めがみてんせーき   作:堀口十

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 梧桐樹は転生者である。

 

 いや、こんな出だしで始めるのも何だが、本当にそれ以外に表現のしようがないのだ。

 トラックに轢かれた記憶も無ければ、神様を名乗る何かに出会った記憶も無い。気が付けばオギャーと赤ん坊、見る間見る間に成長し今では立派な小学六年生。

 

 小さい頃は時の流れが遅く感じるという話だが、流石に羞恥心や諸々の事情により記憶を飛ばすことに専念した甲斐あって、朧気だった自我を表層へと浮き上がらせたのは九歳の頃だった。

 このぐらいの歳になると中には大人びた性格の子供も出てくる。俺もそんな中の一人として周囲に認識させることに成功したのだ。

 

 前世では灰色の青春に崖っぷちの受験戦争、苦行とも言える就職活動を体験したのもあり、今回は彩のある学生時代を送りたいと奮起してみることにした。積極的に行事やイベントに参加し、幾つか習い事にも手を出すことで将来に役立てようと考えたのだ。最終的に落ち着いたのは水泳だが、インストラクターのお姉さんの水着姿に魅かれたのではない、断じて。

 おかげで学校やご近所さんからの評判は上々、両親共に疑う事無く本当に良く出来た子だと俺を愛してくれている。そんなこんなで少しマシな人生を目指し頑張る少年が、俺こと梧桐樹なのだ。

 

 前世の記憶から挫折や失敗も経験済み、多少失敗したところで前世より悪くなる人生などそうそうありはしない、そう信じていた。

 

 

 そんな事情が一変したのはつい先日のことである。

 小学校も六年生へと上がり、来年には中学生。高校、大学、就職と将来を見据えれば、中学もそこそこ良いところに行くべきなのかと一人悩んでいた。まぁ、それも無駄に終わった訳だが。

 

 まだまだ若く三十代、働き盛り男盛りだった父が死んだ。

 通勤途中、ナイフを持ったキチガイヤローに刺され、呆気なくこの世を去ってしまう。十数人と出た犠牲者の内の一人として、父の名前がニュースで読み上げられるのを母は呆然と眺めていた。

 

 何かの間違いだと自分に言い聞かせていた母に止めを刺したのは警察からの電話だ。

 現実を認め意識を手放した母に代わり、俺が警察との遣り取りを交わしたのを憶えている。魂とかそんなのはこれでも父と同じく三十代、転生のように理解不能な事態に比べれば、二人目の親が亡くなったことなんて現実に起こりうる範囲内の出来事でしかない。

 

 警察との遣り取りを終え、気絶した母を無理矢理叩き起こし、指定された警察署に向かったのだ。

 

 遺体安置所で悲劇のご対面。

 無残な姿になってしまった父に泣き付く母、それを少し離れてボンヤリと見守る俺。

 痛ましい表情でこちらを窺う警察官のうざったいこと、こちとら現実を認識してるっての、電話で遣り取りしたの誰だと思ってんだよ。微妙に防音が効いてないのか、周りからの泣き声も煩かったし。

 

 今まで育ててきてもらってあれだが、結局のところ俺にとって今の両親とは、育ててくれただけの赤の他人なのだ。

 これが記憶まっさらで今の両親しか憶えてなければ普通に親子を演じていたのだろう。だけど前世での記憶があり、その両親を生み育ててくれた親だと知っている俺にとって、今の両親はぶっちゃけ間借りしてる家の家主でしかない。

 

 これが十年近く自我を薄く保っていた理由だ。

 多分、最初から俺の自我を表面に出していれば、良くて虐待、最悪育児ノイローゼか何かで殺されていただろう。だから利発的な子供でも不自然ではない歳まで我慢したんだけど……だってのに畜生め。

 

 

 葬儀や何やらを終えて、一息吐いた俺を待っていたのは心理カウンセラーによるカウンセリングだった。

 あまりにも反応が薄かったせいで、PTSDを疑われたのだ。余計なお世話だよ……

 

 母はおろか、葬儀に参列した親戚や学校関係者からも心配されてしまい、一時休学するしかない事態に陥ったのは苦い思い出だ。

 そして後から思うに、これは運命の選択というやつでもあったのだろう。

 

 

 

 

 通院を始めて二週間、バスに揺られて通うのに苦痛を感じるようになった頃、被害者遺族の会やらなんちゃらが発足されていた。

 被害者が多過ぎるし、その分遺族も増えることになる。そのせいもあってか意見調整やらなんやら纏める役が必要だとか、俺には関係ない話だったので聞き流していたが要約すると、母こと梧桐薫はこれに出席参加せにゃならんと、ご苦労なことで。そんでもって通院にも慣れ、カウンセリングの経過も良好である俺に今回は一人で行くことになるが大丈夫か、という話だった。うん、心配してくれるのは有難い、だが余計なお世話だ。

 

 まぁ、そんなこと態々口に出して言わんが、婉曲に大丈夫であると伝え一人病院に行くことにした。こういう時、親族が微妙に遠い位置にいると頼みごとし辛いよね。

 

 毎度の如く顔を会わせる受付のおねーさんと挨拶を交わし、カウンセラーと何時も通りの、当たり障りのない話をして病院を後にする。

 適当に言葉を濁し、今でも父がひょっこり顔を出すんじゃないかって思ってるんです、何てことを言うと微妙な顔をしてくれる。多分良い先生だ、現実感が追いついてないと判断してくれるといいんだが。今日あたり、父のことで母に泣き付いてみせれば疑いも晴れるだろうか、そんなことを考えていた、この時までは……

 

 

 今更の話だが、我が家は街の郊外から少々外れている。

 あと数年もすれば近くに広めの道路が完成し、周辺も住宅が立ち並ぶ予定らしい。今の内ならお買い得ですよと、不動産屋の謳い文句に負け二十年ローンで買い引っ越したのが二年ほど前、丁度俺が自我を表に出し始めた頃だった。

 

 校区が変わらなかったおかげで転校する必要はなかったが、行動範囲が広まる頃に郊外から更に移動してしまったことで住んでいる筈なのに街の中心をあまり知らないという有様だ。習い事や旅行などは両親の運転する車が移動手段だった。実際のところ、街の中心にある病院にカウンセラーがいなけりゃもうしばらくは行かなかったんじゃないだろうか。

 

 カウンセリングを終え、母も居らず一人自由の身。

 時刻は昼前、渡されたお金には昼食の分も含まれていた。夏はまだ遠いとはいえ、暗くなるまでには十分な時間がある。そうなれば、少しばかりのストレス発散にと街を散策するのは当然の話だろう。コンビニの握り飯で早めの昼食を済ませ、ぶらぶらと歩き始めたのだ。

 

 大き目の本屋を眺め、良い感じの喫茶店を見つけ、アレ方向に偏った品揃えのレンタルビデオ屋、よく分からない絵が飾られた画廊、あと八年は必要な居酒屋など、目を付け記憶するのに夢中だった。

 

 だからなのだろう、人通りが徐々に途絶え、真昼の中心街に静けさが漂っていることにさえ気付きもしなかったのは。

 乾いた音が鳴り響いたのは、そんな異様な雰囲気に包まれている時だった。

 

 

 軽くパンと短い音。

 日本ではよほど特殊なお仕事に就かない限り、そう滅多なことでは聞く機会に恵まれないであろう音。その時は何の音じゃろ祭りかな、なんて暢気な思考をしてた訳だが。

 

 こっちかな、と覗き込んでみりゃ倒れた男に向けて女の人が続けて鉛玉撃ち込んでる訳ですよ。あ、これ修羅場じゃねーかって固まったね。

 幸いなことにこっちに背を向けてたから助かったけど、逆から顔出してたらどうなってたんでしょ。

 

 後姿だから顔はよく分かんなかったけど、ショートの黒髪にスーツ服、ボディラインからして多分スレンダー、でも貧相な身体つきって訳じゃなくて理想の体型って言葉が似合うタイプ、身体だけでも80点台は確実、顔も好みだったら満点あげれるんじゃねって感じ。いや、俺の好みとかどうでもいい話だし。

 

 とりあえずやり過ごすように体を隠して聞き耳立ててみたのさ。好奇心ってやつね、たまに殺されるけど。

 で、聞いてたら何か尋問ってか拷問? 始めちゃったのよ。何処の所属だフリーのサマナーか、隠蔽が杜撰だったな悪魔に任せたのが運の尽きだ、何の目的であんな真似を、膝下ではないとはいえ葛葉を甘くみたか。いや、ここ一本外れてるとはいえ大通りの近くですよ、そんな場所でこんな荒事始めないで、ってか何か無茶苦茶重要な単語出なかった?

 

 さ、さまなー?

 あ、あくまー?

 く、くずのはー?

 

 くずのはーであくまーでさまなー、うん、正直叫ばなかったのが不思議でしょうがない、多分拳銃のせいで脳の機能が麻痺ってたのが良かったんだと思う。でなけりゃ叫ぶ、誰だって叫ぶ、いや知ってるやつしか叫ばないか。

 

 

 こ こ メ ガ テ ン の 世 界 か よ

 

 

 うん、アレだ、俺この瞬間まで普通に同じような地球に転生したと思ってました。

 そーだよねー、悪魔とかサマナーとかドップリ裏っ側ですもんねー、おいそれと一般人が知っちゃ駄目ですよねー。

 

 アレ、オレ、マジ、シヌ?

 

 理不尽の嵐で倒れなかった自分を褒めてやりたい。

 メガテンの世界は正直やばい、一歩間違えれば北斗の世界よろしく核が降ってくる。その後に待ち受けるのは悪魔が平然と闊歩する一般人お断りの世界だ、核が落ちるの西暦何年だっけ!?

 万が一、核が落ちなくても普通に悪魔が存在してる世界やぞ、転生特典どころか一般ぴーぽーな俺にどうしろというのだ。アレか、眠れる何かがこのあと目覚める予定なんですかね!?

 

 ……ちょっと錯乱した、声出てないだろうな。

 

 少しでも情報を得るために聞き逃さないようにしてみたら割と衝撃の事実が判明。何か拷問されてるヤツの使役してる悪魔が通り魔を操ってたらしい、操ったってか通り魔やらせて使い捨てただけみたいだけど。

 よく分からんがお姉さんいいぞ、もっとやれ。苦しめ抜いたあと回復させてもう一回だ。

 聞いてる感じ雇われでもなく愉快犯でもない、ましてや宗教に傾倒する狂信者ですらない。典型的な悪魔に使われるサマナーってやつか、お姉さんもそれを感じたのか尋問から痛めつける行動にシフトしてる。

 

 それは置いとくとして、俺はある種の期待感に包まれていた。

 操られていたとはいえサマナーである男を無罪放免で済ませる訳がない。下手をすれば表沙汰になっていたかもしれない事件を懲罰程度で許すのか?

 

 葛葉で使う?

 悪魔に簡単に操られちゃうような奴を?

 

 どちらにせよ、お姉さんのハッスルっぷりを見るに男の未来が明るくないのは確実。

 

 ここで重要なのはお姉さんの性格だ。キッチリした真面目さんか、サパッとした大雑把か、ジットリな陰湿ちゃんか、あの痛めつけ振りを見るにサパッとしてそうなんだけど。

 この人通りの無い静けさは何かやって作っているのだろう、だが流石に大通りにいる沢山の人をどうにかする訳にはいかない筈だ。

 

 となると手段は二つ、足が来るのを待って男を乗せるか、もう一つはさっさと処理してしまい、荷物の回収を指示するかの二通り。

 

 どっちだろーなー、俺にとって望ましいのは処理して回収に丸投げすることだ。そうすれば……

 

 

 

 

 望外の幸運に恵まれた、何か妙なモンが働きかけてんじゃねーのかと疑いたくなるぐらいにうまくいった。

 

 殴り疲れたお姉さんは更に細い路地へと男を連れ込み、乾いた銃声が一発。

 少し時間を掛けて出てきたのは一人、お姉さんだけだ。その後、携帯を取り出しどこかへ連絡を掛け始めた。口ぶりからして回収担当かな。処理、人払い、回収、矢継ぎ早に指示を出し、何か揉めてんのか口論になり、苛立たしげに地面を蹴るとどこかへ行ってしまった。

 

 何かの罠じゃねーかとしばらく呆然とするほどうまくいくんだもん。

 

 戻ってこないのを確認して急いで路地に入る。

 

 嫌な予感がする、入りたくない、こっちじゃなくてもいいよね、別の道があるんだからそっちにしよう。

 多分これが人払いだろう、用があって入る必要があるという意志がなきゃ今にも回れ右してしまいそうだ。そんなものには負けず目的の物を探す……までもなく見つけた。お姉さん、人払いに自信持ってるのはいいけど、せめて何かで覆うとかして隠すぐらいはしようぜ。普通に脳漿ぶち撒けてる死体とコンニチワしてビビったわ。

 

 なむなむーとすら口ずさまない、コイツは死んで当然の屑だ。

 多分、通り魔にされてしまった奴にさえ今では同情してしまう、コイツさえいなけりゃ真っ当な人生を送れたかもしれないのに。蹴りの一発でも入れてやろうかと思ったが、靴に血が付くのは嫌なので諦める。

 

 血が付かないように慎重に懐を探る。路地から出てきたお姉さんはCOMPらしきものを持っていなかった。

 つまり、この死体は、後生大事に、COMPを、持ち続けている、可能性が、非常に高い。

 

 

 そして俺は賭けに勝った。

 

 命すらベットしていない安っぽいギャンブル。

 だが、もしかしたら命を託すことになるかもしれないモノを得られる唯一のチャンスなのだ。しかも、何でか知らんがコイツ二つも持ってやがった。いいねいいね、一つしかないものが無けりゃ気付くかもしれないが、二つある内の一つが無いだけならバレる危険性が一気に下がる。

 

 もしかしたら弾が当たって壊れてるんじゃないかと不安になったが、幸いにも二つ目のCOMPには一発も当たっていないようで傷一つない。

 

 一つはアームターミナル型。

 ジャケットのせいで気付かなかったけど、少し触ればすぐに分かった。だからお姉さんはもう一つを見逃した訳だ、こんなもん着けてる奴がもう一つ持ってるなんて考えねえよ。オマケに脱がせるのも面倒臭え、そのまま放置されたのにも納得だ。

 

 二つ目は携帯電話型……時代を先取りし過ぎだろコイツ。

 この時代にしては先を行き過ぎてる携帯が気になり弄ってみたらCOMPだった。流石に召喚プログラムに機能を取られすぎてるのか、電話としては機能しないみたいだ。だが、秘匿性と携帯性を考えるとこれしか選択肢はない。

 

 携帯電話型のCOMPを抜き取り、更に懐を弄る。

 時間が無いのは分かっているが、俺は戦う術を持たない一般人なのだ。最低でも一回は切り抜けられる何かが欲しい。そして、この手の輩は切り札を幾つか備えていても不思議ではない。

 

 弄る手が、内ポケットに入っていた石ころを探り当てた。

 

 数瞬の逡巡でそれが何かの検討をつけ一目散に走り出す。

 

 俺も地理に疎いとはいえ回収に来る奴も地元の人間とは限らない、オマケに死体という荷物を回収しなければならないのだ、車という足は不可欠。最低でもバンタイプ、死体ということを考えれば霊柩車なんてオチかもしれない。

 くだらない妄想に笑いを零しそうになる。だが、ここはまずい。死体が近く、もしかしたら回収役がすぐそばまで来ているかもしれないのだ。

 

 吊り上がる頬を噛み締めて堪え、噴出しそうになる嗤いを呼吸に変えて走り出す。当てもなく、何処かへ向けて。

 

 

 

 

 車も入れないような路地を選んで走り抜ける。

 こんな時、子供であるということは有利に働いてくれる。大人が全速力で走ってれば何事かと印象に残り、場合によっては警察に止められたりする破目に遭うかもしれない。だが子供なら悪戯でもしたのか、遅刻でもしそうなのかと他愛もない考えのまま日常に溶け込み消えてしまう。

 

 五分、十分、子供の足と体力で、可能な限り走り続ける。

 付き纏う死の恐怖が俺の足を止める事無く走らせ続けた。

 

 辿り着いたのは名前も知らない小さな公園。

 そこにあったベンチに倒れ込むように体を横たえる。心臓が痛く、肺に酸素が入らない、それでも俺の表情は安堵で緩みきっている筈だ。ポケットに入った、COMPと石ころを握り締めているのだから。

 

 

 ――――ああ、俺は、勝ち取った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 梧桐 樹(ごとう いつき)

 称号『異邦転生者』

 レベル0

 力1

 知1

 魔1

 耐1

 速1

 運1+255

 特殊能力

【転生者】

 外の世界からの転生者。

【原作知識・低】

 前世で記憶した知識。

【■■】

 ■■■■■。

【■■■■■■】

 ■■■■■■■■■■■■■■■■。精神異常無効。

【■■■■■】

 ■■■■■■■■■■■■■■■■。呪殺無効、破魔弱点。

 

 

 


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