網型結晶筋肉。
それは、新型の幻晶騎士を開発する上でエルが考え出した新しい技術だった。
幻晶騎士というのは、ロボットとかと違ってフレームとかではなく人間を……いや、騎士をそのまま大きくしたような存在という認識だったらしい。
MSとかではフレームとかそういうので機体が構成されていたが、幻晶騎士の場合は筋肉がきちんとある訳だ。
そんな訳で、その結晶筋肉というのを編み込んだのが、網型結晶筋肉な訳だ。
とはいえ、それで全てが上手く行く訳ではなく……腕をその網型結晶筋肉に交換した幻晶騎士を動かしたら、筋肉の方はともかく、皮膚や骨に当たる部分がその筋肉に耐えきれずに破壊されるといった事もあったが。
補助腕。
これは言ってみれば、第3、第4の腕だな。
とはいえ、本当の意味での腕という訳ではなく、言葉通り本当に『補助』をする為の腕だ。
普通の腕のように相手を殴ったりといった事は出来ない。
エルから詳しい話を聞いたところではガンキャノンやガンタンクのように肩から出ている武器を固定するような……そんな形になるらしい。
それならいっそバックパックとかでもいいのでは? と思わないでもなかったが、この世界の技術……幻晶騎士としての技術では、それらが似合っているのだろう。
幻晶甲冑。
幻晶騎士のミニチュア版というか、全身鎧を幻晶騎士風に仕上げたというか。
幻晶騎士が人型機動兵器なら、幻晶甲冑はパワードアーマー的な存在だな。
まだ色々と調整する必要はあるようだが、それなりに有効な存在なのは間違いない。
他にも色々と細かく作ってはいるのだが、現状の目玉はこの3つだと言ってもいいだろう。
……とはいえ、それらがあったからといってすぐに新型が出来る訳ではない。
エルとその仲間達は、今日も元気に新型の開発にいそしんでいる。
そんな中……俺が何をしているのかと言えば、幻晶騎士の操縦訓練だ。
幸いにして、アンブロシウスがエルの祖父を通して、俺に1機幻晶騎士を送ってきてくれたので、それを使って訓練している。
アンブロシウスにしてみれば、俺に恩を売れる機会を逃すような真似は出来なかったという事か。
そして恩を売るのなら最大限にという事か、送ってきたのはカルダトアという幻晶騎士だったりする。
これは現在のフレメヴィーラ王国においては現役の幻晶騎士で、ぶっちゃけた話、ライヒアラ騎操士学園に存在するどの機体よりも性能的には高い。
……ライヒアラ騎操士学園にある幻晶騎士は、基本的に旧式の奴が多いのだから。
それも、かのカルダトアはライヒアラ騎操士学園に送られてきたのではなく、あくまでも俺個人に与えられた幻晶騎士となる。
……うん。やっぱりアンブロシウスはやり手だな。
ともあれ、現在俺はカルダトアの操縦訓練をしていたのだが……
「嘘だろ……何でこんなにすぐに操縦出来るんだよ!」
カルダトアのコックピットから降りた俺を見て、ディーが叫ぶ。
恐らく、自分達が何年も必死に訓練をして、それでようやく乗りこなせるようになった幻晶騎士を、俺が30分と立たずに乗れるようになったのが信じられないのだろう。
ベヘモスとの戦いで傷ついた機体も、アンブロシウスからの配慮で既に完成している。
だというのに、それを使っても俺に勝てないのだから
とはいえ……
「操縦は出来るが、乗りこなすってところまではいっていないけどな」
「それでも十分異常だよ!」
ディーの叫びが訓練場に響き渡る。
ちなみに、この状況を見れば分かる通り、俺に幻晶騎士の操縦を教えるのはディーの役目となった。
やはり生身での戦いで俺が勝ったというのが、この場合は大きいのだろう。
結果として、ディーは俺という存在を認めて敵対的な行動を取らないようになった。
他の面々も俺が実力を示したことで、完全にではないが認めている。
ただ1人……アデルトルート……アディのみが、未だに俺を敵対視していたが。
それでもアディと略称で呼ぶようになったのは、エルがそうした方がいいのでは? と口にしたのが原因だった。
アディにしてみれば、俺はエルと2人の時間を作ろうとするのを邪魔する相手という事になるのだろう。
……まぁ、実際その話は間違ってはいない。
何しろ、エルは暇があれば俺の所にやって来ては、ロボットの話を聞くのだから。
新型の幻晶騎士を開発するのもいいが、本当の意味でのロボット……筋肉とかそういうのがない。ファンタジー要素が存在しないロボットの話を俺から聞くのは、エルにとってこの上ない喜びなのだろう。
俺と違う形ではあるが、ある意味で俺と同じような転生者という存在のエルとは、俺も気楽に話す事が出来る。
ただ、当然ながら転生とか異世界の話とかを、エル以外の面々に聞かせる訳にはいかず、結果としてエルが俺と話をする時は、アディも一緒という訳にはいかなくなってしまう。
アディにとっては、エルが俺と話をしに来ると、自分が一緒にいられない。
それが、余計俺に対する敵対心となってしまうのだろう。
ともあれ、ディーに幻晶騎士の操縦方法を習っていたのだが、結局のところ人型機動兵器。
俺は今まで、それこそ数えるのも馬鹿らしくなるくらいの人型機動兵器に乗ってきた。
その経験があれば、ある程度どうにかするのもそう難しい話ではない。
もっとも、その辺りの事情を説明する訳にもいかないが。
「うーむ。……何と言うべきなのだろうな。正直なところ、僕が教える必要があるのか? という思いがあるのも、事実だな」
「そうか? 俺にしてみれば、協力して貰えるのは助かるんだけどな。……まぁ、新型の幻晶騎士の開発の方に行かせてやれないのは悪いと思ってるけど」
「学長直々に頼まれたんだ。嫌とは言えないさ」
正確には、学長……エルの祖父ではなく、国王のアンブロシウスからの要請なのだろうが。
それをエルの祖父がディーに言わなかったのは、結局のところディーという、言ってみれば士官学校的な存在でもある騎操士学園を卒業もしていないディーに正直なところを教えれば、緊張で色々と問題になると理解しているからか。
ともあれ、俺にとって助かるのは間違いのない事実だけど。
「うーん、でも今のアクセルの様子を見る限りだと、そう遠くないうちに教えることがなくなるような気がするんだよね。……そうなったらそうなったで、お役ごめんになるのかもしれないけど」
お役ごめんになったら、それこそエルの新型機開発に回ればいいだけだろうに。
そうして話していると……
「アクセルさん、ちょっといいですかぁぁぁぁ!」
遠くの方からそう叫びながら、エルが俺の方にやって来る。
「さて、僕はもう行くよ。ここにいて巻き込まれるのは、色々とごめんだからね」
そう言い、立ち去っていくディー。
うんまぁ……その気持ちは分からないでもない。
エルが来た以上、いずれアディもやって来るだろうし。
そうなれば、色々と大きな被害が周囲に出るのは、何だかんだと今までの経験で理解しているのだろう。
それに巻き込まれるのを嫌って、なるべく早くここから離れたといったところか。
「アクセルさん、以前教えて貰ったKMFのスラッシュハーケンですが、武器だけではなく機体を持ち上げたりといったように、移動の補佐にも使えるんですよね?」
「ん? ああ、そうだな。中には切断力を持ったスラッシュハーケンとかもあったけど、基本的にはそんな認識でいい」
「なるほど、なるほど。……実は、幻晶甲冑に似たような武器をつけられないかと思いまして」
「……ああ、確かに」
幻晶甲冑は、KMFよりも軽い。
それでいて、似たような使い方を出来る以上、スラッシュハーケンを使ってもそれなりに向いているかもしれないな。けど……
「スラッシュハーケンもいいけど、幻晶甲冑ならランドスピナーとかもいいんじゃないか?」
使うのに結構な慣れが必要ではあるが、それでも普通に走ったりするよりは素早く移動出来ると思うんだが。
幻晶甲冑の移動方法は、基本的に人間と同じく走るだけだ。
そこにランドスピナーがあれば、走るよりも楽に移動出来ると思ってそう告げたのだが……
「うーん、それは難しいでしょうね。将来的にはともかく、今すぐにというのは……何しろ、時間がありませんし。それに、スラッシュハーケンと違ってコスト面や整備の手間でも……」
「なら、止めるか?」
「いえ、作りましょう」
「……おい」
散々作れない理由を口にしたにも関わらず、エルは何故かそう断言する。
話の持って行き方が、全く理解出来ない。
そう思っていたのだが、エルは俺に向かって口を開く。
「色々と大変そうなのは事実ですが、実際にそれが本当に大変なのかどうかは、試してみないと分かりません。それに、僕ならある程度そういうのにも理解がありますし」
エルのいた地球というのは、俺の知っている地球とは全く別の地球だ。
実際、エルの知っているアニメや漫画、ゲームといった話を聞いたが、残念ながら俺が今まで関わってきた世界のものは何もなかったし。
だが、全く同じではなくても、似たようなアニメや漫画、ゲームといったのはあってもおかしくはない。
そして、エルが覚えている中にはランドスピナーと似たような機構を持つロボットがいても、おかしくはなかった。
……とはいえ、ランドスピナー……いわゆる、ローラースケート的な移動方法を持っている機体は……まぁ、ないことはないが、それでも結構珍しいのは間違いないのだが。
「なら、取りあえずエルの幻晶甲冑にランドスピナーを使ってみて、それでよさそうなら他の面子にも試して貰うってことでいいか?」
「そうですね。それでいいでしょう。……おや」
俺と話していたエルが、ふと視線を逸らして一言呟く。
それを見ただけで、一体何が起きてるのか……いや、起きようとしているのかを理解し、俺はその場から離れる。
「悪いけど、俺は他に用事があった。エドガーからちょっと呼ばれてたから、この辺で失礼するな」
そう告げ、その場から立ち去る。
……そうしてエルの見ていた方に視線を向けると、そこではアディがこちらに向かって走ってきている光景が見えた。
ただし、その視線はエルではなく俺に向けられていたが。
敵意の色が強い視線が。
アディにしてみれば、自分がエルと一緒にいる時間を俺が邪魔しているというのが面白くないのだろう。
……もしかして、本当にもしかしての話だが、実は俺がエルを女だと思って狙ってるとか、そんな風には思ってない……よな?
背後からエルの俺を呼ぶ声が聞こえるが、それを無視して走り続ける。
明確に俺を憎悪しているのならともかく、エルを取り合ってアディのような子供と殺し合いになったりしたら、洒落にならない。
普通ならアディくらいの年齢を相手にしても、俺に本気で戦いを挑んで来たりとか、そういうのは気にしなくてもいいんだが……アディの場合、小さい頃からエルに魔法とかを教えて貰っていたらしく、何でもありの戦いとなるとエドガー辺りとも互角に近い戦いが出来るらしいし。
その辺は、素直に凄いと思う。思うんだが……その矛先が俺に向けられるとなると、若干思うところがない訳でもない。
ともあれ、アディの足止めにはエルを置いておけばそれで十分だというのも、逃げる時に楽な理由でもあったりする。
と、そうして格納庫の方に戻ってくると、そこでは色々な面々がいた。
「アクセル、無事だったんだ」
そう言いながら俺に近付いてきたのは、キッド。
ちなみにアデルトルートをアディと呼ぶようになったのと同様に、アーキッドの事もキッドと呼ぶようになっていた。
で、アディとは違ってキッドの方とはそれなりに友好的な関係を築く事に成功している。
キッドの方は、アディと違ってエルにそこまで強い執着心を抱いていないというのが大きい。
そのおかげで、何とか友好的な関係を築く事が出来るようになったのだ。
「ああ、何とかな。エルを置いてくれば、それ以上俺を追ってくる事はないし」
「……妹が、悪いな」
心の底から悪いと思ってる様子で、俺に頭を下げてくるキッド。
一応、妹に色々と言ってるのは見た事があるのだが、アディにとってはキッドよりもエルの邪魔をする俺の方が重要なのだろう。
重要は重要でも、この場合の重要というのは友好的な意味ではないのだが。
ともあれ、そんな理由でキッドの言葉をアディは聞かない。
「出来れば何とかして欲しいところだけど、そのうち俺がエルを奪い合うライバルじゃないって分かってくれる……時がくるといいな」
「あー……うん。その、まぁ、あれだ。俺の方でも色々と動いてみるから、もう少し付き合ってやってくれ」
同情の視線を向けられるが、取りあえず今はその気持ちを受け入れるしかないのかと思い、俺は視線を空に向ける。
そこには青い空が広がっており……俺の悩みなど、全く関係ないとそう言いたげな様子を示してたのだが……そこに白炎を叩き込みたくなった俺は、決して間違ってはいないだろう。