「な、なぁ……頼むよ。俺を助けてくれ」
鬼はそう言ってくる。
鬼にしてみれば、自分の実力では絶対に俺達に敵わないと判断したのだろう。
だからこそ、何とか助かろうと思って俺達に向かって命乞いをしていた。
「どうする?」
ムラタはもう鬼に興味を失ったように、そう言う。
鬼には興味を失ったものの、赫刀には興味深そうな視線を向けている。
ムラタにとって、赫刀というのはそれだけ珍しいものだったのだろう。
ムラタがそこまで赫刀に興味を示すというのは、俺にはちょっと予想外だったが。
神鳴流の使い手であるムラタの場合、鬼を滅ぼすのに日輪刀のような特殊な武器は必要ない。
それこそ普通の日本刀でも十分に鬼を滅ぼす事が出来るのだ。
いや、神鳴流は武器を選ばずと言うし、別に日輪刀ではなくデッキブラシであっても、本人がその気なら鬼を滅ぼすといったような真似も出来るだろう。
……デッキブラシで滅ぼされる鬼は悲惨としか言いようがないが。
ともあれ、武器に頼らずとも鬼を滅ぼせるムラタなのだから、赫刀にそこまで興味を示すというのは、少し意外だ。
あるいは、武器を選ばないからこそ赫刀という武器に興味を抱いたのかもしれないが。
「そうだな。鬼は即座に滅した方がいいんだろうな……」
禰豆子のように人を食っておらず、人を助けるという鬼なら殺す必要はないだろう。
しかし、この鬼は何人も喰い殺している鬼なのだ。
そうである以上、この鬼を許すといった選択肢はない。
しのぶなら、もしかしたらこの鬼を許すといったような真似をしたかもしれないが。
「待て! 待ってくれ! ほら、その……俺はこう見えても鬼だ!」
「いや、こう見えてもというか、どこからどう見ても鬼にしか見えないぞ」
必死に言い逃れをしようとする鬼は、必死になって叫ぶ。
「いや、だから……そう、俺は鬼なんだから、鬼についての情報を色々と持ってるぞ! 俺を殺せば、それを聞けなくなる! それは勿体なくないか!?」
そう言われると、なるほど。
鬼についての情報を持っていると言われると、確かにここで見逃すのは惜しいと思える。
「獪岳、今までこういう鬼に遭遇した事はあるか?」
「え? いや、その……ないけど。俺が戦った事がある鬼の中には、こうして命乞いをするような鬼はいなかった」
鬼の性格は人間であった時の性格が影響しているのは間違いない。
正確には、鬼になったことによって性格の一部が極端な形になっているといった感じか。
何しろ、鬼は人を食う。
人だった時に人を食いたいとは思わないだろうし、それを思えば人間であった時と比べて性格が変わってもおかしくはない。
だからこそ、鬼によってそれぞれ性格が違うというのはおかしくないのだろう。
「そうか。なら、こうして鬼の情報をこっちに流してくれる個体を確保出来たのは、悪くない結果なんだな」
「そうなると思う。……あ、けど鬼舞辻無惨については話せないようになっているって話だったから、それは聞かない方がいいと思う」
「そうなのか?」
鬼について一番知りたい情報は、当然ながら鬼舞辻無惨の事だ。
それ以外だと、鬼の本拠地がどこにあるのかといったように。
前者はとにかく、後者は場所さえ分かれば影のゲートですぐに転移して鬼舞辻無惨を殺すといった真似も出来る。
しかし、鬼は獪岳の言葉に何度も必死になって頷いていた。
これはつまり、獪岳が言ったように鬼は鬼舞辻無惨についての情報を話すことが出来なくなっているという事か?
「あ……言ってない……俺は言ってない、あの御方の事は何も……何もぉっ!」
ぶしゃり、と。
不意に何かを喚いたかと思ったら、身動きが出来ない状態の鬼の顔が弾けた。
「死んだ、のか? ……何でだ?」
別に日輪刀や赫刀で首を斬った訳でもなければ、今はまだ夜なので太陽が出ている訳でもない。
そうなると、考えられる可能性は……
「鬼舞辻無惨、か」
鬼舞辻無惨については、何も言えないと鬼は叫んでいた。
何らかの理由で鬼舞辻無惨がこっちの状況を確認し、口封じをした?
あるいは、鬼にするには鬼舞辻無惨の血が必要である以上、鬼にする時にそういう呪い……セーフティロック的なものを使っておいたとか?
「随分と用心深い奴のようだな」
「いっそ臆病者だと言ってもいいのかもしれないがな」
ムラタが俺の言葉にそう返してくる。
ムラタにしてみれば、用心深いというよりは臆病な様子の鬼舞辻無惨が気にくわないのだろう。
「臆病だからこそ、1000年以上もの間生き残ってこれたんだろ。一応言っておくが、エヴァの2倍近く生きてるんだぞ?」
「それは……」
当然ながら、ムラタもエヴァとの戦闘訓練には参加している。
というか、強くなる事に貪欲なムラタだけに、他の者より熱心に戦闘訓練を行っていた。
それだけにエヴァがどれだけの強さを持っているのか、十分以上に理解している。
エヴァが強いのは本人の才能や吸血鬼という種族もあるだろうが、やはり最大の要因はその600年に渡る戦闘経験だ。
特に賞金首となっていた時は、腕の立つ賞金稼ぎと死闘を繰り広げてきた。
それを思えば、エヴァ以上の時を生きている鬼舞辻無惨の戦闘経験は……うーん、どうなんだろうな。
鬼殺隊には鬼舞辻無惨の名前は伝わっているものの、実際に戦ったという経験はないらしい。
あるいは戦った者もいるのかもしれないが、その場合は大抵が殺されている。
もしくは1000年以上も生きているとなれば、資料がなくなってしまうという事も普通にあるだろう。
「実際にどのくらいの強さを持ってるのかは分からないから、直接会うまでは強い弱いは置いておいた方がいいな」
もしかしたら……本当にもしかしたらの話だが、実は無惨は鬼を増やす事は出来ても、そっちの能力に特化しており、本人の戦闘力は雑魚という可能性だって否定は出来ないのだから。
「そうだな。そうした方がいいだろう。……だが、今回の件、アクセルにとっては残念だったんじゃないか?」
鬼舞辻無惨の件から話を変えるムラタに頷く。
実際、まさか鬼舞辻無惨の名前を匂わせただけで死んでしまう、もしくは殺されてしまうというのは、完全に予想外だったのだ。
「そうだな。折角情報を話してもいいという鬼がいたんだ。もう少し慎重になるべきだった」
この場合の慎重というのは、具体的には何かを喋らせたりするよりも前にホワイトスターに連れていくことだ。
耀哉の呪いはホワイトスターに行ったことで効果をなくした。
耀哉の呪いと鬼舞辻無惨が鬼に仕掛けた呪い……呪いか? ともあれそれを一緒にする事は出来ないものの、それでももしかしたらどうにかなった可能性は否定出来ない。
鬼舞辻無惨が鬼を通してこっちの状況を知っていて、それで処分したという可能性の場合は、多分それでどうにかなる……と思う。
ただ、人間を鬼にした時にあらかじめ仕込んでおいたトラップの類だとすれば、鬼舞辻無惨に対しての情報を口にしようとした瞬間、それがホワイトスターであろうとなかろうと発動する可能性は否定出来ない。
この辺は実際に試してみないと何とも言えないのだが。
「それでも、取りあえず赫刀の効果を確認するという最大の目的は果たすことが出来たし、これは大きいだろ」
「うむ。赫刀……これはかなり使いやすい武器ではある。もっとも、神鳴流を使える俺にはあまり意味はないが。こういうのは、寧ろ神鳴流を使えない……お前の恋人達にこそ必要なんじゃないか?」
ムラタのその言葉に、そうかもしれないとは思う。
とはいえ、鬼は魔力や気を使った攻撃なら恐らく殺せる。
そして凛は魔術を、円と美砂は魔法やアーティファクトがある。
そうなると、日輪刀が必要なのは綾子だけか?
綾子は半サーヴァントとはいえ、直接魔力を使ってどうこうといった真似は出来ないし、ムラタのように神鳴流を使える訳でもない。
魔力を使った身体強化も出来るが、それはあくまでも身体強化だ。
綾子が使う物干し竿は一応サーヴァントの武器ではあるものの、ゲイ・ボルクの類と違って特に特殊能力がある訳でもない武器だ。
そうなると、やっぱり赫刀は綾子が使うのが一番か。
あるいは日本刀型ではなく脇差しのようにもう少し短く、取り回しのいい日輪刀を作って貰って、凛、美砂、円がいざという時に使えるようにするというのもありだな。
本来ならペルソナを使う荒垣に赫刀を持たせるのが一番いいんだよな。
ペルソナは強力な能力なのは間違いない。
しかし、使用者から独立した存在である以上、当然ながら使用者が狙われる可能性も否定は出来なかった。
勿論ペルソナを使っている時は身体強化されているが、それでも荒垣の場合は正式なシャドウミラーのメンバーではないので、エヴァとの訓練も行われていない。
ぶっちゃけ、俺がペルソナ世界にいた時よりも若干強くなっている程度でしかない。
それでも荒垣なら鬼を相手にそう簡単に後れを取ったりはしないと思うが。
ともあれ、いざという時の事を考えると先発隊の中で一番弱いのは荒垣である以上、荒垣の武装を強化した方がいいのは間違いなかった。
別に無理に荒垣に赫刀を持たせなくても、日輪刀でもいいんだけどな。
基本的にペルソナで戦う以上、荒垣本人が敵と戦うといったことは……そう多くはないだろうし。
「この鬼の残骸の灰はどうする? 持って帰るか?」
「そうだな。生きていなくても、これから分かるといったような事はあるかもしれない。……どうせ調べるのなら、雑魚の鬼じゃなくて十二鬼月の鬼の灰とかを調べたかったが」
そんな俺の言葉にムラタが頷くも、そこまで気にした様子はない。
ムラタにしてみれば、十二鬼月の鬼であろうと、雑魚の鬼であろうともそう違いはないといった感じなのだろう。
空間倉庫の中から取りだした適当な容器に灰を入れると、そのまま収納する。
その作業を終えると、もうここで何かをする必要はなくなった。
「さて、じゃあ無事に目的も達成したし……そろそろ帰るか。俺は一旦鬼殺隊の里に寄ってからホワイトスターに戻るけど、ムラタ達はどうする?」
「俺はまだ鬼を斬り足りん。今日は別の鬼に遭遇する事はないと思うが、まだ暫くこの辺にいるとしよう」
「分かった。獪岳は?」
「俺も当然ここにいる」
獪岳は即座にそう言い返してくる。
獪岳の場合は鬼殺隊の里に戻りづらいというのもあるんだろうな。
行冥と獪岳の因縁の件は、幸いな事に聞いていた者は俺とムラタしかいなかったので、その件については鬼殺隊に広がってはいない。
耀哉もその件は知ってるが、そのような情報を流しても意味はないと理解しているのか、沈黙したままた。
耀哉は鬼殺隊の剣士全員を自分の子供と言っているし、実際にそのように思っているのも間違いはない。
だからこそ、獪岳の一件も黙っているのだろうが……獪岳にしてみれば、大丈夫だと思っていても、今の状況ではまだ鬼殺隊の里に戻りたくないのだろう。
「そうか、分かった。なら俺はそろそろ戻るよ。じゃあな」
そう言い、影のゲートに身体を沈めるのだった。
「なるほど、そうなると赫刀は日輪刀の上位互換といった感じになるのかな?」
産屋敷家にある耀哉の部屋。
布団の上で上半身を起こしている耀哉は、俺の言葉を聞いてそう言う。
「そんな風に思ってもいいのかもしれないな。とはいえ、鬼は日輪刀で首を斬れば死ぬんだろう? なら、赫刀は……相手に日輪刀以上の痛みを与えたり、再生能力を発揮しにくくなるといったような能力はあるが、言ってみればそれだけだ」
上位互換かと言われれば、俺としてもそう表現するのは正しいと思う。
だが同時に、本当の意味で日輪刀の上位互換かと言われれば……そこまでではないと思う一面があるのも事実だった。
何よりも、その上位互換の赫刀を今のところ鬼殺隊の者達では誰も発現出来ないというのが、色々と問題だろう。
それに発動した赫刀もそう長時間使えないという点で普通の日輪刀に大きく劣っている。
これはいっそ、日輪刀の上位互換ではなく、俺達が日輪刀を使う上での標準であると考えた方がいいのでは?
そう思うも、シャドウミラーのメンバーで日輪刀を使う者がそういる訳ではない以上、あまり使い道がないのも事実。
俺だけの特殊な現象である、刀身の色が変わった後は数時間くらいそのままという特性があるのなら、戦いの前に鬼殺隊の日輪刀を握って赫刀にして貸す……といった真似も出来るのだが。
「赫刀が蜜璃でも無理である以上、そう簡単に私達の方で発動するといった真似は出来ないだろう。恐らく何か別の要素があり、それによってどうにかなる……といった可能性は否定出来ないが」
「だろうな。その件に関しては俺も同意だ。ただし、その別の要素というのが分からないんだが」
もし炭治郎が以前にも赫刀を発動したというのなら、あるいは炭治郎にその何らかの要素がある可能性は否定出来ない。
否定出来ないものの、それを解明するのが難しいのも事実だった。
そんな風に思いつつ、俺は少し耀哉と会話を交わすのだった。