IS x W Rebirth of the White Demon 作:i-pod男
屋敷を案内されている間、一夏は生きた心地がしなかった。あの時飛んで来る武器は全て叩き落とす事が出来た。あの二人の斬撃もあえて避けなかったが、今は出来ない。と言うのも、簪と楯無が一夏を屋敷の中を案内している間終始後ろに付いていて、どちらも未だに抜き身の刀を手放していないのだ。命が掌の上と言うのは正にこの事だろう。
(死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ!!!俺絶対に死ぬぅうううう!!!!)
『頭、奥様、お嬢!!お帰りなさいまし!』
それに加え、敷居を跨ぐ前にマル暴やらヤのつく心優しい義侠心溢れる方々は両端に並んで頭を下げ、一夏にガンを飛ばしていた。
(ナノマシンでも治療出来ねー
その内胃薬を手放せなくなるのではないかと思い始める一夏は無意識に胸や腹を撫でたり抑えたりし始めた。
「さて、屋敷は一通り案内したからゆっくりしてくれ。」
「ありがとうございます。」
再び客室に戻り、天次郎とかぐやが去ってから五分程が経過し、一夏は大きく安堵の溜め息をついた。
「こ、殺される・・・・ここで何かをやらかしたら俺は間違い無く殺される・・・!!」
下手をすれば大道克己と同じか、場合によっては親馬鹿パワーでそれを上回る戦闘力をフルに駆使し、一夏を地球の裏側だろうと追い詰めるだろう。あの二人の溺愛する様子からそれは明らかだった。
「にしても、あのトランペットは驚いたな。」
『必殺○事人』のトランペットのメロディーは、実はガードマンらしき人物が数人屋根の上で高らかに吹き鳴らしていたのだ。
「けど様になってたよな、あの二人。」
ブレザーを脱いでネクタイを緩め、シャツの第二ボタンまでを開けると、青畳の上に横になって天井を見上げた。竹の匂いは何故か心を休める作用があるとネットのブログに書かれていたが、本当だった。
暫くは目を閉じて深呼吸を繰り返し、それを堪能していると、カサリと音がして瞬時に飛び起き、居住まいを正した。
「ああ、驚かせてすまない。」
襖を開いたのは、着流し一枚を身に付け、長い煙管を銜えてプカプカと口端から煙を吐き出している天次郎だった。右手には煙草盆が握られており、小太刀は相変わらず腰に差さったままでいる。
「出会い頭にああしたのも謝らなくてはと思ってね。うちは仕事が仕事なだけに皆用心深いんだ。娘がどんな男を連れて来たかと言うのも、特にね。しかし、君は獣の様に相手の気配に敏感だ。まずまずと言った所かな。」
優し気な薄ら笑いを浮かべる天次郎だが、一夏は一切警戒は緩めなかった。
「そう言う体質ですから。今の自分の立場を鑑みると仕方無いですよ。」
「なるほど。そうだ、君も一服どうだね?自販機で売っている煙草より遥かに健康的だよ。二酸化炭素で運動能力は若干損なわれるだけで、肺癌の可能性はほぼ皆無と言って良い。何なら、ハッカも吸ってみるかね?」
「天次郎さん。自分、未成年です。」
「堅い事を言わないでくれ、僕は君位の歳では既に酒や煙草の味は覚えていた。かぐやと結ばれてからは控える様になったがね。けど煙管は本当にやめられなくてね。」
盆の端に煙管を小さく打ち付けて燃えカスを落とすと、一夏の前で胡座をかいて座った。襖を閉じると、優し気な目が一気に怜悧な物に変わる。
「教えてくれないかな?君はどうやってあの二人の心を射止めたんだ?」
「射止めたって大袈裟な・・・・でも、人を好きになるのに理由が必要なんですか?」
「いや、必要は無い。そう言う物だ。色恋沙汰は理屈で説明出来る様な物じゃないからね。僕もかぐやと最初に出会った時は一目惚れだったんだ。好きになったんだから仕方無いって奴さ。まあ、最初はもしかしたら簪が先に嫁ぐ事になるのではと思っていたんだが、良い意味でも悪い意味でも君は期待を見事に裏切って、斜め上に行ってくれたからね。」
微弱な殺意を感じたが精一杯それを表情に出さない様に努力する一夏。だがそれもすぐに引っ込んだ。
「これは親としてではなく、同じ男として個人的な興味と言う奴だよ。そう身構えなくても良いし、惚気話でも構わない。話してくれないかな?」
天次郎は再び煙管に刻み煙草を詰め込んで着火し、一夏を見据えた。
「二人の事は、何て言えば良いかな?放って置けなかった、と言うのが適切な言葉だと思います。一人は自分と同じ優秀な姉を持ち、もう一人は優秀である故に本心を隠し続けなければならない。どっちも一度は経験した事があるからその辛さと苦しさが分かるんです。だから、何とかしてあげたかった。助けたかった。」
「なるほど。で、結果的に成功して二人は君に想いを告げたと言う事か。二人が一緒に並んで座って笑うのを見たのは久し振りだった。心が洗われたよ。本当にありがとう。」
頭を下げる天次郎に面食らい、一夏は慌てた。
「いえ、そんな。自分が勝手に出しゃばっただけですから。あ、そうそう。二人一緒でも良いと言い出したのは、簪なんです。」
「ふむ。それは初耳だな。」
「一番大変なのは刀奈だから、一番甘える権利があると。」
「そうか。らしいよ、かぐや?」
「んふ〜〜、なら安心ね。二人から言い出した事なら私はオッケーよ、天次郎さん。」
天井裏からかぐやが姿を現した。気配を全く感じられなかった一夏は心臓が飛び出る程驚き、馬鹿みたいに天井を見上げてあんぐりと口を開けていた。
『パラパ〜、パラパラパパパー♪』(必○仕事人『出陣のテーマ』)
「あ、え、えっ?ええええ!?い、何時の間に・・・?!」
「私、服部半蔵の末裔だからかくれんぼは得意なのよぉ〜?」
逆さまにぶら下がったままぱたぱたと手を振るかぐや。
「忍者・・・・・なるほど、だから対暗部用の暗部って訳ですか。」
「ちなみに、僕は公安調査庁の幹部ね。先祖はまあ、忍者と似た様な物だよ。」
一夏は更識家の血筋の異様さを改めて思い知り、頭を抱えた。道理で情報の操作や収集、更には武道にも精通して動きも凄まじく速い訳だ。
「さてと、面白い話も聞く事が出来た事だし。かぐや、茶室の準備を整える様に言ってくれないか?刀奈達にも行く様に伝えておいて。」
「はい、貴方。」
再び天井裏にかぐやは姿を消した。
「さて、君も着替えるかね?」
「はい?」
「僕たちに会いに来る時身だしなみに気を使ってくれたのは大変嬉しいし礼節を重んじた行為だが、ここの雰囲気にはあまり合わないだろう?」
「はあ・・・・」
「サイズの方が少し心配なんだが、僕の着流しを持って来た。これで、多少肩の力も抜けるだろうしね。それに、今の君はスーツを着た青年と言うよりも、鎧を着込んでこれから初陣する緊張した若武者に見える。そう身構えないでくれ。君の命を奪う気は無いよ。」
「(初陣する緊張した若武者か。なるほど、言い得て妙かも)さ、さいですか・・・・・ありがとうございます。」
畳まれた裏地が紫の黒い着流しと帯を受け取ると、深々と頭を下げ、本人の口からその言葉を聞いた一夏は心の途轍も無く大きな重荷が降りた様な気がして内心では巨大な安堵の溜め息を着いていた。
「まあ、それは君があの二人を裏切ったり泣かせる様な事をしない限り、だがね。」
「デスヨネー。」
「では、着替えたら行こうか。」
天次郎に着付けを手伝われて茶室に向かうと、既にかぐや(未だいつでも抜刀出来る様に左側に刀が置かれたままである)、楯無、そして簪の三人が既に座布団状で二人を待っていた。
「Oh my。すげえ綺麗だ。」
かぐやは藍色の着流しを、楯無と簪はそれぞれ菖蒲と蝶が描かれた水色の振り袖に身を包んでいた。うっすらとだが化粧もしている。
「あらぁ、天次郎さんの着流しがぴったり合うなんて。和服も似合うのね、一夏君は。」
「馬子にも衣装って奴ですよ。和服が似合うのは線が細い人か力士ぐらいです。自分はどっちでもないですから。」
「そんな事無い・・・・一夏君、その・・・・カッコいい、よ?」
「うん・・・・・似合う。」
「二人も和服着てるの今まで見た事無かったから、新鮮な感じがする。惚れ直した。」
慎重に言葉を選ばなければ二人の両親の手によって命は即刻断たれると言う様な状況にいるにも拘らず、一夏はそうとしか言えなかった。それ程までに二人の可憐さが『和』によって更に引き立てられているのだ。
「虚ちゃん、本音ちゃん、お茶菓子持って来て下さいな〜。」
「は〜い。」
「本音、返事は短く、延ばすなとあれ程言ったでしょう?まったく・・・」
障子を開いたのは、同じく和服姿の布仏虚と本音であった。
「あれ?なしてお二方がこちらにいらっしゃるんですか?」
「ああ、そう言えば説明していなかったわね。本音ちゃんも虚ちゃんも学園じゃ生徒会の役員やってて、私達の幼馴染みにして
「改めてよろしくなのだおりむー、あいたっ!?」
「ちゃんと名前でお呼びなさい。織斑さんはお客様ですよ?」
「あうぅ〜、おねーちゃん酷いよぅ。」
虚の容赦無い拳骨を頭に受けた本音は撃沈した。
「申し訳ありません、妹が粗相を・・・・」
「あ、お構い無く。また後でな。」
二人は湯飲みや茶菓子が乗った皿を並べて行くと、退室した。
「冷えた緑茶は好きかな?」
「あ、はい、まあ・・・・頂きます。」
少し飲んでみたが、程よくしつこ過ぎない苦みの中にあるまろやかさがとても飲み易い物だった。
「天次郎さんたらホント筋金入りの猫舌だから、ごめんなさいね?ほら、貴方。お茶の最中に煙管はやめて下さいな。」
「ああ、すまんすまん。長年吸ってると中々やめられなくてね。」
煙草盆を後ろに押しやり、手で煙を払った。
「さて。織斑一夏君。君と娘達の関係は正式に私達は認めたい。日本では一夫多妻は違法だが、こんな家柄だ。あまり細か過ぎる法律は一々気にしていなくてね。」
(変な所で案外サッパリしてんな天次郎さんて!?いや嬉しいけどさ)
「だが、二人との関係に反対する者もいると思う。特に、分家の連中がね。」
「分家?」
休養にきたと言うのに何故か言い知れぬ嫌な予感を感じた一夏は目を細めた。
「ああ。中枢は当然この更識だ。そしてそれをサポートするのが『布仏』以外に『桜庭』と『千代田』と言う合計三つの分家。昔はこの分家のどれかが本家の跡取りと婚礼の義を交わすしきたりがあったんだ。」
「あった・・・・じゃあ今はもう・・・・?」
再び天次郎は煙管に手を伸ばそうとしたが、かぐやに視線で見咎められて手を引っ込めた。手持ち無沙汰になったので腕を組む。
「失くそうとはしているんだよ。伝統を重んじる事は大事だが、先を見据えていなければこんな仕事は続けられない。布仏は僕達に味方してくれている。桜庭はどちらの見方と言う訳ではないが、一番僕のやり方に不満を持っているのは千代田の連中だ。昔から保守的な考えを持っていてね。かぐやが名実共に結ばれるまでに味わった苦痛は確かに絆を深めはしたが、娘達に味わって欲しい物では無い。今回の件を両家をどう説き伏せるか・・・・うーむ。」
(ちっ。どうやら俺は意図せず更識の火種になってしまったみたいだな。ったく・・・・
「ん・・・・・・?」
時を同じくして、千冬の部屋で束が一夏の為に設置した隠し金庫の中に入っていたエターナルメモリが光り、鳴動し始めた。その光は隠し場所から小さく零れ出して行く。
「メモリが、動いている・・・・・のか?」
「っだぁあああああ〜〜〜〜〜・・・・・緊張したぁ〜〜〜〜〜・・・・・」
お茶の後、またしばらく部屋で寛いだり天次郎やかぐやと話したり、ヤーさんに睨まれたりした。そして遂に夕食(蟹やアワビなどの豪華な海鮮料理)が済み、一夏は部屋に戻って倒れ込んだ。休養に着ている筈なのに逆に疲れているとはこれ如何に、と愚痴を零す。
「お、お疲れ様、一夏・・・・・」
「うん、ごめんね?お父さんもお母さんも私達の事になるとホント歯止めが利かなくて。」
振り袖から動き易い部屋着(と言ってもやはり家では基本和服がセオリーなのかお揃いの着流し)に着替えた二人は、一夏を労って膝枕+頭を撫でていた。
「いや、俺は羨ましいよ。二人はこんなに親に愛されてるんだなって。俺、親の事は覚えてねえからさ。それに、謝らなきゃならないのは俺の方だ。分家の事とか全然知らなくて余計な波風の原因になっちゃったんだし。二人には世話になりっぱなしで、迷惑もかけまくってる。あーあ、夜のうちにでも天次郎さんとかぐやさんに俺日本海に沈められるのかなぁ〜、新調されたコンクリートの靴履いて。」
でも、と一夏は続けた。
「ここは本当に落ち着く場所だ。それに二人がいるならどこだろうとパラダイスだよ。」
「もうっ。そんな事ばっかり言うから益々好きになっちゃうじゃない・・・・絶対責任取ってもらうからね?」
「・・・・・・同じく・・・・」
前途多難な休養(笑)は幕を開けたばかりである。
ちなみに分家の家名の由来ですが、公安調査庁と協力関係にある警察庁警備局警備企画課のコードネーム『桜』『チヨダ」から取りました。