これは無い。
※14/1/5 一部設定を変更。それに伴い文章一部を改定。
「―――なぁ、朧月?」
《何か?》
「今朝方に誰か物騒な事を口走ってた気がするんだが、お前覚えてるか?」
《さぁ?その様な会話が有った事は記憶していませんが?》
白を切るかコノヤロウ。
今、目の前に広がる光景は。何時も目にしてる様な日常の景色からすっかりと様変わりしていた。
夜空を彩る星々の輝きも、落とし込まれる薄蒼の月の光も、それらを飲み込む街の灯りでさえ。あらゆる“色”を奪い取る、無彩色な灰色。
見慣れた様な光景だ。見慣れるぐらいには、何度も目にした光景だ。
世界が、ズレている。“此方側”まで、ズレ込んで来ている。鏡合わせの様に密接な、この裏側にまで。
《―――二つの反応を検知。一方は当ても無く、もう一方は追い駆ける様に移動中です》
「襲われてるって事か―――しゃーない」
《よろしいのですか?》
「そりゃお前、気付いた以上は知らぬ存ぜぬじゃ通せないさ」
例え実態が痴情の縺れなんて至極下らない理由による諍いだったとしても、この世界での魔法行使はご法度だ。
だったらソレを取り締まるのが俺の仕事だ。下らなくない理由だとしたら、尚更。
「決して休日返上の八つ当たりでは無い断じて」
《本音が漏れてます、バディ》
「いいから、仕事着」
《…………Awakening》
呆れる様な相棒の声を耳に、視界が白銀に染まる。
頭上と足元に顕現する『力』の象徴。象形文字の様な物と図形で構成されたそれは、形は頂点に円形を持った正三角と、その中心に剣十字。白銀の光を放ちながら魔力を循環させる二つの陣が、互いを引き寄せ合いながら体を通り抜けていき、過ぎ去った箇所を変質させる。溢れ出る白銀の光に包まれ、“ソレ”が元居た場所に納まる様に内側に向けて縮小しきる頃には、先程までの普段着からはスッカリと様変わりしてしまっている。
ラインの入った濃紺のロングコート。コンバットブーツに、真白い薄手のグローブ。利き手には身の丈程の鍔の無い無骨な野太刀を一振り―――まさに戦闘形態。何時も通りの仕事着である。
「―――うっし。んじゃ行きますかッ!」
そう言って愛刀を担ぎ上げ、闇夜の最中を我武者羅に駆け出した。一寸先が不透明なのは百も承知。しかし、当てが無い訳では無い。
「飛べッ!!」
《Levitation》
その言葉を皮切りに、一歩大きく踏み出す。
腰溜めに姿勢を屈め、全身をバネに見立てながら足先に力を込めて大地を思い切り蹴り放つ。途端、一刹那の内に体は重力を振り切って、歪な夜の帳へと躍り出る。
軽くなった体で空気の流れを感じながら、眼下に広がる街並みへと視線を凝らしていく。
「―――見つけた」
静寂を纏う暗闇の中で一点、転々と砂塵を巻き上げている箇所を視界に捉える。
《反応を照合―――当該対象です》
「ビンゴッ、急ぐぞッ!!」
もう一度膝を曲げ、宙空を蹴って弾かれる様に飛び出した。視界の端で点々と輝きを止めた星が、一つの線に為って流れ行く―――
~~~~~
「―――ハッ……ハッ………」
私は走っていた。
書き換えられた街並みを、つい数秒前までは『現実』として目の前に広がっていた筈の風景を。
腕の中に人語を解する奇妙な命を抱いて、逃げる様に―――否。今正に逃げているのだ、迫り来る理不尽から。
「ハッ…ハッ…ハッ……」
元々運動が出来る方では無い身としては、今の状況は非常に不味い。
もう既に体力は切れかかってるし、呼吸は苦しいわ心臓の音が煩いわオマケにさっきから怒涛の展開でもう色々手一杯なのだ。
ふと、後ろに視線を向ければ。“ソレ”はまだこちらを追って来ていた。
あれはダメだ。生まれて未だ二桁にも満たない時間しか生きていない自分にでさえ、解ってしまう。
“アレ”こそは、理不尽の権化。私達平凡な人間の持つ『常識』の外に居る存在。
形状は丸く、色は黒一色。体毛なのか触覚か何なのか、一定の形を保ちながらゾワゾワと蠢くそれは非常に気味が悪い。
端的に言ってしまえば、私が目にしている“ソレ”は巨大な毬藻だ。巨大な、人間より大きな、毬藻。ははは意味解らん。
「えっと……何がどうして、こんな事に為ってるのか、さっぱり解らないんだけど!?」
巨大毬藻のギラついた真っ赤な目からすぐさま顔を逸らし、この理不尽すぎる状況を嘆く様に叫ぶ。
「ごめん……“アレ”は僕のせいなんだ」
私に抱えられていた小動物―――傷の癒えてないフェレットが、項垂れる様に呟いた。
「君の…?」
「うん。アレは元々、僕の世界に有ったものだ。でも、ある事故が原因で“アレ”はこの世界に散らばってしまった」
「待って。待って待って待って」
“僕の世界”?“ある事故”?“この世界に散らばった”?何だか話の規模がどんどん大きくなってないだろうか?
「君は、君は一体何者なの?」
「僕は、此処とは違う、別の世界から来ました。散らばったアレを―――ジュエルシードを回収する為に」
「ジュエル、シード……」
「何とか一人で回収しようと思ったけど、僕だけじゃ成し遂げられなかった……お願いだ!君の力を貸して欲しい!」
「貸してって言われても………」
フェレット君の嘆願に困惑する。
勿論、貸せるものなら貸したい、力に為れるのなら喜んで力に為りたい。
でも、それは無理だ。素手で化け物を粉砕する事は疎か、普通に走っただけでも息の上がっている自分に、あんな不条理を如何こうする力など、有る訳が無いのだから。
しかし―――
「大丈夫、君には『資質』が有る」
フェレット君は、私の考えを否定する。
「し、資質?」
「君は、僕の声を聴いて此処まで来てくれた。殆ど賭けみたいな方法だったけど―――君はこうして“ココ”に居る。それこそが、何よりも明確な答えだよ」
そう言いながら、フェレット君は私の腕から飛び降りて、改めて私と向き直る。翡翠色の綺麗な瞳が、真っ直ぐに私を見据えている。
「君は、あの不条理を退ける力―――『魔法』の力を持っている」
正直、意味が分からない。
今迄自分は、極々普通の人間として暮らして来た筈だ。普通に家族と過ごして、普通に学校に通って、普通に友達を作って、一緒に遊んで。
無論、全てが順風満帆だった訳では無い。小さい頃に年相応な寂しい思いもしたし、友人との出会いは多少山在り谷在りだったかもしれないが、それでも。
世界中の人に聞いて回れば、少なからず似た境遇の人物がいるだろう、そんな『普通』の暮らしを。
だが、それがどうだ?
一昨日の奇妙な夢から始まって、偶然助けたフェレット君は喋るフェレット君で、しかも正体不明の化け物のに襲われてて。
別の世界に、果ては魔法―――と来たものだ。
馬鹿げた話だ。滑稽な話だ。荒唐無稽も良い所だ。百人に聞けば百人が医者に行けとでも言う様な、常識外れな話だろう。
―――なのに何故。私はその言葉に疑問を抱かないのだろうか?
―――ならばどうして。私はその言葉に酷く惹き付けられているのだろうか?
「危ないッ!!」
「ッ!?」
フェレット君が叫ぶ瞬間、私達の立つ場所に影が差した。見れば、あの巨大毬藻が体を雲の様に分散させて、頭上から私達目掛けて飛来してきていた。
咄嗟にフェレット君を連れて跳ね退く様に飛び出す。遅れて、あの毬藻が唸りを上げて落下し、大地を粉砕した。堪らず、私とフェレット君は手近な電柱の陰に身を隠す。
「大丈夫ッ!?怪我は無い?」
「何とかね―――ねぇ。ホントに、私にそんな力が有るの?」
以前身体を隠しながら、先程まで立って居た場所を見る。粉塵が巻き上がり、粉々に砕かれたコンクリートの破片が方々に散っている。
あんな衝撃、人間に堪え切れる訳も無い。散らばった欠片は、もしも反応が遅れていた場合の自分の体の末路だ。体力も底を尽き掛けている。次来られればほぼ間違い無く人間ミンチの出来上がりだ。
だと言うのに、心の中を満たしているのは。不安でも恐怖でも無く、興奮と、歓喜。
「これを―――」
そう言って、フェレット君が首に下げていた物を差し出してくる。
金色の飾りに、簡素な紐が通してある。飾りに着いているのは、綺麗な丸い宝石。淡い暖かな光を放つ玉石のその色は、まるで今の私の心内の様な。燃える様な紅色をしていた。
「それを手に、目を閉じて。心を澄ませて」
フェレット君の言葉に従い、言われた通り、目を閉じる。
不思議だ。さっきまでの喧騒も、身体の中心で喧しく鳴り響いてた鼓動音も、今はピタリと止んでしまっている。感じ取れるのは彼の声と、今も自分の手の中で命の脈動にも似た温もりを持つこの宝石だけだ。
「僕に続けて、唱えて」
―――我、指名を受けし者なり―――
―――我、指名を受けし者なり―――
―――契約の元、その力を解き放て―――
―――契約の元、その力を解き放て―――
―――風は空に、星は天に、そして不屈の魂はこの胸に―――
―――風は空に、星は天に、そして不屈の魂はこの胸に―――
―――この手に魔法を―――
―――この手に魔法を―――
「レイジングハート、セットアップッ!!」
「レイジングハート、セットアップッ!!」
声と声が重なり合う。一つ一つ、丹念に紡いで行く様に。
声と声が響き合う。一つ一つ、互いに手を取る様に。
まるで示し合わせたかの様に、最初から知っていたみたいに。私はその言葉を口にする。
《Stand by ready.Set up》
変化は如実に表れた。
機械音声が聴こえたかと思えば、握りしめた左手から、巨大な桜色の光がまるで柱の様に立ち上る。
自分の奥底に沈められていた“ナニカ”が、堰を切って内側から湧き上がって来ている。
「凄い……」
「えっと、これ、どうすればいいの!?」
「落ち着いて!頭の中に、思い描くんだ。君の力を制御する『魔法の杖』。それから、君自身を守る衣服の姿を!そうすれば、レイジングハートが応えてくれるッ!!」
「杖、と服!?えっと、えっと―――」
促され、急ピッチでイメージを膨らませる。尤も、杖のモデルはゲームなどに有り勝ちな普通の形で、服に至っては自分が通ってる学校の制服ぐらいしか浮かばなかったのだが。
そうして、私の左手には先端にあの赤い宝石が付いた金色の杖が、私の服装は白と青のツーカラーで、学校の制服を少しファンタジックにアレンジした物に変わっていた。
変わり果てた自分の姿を、繁々と見下ろしていく。
「ホントに、変わった……」
《お似合いですよ、マスター》
「えっと、ありがとう?」
杖から聞こえた機械音声に、とりあえずお礼の言葉を口にする。
「来るよっ!!」
「ッ!?」
フェレット君の声に、体が強張る。見れば、あの巨大毬藻は自分の体を引き絞る様に屈ませ、突撃の態勢に入っていた。少し呆けて一瞬の判断が遅れた私には、もう回避の術は無い。
巨大毬藻が発射地点を砕いて、まるで弾丸の様に迫る。咄嗟に私は持っていた杖を毬藻に向けて突き出し、顔を逸らし目を瞑る。
《Protection》
衝撃が、空間に響く。
しかし、予想に反して体の痛みが無い事に疑問を抱いた私は、ゆっくりと目を開ける。
眼前には、今だ勢いそのままに轟進を続ける巨大毬藻。そして、毬藻と私の間を隔てる桜色の『壁』。
「これ、私、が?」
「そう。それが君とレイジングハートの持つ力。『魔法』の力」
「これが、魔法―――」
目前で繰り広げられる光景を、私は魅せられた様に心の内に焼き付けていた。
空気を震撼させる程の衝撃を今尚阻む。強固で、それでいて暖かな桜色の光。
―――これが、この子の。レイジングハートの力。
―――これが、私の。私の力。
―――私とこの子の、『魔法』の力。
《マスター》
「……うん。やるよ、“レイジングハート”」
金色の杖―――レイジングハートの呼び掛けに応える様に、握っていた手にもう一度力を込める。回転しながら衝撃を堰き止めていた桜色の光が、輝きを増して行く。
「せぇー―――っのッ!!」
拮抗した状態を崩すべく、両足に力を込めて身体ごと一息に押し込む。途端、力のベクトルを崩された巨大毬藻が弾かれ、後方へ退いた。
「また来る、構えてッ!」
「レイジングハートッ!!」
《All right》
来るべき二撃目に備え、今度は対面から確りと見据える。
一刹那の沈黙を、態勢を立て直した毬藻が打ち破り―――
「―――っっおっっらぁぁぁああああああああああッ!!!!」
「へ?」
「は?」
《What?》
―――緊迫した事態が、唐突にブチ壊される。
いざ戦わんと固めた決意をいきなり蹂躙したその人は、上空から何の前触れも無く飛来し、巨大毬藻に向けて怒号と共に踵落しを炸裂させていた。
宛ら断頭台の如く振り下ろされたソレは、不定形に蠢く躯体に容赦なくメリ込み、丸い輪郭を無残に拉げさせながら蹴り飛ばしていた。
「っしゃぁあッ!貴重な休暇の怨み思い知ったかッ!!」
《動機が果てしなく私情、かつ不純なのですが》
「たりめぇよ。俺が今回の休みの為にどれだけ紙山と格闘したと思ってやがる」
《7割方処理したのは私だったと記憶してますが?》
「お前、俺の相棒。俺、お前の相棒。俺の仕事はお前の仕事、お前の仕事はお前の仕事だ」
《ガキ大将みたいな独自理論を展開しないでください!》
「「………えぇ~」」
ない。
これは無い。
高揚していた気持ちは一気に反転し、まさに真冬の寒空の様に冷め切ってしまった。出鼻を挫かれるとは正にこの事だ。
もう一度言う。
これは無い。
《バディ。そろそろ後ろの方々の視線が厳しいです》
「っと、そうだった―――お前らだな?無許可で魔法行使した連中は。俺の連休どうしてくれんだコラッ」
《何時まで引き摺るんですか。みっともないからやめてください》
そう言いながら、男の人は呆けていた私達に近づいて来た。
肩当の付いた濃紺のロングコート。片手に、恐らくお父さんよりも高い背丈と、同じ位長い刀を担ぎ上げて。
少し白みがかった銀の三つ編みを肩から垂らしながら、その吊り目がちの碧眼で私の顔を見下ろす様に覗き込む。
《と言うか、彼女達は被害者でしょうに》
「んな事解ってらぁ。冗談だ冗談、一々真に受けるな」
《TPOってご存知ですか?》
「………あの、貴方は?」
目の前で長々と漫才を繰り広げる男に対し、フェレット君が恐る恐る、恐らく私達3人の共通の疑問を口にした。
「そう言うお前さんが誰なんだ?ハイ、人に名前聞く時は自分からッ!」
「え、えぇ!?えっと、ユーノ・スクライア、です」
「おし、次はそっちの嬢ちゃんだ」
「わ、私!?」
ここで私に振るのか。
「な、なのは。高町なのは」
「ユーノの坊主になのはの嬢ちゃんか。いいかお前ら?この地球は『管理外世界』って言ってな。俺たち“管理局”の許可無しに魔法を使う事は御法度なんだよ。今回は襲われてたみたいだから不可抗力って事にしといてやるが、次からはおじさんが居る時に使いなさい」
「ぁ、ハイ、ごめんなさい?」
「うん、素直で宜しい」
男の人―――自称おじさんの説教めいた物言いに、反射的に謝罪の言葉が口を突く。
いや、つい謝ってはしまったが、別段謝る必要性は何処にも無い訳で。そもそも目の前の男は、此方の質問にまだ答えていないのだが。
尤も、それを口に出来る程今の私に余裕が有る筈も無く。予期せぬ闖入者のお陰で理性は既に
「―――と言うか、後ろッ!!」
おじさんのインパクトが強烈過ぎたせいでスッカリ忘れていた、巨大毬藻。その巨体を振るわせて、何時の間にかおじさんのすぐ背後まで迫っていた。
「おじさんッ!!」
《Deflection》
おじさんは振り向かない。―――否、振り向く必要も無かった。
機械音声が響き、私の時と同じ様におじさんと毬藻の間に壁が出現する。ただ、私と彼の間には決定的な力量差が存在していた。
おじさんの背中に現れた白銀色の『壁』は、私の時でさえ抑え切れなかった膨大な衝撃を完全に相殺し、毬藻の動きを封じ込めている。
「さっきからギャーギャーギャーギャー―――喧しいっ!!」
振り向きざまに右足で蹴り上げる。登場時とは重力を反転させ、巨大毬藻は身動ぎも出来ないまま壁ごと上空に撃ち出された。
流れる様な動作で、おじさんは其処から更に身を屈め、地を蹴った。おじさんの姿が一瞬ブレて、いつの間に毬藻の頭上まで飛んでいた。
腰溜めに構えていた刀の鞘から、煌きが奔る。
目で捉え切れない程の速度で、銀閃が放たれた。
そう理解できたのは、おじさんが何時の間にか地面に着地していたからだ。
残心を解いて、僅かに覗かせていた蒼い刀身を鞘に納める。キン、と独特な音が木霊して、その音を合図に、空中に縫い付けられていた毬藻に線が奔る。
境目を分かつ様に中心に一本、遅れて二本、三本と奔ると、其処からズレてバラバラになっていく。
そして最後には、蒼海の輝きを放つ宝石だけが残った。
「封殺」
《Force-out》
おじさんが呟くと、宝石の周りを交差する様に、3つの白銀の鎖が現れる。
3つの鎖が輝きを増すのに比例して、宝石の光が徐々に弱まっていき、やがてその輝きを失いながら、おじさんの刀に吸い込まれて、消えた。
「―――そう言えば、俺の名前は言ってなかったな」
おじさんが、言った。
格好つけてる心算なのか、背中を向けたまま、顔だけを少し此方に向けて。不敵に口端を吊り上げて。
「剣―――剣征十郎」
おじさんは。
その名前を口にする。
何とか一週間以内で更新できたよ。
地の文が語り手のイメージと合わないかもしれないけどしばらくはこのままで。
ぶっちゃけ一番難産だったのは原作シーン。