その背中に空を見た   作:鈴鳴童子

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ただ一言。  やっちゃった。


~世界の『終わり』と『始まり』を手に~

 

 「一緒に来るか?―――」

 

 不格好な笑い顔で、俺に手を差し伸べてくれたその人は。俺にとって希望そのものだった。

 

 

 

 

 

 苗字は(ツルギ)、名前は征十郎(セイジロウ)。繋げて剣征十郎。

 時代錯誤な侍みたいな名前だなんて言われた事のあるこの名前を、俺は誇りに思っている。何故ならそれは、俺の本当の両親が残してくれた唯一の物だったからだ。

 多分一番俺の名前を呼んでくれた人達は、一番名前を呼んで欲しかった人達は。

 

 もうこの世には居ない。

 

 当時歳がまだ二桁にも満たない位だったと思う。家族の誰かの提案で、旅行に行く事になった。

 父親の家族サービスだったのか、母親がテレビに影響を受けたのか、それとも俺自身が強請ったのか。

 理由は幾つも有ったと思う。切っ掛けはほんの些細な事だったと思う。誰にとっても取るに足らない理由だったか、或いは誰かにとっては変えられない理由だったか。兎に角、俺達家族は一緒に出掛けたんだ。

 

 それが一緒に居られる最後の時間とは知らずに。

 

 最初に違和感を抱いたのは“空”だった。

 晴れ渡る様な蒼穹の青でも、差し込む様な斜陽の朱でも、帳の様に広がる夜天の黒でも無く。

 まるで世界から色を抜き取った様な、そんな色彩の無い“灰色”に変わっていた。

 

 ―――お父さん、空が変だよ?   ―――お母さん、あれ見てよ

 

 両親に話し掛けても、返事は返って来ない。それもそうだ、だって二人とも“停まっていた”のだから。

 二人だけじゃない。周りの道行く人波も、空を飛ぶ鳥も、雲も、風も。まるで世界中の時間が停まったみたいに。俺を残してさっきまで動いていたモノは一つ残らず停滞していた。

 コワイ―――たった一人だけ取り残されたと言う孤独感と、目に映る“世界”が書き換わったと言う未知の状態は、子供らしい感性に原始的恐怖を刻み付けるには十分すぎる要因だった。

 

 勿論、それだけで終わる筈も無い。

 

 不意に、俺は別の方向に顔を向けた。周囲に対して過敏になってた神経に、“ナニカ”が引っ掛かった。

 秒刻みに近づいてくるその気配に、猛烈に嫌な感じがした。全身の肌を突き刺す様な、体中を雁字搦めにする様な。それ程までに剥き出しな―――『殺気』。

 

 逃げたい、恐い、でもお父さんもお母さんも動かない、どうして?どうして!?どうして!?!?

 

 刻一刻と迫る死の恐怖が、頭の中を滅茶苦茶に掻き乱す。そして―――

 

 

 オレハ、ソレヲミテシマッタ。

 

 

 

 

 

~~~~~

 

 

 

 

 

「―――ッッ!!」

 

 跳ねる様に体が跳び起きて、精神が無意識の底から叩き出される。

 ぼやけたみたいに曖昧な意識は、幾度かの深呼吸と時間が経てば何事も無かったかの様に鮮明になった。

 随分と汗を掻いたのだろう、ベットリと張り付いている寝間着と髪の感触が気持ち悪い。起きてそうそう最悪の気分である。

 

《遅よう御座いますバディ。もうとっくに昼を回っています》

「うるせぇよ朧月」

 

 枕元に置いていた瑠璃色の宝石に銀の装飾を施したピアスから、機械音声で嫌味を告げられる。そう言うならもっと早くに起こせ、と言うと何度も起こしたが終ぞ応じなかっただろう、と文句まで叩かれてしまった。

 

「………あぁ、ったく」

 

 苛立ちも冷めない儘に、ベッドから完全に抜け出した。

 

 

 

 

 

《朝食―――と言うか最早昼食ですが、トーストぐらいなら準備しています》

「ん………ぁふ」

 

 気を利かせてくれたピアス―――朧月の声に、生返事を返しながら欠伸をかみ殺す。

 水を張った薬缶をコンロに掛けながら、丁度焼き上がったトーストを引っ張り出して一口齧る。香ばしい匂いを口の中で感じながら緩慢に咀嚼していく。

 それを咥えたまま椅子に腰かけ、テーブルの上に放ってあった新聞を手に取った。

 

《行儀が悪いです、バディ》

「これ位見逃せよ、せっかくの休日なんだし」

《いい年過ぎた大人がする行為ではないと言ってるんです》

「お前は俺の保護者か」

《相棒が子供っぽくて苦労してます》

「やかましいわッ」

 

 まるで小姑の如く嫌味の尽きない朧月を黙らせ、さっきから喧しく音を鳴らしていた薬缶を取りにコンロに向かう。

 火を止め、棚からカップを取り出して中にインスタントの粉を入れる。ドリップにしようかと思ったが、別に味に拘る訳でも無く、只の眠気覚ましに淹れているのだからインスタントで十分だった。

 カップに熱湯を注ぐと、湯気と一緒に香ばしい香りが立ち込める。息を吹きかけながら少しも冷めないこの黒い液体をゆっくりと口に含めば、インスタント独特の、飾り気も何も無い安っぽい苦味が広がる。近年のインスタントも本格的な味わいが多いと聞くが、それでも一手間掛けた方が美味しいと感じる辺り、舌と心が少し贅沢になってきてるのかもしれない。

 元の位置まで戻ってカップをテーブルに置きながら、腰を椅子に落ち着けてまた新聞を広げる。

 

《何か面白い記事でもありましたか》

「いや全然」

《バディ》

 

 いや、別にからかった心算で無く本当に気を惹く様な記事が無いのだ。

 やれ政治がどうとか、やれ芸能がどうとか。そんな事は数日後にまた居なくなる自分にとってはまさに『別の世界』の出来事だ。遠からず忘れる様な事なら右から左に筒抜けになっても全然問題ない。

 ならなぜ読んでるのかと言えば、当然それ以外にする事が無いから、と言う他ない。何せ此処には必要最低限と感じた物しか置かなかった結果テレビさえ無いのだから。

 もっぱら外出が多いので家に居ても特にする事が無く必然的に手持無沙汰になるし、新聞は目に入ったから何と無く眺めていると言う、酷く自堕落な状態が出来上がると言う寸法である。

 

《ならせめて、“向こう側”の記事の方がよろしいのでは?》

 

 そう言って、朧月が俺の前にホロウィンドウを表示する。

 

「んー?“輸送船が航行中に謎の事故に遭遇。犯罪者による襲撃か?”」

 

 何でも一隻の輸送船が次元間の航行中に事故に遭遇したらしい。幸い死傷者は出ていないらしいが、詰まれていた物資の幾つかは次元空間中に散らばってしまったらしく、現在も一部の航行艦と武装隊員を動員して、紛失した物資の行方を追っているのだとか。

 乗組員の証言によれば、事故直前に巨大な光の柱を見たとの事で、犯罪者による物資の強奪の可能性も視野に入れて、執務官による捜査も進めているらしい。

 

「仮に犯人が居たとして、随分大雑把だよな。物資の奪取が目的なら、直接乗り込んで奪った方が手っ取り早いだろうに」

《バディの様な立場の方が、そう言った発言をするのはどうかと思いますが》

「仮だよ仮。一々真に受けるな」

 

 そう。これは飽く迄仮定の話。

 航行中の船を襲った光の柱が魔法によるものだとしたら、まず間違いなく次元跳躍クラスの攻撃魔法だろう。個人レベルでそんな魔法を行使できる人物は極めて少ないし、そも特定の物資を奪取する事が目的だったのなら、手段としては余りに非効率かつ不確定すぎる。

 それでも誰かの仕業なのだとしたら、そいつは考え無しの馬鹿か、頭のネジが数本飛んでる様なキチガイなのだろう。

 

《もしや昨晩の思念波と何か関係が……?》

「お前考え過ぎだぞ?休日にまで仕事の話持ち込むなよ」

 

 そう―――そうなのだ。今回の休暇は久方ぶりに纏めて取れたものなのだ。あの常時修羅場の様な書類の山々に囲まれた監獄から、やっとの思いで勝ち取った休暇なのである。

 漸く羽を伸ばせるのだから、こんな時ぐらいは公務は忘れていたいものだ。

 

「第一ここは管理外世界だぜ?そう事件が起きて堪るかよ」

 

《ですが………いえ、そうですね。余り続けると本当になりそうです。「噂をすれば影が立つ」でしたっけ?》

「はっはっは―――笑えねぇ」

 

 不吉な事言ってくれるなよ、マジで。

 

 

 

 

 

~~~~~

 

 

 

 

 

「―――ふぅ」

 

 読み終わった分厚い本を閉じて、ヒッソリと溜め息を吐いた。

 

(やっぱこういう“王道”みたいなのもえぇなぁ)

 

 軽く首を解しながら、先程まで頭の中に浮かんでいた情景を思い返す様に、本の表紙をなぞる。

 

 剣と魔法、勇者や騎士に悪い魔王や魔法使い。

 物語には有りがち―――と言うか殆どお約束みたいな内容だったが、すっかり読み耽ってしまった。

 昨今の『物語』では魔王がアルバイトしたり勇者が就職難に陥ったりと時代風刺の話が多く、この手の話はもはや時代遅れみたいな風潮もあるが、自分には少しもそう感じなかった。

 確かに今時の話は昔の形骸から抜け出す様な愉快痛快さが在るのだが、どちらかと言えば自分には、シンプルだからこそ心にグッと来る有り触れた冒険活劇の方が性に合っている気がする。

 

 

 八神はやて―――年齢8歳。まだまだ夢を見ていたい年頃なのだ。

 

 

(さて次巻次巻―――っと)

 

 本棚の前まで移動して、手にした本を元の場所に仕舞いつつ次の巻を探す。

 

(…………あちゃぁ。)

 

 首が自然と上向きになる。

 誰かがぞんざいな戻し方でもしていたのか、続き物となっているこの本が置かれていた場所には、背表紙に掛かれたナンバーの次の数字が抜けていた。

 少しだけ辺りを見回せば、お目当ての物は見つかった訳だが、その場所は二段上。すぐ傍には小さい子供の為に用意されたのであろう移動式の補助階段があるが、生憎それは自分とは無縁な物である。

 

(どうしよ。続きメッチャ読みたいんやけどなぁ)

 

 続き物なのだから、当然次に手に取るのは次巻であるべきだ。

 お話的にはそれぞれの主題がやや独立してる筈なので余り問題は無い気もするが、自分としては世界観に浸るのも一種の目的なので余韻を壊す様な事はしたくない。

 

(う~ん………頑張れば届く、かな?)

 

 距離は目算で手を伸ばせば届くかどうか。多少無茶をすればなんとかなりそうでは、ある。その後がどうなるかは別として。

 

(―――よしっ)

 

 覚悟完了―――そんな最近聞いた様な言葉を頭に浮かべて、腕に力を入れる。

 ゆっくりと体が浮き上がり、目線が上がる。指先は目標に触れるまでまだ距離が有る。

 

(もうちょいッ……)

 

 更に力を込める。目標まであと少し。

 

(もう、ちょいッ………)

 

 力を、込める。目標は目と鼻の先。

 そして―――

 

 

 

 

 

「あっ―――」

 

 

 

 視界がずれる。

 指先は背表紙を掠めるだけに終わり、その認識に数瞬遅れて、自分の身体が床に引っ張られていると自覚する。

 

(あーぁ。やっぱダメやったか)

 

 今の状態を顧みて、冷静に判断を下している自分が居た。

 何百倍にも引き伸ばされているように思えるが、多分数瞬にも満たない時間だろう。大げさな、別にこの程度で死ぬわけでもないだろうに。

 

(それとも、もしかして此処で死んでまうんかな?)

 

 案外有り得ない話ではないのかもしれないと、暢気に構えている自分が居た。

 もし今の感覚が俗に言う走馬灯と呼ばれる物なら、成程次の瞬間に自分は息絶えているのだろう。人間の身体は頑丈だと言うが、頭は打ち所が悪ければ死んでしまう事も有る。まして自分の身体は頑丈ですらない。

 

(はは、えらい冷めとるなぁ……死ぬ時ってみんなこんななんやろか?)

 

 命の瀬戸際に立たされていると言うのに、何の驚きも抱かない自分が居た。

 何かの冗談みたいな理由で人が死ぬ事もあるこの時代なら、別段不思議ではないのかもしれない。死の可能性は誰にだって付き纏う。違いは“運が悪かった”かそうで無いかの二通りだけ。

 

 

 

「―――寂しいなぁ」

 

 心の中に残った唯一つの感情に気付いて、そう呟いた。

 怖い、と言う気持ちよりも。

 周りに誰も居ないという現実が。誰にも気づかれないまま此処で終わってしまうと言う事実が。最後には、一人取り残されて終わると言う、どうしようもない真実が。

 

 たまらなく、寂しかった。

 

 

 

 

 

「ギリセーフ」

「はぇ?」

 

 予見していた結末は、訪れなかった。

 

 

「おい、大丈夫か?」

「―――ぇ?あ、あぁ、えっと……はい」

 

 唐突な展開に着いて行けず、返答は生返事になった。

 えぇっと、自分はついさっきまで走馬灯みたいなものを垣間見ていて。「あぁこんな所で終わるのか……」的な感想を抱いて、いざその時が来たかと思ったら自分は助かってて助けられててなにこれ私すっごい恥ずかしい子みたい!?

 数瞬前までシリアスブッていた自分を顧みて、酷く恥ずかしい思いをした様な気分になる。まさかさっきの呟きも聞かれていたのではなかろうか?何それ凄いハズい。

 

「そうか、そいつは重畳―――よっと」

 

 そう言って、私を助けてくれたこの人は倒れかけてた車椅子を元の態勢に難無く戻し、抱えていた私をヒョイヒョイっと座席に戻してくれた。と言うか私の車椅子は特注なのでかなりの重さが有ると思うのだが、それを顔色一つ変えずに戻していた辺り相当な力持ちな様だ。

 軽く座り直して、改めて恩人の姿を目に納める。

 顔を見ようと思えばだいぶ目線を挙げねばならないので、身長は190超ぐらいだろうか。男らしいやや厳つい体格と、オールバックと三つ編みで纏めたやや白っぽい銀髪が目に入る。

 もうすぐ春とは言えまだ肌寒さが残るだろうに、格好は濃紺のジーンズに黒の文字Tシャツとだいぶラフな格好だった。

 

 男の人は、私が取ろうとしていた本をアッサリ手に取って、此方に差し出してくれた。

 

「ほいよ。これで合ってるよな?」

「あっと―――はい、ありがとうございます?」

「何故に疑問形……もしかして違ったか?」

「あっいや!これ!これです私が読みたかったの!!」

「そ、そうか。……しかしまぁ、随分無茶したな。物理的に無理だろ、この高さ」

「いやぁ、頑張れば何とか為るかなぁって思っとったんやけど」

 

 本棚を見上げながら言う男の人に、苦笑いを浮かべながらそう答える。

 悲しいかな、現実は何とかなるどころか助けてもらうと言う他人様に迷惑を掛ける事態に発展してしまった。何とも儘為らないものだ。

 

「そんな体なんだし、誰か人を呼べばよかったんじゃないのか?」

 

 そんな体って………結構明け透けにものを言うな、この人。

 

「…………周り、人居らんかったし。この為だけに呼ぶのも、迷惑かなって」

「馬鹿野郎、子供が大人に遠慮なんかしてんなよ。子供が大人に迷惑掛けるのは一種の仕事で、それを大人が聞いてやるのは当然なんだから」

 

 解ったか?と、大きな手を私の頭に置いてやや乱暴にクシャリと撫でられる。

 ひょっとして、この人は私を心配してくれたのだろうか?言葉や仕種の乱暴さに対して、不快感が少しも湧いて来ない事が不思議だ。

 或いは、先生以外の他人からこんな風に叱ってもらえたのが、久しぶりだったからなのか?

 

「―――んじゃ、俺はこれで。もう危ない真似するんじゃねーぞ?」

「ふぇ!?あッ………」

 

 カラカラと笑いながら、こちらに背を向けて去ろうとする男の人を見て。抱いたのは、さっき感じたものとは、似て非なる感情だった。

 

 

 

「―――あのッ!」

「ん………?」

 

 気づけば私は。

 

 

 

「………せやったら。も一つ、迷惑掛けてもええですか?」

 

 その人の事を、呼び止めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――へぇ、生まれはこっちなんやね」

「まぁな。久々の休暇なんで、ちょっとした里帰りってやつだ」

「通りで、あんまり見掛けん人やなぁって思った」

 

 あれから、少し。

 時間は既に夕暮れ時。私達は風芽丘の図書館を後に、西日の差し込む街路樹の中をのんびりと話しながら歩いていた。最初は年上だからと敬語で話してたけど、本人が砕けた話し方で良いと言ってくれたので、今はその言葉に甘えさせてもらってる。勿論、私が前で、おじさんが後ろに立っている形だ。

 

 何せ私、足動かないしね。

 

 物心付いた時にはもうこの身体だったから、特にどうと言う事も無いんだけど。それでも、こんな風に誰かに押して貰いながら話すのは、何だか自分がお姫様扱いされてるみたいでチョッピリ楽しかったり。

 

「それでそれで?長い時間戻ってなかった故郷を見た感想は?」

「んー……もう30年以上も前の話だからなぁ。俺自身も記憶が朧気だし、覚えてたとしてもすっかり変わっちまった、って所だな」

 

 そう言っておじさんは、私から少し顔を逸らして、沈み行く夕日を眺めている。

 30年って………私が生まれるどころか両親がまだ赤ん坊位の頃だろうか。それ程長い時間が経ってるなら、覚えて無いのも無理からぬ事なのだろう。

 

「そっかぁ………やっぱ、ちょっと寂しかったりするん?」

「少し、な。どっちかって言えば、覚えて無い位自分の『世界』が狭かった事に吃驚、かな?」

「世界?」

「そ、世界―――その時の自分にとって、大切なモノがどれだけ在って。それがどれ位大切だったか」

「どれ位大切か…………」

 

 

 大切なモノ。大事なモノ。無くしたくないモノ、かぁ………。

 

 呟いた言葉に引き摺られる様に、自分の今迄を思い返す。高々10歳にも満たない自分の人生じゃ、当然と言えば当然なのだけれど。

 そんな風に大事にできるモノは、指折り数える程の数も無かった。

 

「―――私にも出来るかな」

「出来るさ、望むなら」

「『ねだるな、勝ち取れ。さすれば与えられん』」

「誰の言葉だ?それ」

「ア○○ック」

「……すまん、解らん」

「やめて謝らんで」

 

 ネタにマジレス、ダメ、絶対。そんなしょぼくれた反応されるとこっちの精神ダメージが深いから。

 しかし残念。おじさんはソッチ系のネタには疎いらしい。やっぱりこういうのは相手を選んで使うべきだったか。

 

 

 

「―――あぁ、ここここ。此処が我が家です」

 

 そんな風に談笑しつつ、景色の流れが一つの家の前で停まる。楽しかった時間は、余り長くは感じなかった。

 

「ん、そうか。玄関までで大丈夫か?」

「ううん。むしろ此処まででええよ。ずっと押して貰ってたし、ありがとうな、おじさん」

「応。少しは周りに頼れよ?」

「アハハ。それはもう解ったって」

 

 お互いに笑いながら、少し込み上げて来た名残惜しさを抑えつつ。私達は家の前で別れた。

 ゆっくり背中を向けて去っていくその背中に、何処か惹かれる様な思いを感じながら。新しく増えた顔見知りの存在に顔を綻ばせて、私の一日は今日も幕を下ろす―――――

 

 

 

 

 

「あッ!!」

「あ?どうした?」

「大事な事!大事な事忘れとった!!」

 

 大事な事は二回言いましょう。

 そうなのだ。人付き合いの上で初歩の初歩。これが無くては始まらないと言っても過言では無い事を、どういう訳か今の今まで忘れていた訳で。

 

 

「私、八神はやてって言います!今日は助けてくれてありがとうございましたッ!!」

 

 今持てる精一杯の誠意を示す為に、笑いながら頭を下げる。勿論、腰は座席に降ろしっぱなしだから、体が前に落ちないギリギリの角度で。

 やや間を置いて、顔を上げてみれば。おじさんは酷く面食らったような顔をしていた。

 数瞬、視線が絡む。

 

「………………プッ」

「笑われたッ!?」

「あぁ、違う違う。傍から見ると随分酷い絵面だと思ってつい、な」

 

 10歳以下の美少女から真剣な眼差しを向けられ、それを受けて驚く30後半の体格の良い成人男性。成程。

 

「これは酷い」

「おい」

「冗談冗談」

 

 

「………まぁ、ガキにだけ名乗らせるってのはフェアじゃないな」

 

 そんな風に、格好つけた様な事を言って。

 

 

 

 

 

「剣―――剣征十郎」

 

 

 おじさんは。

 

 その名前を口にする。

 

 

 




更新は馬鹿みたいに遅いです(泣


15/12/24追記

読んでて気持ち悪い位間違えてるそうなので順次変えていきます。
英語なんて大っ嫌いです。

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