取りあえず、ミハルがジオン軍のスパイだというのが知られると色々と不味いので、それを誤魔化す方法を考え……
「何? ジオン軍がジャブローに行く途中で待ち伏せしてるだと?」
艦長室で、ブライトが俺の言葉に驚いたようにそう尋ねてくる。
ジオン軍が待ち伏せているとなると、それも当然だろうが。
ちなみにこの艦長室に現在いるのは、俺、ブライト、カイ、ミハルの4人だけだ。
「ああ。こっちの……カイの彼女……いや、取りあえず友人にしておくか。その友人のミハルが、街中でジオン軍の軍人と思しき者と誰かが話しているのを聞いたらしい。……ただ、問題なのはその話を聞いてるのを相手に見つかった事だな。それで追っ手から逃げる為に、カイを頼ってホワイトベースに来たらしい」
その言葉に、ブライトは納得したようにミハルに視線を向ける。
ブライトの視線に、ミハルは動きが固まった。
もし今回の一件の真実が知られたら、どうなるか。
それを不安に思ってるのだろう。
まぁ、その気持ちも分からないではない。
何しろ、ミハルがスパイであったという事実を完全に隠して、誰か他の相手……それこそ、見知らぬ相手をスケープゴートにするというのだから。
ミハルの安全――犯罪的なという意味で――を守る為に、すぐに思いついた方法はそれだけだった。
いやまぁ、ぶっちゃけた話、ガルマの時のように死んだと見せ掛けるなりなんなりして、ハワイや月にでも連れて行けばある程度この問題も解決したのだが……ただ、ミハルはベルファストにある家から去りたくないと言われてしまえば、選択肢は極端に少なくなるのは当然だろう。
また、こちらとしてもアリーヌの時のように大きな利益があるのならともかく、ジオン軍のスパイとはいえ、客観的に見れば一般人でアリーヌのように技術者として有能という訳ではない以上、そこまでする価値は見いだせなかった。
ミハルを匿う事でカイを取り込むという選択肢も思い浮かばなかった訳ではないが、そのような真似をした場合、カイがこちらに不快感を抱く可能性もある。
そうなれば、カイを味方に取り込むどころの話ではない。
今のような状況でそんな一か八かといった真似をするのは、非常に分が悪い。
そんな訳で、ミハルをハワイや月にという選択肢はなくなった。
「ほう……話は分かった。だが、それでミハルさんと言ったか? 彼女が連邦軍の軍服を着ているのはどういう訳だ?」
「私服でホワイトベースの中を歩いていると、目立つだろ? 後はまぁ……カイの趣味だ」
『ぶっ!』
何気に付け加えた最後の一言に、カイとミハルが思わずといった様子で吹く。
まぁ、この一言は最初の予定になかったしな。
とはいえ、別にカイとミハルをからかう意味でこのような真似をした訳でもない。
カイとミハルの関係をブライトに強く印象づける為に必要だった一言だ。
……若干悪戯心が混ざっていたのは、否定出来ないが。
「そ、そうか。趣味か。……また、随分と深い趣味を持ってるんだな」
「ちょっ、待っ……」
ブライトの生暖かい視線に、カイが何かを言おうとするが……それに被せるように言葉を発する。
「カイの趣味はともかく、ミハルが聞いた話が間違いない場合、ジオン軍は間違いなくジャブローに向かう途中でホワイトベースを待ち受けているぞ」
「……オデッサでの件があったのを思えば、ジオン軍にこちらの情報を売るような者がいてもおかしくはない、か」
苦々しげな様子でブライトが言ったのは、エルランの事を思い出していたからだろう。
中将という地位にいて、捕まったレビルの救出作戦を行った人物ですら裏切ったのだ。
そうである以上、どのような人物が裏切ってもおかしくはないと。
……今回の作戦を思いついたのは、その辺の狙いもあったりする。
「そうだな。エルランですら裏切ったんだから、ベルファスト基地の人間が裏切ってもおかしくはないと思う。それもホワイトベースの進路を知ってるとなると、それなりに上の人間だな」
ベルファスト基地の中に勝手に裏切り者を作ったが、これはまぁ……多分、探せばいると思う。
もしくは、ジオン軍と直接繋がっていなくても、横領とか横流しとか、そういう犯罪をしている軍人というのは絶対にいる。
そういう意味で、かなり無理矢理ではあるが……全くの事実無根という訳でもない。
「で、どうすればいいと思う? アクセルの事だから、何か考えがあってやって来たんだろう?」
「向こうはこっちを待ち伏せして、奇襲が出来ると思っている。だが、俺達は幸いにしてそれを知っている。つまり……」
「奇襲をしようとしている敵に、こちらが奇襲をする事が出来る、か」
「そうなるな。向こうは自分達こそが奇襲をしようと思っている以上、逆に奇襲された場合は動揺する」
そこまで言えば、ブライトも俺の言葉に頷く。
だが……少し迷う様子も見せた。
「ただ、問題なのは……ジャブローまでの間に待ち伏せをするという事と、何よりもベルファストを襲った敵が出て来る可能性が高いとなると……海での戦いになる筈だ。そうなると、使えるMSは決して多くはない」
「その辺が問題なんだよな」
一応実弾兵器を使えば、ある程度の深さにいる敵に攻撃をする事は可能だ。
また、ミノフスキークラフトによって空を飛べるホワイトベースなら、空中に浮かびながら甲板上にMSを待機させて、攻撃をするという選択肢もある。
とはいえ、そのような真似をした場合は当然のようにホワイトベースもゴッグを含めた敵から攻撃を受ける可能性が出て来る訳で、そうなると厄介な事になるのは間違いない。
……あ、でもミナトが操舵手をしてるのなら、バレルロールが可能か?
そうなった場合、ホワイトベース側は下手をしたら攻撃を受けるよりも大きな被害を受けそうな気がするが。
「いっそ、飛行コースを変えるという選択肢もあるぞ。ホワイトベースがジャブローに向かうというのを知って待ち伏せしている場合、当然のように最短距離で待ち伏せしている筈だ。そうである以上、もっと別の……それこそ、ある程度遠回りしてジャブローに向かえば、敵に遭遇しない可能性もある」
その言葉に、カイとミハルが少しだけ不安そうな表情を浮かべる。
ミハルからジオン軍に、ホワイトベースが向かうのはジャブローだというのは既に知らせている。
そうである以上、向こうがそれを待ち伏せているのにそこをホワイトベースが通らなければ、ミハルが怪しまれる。
実際にミハルはもうジオン軍を裏切っているのだから、怪しまれるも何もないんだが……
カイとミハルの2人は、その辺りを心配しているのだろう。
「おい、アクセル」
遠回りするという意見に悩んでいる様子のブライトに聞こえないように、カイが小さく俺の名前を呼ぶ。
それに大丈夫だと頷きながら、ブライトに向かって口を開く。
「結局ローリスクローリターンか、ハイリスクハイリターンかだな。……ただ、水陸両用MSは連邦軍にとっても厄介な存在だ。敵が油断しているところに奇襲出来るというのを考えると、やっぱりこっちから奇襲をした方がいいと思うが……ブライトはどう思う?」
「ふむ、悩みどころだな。だが、確かにアクセルが言うように敵のMSをこちらが有利な状況で攻撃出来るというのは大きい。そうなると……やはり攻撃の方がいいだろう」
よし。上手い具合に誘導出来た。
とはいえ、ブライトの性格から考えると、俺が何も言わなくてもここで攻撃を選択していたのは、間違いないと思うが。
「俺もそう思う。というか、ここでジオン軍を叩いておかないと、いつまでも俺達を追ってきそうだからな」
「……シャアか」
ブライトが苦々しげに呟く。
まぁ、ブライトがそのように思っても無理はない。
何しろ、サイド7での戦いから地球に降下するまで……いや、降下してからも、延々とシャアに追撃され続けたのだ。
ガルマとの一件でその追撃は終わったが、今回俺達を待ち伏せしているジオン軍も、ここで逃すような真似をすれば延々と追撃してこないとも限らない。
シャアじゃあるまいし、そんな事にはならないと思ってはいるんだけどな。
「まぁ、シャア云々はともかくとして、ジオン軍の戦力を減らすというのはやっておいた方がいい。特に水陸両用MSは厄介だしな。……ベルファスト基地で使っていた、ドン・エスカルゴを幾らか分けて貰えないか?」
「それは無理だな。元々ドン・エスカルゴはどこも品薄だ。ベルファスト基地にしても、自分達の戦力の要……というのは多少言いすぎかもしれないか、それでも大きな戦力となるドン・エスカルゴをそう簡単にこちらに譲るとは思えない」
ブライトの様子を見る限り、どうやら本当に無理らしい。
連邦軍にとって水陸両用MSに対する数少ない有効な戦力だから、それも分からないではないが。
「そうか。ならしょうがないから、ホワイトベースを足場にして迎撃するという風になるな。……そう言えば、ガンダムは一応水中に潜れるんだったか」
地上専用のピクシーも、一応水中に潜る事は可能だ。
だが、基本的に水中での使用は想定されていない機体である以上、やはりどこかしら不具合が出てもおかしくはないだろう。
だが、同じガンダムでもアムロの乗っているガンダムは違う。
元々汎用性の高さを重視して開発された機体だけに、一応水中での使用も可能だとメカニックから聞いた覚えがある。
地上用MSのピクシーが駄目なのにと、若干思うところがない訳でないのだが。
「うむ。そう聞いている」
「そうなると、今回の戦いの主役はアムロか」
ゴッグを相手に……いや、ゴッグ以外の水陸両用MSがあっても、おかしくはないか。
この場合、特に大きいのはやはりズゴックか。
ゴッグよりも高性能で、それこそジオン軍の水陸両用MSの決定版と表現するのに相応しい水陸両用MS。
実際、ハワイでもMIP社を通じて結構な数を入手しようとしているって話を聞いた事があったし。
ディアナでズゴックをベースにして、より発展した水陸両用MSを開発する計画があるとかないとか。
「それと、バズーカ系はどのくらいある? 陸戦型ガンダムが結構揃ってるし、武器的に多いんじゃないか?」
「バズーカはそこまで多くはないな。基本的に陸戦型ガンダムが使うのは、ロケットランチャーやミサイルランチャーだ」
「なら、180mmキャノンは? あれなら威力が大きいから、水中にいる敵にも結構ダメージを与えられるんじゃないか?」
「それなら、俺のガンキャノンやガンタンク隊の武器も使えそうだな」
俺とブライトの会話に、カイがそう言いながら入ってくる。
実際、その言葉は間違っていない。
ガンキャノンやガンタンクが持つ低反動キャノンは、水中の敵にも大きなダメージを与える事が出来る。
この点は、ビーム兵器よりも実弾の方が勝ってるところだよな。
「そうなると……何気に、結構どうにかなりそうな感じだな。もっとも、敵がこっちの予想通りに動いてくれるかどうかというのは、分からないけど」
「そこが問題だ。……ともあれ、ミハルさんだったかな。君の行動には感謝する。それで、君はこれからどうする?」
「え? どうするって言われても……」
ブライトの言葉に、戸惑った様子を見せるミハル。
だが、ブライトはミハルに言い聞かせるように口を開く。
「君が連邦軍の裏切り者とジオン軍の者との話を聞いたのは、はっきり言って危険だ。君もそれを理解しているからこそ、カイを頼ってきたのだろう? そうなると、今この状況で家に戻るといった真似をした場合……どうなるかは、言わなくても分かると思うが」
「それは……」
ブライトの言葉は予想外だったのか、ミハルは戸惑ったようにカイを見る。
まぁ、これはしょうがない。
そもそもの話、ブライトにしたのは殆どの部分が嘘だ。
そうである以上、ブライトの言う事も真実から考えれば的外れでしかないのだが……だからと言って、それをここで言う訳にもいかない。
「でも、家にはまだ小さい弟と妹がいるんです。それを放っておく訳には……」
「……なるほど」
ミハルだけなら、ある程度やりようはあっただろう。
だが、そこに弟と妹がいるとなれば、また話が難しくなってくる。
また、カイから聞いた話によると、ミハルはこのベルファストにある家に愛着を持っているという話も聞いていた。
さて、そうなるとどうするべきか。
少し考え……取れる選択肢は多くない事に気が付く。
「ホワイトベースでいいんじゃないか? どうせ、カツ、レツ、キッカがいるんだ。この際、他に何人か子供が増えても、そう大差はないと思うが? カツ、レツ、キッカの3人も年齢の近い友達が増えれば喜ぶだろうし」
俺の言葉に、ブライトは少し考え……ミハルにどうするのかと視線を向けるのだった。