その背中に空を見た   作:鈴鳴童子

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元気のないなのはさんを書くのが辛いです。


~見せかけの距離感~

 

 

 

「―――連舞・至相《シソウ》」

 

 星降る夜を切り裂いて、銀閃が閃く。

 月明かりに晒される蒼刃が両翼を袈裟に叩き、続いて弾頭を割って締めに真一文字に切り抜ける。

 空を裂く切っ先は抗う標的の挙動より尚速く、通過した軌道に沿って斬撃が奔る。後に残るのは雑味なく分断された塊と、その合間に垣間見える星々の光。

 そして―――

 

「決めろ、嬢ちゃんッ!」

「はい!リリカル・マジカル―――ジュエルシード、シリアル20」

 

 一喝を受け、白い少女が金色の杖を掲げ、その桜色の輝きを高めていく。

 

「封印!!」

 

 

 

 

 

「お疲れさま、なのは。剣さんも」

「応。ユーノ少年も、結界ごくろーさん」

 

 労いに労いを返して。一段落した事に、緊張の糸を解していく。

 

「なのはの嬢ちゃんも、お疲れさん」

「は、はい……」

 

 一番の功労者にも、労いの言葉を。声を掛けられた当人は、息を整えるのに必死みたいだが。

 

 

 

 指定遺失物(ジュエルシード)捜索に新米魔法少女を加えてから、早数日。

 

 朝は約束した魔法の訓練―――と言っても、俺自身は人に物を教えられる程頭が回る方では無いし、何処ぞの誰かみたく才色兼備でも無い為。

 教えているのはもっぱら体捌きと戦闘時の心構え、挙動や状況に対する判断の仕方が主で、術式の構築やバリエーションの指導についてはぶっちゃけユーノ少年と彼女のデバイスたるレイジングハートに丸投げしている。

 昼は嬢ちゃんが学校で動けない為、俺は地理を覚えるのも兼ねて街中へジュエルシードの散策。民家が寝静まる夜半に、三人(二人と一匹?)で集まって本格的な封印作業に当たる。そんなルーチンをここ数日は繰り返し行っている。

 ちなみに、魔法の訓練で分かった事が二つ。

 一つは、嬢ちゃんの魔導士としての資質が桁外れに高い事。簡単な計測をしてみれば結果はなんと驚愕のAA、同年代ならば片手で足りる程の数しか居ないレベルだ。また、戦闘方式はクロスレンジでの斬り合いより、アウトレンジから敵を撃ち落とす砲撃戦に適性が高い。そこらへんがまた、俺が彼女の魔術指導を降りた理由の一つでもあるのだが。

 そして二つ目は―――

 

「うわっ!!な、なのは!?」

 

 ドサッ、と荷を地面に降ろした様な音が耳に入る。見れば、嬢ちゃんが力尽きた様に……と言うか事実力尽きて、地べたに俯せに倒れている。

 頻りに安否を問うて右往左往しているユーノ少年に、彼女本人は大丈夫だと返しているが。傍目に見てもそれが空元気だと言うのは一目瞭然な訳で。

 つまり、解った二つ目の事は、

 

《「絶望的に体力が足りない」、ですか》

「……だから、先回りするなって」

 

 そう、体力不足。

 絶望的、と相棒は酷評するが、何も運動神経がゼロと言う訳では無い。むしろ、反射神経や柔軟性はこの年の少女にしては高水準な位だ。ただそれに反するかの如く、持久力が不足している。

 運動が苦手だと本人は語っているものの、それは体力(カロリー)運動量(アクション)が釣り合っていないだけなのだろう。どっちにしろ、平均以下の体力しかない小学三年生の女の子には、ちょっと過労気味だった様だ。

 一先ずは体捌きを教えるよりも、地力を培う方が先らしい。差し当たって当面の方針はランニングで基礎体力の構築からだろうか。走ってる最中に念話で他を説明すれば、並列演算(マルチタスク)習熟の訓練にもなるから、丁度良いのかもしれない。

 

《一度は拒んだ癖に。やると決めたらノリノリですね、バディ》

「うるせぇぞ朧月」

 

 主人の勤労な姿勢を茶化す相棒に悪態を吐きながら、月明かりを伴ってのんびりと帰路に着く。

 

 

 ―――ともあれ、結果はまずまず。大きく前進と言う訳にはいかないが、事態は一歩一歩着実に進んでいた。

 

 

 

 

 

~~~~~

 

 

 

 

 

『―――1件のメールを受信―――』

 

 机上に放られたピアスから光と共に展開されるホロウィンドウを視界に納め、仮想端末を操作し、中身を広げる。

 

『―――解除申請を受託しました。添付の報告書をダウンロードして、記載をお願いします―――』

 

 確認し、悩み事が一つ解消された事に浅く息を吐いて、ソファに腰を下ろし目を閉じる。

 

 意識が己の内側へと向かう。進むのは、『自分』と言う一個人を形作る、重要なパーツの中心。

 思考を奔らせれば、ある一か所に突き当たる。重厚な鎖を幾重にも巻き付け、数多くの錠を取り付けた堅牢な『扉』。その掛けられた錠の一つを開ける様な感覚。

 錠前を一つ外した事によって、結束が少しだけ緩み、重厚な扉が少しだけ開かれる。僅かな隙間から覗く深淵、其処に眠らせていた力をゆっくりと引き出し、体全体に馴染ませていく。

 途端、まるで別の意志を持つかの様に荒々しく逸る力の脈動は、末端まで届けば数秒も経たずに感覚を消していく。しかし、それらは失われた訳ではなく、本来在るべき場所へと溶けていっただけに過ぎない。

 一通りの工程の終わりを僅かに残る身体の火照りから感じ取りながら、強張っていた肩の力を抜きつつ、相棒の経過報告を待つ。

 

《リミッター一段解除―――完了。出力、循環回路、全て滞り無しです》

「……ん。―――っくぁあ。やっぱ自然体が一番楽だなぁ」

《所作が年寄り臭いです、バディ》

「ほっとけ」

 

 全身に少しの凝りと倦怠感を感じ、立ち上がってそれらを拭うべく簡単に解していく。今更な相棒の感想には、真面に取り合うのも面倒だった。

 

 

 ―――魔導士にとって第二の心臓とも言える内臓器官『リンカーコア』に掛けられた魔力リミッター。その解除申請の許可が降りたと言うのが、先程のメールの内容である。

 『管理外世界』として認知されているこの世界では、必要以上の魔力干渉を避ける為に、一定値以上の魔力保持者にはリミッターを掛ける事が渡航許可の条件に含まれている。緊急事態や特例措置が認められない限りこの制限が外れる事は滅多に無い訳だが、今回はそれらに該当すると本部に認識された訳である。

 ランク制限ををAからAAに。これにより、抑えられていた力を平常時とほぼ遜色なく振える事になる。これで多少は戦闘時の負担軽減に繋がる筈だ。

 出来れば外す事なく経過して欲しかったが、事態が事態だ。偶然とは言え、こればかりはどうしようもない。

 

「………始末書と報告書、何十枚分かねぇ」

 

 本局執務室に鎮座するデスク上に積み上げられるであろう惨状を夢想して、辟易とした態度を微塵も隠すことなく肺の中に澱んでいた空気を目一杯吐き出す。何もかも終わった後に回されるであろう紙の束の厚みを考えると、どうにも憂鬱になってしまうのであった。

 束と言うか、最早あれは山だ、山脈レベルだ。あれだけの量を一人で捌くなんて無理だ、普通に死ねる。

 事務仕事のお手伝い、もとい執務官補佐なんて素敵な部下が付いてる―――何て事は無い俺には、頼みの綱など一つしかない訳だが……。

 

《手伝いませんからね?》

「ちっ」

《バディ》

「わぁってるよ、ったく……」

 

 聞いての通り、冷酷なる我が相棒は相方の願いを足蹴にすると言う暴挙に出やがった。全く以て非道なデバイスである。この鬼!悪魔!人でなし!あ、人でなしは罵倒に入らないか。

 

《今物凄く不当な扱いを受けた気がするのですが……》

「気のせいだ、気にするな」

 

 耳も無いのに地獄耳なピアスを余所に何時も通りの掛け合いを切り上げて、思考を放棄する様にソファに更に体を沈める。

 安物の時計の針だけが音を奏でる中、怠惰な雰囲気が部屋の中に充満していく。

 

「―――――暇だ」

 

 一通り馬鹿話を堪能したものの、特にやる事も無く手持ち無沙汰な状況にぽつり、と呟いた。

 今日の曜日は日曜日、世間一般の人間は大概が休日扱いとなっている曜日である。

 有給申請でもしない限り休みなど無いに等しい職場に着いてる身としては、あまり縁の無い曜日とも言える。ちなみになのはの嬢ちゃんとの早朝訓練は、昨日の事もあり軽い講習程度で済ませて今日はお休みと言う事にしてある。

 自分から提言した約束をいきなり反故にしてグダグダになるのもどうかと思うが、今の彼女では教えても活用するだけのキャパが足りていない。一度仕切り直して、改めて教育していく必要が有る訳だ。主にフィジカル的な方向で。

 決して、俺自身が休みたかった訳では、無い。

 

「明日から本気出す、ってこういう時に使うんだろうなぁ」

《私は戦闘以外で本気を出したバディを見た事が無いです》

「ひでぇ」

 

 腐抜けたやり取りを交わしながら、ふと窓の外に視線を向ける。

 パステルブルーに染まる大空の中を、途切れながらも緩慢に流れ行く叢雲。快晴、とまでは行かないものの、それなりに晴れている。

 燦々と輝く陽の光が差し込む窓に手を掛けて開け放てば、醒める様な爽やかな風が頬を撫でていく。刹那に鼻孔を擽る様に微かに香る、潮の香。

 

「………出歩くか」

 

 眼下に広がる街並みと、天井を覆う蒼と変わらない色をした地平線を目に、そう決める。

 このまま家で無意義に腐っているよりかは余程健康的だろう。今一度目を閉じて惰眠を貪ろうと思う程、心身が切迫している訳でも無し。

 特に行く当ても無く彷徨うという計画性ゼロな結論に一人相槌を打ちつつ、箪笥の前へと足を運び、中身を掻き出しながら適当な服を見繕い始める俺だった。

 

 

 

 

 

~~~~~

 

 

 

 

 

 自分の横を通り過ぎて行く足音を耳にしながら、街道を進んで行く。

 休日の正午と言うだけあって、目にする人影も大人、子供、老人、何時もより男女問わず大小形が様々だ。

 道路側では自動車が自分の数倍のスピードで通過している訳だが、時折見かける他の子供の様に対抗心を燃やそう等とエネルギッシュな考えは浮かばない。

 今みたく木漏れ日を感じながらゆったりとするだけでも、十分気持ち良いものだ。

 

「ホンマに気持ちええなぁ……ふぁ」

 

 麗らかな陽気に中てられてつい欠伸が漏れる。このまま背もたれに体を預ければすぐさまこの場で寝入りそうな程の心地良さだ。尤も、こんな往来で人目も憚らず寝る様な度胸を私は持ち合わせてはいないし、そんな趣味も無い。

 湧いて来た眠気を何とか抑えつつ、頭の中まで春色に染められる前に行動を再開する。

 

 

 

「―――はい、ご到着っと」

 

 睡魔と格闘しながら移動する事暫く。ようやく目的地が視界の中に入ってきた。

 商店街の一角に佇むその建物は店名と同じ翡翠色の看板が目印の、この辺りでは評判の喫茶店である。ケーキ類と自家焙煎のコーヒーが特に人気で、学校帰りの女の子や近所の奥様方の憩いの場となっている。駅から歩いて直ぐと言うのもポイントなのか、時期によってはちょっとした列が出来ている位だ。

 甘い物好きな女性の舌には、この喫茶店が普通の店とは別格なのが分かるのだろう。かく言う私も、常連と言う程では無いがここのスイーツには幾らかお世話になっている身なのだ。

 ショーケースの中に整然と並んだ彩りの良い洋菓子達に思いを馳せ、逸る気持ちに押され足並みを早める。

 

「いらっしゃいませ」

 

 店のガラス戸を押し開ければ、子気味良いベルの音と一緒にウェイトレスさんの快活な声に迎えられる。そのまま芳しい香りに満ちた店内を掻き分けて行けば、自然と目的の物まで在り付けると言う寸法だ。

 真紅のイチゴに、光沢のあるフルーツ。雪の様に真白いクリームでコーティングされたスポンジは、黄金律とも言える完璧な三角形。横には見るからにサクサクなタルト生地の上に、食欲をそそる綺麗な焼き色の着いたベイクドチーズ。通ならここで均衡のとれた見事な山を築くモンブランに手を伸ばすだろうが、この店イチオシの、粉雪の様に砂糖を振るった焼きたてシュークリームも捨てがたい。

 一枚隔てた向こう側に広がる光景にゴクリ、と小さく唾を呑む。今日もパティシエさんの腕は上機嫌の様だ。余りのクオリティに薄らと後光が見えているのは、きっと気のせいではない。

 

 

「あら、いらっしゃい。また来てくれたのね?」

「あ、こんにちは」

 

 カウンター越しに掛けられた声に、挨拶を返す。

 顔を上げれば、其処に立って居たのは綺麗な栗髪ロングの笑顔がステキな超絶美人さん―――もとい、この喫茶『翠屋』のパティシエさん。

 

「覚えてくれてたんですか?」

「勿論。態々足を運んで下さる大事なお客様だもの。それも、貴女みたいな可愛い子なら尚更、ね」

「そんな、可愛いやなんて……」

 

 可愛らしく小さくウィンクしてくるパティシエさんの言葉に、気恥ずかしさが込み上げてくる。

 社交辞令と解っていても、こんな綺麗な人から言われて照れない人間など居るだろうか?否、居る筈がない。天使の様な微笑み、と言うが、彼女のソレが正しくそうだろう。きっとここに来る男性客の何割かは、彼女目当てに違いない。別の場所でお客さんの対応に追われているマスターさんがキッチリ目を光らせてるから、実に難攻不落なのだろうが。

 何でも、この喫茶店は家族経営らしい。大黒柱のマスターさんに、パティシエさんとウェイトレスさん、それから偶に見かける私と同い年位の背格好の女の子と、マスターさんと同じ位の背格好のウェイターさん。

 本格スイーツに美人三姉妹の看板娘とか、どれだけハイレヴェルなのかこの店。

 

「ごめんなさいね?ちょっと騒がしくて」

「何かあったんですか?」

「今日は近所のサッカークラブの子達の試合が在ったのよ。で、今は細やかな祝勝会って訳」

「あぁ、道理で」

 

 偶に見かける賑やかさとは、少し雰囲気が違う。そう口にしながら、少し店内を見渡す。

 ランチタイムの常連客に交じって、幾つかの席が小学校位の男子の姿で大体埋まっている。いずれも、白いスポーツジャージというユニフォーム姿だった。

 

「それで?今日は何をご所望かしら?」

「あ、っと………じゃあ、シュークリーム二つと、こっちのフルーツタルト一つ」

「かしこまりました」

 

 ガラスの向こう側を指差しながら示すと、パティシエさんは声を弾ませて応対してくれる。トングで的確かつ型崩れしないよう繊細に、取り出したケーキをトレーに移し、箱に詰めていく。

 白地に可愛らしい四つ葉がプリントされたその箱を受け取り、お返しに金額ピッタシの小銭を差し出した。

 

「ありがとうございます。これからも御贔屓に」

 

 パティシエさんが柔かな笑顔を送ってくれる。

 手渡された箱から仄かに香る甘い匂いに気持ちが高鳴るのを感じながら、小さく手を振って見送ってくれるパティシエさんに応えつつ店内を後にした。

 

 

 

 

 

「…………んん?」

 

 翠屋を出てそれから暫く。

 日差しを受けながらのんびりと街道を進んでいると、ふと。視界の端を過る姿が在った。

 見上げる程の偉丈夫に、そよぐ街風にひらひらと靡く銀の三つ編み。

 まず、見掛けない姿だ。つい最近、見掛けた姿でもある。

 

「―――剣のおじさん?」

 

 進み行く視界の中。

 昼下がりの街道に、知り合い―――おじさんの姿を見つける私だった。

 

 

 

 

 

~~~~~

 

 

 

 

 

 目線を上げ、視線をゆっくりと左右に泳がせる。縦方向に並ぶ文字の羅列が視界を流れて行くが、琴線に触れる様な題名は見当たらない。そのまま背後にまで目を配るも、結果は変わらなかった。

 上を向け続ける事に疲れ、僅かに凝ってしまった首を軽く解し、手に持っていた物品をレジに持ち込み、会計を済ませ店を後にする。

 

 昼下がりの商店街。正午にほど近い時間と言えど、それでもやはり人影は在るものだ。

 あちらこちらで雑踏を目にする。と言っても、都心の様な耳の痛くなる騒音と違い、そう心をざわつかせる様な物でもない。名前に反して安穏とした雰囲気に包まれているこの街並みは、まさに“平和”そのものだ。

 よもや、今この街が水面下にとんでもない爆弾を抱えていようなどと、ここの住民は夢にも思わないだろう。

 

(――― 一応昔は此処に住んでたんだよな)

 

 周りをボンヤリと見渡しながら、そんな事を考える。仮にも昔住んでいた場所に対する感想ではないのだろうが、視界の端で緩やかに変化する情景に、懐かしさが込み上げてくると言った感覚は無い。

 そもそもが、あの車椅子の少女にも語った通り。

 自分がこの場所に住んでいたのはもう随分と昔の話であって、揚句その時の記憶は殆どが遥か忘却の彼方って訳で。ン十年と経って都市化の進んだ街並みに懐かしめと言うのが土台無茶なのだ。

 

「……随分、間が空いちまったよなぁ」

 

 顎の辺りを右手で擦りながら、しみじみと想う。

 訳も分からぬままに総てを奪われ、済し崩し的に向こう側で生きる様になってから、もうどれだけ経っただろうか。低かった筈の目線は、もう随分と高まって。見知っていた筈の『世界』は、スッカリと様変わりしてしまった。

 それでも。この街に着いてから、不可思議ながらも何処か快い安堵感を覚えている辺り、この地が自分の生まれた場所なのだと、本能的に理解している部分が有るのかもしれない。

 

「おーじーさん」

「あぁ?」

 

 それからこれと言った変化も無く。山にも谷にも差し掛かる事なく歩いていると、不意に後ろから声が掛かった。

 聞き覚えのある声に後ろを振り向けば、そこにはつい最近見知った姿が在った。

 

「おう、はやてか」

「こんにちは。おじさんこんな所で何しとるん?」

「別に。強いて言うなら当ても無くブラついてるって所だ」

「ブラつくって……おまわりさんに迷惑掛けたらあかんよ?」

「どういう意味だそりゃ。他人を浮浪者みたいに言うんじゃねーよ」

「いや、おじさん強面やからその筋の人かと」

「尚悪いわッ!!」

 

 こんにゃろ、人が密かに気にしてる事をサラッと言いやがって。

 冗談や~、と言ってカラカラと笑う少女に、悪びれた様子はない。

 

「そういうお前さんはどうなんだ?」

「当ても無くブラついてますッ」

「一緒じゃねぇかッ!!」

「えへへ。まぁ、さっきのは半分冗談みたいなもんや。一応この後は買い物して帰る予定なんやけど」

 

 言いながら、はやては上目遣いでその円らな瞳をこちらに向けてくる。

 話の流れと強請る様な仕種から推察するに、つまりはそう言う事なのだろう。

 

「あぁー………荷物持ちでも必要かい、お嬢さん?」

「え?手伝ってくれるん?」

「どの口が言うか。……ま、さっきも言ったがぶっちゃけ暇だしな。買い物ぐらい付き合ってやんよ」

 

 手早く後ろに回り込んで、車椅子を押し始める。

 これ位の甲斐性は見せて然るべきだろう。一応の言い出しっぺは俺自身な訳なのだし。

 よもやこんな巡り合せが在るなどと想像だにしなかったものの。以前の自分の発言の軽率さに呆れつつ、留めていた足をのんびりと動かし始めた。

 

「んっふふー」

「何だよ、変な声出して」

「んー?いやな、やっぱ“こういうの”、ええなーって」

 

 レンガ敷きの路上をゆったりと進んで行く。

 合わせた両手で口元を隠す様にしながら、彼女は幸せそうに柔らかく微笑んでいた。

 

「お父さんもお母さんも、ちーちゃい頃におらんようなってしもたから。何でも一人でせなあかんって思ってて」

 

 ポツリポツリと語る彼女が、今どんな顔をしているのか。覗き込みでもしなければ判るまい。

 

「私の『世界』には、まだお父さんとお母さんしか居らんかったから。いきなり一人ぼっちになってしもた」

 

 世界―――自分の心の中にある、大切なモノで形作られた場所。

 まだたったの二つで成り立っていた筈のその場所は、何も判らないままに奪われ、一人置き去りにされてしまった。

 

「だから、おじさんが『迷惑掛けて良い』って言ってくれた時、正直嬉しかったんよ」

 

 背もたれに体を預け、首を上げて此方を見上げながら。はやてはその曇り気の見え無い笑顔を俺に向ける。

 以前の自分の浅慮を今度は呪いながら。そんな内心を誤魔化す様に少しだけ目を逸らし、惚ける様に嘯いた。

 

「そんな大した事言ったかね?」

「うん、言ってへんよ」

「おい」

「でも、嬉しかった」

 

 

「そんな“有り触れた事”を、知らない人やったおじさんに言ってもらえたのが、嬉しかった」

 

 

 私にとって誰でも無い貴方に。

 こんな私でも、誰かの傍に居ても良いのだと。繋がりを持って良いのだと、そう言って貰えた気がして。

 ―――嬉しかった。

 

 少しだけ潤んだ瞳をこちらに向け、彼女は笑う。それが、子供らしい屈託の無さと、同時に年相応の脆さを垣間見る様な。そんな笑顔に見えた。

 

「危ない所も助けてもろたし、へへ。おじさんは正義の味方やね」

「……よせやい。俺ぁそんな清廉潔白じゃあねぇよ」

 

 少しからかう様なはやての言い方に、俺は苦笑する。

 

 そうさ。正義の味方なんて難儀な職業は、俺のガラじゃない。

 “正義”なんてモノはとうの昔に見限っているし、第一、40近い正義の味方なんて締まらないモノも無いだろう。

 少し湿っぽくなった雰囲気を忘れ去ろうとするかの様に、俺達二人はそれからまた、他愛も無い話を続け始めた。

 

 

 

 

 

「――――――ッ!?」

 

 刹那、肌が粟立つ様な悪寒に襲われる。咄嗟に在らぬ方向に目を向けるが、当然其処に“見える物”は何も無い。

 

「?おじさん?」

「ぁ、あぁ。いや、何でもない……」

「??」

 

 

《バディ》

(あぁ。結構近いな)

 

 今の一瞬に感じ取った脈打つ様な波長、アレは間違いなく魔力波だった。今推測できる発生源など、一つしかない。

 

(クソッ、こんな街中で発動するってのか!?)

《早急に発見、封印処理を施さなければ、甚大な被害は免れませんね》

(冷静に言ってくれるなよ)

 

 いきなりの切迫した状況にも拘らずまるでブレる様子の無い相棒との遣り取りに、此方も幾らか冷静さを取り戻せた。

 幾ら休みとは言え現職の人間が情けないと、心中で己を戒める。

 

「おじさん、何かあったん?」

「ん?」

「今、ちょっと怖い顔しとるよ?」

「あぁーー……」

 

 指摘され、思わず頬に手を当てた。やや不安気に此方を見るはやての顔が視界に入る。

 本当に、情けない。

 

「………わりぃ、はやて。ちょっと、急用思い出した」

「そか。せやったらしゃあないな」

「随分あっさりと退くな?」

 

 てっきり駄々を捏ねられるもんだと内心身構えてたんだが。はやての態度は随分と物分かりが良い。

 

「そら、そんな神妙な顔してるのにわがまま言ったりなんてせえへんよ。そんな子供や無いもん」

「いや、子供だろう」

「そうでした」

 

 チロリ、と舌を出してお道化た様にはやてが笑う。

 

「すまん、この埋め合わせは必ずする」

「わたし、翠屋のシュークリームが大好きなんよ」

「……善処するよ」

 

 全く、賢いお子様だ、と。

 そんな言葉を思い浮かべながら、俺はその場を後にした。

 

 

 

 

 

 あの鼓動の様な感覚を追って、足早に歩いて暫く。

 適当な路地裏に身を潜め、周りに人気が無い事を確かめる。

 

「―――良し。朧月、頼む」

《Get ready. Awakening》

 

 言葉と共に、光が迸る。白銀の光として放出された“力”が、全身を覆うように包む光が収まる頃には、私服はいつもの戦闘服―――バリアジャケットへと変わっていた。

 

「行くぞッ」

 

 掛け声と同時、片足に軽く力を溜めて地を蹴る。フワリ、と一瞬だけ浮遊感を纏い、そこから一気に上へと加速。一息に建物の屋上へと辿り着く。

 瞬間、視界の一角に青白い巨大な光の柱が空を裂くように現れる。

 

《バディ》

「クソっ、始まったか!」

 

 柱の方角を睨みつけながら、即座に刀を鞘から引き抜く。同時、足元に顕現するは白銀の魔法陣。

 

 

―――――《封晶刃 “絶” ッ!!》

 

 

 切っ先を振り下ろし、陣の中央に突き立てる。すると、輝きを増した陣の3つの頂点から、鎖でつながれた『剣』が現れる。それらは宙空目掛けて翔けて行くと、射止める様に虚空に突き刺さり、内と外とを隔てる“壁”を形成していく。

 瞬く間に壁は柱を中心にして広がり、辺り一帯を覆い尽す。と、丁度その時。

 

《おじさんッ!!》

 

 頭の中に快活な声が響く。やや焦りの色が見えるこの声の主は、今この場所へと近づいてきている二つの反応の内の一つ。

 

「なのはの嬢ちゃんか」

《さっき、ジュエルシードの波長が》

「あぁ、ついさっき発動した。今目の前でどえらい事になってるよ」

《えぇ!?!?》

 

 す、直ぐそっちに行きます!!、と。焦る姿が目に浮かぶ様な慌ただしい声を最後に、念話が終了する。

 自分で言っておいてなんだが、改めて街並みを見直すと正しく『どえらい事』になっていた。

 

「剣おじさんッ!!」

 

 少しして、なのはの嬢ちゃんとユーノ少年が空から合流して同じ場所に降り立った。

 

「よぉ、待ちわびてたぜ少年少女」

「剣さん、状況は?」

「ご覧の通りさ。囲いが間に合ったんで結界の外には出ちゃいないが、今も引切り無しに暴れてやがる」

 

 平和な街から切り離された空間。その中心―――柱の現れた位置に聳え立つ、此処からでも見上げる程に巨大な“樹”。

 青々と葉を茂らせながら今も尚成長を続ける大樹。街路の下を暴くように盛り上がる根の多くは、結界の影響下にありながら衰えを知らないかの様に侵蝕を続けている。

 つい先程まで安穏としていた町並みは、今や完全に別世界と化していた。

 

「酷い………」

「多分、発動媒体が人間だったんだ」

「だろうな。でなきゃここまで大規模には為らんだろ」

 

 ユーノ少年の尤もな解釈に同調する。

 思考できる生命体で一番感情の振れ幅が高いのは恐らく人間だ。思念波の優劣によってその効力を発露するジュエルシードならば、性質の善し悪しに拘わらず人間の強力な『想い』を触媒に文明単位の災害を引き起こす位簡単にやってのけるだろう。

 俺達の言葉を聞いたなのはの嬢ちゃんは血の気が失せた顔をする。

 無理もない。どれだけ強い意志を持っていて、それを通そうとする気概まで持ち合わせていても、やはり、所詮は10代の女の子。

 自分が謳歌していた日常の惨憺たる姿を見て、何の機微も起きない程無感情な子、と言う訳でもあるまい。

 

「さて、落ち込むのは後だ後!早く止めねぇと内と外で別世界が出来上がっちまう」

「ジュエルシードの場所は判ってるんですか?」

「勿論―――と言いたい所だが、思いの外反発が強くてな……ちょっと結界から目を離せそうに無いんだわ」

 

 対策を練ろうとこうして話し込む間にも、張り巡らされた根がその生息域を広げようと、成長を阻む壁に向かって衝突を続けていた。

 結界魔法の場合、形成した結界への干渉が在ればその殆どは術者へとフィードバックされる。大抵は引き戻しを和らげる為の術式も組み込むのだが、流石に街の一角を丸ごと覆うとなると、押し寄せる衝撃は一般レベルの比ではない。

 正直な処、今も結構しんどかったりする訳で。此処まで手を焼かされると言うのは正直想定外だった。

 

「情けない話、今回の発見と封印はお前さん達に丸投げする事になる」

《相棒が不甲斐無いばかりにお二方にはご迷惑をお掛けしてしまい、申し訳ございません》

 

 愛刀からの辛辣な物言いが耳に痛いが、強ち間違っていないだけに上手い言い返しが思いつかない。ぐぅの音も出ないとはこの事か。

 

「………兎に角、今の頼りはお前さん達二人だ。何、やる事はいつもと変わりやしない。発生源を探して、叩く。それだけだ」

「探して、叩く……」

 

 どこか思い詰める様に俯いていた嬢ちゃんが、何か閃いたのか、手の内のレイジングハートをその場に構え、魔力を練り始めた。

 練り上げられる魔力が彼女の魔力光たる桜色を辺りに煌かせながら、次第にその輝きを強めて行く。

 

「探して――厄災の根源を!」

 

 振り上げられた杖に呼応する様に、練り上げられた魔力は光球となって彼女を囲う様に発現し、全方位に向けて散り散りに飛ばされていった。

 探査魔法と言うのは、大雑把に分けて二通りの形式が在る。

 結界術の様に術者を中心に捜査網を広げるモノと、使い魔(ファミリア)の様な端末を飛ばして探知するモノ。前者はほぼ全法域に触覚を飛ばせるぶん事細かな情報を取得するには向かず、後者は局地的な詳細を把握しやすい分拾える情報範囲に劣る。

 彼女が選択したのは後者。発動させた術式を己の知覚とリンクさせ、より正確に探索する為の魔法。

 実際に使うのは初めてだったのか何処かぎこちない風ではあるが、術式の構築とそれを発動する為の魔力を練り上げるスピード。

 何よりソレをこんなぶっつけ本番でやろうとする、その見かけに寄らない豪胆さに目を見張る。

 

「…………見つけた!」

 

 嬢ちゃんは宙空の一点を見据える。

 視線の先は大分遠くを向いており、肉眼ではここから何か景色の違いを判別する事は出来ないが、視界を跳ばした嬢ちゃんには発生源の様子が確りと見えたのだろう。

 

「よし、接近して早く封印しよう」

「ううん、此処から今すぐ封印する」

「無理だよ!ここからじゃ遠すぎる!」

「大丈夫、出来るよ!!」

 

 ユーノ少年の制止を跳ね返して、なのはの嬢ちゃんは言う。何処から湧いてくるのかは知らないが、その顔は絶対に成功させると言う確信と覚悟に満ちていた。

 

「そうだよね?レイジングハート」

《―――ShootingMode setup》

 

 問い掛けられた彼女の相棒は、担い手の意志に呼応する様にその姿を変えた。

 先端を音叉の様な形に再構築。持ち手の軸が全体的に伸び、穂先の付け根からは3枚の光の羽が現る。

 杖と言うよりは“槍”に近い形状のソレを嬢ちゃんは構え、更に術式を組み上げる。

 据えられた矛先に魔力が集まる。迸る桜色が導かれる様に穂先に集い、収束と循環を絶えず繰り返しながら光球を形作る。

 

「行って!捉まえてッ!!」

 

 溜まり切った力を吐き出す様に、桜色の閃光が放たれた。煌きは空間を押し退ける様にして唸りを上げ、一直線の軌跡を描く。

 閃光の迫るその先―――在るのは、今だ激しい抵抗を続ける大樹の、その一角。

 よく目を凝らしてみれば、其処には微かに光る何かが有った様に見えたが、それも次の瞬間には桜色の奔流に呑み込まれた。

 

《ターゲット捕捉。封印術式に移行します》

 

 コアを赤く明滅させながら、捕捉の成功を告げるレイジングハート。制御用に杖に顕現した魔力環の回転速度が増し、輝きを強めていく。

 

「リリカル・マジカル―――ジュエルシード、シリアル 。封印ッ!!」

 

 眩い煌きと共に撃ち込まれた術式によって、怪しい輝きを放っていたジュエルシードの光が見る見る内に収束していく。

 同時に猛威を振っていた大樹の根も連なる様にその勢いを潜めて行き、最後にはその全てが、吹き飛ばされた塵芥の様に散り散りになり、消え失せた。

 

 

 

《―――目標の魔力値の低下を確認。封印作業、完遂の様です》

「らしいな。……やれやれ、まさかこの距離を撃ち抜くなんてなぁ」

 

 無事封印が終了したことを確認して、結界を解除しながらそう感嘆の声を漏らす。

 魔術式の構築には結構頭を使う訳だが、それを実際に行使するならば重要になるのはより強いイメージ力だと言われている。

 インスピレーションを元に0から始める場合はそれが顕著で、少しでもイメージにブレが在ると構築した術式が機能不全を起こして発動しないなんて事が間々ある。

 本人に自覚が有るかは知らんが、肉眼で見えない距離をその場で構築した砲撃術で狙撃して、剰えそれを命中させるなんて芸当は熟練のスナイパーでも無ければほぼ不可能なのだ。

 

「ひょっとして、とんでもない掘り出し物だったんかねぇ……」

《結構な事では無いですか。遠距離が不得手なバディとミスなのはが組めば、死角らしい死角も無くなるでしょう?》

「気楽に言ってくれるぜ、ったく……」

 

 確かに、戦力的に見れば基本零距離専門の俺には嬉しい誤算なのだ。

 ただ人情的には、もうどうあっても引き返せない様な所まであの子を引き摺り込んでる様な気がして、如何にも心苦しかったりする訳で……。

 

 そんなどっちつかずな心中を抱えながらも、無事にお勤めを果たした嬢ちゃんを労おうと向かったのだが、当の本人は少なからず爪痕の残った街並みを目に、浮かない面持ちだった。

 

「―――不景気な面してっと運が逃げてくぞ」

「ぁ、おじさん………」

「お疲れさんだ、嬢ちゃん。一体どうした?そんな暗い顔して。大人だってそう簡単にできない事をお前さんはやり遂げたんだぜ?もっと喜んだっていいだろうに」

「…………」

 

 少しお道化て言ったつもりだったのだが、如何せん嬢ちゃんからの反応は芳しくない。

 

《デリカシーが無いうえに外すとは、救い様が無いです、バディ》

「う、うるせぇっっ!!」

「……………ふふっ」

「おっ!」

「なのは?」

「あ、違うの!いや、あの、違うって言うか、その……」

 

 自分でも気持ちの整理がついてないのか、嬢ちゃんは口籠ってしまう。

 

「―――あの、おじさん。ありがとうございました」

「んあ?」

 

 やや置いて、嬢ちゃんが口を開く。

 礼を言われる覚えのない俺には、如何にも要領を得ない。

 

「おじさんが結界を作ってくれてなかったら、きっと。もっと酷い結果になってたと思うから……」

 

 俯きがちに続ける言葉には、不安と恐怖の色が混じっている様に聞こえた。

 

「………私、ホントは気づいてたんです。」

「なのは……」

「ジュエルシードの事、本当は気付いてました。気付いてた、筈なのに……」

 

 気付けなかった。気のせいだろうと、思ってしまった―――と。嬢ちゃんは言った。

 

 やはり、引き入れるべきでは無かったんだろうか、と。ふ、とそんな考えが鎌首を擡げる。

 

 『魔法』と言う言葉が齎した“幻想”と、傷つき壊れるモノが有ると言う“事実”。

 今、彼女の目の前に広がる光景こそ、その最たるものだ。

 「間違いは誰にでもある」なんて言葉では生温い、彼女の取り零しによって生まれた、“現実”。

 直接確認した訳では無いから定かではないが、結界を張った感じ、触媒になった人間以外、主だって誰かが負傷したと言う事実はない。

 でももし、誰かが怪我でもして、縦しんば亡くなってでもしたら?或いは“その段階”で、確信を持っていたとしたら?

 『たられば』を考えれば限が無いのは今更だが、しかしそれは、純然たる事実でもある。

 これから先の未来に待ち受ける途方も無い数の“ソレら”を、果たしてこの少女は乗り越えて行けるのだろうか?と。

 

「―――怖いか?」

「え……?」

「この前俺は言ったな?『これは現実だ』って。で、どうだった?“ソレ”を目の当たりにした感想は」

「…………」

「別に、お前さんを責めようなんて思っちゃいないさ。―――当然なんだよ。“その感情”は持って当たり前なんだ」

 

 その感情―――『恐怖』、と言う感情。普通の人間なら、持っていて当然の気持ち。身近なモノが傷つく事への、至極全うな思い。

 

「引き返すなら今、だろうぜ」

「…………」

「ここで退くのは、悪い事じゃあないさ。誰にも文句は言えないし、俺が言わせない」

「……」

 

 この前と同じ様に、彼女は直ぐには答えなかった。

 

「……最初は、困ってるユーノ君のお手伝い、のつもりでした。私に助けられる“力”が有るなら、それで助けられればいいって、それだけで」

 

 暫しの逡巡の後、此方に背中を向けながら、彼女は言う。

 

「でも、それだけじゃ―――ダメだった」

「そんな……そんな事ないよ、なのは!!」

「ユーノ君……」

「なのはは良くやってくれてるよ!今日だって、あんな距離の狙撃魔法も成功させたし、今迄だって!なのはのおかげで、本当に助かってるんだ!それがダメだなんて、そんな事絶対に無い!!」

「……ありがとう、ユーノ君」

 

 どこか自分を否定するような言い回しをする嬢ちゃんの言葉を、ユーノ少年が遮る。その存在に助けられていると、思いのたけをぶつける。

 しかし、そんな言葉をもらっても、嬢ちゃんはただ困った様に笑っているだけだった。

 

「おじさん、前にこうも言ってましたよね?『覚悟はあるか?』って。その意味が、今日。やっと解りました」

 

 あぁ、こういう事だったんだ―――と、嬢ちゃんは独白を続ける。

 見据える先に俺達の姿は映らない。ただ結果だけを、その目に焼き付けている。自分が見逃した不和によって齎された、その結果を。

 

「私、決めました。今度は『誰か』から貰う理由じゃなくて、ちゃんとした『私自身』の理由で」

 

 沈み始めた日の光を背に、彼女は俺達へと振り向く。

 その瞳に哀しみと、しかし確かな決意を以て、此方と真直ぐに向き合う。

 

 

「私は、ジュエルシードを探して、封印します。もう、私のせいで誰かが傷つくのは、嫌だから」

 

 

「………今度はまぁ、及第点、て所かね」

 

 決意も新たに、確と自分の言葉を伝えたこの少女に、俺は右手を差し出した。

 対する嬢ちゃんはと言えば、俺の突飛な行動に得心がいっていない様で、困惑頻りと言った具合に俺に尋ね返してきた。

 

「?あの、おじさん?」

「歓迎―――てのはまぁ、倫理上宜しくないが。改めて、な」

 

 

 ―――これからよろしく、高町なのは。ようこそ、『此方側の世界』へ。

 

 

 こちらとしては最後通告の意味も兼ねて放ったその言葉に、差し出していた手を握り返す事で。

 少女は、高町なのはは。

 

 

 此方側の世界へと。一歩、踏み出した。

 

 

 

 

 

「…………ん?」

《バディ?》

「あ、いや……………いいや。気のせいだ、多分」

 

 

 

 

 

~~~~~

 

 

 

 

 

「………気付かれた、かな?」

「まさか!この距離だよ?見つかりっこないさ」

「そうだよね……。それにしても、さっきの戦闘」

「凄かったねぇ!!あっと言う間にジュエルシードを隔離しちゃうなんてねぇ」

「うん。その人もすごかったけど、もう一人の子も」

「えぇ~、あのチンチクリンかい?あの程度、あたしのご主人様にだって、簡単に出来るじゃないさ」

「でも、誰にでも出来る事じゃあない」

「それは……そうだけどさ」

「……いずれにしても、立ち塞がるなら退けないと」

 

 

 

「私達の―――“母さん”の願いの為にも」

 

 

 

 邂逅の時は近い―――――

 




 でも再投稿の時は遠い―――――

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