「ウマッ!?マジウマッ!!」
「…………」
「だ、大丈夫?なのは」
「大丈夫、かなぁ………?」
拝啓、お父さんお母さん。
如何お過ごしでしょうか?―――いや、今の時間なら多分まだお仕事中なんだろうけど。
私は……うん、まぁ。
元気です。今日も学校が終わって、何故か昨日会ったおじさんにバイクで攫われて。そのおじさんは私達の横で子供みたいに
…………如何してこうなった。
~~~~~
「じゃあ、今は無事になのはの家に居るんだ。良かったぁ……」
「でもスゴイ偶然だよね?偶々逃げ出してたあの子と、道でバッタリ会うなんて」
「ア、アハハハハ」
……うん。嘘は吐いてないよ、嘘は。
只全部を伝えてないだけで。
辻褄合わせの為に放った内容に納得してくれている友人二人の姿に、酷く複雑な思いを抱く。信憑性を高めるには、ほんの少し真実を交えて話せば良いと聞いた事が有るが、今回は流石に話しても良さそうな事などほんの一握りだった。
あの(いろんな意味で)忘れらない衝撃的な夜から、一晩明けて。
夜半に無断外出したとあって、兄や両親から咎められはしたものの、姉のやんわりとした援護射撃によって、多少諌められるだけに終わった。その遠因を造った事に為っているフェレット―――ユーノ君は、紆余曲折あって今は私の家にいる。
もう一人―――おじさんについては、今一ボンヤリとしている。
おじさん。自称おじさん。
颯爽―――とは言い難い登場の仕方をし、これまた颯爽とは言い難い去り方をした大人。名前は確か、『ツルギセイジロウ』と名乗っていただろうか。
昨夜は時間が時間だからと、日を改めて詳しい事を話すと言われたが、具体的にどんな事を話してくれるのかは一言も喋っておらず、結局名前以外は何処の誰なのか解らず仕舞いである。
兎角、あらゆる意味で強烈な印象を私に刻み込んで、彼は闇夜の中に消えて行ったのだった。
「―――のは?なのはッ!」
「はぇっ!?な、何?アリサちゃん」
「何?じゃないわよ、急にボーっとして」
友人の片割れ―――アリサちゃんに呼び掛けられて、ハッと我に返る。
見れば、煌く様なブロンドの髪を揺らしながら、こちらを訝しむ様に覗き込んでいる。隣に居るもう一人―――すずかちゃんからも、気遣うような視線が刺さる。
「大丈夫?なのはちゃん」
「う、うんッ!大丈夫大丈夫!!」
「ホントかしら?アンタ変に溜め込む癖あるから、悩みならちゃんと私達に言いなさいよ?」
「にゃはは………」
さすが、よく見ていらっしゃる。
「んーーッ、終わったぁー」
「ねぇ、帰りなのはの家に寄っても良い?フェレット―――じゃなかった、ユーノの事が気になっちゃって」
時間が経ち、今日一日の就業時間の終わりを告げるべく、聞き馴染んだ鐘の音が耳朶を打つ。
教科書を鞄の中に仕舞い込んで帰り支度を進めていると、何時も通りにアリサちゃんとすずかちゃんが寄ってくる。
「私も、元気になったユーノ君が見たいなぁ」
「勿論、大歓迎だよ!ユーノ君も喜んでくれると思う」
二人の申し出を喜んで受け入れ、他の級友や担任に声を掛けながら、三人一緒に教室を後にした。
「―――何?アレ」
「人だかり………かな?」
玄関口まで下りて靴を履き替え、それから校門まで校庭を横切る様に移動する最中。校門近くにまで来た所で、妙な光景を目にする。
門のすぐ前の道路に、一つの影。距離が縮まるにつれて、ボンヤリとした輪郭はその姿形を明確にしていく。
―――バイクだ。停まっていたのは、一台の大型バイクだった。
車種等は詳しくないので解らないが、ディープブルーの流線型フレームに、体を密着させる様に預けながら、一台のバイクが停まっている。
皆頻りに物珍しそうな視線を送っている。それもそうだ。うちの学校なら確かに御迎えなんかは在ったりするが、それでもこんな風にバイク一台で、と言うのは、見るのも聞くのも今日が初めてだ。
独特の重低音を響かせるバイクの前を、他の子たち同様に注視しながら通り抜け
「おー、居た居た。おーい、嬢ちゃーん」
ようとして、足が止まる。俯せに寝そべる様に乗っていた人が、此方に声を掛けた―――ような気がした。
―――いや、まさか、そんな。なんか聞き覚えのある声だったが、確かに日を改めてと言ってたけど、そんな、馬鹿な。
頭の中に浮かんだ可能性を必死に否定している私を余所に、バイクに乗っていた人は、群がっていた低学年の男の子達に断りを入れて、間違っても周りを巻き込まない位の速度で、此方に近づいて来た。
「え、誰?知り合い?」
「う、ううん。なのはちゃんは?」
「さ、さぁ?私もよく解んない、かなぁ………?」
突然掛けられた声に、当然ながらアリサちゃんとすずかちゃんも、突然呼び止められて足が止まっている。意見を求められた私はと言えば、変に緊張して返事も何処かぎこちない。上手く表情を作れているか非常に不安だ。
嫌な予感をビンビンに感じながら、そうこうしている間にバイクは私達の横で一旦止まった。
「どちら様ですか?、失礼ですけど、人違いじゃないですか?」
フルフェイスのメットからこちらに顔を向けるその人に向かって、アリサちゃんがやや棘のある対応をする。大人相手でも物怖じしない友人の態度に、しかしその人は怯む素振りさえ見せず続ける。
「気の強い嬢ちゃんだ。が、俺が用が有るのは其処の栗髪のチビッ子だ」
何処を見てるか解らない視線と共に、指先を私に突き付ける。ビクリ、と肩が竦む。
「わ、私、ですか?」
「応よ。昨日改めて話すって言ったしな。ハイ、乗った乗った」
「え?えぇ?」
意図を呑込めないまま、トントン拍子に事態が運んで行く。混乱しているせいでぬっと伸びてきた腕に碌な抵抗も出来ないまま、まるで子猫の様に首を持ち上げられてバイクの横に取り付けられたサイドカーに降ろされてしまう。
「じゃ、ちょっとこの子借りてくぞー」
「―――ぇぇぇぇええええええッッ!?!?」
Uターンして走り出したバイクに一瞬遅れて、私の渾身の叫びは救急車のサイレンの様に尾を引いて木霊していった。
「……なのはちゃんが」
「………攫われたぁっ!?」
後日。
あわや警察まで呼び出すかと、ちょっとした大騒動になったが、それはまた別のお話。
~~~~~
「―――いやぁ、美味かった。甘い物なんざコーヒーの付け合わせだと思ってたが、なかなかどうして侮れん」
それから私は、バイクを走らせるおじさんによって臨海公園まで連れて行かれました。
座っているベンチの横では、口の端に着いたクリームを指で舐め取りつつ、おじさんが結構な暴言を吐いている。普通は逆ではないだろうか。
「えっと、お粗末様でした」
「ん?嬢ちゃんが作った訳じゃないだろう?」
「あ、いや。あのシュークリーム、うちのお店のだったから、何と無く」
「マジか!?」
嬢ちゃん恵まれてんなぁ、と羨ましそうな視線を向ける彼に、嬉しいやら恥ずかしいやらと何だかむず痒い感覚に襲われる。
「あ、あの。そろそろ本題に入りませんか?」
《ミスターユーノの言う通りです、バディ》
私の肩から控えめに、おじさんの耳元から同調する声が挙がって、おじさんがそれもそうかと居住まいを正した。
閑話休題。
おじさんが私を連れ去ったのは、昨日言っていた通り。私が今置かれている状況を改めて説明するため、でした。
昨晩出会い、目覚めてしまった力―――『魔法』の力。
その力に纏わる、私の“これから”をどうするのか……なのだけど。
自販機まで飲み物を買いに行ったおじさんの後姿を見ると、どうにもしっくり来ない。酷くマイペース、良くて自由気儘なおじさんの態度が、昨日の出来事が夢だったとでも告げている様な気分にさせる。
手渡されたリンゴジュースの中身を傾けながら、同じく缶コーヒーを煽っていたおじさんが喋り出すのを待つ。
「さて、改めて自己紹介だ。俺は剣征十郎。管理局次元航行部所属で、執務官をやらせてもらってる」
「執務官!?じゃあ、ジュエルシードの事は―――」
「あぁ、違う違う。今回は完璧に偶然だよ、ユーノ少年。こっちには休暇で来てたんだが、何の因果か、偶々お前さん達とバッタリって訳さ」
「そう、ですか……」
おじさんの言葉を耳にしたユーノ君が肩から身を乗り出すも、おじさんがやんわりと否定した事に肩を落とす。当事者の一人である筈の私には、何の話かさっぱり把握できない。
「あ、あの。昨日も言ってましたけど、“管理局”―――って何ですか?」
聞き慣れない単語が飛び交う中、このままでは置いて行かれると感じた私は一石を投じる。
「ぁ、あぁ。ごめん、なのは」
「まぁ、説明するのは其処からか」
この世界は、一つでは無い。見た事も無い世界が、無数に存在する―――
普通に聞けば、それはごく当たり前の話。目に見えるだけの世界が総てでは無いと言う、当然の真理。ただし、今回に限ってはそう言う哲学的な解答では無く。物理的なスケールの大きさが求められる。
世界を『世界』足らしめる“壁”。その壁の向こうに揺蕩う果て無き無意識粒子の海と、そのまた更に向こう側に同じく壁を形成した『世界』。
数多くの魂魄に満ちた世界は、大小様々、ありとあらゆる可能性を秘めながら、次元の海を漂っている。
「その次元の海で隔てられた“世界”と“世界”のいざこざを解決するのが、俺たち『時空管理局』って訳なんだが―――解るか?」
おじさんの問い掛けには、首を横に振って答えた。だろうな、と苦笑いを浮かべながら。おじさんが缶の残りを飲み乾す。
「まぁ、この世界で言えば、警察とか消防署とか裁判所とか、政府直轄の組織を一纏めにした所ってのが、大分噛み砕いた表現だわな。で、主な仕事は昨日みたいな危険物処理は勿論、魔法で無闇矢鱈に『世界』に干渉する馬鹿をしょっ引く事って訳だ」
「は、ハァ……」
一通り説明してくれたおじさんの話を聞いても、今一判然とせず生返事を返してしまう。
漠然とどういう組織なのかと言う点については、おじさん曰く噛み砕いた表現、の下りで何となく理解できたものの。より明確な部分については今は深く考えない方が話を進めやすい気もする。
「ま、嬢ちゃんの疑問は一先ず置いといて。改めて、件の“危険物”についてご説明願おうか、ユーノ少年?」
おじさんの視線が、私の肩に乗っていたユーノ君に向かう。それを受けて解りました、と了承した彼が肩から飛び降りて私達に向かい合う様に対峙した。
「そもそもの発端は、僕なんです」
埋もれた文明の歴史を紐解くために、遺跡から遺跡へと流浪を繰り返す民、スクライア。
彼―――ユーノ・スクライアもまた、その考古学の一族の一人だった。一族の中で才能を開花させていった彼は、弱冠9歳にして発掘現場を任される程の手腕を発揮していた。
その過程で彼が出会ったのが、あの蒼海の様な深い妖光を放つ宝石だ。文献に寄れば「持つ者の願いを叶える」とされているが、それが明確な答えとはいかないだろう。
然るべき処置をして、然るべき場所に保管される……筈だった。航行中の輸送船が、謎の事故に遭遇すると言う不幸に見舞われたために、それら21の輝きは、この未開の地―――『地球』へと降り落ちたのだった。
「願いを叶える―――って言っても、発動条件の曖昧さや、ジュエルシードそのものが不安定な指向性エネルギーの塊ですから。昨晩みたく単体で暴走して、媒介を求めて周囲を害する可能性もあります。
偶然手に取った生命体の思念を感知して、曲解した発現方法を選んだまま、力に取り込まれて暴走する可能性もある」
故に、即急に回収しなければならない。今はまだ主立った被害は出ていないものの、もしあの“力”の塊が、より強力な、悪意を持った誰かの手に触れたとしたら。最悪の事態すら引き起こしかねない。
「だから、直ぐにこの世界に降り立って回収を始めたんですけど…………」
「ジュエルシードの力が想像以上で、途中で力尽きたって訳か」
おじさんの指摘に、ユーノ君は顔を俯かせる。
「でも、ジュエルシードがこの地球に落ちたのは、ユーノ君のせいじゃ無いんじゃ……」
「それでも、あの厄災を持ち込んだ原因は僕に有るんだ。僕があんな物掘り出さなければ、なのはまで巻き込む事も無かった。だから―――」
「まぁ、その気概は認めんでもないが、ちょいと向こう見ずだわな」
言いながら、おじさんは手に持ったコーヒー缶を握り潰して、ゴミ箱目掛けて振り被り投げ放つ。ガコン、と音を立てて鉄屑となった缶は穴の中へと落ちて行く。
「回収したのは2つ。残るは19か」
「手伝ってくれるんですか!?」
「馬鹿言え、お前さんが俺を手伝うんだよ。偶然とは言え、知った以上は放って置けねぇからな」
「っ!ありがとうございますッ!!」
「あの、私も―――」
「駄目だ」
声が、響く。
静かだが良く通るおじさんの声音は、ハッキリと。拒絶の色を示していた。吊り目がちの碧色に見透かされる様に射抜かれて心臓がヒヤリと跳ねる。
「昨日も言ったが、民間人の魔法行使は許可が無い限り御法度だ。許可するかどうかの判断を俺は出来る。そして、俺は嬢ちゃんが“此方側”に来る事を許可しない」
「そんな、どうしてッ!?」
「数多くあるが、一番の理由は「危険だから」だ」
「これは遊びじゃあない。下手すりゃ誰かが死ぬかもしれない」
「魔法も万能じゃないからな。死んでも生き返るなんてのは夢物語だ」
「非日常とは言えるが、幻でもなけりゃ夢でもない。これは紛れも無い“現実”なんだよ」
―――お前に、その現実を背負う覚悟はあるか?
「…………」
唇がカラカラと渇く。
何も言えなかった。何かしら言葉を紡ごうとしても、それは形に為らず虚しく息を吐くだけに終わってしまう。
悔しさ、からでは無いと思う。どちらかと言えば、恥ずかしさの方が勝るだろうか。
おじさんが言った事は文字通り、紛れも無い現実だった。覆し様の無い真実だった。
そんな事は無い、と否定できれば。立ち止まる事も無かったのかもしれない。しかし何も知らない私には否定のしようも無い。私の様な子供にも嫌と言うほど伝わる事実が、余計に歯痒さを増してゆく。
「「―――ッ!!」」
刹那、感覚を捉える。
昨晩非日常に足を踏み入れた際、“ズレる”時に感じた。あの耳鳴りの様に苛む感覚が肌を逆撫でる。
「この感覚、ジュエルシードッ!?」
「解るか?朧月」
《此処より北西に反応を検知、尚も増大中です》
「チッ……急ぐぞ!!」
「僕も行きます」
「あぁ?」
走り出したおじさんの肩に、ユーノ君は飛び乗る。
「まだ万全じゃないけど、結界を張る位なら出来る。お願いします、行かせて下さい」
「―――勝手にしな」
そのままおじさんとユーノ君はバイクに乗り込んで、何処かへと去って行きました。
《マスター》
「―――何?レイジングハート」
首元から話しかけてくる機械音声に応える声は、どこか上の空だった。―――そう言えば、返しそびれちゃったな、この子。
《よろしかったのですか?》
「……だって、仕方ないよ。ダメだって、言われちゃったもん」
ダメだと、付いて来るなと言われ。身動きすらできないままに終わった。
今迄出会った事の無い衝撃に目を奪われ、しかしそれはたった一言で水を掛けられた様に冷めてしまっている。熱に浮かされる様な感覚は、それこそが幻なのだと告げられてしまった。
最早、どうしようもない。子供の私では見えない視点が、おじさんには見えている。ならば、それを知っているおじさんの方が、正しいのだから。
「おじさんは、管理局って所の職員さんだもん。私が行っても、足引っ張るだけだよ」
《それで貴女は、納得できるのですか?》
「………」
それは―――
《彼の言っている事は、確かに正しいと思います。ですが、彼の言っている事が、貴女の総てを決める訳では無い、と進言します》
《貴女は、納得できるのですか?》
「―――きない。納得なんて、出来ないッ!!」
投げ掛けられた疑問に、絞り出す様に答える。
納得なんて、出来る筈がない。私の感覚はもう、『魔法』と出会った事で変わり始めてる。何も無いと思ってた自分にも、誰かの為になる“力”が有る。
それを今更、無かった事になんて出来ない。この出会いを、繋がりを、否定する事なんて。
「ぁ―――」
俯かせていた顔を上げる。
時刻はまだ3時半過ぎ。目前には西に傾き始めた太陽と、青々とした空が果て無く続いている。雲一つない、この上無い程の、快晴。
「綺麗………」
《飛び立つには、良い天気かと》
「怒られるよね?」
《決めたのはマスターです。私に非は在りません》
「あ、酷い」
さり気無く責任転嫁してくる“相棒”に、不満を零す。不思議と、不愉快さは全く無い。
「―――行くよ、レイジングハート」
《仰せのままに》
昨日出会った暖かみを、今一度のこの手に。
私は、過ぎ去った背中を目指して、走り出す。
~~~~~
『ガァァァアアアアアッッ』
「っだっしゃぁぁぁあああッ!」
目前に迫る黒い体躯。四つの赤い瞳を血走らせ、鋭く伸びた牙を爪を突き立てんと襲い来る。隔てるのは刀一本、鋼を軋らせながら凶刃が届くのを防ぎ続けている。
得物を逆手に持ち替え引き倒しながら重心を傾ける。態勢を崩した相手の顔面に強化した左拳を叩き込んで吹き飛ばした。
ギリギリまで詰め寄った状態から距離が開く。低く唸る様に喉を鳴らしながら、しかし一辺倒では通用しないと悟ったのか、再び飛び掛かって来る気配は無い。
「痛っ……実体を得ただけでこれかよ」
《ランクAAの物理保護が掛かっている様です。肉弾戦は期待できませんね》
「嬉しくない報告どうもッ!!」
悪態と共に地を蹴る。発射の瞬間に片手で刃を3本精製、直ちに投げ放って牽制、そのまま腰溜めの構えから一気に抜き放つ。
手応えは―――
「ハァ!?」
無い。先程の光景を逆転させたかの様に、刃の進行を『壁』が堰き止めている。
《なんと、魔力障壁まで使うとは。賢いワンちゃんですね》
「ボケてる場合かッ―――っとぉぉおお!?」
視界が回る。何時の間にか腕に絡みついていた長い尾でハンマー投げの様に振り回されていた。脳ミソまでシェイクされる前に刃を精製、すかさず尾を切り飛ばして拘束を脱し、身体を捻りながら後退する。
「大丈夫ですか!?」
後方で気絶した民間人の様子を見ていたユーノ少年が声を掛けてきた。あんな大口叩いといてこの様、カッコ悪ッ。
「ったく、これでも仕事が出来る方で通してんだけどな」
《その台詞は書類仕事をデバイスに回す人が使うものではないかと》
「るっせ」
こんな時にまで減らず口を叩いてくれる相棒のお陰で、乱れていたテンポが戻って来る。今一度構え直して敵対者と相対する。
人間の膂力を遙かに超える強靭な四肢に、生物の枠から逸脱した堅牢な外殻。加えてランクAAの物理保護に俺の一太刀を凌ぐ魔力障壁と、守りは盤石。
対してこっちの攻撃手段は中・近距離戦のみ。おまけに気絶した民間人と事情通の小動物のお守りまでしなきゃならん。
おいおい何の罰ゲームだよこれ。
《見事にバディの苦手分野を突いてますね。その内砲撃でも放ってくるんじゃないですか?》
「だから、不吉な事言うなって」
そんな事言ってたらマジに撃ってきそうだから。昨日の出来事だって仄めかす様な事言ったのお前だからな?
実際、学習スピードが半端無い。打ち合ってまだ数合。にも拘らず、短時間で此方の攻撃に対し有効な防御策を次々と編み出している。
野生の感―――だけでは無いだろう。それだけではこの異常な成長速度の説明は付かない。ジュエルシードが生命としての感覚を著しく増長させている、と言う事なのだろうか。
《熱源変動。来ます》
「上等ぉおお!!」
その身に廻る力を滾らせて、黒い体躯が疾走する。
身体強化を施し、魔力刃を纏わせた刃を上段から振り下ろして迎撃。衝突の直前、敵の前面には再び障害が発生する。
「押し通るッ!」
硝子が砕ける様な音が耳朶を打つ。
防ぎ切れると高を括っていたのだろうが、二の轍を踏むなど有り得ない。ご自慢の壁を粉砕された事と剣風による圧が相手の出鼻を挫く。間髪入れず返す刃で逆袈裟に一閃。
しかし、スキンを貫くまでには至らない。両者の間で燻った力は衝撃波に変わり黒い体躯を大空へと打ち上げる。
少年が結界を維持してくれているので遠く彼方までホームランなんて事には為らない。地を蹴って、放り出された異形へと追い縋る。
《反応膨張》
「ッ!?」
告げられた直後、目前で変化が起きた。
膨大なエネルギーの高まりが一点に集中し始める。見て取れる危険を肌で感じ、咄嗟に構えを解いて空間に壁を描く。
瞬間、視界が光に呑み込まれた。押し返してくる力は突進の勢いすら塗り潰して俺を地に押し返す。
《……ほんとに使ってきましたね》
「ほら見ろッ!?ほら見ろッ!!」
だから言ったじゃんホントになるってッ!!
さっそく予言的中させてくれやがった相棒に心中で罵倒の限りを尽くす。……じゃなくて。
押し迫る光の流れを薙ぐ様に弾き、逸らす。怨敵の居る空を見上げれば、その周囲に魔力を凝縮させた球体が幾つも形作られている。
《マジですか》
呆然とした意見には大いに賛同するが、感けてる余裕は無い。一足にその場から宙空へと飛び退く。
遅れて光の柱が空気を震わせながら着弾し、地面を焦がす。あとに残るのは小規模のクレーターと散りそこなった崩れ石。
目標の視線が此方と絡む事、数瞬。暴力による蹂躙が開始される。
躊躇なく乱射される砲撃の嵐。弾幕としては規模が薄いものの一発の重みがシャレに為らない。この身一つで防いではいるが向こうさんの貯蔵魔力は事実上無尽蔵と言える。必然此方がジリ貧の状態に追い込まれる。
そして、
《バディ!》
「クソ、捌きが甘ぇ!!」
一射、完全に逸らしきれずに在らぬ方向に向かってしまう。光の矛先に居るのは、民間人とユーノ少年。
今の状態じゃ最速で飛んで行っても間に合わない。
「逃げろッッ!!」
全速力で手を伸ばしながら一喝するが、それは無理な話だ。
理不尽の塊が、二人を押し潰さんと迫る。
「レイジングハート!!」
《Protection》
コマ送りの様に目前で事態が動く最中、声を聴いた。その声は、年相応な幼さの中に確りとした芯を持った、良く通る声で。
この場所に、在ってはならない筈の声。
どうして、この場所に居る?これがどれ程危険な事かは、確かに伝えた筈だ。
どうして、其処に立って居られる?今尚猛威を振るう光が、命すら奪うものだと言う事は。防ぎ続けるその身に十二分に伝わっている筈だ。
なのにどうして、その場所に毅然と立って居られる?どうして、逃げる事無く立ち向かっている?
どうして?どうして?
「どうして……」
思わず、本心が口を突いて出る。その命を守られたユーノ少年も、恐らく同じような感想を抱いている事だろう。
迫る脅威を防ぐ、奇しくも“あの人”と似た光の使い手。
金色の杖を携えて、少女―――高町なのはが其処に居た。
ビシリッ、と亀裂が走る様な音が響く。音源を探れば、憑依体と彼女を隔てる桜色の壁に、罅が入り始めている。
《いけない!》
「言われなくてもッ!!」
全力で空間を蹴り飛ばし、一瞬で肉薄。横っ腹目掛けて切っ先を突き入れる。反動はあるものの意識外からの攻撃だったからか抵抗が薄い。そのまま力技で強引に突き飛ばし、大地へと叩き落とした。
巻き上がった粉塵が晴れれば、そこに在ったのは身に奔るダメージに足を震わせる黒い体躯。これ以上の抵抗は、無い。
「封印だ!早くッ!!」
「お願い、レイジングハート!」
《All right. Sealing mode Set up》
呼び掛けに応え、金色の杖は形を変える。穂先から光の翼をはためかせ、紅玉から滾る桜色の光は一層輝きを増して行く。
伸びる光の帯によって忌まわしき者はその存在を縛される。そして、額に浮かび上がる、二つの数字。
「リリカル・マジカル―――ジュエルシード、シリアル16・17」
「封印ッ!!」
《sealing》
「どう言う心算だ?」
「…………」
事態が一応の収束を見せて。
今俺は彼女と対峙している。顔を俯かせている為に、その表情がどんなものかは窺えない。
「俺は来るなって言ったよな?」
「……」
彼女は答えない。
「危険だから、覚悟も無い奴には任せられないって。さっきの戦闘もそうだ。間に合わなかったら、どうなってたか」
「……」
彼女は、答えない。
「どうして、ここに来た?」
俺は問い掛ける。
彼女は―――
「―――納得、出来なかったんです」
「私、昨日魔法に出会ったばっかりでした。初めてで、すごく不思議な出会いでした」
「ユーノ君に助けて欲しいって言われて、資質が有るって言われて、嬉しかった。私にも、誰かの役に立てる力が有るんだって」
「でも、おじさんに聞かれて、私は何も答えられなかった。私の思いが、気持ちが否定されたみたいで、何も言えなかった」
「覚悟が有るか、なんて。聞かれても、私にはよく解らない―――けど」
「納得なんて、出来ないです。私に出来る事が有るのに、“ソレ”を駄目だなんて、否定されるなんて。納得出来る程、大人じゃないです」
真っ直ぐに。柴玉の様な輝きを向けて、彼女は答える。
言ってる事は滅茶苦茶で、まるっきり子供の我儘だ。答えとしては及第点にすら届かない。
しかし、その瞳には確かに、大人に問い質された程度じゃ小揺るぎもしない、“ナニカ”が在った。それを覚悟と呼ぶかどうか。それは彼女の事を欠片程しか知らない自分には推し量る事は出来ない。
―――似ている。魔力光と言い、さっきから像がダブる。
苦手なタイプだった。根底だけは譲らない、意志の強い目が、特に。
「―――『誰が為の歩み』、か」
「え?」
「いや、何も」
ふと思い出した言葉を思わず口にして、直ぐに取り繕う。こんな時なら絶妙に口を挟んで来る筈の相棒も、今は何も言わない。
本当に、
「…………解った。お前さんが“此方側”に来る事を、認めよう」
「ホントですか!!」
「但し!約束が二つある。一つは、これから毎日欠かさず、魔法の練習をする事。それからもう一つ、絶対に無茶はしない事。解ったな?」
「―――」
「解ったら返事ッ!!」
「ハ、ハイッ!!」
「うん―――素直で宜しい」
緊張を解す様に、労いの意味も込めて。栗色の頭を撫でてやる。すると、今更喜びが追い付いて来たのか。見る見る内に顔を綻ばせて、事態を見守っていたユーノ少年の手を取って、くるくると回り出す。
年相応な幼さを感じる、見ている分には非常に微笑ましい光景である。振り回されてる少年の三半規管の安否が気になるが、まぁ。些細な事、か。
「やれやれ……」
《「これから喧しくなりそう」ですか?》
「そこまで野暮じゃねぇよ。てか、人の台詞先回りしてんな」
ここぞとばかりに口を出す愛刀を黙らせる。
ふと目を向ければ、何時の間にか。陽の光は地平線の向こうへと大分沈んでいた。先程まで目も当てられない惨状だった場所は、今は所々を茜色に染めている。
「………違うな」
落ちて行く朱色が、これからを予感させる。
そこに在る未来が、どうか幸福である事を願って。
「これから、賑やかになりそうだ―――」
そんな事を、口走る。
話運びの下手糞な私が通りますよ。
ちょい長かった、かな?
次回は皆さんお待ちかねのあの子が出る!かも?
幕間の細かい部分とかはアニメ見て補填してくれると助かります。