「……なるほど。僕がいない間に、そんな事が起きていたんですね」
そう言い、エルが納得したように頷く。
ジャロウデク王国の奇襲から1ヶ月程。
その間、俺はジャロウデク王国が呪餌を持って放った刺客……いや、この場合は工作員か? ともあれ、そういう奴を倒したりしていた。
勿論俺だけではなく、クヌートの手の者もかなり働いた。
というか、多分俺とクヌートの手の者のどちらがより多くの工作員を捕らえたかとなると、恐らく向こうだろう。
向こうはかなりの集団で、それに対して俺は1人。
だが、ただの人間である向こうと比べると、俺は自由に空を飛んだり、影のゲートを使って移動出来たりもする。
総合的にみて戦力という点では大差なかったのだが、それでも向こうが勝ったのは、その手の専門家の集まりだからだろう。
具体的には、諜報を専門とした部隊。……いや、騎士団だったか。
ともあれ、その連中の活躍もあって、恐らくジャロウデク王国の飛空船から放たれた工作員のほぼ全てを捕らえる事には成功した。
……ただ、厄介なのは、本当に全員を捕らえたのかどうかは分からないという事だ。
活発に動いていた者達は全員捕らえたかもしれないが、いざという時の為に潜んでいるといった真似をされた場合、こちらとしては対処のしようがない。
また、俺が最初に捕らえた連中のように、呪餌を使って呼び寄せられた魔獣を倒したりといった事をする必要もあったので、ずっと忙しかったというのが正確なところだ。
それでも数少ない収穫としては、俺が捕らえた何人かが持っていた呪餌を手に入れられた事だろう。
現在は空間倉庫に収納されているので、ホワイトスターと繋がったら技術班に分析して貰う予定となっている。
「で? こっちはそんな感じだったんだけど、そっちはどうなったんだ?」
クヌートから少し聞いた話によると、エルは今まで幻晶騎士にとって必要不可欠な部品……魔力転換炉の製造知識について得ていたらしい。
どこでそれを作ってるのかとか、そんな疑問はあるのだが、アンブロシウスの様子を見る限りではかなり機密度の高い情報と思ってもいい。
そうである以上、例え俺がどうした? と聞いても、エルもそれに答えることはしないだろう。
「ええ。問題なく魔力転換炉を作れるようになりました。おかげで、いよいよ……いよいよ、僕の、僕の為の専用機を開発する事が出来るようになりました」
爛々と目を輝かせているその様子を見ると、エルのやる気がこれでもかと理解出来る。
まぁ、自分の為だけの専用機というのは、それだけ魅力的なのだろう。
その辺は、ニーズヘッグ……いや、ミロンガ改やサラマンダーという専用機を持っている俺も、十分に理解出来る。
「そうか。なら、いよいよ開発に入るのか」
「ええ。既に設計図は親方達に渡してあるので」
「……素早いな」
「何しろ僕の専用機ですからね。だからこそ、前もって色々と準備しておく必要があるのです。……それに、出来ればジャロウデク王国への軍の派遣までに間に合わせたいですしね」
「あー……まぁ、一番の見せ場なのは間違いないだろうな」
アンブロシウスは、ジャロウデク王国の宣戦布告としか思えない行動から、フレメヴィーラ王国の軍隊を派遣する事を決めた。
とはいえ、部隊を派遣します。はいでは明日には派遣しましょう。……などといった真似は、出来ない。
特に移動手段が地面を移動するしかないので、戦力を集めるのにも一苦労となる。
また、それだけではなく、ジャロウデク王国の工作員がまだ残っている可能性が高い事を考えると、何かあった時に戦力を残す必要があった。
この辺が、ジャロウデク王国の嫌らしいところなんだよな。
実際にどれだけの工作員がフレメヴィーラ王国に潜伏しているのかが分からないのだから。
捕らえた工作員達の尋問もかなり強引な手段を使って行われたのだが、工作員は自分達以外に何人の者達が同様の任務に就いているのかというのは、全く知らされていなかったらしい。
ここまで徹底していると、感心すらする。
ともあれ、そんな訳でジャロウデク王国に軍を派遣するにしても、どの騎士団を残してどの騎士団を出撃させるのかといった事を調整する必要があった。
だが、その調整はそう簡単に出来る訳がなく……何だかんだと、ジャロウデク王国に出撃するまではそれなりに時間が掛かるだろう。
エルとしては、その間に自分の専用機を開発したいと思ってるのだ。
「問題なのは、こっちが軍を派遣するまでに掛かる時間で、ジャロウデク王国と周辺諸国との関係がどうなるかだな」
「そうですね。僕としては、出来れば現状のままで戦況が動かないでいてくれると助かるのですが」
現状の維持か。
エルはそうなって欲しいと言ってるが、正直なところジャロウデク王国が今のままでいるとは思えない。
ここまで無理をして、フレメヴィーラ王国の足止めをしているのだ。
そうである以上、本格的にフレメヴィーラ王国が動き出すよりも前に、現状をどうにか動かして自分達に有利な状況に持っていきたいと考えるのは当然だろう。
とはいえ、それで実際にどう動くのかというと、正直微妙なところだとしか言えないが。
そもそも、そう簡単に自分達にとって戦況を有利に出来るのなら、今までそれをしなかった筈がない。
そんな状況でも無理矢理にでも戦況を動かそうとするのは……
「大体エルのせいだろうな」
「え? 何がです?」
「いや、ジャロウデク王国が現状を無理矢理にでも動かすとすれば、それはテレスターレの一件を知っているから。つまり、大体エルのせいだろ? ツェンドルグの件も知ってるのかどうかは分からないし」
「いえいえ。それを言うのなら、アクセルさんのミロンガ改があるじゃないですか。飛行船……いえ、飛空船でしたか。本来なら、飛空船で制空権を一手に握っていたジャロウデク王国軍が、自分達よりも優れた飛行技術を持っているミロンガ改を見たのです。それを思えば、向こうとしても悠長に構えてはいられないでしょう。つまり、大体アクセルさんのせいです」
俺とエルでお互いにジャロウデク王国軍が無理にでも動くのは相手のせいだと言い争っていると……
「エル君! 新型機の開発で親方が相談したい事があるって言ってるわよ! ほら、早く行きましょう!」
部屋の中に飛び込んできたアディが、有無を言わせずエルを連れていく。
……その際にこちらを鋭い視線で一瞥したのを見ると、エルを俺に取られるとでも思ったのだろう。
何でも、エルが魔力転換炉の勉強をしていた場所に、アディは……いや、銀鳳騎士団の全員が一緒に行けなかったらしい。
その為、巨樹の庭園とかいう場所の一件が終わった後で、その近くにある要塞でエルが来るのを待っていたらしい。
その為、余計にエルに対する執着が増してしまったのだろう。
……いやまぁ、アディの性格を考えれば、それも分からない訳ではないけどな。
そんな風に思いつつ、俺は誰もいなくなった部屋の中で適当にすごす。
ジャロウデク王国に進軍する際は、俺にも協力して欲しいという要請は来ている。
これが命令ではなく要請なのは、やはり俺がフレメヴィーラ王国の客人という扱いだからこそだろう。
そして俺が操縦するミロンガ改が、この世界で一体どれだけの意味を持つのか。
それを知ってるからこそ、アンブロシウスやクヌートといった面々も……そして現在の国王たるリオタムスも、俺に命令することは出来ず、要請をするので精一杯なのだ。
もっとも、俺はその要請に従うつもりだが。
ジャロウデク王国には、飛空船を始めとして面白そうな物が多い。
一番の目玉は飛空船だが、それ以外にも飛空船を開発する過程で出来上がった物とか、そういうのがあってもおかしくはないのだから。
個人的には、飛空船のように大勢で乗るようなものではなく、個人用の飛空船の類があって欲しいと、そう思う。
もっとも、普通に空を飛べる俺にしてみれば、そこまで珍しくはないのだが。
「アクセル、ちょっといいかい?」
エルがアディに連行された後、部屋の中でそんな風に考えていると、声が掛けられる。
「ディー? どうした?」
「いや、ちょっと訓練をして欲しくてね」
「幻晶騎士か?」
「いや、生身だよ」
「……生身? いやまぁ、いいけど。また、随分と予想外だな」
この世界の騎士は生身での戦いもあるが、やはり本当の意味での戦いとなれば、それは幻晶騎士を使っての戦いを意味している。
だというのに、何故? と、そんな疑問を俺が感じてもおかしくはないだろう。
「少し思う所があってね。じゃあ、頼むよ」
「ディー1人か?」
「ああ。あの2人は……まぁ、放っておいた方がいいさ」
その言葉に、エドガーとヘルヴィは恐らくデートか何かにでも行ってるのだろうと、そう判断する。
あの2人が何気にお互いを憎からず思っているというのは、俺でも分かる。
……ヘルヴィ、何気に銀鳳騎士団では人気があったので、枕を涙で濡らす相手もいるだろう。
顔立ちも比較的整っており、何よりも男好きのする身体を結構露出度の高い服で覆っているのだ。
そんな姿で皆の前に出て来るのだから、思春期の者が多い銀鳳騎士団では、当然のように強い人気が出る。
まぁ、ヘルヴィ本人は別に男を誘うとかそういう意味ではなく、単純に動きやすいからそういう服を着ているだけなのだろうが。
「そうだな。残念に思う奴は多いけど。……ディーは違うのか? あの2人とは、ライヒアラ騎操士学園時代からの仲だろう?」
「そうだね。だからこそ、そういう感情を抱けないのかもしれない。とはいえ、別に嫌ってる訳じゃないけど」
だろうな。
ディーの性格から考えると、もしエドガーやヘルヴィを嫌っていれば、それが直接的な態度に出る筈だ。
それが出ないということは、別に嫌っている訳ではないということなのだろう。
そんな話をしながら、俺とディーは外に出る。
すると、何故か銀鳳騎士団の面々が、俺とディーと一緒についてきた。
どうやら俺とディーの訓練をその目で見たいらしい。
いや、別にそれはいいんだが。
見て楽しいか?
……中にはディーの部下とかもいるから、多分楽しいのだろう。
取りあえずそう考え、訓練場で俺とディーは向かい合う。
ディーが手にしているのは長剣。
俺が手にしているのは槍。
双方共に模擬戦用の武器ではあるが、それでも当たれば痛いのは変わりない。
ディーが何を考えて生身での訓練を求めて来たのかは分からないが、顔を見れば遊び半分といった様子ではなく、本気で模擬戦を挑んで来ているというのが分かる。
そうなると、俺としてもそれなりに付き合ってやろうというつもりにはなり……
「来い」
「はああああああっ!」
俺の言葉に、ディーは長剣を構えたまま一気に間合いを詰めてくる。
その一撃は、決して悪いものではない。
だが、同時に感嘆する程に素早い訳でもなかった。
俺に向かって振るわれるその一撃を、身体を斜めにする事で回避し、槍の柄を使ってディーの手首を打つ。
防具を身につけてはいるが、それでも力を入れすぎると防具諸共にディーの手首の骨を壊してしまいかねないので、この辺は細心の注意が必要となる。
「うわっ!」
手首を打たれたディーは、半ば反射的に握っていた長剣を放す。
空中を飛んでいく長剣が地面に落ちると、ディーは呆然と自分の手と飛んでいった長剣を見比べる。
ディーにしてみれば、まさかこんなにあっさりと自分が負けるとは思っていなかったのだろう。
自分から生身での訓練を希望してきたのを見れば分かる通り、ディーも今回の戦いにはある程度の自信を持っていた筈だ。
実際に踏み込みの速度は以前よりも少しだけ上がっていたのだから。
「どうする?」
「まだやるに決まってるだろ!」
「ディーたいちょ、頑張れ!」
ディーの言葉に、外からそんな声が聞こえてくる。
隊長ではなくて、たいちょとなってるところが気になるが……愛称か何かか?
ともあれ、部下と思しき者達に応援の声を送られたディーは、笑みを浮かべながら立ち上がり、弾かれた長剣を取りに行く。
「行くぞ、アクセル!」
そう言い、再び攻撃してくるディー。
先程のような一撃を警戒しているのか、ディーはこちらの動きを一切見逃さないといった様子で近付いてくる。
間合いを詰めると、長剣を振るうのではなく、突きを放つ。
斬るだと線の動きだが、突くだと点の動きだから、それを考えればおかしな話ではない。
だが……突くという点では、長剣よりも槍の方が圧倒的に有利なのも事実だ。
こちらに向かって突き出されたディーの長剣の切っ先に、槍の穂先の切っ先を合わせる。
「なっ!?」
ディーとしては、そんな俺の行動は完全に予想外だったのだろうが……次の瞬間には力負けして長剣は弾かれ……再度空中を飛ぶのだった。