IS x W Rebirth of the White Demon   作:i-pod男

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今回は翔太郎にフラグ?っぽい物が立ちます。


Jの悩み/極みと高みへの道

鳴海探偵事務所の昼下がり、翔太郎はコーヒーカップを片手に窓の外を眺め、黄昏れていた。

 

「・・・・・彼女が、欲しい。」

 

「どうしたの翔太郎君?藪から棒にそんな事言って。あ、もしかして一夏君の事が羨ましいのかなぁ〜?」

 

「ああ、そうだよ!羨ましいに決まってんだろう、畜生め。」

 

指摘する亜樹子に噛み付いたと思うと今度はデスクに突っ伏して溜め息をついた。ハードボイルドさより虚無感が滲み出ている。実際翔太郎は顔立ちは整っており、一夏に負けず劣らずの美男子である事に間違いは無い。だが時折しまらない所やどこか抜けている所を垣間見せてしまったり、ハードボイルドが空回りしてしまったりするので何度も何度もチャンスを逃しているのだ。弟子の一夏が異性と充実した毎日を送り始めているのを見て段々と我慢が出来なくなって来たのだろう。

 

「あ”〜〜〜〜〜、出会いが欲しい。出会いが欲しい!」

 

「翔太郎、大事な事を二度繰り返してそれでどうにかなる様な事でもないだろう?良い歳した大人が無い物強請りなんて、見苦しいよ?」

 

「そうだけどよぉ。俺だってこの歳で彼女がいないとか、悲し過ぎるだろ?」

 

「僕は別にそうは思わない。検索対象としてはあやふやだし、それが理由でしっかりとした情報の閲覧が出来ないからね。更に計算した所、現在世間で女性との健全な交流が確立する確率は翔太郎自身の社交能力も計算に入れると僅か二十パーセント、つまり五分の一だ。六連発のリボルバーでやるロシアン・ルーレットの生存率と大差無い。まあそれでもやるなら止めはしないよ。」

自称『インスピレーションの女王様』亜樹子は何やら閃き、ポンと手を叩いた。

 

「そうだ!なんなら、本人に聞いてみない?どうやったら彼女を作れるか。一夏君だったらマニュアル書いて出版したらバカ売れするよ、バカ売れ!」

 

「やだね。弟子に助け求めるなんて師匠のする事じゃねえし、何よりハードボイルドじゃねえよ。第一、映画の収録の後に聞いてみたが、あいつの場合状況が特殊だから参考にもならない。彼女は二人、いるんだとさ。それも姉妹だ。」

 

「何そレェエええええええ!!私聞いてない!何その恋愛ライトノベルみたいな筋書き!?」

 

亜樹子は両手を頬に当てて卒倒し、ソファーに倒れ込んだ。確かに翔太郎の言う通り状況が特殊である上、全くと言って良い程参考にならない。

 

「確かに異例ではあるが、驚きはしないな。彼程心の広い男なら女性を口説き落とす事ぐらい簡単に出来るさ。加えて、彼は今世界に注目されている。動機が不純であろうと無かろうと、彼に近付く女は五万といるだろう。」

 

「嫌だね。ぜってぇーあいつの手は借りねえ。面目丸潰れだぞ?」

 

フィリップは戸棚にしまわれている事務所の経済状況を記してある台帳や領収書などの記録を調べ始めた。そして目当てのページで手を止め、一夏が正式に事務所のメンバーとして活動を始めた期間から現在までの記録に指を走らせる。

 

「織斑一夏が手を貸してくれた案件の報酬はどれもキッチリ支払われる上にクライアントの財政状況に関係無くかなり高額だ。そのお陰で、ここ暫く事務所は黒字続き、貯蓄も亜樹ちゃんとの共同管理のお陰で、潤沢な七桁の数字に留まっている。顧客の数も右肩上がりだ。僕達や照井竜から学んだ事を研究及び昇華させて、独自の探偵術を身に付けている。僕の様に膨大な『本棚(ちしき)』を持ってはいないが、彼は探偵にしておくには勿体無い腕前の持ち主だと思えるよ。僕は、教えた人間としては誇りに思うね。むしろ彼がいつか自分の事務所を立ち上げるんじゃないかと思い始めている。えー、ちなみに、織斑一夏を仲介人として女性との健全な付き合いが出来る成功確率は・・・・」

 

脳内に蓄積されたアカシックレコード『地球の本棚』で該当しない項目を削除して行き、答えを導き出した。

 

「凄い。四捨五入で八十五パーセント、残りは君の腕次第だ!差し出がましい様だけど、そこまで異性との付き合いを望むならここはプライドを捨ててでも織斑一夏に頼むべきだと思うがね。」

亜樹子は最早狼狽した時の口癖である聞いてない、どころこか、ぐうの音も出ない程仰天していた。まさかあの時の中学生が僅かな時間でここまで化けるとは露程も思わなかったのだろう。だが、一夏が腕利きである事は事務所の帳簿と顧客名簿の分厚さが明白に物語っている。

 

「一夏君が駄目なら、竜君にでも聞いてみる?翔太郎君よりもイケメンだし、捜査の腕は上だし、コーヒーを美味しく作れるし、もっとハードボイルドだし。」

 

亜樹子が列挙する夫の特徴は全て翔太郎の心を深々と刺し貫き、更に抉った。そんな時に事務所の扉が開いて竜が入って来た。だが玄関には背を向けていた為に翔太郎は気付かずに亜樹子の提案を一蹴した。

 

「ふ・ざ・け・ん・な、それこそまっぴらだっての。誰があいつの世話になるか。警察のキャリアマンで、その上もう結婚してんだろ?人生の勝ち組も良い所じゃねえか。あの性悪デカの手を借りるぐらいなら頭丸めて坊主にでもなった方がマシってモンだ。」

 

「ほう、俺の手を借りるぐらいなら頭を丸めて出家した方がマシだと?」

 

底冷えする様な声で手錠をジャラジャラと鳴らす竜。

 

「ああ、その通、り・・・・・ってのは冗談だ。アハ、アッハッハッハッハッハ、いやー、おめでとうございます課長!さあて、タイプライターのインクリボン買って来るか!!」

 

敬礼をすると冷めたコーヒーを一気に飲み干し、バイクのヘルメットを脇に抱えて慌てて出て行った。

 

「竜く〜〜ん♪」

 

亜樹子はそそくさとコーヒーを温め直してカップを差し出した。

 

「フィリップ、先程は左と何の話をしていた?」

 

「気にしないでくれたまえ、照井竜。翔太郎はただ君の様に交友関係が充実していないから僻んでいるだけだ。この中で女性の扱いに馴れている君か織斑一夏から誰かを紹介してもらうか、女性との交遊の輪を広げる秘訣を聞き出せと言ったんだが、あの通りだ。」

 

「俺に聞いた所で碌な情報は手に入らんぞ。」

 

竜はコーヒーを一口飲んだが、直ぐにそれを台所の流しに吐き捨ててポットの中身もぶちまけた。

「相変わらずコーヒーの作り方がなっていないな。豆の挽き方から既に間違っているぞ。荒く惹き過ぎだ。これでは女が寄り付かないのも頷ける。織斑が作ったあのレシピはどうした?あれは俺のよりも美味い。」

 

「あるけど、翔太郎君がいる時は自分でやるってうるさいから。だから、留守を狙ってしか使えないのよね。」

 

 

 

 

「今日は飛んだ厄日だぜ全く。」

 

風都にある家電量販店が休日である事を失念していた翔太郎は近場でインクリボンを買う事が出来ず、街を出て買う破目になったのだ。だが、今時タイプライターの様な古めかしい物に使えるインクリボンを販売している店は極端に減っていた為、十件近く店を回っても目当ての物を見つけられない。翔太郎は段々と忍耐の限界を感じ始めていた。

 

「だー、畜生・・・・どこ行きゃあ良いんだ?ガソリンの値段も最近じゃ馬鹿にならねえってのに、もう。こんな事ならフィリップに頼んで検索してもらえば良かったぜ。」

 

「あのぉ。」

 

途方に暮れている所で声を掛けられた。振り向くと、自分より頭一つ分近く背丈が低く眼鏡をかけた女性がトートバッグを持った女性が視界に入った。

 

「どうかしたんですか?」

 

「え、あ、いや、別にあの、大した事無いんスけどね?あー、そのぉ・・・・・」

 

いくらハードボイルドを気取ろうとしても鳴海探偵事務所にして先代所長の鳴海荘吉には、経験も貫禄も未だ遠く及ばない。冷静に対応する筈が彼女の可憐さに押されて煮え切らないハーフボイルドに成り下がってしまった。まるで片思い中の女子に一世一代の告白を使用としてどもる挙動不審な中学生である。

 

「あー、んん”っ!」

 

翔太郎の信条は『何事もまず形から』である。気を取り直して深呼吸をすると、いつも通り冷静に振る舞った。

 

「実は、ちょっと困ってるんです。タイプライターのインクが切れそうなんでインクリボンを買いだめする為にここら辺で知っている店を幾つも回ったんですけど生憎どこにも見当たらなくて。それでどうした物かと・・・」

 

「あ、それでしたら今から行く店に仕事場で使う特殊なコピー機のインクカートリッジがあるんですけど。そこでインクリボンを販売してるコーナーを見た様な・・・・」

 

「本当に?!ありがとう。はぁ〜〜〜〜、良かったぁ。」

 

翔太郎は、まるで宣告された死病が治療可能と伝えられたかの様な大袈裟な仕草で胸を撫で下ろした。

 

「迷惑じゃなかったら、送るけど?」

 

停車してあるバイクを親指で示した。

 

「え、でも・・・・」

 

「歩くよりも早いし、こんなご時世だから白昼でも男の憂さ晴らしの捌け口になる事だって少なくない。運転なら自信はあるから。」

 

「じゃあ、よ、よろしくお願いします。」

 

スペアのヘルメットを被ると、ぎこちなく翔太郎の後ろに乗った。スピードを上げると、やはり馴れない故の怖さか真耶は彼の腰に巻き付けた腕の力を強めた。それ故に彼女の豊満な胸が翔太郎の背中に押し付けられる。

 

この状況で交通事故を起こしてはたまった物では無い。交通注意と煩悩退散の二つを交互に心の中で叫びながらどうにか無事に店にたどり着く事に成功した。そして真耶の言葉通りインクリボンを置いてある棚が見つかった。

 

「おお〜〜、あったぜおい!ハッハッハッハァ〜〜!存分に経費で落としてやらあ。報告書書く為の大事なモンだ、文句は言わせねーぞ亜樹子ぉ〜。」

 

どこぞの小悪党の様な高笑いを上げながらインクリボンを五つ買うと、再び真耶に礼を述べた。

 

「いやー、助かった。ありがとう。あ、これ名刺。何か困った事があったらいつでも連絡して。」

「あ、どうも。左、翔太郎さん・・・探偵さんなんですか。なんかカッコいいですね。」

 

カッコいい。その言葉は翔太郎には正に天使の囀りにも勝る褒め言葉だった。耳の奥でその言葉が響く幻聴すら聞こえている。

 

「私も、えっとぉ・・・」

 

真耶は名刺を受け取ると、財布の中からIS学園のIDカードを取り出して見せた。

 

「私はこう言う者です。」

 

「IS学園の・・・・山田真耶、さん・・・・え、教師?」

 

「も、もしかして、見えませんか?見えませんよねそうですよねこれでも二十三なのに未だに生徒さんに中学生呼ばわりされるなんて世も末ですもんそりゃ私だって大人っぽい服来たりしますけど中学生が背伸びしてるって言われるんです。」

 

雪崩の様に迫り来る愚痴の波に押されて翔太郎は思わず頷いて肯定しそうになったが、彼女にとって余程のコンプレックスである事が伺えて不憫さ故に口を噤んだ。ここで不用意に本当の事を言えば彼女が傷ついてしまう。何よりそれではポリシーに反するので敢えて小さな嘘をついた。

 

「いやいやいや。そんな事無い、無い。まあ、びっくりしたのは本当・・・・ですけど。」

 

「無理に敬語にしなくても良いですよ?同い年ぐらいですし。」

 

「何か、すんません。ん?待てよ・・・・?IS学園の教師って事は・・・・一夏の奴、元気にしてますか?」

 

「はい。織斑君はとっても優秀な教え子で、人気者ですよ。私、彼の副担任なんです。お知り合いですか?」

 

「中学生の頃から知り合って、師弟関係になったと言うか、まあ色々と。良い奴ですよ、あいつ。けど山田さんが副担任だなんて知らなかったな。海で会ってからそれきり音沙汰無かったんでどうしてるんだろうと思ってたんだけど、元気そうで何よりだ。」

 

「あ、行けない。もうすぐ休み時間が終わっちゃいます。私次の授業担当なのに〜。」

 

真耶は腕時計に目をやり、慌てた。

 

「また送りましょうか?IS学園直行のモノレールの駅なら知ってますけど。」

 

「じゃ、じゃあお願いしますぅ!先輩凄く怖いんですよぉ〜〜!!遅れたら・・・・遅れたらぁ〜〜〜!!」

 

塩入りコーヒー、無限組手、そして出席簿、などなど。真耶は今まで受けて来た理不尽(リンチ)を一気に思い出し、一瞬にして青ざめた。

 

(先輩って・・・・千冬か・・・?てか、何をされたんだ・・・・?)

 

一瞬引き笑いを浮かべた翔太郎だったが、帽子を被り直して真耶を学園まで送り届けた。

 

「じゃあ、私はこれで失礼します。ありがとうございました、左さん。」

 

「こちらこそ。インクリボンの事、ホンッットに助かった。じゃ、俺はこれで。」

 

 

 

 

 

「ちー姉。頼みがあるんだけど。」

 

休み時間は残り僅か。一夏は千冬の真向かいの席に座っている。

 

「織斑先生だ、馬鹿者。で、頼みとは何だ?」

 

「あいつらにお互いを鍛えさせる為の課外授業の時間を付けて貰いたい。ドーパントが相手なら意味は無いけど、ISで来たら少なくとも互角に渡り合えるだけの強さになれれば臨海学校の二の舞は避けられる。シャルロットのトラウマ克服の為にもなる。トレーニングメニューもそれなりに考えてあるんだ。」

 

一夏が差し出したリストに目を通し、何度か小さく頷いた。

 

「ほう・・・・これは面白そうなトレーニングメニューだな。そして、確かにお前の言う通りだ。良いだろう、許可する。私も混ぜてくれ、早く現役時代の感覚を取り戻さなければならないからな。しかし、こちらからも条件を一つ出させてもらう。お前が代表候補達を鍛えるのは大いに結構だ。だが、更識の二人とお前は私が直々に鍛える。」

 

「え?」

 

一夏は一瞬間の抜けた返事を返した。軍の教官も務めた経験を持つ千冬がどれだけのスパルタ教師か身に染みて分かっている為に、特にあの二人の心身両方の安否が気になり始めたのだ。

 

「私はお前の姉だ。そしてお前の背中をあの小娘共の誰よりも確実に守って尚且つ生き残れると自負している。だがその場をあの二人に明け渡すとなると、私が認めるだけの強さを身に付け、少なくとも私と同じレベルに立って貰わなければならない。それが唯一の条件だ。どうする?」

 

暫く考えていたが、一夏は小さく頷いた。背に腹は代えられないし、ここで許可が下りなければ何も出来ない。

 

「よろしくお願いします。織斑先生。」

 

「よろしい。では、放課後に小娘共を第三アリ—ナに集める。遅れるなよ?私も久し振りに燃えて来た。」

 

一夏の髪の毛をくしゃくしゃと撫でる千冬は一瞬だけだが、普段では考えられない様な穏やかな表情を浮かべた。

 

「ちー姉、くすぐったいっす。あ、所で山田先生は?」

 

「コピー機のインクカートリッジの在庫が切れそうだから買いに行くと言っていたな。もう休み時間が終わる頃だが、余計な道草を食っていない事を祈ろう。本人の為にも。」

 

何をするつもりなのか、千冬のサディスティックな薄ら笑いを一夏は見てしまって聞くに聞けなかった。




次回から代表候補生達の鬼の修行が始まります。

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