IS x W Rebirth of the White Demon 作:i-pod男
午前零時、ワイバーフォンがけたたましい着信音を上げた。簪と抱き合って眠っていた一夏はこんな非常識な時間にかけて来た奴を思い切り罵倒してやろうと寝ぼけ眼を擦りながら画面を見たが、途端に眠気が吹き飛んだ。電話の主は天次郎だったのである。
「はい。」
『一夏君、夜分遅くにすまないが、テレビを付けてくれ。楯無は今その場にいるかね?』
「いえ。簪なら一緒ですよ。まだ寝てますけど。」
『そうか。』
一夏は音を消したままテレビの電源を入れた。どのチャンネルに回してもニュースで持ち切りだった。内容は全て、ファントム・タスクによるISの先進国全てへの同時多発テロで占められている。一瞬言葉を失っていた一夏は僅かにか細い声を絞り出した。
「・・・・これ、どうなってるんすか?」
『分からん。ガイアメモリが絡んでいる事は間違い無いが、それ以外は各国を張っている情報提供者からは何も情報が入って来ない。世界中のエネルギー、情報、交通、株等の基幹施設全てを抑えられている。唯一無事なのが日本だ。加えて、犯行声明まで残している。』
丁度スタジオからの報道が全国に配信されたテロの犯行声明の映像に変わった。革張りの椅子に腰掛けたセブンシンズ・ドーパント、スコール・ミューゼルが口を開いた。
『テレビをご覧になっている世界中の皆様へ、まずはご挨拶を。我々はファントム・タスク。善人ぶる政府の本性を知り、知ったが故に消える事を余儀なくされた者達の集まりです。知っての通り、我々はISで先進している各国の基幹施設全てを掌握しました。言い換えれば我々は国一つを滅ぼすなど息をする位容易く出来る立場にあると言う事です。抵抗すれば、した者の所属国が二度と不況から立ち直る事が出来ない焦土と化すでしょう。』
一夏は愕然とした。今までの小競り合いとは比べ物にならない世界規模のハイジャックを彼らは短時間でやってのけた。そして悟った。場合に寄っては彼らを殺す事になるかもしれないと。
『政府やマスコミの言う事を鵜呑みにする愚民である貴方がたは我々を人殺しだのテロリストだのと罵るでしょうが、それは誤りです。政府は一体どれ程の悪事を手前勝手な都合で事実を捩じ曲げ、隠蔽して来たでしょうか?ドクター篠ノ之が作り出したインフィニット・ストラトスもまた然りです。謂われ無き嫌疑をかけられた人は形だけの裁判で有罪判決を下され、結末は絶望ただ一つ。それを改善しようと働きかける僅かな兆しは見えても結果が全く伴っていない。太平洋をティースプーンで空にしようとしているのと同じです。ですので、我々はこの様な手段に踏み切りました。今から四十八時間以内で我々の要求を呑んで頂きます。プロフェッサー。』
(本腰入れて来るのはいつかと思ったが、コイツは想像以上だなあ。思っていたよりも随分大掛かりで手が込んでやがる。戦い甲斐がありそうだ。織斑、ビビってんじゃねえぞ?)
不謹慎にも克己は純粋に嬉しそうだった。自分以上のハイレベルなテロ行為を行える様な輩を見て興奮している。
スコールの後ろからプロフェッサーが現れ、スコールの隣に立った。
『では、我々の要求を今から提示する。一つ、濡れ衣を着せられて収監された囚人達全員の速やかな解放。二つ、ISの威光を傘に着て女であると言うだけで犯罪行為を公然と行っている者達の捕縛及び処刑。理由は言わずとも分かっている筈だ。三つ、全政府機関が隠蔽した不祥事の情報の開示。これは、まだ掌握していない日本も例外ではない。白騎士事件の首謀者以外に、その共犯者を世界は知る権利がある。己の恥部を余す所無く全て知り、それら全てを認識してこそ、世界は初めて新たな一歩を踏み出す事が出来る。四つ、全世界にあるISの機体、コア、データ全ての破壊。最後の要求は、織斑一夏をこちらに引き渡すか、処刑するかだ。なお、拒否すれば掌握した国を一つランダムに選び、またランダムに選んだ方法でその国を滅ぼすからそのつもりでいてくれ。四十八時間以内に全ての国が先程提示した要求に応じなかった場合、世界中にある原子力発電所をメルトダウンさせる。諸君らが懸命な判断をしてくれる事を祈っているよ。』
そこで映像が途切れた。全国各地にある原発のメルトダウンは、正に現代の黙示録の一節に表記される様な現象だ。チェルノブイリや世界最大の水爆『ツァーリ・ボンバ』の爆破の方が可愛く思える。
『やはり、行くのかね?』
「違うって言ったら嘘になりますけど、義父さんと義母さんとの約束を破りたくないんです。俺が行こうとすれば、簪も刀奈も悲しむ。死にに行く様な真似をさせない様に絶対に俺を止めようとする。板挟みです。」
『こんな状況でも、君は律義だな。いつも他人を優先している。だが、君はどうしたい?』
行きたい、と。一夏はそう言いたかったが、まるで見えない手に口を塞がれたかの様に口を開けず、声も出ない。
『どうしたいんだと聞いている。答えなさい。』
天次郎が言い募る。
「行きたいです。行きます。行って、奴らを止めます。二人を悲しませないって約束、守れなくてホントにすいません。」
一夏の声は震えていた。だが天次郎は彼が必死に泣くのを堪えている事を電話越しで察知し、小さく笑った。
『謝る事は無い。ミスの一つや二つ、人生には付き物だよ。それに今回はあれだ、不可抗力と言う奴だから不問としよう。ただし、行くからには必ず戻って来なさい。家族が減るのは、たとえ血がつながっていなくても悲しい事なのだからね。』
「はい。では、お元気で。」
『ちょおっと〜、違う。行ってきます、でしょ?』
スピーカーからガサガサと言う音がして、天次郎ではなく女性の声が聞こえて来た。かぐやである。どうやらもみ合った挙句彼の手から携帯をもぎ取ったらしい。
「え・・・・」
『勝手に死にに行かないで。天次郎さんの言った事、もう忘れたの?行くからには必ず戻って来なさい。だから、行ってきますって言うの!良い?』
義母の励ましに一夏は小さく笑った。これから死ぬかもしれないと言うのに。だが笑わずにはいられなかった。これ程胸が熱くなったのは何時振りだろうか。涙を拭いさった一夏の目から迷いが消え去った。
「はい。行ってきます、義母さん。」
『うむ、素直でよろしい!』
一夏は電話を切り、深く息をついた。
「一夏・・・・?」
「寝ぼけながらでも大半は聞こえてたろ?そう言う事だ。俺は行かなきゃならない。」
「駄目。そんなの駄目!」
「簪。」
「駄目ったら駄目!一夏が死んじゃったら、私・・・・どうすれば良いの?!一夏がいない世界なんて・・・やだよ・・・・」
「それでも、だ。これはもう、理屈や理由なんてもう関係無い次元なんだ。俺は、エターナルメモリを意図せずして手に入れた。結果的に、皆を守る力となった。もし俺に皆を守れる様な力が本当にあるなら、俺は戦う。命ある限り戦う。それが仮面ライダーだ。」
そう言いながら、一夏はシャッフルメモリを簪の手に握らせた。
「だからそんな顔しないでくれ。俺まで泣きたくなっちまう。俺は必ず帰る。その為の、お守りが欲しい。」
『Shuffle!』
閃光と共にメモリのイニシャルが変わり、ロケットメモリが一夏の手に落ちて来た。
「ありがとう。」
簪を抱き寄せて唇を合わせるだけのキスをした。そしてそのまま簪の首筋を親指で強く突いた。すると、糸が切れたマリオネットの様に簪はベッドの上に倒れ込んで体が動かなくなる。
「うっ・・・・え・・・・?一夏・・・・?」
「保険だよ。全身が麻痺するツボを突いた。暫くは体の自由が利かなくなる。十五分もあれば動ける様になるから。愛してるよ。行ってきます。」
簪の泣き叫ぶ抗議は彼をその場に縛り付けようとした。一夏もまたその誘惑に何度も何度も心が折れそうになった。メモリガジェット、そして変身と戦闘に使うガイアメモリ、そしてロストドライバーを持って部屋を出た。
(お前も中々酷い男だな。この状況で女を一人あの場にほったらかしておくなんて。帰って来たら殺されるぞ?まあ、帰って来る事が出来れば、の話だがな)
「帰るさ。絶対に。腕が千切れようが足が捥げようが目玉抉られようが、生きて帰る事さえ出来りゃあ俺の、俺達の勝ちだ。最後まで付き合ってもらうぞ、克己。」
(臨む所だ。惜しむらくは、A to Z全てが揃っていないって事だけだな。全て揃っていれば、あいつら如き消し炭に出来る)
「じゃあ、その力、当てにさせてもらうよ。まずは翔太郎さん達と合流しないと。」
一夏は屋上に駆け上がり、ロストドライバーを腰に当てた。
「何も言わずに黙って行くつもりか?」
「ちー姉・・・・・」
「どうせ幾ら止めてもお前は押し切るだろうからな。私と、小娘共にも見送る位はさせてやれ。」
屋上の入り口には千冬、箒、セシリア、鈴、シャルロット、ラウラ、そして楯無が集結していた。
「お前らも・・・・・」
「一夏、水臭いぞ。挨拶位きちんとしろ。」
「そうですわよ、一夏さん。さようならとは言いません。御武運をお祈りしていますわ。」
「あんたなら大丈夫だと思うけど、ヘマやって死ぬんじゃないわよ?」
「一夏、その、こう言う時に何て言えば良いのか分からないけど、頑張って。」
「死ぬなよ、一夏。またお前と一戦交えたい。」
順々に激励の言葉をかける友人達。だが楯無は何も言わず、目に涙を溜めて俯いていた。
「刀奈。」
「分かってる。分かってるわよ・・・・・いってらっしゃい。」
泣きながらも精一杯の笑顔を見せて一夏を見送った。
「ああ。行って来るよ。俺は、皆に笑顔でいて欲しい。仏頂面のちー姉にも。だから、もう一度見てくれ。俺の・・・・・変身。」
『Eternal!』
白いボディーと黒いシルクの様なエターナルローブは月明かりを反射して神々しく見えた。メビウスの帯の形をした黄色い目が一際眩く輝く。
「行って来るぜ。」
『Zone Maximum Drive!』
エターナルの姿は掻き消えた。
「織斑先生、私達はどうすれば・・・・?」
「我々にも、まだ出来る事はある。戻るぞ。」
ゾーンメモリのマキシマムドライブで事務所の格納庫に辿り着いたエターナルの前に、翔太郎、フィリップ、竜、そして束が待っていた。
「そろそろ来る頃だと思っていたよ。照井竜に報道された犯行声明の一部始終を聞かされてね。僕も正直驚いている。これだけ大掛かりな仕掛けを短時間で準備して実行出来るなんて。そしてスコール・ミューゼル、セブンシンズ・ドーパントの能力が分かった。」
「能力?」
「ああ。かなりヤバいぞ。」
翔太郎は既に聞き及んでいるらしく、表情が堅かった。
「ガイアメモリが内包するのは聖書に登場する『七つの大罪』と言う、人間が犯しえる『罪』と言う概念その物の記憶だ。幸いと言うべきか、使える能力は傲慢、憤怒、暴食、色欲、強欲、怠惰、そして嫉妬の七つになぞられて七つだけだ。傲慢は空想の具現化、つまり想像した物が現実になる。憤怒は、怒りのボルテージが上がれば上がる程戦闘能力を上昇させる。暴食は吸収。触れた人間から養分を吸い出すか、攻撃の吸収による自己再生が可能になる。色欲は、五感全てに作用する強力な幻覚を見せる。これは、恐らく織斑一夏と大道克己にしか破れないだろう。強欲は受けた技のコピー。怠惰は超高速での移動、そして嫉妬は有機物及び無機物への変身能力。」
「そんなの無茶苦茶だよ?!どうやって倒すのさフィー君!?」
「作戦は、あるんですよね?」
束の狼狽を他所に、フィリップは一夏の問いに頷いた。
「勿論。まずはあの二人の居場所の割り出す。次に人質ならぬ国質の奪還。最後に、あの二人との戦いだ。僕達五人で。言う程簡単ではないけどね。」
「五人?」
一夏以外に変身出来るのはフィリップ、翔太郎、そして竜の四人だけだ。
「まさか束さんも戦いに行く、何て言いませんよね?」
「行くのは私だ、兄さん。」
地下に繋がる事務所のドアを開いたマドカがロストドライバーとナスカメモリを手に降りて来る。
「マドカ・・・・て、兄さん?俺が?あれ?」
「出生は違えど、私はお前の半身だ。それに時が経てばいずれは本当の兄の様に思える。そうだろう?」
「ああ、その通りだ、織斑マドカ。君も、元よりそのつもりだったのだろう、織斑一夏?」
「織斑、本人の希望だ。呪われた過去を振り切らせてやれ。」
フィリップと竜の言葉に何も言えなくなった一夏を見て、マドカは今まで見た事が無い様な柔らかい笑みを見せた。それを見て一夏の緊張も多少は和らいだのか、苦笑いを彼女に返す。
「分かりました。」
「後、こんな時に何だが朗報がある。A to Z、二十六本まで後一つ、Rのロケットメモリだけだ。」
I, K, N, Qのイニシャルが書かれたメモリを一夏に差し出した。
「それなら、あります。来る前に貰いました。お守りとして。」
ロケットメモリを取り出してみせると、フィリップも満足そうな表情を見せた。これなら、勝てると。そう思えた。
『さあ、今までとは桁違いの死神のパーティータイムが始まるぜ。実に楽しみだ。』