IS x W Rebirth of the White Demon 作:i-pod男
「はぁ〜〜〜・・・・・目覚ましの電池が切れてたなんて・・・」
真耶は自宅のワンルームマンションのデスクに突っ伏していた。ここ数日間は徹夜で溜まった仕事をこなしていた為、平均的な睡眠時間は四、五時間あれば良い方だ。そして前回は朝の三時あたりでベッドではなく椅子に座ったまま眠り込んでしまった。変な寝相だったからか肩は凝り、首と腰も痛い。
「・・・・今更になって転職・・・・は無理か・・・・」
副担任と言う担任よりは楽なポストに付いているが、度重なる一組に於ける激動が生じさせる激務に追われ、疲労困憊は免れない。その証拠に男性ホルモンの増加により顎には小さいニキビが二、三個、目の下には睡眠不足による隈、そしてケア不足による肌荒れなどが段々と顕著になって来ている。
幾ら一度は代表候補生まで登り詰めたとは言え精神的に限界に近かった。普段は規則正しい生活を心掛けていても今回ばかりは寝なければ後に差し支える。
幸い昨日、今日と明日を含めて休日である為、呼び出しが無い限りはゆっくり出来る。眼鏡を外して布団の下に潜り込んだ。ワイシャツが皺だらけになってしまうが、溜まりに溜まった疲労で空腹すらも最早どうでも良くなっている。
そして熟睡に二度寝を重ねた結果、今に至る。冷蔵庫の中は飲み物を除けばほぼ空だ。
「買い出し、行かなきゃ駄目ですよね・・・・はあ・・・・・出会いが欲しいです。」
真耶の職場、つまりIS学園では男性は二人しかいない。一人は世界で今の所唯一ISを動かせるIS業界に於けるイレギュラー、織斑一夏。もう一人は表向きに用務員をやっている学園の最高責任者、轡木十蔵だ。だが、当然ながらどちらも既に妻帯者である為論外だ。そんな所で出会いなどある筈も無い。
実家の母には再三お見合いを進められているが断り、同僚には合コンだのを勧められているが結局進展は終ぞ無かった。その理由は根深いが、単純にいざと言う時極度の上がり症になってしまうと言う事。代表候補生止まりになってしまったのもその所為だ。
妙な虚無感を感じつつもマンションの駐車場に止めてあるハイブリッド軽自動車で近くのスーパーに向かった。
「なあ、フィリップ。」
「何だい、翔太郎?」
「俺、何か人生の負け組にずるずると落ちて行っている様な気がするんだが。」
それとほぼ同時刻に、翔太郎は堆く積み上げられた推理小説の最後の一冊を読みながらそう零した。
「何故そう思う?」
「いや、俺もまあその、何だ。女性の友達が欲しいなーと思って。」
「女友達ならいるだろう?亜樹ちゃんもそうだし、織斑千冬、篠ノ之束、織斑マドカ、エリザベスにクイーン、リリィ銀、沢山いるじゃないか。」
「いや、そうじゃなくてだな。」
「素直に彼女と言えば良い物を・・・・しかし人生の負け組とは、実際その通りではないのか?既に兄さんに色んな意味で先を越されているしな。」
事務所での仕事を始めた頃のマドカはあまり表情は変わらず、口数も少ない上に仕事ぶりも辿々しかったが、以前よりは喜怒哀楽を見せる様になり、口数も増えて一夏のお陰でお洒落も多少はする様になった。と言っても先程の様に翔太郎と会話する時に限って毒を吐くのだが。
「探偵業は個人の行動と素行調査程度しか出来ないし、興信所と違って単騎で企業を叩く事は出来ない。知り合いに照井刑事がいたとしてもだ。加えて成功報酬を受け取る事は疎か請求書も送らないなんてあり得ない。子供が相手ならまだ分かる。だが若い女や義理人情に厚い人間が依頼人だと無駄に格好をつけても今まで全て空振りに終わるなど・・・・手伝っている身としては見ていて恥ずかしいぞ。只のイタイ大人ではないか。そんな事をするからすぐ赤字になるんだ。それに依頼人に出会いを求めようとしている時点で既に負けは決している。出会い系サイトにアクセスした方がまだマシだ。」
くどくどと続くマドカの小言は、まるで性格がきつくなった亜樹子が戻って来たかの様だった。ズバズバと言葉と言う名のナイフが翔太郎のハートを幾度と無く切り裂き、貫き、抉る。遂には言葉だけで膝を折って床に伏せてしまった。
「織斑マドカ・・・・・・あまり言わないでやってくれ。確かにその通りだよ。善くも悪くも
「成る程、馬鹿に付ける薬はないと言う事か。しかし、やはりパソコンとプリンターを持ち込んでおいて良かった。タイプライターのレトロなテイストは好きだが今じゃ実用的で無いにも程がある。インクカートリッジも希少なんだぞ、幾らすると思ってるんだ。誤字脱字をホワイトアウトで直せても目立つし不格好だろうに。買い出しに行って来る。」
踞っていじける翔太郎を捨て置き、マドカは一夏に貰った中古のハーレーに乗ってからになった冷蔵庫の食材の買い足しに出かけた。バイクのエンジンが彼方へと消えて行くと、翔太郎も立ち上がってスタッグフォンとバスケットボールのフープに入れたヘルメットを引っ掴んで出て行った。
「やれやれ、少し言い過ぎたかな?ここは我が事務所きっての恋愛マスターに助けを求めた方が得策かもね。」
テーブルの写真立てに入った事務所の
『織斑一夏、翔太郎がツーリングに出た。恐らくは風都の外へ行くと思う。そこでなんだが、学園の教師の中で異性との出会いを求めている者がいるならそれとなく彼がいる方に誘導してもらえないだろうか?スパイダーショックの発信器を付けているため追跡は容易になっている筈だ。織斑マドカの容赦無い物言いに心が折れてしまっているので方法は君に任せる。ただし君が拘っていると言う事は極力悟らせない様にして貰いたい。主に本人のプライドの為にも』
「送信、と。何故人は異性との出会いを求めるのか・・・・・うむ、実に興味深い。早速調べてみよう。キーワードは————」
「翔太郎さんに出会い、ねえ・・・・・クハハハハッ、想像が出来んわ!て言うかキューピッドやるの何度目だよ俺。」
更識本家の自室と化した客室でゴロゴロしながら一夏は笑い転げた。
「どーしたの、一夏君?」
一夏の笑い声を聞きつけて刀奈がふすまを少しだけ開いてひょっこり顔を覗かせた。
「ん?あ、これ。探偵事務所の上司に出会いを与えてくれ、だって。俺は仲人かっつーの。」
「いーじゃない、別に。面白そうだし。私も簪ちゃんも協力するから、ね?人助けと思ってやりましょ?」
「本当は自分が楽しみたいだけだろうが。」
「お・ね・が・い♪ね〜〜、ね〜〜ってばぁ〜〜、やりましょーよぉ〜〜〜。」
すりすりと猫撫で声で一夏にすり寄って来た。
「せめて否定して欲しかった・・・・良いよ、もう。分かった、分かったからスリスリをやめなさい。」
好きな人に頼まれるとノーと言えなくなる、『惚れた弱み』の力は途轍も無い。
「ただし、後で手数料はきっちり取り立てるから。」
「手数料?幾ら?」
一夏は刀奈に小声で耳打ちし、その内容を聞いて興味が湧いたのか一も二も無く頷いた。
「うん、オッケー。分かった。簪ちゃんにも相談してみるわ。 帰って来たら絶対やりたがるわよ、それ。私もやってみたいし。でもそんな事考えつく一夏君も随分マニアックよね。」
「やりたいって言う刀奈も大概じゃないか。さてと、じゃあ早速協力してくれ。俺の大好きな・・・・変装タ〜イム!」
部屋にある掛け軸の裏にあるレバーを引くと、様々な服や靴、更には鬘とアクセサリ—まで各種収まった棚が迫り出した壁の一角から滑り出した。
「うわ〜〜〜、すっご〜い!!!」
「人は当然五感から外界の情報を取り込むが、目に頼り過ぎる。そこを利用するんだ。変装ってのは只その場にあわせたり、目立たない地味な服を身につければ良いだけじゃない。場合によってはそれはバレる。緊張している事を隠してもそれが動きに現れるし、相手もそれを見越しているかもしれないから。だから逆に考えるんだ、『別に見つかっちゃっても良いさ』とね。」
「成る程・・・・それは考えつかなかったわ。目立ち過ぎれば逆に目立たないって奴ね。」
「その通り。今回のセレクションは派手派手にしちゃいました。ちなみに俺のお勧めコーディネーションはこれね。」
ハンガーの一つを外すと、それには白をメインに黒いフリルがふんだんに使われたゴスロリ服を見せた。更に鋲を打った黒い革製のパンプスに赤いニーハイソックスを取り出す。更に棚の右端にかけられた日傘もその隣に置いた。
「おー、凄いわね。流石潜入操作のプロだわ。じゃ、早速着てみるね。」
「ちなみに刀奈はその髪が一番目立つから、鬘か石鹸で落ちる染髪スプレーで完全変装ね。ってちょっと待て。ここで着替えるつもりか?」
既にシャツのボタンを全開にしており、今まさにスカートに手を掛けている所で刀奈にストップをかける一夏。最低限のエチケットとして視線は背けている。
「もう、今更恥ずかしがっちゃダ〜メ。散々簪ちゃんと私の裸見て来て弄んだ癖に。それも一日に何度も。」
「そう言われちまうとな・・・・・けど、執事服のままでシてくれ、と頼まれた時はまさかと思ったよ。コスプレセックスとは刀奈も案外マニアックな物が好きなんだな〜と改めて認識した。」
その時の事を思い出したのか、刀奈の顔はまるで火がついた様に赤みがさした。真っ赤になりながら半裸のまま無言でぽかぽかと殴り掛かって来た。
「お互い様だけどな。さてと、俺達だけじゃ直接手を下すのは出来ないから強力な助っ人を呼ぼう。」
「もしかしなくても織斑先生よね?」
「うん。今回ばかりは昔のパワハラ癖が怪我の功名になる筈だ。」
着替えて化粧などの細やかな部分が済み、街へと出かけた。刀奈は水色の髪を鮮やかな紅葉の色に染め上げ、一夏が勧めたゴスロリ服を着ている。対する一夏はワイシャツに金具が片側だけに付いた黒いジャケットとズボンを身に付け、古びたギターケースを持って肩を並べて歩く。肩まで届く金髪のロングヘアーウィッグを被り、目の色を青緑にする為にカラーコンタクトまで付ける徹底振りで、一目見ただけでは二人の正体が分かる者は本人が名乗り出ない限りはいないだろう。増してや薄化粧をしている一夏は一見では男か女か判別出来ない。
「待ち合わせの場所ってここよね?」
「の筈だけど。」
一夏が千冬に電話をかけて待ち合わせ場所に選んだのは、今人気のカフェの角にあるだった。ソフトジャズがスピーカーから流れて緊張を解して行く。彼女ならば真耶が何をしているか位は普通に聞き出せるだろうし、近くに誘導するのは簡単だ。
「やれやれ、お前達の徹底振りは恐ろしいを通り越して呆れてしまうな。そこまでやる必要があったのか?」
「えへへ〜、どうも♪」
ぺこりと千冬にぺこりと会釈をする刀奈。千冬は並んで座る二人の向かいの席に付き、アイスコーヒーを注文した。
「おお、ちー姉。山田先生は?」
「駐車場だ。丁度冷蔵庫が空になって買い物を終えた後らしくてな。生ものも買ったから一度言えに戻らせたから少し遅れた。後五分もすれば来る。それはそうと、翔太郎をどうやってここに誘導するつもりだ?」
「ご心配無く。翔太郎さんは何事も形から入るタイプの人だから。ハードボイルドな一匹狼が黄昏れる様な場所はこの辺りじゃ限られてるしね。バイクで移動しているから、アルコールを出す店にはまず間違い無く行かない。元々お酒嫌いだし。したがって、導き出される場所はビリヤードやダーツが出来る場所、後は兎に角ひたすら『絵になる』ひっそりとした場所。翔太郎さんの行動パターンと移動時間、ペース、距離、そして到着時間をフィリップさんに逆算してもらったから。間違い無く今からきっかり四分三十秒後にこの店に入る。そして僕らが座っているこの角の席の隣に来る。」
自信たっぷりの一夏の言葉に、千冬は目頭を何度か揉んだ。そう言えば最近白髪がまた一本増えている事に朝、気付いた。
「・・・・あの男なら一人で世界征服も可能ではないのか?新世界の神になる事も夢ではないだろう?」
確かに、地球に存在する物の情報全てをその脳内にアカシックレコードとして保管している神の頭脳と呼んでも遜色ない。彼の知識を持ってすれば世界征服も一日どころか一時間もあれば簡単に出来てしまうかもしれない。だが元々フィリップはそう言った事に興味は無いので当面その心配は無い筈だ。
「まあ、やろうと思えば出来るね。お、来た来た。」
まずは翔太郎がぴったり四分三十秒後に入店して千冬達が座っている席へと歩を進めた。その約三十秒後に真耶が入店した。
「お、千冬じゃねえか。どうしたんだこんな所で?ってその二人は?」
「あ、織斑先生!・・・・・と、あれ?どちら様ですか?」
翔太郎と真耶の言葉が見事に被った。そして千冬は口を開こうとしたが、言葉に詰まってしまった。一夏と刀奈は変装している為、当然本名を名乗る訳にも行かない。ここぞとばかりに一夏お得意の口八丁が始まった。
「サルヴァトーレ・
アクセントを織り交ぜてトーンを少し低めた辿々しい日本語で自己紹介をした。
「彼、うちで世話してる留学生なのよ。私、中島昴。一応フリーターよ。よろしく。千冬さんとは最近知り合ったばっかりなんだけどね。飲み仲間って奴?」
一夏の出鱈目に便乗して刀奈も続けた。自分がボロを出す様な失態をせずに済んだと千冬はそっと胸を撫で下ろす。
「私は、山田真耶って言います。一応織斑先生と同じでIS学園で先生をやってるんですよ。」
「え〜〜、意外。てっきり託児所で働いてる保母さんかと・・・・ねえ、ソウル君?」
「確カニ・・・・あると思イマす。」
「ほ、保母さんですか!?」
やはり未だに教師に見えないと言う事実がかなり根深いコンプレックスとなってしまった様で、真耶は力なく項垂れた。そこで自分を忘れていないかと、翔太郎がかなりわざとらしい咳払いをした。
「ああ、この男は昔世話になってな。私立探偵をやっている。」
「左翔太郎だ。よろしく。」
自己紹介が済んだ所で千冬はテーブルの下に隠し持ったワイバーフォンで刀奈の携帯に電話をかけた。
「もしもし?あ、お母さん?え?あれ、それ明日じゃなかった?えっ今日なの!?うわ〜〜〜、ごめん!直ぐに送るからちょっと待ってて!ホンットごめん!」
あたかも本当に会話しているかの様に振る舞い、慌てる素振りさえ見せる刀奈。中々上手いと一夏は心の中で彼女にに拍手を贈った。
「どうした?」
「ごめんなさい、来たばっかりなのに。ちょっと母から呼び出しがありまして・・・・すいません、私から誘っておきながら。」
「家族に関する緊急の連絡なのだろう?ならば致し方あるまい。大人三人でゆっくりしているさ。支払いの事なら心配するな、これ位は私が持つ。」
「ありがとうございます、失礼しまーす!ほら、ソウルも急いで!」
「お、オッケー!」
慌ただしく店を後にし、更識家に戻った。
「一夏君の言う通りだったわね。目立ち過ぎて逆に違和感が無かったみたい。でも一夏君、サルヴァトーレ・エヴァンズでソウルは無いんじゃない?」
「仕方無いだろ?あのときあれしか咄嗟に思い付かなかったんだから。自分の名前を言おうとしてまごついたら嘘だってバレるしさ。」
クスクスと笑う刀奈を冗談半分で睨みながら二人は一夏の自室でメイクを落としていた。
「あ、一夏、お姉ちゃん、お帰り。何でその格好・・・・?似合ってるけど。」
「ふふ〜ん、今日のお姉さんはね〜一夏君と潜入捜査ならぬ潜入縁結びに向かったのであ〜る。」
「さてと、では早速手数料の取り立てを始めたいと思いまーす。」
鬘の微妙なズレを直すと、銀紙に包まれたブラックチョコの小さな欠片を口に含んで顔を刀奈に近づけた。そしてそのまま交互に舌で器用にそれを溶けるまで移動させ、完全に溶け切らせると離れる。
「これ、良いかも・・・・癖になっちゃいそう・・・・」
「一回で終わりな訳無いでしょ。」
染髪された赤毛と赤い目がマッチして一味違う魅力でスイッチが入りかかり、先程のキスで完全に入ってしまった。今までに無い新鮮な幸福感に初めてキスをした時の様に軽く目眩がした。やはり赤と言う色で興奮を誘発されたからなのだろうか?
「チョコレートを作る時に使われるカカオに含まれるテオブロミンと言う成分が中枢神経に幸福感を齎すらしい。ちなみに、チョコにハマって食べる人は実は欲求不満だとネットに書いてあった。これじゃどっちが欲求不満か分かったもんじゃ無いけど。」
「一夏、私もしたい!」
「良いよ。おいで?一杯食べさせてあげるから。簪なら、そうだな。ホワイトチョコで試してみよう。」
一夏と刀奈がお膳立てを済ませたカフェで、かなり会話が弾んでいた。特に翔太郎と真耶の間で。真耶は元々読書が好きで、出かける時には何時も文庫本などを二冊は持ち歩いて読んでおり、翔太郎も推理小説に限定されてしまうがかなりの読書家である。故にかなり白熱した小説論が一時間近く続いてしまい、千冬が伝票を持ってそっとその場を後にしたのにも気付かなかった。
「はあ・・・・何かこんなに誰かと喋ったのって久し振りの様な気がします。」
「・・・・俺も楽しめましたよ。いやー、喋ると喉が渇くな。」
見れば見るほど真耶は翔太郎の女性な理想像にぴったりと当て嵌まった。そして女性に出会いが無いと憂いていたばかりで舞い降りたこのチャンスは正に千載一遇だ。しかし時間とは無情な者で、楽しい時程速く過ぎる。そろそろ事務所に戻って閉めなければならない。
「あの、良かったらこれ読んでみて下さい。」
真耶はハンドバッグの中から文庫本を取り出した。
「『囀りの森』?」
「面白いですよ。推理小説も良いですけど、たまには他のジャンルも読んでみたら新鮮さで思考が柔軟になるんじゃないかなと。」
「なるほど・・・・じゃあ、お借りします。」
そう言いつつも翔太郎はジャケットに突っ込んだままにしてある中短編『密告した男』を取り出した。
「あれ?でもこれまだ途中までしか・・・・」
栞が挟んである事に気付くが、翔太郎は別に構わないと手をぱたぱたと振った。
「お気に入りの奴なんで何度も読んでるんですよ。その所為でちょっとボロッちくなってますけど。良かったらどうぞ。『囀りの森』の代わりと言っちゃ何ですけど。読み終わったら、感想聞かせてくれます?」
「はい!じゃあ、左さんもそれを読んだら感想お願いしますね。」
実はその本は千冬が遥か昔に暇潰しに買って読んだ者でその場にワザと於いて行ったのだが、本人は今置かれているこの状況に舞い上がり過ぎてそんな事にも全く気付いていない。結局その夜は連絡先を交換し、翔太郎は意気揚々と事務所に引き上げ、真耶は後々になって緊張で心臓が張り裂けそうな気分に襲われたが不思議と悪い気はしなかった。
その夜翔太郎は事務所の屋根に上って『やはり切り札は俺の所に来たぜええええええええ!!』と、喉が張り裂けても構わない位あらん限りの力を腹に込めて夜空に向けてそう叫んだ。