『うおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!』
格納庫に並ぶ多数のテレスターレを見て、開発に関わった者の多くが雄叫びを上げる。
色々と開発に難航したりもしたが、その甲斐もあってテレスターレは完成した。
今、俺達の前に並ぶのは、その完成したテレスターレとなる。
言うまでもなく、エルの生前の知識をアイディアとして取り入れたテレスターレは、これまでのこの世界の幻晶騎士とは全く違った技術が幾つも使われている。
網型結晶筋肉、補助腕、板状結晶筋肉、蓄魔力式装甲、背面武装、火器管制システム。
俺が知ってるだけで、ざっとこのくらい。
勿論、細かいところまで含めると、恐らくはもっと大量の新技術が使われているのだろう。
……とはいえ、確かに目の前に並ぶテレスターレは凄い。
凄いのだが……ぶっちゃけ、出来ればエルの介入がない状況で新型の幻晶騎士を開発して欲しかったというのが、正直なところだ。
エルのアイディアが入ったという事は、純粋にこの世界の技術だけで開発された機体ではないという事なのだから。
……まぁ、今更か。
それに、この世界には他にも幾つもの国がある。
それらの国では、それこそ多くの幻晶騎士が存在する筈で、そちらを回収目標にすればいい。
実際、テレスターレは高性能な機体なのは間違いない。
俺も何度か乗せて貰ったが、操縦性は結構ピーキーだが、乗りこなす事が出来ればこれまでの幻晶騎士以上の高性能を発揮するのは間違いなかった。
というか、実際に俺が操縦した時はそうなったし。
とはいえ、テレスターレをそこまで乗りこなすには、相応の技術が必要だ。
ここにいる面々は最初からテレスターレの開発に関わっていたので特に問題なく乗る事も出来たのだが、これって正直なところ大丈夫なのか?
他の騎士達がテレスターレに乗っても、乗りこなすのは無理……とは言わないが、機種転換訓練に結構な時間が掛かる気がする。
「皆さんのおかげで、テレスターレの開発は完了しました。本当にいい機体になりましたので、これを土台にして、今度はもっと凄い……国王陛下があっと驚くような機体を開発したいと思います!」
そんなエルの言葉に、皆が驚愕の声を上げていた。
無理もないか。テレスターレの開発に、一体どれだけの時間が掛かったのかを考えれば、この驚愕は当然だろう。
とはいえ、エルにしてみればこのテレスターレは本当に基礎の基礎、もしくは基礎の基礎の基礎といったつもりで開発したようなものなんだろうが。
だが、それはあくまでもエルの認識であって、他の者達にしてみれば、テレスターレでエルの狙いは取りあえず達成されたと、そう思ってもおかしくはない。
……いや、エルと小さい時――今も十分小さいが――から一緒だったアディとキッドの2人は、やっぱりなといった表情を浮かべているように思えた。
この辺は、付き合いの長さ故だろう。
これからも色々と忙しくなるだろう連中の様子を眺めていると、微妙に哀れに思わないでもなかった。
「残念だったな」
エドガーのテレスターレが振るう長剣の一撃を回避した隙を突くように、ディーのテレスターレが攻撃してくるのを俺のテレスターレが槍で防ぎ、そこにヘルヴィの操るテレスターレが背面武装を使って攻撃してくる。
3人1組で連携もなかなかだったが……それでも、そうやって攻撃してくるだろうと予想していれば、対処するのは難しくない。
斬りかかってきたディーの一撃を受け流し、そのまま足を引っ掛けてバランスを崩させたところで、ヘルヴィの攻撃の盾にする。
向こうにしてみれば、まさかそのような手段で無力化されるというのは、完全に予想外だったのだろう。
攻撃の盾にされたディーはともかく、背面武装を使って攻撃をしたヘルヴィも動きを止め……エドガーも一瞬だったが動きを止めた。
もしこれが本職の騎士なら、ここまであからさまな隙を作る事はなかったかもしれない。
だが、ベヘモスと戦った経験はあれど、それ以外は……まぁ、戦闘経験が皆無とは言わないが、それでもまだ足りないのは間違いない。
もしくは、魔獣だけを相手にしているというのが、この場合は大きいのか。
基本的に本能に従って行動する魔獣というのは、戦術をとらない。
場合によっては偶然そのような形になる事はあるかもしれないが、言ってみればそれだけでしかない。
だが、人間を相手にした場合は、当然のように戦術を駆使する。
俺が今やったのも、それこそ戦術と呼べる程に立派なものではなかったが、それでもエドガー達を倒すには十分だった。
『それまで!』
エルの声が周囲に響く。
この模擬戦の審判を務めるエルが、俺の勝ちだと判断したのだ。
……ぶっちゃけ、戦闘不能になったのはディーだけで、エドガーとヘルヴィの2人は、まだ十分に戦えるのだが。
まぁ、エルがそう決めたのなら、俺からは何も言う事はない。
地面に倒れていたディーの機体を起こすのに手を伸ばしながら、そう思うのだった。
「悔しいなぁ。まさか3人でも勝てないとは思わなかったよ」
テレスターレから降りたディーが、俺の方にやって来てそう告げる。
テレスターレが完成してから、数日。
現在俺はテレスターレの操縦訓練をしていた。
……いや、正確にはディー達の操縦訓練に付き合っていると表現した方が正しいのかもしれないが。
「連携はそこまで悪くはない。ただ、正直すぎるな。ある程度実戦慣れしていれば、次に誰がどんな行動をしてくるのかというのは、容易に予想出来る」
この辺り、やはりまだ実戦経験不足なんだろうな。
とはいえ、フレメヴィーラ王国において幻晶騎士というのは、基本的に魔獣を相手にするものだ。
人を相手にするというのは……ない訳ではないが、それでもやはり魔獣を相手にするのが一番多い。
魔獣の巣ともいえる、ボキュース大森海と接している部分が多いというのも、関係しているのだろうが。
そんな訳で、俺がその対人戦の相手をしてるのだが……正直なところを言わせて貰えば、俺の操縦の仕方とかもこの世界の者にしてみれば異端に近い。
だからこそ、役に立つと言えるのも事実なのだが。
「連携かぁ。……うん、分かった。ならもう少しその辺を調整した方がいいようだね。エドガー、ヘルヴィ、いいかい?」
「勿論」
「当然」
ディーの言葉に、エドガーとヘルヴィもそれぞれ即座に頷く。
この3人は元々仲が悪かった訳でもないのだが、今ではより強い結束を持っている。
……その結束の理由が、俺に対して勝利を得る為というのには、若干思うところがない訳でもなかったが。
まぁ、それで連携が上がって戦いが有利になるのなら構わないが。
この世界の原作は当然のように知らない。
知らないが、それでもこれからここで何らかの戦いが起きるのはほぼ確実だ。
この世界の原作の主人公は、恐らくエル。
そして幻晶騎士という人型機動兵器がメインである以上、何らかの戦いが起きるのはほぼ間違いない。
とはいえ、それが具体的にどのような感じの戦いになるのかは、俺にも分からなかったが。
それでも対人戦の経験が少ない以上、それを補おうとするのは当然の事だった。
ああ、いや。一応学校では学生同士の戦いで模擬戦とかはやってるらしいから、対人戦の経験は皆無という訳ではないのか。
だが、それはあくまでも学生同士……言い方は悪いが、お互いの実力を知った上で行われる馴れ合いに等しい。
そうである以上、やはり強敵との戦いというのは経験させておいた方がいいのは間違いないだろう。
「おーい!」
と、不意にそんな声が周囲に響く。
何だ? と声のした方に視線を向けると、その先にいたのは見覚えのある人物。
鍛冶師の1人で、エルの提案に振り回されている者の1人だった。
……いや、それを言えばぶっちゃけ俺以外の全員がほぼそんな形になってるんだが。
ともあれ、そんな鍛冶師……というか、生徒の1人が必死になってこっちに走ってくる。
その様子を見れば、明らかに何かあったというのは確実だろう。
「何かあったのかな?」
ディーが若干の疑問とともに、そう呟く。
あの様子から考えると、恐らく何かあったのは間違いないだろう。
だが……ベヘモスのような魔獣が攻めて来たとか、そういう致命的な理由じゃないのは、多分間違いない。
俺達を呼んでいる様子は、少なくてもそこまで切羽詰まった様子はない。
……何だか、別の意味で切羽詰まった様子はあるが。
「さて、どうだろうな。あの様子を見る限りでは、特に何か緊急の事態とは思えないが」
「でも、かなり驚いているというか、急いでいるというか……普通じゃないのは間違いないわよ」
エドガーの言葉にヘルヴィがそう返す。
実際、その言葉はそれ程間違っている様子はなく、その男は俺達の前にやって来ると、慌てたように口を開く。
「3日後に、テレスターレを引き取りに来る事が決まったらしいよ」
「それは……まぁ、少し急だけど、そこまで驚くような事でもないのではないか?
「エドガーの言う通りだと僕も思うけどね。そもそも、テレスターレは国王陛下に渡す予定で作っていたんだろう? ……もっとも、彼はテレスターレを土台としか考えてなかったようだけど」
そっと視線を逸らしながら、ディーが呟く。
何だかんだと、ディーはエルと接する機会は多い。
俺に幻晶騎士の操縦を教えるという役目を与えられた事から、俺と一緒に行動する事が多く、そうなれば当然のように俺に会いに来る事の多いエルとも接する機会は自然と増える。
……その結果として、アディの攻撃……いや、口撃にも巻き込まれたりするようになっているのだが。
「それが、テレスターレを運ぶ先は王都ではなく、クヌート公爵領になるらしくて……」
「え? 何でそんな事に?」
その説明の意味が分からなかったのか、ヘルヴィは説明を持ってきた男に詰め寄る。
……いきなりヘルヴィに詰め寄られた男は、ヘルヴィの双丘の谷間を間近で見て、半ば反射的に視線を逸らす。
ヘルヴィも、ここにいるのは思春期真っ只中の男だって、分かっての行動なのか? ……いや、そういうのとは全く関係ない様子なんだろうな。
ライヒアラ騎操士学園に……というか、テレスターレ開発チームにはそういう奴がいないからいいものの、場合によっては男に襲われる可能性もあるんだが。
あ、でもヘルヴィは騎士を目指しているだけあって、相応の強さを持つ。
そう考えれば、その辺の男に襲われても対処するのは難しい話じゃないのか?
とはいえ、最初から襲われないに越した事はない以上、服装の方をもう少し露出度の低いものにしてもおかしくはないんだが。
「なぁ、アクセルはどう思う?」
と、ヘルヴィから視線を逸らしていた男を眺めていると、ディーがそんな風に聞いてくる。
「どう思うって、クヌートか?」
「そうそう。まさか国王陛下の懐刀と呼ばれてる人が来るとは、思わなかっただけど。……まぁ、新型機というのは、それだけ興味深い代物だったんだろうけど」
「だろうな」
ディーの言葉は、決して間違っている訳ではない。
実際、この世界において幻晶騎士の次世代へのサイクルというのはかなり長い。
MSのように、1年どころか数ヶ月――実際の開発期間を考えればもっと長いのだろうが――といったものではない。
それこそ、十数年……場合によっては数十年といった事もあるらしい。
そうなると、必要となってくるのが全くの新型機ではなく、現行の機体の改修といった感じになる。
しかし、その機体の改修も上手くはいかないらしい。
幻晶騎士についてはそこまで詳しくないので、正直なところ何故そこまで上手くいかないのかは分からないが。
ぱっと思いつくだけで、外付けのブースターとか、装甲を削って機動性と運動性を上げるとか、逆に装甲を増やして防御力を上げるとか、そんな風なのが思いつくんだが。
ともあれ、そんな感じで機体の改修をしようとしても、上手くはいかない。
結果として、機体の性能そのものは昔と比べてもそこまで差はないといった感じになる。
その辺の事情を考えれば、テレスターレを開発したエルの異常性が理解出来るだろう。
……クヌートは俺とエルがアンブロシウスと面会をした時も、色々と当たりがきつかった。
とはいえ、そこまで不愉快な思いを抱いていないのは、私利私欲でそのようなことをしている訳ではないと分かるからか。
エルの祖父から聞いた話によると、クヌートは昔からアンブロシウスのおつきといった感じだったらしく、人によっては猛獣使いと呼ばれていたとか。
つまり、クヌートがあのような態度だったのは、俺とエルがアンブロシウスに何らかの危害を加えたりしないかと思ったのだろう。
ましてや、俺の説明をどこまで信じたのかは分からないが、仮にもフレメヴィーラ王国の人間として素性がしっかりしているエルと違い、俺はこの国の人間ではないとはっきりとしている。
その辺を思えば、クヌートの態度も納得出来る事ではあった。