めがみてんせーき   作:堀口十

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主人公にセルフプリンパは必須だと思う




 目と目が合い、張り詰めた空気により世界が凍りつく。

 

 狐面を被っているから直接的に合っている訳ではないのだが、それがまた緊張感を高めていた。

 目の前の少女が果たして何を考え、どこを見ているのか、それが俺にはサッパリ理解できない。だがそれでも視線を逸らせば殺されてしまうのではないか、そんな考えがこびり付いて離れないのだ。もし、万が一にも機嫌を損ねてしまえば一溜まりもないのは消えてしまったピクシーたちが実証済み。

 僅かな予兆も見逃さず、望むものを躊躇いもなく差し出し、殺意を抱かれないためにも歓心を得なければならない。

 

 それなのに、少女は何一つ口にしてくれない。

 

 ただこちらをジッと見つめているだけ。

 視線に直接的な力があるかのように俺の心はガリガリと削られる。このままもう数十秒と続けば、あるいは精神に異常をきたしていたかもしれない……

 

 だがそうはならず、俺の限界を見定めていたかのようにお願い事をしてきた。

 

「おまえに頼みたいことがあるんだけど……あたしのおねがい、きーてくれる?」

 

 答えなど決まっている。

 最後まで聞き取る事無く、恐らく頼みたいこと辺りで既に頷いていた。口が渇き、ろれつも回らず声が出そうにない。それを拒否と取られたくないがために必死で頷く。

 

 傍目には滑稽な姿に映るかもしれないが、俺にとっては生死を左右する一大事だ。

 少女の残虐性は余すところなく見させてもらった。拒否などしようものなら頷くまで甚振られても不思議じゃない。これは、お願いという名の命令なのだから。

 

 

 そして少女のお願いは単純だった。

 俺が今いる山の周囲一帯には、悪魔を外へ出さないように隔離し閉じ込める結界が張られているそうだ。少女ほどの強力な悪魔であっても……いや、むしろ少女を目的としているためにか、少女では結界を解くことができないのだとか。

 そして同時に、内部で発生した悪魔たちも外部に出ることができず、いつの間にか山の一部が妙な異界もどきに繋がってしまったので、ここに留まるか異界に移るかどうするべきかと意見が割れてい“た”らしい。

 

 少女としてはどちらもご免なので、山から抜け出すためにも結界の要を俺に破壊しろということだ。

 

 

 俺一般人です、ピクシーに殺されかけるほどの貧弱っぷりです、そげなもん破壊しろ言われたってできそうになかとです。

 

「人間なら動かすだけでこわせるから、だいじょーぶだもーん」

 

 あ、そですか、分かりました、全身全霊で全うしたいと思います。だからおねがいころさないで。

 さり気無く命乞いもしてみる。

 

「うんうん、死なないように面倒みてやるからあんしんしろ」

 

 やったー! 生き延びたー!

 命の保障してくれた、悪魔からも助けてくれる。あとはやっぱり気が変わった、なんてことがないのを祈るだけだ。……結局この子次第じゃないですかー、やだー!?

 

 こう、喜んでいいのか今一分かんない状況に悩まされつつ、要とやらを壊しに少女と連れ立って歩き始めるのだった。

 

 

 

 

 しかし、ここの悪魔どもは何か命知らずが多い気がする。

 

 目が血走って会話にならないピクシー、何言ってんのか分かんねー色彩豊かな人魂っぽい連中、樹木に擬態して喰おうとしてきたやつ、逆ナンもどきを敢行してきた無謀なカエル面、等々。

 少女と並んで歩いてるってのに、どいつもこいつも気に留めず俺に襲いかかってくるのだ。まあ、少女の手がブレたかと思えば、弾けるような水音がしてどこかに消えちゃうんですけどね。どこに行ったのかナー。

 

 戦闘のいろはも碌に分かっていない俺でさえ、隣の少女が序盤に遭遇したら詰むレベルの悪魔だってことは理解できる。それなのに同類の悪魔が理解できないとはこれ如何に。

 あれか、気配とか抑えて獲物を釣ってるってやつか。でも、それを今やる必要はあるのでしょうか、ちょっとお聞きしたいけど怖いからできない、ちくしょう。

 

 おかげで交渉しようにもさっぱり、会話自体が成立しないってどういうこと?

 久方振りの新鮮なお肉を前に理性が吹き飛んでんだろうか、でもあのピクシーたちとは会話……にはならなかったけど意思の疎通はとれてたよな。

 

 一つ目の要に辿り着く前に十回近く襲われ、交渉する間もなく弾けたのが五回、残りは肉を要求してきたのでこの世からお引き取り頂いた。僅か数分の間に起きた話です。低級のショッパイやつばっかだから問題ないけど、強いのがきたら戦闘の余波で死にそうな気がする。

 

「んー? ほかの悪魔はかなめを動かすのにじゃまだったから殺しちゃった。のこってるのは弱いやつだけだ」

 

 あ、さいですか。

 やべえ、この子がいなかったら、どっちにしろ俺死んでたっぽい。ほかの悪魔とやらがどれだけのやつか知らないが、少なくともあの集団より一回りは強かった筈だ。これ、計画最初の一歩目で、足盛大に踏み外してるよね。

 

 俺、もしかしてもの凄く運が悪いんじゃなかろうか、お祓いとかするべきなのかもしれない……生きて帰れたら。

 

 

 やっと一つ目の要とやらに着きました。

 弾け飛んだ悪魔の数は三十を超えてから数えてません。なにコレ、悪魔ってこんなに餓えてるもんなの、そんな奴らと交渉して従えちゃうサマナーってマジパねぇ。俺? サマナーじゃありません、COMP持ってるだけの一般人です、同じにすんな。

 

 で、目の前にあるのが結界の要とやらなのですが、コレどうにかしたら後ろにいる少女が外に出てしまうんですよね、究極の選択だ。

 

 やっぱ嫌だと拒否する、殺してでも動かさせる。

 諾々と従い動かす、やっぱり気が変わった死ね。

 約束通り助かる、外の世界に少女が解放たれた。

 

 ……あれ、これ、詰んでね?

 今死ぬか、あとで死ぬか、先が全然読めない状況に陥るか、もし生き延びられても調査の手は入るだろうし、そうなったら例え俺が子供であろうと処分されてしまうのは目に見えている。

 思考が麻痺してここまできてしまったが、万が一に賭けて結界の外へと逃げるべきだったんじゃないだろうか、その方がまだ俺にとって先があったのに。

 あの残虐性を外でも振るい、どれだけの屍を積み上げるのか、退治しようとする葛葉辺りと盛大に戦いを繰り広げるのだろう。頭も良さそうなコイツを仕留めるのにどれだけ犠牲が出るのか、もしかしたらそのせいでゴトウやトールマンを止められず、メガテンルートに進んでしまうのかもしれない。

 

 そう考えると、俺はとんでもない過ちを犯しているのでは……

 

 

「どうした、はやくしろ」

 

 

 あ、はい動かしまーす。

 それはそれ、これはこれ、俺の命は他人の命には変えられない。俺が今、この瞬間を生き延びることを優先させるべきだ。大体、悪いのはこんな人里近くに悪魔を封印した連中だ、僕は悪くない。

 

 声がかけられると同時に体は動いていた。うん、我ながら正直な体よね。

 

 要とやらは草臥れた墓石のような形をしている。

 これを持ち上げろと言われたら到底不可能な話だ、しかし転がすように動かすだけなら子供でもそう難しくはない。悪魔が触れると弾かれ、低級だとそれだけで消滅してしまうそうだ。だけど人間である俺なら問題はないとのこと、正直恐る恐るだったが、触れても何ともないのを確認し……勢いよく蹴り倒した。

 

 ごめんなさい、ただの八つ当たりです。

 

 重量感のある音を立て要が横倒しになったのを確認すると少女の方に顔を向ける。

 

 ……うわぁ、見なきゃよかった。

 少しずれた狐面から見える口元が、弧を描いて嗤っているのだ。こっちを見ながらそういう笑い方されると、違うとは分かってても、俺を見てそんな表情を浮かべているのではないかと思えてしまう。冒頭の硬直の比じゃないくらいに体が凍り付いている。

 

「うん、結界がよわまったな。つぎのかなめにいくぞ」

 

 そう声がかけられ、硬直が解けた。

 声を聞いた限りでは、機嫌は非常に良さそうだ。この状態を維持できれば殺さないで見逃してくれるかもしれない。頑張れ俺、負けるな俺、でも心が折れそうだよ。一挙一動が凄く怖いです、固まった笑顔のままで歩き出した少女の後を追う。

 

 

 次の要まで少々遠いそうなのでどの辺に幾つあるのか道中聞いてみた。ら、やっぱりそうか、と思ってしまった情報が発覚。

 

「はんぶんくらいは前にきたしょーかんしが動かしてたから、あと2、3こで抜けだすにはじゅーぶんだ」

 

 やっぱりか、マップのデータからして半月以上前から出入りしてたみたいだけど、それについても聞いてみた……予想はついてるが。

 

「こーやって動けるよーになったのはさいきんだもーん。それまではずっとふーじられてたからな」

 

 おーけーおーけー、あのクソ野郎がこの子を封印から解いたらしい――――ばかじゃねえの、馬ッ鹿じゃねえの!?

 

 明らかに手に負えない悪魔だろうが、何考えてんだ!?

 封印から解いてくれたお礼に仲魔になってくれるとでも、ねぇよ、どんなゲーム脳してんだよ。それともあれか、うろついてる悪魔からここまで強力なのが封じられてるとは思ってなかったってか、ころすぞ。いや、もうしんでましたね。だが、もういちどころす。

 

 ……落ち着け、少女が凄い不思議そうな目で見てる。

 とにかく、葛葉のお姉さんに喋ってたことは全部出任せだったって訳だ。何を考えてか、あるいは封印の綻びを誤魔化すために事件を引き起こして目を逸らそうとでもしたのか、まあ、やり過ぎたせいもあって即行で処分されちまったがな。

 

 そう考えると、俺が来ていなくても将来的には何時か暴発してた可能性が高い。

 突然近くの山から高位の悪魔が飛び出していたかもしれないと考えると、この辺で暴れないようにお願いできるかもしれない現状は好都合かも。余所の土地に起動した爆弾を投げ込むに等しい行為だが、んなこと知ったこっちゃねえ。俺が住む街やその近辺が無事で安全ならそれでいいんだよ。

 隣近所に死地があって喜ぶのは戦闘狂(キチガイ)変態(コレクター)だけだ。

 

 うーん、俺はいつのまに召喚師(笑)から爆発物処理係に転職してしまったんだろう。まあ、普通の爆弾と違って、何度でも爆発するおぞましい代物だがな。処理班のライドウさん、運搬するんで処理お願いします。キョウジとか他の四天王でもかまわんです。

 

 何だろう、これ以上ないってぐらいに気が沈む。いや、この山入ってから沈みっぱなしなんだけどさ。

 

 

 次の要が待ち遠しい。何でかって、もう悪魔との交渉を諦めたからだよ。

 二個目の途中だってのに弾けた悪魔が確実に百匹超えました。遭遇率高すぎ、ペルソナでもここまでいかねーぞ。誰かエストマ使えるやつ持ってこい。

 あ、会話できたやつ? 十匹もいねーよ、殺気立つにも程ってもんがあるだろ、あの野郎出入りしてる時なにやらかしたんだ。

 高確率で遭遇する血走った目のピクシーは最早トラウマレベルです。俺は今後、ピクシーとだけは交渉とかできそうにない。

 

 あまりにも変なので首を捻ってたら少女が聞き捨てならないことを口走ってくれたんだけど――

 

「それにしても、おまえへんなやつだなー。まんげつの日に悪魔とこーしょーするなんて、ふつーはむりだぞ」

 

 

 ゑ?

 まん……げつ………………満、月?

 

 

 ……あーあー、そうかそうか、まんげつかー、そりゃ昼間とはいえ満月じゃ無理だなー………………って、まんげつうううううううううううううううううううううううううううううう!?

 

 俺の大絶叫に少女がビクリと身体を震わせたのに少し萌え――ちっげええええええええええええええええええ!?

 

 項垂れるように両手と膝を地面に着き、慟哭の叫びを上げる。

 よりにもよって、何故今日なのか、しかもこの状況で、こんな時に限って。

 

 いやね、普通の小学生は月をそうそう眺めたりなんてしません。

 新月だから造魔は使えないなとか、今日は三日月だからベルセルクで行くかとか、満月だから悪魔と交渉は無理だな、なんて発想を普通の小学生はしません。

 だから俺が今日満月だってことを失念してたとしても不思議じゃないんだ。ってーか、その日の月齢を正確に把握してる人間は関係する職業か趣味をお持ちの人だけだと思う。

 

 まー、そのせいで、こんなじょうきょうにおちいってるわけだけど。

 

 あれか、入ってすぐのサバトも満月のせいかよ。

 もし今日が満月じゃなけりゃ適当にピクシー辺りと契約できて、コイツに目付けられる前にお家に帰れたんじゃなかろうか。そう考えると何で月齢に頭が回らなかったのかと、痛すぎるミスにちょっと絶望してしまう。つーか絶望してます、悔し涙というか慚愧の念で一杯です。

 

 半べそになってる俺の頭を少女が優しく撫でてくれる。

 泣いてる原因の一つがお前だよとか、そもそもお前がいなけりゃ泣いてねえよとか、でも助けてくれてありがとうみたいな……ちょっと胸キュン。

 

 いかん、しょうきをうしないそうだ。

 

 

 

 

 目を擦りながら歩く俺。そんな俺の手を引き要へと誘導する少女。

 傍目には微笑ましく映るのだろうか、やってることは実際かなりアレなのだが。

 

 精神が体に引き摺られる勢いで涙がボロボロ出てきて歩くこともままなりません。手を引かれ、ここにあるから動かしてなどと誘導され二個、三個と要を動かし、あと一個どうにかすれば抜け出せるところまできたようです。もうおうちかえりたい。

 

「さいごのいっこはすぐそこだ、いい子だからもーちょっとがんばろーな」

 

 見た目同年代か下ぐらいの女の子に慰められる中身三十越えの男の子(オッサン)

 しにたい、例え相手が悪魔だろうが見た目幼い娘に慰められるとか……まじしにたい。

 

 襲い掛かる悪魔をマグネタイトに変えながら辿り着いた最後の要。

 壊したらコイツが外に出るとかもうどうでもいい。早く解放されてお家に帰りたい。別に殺されたっていい、帰れるなら。なんかもー、頭の中グチャグチャでまともな思考になりゃしねーよ。なんで俺こんなとこきて頑張ったんだよ、現状が加速的に悪化する一方じゃねーか。

 

 

 自暴自棄とはまた違うのだろうが、大分おかしな考えで行動に移したんだろう、気が付いたら目の前にある要を突き飛ばすような感じで動かしていた。

 

 そこでようやく正気に戻った訳です。

 要が倒れる瞬間がスローモーションになって見えるんですよ、意味が分からない。何でこの状況に生命の危機を感じるのでしょうか、なにこれ俺死ぬの……あ、そーでした、少女次第では嬲り殺されるんでした。

 だってあれだろ、出ることを優先してたから俺を襲わなかったけど、満月に影響されてる悪魔が用無しになった人間を生きて帰す訳無いじゃないか。

 

 それに気付くと同時に血の気が一気に引く。貧血で倒れないのが不思議なぐらいの勢いです。足がカクカクと震えて止まらない、唇も真っ青な筈だ、もう一押し何かあれば多分漏らす、喉の奥から酸っぱいのがこみ上げてきた。

 

 嫌な沈黙と妙な緊張に耐え切れず、窺うように横目で少女を見――見なきゃよかった、見なきゃよかった!?

 

 さっきまでの少女はあれだ、狐面着けてる以外は普通の人間と大差なかったんだが……いつのまにかしっぽがさんぼんもはえてらっしゃるー、ふさふさもふもふですてきですね。

 

 死んだ、俺確実に死んだ。

 仮に、ここで殺されなくてもいつか制裁される。封印してた組織とか、サマナー野郎を処分したお姉さんとか、葛葉にヤタガラスとか、もしかしたらメシアやガイアにも狙われるかもしれない。

 狐面と三尾でやっと気付いたわ、何でお前こんな場所にいるんだよ、魔界にいるんじゃねーのか、人間界で封印されてたってどういうことだ、とか色々あるがそういうのどうでもいい。どれだけのレベルか知らないが、それなりに大物なコイツを封印から解いて野放しにして許す訳が無い、絶対調べ上げて俺に辿り着く。

 何も知らない子供が操られて仕出かした悪戯じゃ済まされない、オマケにCOMPなんて余計な物を持ってるんだ、目的があってここに来たと見做される。そうなったら尋問、拷問コースは確実だ、それに耐えられる自信はない。

 お姉さんならまだいい、だが、もしもメシアやガイアに捕まりでもしたら……

 

 

 

 

 お先真っ暗な未来に絶望する俺。

 茫然自失という言葉がよく似合う姿だろう、多分今なら何をされても反応しないで終わりそうだ。

 

 だが、そんな俺を気にもせず、封印から解き放たれた身体で嬉しそうにくるくると回り、喜びの感情を溢れさせながらトドメの一言を告げてくれた。

 

「これでじゆーのみだ。面倒みてやるやくそくだからな、おまえと一緒にいってやる。あたし……うん、あたしチェフェイ、コンゴトモヨロシク」

 

 わあい つよそうなあくまか゛なかまになったそ゛ うれしいなあ

 

 

 

 

 結論、この世界の神様は祈ってもご利益なんてありゃしねえ。

 ――とりあえず、ろくでもない運命を用意してくれた女神様、一発殴るからその面ちょっと貸せ。

 

 

 


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