UC世界の月の首都、クレイドル。
そんなクレイドルの中でも中心に存在するのが、月の女王たるセイラ・マス……いや、アルテイシア・ソム・ダイクンの居城とも言うべき政庁だ。
そんな政庁の中にあるセイラの私室、よくアクセルとお茶を楽しんだ場所には現在セイラ以外に2人の人物が存在した。
1人はルナ・ジオンの兵器を開発するディアナでテストパイロット兼開発者をしているクリスチーナ・マッケンジー。
もう1人は、ルナ・ジオンの政庁で役人として働いているモニク・キャディラック。
セイラも含めて、全員が美人と呼ぶに相応しい顔立ちをしていた。
そんな3人だが、幾つかの共通点がある。
その共通点の中で一番大きいのは、アクセル・アルマーという人物と関わりを持っているという事。
実際にセイラがクリスやモニクを呼んでお茶会をやろうと考えたのも、それが理由だった。
いや、いつもであればもう1人、宇宙の蜉蝣という異名を持ち、ルナ・ジオンの立役者の1人でもあるシーマが加わっているのだが、今日は海兵隊の訓練が入っているという事でこの場にはいない。
シーマ本人は、お茶会と訓練が重なった事をかなり悔しがっていたが。
ともあれ、このお茶会は自分の知らないアクセルの事を聞き、そしてクリスやモニク、シーマに自分しか知らないアクセルのことを話そうとしてセイラが企画したものだ。
最初は、女王のセイラと自分達だけという状況に緊張した様子を見せたクリスやモニクだったが、それでも自分達が知らないアクセルの話を聞くのは楽しく、お茶会も何度となく繰り返されれば、自然と慣れてくる。
尚、今日ここにはいないシーマはそれこそルナ・ジオン建国前からセイラと一緒に行動していた為に、クリスやモニクのように緊張したりはしていなかったが。
そして、お茶会の話題はアクセルの事以外にも及ぶ。
「じゃあ、結局のところエース機はギャン・クリーガーで、一般のパイロットが乗るのはガルバルディβという事になるのね?」
セイラの言葉に、クリスは頷く。
「はい、そうなりそうです。ギャン・クリーガーは高機動型ギャンを更に改良した機体で、性能は非常に高いですが高機動型ギャンと同様……いえ、それ以上にパイロットを選ぶ機体になっています」
アナベル・ガトーとノリス・パッカードという、ルナ・ジオン軍の中でもエースと呼ぶべき人物が乗り、一躍有名になった高機動型ギャン。
その性能は確かなものがあるのだが、非常にピーキーな機体となっている。
巨大なビームランスを装備し、シールドの裏側には2門のビーム砲が内蔵。
また、ディアナで開発されたビームライフルも装備しており、通常のギャンと違って遠近双方で隙がない。
……代わりに、クリスが言ってるようにその性能を発揮させる為には、相応の技術が必要となるが。
「幸い、ルナ・ジオン軍のパイロットは腕の立つ者が多いので、その辺はあまり心配しなくてもいいのが救いですね」
「ふふっ、それは否定しないわ。異名持ちが多いもの。それに……今日は来られなかったけど、シーマなら存分にギャン・クリーガーを操縦出来るでしょう」
実際、宇宙の蜉蝣の異名を持つシーマの操縦技術は非常に高い。
ルナ・ジオン軍の中でも最高峰に位置する。
そんなシーマが扱いきれないMSであれば、それこそどうしようもないだろう。
「ギャン・クリーガーについては分かったわ。ガルバルディβについては?」
「そちらも順調です。幸い、ベース機となったガルバルディの性能が高かったですから。それにペズンから来た人達も協力してくれているのが、改修作業が進んだ理由かと。完成まではもう少し掛かりそうですが」
「そう。……そう言えば、ペズンの移動はどうなっているのかしら?」
「現在ルナ・ジオン軍の中でも手の空いている者がペズンで作業中です。ですが……サイド3のア・バオア・クーのように、最終防衛ラインといった扱いにしなくてもいいのですか?」
モニクの言葉に、セイラは大丈夫だと頷く。
「月の周囲には、機動要塞が幾つもあるわ。それがあれば、月が攻められるといった心配はいらないでしょう」
セイラの言葉は、事実だ。
シャドウミラーから貸し出されている機動要塞は、敵が近付いてくれば攻撃を行う。
その攻撃の中には、それこそ1年戦争でジオン軍が使用したソーラ・レイ並の威力がある攻撃もある。
そうである以上、ペズンをわざわざ月に持ってくるといった必要はない。
「それなら、ルナツーのように地球のすぐ側に配置した方がいいと思うでしょう?」
ハワイから宇宙にHLVで打ち上げるにしろ、宇宙からハワイに降下するにしろ、ルナツーのように地球の近くに存在する小惑星基地というのは大きな意味を持つ。
また、ルナ・ジオンは連邦政府とは別の国だ。
それもジオン共和国のように、連邦の従属国的な扱いではなく、きちんと独立している国なのだ。
そうである以上、連邦が使えるルナツーとは別の場所にペズンを用意しておく必要があるのは間違いない。
「そう言われると、そうかもしれませんね。ですが、そうなるとペズンを守る戦力を派遣する必要がありますが」
小惑星基地である以上、当然何かあった場合は連邦軍や、場合によってはジオン軍残党や宇宙海賊といった者達にも襲われる可能性がある。
それらを防ぐ為には、戦力を派遣する必要があった。
「それともメギロートやバッタのような無人兵器で対処する予定でしょうか?」
「いえ。軍から人を送る予定になっているわ。ハワイに何かあった時、すぐに援軍を送る必要もあるでしょうし」
現状、地球において唯一のルナ・ジオンの領土たるハワイだが、連邦にとってもハワイという場所は非常に重要な場所なのは間違いない。
連邦政府にしてみれば、ハワイの存在は目の上のたんこぶと呼ぶに相応しい存在だろう。
そうである以上、いつ連邦軍に襲われるか分からないのだ。
シャドウミラーの協力もあって、連邦と月は対等の地位を持つ。
シャドウミラーの能力を考えれば、実際には月が連邦と同等ということにしてやっているというのが正しいのだが、連邦政府の中にはその事を苦々しく思っている者も多い。
そのような者が、連邦軍の強硬派と結びつけばどうなるか。
それこそ、ハワイに先制攻撃をしてきてもおかしくはない。
あるいは自分達の存在を隠し、テロリストか……もしくはジオン軍の残党といったようにカモフラージュして襲ってくるという可能性も否定は出来ない。
とはいえ、ハワイには1年戦争で猛威を振るったアプサラスが存在しているし、ソロモンの悪夢の異名を持つガトーや、異名こそないもののガトーと同等の実力を持つノリス、それに闇夜のフェンリル隊や荒野の迅雷といった者達もいる。
また、異世界から入手した水陸両用MSや1年戦争でジオン軍が開発した水陸両用MS……それどころか、グラブロのような水中用MAも配備されており、ちょっとやそっとの部隊でハワイを攻略するのは難しい。
それでも何かあった時の為、すぐにでも地上に降下出来るようにペズンは地球のすぐ側に置いておきたいというのはセイラの考えだった。
「ハワイに戦力を送るような事になれば、ルナツーからの攻撃も考える必要がありますね」
モニクの言葉に、クリスは疑問を浮かべる。
「ルナ・ジオンにちょっかいを出す相手がいたとして、その相手が1部隊とかならともかく、ルナツーそのものも動かせるかしら」
これはクリスが連邦軍出身だからこそ、言える事なのだろう。
セイラもそんなクリスの言葉には同意するように頷く。
「そうね。連邦軍の中で小さな動きはともかく、大きく動くような事になった場合、連邦軍の方で止めるでしょうね」
現在の連邦軍では、ゴップが大きな影響力を持っている。
特に現場の兵士からもゴップは大きな信頼を得ていた。
1年戦争中に補給が滞るといった真似は全くなかった……訳ではないが、それでも連邦軍の規模から考えると補給はほぼ完璧だったと言ってもいい。
もっとも、中にはジャブローから出て来る事のないモグラと呼んで嫌っている者もいるが。
そんなゴップだが、現在はレビルの派閥を引き継いで連邦軍で大きな影響力を持っているのだ。
もっともさすがに連邦軍の英雄たるレビルと比べると、そのカリスマは劣る。
大きな勢力を築いてはいるが、1年戦争中のレビルの派閥と比べれば明らかに小さくなっていた。
ゴップ本人は、本来なら派閥を継承するような真似はしたくなかったのだが、連邦軍の中には今でも強硬派が一定数いる。
1年戦争中にあれだけ数を減らしたにも関わらず、だ。
そんな強硬派を牽制する為にはどうしてもゴップが必要だった。
「連邦軍も大変ですね。そう言えば、大変と言えば、アナハイム。あれ、本当ですか?」
クリスの言葉に、セイラとモニクは何の事を言ってるのか分かったのだろう。
満面の笑みを浮かべ、やがてモニクが口を開く。
「あれってのがアナハイムとの契約の事を言ってるのなら、本当ね。正確にはその方向で話が進んでいるし、こちらとしてもその方向で契約を纏めるつもりでいるけど、まだ本決まりじゃないわ」
「うわ、アナハイムもよくその契約を受け入れる方向になりましたね」
この契約というのは、降伏したジオン公国……いや、今はもうジオン共和国だが、そのジオン共和国の兵器メーカーたるジオニック社、ツィマッド社、MIP社の3大メーカーや、それ以外にも下請けだったり武器を作ったりしているような兵器メーカーから、人材を引き抜いた件だ。
本来なら、幾ら巨大企業とは言ってもアナハイムは所詮ただの企業だ。
にも関わらず、何故か連邦政府はアナハイムのその行動を許容した。
……ただし、連邦軍と同じ戦勝国にしてアナハイムの工場が存在するフォン・ブラウンのあるルナ・ジオンの許可を貰えればという話で。
最初、この話を連邦政府からされた時、ルナ・ジオン上層部は一体何でこんな事になった? と疑問に思った者が多数だ。
幾ら何でも、連邦がアナハイムにここまで譲歩する理由が分からないと。
それこそ、最初は何らかの冗談か何かなのではないかと、そう思った者もいた。
だが、連邦との協議の中でそれが真実だと知ると、今度はアナハイムにこの件を許可するかどうかといった事がルナ・ジオンの上層部で話し合われ……結果を言えば、最終的にアナハイムのその行動をルナ・ジオンは条件付きで認める事になる。
兵器メーカーから技術者を勧誘するという事は、当然だがアナハイムはMSを独自に開発して商品とするのだろうと容易に予想出来る。
それをルナ・ジオンが許容したのは、自分達の上位組織たるシャドウミラーが関係していた。
シャドウミラーは未知の技術の収集を国是としている。
勿論、ルナ・ジオンでもMSを開発しているディアナや、ニュータイプ研究所のアルテミスにおいて新技術は研究されており、ギャン・クリーガーやガルバルディβなどはその研究結果の1つだろう。
だが、シャドウミラーから受けた恩を返すには、それで足りる筈がない。
そんな中で出た話が、アナハイムの件だった。
アナハイムがディアナとは別に独自にMSやMAを開発するのであれば、それを使わない手はない。
そう考え……ルナ・ジオンからアナハイムに出された条件は、開発したMSやMAを必ず1機ずつ実機で、設計データと共にルナ・ジオンに提出する事。
普通に考えれば無茶でしかない話ではあるし、実際にアナハイムも何とか交渉でその条件を撤回させてもっと優しい条件にするようにしようとした。
それこそ税金の類を上げてもいいといった条件まで出したのだが、ルナ・ジオンが欲しているのは金ではなく技術だ。
正直なところ、金の類であればシャドウミラーから格安で購入した資源や、システムXNを使って木星に転移して購入したヘリウム3を売る事で、幾らでも入手可能だった。
だが、技術は別だ。
そんな訳で、ルナ・ジオン側としては一切譲らずに交渉を進め、最終的にはアナハイム側にその条件を呑ませる事に成功する。
当然の話だが、月面都市には量産型Wやコバッタが多数派遣されており、アナハイム程の大企業となると密かにMSを開発しようとするのは不可能だ。
この条件を引き受けた時点で、アナハイムはMSの開発ではディアナの風下に置かれた形となる。
もっとも、ルナ・ジオンもその条件は少し厳しいと思ったのか、税金の方で優遇措置を取るといった事になったのだが。
クリスがその辺の話を知っていたのは、ディアナで働いているので噂を聞く事が出来たのだろう。
「取りあえず、ディアナとしてはその件は嬉しいんですけどね。MSの開発についても手間が省ける部分とか出て来るでしょうし」
そんなクリスの言葉に、セイラとモニクの2人は若干呆れの視線を向けるのだった。