とある不死の発火能力   作:カレータルト

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学園都市を彼女は過ごす

 

 

 

 

 

 蓬莱人とはいかなる種族なのだろうか、月夜に照らされながら時折八雲紫は考える。

 妖怪と渡り合うがあれらは既に人ではない、かといって同胞である妖怪でもない。

 生きてはいないが死んでもいない、生きていて死んでいるのではなく生きても死んでもいない。

 あれらは生きている事すら許されない存在だ、死からも拒絶された存在だ。

 まるでエデンの園で禁断の果実を食べた原初の人間の様に――ただ一つ違うのはその在り様。

 人となったアダムとイヴと違って、人から成り果てたのが蓬莱人なのだ。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 寮監の仕事は夕方から始まると言っても過言ではない、少なくとも常盤台の寮監の仕事が本格化するのは学校から帰って来た生徒が帰宅してくる頃からだ。勿論それ以外にも書類の整理をしたり保護者の相談を受け付けたり不測の事態に対応できるようにしたりと本当の意味で休む事が出来る時間は少ない。

 うんと伸びをしながら外を見ると段々と沈んで往く陽が見える、学園都市のビル群に沈む夕日ももう随分と見慣れた景色となった。こうして寮から見る景色は外で見るのと一味違って見えるのは生徒達の若さに感化されたのかもしれないし、そうでないのかもしれない。

 

「あ、寮監」

「御坂か、またなにかやらかしたのか?」

「そんないつもやらかしている訳じゃないです!」

 

 多少ぼぅっとしていたらしく目の前に御坂が現れていたことに気付かなかった、迂闊だったな。冗談半分、本気半分で鎌をかけるがどうやら今回は騒動を起こしたわけで無ないらしい。本人は気にしているらしいがこいつは今まで数多くの生徒を見てきた中でも相当なトラブルメーカーだから油断が置けない。

 

「お姉さ……げぇっ、寮監」

「白井、その反応について質問しても良いか?」

「いえいえ! なんでもありませんですの! 本当になんでもありませんですのぉっ!」

 

 突如として御坂の背後から出現したのは予想通り白井だった、嬉しそうな顔からして一辺こちらの顔を確認するとあからさまにその顔を引き攣らせる。あんまりなその急変を一瞥すると出て来た時同様御坂の背後に隠れてしまった、まあ今日はこれ以上の追及はよしておこう。再び御坂の方を見ると物珍しそうにこちらを見ていた。

 

「御坂、その無遠慮な視線は私に何かついているのか?」

「あ、いえ! 寮監がピシッとした服を着ていないのは珍しいなと……」

「今日は非番なんでな、今日は久々に外に出る事にしたよ」

 

 どうやら私が着ているのがスーツではなく私服であることが気になったらしい。外に出ると普通の理由を告げるとその事がなにかとんでもない事件であるかに思えるらしく二人は目を白黒させていた。

 流石の寮監と言えど休みの時間は与えられる、と言うよりも私としては睡眠も食事も取れる以上別に休みが無くても構わないが流石にここはお嬢様学校だ、「頼むから普通の勤務態度にしてくれ」と頼み込まれてしまった、外面と言うのにも気を遣わなくてはいけないのだろう。ともかく、休みを与えられたからには私はそれなりの格好をしてそれなりの行動をしなければならない。

 

「あ、では寮監も“あの店”に行くつもりなんですか?」

「“あの店”?」

「寮監はどうやら知らないようですの」

 

 それから簡潔に説明されるに、最近この学園で名の上がっている焼鳥屋があるらしい。と言っても屋台で出没場所も不定だが中々これが絶品で夜ごとに大人連中が集まるせいで学生が店に入れないとの事だ。

 中々興味深い話を聞かせてもらった、興味深いのはその店主の方だが。御坂曰くそこの店主は屋台の外に出て来たところを誰も見た事が無く、先生に聞いてもその証言は不一致だそうだ。まあ外に出てこないのは中々繁盛しているそうだから忙しいのが要因だろう、だが証言になぜ齟齬が生じるのかが妙に気になる。

 

「とは言っても、出没場所が分からないのはなぁ」

 

 教えてくれた礼を言い学校の敷地を離れる、確かにその焼鳥屋に興味はあるがそれも“見つけられれば”の話だ。『焼鳥屋 富士山』の看板を掲げるその店は全くランダムに出てくる店らしい、規則性があるかもしれないとその店の味に夢中になった有志がルート解析を行っているらしいがどうやら規則性はない様子で、それよりもそんな事に学園都市の頭脳を集結しているという事態の方が色々と深刻だと思うが。

 流石にここは無駄なことはせずに普通の店で食べた方がいいかな、今日は趣向を凝らして中華料理でも食べてみようか。そう思った矢先ふともう沈みかけている夕日の方を向く。何の理由は無くただ“そちらの方を向きたかったから”と、それだけの理由で。

 

 そこに、あった。

 なんの前触れも無く唐突にそれはあった。

 

 郊外から離れた川岸にぽつりと、まるで取り残されてしまった様な違和感を醸し出す屋台が一つ。その中には既に明かりが灯され営業中であることを表している、ふいふいと鼻をひくつかせると焼鳥の良い香りがぷんと漂ってきそうな気がして無意識に足が屋台に出向く。

 

「……あれか」

 

 どうやら今日の夜食は決まったようだ、毅然と歩く私の顔は柄にもなくにやけていた。

 

 暖簾をくぐるとそこはまるで異世界だった、まるで匂いが染みついたように黒い木目は見る者を落ち着かせる、壁には懐かしい映画のポスターやメニュー。タイムスリップしたような感覚に陥って呆然としていた私を「らっしゃい」と若い声が出迎えた。慌てて前を見るとそこには大人にはまだほど遠い少女の姿がある。

 

「ここの主人を出してくれ」

「私が主人だって言っても信じちゃくれんかな?」

「それは失礼した」

 

 どうやらこの少女が今話題の焼鳥屋の主人らしい、てっきり大の大人がやっていると思ったのでどうにも予想外だがなぜだか納得してしまった。「早いね、まだほかのお客さんは来てないよ」と笑う女将はなぜだか私より大人びて見えてしまって、きっと錯覚だろうけど。大人しく席に座ると程なくしてお冷が運ばれてくる、ぐいと飲むとこれが驚くほど美味い、学園都市の水道水どころかお嬢様学校である常盤台でも飲めないような上質の水だ。

 

「どうだい? 初めて来たお客さんはみんな驚くんだ」

「……これは驚いた、どこの水だろう?」

「自然豊かな場所さ、結構苦労して見つけたんだよ」

 

 これほど良い水を持ってくるとは、メインディッシュに対する期待が俄かに高まってきた。女将もそれを分かっている様で注文の一覧が張り出された壁を指差す、あるのはももやねぎまなど捻りのない内容だがそれは自分の焼鳥に対する自信の表れなのだろう。無難に一本ずつたれを頼むとその場で焼き始めた、ジュウジュウと良い音と匂いが何とも言えず食欲を誘う。

 汗を拭う女将の方をちらりと見ると「ん? なんか用かい?」とすぐさま反応される。てっきり焼鳥に集中しているのかと思えば客の話題振りにも対応は出来るらしい。

 

「いや、なんだか予想外でして」

「お客さんはいつもそう言うんだよね、まあ腕は保証するから安心してよ」

「それは……期待しています、とても」

「嬉しいねえ、お姉さんにそんな事言われると張り切っちゃうよ」

「お姉さんだなんてお世辞は久々に聞きました」

「まだまだだよ、そんな自分を卑下しなさんな」

 

 妙に成熟している、話し方や返し方が外見年齢のような幼さを一切感じさせない。女将と同じような外見年齢の常盤台の生徒はお嬢様と言えど皆中学生だ、喧嘩もするし子供のような言い訳も言葉使いもするし大人びているといっても所詮子供の背伸びだ。だがなぜか女将の場合はしっくりと来る、聞いていても違和感を覚えない。

 

「ねぎま一丁お待ち、熱いから気を付けてな」

「ありがとう」

 

 ほくほくと湯気を立てる焼鳥を冷まし、食む。じんわりと染み出す肉の味と甘いたれが程よく絡み合い口の中でしっかりと存在感をアピールする、そして合間に挟まれる葱のしゃっきりとした感触が味に飽きさせない。ああビールが飲みたい、猛烈にビールが飲みたいと思っていればにかっと笑った女将が「お待ち!」とジョッキを差し出してきた。

 時間が経つにつれて段々と人が集まってくる、入りきらなくなった分は勝手に机を持ち出して注文をして飲み食いを始める。女将に聞いたところ「カウンターに座れる人って結構少ないんだよね、なんか話しこんじゃうから回転率悪くってさ」と困ったように笑っていた。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 気が付けば色々と話してしまっていた、と言ってもほぼ愚痴なのだが。酒の勢いもあって口が軽くなってしまうのもあるだろうが何といっても予想に違わずと言うよりも女将は予想以上に聞き上手で引き出されるように話してしまっていた。

女将の方は手馴れた様子で串を焼き、注文を取り、また酒を注いでは客に渡しては接客しながらも手を抜く様子も無く愚痴に対して色々返答してくれるしで成程これは回転率が悪い訳だと苦笑する。もうちょっと、もうちょっとと話しているうちに注文が増えていき客単価が上がるので店にとって不利益ではないのだろうがそれでも恥ずかしい。

 

「常盤台って言うとお嬢様学校だねえ、そこの寮監って凄い事じゃないか」

「お嬢様と言ってもまだ子供ですよ、こちらも何かとうるさく言ってしまって」

「それも生徒の事を思ってだろう?」

「そうだけど……時々厳しくしすぎていないかとは思いまして」

 

 確かに規則は大事だ、規則を守らせるようにするのが私の役目だとは思っている。だがそれに対して反発の目で見られたり、さっきの白井のような怯えた目で見られると疑問に思うのだ。果たして自分はやりすぎていないか、正しい事をしているのかと――。

 

「関係ないよ」

「……え?」

「あんたが何を教えようと正しい正しくなんてものは関係ないんだ」

「そうでしょうか」

「自分の教えた事がその子の未来に絶対影響するなんてことは思ってはいないかい?」

 

 その言葉にはっとした、自分の教えた事の正否は関係ないと。つまり自惚れだと言っているのだ、自分が教えた事が生徒の中で絶対視され将来何らかの影響を及ぼしてしまうなんて考えは私のあまりにも身勝手な思考だと。

 

「子供だって教えられた事を取捨選択するんだ、何を捨てて何を残しておくかなんてそんなの本人が決める事んだから詰め込むだけ詰め込めばいいのさ」

「……そうか」

「おっとごめんよ、なんだか説教臭くなっちゃったね」

「いや、だいぶ楽になりました」

「それなら、良かった」

 

 そうだ、私には私の役割がある、まだ未熟な生徒に規則の重要性を教える責務があるのだ。今まで多少落ち込んでいたのが嘘のように俄然やる気が出てきた、女将は「元気が出た様で何より」と笑って他の客の相談に乗っていた。

 

 不思議な少女だ、物憂げな視線も時折見せる品のある立ち振る舞いも。どこか大人びた話し方も、ついでにもんぺなんて記憶が正しければWW2の服装だがそれを着こなす謎のセンスも、何もかもが少女とはかけ離れているのにおかしいと思わせない。まるで自分より大人な少女だと一瞬ちらりと浮かんだ妙な考えは更に膨らんでいった。

 そしてもう一つ、女将の行動を見ているうちに気になる点が出てきた。女将の能力――発火能力のレベル2だと説明されたがどうしてもあれは納得が出来ない、実際に検査結果も見せてもらったがそれでも腑に落ちなかった。

 

「女将、こっちに皮六本とぼんじり四本!」

「ビール二杯とつくね三本追加で」

「あいよー!」

 

 注文が入るのと同時に女将が指先に火を灯し着火する、確かにレベル2ならあれくらいは容易に出来るだろう。だが私が信用できないのは決して女将の能力がレベル2で高すぎると言う事ではなく逆だ、“レベル2では低すぎる”と思っていた。

 無能力者で能力開発とは無縁の仕事をしていたが常盤台はレベル3以上しか入る資格を持たない能力者学校でもある、その関係で女将の能力を見た時にちらと違和感を覚えた。最初は気のせいかと思ったが二回三回と繰り返されるほどに違和感はどんどん膨らむ。やがて私はその原因に気が付いた。

 

 ラグが無いのだ

 そう、女将の発火能力には“ラグが一瞬たりとも発生していない”これが違和感の正体だった。よく分からないがこれはとんでもない事ではないのだろうか? 通常能力には演算が必要不可欠であると言うことぐらいは分かっている、どんなに訓練を積んでいようと演算と言う1ファクターを挟む以上1秒ないし0.1秒程はラグがある、無くてはならない。

 だが何の予備動作も無く平然と炎を出すと言うのは一体どういったことなのだろうか、例え小さい炎と言えどそこには演算を挟まなければいけない筈なのだが……なんだか難しくなってきたからこれ以上は考えるのをやめよう、女将がどうであろうとこの場にはあまり関係がないのだから。

 

「女将、お勘定」

「あいよ」

 

 なんだか久々に食べ過ぎた気がする、体重が心配だがそこは努力次第だろう。それよりも今日は中々有意義な時間が過ごせたことを感謝するべきだと思う。レシートを見ると予想よりも遥かに安かった、成程これなら常連が増えるのも納得だがお金に心許ない学生が入れないのはなんとかならないのだろうか。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 学園都市には門限が存在する、それは寮であったりマンションであったりと様々だがあまり遅くなると帰宅出来なくなるため大体の学生生徒は夜遊びをせず家に帰ってさっさと寝るなり明日の勉学に備えたりする。

 教員やスキルアウトにはそう言った時間は無いか緩い、だが学生の見本となるべき彼らも当然ながらやるべき事がありそのための休養は欠かせない。つまるところ焼鳥屋もそこまで長くやっている訳では無く客に合せて夕方から夜にかけての数時間でさっさと店じまいしてしまう訳だ。

 まあ、元々この焼鳥屋は収入が目的なのではなく情報収集が目的なので大した利益が無くとも別に問題はない。だがどういった訳だか知らないが連日盛況を究め妹紅は非常に忙しくとも充実した日々を送る事が出来ていた、情報も大分集まるし学園都市内の空気と言うのもこの短期間で十分掴めた実感がある。

 

「ふぅ、今日のお仕事は終わりっとぉ」

 

 屋台を貸し倉庫に格納してシャッターを閉めると妹紅はぐりぐりと肩を回した、流石に屋台はでかすぎて目立ち過ぎるのでこうして無難に倉庫を借りて出し入れする事にしている。路上放置してもにとり特性の“防犯”機能があればまず盗まれないとは思うが死人が出るのも問題だ、なんでロケランなんてつけてるんだよと“防犯”……あくまで“防犯”機能の概要を調べた妹紅は顔を引き攣らせた。

 体を伸ばした妹紅はさっさと帰ってさっさと寝ようと紫が手配した自宅へと足を運ぶ。幸いにも屋台を格納できる倉庫を借りられたのは自宅からすぐ近くの場所だった、自転車等移動手段を持っていないので徒歩で帰れるのはありがたいが――。

 

「ちょっと待てよ」

 

 不意に、妹紅の肩に何者かの手が掛けられる。途端に数人の男が妹紅を取り囲んだ、どう見てもこれはスキルアウトだ。

 スキルアウト、“レベル0”つまりは“無価値”と判断されやさぐれたのが集団を作って大人や能力者へと『反逆』と言う名の体の良い八つ当たりをする集団であるが最近はどうにも集団化されて厄介な存在になっているらしいと妹紅の店常連のスキルアウトがぼやいていた。

 ともかく、そのスキルアウトが数人がかりで妹紅を囲ってにやにやと下衆な笑みを作っていた。その数7人、一人のいたいけな少女を囲うにはちょっとやり過ぎな人数だ。

 

「ちょっと俺たちと遊んで行こうぜ、悪いようにはしねえって」

「待てよ、こいつ中々上玉だからさ……上の方に売れば高くつくんじゃね?」

「その前にちょっと遊んでっても問題ねえよ」

 

 そう言うとまた男達は妹紅をにやにやと見る、思春期の元気盛りな目玉に映っているのは今から自分たちに良いようにさせる久々にありつけそうな上玉。線が細くて抵抗されても一発ぶん殴れば言う事聞きそうだし何しろ可愛い、ブスでも突っ込めれば問題ないがやっぱりやるなら美少女がいいと考えるのは男のサガだ。

 どこかの路地裏に引っ張り込むか、どれぐらいの値段になるか、一番最初は誰にするかの算段を男たちは欲に塗れた目でアイコンタクトしながら考える。その中で一番ガタイの良い男が妹紅の腕を掴み半ば強引に引っ張っていくが特に反応を見せないのを見てますます「これはいけるぞ」と確信した。

 

 だが、欲に塗れているから気付けない――その美少女が面倒くさげな眼をしている事に。

 自分の事しか考えていないから分からない――なぜ特に抵抗もせず、声も出さないのかを。

 

 路地裏の奥に半ば突き出される様に妹紅が突き飛ばされる、続いていやな笑みを同様に浮かべた男が一人、また一人と入ってくる。全員入ったところで初めて妹紅が口を開いた。

 

「なあ」

「なんだよ、言っておくが警察に通報したって無駄だ――」

「舌は引っ込めておいた方がいいぞ?」

 

 その瞬間、鈍い音が響き

 妹紅の一番近くにいた男の体が宙に舞った

 

 少女が獰猛な笑みを浮かべていたのを見る余裕があった者は居ない。

 

 

 

 

 

 一瞬の事だった

 凄まじい勢いで巨体が真横をすっ飛んでいくのを誰もが見たが認識出来ない程の刹那。

 次に響いた“ぼぐっ”と嫌な打撃音とともに二人目の体が地面に沈む。

 それと同時に一人目が地面に叩きつけられ、その音とともに残りの”4人“は事態を把握し始める。

 

 一人目はぶん殴られて自分たちの背後で気絶している

 二人目は踵落としを決められ頭から地面に叩きつけられて気絶している

 三人目は鋭い蹴りの餌食となり壁にめり込んでいる

 四人目が今しがた顎にアッパーを喰らって盛大にぶっ飛んだ

 残り三人になって、あっという間に他が倒されたことをようやく認識した。

 

「な、なあっ……」

 

 突然の事態に対応できず無防備だった五人目が回し蹴りを膝に食らう。

 “みきょっ”と何かが折れる音がして悲鳴を上げる暇も無くそいつは気絶した。その後やってくるだろう凄まじい痛みにのたうつ事が無いだけまだ『まし』と言ったところだろうか。

 

「てめえっ!」

 

 残り二人のうち片方はようやく妹紅を認識したらしくバックステップし守りを固めた。もう片方は腰からナイフを取出し構えた。ようやく認識し始めた恐怖に怯え、ガチガチと歯を鳴らしながら警戒する二人組を見て妹紅は面倒くさそうに頭を掻く。まるでそれらが大した脅威にもならないといった風な余裕で――いや実際全然脅威にならないのだが。

 

「一瞬で終わらせようとおもったけどなー、残ったか」

「うるせえっ! こ、この化けもんが!」

「化けもん? 私能力使ってないけど」

「違げえよ! そういう事じゃねえよ!」

 

 そう言えば私って人間か妖怪かどっちだろうなーと考えながら“線の細そうな美少女”は大きな欠伸をする、一方上玉だと思ったら実はとんでもない化物を引っ張ってきてしまった“ナイフを持った男二人組”は依然として怯えた目つきで妹紅を見る。何も知らない者が見れば真逆の事を思い浮かぶだろう異常がそこにあった。

 

「どうでも良いけどさぁ」

「なんだよ」

「あんまり興奮してると咄嗟に反応できないぞ?」

 

 がっちりと腕を前に組み防御に徹していた男は確かに見ていた、そこに少女の姿がある事を。同時に見たのは一瞬にしてその姿が掻き消えて、認識する間もなくその少女が一足飛びにすっ飛んできて勢いよく腕を振りかぶる。たったそれだけで防御が容易く突き破られ、“みしり”と肋骨の砕ける音とともに男の体が崩れた。

 後に残ったのは、まだ相棒がやられたことに気付かぬまま立ち尽くす男のみ。妹紅がその腹に足裏蹴り――通称「ヤクザキック」をお見舞いする事に障害は無かった。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 もうちょっと手加減をした方が良かったかもしれない、と言うより輝夜と同じぐらいやったらやっぱり拙かったのか。本気でやってたら早速ガチの殺人事件に発展していたかと思うと背筋が寒くなる。

 

「しっかしなー、こっちが夜道を一人で歩いているのが悪いにせよいきなり強姦なんて穏やかじゃないなー」

 

 確かにまああの年頃は性欲が強い、それは分かる。だがそれと所構わず猿みたいに腰を振っても良いかと言うのは色々と違う気がする、と言うより違うだろう。一体この学園都市はどうなっているんだか、慧音なんて連れて来た日には翌日死屍累々の山が築かれていてもおかしくないな。そう思うと私は更生って意味で寧ろ良い事をしたのかもしれない、まあ反省したかしてないかなんて知った事じゃないけど。

 

 さてさて家に帰ってきましたよーっと……あれ、誰かが蹲っている。というよりあのちんちくりんな髪型は間違いなくあいつだな。

 

「よっす、上条少年」

「なんですかもう、上条さんは今不幸まっさいって妹紅さん!? どうしてここに」

「うちここだし」

「あ、隣だったんですか……」

「思わぬところで再会か、結構早かったね」

 

 寧ろ今までなぜ分からなかったんだってレベルだけどまあ仕方ない、私が帰ってくるときには大抵隣から寝息が聞こえて来たし、店の関係で家を出るのが昼過ぎだからその時には学校に行っているだろうし。つまりは今まで奇跡的に隣と話す機会が無かったって事だよ、うん。隣の表札を確認しなかったかって? 察してくれ。

 

「ちなみになんでこんなところで蹲っているんだ上条少年」

「鍵を……」

「失くしたんだな、それで家に入れないと」

「うぅ……折角財布見つけたのに」

「じゃあ私の部屋に来るか? 明日の朝大家に鍵の事を言えば何とかしてくれるだろ」

「えっ」

「まあ変な事をしたら燃やせばいいし」

「……えっ」

 

 がちりと扉を開いて手招きすると上条少年は顔を若干赤くしながらもぞもぞし、やがて意を決したように入ってきた。そりゃ戸惑う気持ちはわかるが安心しろ、何も起こらないから。別に他意がある訳では無く単純に私が外で着の身着のまま野宿をする虚しさを体験済みだから、それも何度も。

 外を見る、不意に何かが走り去る影を見た気がするがあれは猫だろうか。「妹紅さんの部屋って俺以上に何もないんですね」とか失礼な言葉が背後で聞こえたので絞めに行こうと私は扉を閉じた。

 




 妹紅が強すぎかもしれないけど、良く考えたら輝夜と同等じゃなきゃ太刀打ちできないから当然の結果かもしれない。

 P.S. 焼鳥はかわが好き

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