当然の話ではあったが、メギロートとバッタがエストシラントを……それ以外にもパーパルディアの各種軍事施設を襲ったといった件は、大きく広まった。
特に日本にしてみれば、観光客を公開処刑された報復をするつもりだったところで、それを一気にシャドウミラーに持っていかれた形なのだから、当然だろう。
とはいえ、現在のパーパルディアに襲撃をする動機のある者は……色々と調べた結果、かなり従属国に無理を言ってるようなので、パーパルディアを恨んでいる者は、それこそ多数いるが、メギロートやバッタのような無人機を多数運用出来る勢力となると、それはどこにも存在しない。
機械と言えばムーだが、そのムーも所有している技術力は第二次世界大戦前後といった程度でしかない。
そして転移国家の日本は、この世界では突出した軍事力を持つが、それでもドローンとかならともかく、自立判断する無人機を100機単位で用意するなんて無理だ。
とてもではないが、メギロートを開発や運用するような能力は持っていない。
そんな訳で、日本にしてみれば魔法ではなく科学技術で自分達よりも上の存在がいるというのを理解し……
「へぇ、それでもこの状況で自分達と同じく転移国家があるといったような可能性を思いつくのはさすがだな」
「そうですね。今の日本の状況を考えると……正直なところ、どうなるのかはわかりません。もっとも、日本としては民衆の意識を自分達から逸らしたいという点でもあるのでしょうが」
レオンのその言葉に、俺は納得の表情を浮かべる。
パーパルディアの一件で動きが遅かった事もあり、完全に俺達に出し抜かれた日本政府。
当然ながら、国民を公開処刑されたという事で不満を溜め込んでいる民衆は、日本政府に対して大きな不満を抱いている。
もっとも、本当の意味で怒りを抱いている者達……公開処刑された日本人の家族、恋人、友人といった者達の多くはシャドウミラーが行った攻撃を見ているので、多少は不満も和らいでいるようだったが。
とはいえ、当然だが公開処刑された者の家族、恋人、友人といった者達の全員がシャドウミラーに依頼をしてきた訳ではないし、それを見てもまだ許せないと思っている者も相応に多い。
そういう者達の不満も強く、だからこそ日本政府としてはそれをどうにかしたいと思っているのだろう。
「そうなると、こっちから日本政府に接触するのは……どうなんだ?」
そう、それが今回レオンが俺に提案してきた事だ。
今ここで日本政府と接触するということは、日本政府を助けるという事を意味している。
個人的には、この世界の日本政府に助ける価値があるのか? といった疑問が俺の中にはあった。
だが、レオンがこうしてわざわざ俺に話を持ってくるのだから、日本政府には助ける価値がある……正確には、日本政府を助けるのは俺達にとって利益になると、そう思っているのだろう。
「シャドウミラーがああして大規模に行動した以上、その存在が噂になるのは避けられません。また、あの件を依頼してきた者の何人かは口が軽く、ネットを通じて情報を話している者もいます」
「……だろうな」
結構な人数がいたので、その全員の口を封じられるとは、俺も思ってはいない。
また、あのような状況をもたらした日本政府に対して、色々と言いたいことがあるのも、間違いないのだろう。
その辺の事情を考えれば、寧ろ俺達の噂が流れるのは遅かったとすら言ってもいい。
「日本について調べてみたところ、上はともかく現場には優秀な人間がそれなりにいます」
つまり、その優秀な人間がネットを通じて情報を漏らしている人物に辿り着き、そこからシャドウミラーの存在を知る……もしくは知った可能性があるのか。
「それに、シャドウミラーがこの世界にもう関わらないというのであればともかく、そのような事はないのでしょう?」
「だろうな。俺達が使うのとは違う系統の魔法には興味があるし、ワイバーンとか……それに、この世界には古代に今よりも発達していた魔法文明が存在して、その遺物を修復して使えたりするんだろ? 他にも各種モンスターとか……少なくても、今の状況でこの世界から撤退するつもりはないな」
「だからこそ、です。こうして私達の存在が公になった今となっては、この世界の多くから接触しようとしてくるでしょう。普段ならそれらは全て無視してもいいのかもしれませんが、中にはこちらの利益になるような提案を持ってくる者もいるでしょう。なので、日本政府にはそのような者達の相手をして貰えばいいかと」
レオンの言葉は、なるほど。俺達にとって魅力的な事なのは間違いなかった。
シャドウミラーに交渉を求めて来た組織のうち、日本政府が自分達に不利になるからといって交渉を無理矢理止める……といったような事もあるかもしれないが、その辺は量産型Wを送るなり、コバッタを送るなりして対処すればいい。
そうして少し考え……やがて頷く。
「分かった。政治班の方で問題がないようなら、日本政府に接触してもいい。ただし、この世界の日本政府は色々と問題がある。それがシャドウミラーの邪魔にならないようにしろ。また、この先の面倒を考えて上下関係はしっかりと植え付けておけ」
本来なら、それなりに対等の条件で交渉するのが、シャドウミラーのやり方だ。
勿論、敵対している相手に対してであれば、話は別だが。
だが、この世界の日本政府の様子を見る限り、甘い顔を見せれば自分達の思い通りになるといったような勘違いをしかねない。
そういうのを防ぐ為にも、最初にしっかりと上下関係を教えておく必要があった。
……まぁ、政府を構成している与党の国会議員はそれなりに有能な人物もいるらしいから、それを希望の星にでもしておこう。
「ええ、その辺はお任せを」
笑み浮かべながら、そう告げるレオン。
攻めの交渉が得意なレオンにしてみれば、ここは自分の出番だと張り切っているのだろう。
実際、レオンは交渉役として非常に有能なのは間違いない。
本来は強い野心を持っていたのだが、鵬法璽のおかげでシャドウミラーを裏切る事もないし、何だかんだとシャドウミラーの政治班に所属してその腕を振るうというのに、本人は満足していた。
ともあれ、こうしてシャドウミラーはいよいよ日本との交渉に入るのだった。
『シャドウミラー……ですか。正直な話、信じていいのかどうかは微妙ですよね。ただ、日本よりも高い技術力を持っている以上、手を組んだ方がいいのは間違いありません。特にパーパルディアの一件……あれをやったのは、そのシャドウミラーなのでしょう?』
『そのような事は、決して許されません! 聞いた話によれば、シャドウミラーというのは軍事独裁国家だというではありませんか。過去の反省から、そのような事は絶対に許しません!』
『いや、貴方が許さなくても、既に国同士の関係は進んでいるんですが』
『日本は過去の反省を活かす必要があるのです!』
その声を最後に、TVの電源を切る。
この様子を見る限り、日本でのシャドウミラーとの関係は賛否両論といった感じらしい。
まぁ、最初の交渉をする時にメギロートとイルメヤ、バッタを結構な数連れていったしな。
あからさまな砲艦外交ではあるのだが、日本にしてみれば戦車や戦闘機を使っても対処するのは難しいと、そう判断したらしい。
……まぁ、いざとなれば、数千機、数万機の無人機を運用出来ると言われれば、日本政府としても手を出す事の不安を感じてもおかしくはない。
ましてや、数千機、数万機というのはブラフでも何でもなく、限りない真実……どころか、ある意味で過小評価だしな。
寧ろ、本音を書かれているネットの方ではシャドウミラーがかなり人気だ。
何でもこの世界に転移してきてどのような世界か分かった当時はファンタジー好きの者達が魔法やモンスターといった諸々に興味津々で大きな社会現象にすらなったらしいが、俺達シャドウミラーは科学の国だ。
実際には普通に魔法とかも使われているのだが、今のところ見せた戦力は無人機だけなので、科学の国だと認識させられているらしい。
そんな訳で、SFだったりロボットものだったりが好きな層が、俺達に強い興味をもって影響力を広げているらしい。
現在見せているのはメギロート、イルメヤ、コバッタだけなのだが、実は人型機動兵器も所有しているのでは? と考えているらしい。
半ばそういう趣味を持つ者達の願望に等しいのだが、この願望が実は当たっているんだよな。
いっそ、適当な量産機……リーオーやストライクダガー、ザク、ジム辺りを見せるのはありか?
「アクセル、そう言えばパーパルディアの攻略……どうするの?」
ゆかりがそんな風に聞いてくる。
ゆかりにしてみれば、パーパルディアとの戦いは気になるのだろう。
子供までもが公開処刑されたという話を聞き、かなり怒っていたみたいだしな。
それでも一般人はあまり殺さないようにして欲しいというのは……優しさか、甘さか。
判断はちょっとしにくいところだな。
「恐らく俺達でやると思う。日本の動きを待っていれば、間違いなく機を逃すし」
巧遅より拙速というのはよく聞くが、日本の場合は巧遅どころか拙遅と呼ぶべき行動だしな。
特に今はシャドウミラーという日本よりも上の技術力や戦力を持っている国が接触した事で、かなり混乱している。
政府の中には、シャドウミラーを利用しようと考える者もいれば、危険だから排除した方がいいと考えている者もいる。
意見が色々とあるのはいいが、それをすぐに纏める事が出来ないというのが、日本政府の弱さだよな。
しかも与党の中でも意見がかなり割れているらしいし。
そして野党は反対、反対、反対、何が何でも政府の提案には反対と……うん、日本にまだ民主制は早すぎたんだろうな。
それだけシャドウミラーという存在が、日本という国にとって大きな衝撃だったのだろうが。
「そう。でも、出す戦力は無人機だけなのよね?」
「そうだな。まだPTとかを見せるのは早いだろう。……人型機動兵器の類がなくても、ピンチとかじゃないし」
バッタはともかく、メギロートはそれこそ下手なMSよりは高性能だ。
そういう意味では、リーオーを始めとする性能の低いMSを出してもいいのかもしれないが。
だが、メギロートやバッタで十分な相手を前に、無理に人型機動兵器を出すというのもな。
「出したら、ネットの方では大絶賛よ?」
どうやら、ゆかりも日本のネットを見てはいたのだろう。
まぁ、この世界に転移してきた日本は、ペルソナ世界の日本と大きく違わない。
そういう意味では、ゆかりもこの世界の日本が気になってしまうのだろう。
「わざわざ出す必要もないだろ。……出してみた時の反応が気になるのは、事実だけどな」
俺の言葉に、ゆかりは少しだけ不満そうな様子を見せるものの、それでもこれ以上は何も言わない。
何か明確な理由があるのならともかく、そのような理由がない以上、さすがにゆかりもMSを出して欲しいとは言えないのだろう。
「パーパルディアの一件がどうにかなれば、その後は可能性がある?」
「どうだろうな。取引をしている企業の連中には、見せてもいいけど」
企業の連中には、こっちの実力を見せるという意味で色々と見せてはいるし、数人ではあるがホワイトスターに案内しているが、それでもMSとかはまだ見せていない。
ホワイトスターを見せるだけでも、十分にシャドウミラーの存在を植え付けるには問題なかったし。
ただ、騒動がある程度落ち着いたら、PTやMSを見せても面白いかもしれないな。
「ふーん。まぁ、アクセルが何を考えてるのかは分からないけど……あ、もうこんな時間じゃない。そろそろ戻らなきゃ」
「ん? 今日は泊まって行くんじゃなかったのか?」
「その……そうしたいんだけど、ちょっと順平から相談があるって言われてて」
順平が?
それはちょっと意外だった。
順平の性格を考えれば、相談をするのならそれこそ年上に頼るといったイメージがあった為だ。
あるいは、女関係でか?
「そうか。それは残念だけどしょうがないか」
何だかんだと、面倒見のいいゆかりだ。
それだけに、順平から相談があると言われれば、それを引き受けないといった訳にはいかなかったのだろう。
慌てて帰る準備をすませると、唇を重ねるだけのキスをしてから、家を出て行く。
そんなゆかりを見送り、部屋に戻ってくると、ちょうどそのタイミングを狙ったかのように、通信が入ってきた。
誰だ?
そう思って通信に出ると、そこに表示されたのはエザリア。
「どうした?」
『パーパルディアからの宣言があったみたいよ。日本を通して通達されたわ』
シャドウミラーは、パーパルディアとの間に交渉ラインを持っていない。
そんな中でパーパルディアがこちらに連絡をするとなれば、シャドウミラーと協力関係にある日本を通すしかないだろう。
「それで、どんな宣言だ?」
『何でも、シャドウミラーの人間全てを一人残らず殺す、殲滅戦を行うとの事よ』
「へぇ」
どうやら、メギロートとバッタの襲撃だけでは力の差を思い知る事は出来なかったらしい。
であれば、いいだろう。予定を少し繰り上げる事になるだろうが、こちらも行動を起こさせて貰おう。
殲滅すると言ってきたんだ。パーパルディアが殲滅されても……恨むなよ?