転生とらぶる1   作:青竹(移住)

2604 / 2848
番外編107話 ナイツ&マジック編 第24話

 ジャロウデク王国の飛行船がやって来たという街に到着した俺達……俺とクヌートは、すぐにジャロウデク王国の使者と会う事になった。

 ……ちなみに、ここまでは当然のように影のゲートで転移してきたのだが、意外な事にクヌートは影のゲートを使った際の、影に沈む感触については特に騒いだりするような事はなかった。

 これが、本当に影に沈む感触に何も思っていなかっただけなのか、それとも単純にアンブロシウスの前だったから表情に出したり騒いだりしなかっただけなのか。

 そのどちらなのかは、俺にも分からない。

 分からないが、それでも騒いだりしないというのは、十分に褒められる事だったと言ってもいい。

 

「どうぞ、こちらでジャロウデク王国の使者の方はお待ちです」

「うむ。……今回の交渉は非公式なものとなる。お主達もその事は十分に承知しておくように」

 

 クヌートの言葉に、一緒に交渉に挑む者達がそれぞれに頷く。

 今回の交渉は、クヌートが言うとおり非公式なものだ。

 ……まぁ、ジャロウデク王国にしてみれば、現状を自分達の実力だけでどうにか出来なかったというのが非常に悔しいと思ってるのだろう。

 

「その、クヌート公爵。彼は……」

 

 クヌートの言葉に頷いた男が、俺の方を見ながらそう告げる。

 俺の存在を知っている者はほんの少数だ。

 ここにいる者の中では、それこそクヌートしか知らない。

 俺がクヌートと一緒に来たからこそ、俺の正体をクヌートに尋ねたのだろうが……

 

「儂の私的な護衛だ。気にするな」

「は、はぁ……」

 

 あっさりとそう言われ、それ以上は何も言えなくなる。

 まぁ、異世界からやって来た存在などと言っても、誰も信じたりは出来ないだろうしな。

 そもそも、異世界という概念そのものを理解出来るかどうかというのが俺の正直な気持ちだ。

 この世界は、何だかんだと知識の差というのは大きいからな。

 

「クヌートの訳ありの護衛のアクセル・アルマーだ。よろしく頼む」

「……訳あり……」

 

 俺が自分で堂々と訳ありと言った事に驚いた様子の他の面々。

 だが、すぐに話題は俺個人のことから、ジャロウデク王国に移る。

 俺については色々と気になるところがあるのは間違いないだろうが、今はそれよりもジャロウデク王国との交渉が関係しているのだろう。

 

「それで交渉の相手は?」

「貴族ですね。ダグマイト公爵と名乗っています」

 

 名乗っているというところに若干の疑問を感じるが、それは仕方のないことでもあった。

 この世界は通信の手段がそこまで発達していないファンタジー世界だ。

 その為、フレメヴィーラ王国の人間が遠く離れたジャロウデク王国の貴族の顔を知っていろという方が無理だろう。

 クシェペルカ王国のように友好国なら、人の行き来もあったりするのでその国の貴族の顔を知っていてもおかしくはないが。

 

「公爵か。そうなると、やはり儂が来てよかったといったところだな」

 

 クヌートの言葉に、俺以外の皆が頷く。

 クヌートも公爵という地位にある以上、爵位という点では相手と同格だ。

 ……そもそもの話、本来なら公爵という爵位の者はそう簡単に他国に出向くといったような真似はしない。

 それをしなければならないというところに、現在のジャロウデク王国がどれだけ苦しいのかが現れていた。

 そうしてクヌートと他の者達が情報交換をしている間に、やがて目的の部屋に到着する。

 クヌートに目配せをされた兵士が、扉をノックする。

 どうぞという声に、扉を開く兵士。

 そうして部屋の中に入った俺達を待っていたのは、全部で5人程の者達だった。

 男が4人に女が1人。

 ただし、男のうちの2人は俺と同じ護衛らしく、椅子に座るのではなくダグマイト公爵と思われる男と1人だけいる女の後ろに控えている。控えているのだが……

 俺の気のせいかもしれないが、護衛達が守ろうとしているのはダグマイト公爵ではなく、女の方に思えるのだが。

 ちなみに残り1人は書記とかそういう類の者らしい。

 ともあれ、俺達が部屋の中に入ってきたのを見てダグマイト公爵と女が立ち上がる。

 部屋の中は細長いテーブルが2つ向かい合わせになっており、そこに椅子が用意されている形だ。

 質実剛健……と言えばいいのか?

 その辺は分からなかったが、俺がそんな事を考えている間にクヌートとダグマイトの挨拶は終わったらしい。

 そうしてクヌート達が椅子に座るが、護衛の俺は当然のように椅子に座らず、いつ何かがあってもおかしくはないようにクヌートの後ろに立つ。

 そんな俺に、女が一瞬視線を向けてくる。

 外見で言えば、美人と言ってもいいだろう。

 紫の髪をショートカットにしており、出来る女という印象が強い。

 

「さて、貴国と我が国はこれまで国交がなかったはずだが、一体何故やって来たのか、聞いてもいいですかな? それも、儂は見た事はないが、何でも空を飛ぶ船でやって来たとか。そもそも、我が国と貴国は決して良好な関係ではない筈」

 

 軽い挑発が込められたクヌートの言葉。

 ……まぁ、銅牙騎士団に襲われたのは、クヌートの領土内だったしな。

 それを思えば、多少攻撃的な言葉を口にしてもおかしくはない。

 

「さて、こちらとしては今まで特に貴国と関わったことはなかったと思うが?」

「ほう。我が国で暗躍し、儂の領地を襲い、更にはこの国では禁忌とされる呪餌を使ったというのにですかな?」

「はて、何の事でしょう。私には残念ながらクヌート公爵が何を言ってるのか、全く身に覚えがありませんな」

 

 ほう。

 ダグマイトの様子からすると、どうやら銅牙騎士団の一件はなかった事にしたいらしい。

 もしくは、ジャロウデク王国の上層部はそれを知らず、現場が暴走したという風にしたいのか。

 その辺の事情は分からないが、これは上手い手ではある。

 元々、今回のジャロウデク王国と周辺国家の戦争は、俺が散布したチラシに書かれている内容が原因だ。

 だが、もしそのチラシの内容が全くの嘘であればどうなるか。

 それはつまり、戦争の原因そのものがなくなってしまうということになる。

 ……勿論、もし上手い具合にそうすることが出来たとしても、既に戦争は始まっている以上、そう簡単に停戦とはいかないだろう。

 だが、戦争の理由……言わば大義そのものがなくなったとすれば、当然のように士気の下がる者も出て来るだろうし、自分達が行っている戦いに疑問を持つ者も出て来るだろう。

 そういう意味でも、ダグマイトの口から出た提案は決して悪いものではない。

 寧ろ、現状を打破する為の妙案だと言ってもいい。

 ただし……そう。ただし、だ。

 今回の戦争の原因となるチラシを散布するにいたった理由となる、テレスターレ奪取の一件をこちらが……それも自分の領土で行われたクヌートがなかったことに出来ればの話だが。

 

「こちらとしては、銅牙騎士団の身柄を押さえているのですが?」

「さて、銅牙騎士団というのは我が国には存在しない騎士団ですな。そもそも、その銅牙騎士団とやらの口から出た言葉をそのまま鵜呑みにするのはどうかと思いますが? それこそ、自分達が生き残る為に苦し紛れの嘘を口にしてもおかしくはないですし」

「その辺の裏はとってあるのですが……まぁ、いいでしょう。では、貴方達は一体何をしにフレメヴィーラ王国まで来られたので?」

「貴国との誤解を解く必要があると思いましたので。それが、現在の双方の国に存在する難事をどうにかする事に繋がるでしょうし」

「難事、ですか? 残念ながらどこかの国が自分達の国の技術が低いので、他国からその技術を奪うなどという野蛮な真似をした者の手先が暴れた以外では、特に何も問題はありませんでしたが」

 

 ヒクリ、と。

 クヌートの挑発的な言葉に、ダグマイトの頬が引き攣る。

 だが、ダグマイトもフレメヴィーラ王国との間に協力態勢を結びつけるべく派遣された人物だけに、クヌートの口から出た挑発に簡単に乗るようなことはない。

 

「一体、どこの国がそのような事をしたのかは分かりませんが、心中お察しします」

 

 凄いな。

 この状況で堂々とそんな事を言うのか。

 その行為そのものが挑発になってるような気がしないでもないんだが……本当にフレメヴィーラ王国との協力関係を結ぶ為にやって来たのか?

 そんな疑問を感じている間も、お互いにチクチクと嫌みの応酬を行う。

 とはいえ、やはりジャロウデク王国がダグマイトを派遣してきたのはフレメヴィーラ王国との関係をどうにかする為、というので間違いないらしい。

 

「ともあれ、そちらがどのように思っていようとも、我が国ではジャロウデク王国を以前の一件の黒幕と判断しています。公の場でそれを認め、国王が自ら謝罪をするような事でもない限り、そちらの要望には応えられませんな」

「はっはっは。クヌート公爵も冗談がお上手だ」

 

 ダグマイトとしては、クヌートの言葉を冗談ということで片付けたいのだろうが、クヌートとしては、その言葉は冗談でも何でもなく、本音からの行動だ。

 もっとも、ダグマイトとしても自国の国王にそのような真似をさせたとなると、物理的な意味で首を切られかねないので、それを認める事は出来ないが。

 

「そうですか。では、残念ながら交渉は決裂ですな。お帰り下さい」

 

 この交渉で有利なのは自分達だと知っている為に、クヌートは強気だ。

 現在は何とかジャロウデク王国は周辺国家との戦いで膠着状態に持っていってるが、時間が経てば飛行船への対抗手段を考えつく者もいるだろうし、周辺国家から派遣された軍隊は、現在もジャロウデク王国の領土内にいるのだ。

 時間が経てば経つだけ不利になるのは、ジャロウデク王国の方だと知っているからだろう。

 ダグマイトは、そんなクヌートの言葉に黙り込む。

 ここで何かを言い返せば、本当に追い返されると分かっているからだろう。

 だが、だからといって素直にクヌートの言葉を認める事も出来ない。

 そんな沈黙を保つダグマイトに声を掛けたのは、秘書官か何かと思われる女だった。

 

「ダグマイト公爵、まずは急な会談の要望を聞いて貰ったお礼の品について話した方がいいのでは?」

「っ!? ……そうでしたな。まずはその話をするべきだった」

 

 何だ? 今、ダグマイトは『そうでしたな』と言ったのか?

 それこそ、公爵であるダグマイトが自分よりも上の立場にいる人間に話すかのような、そんな言葉遣い。

 だが、次の『そうするべきだったな』というのは、普通に年下に向けて話す言葉だ。

 ……公爵が丁寧に話す相手で、それを隠すべき相手? おい、それってまさか……

 

「お礼の品ですか?」

「ええ。我が国が先立って開発した飛空船を数隻譲渡する用意があります」

「……何と?」

 

 さすがにこの提案にはクヌートも驚いたのか、そう返すのがやっとだ。

 いや、クヌートだけではない。

 クヌートと一緒にこの交渉に挑んでいる全員が、ダグマイトの言葉に驚いていた。

 当然のように、俺も向こうがいきなり口にした内容に驚く。

 飛行船ではなく、飛空船と若干その言葉に疑問を持ったのも同じだったが。

 ともあれ、驚くのは当然だろう。

 飛行船……いや、飛空船というのは、ダグマイトが口にした通り、この世界でジャロウデク王国が最初に開発した兵器だ。

 それを売ると言ってるのだから。

 それでもさすがと言うべきか、クヌートは驚きの表情を一瞬で消して笑みを浮かべる。

 

「飛空船ですか。フレメヴィーラ王国に来る時もそれを使ってきたとか。船で空を飛べるというのは、素晴らしいですな」

「そうでしょう。我が国だけが持っている技術ですから。今のところ、他国で同じような技術を持っている国はいません。……もっとも、もしかしたら貴国にはその手の技術があるのかもしれませんが」

 

 意味ありげにそう言うのは、ミロンガ改について思うところがあったからだろろう。

 フレメヴィーラ王国で行われた、テレスターレ奪取作戦。

 その作戦における成り行きが書かれたチラシを散布したのが、ミロンガ改だ。

 そうなれば、フレメヴィーラ王国とミロンガ改の関係を疑うなという方が無理だろう。

 

「さて、どうでしょうな。我が国には空を飛べるような幻晶騎士は存在していませんが」

 

 クヌートの言葉は、嘘ではない。

 俺はあくまでもフレメヴィーラ王国の客分という扱いであり、フレメヴィーラ王国に所属している訳ではないのだから。

 ……まぁ、ジャロウデク王国の面々が、まさかミロンガ改やそれを操縦する俺が、異世界からやって来たなどと思う筈もないのだろうが。

 

「おや、ではあのチラシは誰の仕業なのでしょうな」

「さて、儂に言われても分かりませんよ。ですが、善意の第三者という可能性もあるのかもしれませんな」

 

 お互いに笑みを浮かべて会話を交わす2人だが、その笑みの下にあるのは歴戦の貴族としてのやり取りだろう。

 ジャロウデク王国は何としてもフレメヴィーラ王国との関係を友好的なものにし、出来れば味方にしたいと考え、フレメヴィーラ王国としてはジャロウデク王国の思惑に乗らないようにするという。

 そんなやり取りを眺めていると……不意に、ダグマイトの隣でやり取りを眺めていた女が俺に意味ありげな視線を向けるのだった。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。