IS x W Rebirth of the White Demon   作:i-pod男

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上手く書けたかどうか・・・・・今回は難産でした。


分家のH/望奪戦

「ん・・・・・ぅ・・・?朝か。」

 

スコーピオショックの画面を確認すると、なんと午前五時を指し示していた。夕食を終えて緊張の糸が切れた一夏は頭が枕の上に落ちると直ぐに眠りについた。その時刻は夜七時半頃と合計の睡眠時間は九時間半近くだった。

 

「よっと。確か道場があったな・・・・ちょっと運動でもしよう。」

 

寝間着に使ったTシャツとスウェットのズボンのまま裏庭の方へと足音を殺したまま屋敷から少し離れた道場へと向かった。だが、既にそこからは金属のぶつかり合う音がする。引き戸の隙間を覗くと、ジャージ姿の天次郎とかぐやが真剣を使って相対していた。天次郎は小太刀を連結させたり切り離したりを繰り返す変幻自在さと手数に物を言わせた戦法を、かぐやは刀を操り常に一撃必殺を狙う武士の様に堂々とした戦法で立ち回っていた。

 

二人のその姿はとても美しく、一夏は心奪われた。本当に心が繋がっているかの様に互いの動きを完全に読み切り、攻防を繰り返している。ぶつかり合う鋼の音もまるで二人の心のメロディーを奏でているかの様だ。

 

「綺麗だ・・・・・」

 

「そんな所で見ていないで君も入って来たらどうだい?」

 

二人の得物は何百合とぶつかり合った筈なのに余程鍛え上げられた技物なのか、罅は疎か刃毀れ一つしていない。

 

「すいません・・・・おはようございます。」

 

「ああ、おはよう。あの後君はすぐに眠ってしまったから、余程疲れていたのだろうね。刀奈と簪はもう少し話したかったと膨れていたよ?別に構いはしないよ。何時もやっている事だ。二人の呼吸が合っている事を確認する為の言うなれば準備運動さ。」

 

あれ程の激しい動きを準備運動と称するのならば本番の度合いは一体如何ばかりなのだろうか。

 

「呼吸、ですか?」

 

「そ♪二人の愛の絆があれば〜どんな相手もド〜ンなんだよ。だからこれはその愛を確かめる為のコミュニケーション。えへへ〜。」

 

かぐやは後ろから天次郎の首に腕を回して抱きつき、肩口から顔を覗かせた。

 

「結婚してから、毎日ずーっとしてるんだよ?夜も、ね?」

 

「こら。朝からあんまり下世話な話はしないんだよ?まあ、本当の事なんだが。」

 

(何歳でなんちゅーピンクい雰囲気醸し出してるんだこの二人?!もう結婚もして子供も二人いるんだろ?!なのに何でこんな新婚さんみたいなラブラブオーラが出せるんだよ!?)

 

「君も、何らかの武道を嗜んでいると聞き及んだんだが。」

 

「真剣を使った事はありますけど、生憎と正式な流派じゃなくて。全くの我流なんです。本場の達人相手に通用する程の物じゃありませんよ。」

 

一夏は恥ずかしそうに顔を背けた。

 

「かぐや。」

 

「は〜い♪」

 

かぐやは手に持っていた刀を一夏に向かって投げつけた。それを咄嗟に受け止めたが、突如殺気を感じて振り下ろされる二本の刃を抜きかけた刀の刃で受け止めた。

 

「だが、見せて欲しいな。君の力を。更識の当主となった刀奈の隣に立つ男の力が・・・純粋に見てみたいんだよ。さあ、戦ってくれ。」

 

その声は静かだったが、それでいて血が凍るかの様な恐ろしい物だった。一気に眠気が吹き飛ばされる。鞘を払って刀を逆手に持ち替えた。

 

「ほう、逆手一文字か。超近接での攻防では絶対的な力を持つ『速度』に特化した戦法。もっとも、反りのある刀ではなく直刀の方が適しているんだがね。だが完全に我流ではないよ。それを使った人間を僕は知っている。さあ、」

 

波紋が表裏揃った小太刀を構え、いきなり天次郎の姿が目の前に現れた。

 

「うぉっと!?」

 

金属が擦れ合う耳障りな音と共に一夏は小太刀の一閃を回避し、反撃したがあっさりと弾かれた。

 

(速い!!ナノマシンを使いたい所だけど、ここはナシで行くか。二人には休養中で悪いけど・・・・・俄然楽しくなって来たぜ!!)

 

「さあ、来てくれ。」

 

「行きます!!」

 

止む事無き剣戟音が鳴り響く。一夏も天次郎の変幻自在な戦法に対して自分なりにトリッキーな動作で対抗していた。右手から左手にそしてまたそれを逆手から順手に持ち替える。端で見物しているかぐやの顔には何時ものポワポワした雰囲気は消えており、真剣な顔付きで二人のぶつかり合いを見ていた。そして内心驚いていた。初見で夫とここまで渡り合える人間に会ったのは、彼の父親である鞍馬以来だった。

 

「もしかしたらホントに勝てるかもね。」

 

「素晴らしい。素晴らしい適応能力だ。もう僕のスピードを見切れる様になっているとはね。」

 

「そうしなきゃ俺、死んじゃいますからねえ!!」

 

一夏は無意識の内に口元が緩んでいる事に気付いた。笑っているのだ。戦いを楽しんでいるのだ。

 

「確かに、目を見張る物がある・・・・だがっ!!『双牙 二ノ太刀・震羅(しんら)』。」

 

一夏の刀を挟み込むかの様な斬撃は、全身に衝撃を与えた。刀を通じて振動が体中に伝わり、手が刀から離れる。

 

「見事な動きだ。」

 

「ありが、とう、ございま、す・・・・・・」

 

刀をかぐやに返すと、座り込んだ。

 

「昨日同様、死ぬかと思った・・・・」

 

「何を馬鹿な。気付かなかったのかい?斬撃の度に、僕は刃を返して峰で攻撃していたんだよ?打撲はあるかもしれないが死ぬ事は無いさ。」

 

(峰打ち?!あれだけの攻撃を全部一瞬で?!でも全部急所とか思い切り狙ってましたよね?!)

 

もしかしたら姉の千冬を超えるかもしれない規格外な戦闘能力に言葉が出なかった。

 

「そうそう、昨夜のうちにあれこれと思案していたたんだ。桜庭と千代田にどうやって君を更識の一員として認めさせられるか。至った結論は、実力行使だ。」

 

それを聞いたかぐやは初めて驚いた顔を見せた。

 

「天次郎さん!?じゃあまさか」

 

「ああ。桜庭の連中と事を構える事になるかどうかは分からないが、保守派の千代田を黙らせるには『望奪戦』しか無い。彼らはとてもじゃないが、この様な話題を持ち出して聞く耳を持つ様なやからじゃないんでね。」

 

「ちょ、ちょっと待って下さい。そのボウダツセンて何ですか?」

 

「IS学園の生徒会長が常に生徒の上を行く力を持っていなければならない様に、この更識も似た様な風習があるんだ。本家か分家のの人間が、周りの反対を押し切って何かをしようとしている時に行われる。例えば、君の様に外部の人間と更識の娘の交流を持たせる事とかね。反対する家の実力ナンバー1と一人ずつ殺し合う。全員に勝てば願いは押し通り、負ければ押し通らない。勝負の制限時間は、二十秒。」

 

二十秒。短そうに聞こえるが戦闘時ではその時間は二十分に等しい。

 

「そして二十秒以内に勝負がつかなかった場合、反対を押し切ろうとしている人間はその場でコールド負け。ちなみに僕は一度これで勝っている。」

 

天次郎はシャツを脱ぎ、プロのアスリートの様に健康的に筋肉質でいてスリムな上半身とそこに刻まれた裂傷が露わになった。肩、背中、脇腹、胸、更には致命傷になりかねない首にも二つある。

 

「僕の時は大変だったよ。左半身の骨の殆どが骨折か罅が入っているわ、内蔵の一部が抉れるわ、静脈から三リットル近い出血はするわで、全治三か月の重症だ。 生死の境を彷徨いはしたが、後悔はしていない。価値は有った。僕はかぐやと結ばれる為に勝たなければならなかったんだ。それ程までに彼女を愛している。今もこれからも、永遠にね。」

 

(好きな女の為に文字通り命賭けるなんて・・・・・天次郎さんすげえ人だ・・・・・で、俺もこれをやる事になるのか。今度こそ死ぬかも、だな。)

 

「ありがと、貴方♪これが一番の策よ。結果は貴方の腕次第。どうする?」

 

「駄目!絶対に駄目!!望奪戦なんて、洒落にもならないわ!ホントにホントに死んじゃうじゃないの!!」

 

ガタリと音を立てて引き戸を乱暴に開き、楯無が入って来た。

 

「刀奈・・・・さっきの聞いてたのか・・・・・」

 

「お父さんもお母さんも、どう言うつもりなの!?いくら一夏君でもそんなの駄目!本当に・・・・一夏君が本当に死んじゃう・・・・そんなの」

 

「やります。やらせて下さい。天次郎さんがあの時勝たなければならなかった理由がある様に、俺にも絶対に勝たなければならない理由があるんです。二つも。それに、好きな女の一人や二人守れなかったら男が廃りますよ。」

 

「・・・・っ・・・・もう知らない!」

 

「刀奈!!」

 

大声を張り上げたのは今まで口を閉じていたかぐやだった。

 

「いい加減にしなさい。男の誇りは命でもあるの。それを守り、信じて、共に戦う事こそが更識の女のすべき事よ。当主である貴方ならそれぐらい分かっている筈。なのに貴方のその物言いは何?今の言葉は彼の誇りを汚して彼を疑う言葉。侮辱よ。恥を知りなさい。」

 

明るくてほんわかした雰囲気は面影すら無い。刺す様なその瞳はまるでその道場内だけが吹雪いているかの様に体を震わす。楯無は目に涙を浮かべ、走り去った。

 

「あ、ちょっ、おい!」

 

天次郎とかぐやに小さく会釈をすると、一夏は彼女の後を追った。

 

「やれやれ、久し振りだよ。君が怒る所を見たのは。相変わらず怖いね。流石は『鬼の半蔵』の末裔だ。」

 

「んもう、自慢の奥さんに言う言葉じゃないでしょ?」

 

寄り添うかぐやを天次郎は優しく抱き寄せ、二人は小さく唇を重ねた。

 

「ハハッ、ごめんごめん。」

 

「それにホントの事言っただけですもの。でも、運命を感じるわね。」

 

「運命?かぐやがその言葉を使うなんて珍しいね。昔は運命なんか信じないって言ってたのに。」

 

彼女があまり口にしない単語を出した事に、天次郎は目を僅かに見開いた。

 

「あの時はあの時、よ。だってそうでしょ?立場は違えど天次郎さんと同じ道を辿っているのよ?絶対に逃げようとしない、立派なコ。あの二人も、彼になら任せられると思い始めてきちゃった。過保護病を治す良い機会だし。それに改めて天次郎さんをメロメロに出来るチャンスだしね〜♪」

 

楯無に負けず劣らずの豊満なプロポーションを持つかぐやは誰でも魅力的だと断言する美貌の持ち主だ。そんな彼女が細い指をすーっと天次郎の傷の一つの上を撫でた。

 

「けど、今でも僕には君しか見えていないよ。あの時からずっと変わらない。斬奪戦の前も後も僕はずっとかぐや中毒だ。」

 

「やん、もう♪」

 

二人は更に強く抱き合い、娘と未来の息子が出て行った戸口を見つめた。

 

「今は見守ろう。娘達と、『息子』の行く末をね。」

 

「天次郎、かぐやさん。大変な事になったぞ。」

 

道場の窓の隙間から声が聞こえた。二人が昔から良く知る馴染みの声だ。

 

「和之。久し振りに虚や本音達と一緒にいたんじゃなかったのか。それに当主自らが来なくても」

 

「暢気な事を言っている場合か!」

 

普段は和やかな布仏和之が凄まじい形相で詰め寄って来た。

 

「だから、どうしたんだ?」

 

「千代田が三十分もしない内にここに来る。恐らく否が応でも望奪戦で君か、あの織斑少年を打ち負かしたいらしい。」

 

「何だと・・・・?分かった。ありがとう。かぐや、皆を道場の方へ。」

 

 

 

 

 

 

 

「刀奈・・・・」

 

「来ないで!」

 

一夏は部屋まで楯無を追った。いつも飄々としている楯無はヒステリックになっていた。恐らく屋敷中に彼女の声が響いているだろう。

 

「休養が目的で来たのに、望奪戦ですって?ふざけないで!!あれだけ心配させておいた挙句またこんな事をするなんてどう言うつもり!?絶対駄目!一夏君は桜庭と千代田の事を甘く見過ぎよ!それに・・・・・初めて好きになった人が殺されそうになるのなんて、見たくないのっ!!」

 

壁を背にずるずると崩れた楯無は顔を覆った。

 

「お願いだから・・・・死んじゃやだ、やなのぉ・・・!!」

 

一夏は座り込んだ楯無を抱きしめた。

 

「肉体は滅んでも、その記憶を宿す人間がいる限り永遠に生き続けられる。そう言う意味じゃ、人間は不死身なんだ。詭弁だと言うかもしれないが、少なくとも俺はそう思ってるんだ。それに俺はこんな所じゃ死ねない。やらなきゃならない事もやりたい事もまだまだ沢山ある。」

 

「でも死んだら何も出来なくな、ん・・・・ッ・・・?」

 

唇を合わせて彼女を黙らせた。暫くは身を揺すって抵抗しようとしたが、体が蕩けてしまったかの様に力が入らない。そのまま押し倒されてしまった。そしていきなり胸を鷲掴みにされてくぐもった悲鳴を上げた。

 

(うわ、すご・・・・柔らかくて、熱い・・・・)

 

一夏は放心した状態でしばらく彼女の胸を揉んでいた。頭の中が真っ白になったが危うい所で理性を取り戻す。

 

「ちょ、ん、こらっひゃめれ、ぁぅ・・・・・」

 

「あ・・・・・ごめん。」

 

一夏は小さく謝ってから手を離して楯無を起こした。小さく息切れを起こしており、口元の唾液を拭った。

 

「こんなんで、誤魔化されないんだからね?」

 

「絶対に勝つ。絶対にだ。」

 

「怖く、無いの?」

 

「怖くない・・・・・訳無いだろ。でも、俺は刀奈や簪と一緒にいたい。怖がってたらそれも出来なくなる。だから小さい一歩でも前に踏み出さなきゃならないんだ。簪にも俺が直接伝えておく。」

 

「分かった。信じてるからね?」

 

「ありがと。」

 

だが、その矢先、突然表玄関が騒がしくなり始めた。一夏の耳に多数の足音、タイヤが地面と擦れて出るスクリ—チ音、アスファルトに擦れる音、更には小声で口々に喋る喧騒も聞こえた。

 

「表玄関に人がいる。かなり多い。音からして・・・・二十人前後だ。」

 

「楯無、支度を始めろ。どうやら向こうが強行策に出たみたいだ。」

 

いつの間に現れたのか、礼服姿の天次郎が部屋の前に現れた。

 

「千代田が?」

 

「うむ。一夏君、覚悟は出来ているね?ここで勝たなければ、後も無ければ先も無くなる。」

 

「はい。」

 

 

 

 

十五分程してからスーツ姿の男女が道場の端でずらりと座り、空間その物が裂けてしまうのではないかと思える程に張り詰めた空気が辺りを支配していた。道場の奥の方では更識家の面々が座り、その端に一夏が座っていた。 布仏家はその右で控えており、それに向かい合って桜の代紋らしき紋章を身に付けた桜庭が、最後に更識家の真向かいに千代田が陣取った。

 

「日曜の朝はゆっくり過ごしていたと言うのに、事前の連絡も無しに参上するとは、随分と急ぎの用事らしいですね。それにこの物々しい雰囲気、ただ事では無さそうだ。どう言ったご用件かな、先々代・十五代目千代田家頭領、厳流殿?」

 

厳流と呼ばれた人物は大柄で褐色肌の黒いスーツに身を包んだ定年間近の男だった。灰色の髪は短く切られており、沸々と殺気が体中の毛穴から噴き出している。そしてその全てを一夏に向けていた。

 

「知れた事を。」

 

憮然とした態度で厳流はバリトンボイスで返答した。

 

「外部の人間をまた更識の一員に取り込むつもりなのであろう?ワシはそれを止めに来た。しかも十七代目現当主と交流関係を持ったのが今世界で注目されている初のIS男性操縦者の織斑一夏と来た物だ。看過出来ると思うてか?行く行くは孫の幻斎と婚礼の義を結んでもらいたかったのだがな。」

 

厳流の隣に座っている幻斎は一夏とそう変わらない年格好の青年だ。そして厳流同様に、明確な殺意を一夏にぶつけていた。

 

「私は只斬奪戦になるやもしれないと厳流殿からの連絡を賜って参じただけです。コレがある時は分家の皆が立ち会うと言うのが常識。我が家の者全員がそう思うかどうかはまだ存じませんが、私は彼女が意中の人間を見つけた事を当主として、また、同じ一人の女としても大変喜ばしいと思っております。」

 

「確かに。縁とは多ければ多い程世界が広がる物です。私は良いと思いますよ?親方様。」

 

家名の通り見事な桜色の着物を召した先代・十六代目当主の桜庭朧と夫の宗房は上流階級出身の人間らしく恭しげに頭を垂れた。

 

「朧、宗房もありがとう。しかし、厳流殿。それ程までに、僕の上に立って裏で世界を動かしたい訳ですか。しかし、何故そこまで反対するのか理解に苦しみます。」

 

「黙れ若造!!儂らの上に立っておったからと言って、何でも好きに出来ると思うな!控えよ!!」

 

天次郎の物言いに反応して威丈高になった厳流の怒声が響き、部屋が振動で揺れた。一夏は突発性の難聴を患ったかの様に小刻みに何度も頭を小さく左右に振る。

 

「厳流殿、更識に仕える者として今の言葉は、聞き捨てなりません。あなた様こそお控えを。」

 

和之の言葉に厳流はフンと鼻を鳴らした。

 

「本家の皆様と我が布仏家は勿論、この事に桜庭は当主と旦那様は今の所賛成のご様子です。今の所反対しているのはそちらだけ。理由が無い筈が無い。」

 

「これ以上本家の血を薄めてはならんと言うておるのだ!!」

 

「慣例に縛られた古い考えに捉われていては先を見通す事は出来ないのですよ。動物は進化する事によって環境に適応し、生きながらえて来た。組織もまた然りです。進化出来ない物は自然の摂理によって退化し、いずれは淘汰される。」

 

「しかしこの様な青二才に舵取りを任せてどうなるか、分かった物ではないぞ!」

 

「おい。」

 

遂に耐え切れなくなった一夏は立ち上がり、道場の中心に向かった。

 

「要するに、俺が更識と男女の関係を持っているのが気に食わないから俺に喧嘩を売りに来たんだろ?それならそうと能書きを省いて単刀直入にそう仰って貰いたい。俺は逃げも隠れもしない、望奪戦だろうが何だろうが、受けて立つ。」

 

「小僧・・・・・!!その言葉忘れるなよ。幻斎!」

 

「はい。」

 

手を伸ばせば余裕で届く程の僅かな距離で、幻斎は足を止めた。

 

(近いな・・・・・これが斬奪戦の間合いか何かか?一瞬でも気を抜いたら死んじまうぞこれは。)

 

「望奪戦の制限時間は二十秒。双方は死力を尽くして相手をその内に戦闘不能にしなければならない。よろしいかな?」

 

天次郎の言葉に二人は頷いた。

 

「では・・・・・初め。」

 

最初に動いたのは幻斎だった。手刀で喉を狙って来る。が、一夏はそれを踏み込んで頭を僅かに反らして回避したが、もう一方の手が目つぶしを放って来た。

 

ルール無用( バーリトゥード)って事かよ!?だったら遠慮はしねえ!!大道克己との戦闘を経験した今の俺は、昔の俺とはちげええええんだよ!!)

 

それもかい潜りはしたが、目尻と頬を掠って血が流れ始めた。三発目は空手の正拳突きだが、受け止めた一夏はすぐにそれが間違いだと言う事に気付いた。骨が砕けてしまったのだ。

 

(うぉっ!?腕ごと持ってかれちまう!?)

 

一夏は負傷していない方の手で幻斎の喉を掴み、引き寄せながら膝蹴りで腹を狙った。

 

「ふんっ!」

 

膝蹴りは命中したが、一夏は顔を僅かに歪めた。まるで硬質のゴムの塊を蹴ったかの様な感触だった。幻斎は喉を掴んだ一夏の手を払い除け、頭突きで鼻を潰そうとした。

 

(クソッ!)

 

一夏はそれに同じ様に頭突きで対抗した。生暖かい血が割れた額から垂れ落ちるが、無視した。目を見開き、幻斎を睨み付ける。一瞬動きが止まった所で一夏は反撃に出た。その刹那、理性の枷が外れて、床を力強く踏み鳴らして鳩尾に二つの拳を同時に叩き込んだ。次に掌打で上方に顎を打ち抜くと浴びせ蹴りで幻斎を吹き飛ばした。二十秒経過を知らせる鐘が鳴る。

 

「それまで。勝者は、織斑一夏。」

 

「馬鹿な・・・・!!幻斎を破ったじゃと・・・?」

 

「あらまあ、凄い。」

 

「剣気を相手の目に直接叩き込む、二階堂兵法『心の一方』だ。まだ未熟だから何分も動きは止められないが、あれだけ顔が近けりゃ充分効果はある。」

 

額から流れる血を拭って髪をオールバックに掻き上げて、ナノマシンの治癒能力で左腕の再生を急がせた。

 

「か・・・・勝った・・・・」

 

「一夏が勝ったよ!お姉ちゃん!!」

 

「勝負あった様ですね、厳流殿。」

 

「ぐぅうう・・・・・・・まだじゃっ!!」

 

『Grizzly!』

 

「俺はぁあああーーーーー!!!!!」

 

『Hound!』

 




長かった・・・・ようやくこれで四十話到達です。ここまで読んで下さった皆様、本当にありがとうございます。

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