呟いてから段々と俺の意識はぼやけていって。
闇に……飲まれた……
*
「Hum……ちょいと見ないうちにまた随分と変わっちまったもんだな、猫ちゃん」
くるりと片手で大剣を振り回しながら、ダンテはいつもの薄ら笑いを浮かべてガルドを一瞥する。
虚ろな双眼。見る影もなく変わり果て、野生に堕ちたその姿。両手に握られる魔双剣。
昨日会ったときの〝フォレス・ガロ〟のリーダー、ガルド=ガスパーとは思えないほどの変貌を遂げたその獣は、しかし彼の面影をほんの少しだけ残して彼と対面している。
『待ち焦がれたぞ、我が主』
『我らを下し、我らを振った最高の敵よ』
「俺はできれば会いたくなかったよ、アグニ。ルドラ。お前ら口開くとやかましいんだからよ」
魔剣の双子が感極まったように声を震わせ語り掛けてくるのに対し、ダンテは思いっきり面倒なことに巻き込まれた、というように倦怠感丸出しの声を吐き出す。
炎剣アグニ。風剣ルドラ。
彼らもまた、死影霊ドッペルゲンガーと同じく、テメンニグルの塔を登る最中に遭遇した門番。双子の悪魔だ。
こいつらの性質、そして能力は武に特化したものだと言ってよい。アグニが炎を操る魔剣であるのに対し、ルドラは突風を起こす魔剣。互いが目標に接近してコンビネーションぴったりの攻撃を展開し、隙あらば凄まじい魔力を秘めた火炎と暴風を繰り出し、標的を始末しようとする。
轟炎と疾風。双子であるがゆえなのか相性抜群の二つの能力を携え、彼らの先へと進まんとする敵を確実に抹殺する、間違いない強敵だった。
しかし激突の末、ダンテは彼らを下し魔の双剣の持ち主となることで、彼らとの決着はついたはずだった。こうしてアグニとルドラ、両者とまたこうして殺し合うようになることなど普通はあり得ない。
――そう。普通ならば。
「おい。やっぱおめーらが俺と敵対してるってこたぁ、やっぱおめーらをぶっ倒したヤツがいるってことだよな?」
『『答える必要はない』』
「……ちっ」
ダンテの質問に対し、炎剣と風剣は一文字も違わぬ台詞で返答した。
拒絶の回答にダンテは舌打ちをするが、これは決して彼らの態度に対するものではない。
回答するつもりがないのか、もしくは答えてはならないと命令されているのか。どっちにしても、これでダンテの中にある予感は確信へと変わり、そしてそれが指し示す事実がまた面倒なものであるが故に、彼は苛立ちを隠せないのだ。
持ち主であるはずのダンテの命令に従わないということから彼らの所有権が動いていることは確実。そうなる要因は一つ、屈服しかない。つまり、ダンテの世界から漂流してこちらにやってきた彼らを倒し、意図的に彼とぶつかるよう仕組んだ者がどこかにいるということだ。
無論これは数千年前に悪魔によって襲来された箱庭の世界の者達も周知のことであるため、人物を特定するための根拠にはなり得ない。だが気にかかるのは、一日前にこちらへとやってきたばかりのダンテとこいつらを衝突させるべく細工してきた、ということになる。
悪魔を下して使役することのヤバさを知らぬ度を過ぎた馬鹿野郎が偶然こいつらを見つけ、そして偶然自分たちと相対することになった、ということもあり得る。しかしそれは話が出来過ぎだし、会話の内容からして明らかにアグニとルドラはダンテと対決することをあらかじめ知っていた節があるから可能性はゼロに限りなく近い。
これらの推理によって導かれる解答は、こうだ。
どこかにダンテを知り、なおかつ彼に敵意を持つ者がこの箱庭の世界に存在する。
そしてそいつは……ダンテがこちらへやってくることを知っていて、飛鳥達ごと俺を殺そうとした。
悪魔たちと何も関係を持っていないはずの、こいつらを。
(……マジでなにもんか知らねーが、どうやら実力はかなり高いらしい。あいつらをぶちのめすのには俺だって苦労させられたはずなんだが……いったいどこのどいつなのかね?)
ふとダンテが思い出すのは、箱庭の世界に来て間もない頃に感じた鋭い殺意。
全身を鋭利な針で隙間なく刺し貫かれたようなあの冷たい感触は、忘れようにも忘れられない。あれを飛ばしてきた人物こそが、おそらくはこいつらを倒し、自分を殺そうとしてきた張本人だろう。
だとするとまたダンテが来るタイミング、場所まで把握していたことになるが……そんなことまで考えてしまえば、より一層混乱してしまうだけだ。今、判断するには情報が足りない。
それに、そのことで焦る必要もない。
「――
目の前に、格好の情報源があるというのに、どうして慌てふためく必要があるのだ?
背筋が凍るような不気味な薄い笑みを浮かべ、ダンテは前方に立つ魔獣を見据えた。
「……ダ、ダンテさん……もしかして、いやそうじゃなくてもあなたは、あの双剣のことを、知って……?」
と、ジンがおずおずとダンテに問いかける。
そこでようやくダンテはジンを置いてけぼりにして勝手に三人(いや、一人と二本か?)で会話していたことに気付く。そういえば、まだ自分がこいつらと五か月前に殺し合った仲であることを誰にも伝えていなかった。
失念していた、とダンテが自身と双剣の関係について説明をしようとしたそのとき。
「……うっ」
そこで背後から少女のうめき声が聞こえる。
大剣の刃を肩で担ぎ振り返れば、そこにあるのは死にかけていた戦友が草むらで目を覚ます光景。傷を治した飛鳥と耀の意識が戻ったのだ。
飛鳥と耀を見て『ほう……』と感嘆の声を思わず漏らすアグニとルドラ。これはダンテも少々驚きだ。バイタルスターで回復させたとはいえ、瀕死の重傷を負い飛んでいた意識をこうも短時間で取り戻すのも珍しい。二人が驚異的な生命力と揺るがぬ精神力の双方を持っている何よりの証だろう。ますます将来が楽しみになってくる。
「ッ!! あ、飛鳥さん、耀さん! 大丈夫ですか!?」
「おい起きろ白雪姫様。折角キスしてやったんだ、起きてもらわねぇと王子様も呆れて帰っちまうぜ?」
「…………ダン、テ…………? ――ッ!!」
ジンが慌てた様子で二人に呼びかける一方で、ダンテは今にも鼻歌を歌いそうなほど軽い声で喋りかける。
寝ぼけているかのようにトロンと瞼が落ち込んでいたが、すぐに自分たちが置かれた状況を思い出し、ハッとして立ち上がろうとする。しかしまだ体力が回復しきっていないようで、二人は苦痛に表情を歪めた。
「おいおい無茶すんなって。傷治したからって死にかけてたのには変わりねぇだろうが」
「ダンテ……そう、また私たちはあなたに助けられたってわけね」
「ああ、おかげで貴重なもんを使うことになっちまったがね。お代はこのゲームが終わった後に請求するんで、とりあえず覚悟しといてくれっか?」
「……うん。無茶ぶりをしなければ、出来る範囲ではね」
やがてハッキリとし出してきた感覚と記憶、そしてダンテが目の前にいることから、またも自分たちの危機を銀髪の大男に助けられたらしいことを飛鳥たちは把握した。
そこからはまた、いつものような軽口の応酬。壮絶な体験をした直後だというのに、どうにもこの男がいると安心をしてしまう。それはいつであっても人を喰ったような態度を崩さないこの男の雰囲気によるものなのか、それともこの男の実力を知っているからなのかはわからないが、それでもこの軽薄な笑みを見ると、飛鳥と耀はホッとしてしまうのだった。
『……ふむ。バイタルスターによって治癒がされているからとはいえ、まさかこうもすぐに立ち直るとはな』
『実に喜ばしい。素晴らしきことかな、兄者よ』
と、そこで口を割り込んできた耳障りな二つの声を耳にして、ダンテは綻ばせていたその表情を一気にしかめっ面へと変える。
「あのな? こちとらお嬢ちゃんたちとお話中なんだ、黙ってるくらいの配慮はしろっての。相変わらず頭わりー連中だな、アグニ、ルドラ」
「……あの双剣のこと、知ってるの?」
「嫌ってくらいにな。五か月前にちょいとしたことがあってな、
眉をひそめ、心底嫌そうに双剣を眺めながらダンテは毒吐く。
まだ遭遇して間もない飛鳥達でさえ、ヤツらのわけのわからない会話には辟易とさせられていたというのに、使役していたというのならばどれほどそれを味わうことになったのだろうか……彼と出会ってから初めて飛鳥と耀はダンテに憐れみの情を抱く。
と、そこでまず話が前提からおかしなことに飛鳥と耀は気づいた。
「ま、待って? 使ってた? 倒した? じゃあ、なんであの双剣は私たちやダンテに……」
「さてね。まぁご主人様の命令もいちいち聞かねぇ双剣だとは思ってたがよ、それに加えて俺に歯向かうってのはどういう了見なのやら。数千年生きてやっと訪れた反抗期か? 俺はテメーらのパパじゃねぇぞ」
『……反抗期とはなんだ、兄者?』
『反抗期というのはな「もういいってのその流れ」』
再び繰り広げられようとした漫才のような双子の会話を、うんざりしたような口調でダンテは容赦なくぶった切る。こうでもしないとヤツらは延々と話し続けることをダンテはよく知っている。それだけのことでこの五か月、いったいどれほど悩まされてきたか……思い出すだけで陰鬱な気分にさせられてしまう。
そして、慣れているように双子への対応をしているダンテを見て、彼らとダンテが関わりを持っていたということを納得させられる。
「……なんだかよくわからないけど、どうにも知り合いみたいね」
「残念ながらな。ま、その分だけよく知ってるさ……どんだけうざったい連中かも、どんだけヤバい連中かってこともな」
最後の言葉の部分だけ、ダンテは前半よりも強調するように言い放つ。
その言葉の響きから、相手がどれだけ厄介な存在であるかを飛鳥達は改めて思い知らされることとなった。
自分たちの中でも最も力に秀で、圧倒的な実力差を持つ者であるダンテですらも認める強敵。そんなものと、自分たちは今まで戦っていたのだ。
わずかな攻防の瞬間に自分たちが一蹴されてしまったということからもそれはわかっていたことだが……彼のその発言によってまた、その認識は確固たるものとなる。
「……どうするのダンテ。あいつはこの銀の剣でしか斬ることはできない」
「どうにかしてやるさ。今までと変わりねぇ」
耀の懸念を、ダンテはどうでもいいと言わんばかりに鼻で笑う。
以前戦った時はどうだったのかは知らないが、このゲームにおいてヤツらを倒すためには銀の剣で斬らなければならず、ダンテが持つ大剣も二丁拳銃も一切通用しない。
一度倒した敵であるからといって、今回も勝てるという確証はないのだ。
にも関わらずこの男は、それがどうしたと言い放って余裕を崩さない。少しもぶれるところがない。
相変わらずと言えばいいのか、ここまでくればさすがだと思えばいいのか……いずれにせよ、その態度が憎らしいほどに頼もしいのは、違いない。
「大した自信ね。やっぱり一流っていうのは誰でもそういうものなのかしら?」
「いつでもこうしたお祭り騒ぎを楽しめるのが一流の絶対条件だ。覚えときな、逆境ほど人生で一番楽しい時間はねぇ」
クスッと微笑み、飛鳥は羨ましそうにダンテを見つめる。
もし、自分がこんなにも自由に生きることができたなら、元の世界でどんな生き方ができたのだろうか。
彼のような人生を歩みたいとは思わない。彼の一生には彼なりの波乱が多く満ちたものだったのは間違いなく、それはきっと自分なんかよりもずっと過酷で、ずっと悲嘆に暮れたものだったのだろう。
だけど、その生き方は。もし自分も、あの場所で……どんなことがあったとしても、大したことじゃないと吐き捨てて全て向き合って、立ち向かえていたら……そんなことを、一瞬でも考えずにはいられなかった。
「そんなに熱い視線を送ってくれんな。こっちも照れるっての」
「……はぁ。やっぱりその自惚れをどうにかしないとね」
「いい男ってのは、いろんなことに自信もって実行できるヤツじゃなけりゃ務まらねぇのさ。女の相手であれ、生き方であれ、な」
何事も、物は言いようとはよく言ったものだ。
自分の性格の汚点や欠点をこうまでも都合よく解釈、あるいは曲解する男もいまい。呆れたように飛鳥と耀はため息を漏らす。
「さて、と。ところでこれからドンパチやらかす前にお嬢ちゃんたちに言いたいことがあるんだが……わかるか?」
「――わかっているわよ、好きになさい。邪魔者は後ろへと下がっておくわ」
「……うん」
ダンテから投げかけられたその問いに、飛鳥と耀は煮え切らないところがあるものの、素直に後ろへと下がった。
相手は自分たちを一瞬で倒した強敵。そしてダンテですら下すのには骨の折れる相手であり、さらにはそこにギフトによる守護までが付いている。サポートをするといっても、実戦経験が皆無に等しい飛鳥達では先の攻防のような愚行を繰り返してしまいかねず、迂闊に動くこともできない。
それならば、最初から何もしない方がいい。
邪魔者は、後ろへ下がって眺めてろ。
言葉で伝えられずとも、飛鳥と耀は自分たちのすべきこと……いや、こうすることしかできないことを理解していた。
「……ダンテ」
呼びかけると同時に、飛鳥はその手に持っていた銀の十字剣をダンテへと投げ渡す。
片手でしっかりと受け取ると、輝きを放つその刃をしばし見つめたダンテは飛鳥達へと向き直り、苦笑した。
「……わりぃな。結局おいしいとこは俺が全部もらうことになっちまってよ」
それは、謝罪。
ゲームのルール、そして対戦相手が相手であるために仕方なくこうなったとはいえ、彼は結果的に飛鳥たちをゲームから途中で退場させることになってしまったのだ。
たかが一戦。しかし彼女たちにとってこれは、『自分たちが持っていた全て』を捧げてまで手に入れた最初のゲームなのだ。それを役に立たないから、という乱暴で一方的な理由で彼らを押しのけ自分だけが戦うことになってしまうというものは、やはりいい気分はしない。
命がかかっているから、などという言い訳はできない。彼女らが一歩戦場から下がった先の瞬間、いったいどれほどの悔恨を己の胸中に閉じ込めたまま実行したかは想像できないのだから。
謝ることしかできないダンテに対し、飛鳥はどこか含みのある妖美な笑みを浮かべる。
「ええ。その代わり、たっぷりとお返しはしてもらうから覚悟してね?」
「おおっと、これまたでっかく出たもんだ。世界一のいい男にいったい何をお求めかね、お嬢様?」
その途端、新しいおもちゃをもらった子供のようにはしゃぐダンテ。彼らから喜びを奪ってしまったことへの罪悪感もあるが、やはり彼らの雰囲気はこういうものじゃなければつまらない。
嬉々として彼女からの要求を受け入れるダンテだが、次に飛鳥の口から飛び出した言葉に、彼は吃驚させられることとなる。
「じゃあこのゲームが終わったあとに、デートのお付き合いでもしてもらおうかしら?」
キョトン、と。ダンテの表情から笑みが消え、目が点になる。
ダンテは彼らしくもなく唖然とした様子で、まじまじと彼女を見つめた。
空耳か、などとも思いはしたが、背後で彼と同じように驚愕している耀やジンを見ると自分が聞いた言葉は幻聴ではないことがわかる。
すると飛鳥は何がおかしいのかクックッと押し殺したように笑う。そんな彼女を見てようやくダンテは一杯喰わされたことに気づいた。
「やっと見れたわ、あなたのそういう顔。なかなか可愛いものね」
おかしそうに、しかし普段通りの上品さは損ねずに表情をほころばせる飛鳥。
優しげに眼を細め、白く美しい頬をやんわりと緩ませるその顔はまさしく天使のほほえみだが、しかしどこか妖しげな魅力も兼ねそろえた悪魔の微笑。
それを眺めるダンテは……なぜか、双剣と同じく五か月前に出会った雷妖婦を思い出していた。
――将来いったい何人の男たちがこいつに弄ばれることになるだろうか。
魔性の女としての鱗片を見せつけた少女を見て失礼千万なことを考えるダンテはニヤリと笑い返し、彼女の誘いを欣喜雀躍して受ける。
「やれやれ、末恐ろしいお嬢ちゃんだな」
「あら失礼ね。こっちはあなたが私たちに施してくれた治癒の分も含めてお返ししようっていうのに、そんなことを言っていいのかしら?」
「おおっと、そいつはすまねぇな。じゃあ、ありがたく誘いは受けさせてもらうぜ。あとでキャンセルしようったってこっちは承諾しねーからな?」
「そっちこそ、エスコートはきっちりとしてもらわなきゃ困るからよろしくね?」
「Yes, your majesty(了解、お姫様)」
出会った時のような仰々しいお辞儀とともに、ダンテは敬称を言い放つと、そのままガルドが立つ方へと向き直る。そこで、二人の軽口の応酬は終わった。
一見すれば、戦いの最中に行われるものとしては場違いすぎるほど、軽快で愉快な話し合い。事実それは、いつどこから敵が襲ってくるかもわからぬ戦場でしてはならない愚行そのものだったが……いつも行われている会話と、この言葉の交わし合いは決して同じなどではない。
飛鳥とダンテとの約束。その裏で伝えられた本当の意味は――
――絶対に生きて帰ってくること。破ったら承知しないわよ――
――はいはい。わかってるっての――
二人は、この契を互いに口にはしない。
それを言葉にする必要も、この約束が違われることを不安に思う必要も、ありはしないのだから。
『……もういいのか?』
『満足はしたのか?』
「ああ、待っててもらえてよかったよ。おかげでデートの約束まで出来たんだから上々だ。おめーらでも空気読むことできんだな」
『……空気を、読む?』
『空気は吸って吐くものであろう? 空気を読むとはいったいどういう意味だ?』
『ううむ、わからぬぞ兄者。どう思う?』
『ふむむ……おそらくだが、空気を読むというのは
再び二人だけの会話が開始しようとしたその瞬間。
ドゥンッ!! と。凶悪な炸裂音が燃え盛る森の中で反響し、一つの弾丸が白銀の拳銃から魔獣の眉間めがけて発射された。
寸分違わず急所に放たれたその弾丸はしかし、ガルドの眉間に命中しようかという瞬間に見えない壁に阻まれ、衝撃に耐えられず粉微塵になってしまう。
ガルドは無傷のままそこに佇んでいる。その様子を目撃し、ダンテは「ヒュウ♪」と口笛を吹いた。
「へえ。どうやらホントにギフトってので守られてるらしいな? この目で見るまであんまり信じられなかったんだがね、まぁおめーらの会話中断できただけでまだ良しとするか」
『ム。これはすまぬ』
『せっかくの楽しみをまた先延ばしにしてしまうところであった。失礼した、主よ』
「頼むぜおめーら……ったく、物分りの悪いのは相変わらずか? いや、聞くまでもねーか」
エボニーの銃口から立ち上る白煙を吹き消すと、ダンテは気怠そうに頭を掻いた。
少し気を緩めれば、すぐさまこれだ。テメンニグルの塔にいたときとちっとも変わってはいない。戦いに入れば右に並ぶ者がいないほどの戦闘狂だというのに、それだけがたまに傷だ。
……五か月前と同じことをまたしなければならないのか、という落胆の感情をため息とともに吐き出すと、ダンテは双剣を携えた魔獣に向かって言葉を放った。
「……ま、そういうことならまたヒントをくれてやるよ」
担いでいた大剣の刃を片手で回転させる。
ビュンビュンッ!! と勢いよく空を斬る鉄塊は轟炎に照らされ鈍く輝き、切っ先が正面に立つ魔獣へと向けられた。
「お前らの眼前には、いったい誰がお前らを嗾けたのか知りたい奴がいる――」
それは、恐怖を生み出す土台の塔にて行われた問答。
そのときの彼らはまた、このときと同じように対峙し、同じような会話から死闘が始まった。
片や、悪魔を全て殺すために剣を振い、双銃を化け物へと向ける
片や、何者であろうと門の向こうへ進もうとする者の前に立ちふさがり、薙ぎ払おうとする魔剣の双子。
そのときから紆余曲折を経て、その立場こそまた違うものへと変わったが……彼らの本質は、五か月前から一片たりとも変わってはいない。
「テメェらは何も答えるなって言われている。でもそいつは力づくだろうがその答えを知りたい……どうする?」
魔獣を睨む銀髪の男は、この世界へと再来した魔の存在を殲滅せんと動く、最強の狩人。
銀髪の男を睨む魔獣は、新たな主人に服従し、命を受け敵を抹殺せんとする炎風の魔剣。
何も変わってはいない。何一つ、両者は五か月前と違うところなどなかった。
だからこそ。その解答も、変わるはずなど何もない。
『……我らは主に仕えし武の魔剣』
ダンテの問いに、炎剣と風剣は小さな、しかしハッキリと聞こえる声で応え始める。
『我らの使命は、そなたらの抹殺。それ以外に何もありはしない』
それは、二度目の宣戦布告。
揺るがぬ信念を持った、真の兵と呼ぶに相応しき強者の、確固たる宣言。
『我らの敵よ。その答え知りたくば――』
そうなるであろうことを、ダンテはもちろん知っていた。
彼らと出会い、彼らと戦い、彼らを従えた本人だからこそわかる。その確信に揺らぎはない。
そして、それを悲観することなどはない。虚しく感じることもない。
なぜならば。彼もまた、悪魔の血を引く魔物をその身に宿す、人間なのだから。
――彼もまた。心のどこかで。こうなることを、望んでいたのだから――
『『我にその力を示して見せよ!!』』
轟ッ!! と。双剣の叫びとともに凶悪な魔力が吹き荒れ、空気の重圧がさらに増す。
それにダンテが屈することはない。悪寒を感じることも、その悪意に恐怖することもない。
ただ真っ向から殺意の根源を睨みつけ、高らかに笑うだけだ。
「OK, Idiots. It’s marvelous……It’s fantastic!!(あぁ、いいぜ。そうこなくっちゃな……最高だよ大馬鹿野郎ども!!)」
武人の殺意に、自らも狂喜の笑みと極上の殺意でダンテは応じる。
重くのしかかる重圧をはね飛ばすように真紅の魔力が吹き出し、浴びた者に等しく死の
『『……
「……
拮抗する殺意と殺意。激突する魔力と魔力。膨れ上がる期待と欣快の感情。
両者は同じく二本の剣を両手に握りしめ、それらを振うことになるであろう次の瞬間を心待ちにする。
さながらそれは、今にも爆発しようとしている二つの爆弾。
安全ピンはすでに抜き取られ、信管は発火した。もはや何をどうやっても、その炸裂を止めることは出来ない。
そこで見守る者に出来ることはただ一つ。それが始まるのを、ただじっと見続けるだけ。
静寂に支配される空間。殺伐とした空気に飲まれたそこには燃え盛る炎と軋む木々以外に音はない。そこにある全てが死んでしまったかのような重圧な沈黙が、永久に感じられる時の中を流れていった。
やがて一本の大木が火炎によって朽ち、軋みながら倒れていく。
直立していた巨大な影はゆっくりと傾斜していき、少しずつその傾角は大きく、そして傾く速さは増していく。
そして。
ズゥン………………と。大木が倒れたその瞬間に。
『『Soiyaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa(Seiyaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa)!!』』
「YEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAHHHHHHHHHHHH!!!」
ダンテとガルドは大地を蹴り飛ばし。共に構えた二本の剣が、両者の眼前で激突する。
激闘が今ここで、開幕した。
ガルド=ガスパーの過去についてはねつ造ですのであしからず。
というわけでアグルドとダンテの戦闘シーンはまだおあずけだよ。
前回アグルドの戦闘がこの回で勃発するようなあとがきを書いたため、期待していた読者もいっぱいいただろう。そのことについては申し訳ないとは思っている。
だが私は謝らな【シピィィィィィン……】