「……何だ?」
振動を感じ、目を覚ます。
激しい衝撃が部屋の中を……いや、建物を揺らしているのが分かった。
起き上がって窓を開けると、そこでは幻晶騎士が暴れている光景が見える。
……一体、何があった?
そこで暴れているのは、フレメヴィーラ王国の幻晶騎士……ではなく、ジャロウデク王国の幻晶騎士。
ちょうど暴れ始めたところなのか、まだフレメヴィーラ王国側の幻晶騎士は出ていない。
にしても、これは一体何があった?
一瞬そう思ったが、今夜……いや、もう昨日か? 昨日の一件を考えれば、何となくその理由は理解出来た。
つまり、ジャロウデク王国側としては、あの騎士の一件もあって、これ以上フレメヴィーラ王国との間で友好関係を築くといった真似が出来ないと判断したのだろう。
実際に昨日のパーティに参加していた俺としては、その答えには納得出来る。
納得出来るのだが……だとしても、何故ここでいきなり奇襲を仕掛ける?
そんな真似をすれば、それこそフレメヴィーラ王国がジャロウデク王国を敵国認定するのは確実だろうに。
友好関係を築かなくても、取りあえず適当に話を合わせておき、何とか中立状態にしておけば、ジャロウデク王国もこれ以上敵を増やす必要はなかった。
だが、こうなってしまってはもう遅い。
もう敵対的な関係になるのは確定だろう。
……ダグマイトや、その秘書を装っていたあの女もそうだが、何を考えてこんな行動を起こす事にしたんだ?
考えられる可能性としては、フレメヴィーラ王国がジャロウデク王国に攻め込むのは難しいからか?
実際、その考えはそれ程間違っている訳ではない。
フレメヴィーラ王国からジャロウデク王国に攻め込むには、オービニエ山脈を越える必要があるし、そこを越えてもクシェペルカ王国とロカール諸国連合の領土を通らないとジャロウデク王国に攻め込む事は出来ない。
フレメヴィーラ王国と友好関係にあるクシェペルカ王国はともかく、ロカール諸国連合は特に関係がない……いや、もしかしたらあるのかもしれないが、クシェペルカ王国に比べればかなり少ないのは間違いない。
であれば、その領土を通ってジャロウデク王国に行くと言っても、ロカール諸国連合がそれを許容するかどうかは微妙なところだろう。
即ち、ここで攻撃してもジャロウデク王国に大きな被害はないと、そう判断した……可能性はある。
ここで暴れて被害を受ければ、それはそのままジャロウデク王国の戦力低下に繋がる。
これ以上交渉してもフレメヴィーラ王国と友好的な関係を結べないと判断したら、それこそこんな真似をしないでさっさと国に戻った方がいいと思うんだが。
それでもこんな真似をしたという事は、多分何かの理由があると思うんだが、残念ながら分からない。
もしここが幻晶騎士の製造施設とかなら、まだその理由は分かる。
だが、ここは飛空船が偶然やってきた場所であり、特にこれといった特徴がある場所ではないのだ。
そんな風に思っていると、フレメヴィーラ王国側からも幻晶騎士が姿を現す。
……どうやらまだ新型は配備されていないらしく、全機がカルダトアだ。
とはいえ、旧式という意味ならジャロウデク王国側の幻晶騎士だって同じなのだから、それで不利になる訳ではない。
それどころか、自分達の拠点である以上、地の利という意味ではフレメヴィーラ王国側の方が有利だろう。
そう思いながら眺めていたのだが……
「おい、マジか。そこまでやるのか?」
そう俺が呟いたのは、この戦場に第3勢力とも呼ぶべき者達……魔獣が姿を現した為だ。
魔獣。
勿論、ボキューズ大森海と接しているフレメヴィーラ王国だし、この都市の近くにもボキューズ大森海はある。
そんな場所だけに、魔獣が棲息していてもおかしくはないが……このタイミングで襲ってくるというのは、少し信じられない。
だが、そんな中で俺はこのような事を起こす方法を知っていた。
銅牙騎士団が使った、呪餌。
詳細にはどの程度の効果があるのかは分からないが、魔獣を誘引するといった事が可能なのは確実だった。
それはつまり……
「失礼します! アクセル様、クヌート公爵が至急来て欲しいとの事です!」
クヌートの護衛としてやって来た騎士が、切羽詰まった様子で俺にそう言ってくる。
……なるほど。俺が考えつくような事は、当然のようにクヌートも考えついていた訳か。
考えてみれば、クヌートはフレメヴィーラ王国の者である以上、俺よりも早く呪餌について思いついてもおかしくはない。
そして……呪餌を使うのは誰でもよく、それを使えば魔獣を誘引する事が可能で、恐ろしいまでの混乱を……それこそ、ジャロウデク王国に戦力を派遣するような真似が出来ないという事についても、当然理解している筈だった。
ジャロウデク王国が、何故無理にフレメヴィーラ王国と友好関係を結びに来たのかと思ったが、最初から駄目元だったのだろう。
勿論、友好的な関係を結べればそれでいいが、もし駄目ならそれはそれで構わないと。
呪餌を使って混乱させればいいと、そんなつもりだったのだろう。
「分かった。すぐに行く」
騎士の言葉に頷き、クヌートの部屋に向かう。
そこでは何かが起きたらすぐに行動出来るように準備を整えたクヌートの姿があった。
公爵という立場な以上、準備にも時間が掛かるのかと思ってたんだが、どうやらクヌートにその心配はいらなかったらしい。
若い頃はアンブロシウスと戦場を潜り抜けただけの事はある。
「来てくれたか、アクセル殿」
「ああ。……これだけ騒いでれば、まさか寝てる訳にもいかないしな。それに、魔獣までやってきた。あまりにジャロウデク王国にとって有利な状況だ。そうなると、考えられるのは……」
「呪餌」
俺の言葉に続けるように、クヌートはその言葉を口にする。
呪餌という言葉に、周囲の護衛の騎士や他の面々まで、全員が緊張した様子を見せた。
フレメヴィーラ王国において呪餌がどのように扱われているかを思えば、そうなるのは当然だろう。
「だろうな。でないと今の状況で魔獣がやってくるなんてことはない。……で、それを使ったのは、当然のようにジャロウデク王国だろうな」
その言葉に異論はないのか、クヌートが頷く。
「そして、目的はフレメヴィーラ王国をジャロウデク王国への戦争に参加させないこと。その為には、ここだけで魔獣の騒動が起きるのではなく……」
「他の場所でも、同じように呪餌を使って何度も同じように騒動を起こす」
そうなれば、フレメヴィーラ王国も自国内に連続して出没する魔獣の対処でどうしようもないだろう。
「クヌート公爵!」
ノックもせず部屋に飛び込んできた騎士が、切羽詰まった様子でそう叫ぶ。
部屋の中にいた何人かは、最初そんな騎士の無作法な態度に責めるような視線を向けていたが、騎士の様子を見てただごとではないと判断したのだろう。
「どうした?」
「報告が2つあります。1つは、ジャロウデク王国の飛空船が飛び立ちました」
「おのれっ!」
そう叫んだのはクヌートの部下の1人。
まぁ、その気持ちは分からないではない。
ジャロウデク王国としては、目的を果たした以上、フレメヴィーラ王国にいることはないと考えたのだろう。
「どうする? 追ってもいいが」
「いや。今の状況でアクセル殿の機体を見せるのは面白くはない。それに……向こうには今回の一件の責任をしっかりと取って貰う必要があるからな。今は構わんよ。それで、報告はまだあるという事だったが?」
「は。近隣の村の幾つかで魔獣が襲ってきたと」
動きが早いな。
恐らくはそう出るだろうと思ってはいたが、それでもここまで素早く反応するとは思ってもいなかった。
やっぱりあのパーティの一件でフレメヴィーラ王国との関係はどうしようもないと、判断したのだろう。
「どうする?」
「村にやって来た魔獣はこちらで何とかする。……アクセル殿、呪餌を持って散らばっていった者達を、何とか出来ぬだろうか? 勿論、こちらでも手を打つが、呪餌を持ってるとなると、それこそ可能な限り早く対処する必要がある」
「分かった」
クヌートの頼みに、俺はあっさりと頷く。
実際、呪餌を持った者がフレメヴィーラ王国を好き放題に動き回っているとなると、俺にとっても不利益が多い。
……ゲートを設置した後なら、呪餌を使って魔獣を呼び寄せて捕獲するといった事も可能なんだが。
将来的には可能かもしれないから、呪餌を持ってる奴を倒したら奪って空間倉庫の中に収納しておいてもいいかもしれないな。
ホワイトスターと繋がったら、技術班に呪餌を解析して貰って同じのを……あ、でもこの世界特有の素材とかを使って作られてるとなると、そう簡単な話じゃないか。
それでもこの世界との貿易で呪餌を作る素材を手に入れれば……ただ、そうなるとシャドウミラーのゲートを設置する場所は、それこそよく考える必要があるな。
呪餌を多用するとなると、フレメヴィーラ王国の中という訳にはいかないだろうし。
……普通に考えると、魔獣を確保するという意味でもボキューズ大森海の中とかか?
過去……それこそ、世界の父とやらがボキューズ大森海を攻略しようとして人を送ったが、その時は失敗したらしい。
ちなみにその際に出来たのが、このフレメヴィーラ王国だとか。
そういう意味で、ボキューズ大森海に対する恐怖というのは、かなり強い。
そのボキューズ大森海の中に拠点を構えると言われると、一体どうなる事やら。
そんな風に思いつつ、俺は呪餌を持ってる工作員を確保するべく、クヌートの部屋の窓から飛び出す。
「なぁっ!」
俺について知らない者もいたのだろう。
背後からはそんな声が聞こえてくる。
……その辺についての説明は、向こうに任せておくとしよう。
そう判断し、空を飛びながらその場から離れる。
向かうべきなのは、敵が呪餌を持って散っていった場所。
だが、問題なのは、一体どうやってそのような相手を探すのかという事だろう。
取りあえず、呪餌を持っている相手と確認出来れば、こちらでどうとでも対処は出来るのだが、問題なのは呪餌が具体的にどのような物なのかを分からないという事か。
そうなると、まず俺がやるべきなのは……1人、もしくは少数で移動している相手を見つけ、鎌を掛けてジャロウデク王国の連中だと見つける事か。
身分証とか、そういうのを持っていればある程度は理解出来るんだが……そういうのはないしな。
似たようなのだと、銅牙騎士団の一件の後で開発した、幻晶騎士を起動させる時に使う短剣。
だが、別にあれだってそれを持っているのだが誰だとか、そんな事は分からないしな。
パスポートとか、そういうのがあれば……いや、魔法がある世界だし、意外とそんなのは複製出来たりするのか?
そんな疑問を抱きつつ、俺はボキューズ大森海の近くを移動していると……いた。
かなり急いで走っている、3人。
これが日中なら、そこまで疑問に思わなかっただろう。
だが、夜に……それもボキューズ大森海のすぐ近くを移動してるとなれば、それは怪しいという言葉でしか言い表せない。
そんな3人の前に、俺は上空から降ってくるような感じで着地する。
「ぬおっ!」
「何だ!?」
「追っ手か!?」
3人がそれぞれ口にするが、追っ手かと口にした時点で何か後ろ暗いことがあるということを示しているのは明らかだ。
「お前達、ジャロウデク王国の手の者だな?」
生憎と顔は見た事がないが、そう断言する。
パーティには参加していなかった連中なのは、間違いないと思うんだが。
「な、何の事でしょう? 私達はただの旅人で……」
3人組のリーダー格と思われる男が俺を見てそう言うが、俺はそれに呆れの視線を向け、口を開く。
「ただの旅人? そんな言葉が通じると思ってるのか? そもそも、そっちの……」
一旦言葉を止め、3人の中の1人に視線を向ける。
「その男が、追っ手か? と口にしたのは、しっかりと聞いてるんだが? そんな状況で、誤魔化せると思ってるのか? それとも……」
「やれ!」
俺の言葉を最後まで聞かず、リーダー格の男が叫ぶ。
判断力は悪くない。
この辺、周辺諸国と現在進行形で戦っているからこその、即断即決といったところか。
実戦においては、鋭い判断力を求められる事が多い。
そういう意味では、この男は立派な能力を持っていると言ってもいい。
だが……それでも……
「俺と敵対しようとしたのが間違いだったな」
そう言い、長剣を引き抜き、振り下ろそうとしてたきた相手を一撃で気絶させ、他の2人も気絶させる。
俺の実力を知らなかったとはいえ、生身で俺に戦いを挑んだのは、残念だったな。
気絶した男達から呪餌と思われる物を探すが……それは、どこにもない。
おい、これってまさか……
嫌な予感を抱きつつ、森を……ボキューズ大森海を見る。
そんな俺の予想を裏付けるかのように、こちらに向かって数匹の猪に似た魔獣が姿を現すのだった。