とある不死の発火能力   作:カレータルト

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初春チャレンジ

 

 

 

 覚悟をせよ、されば力を与えん

 

 お前に足りぬものをやろう、欲すればその都度与えてやろう

 運命すらも切り裂く一騎当千の武力を

 遍く敵を燃やし尽くす暴力を

 いかなる状況でも決して引かぬ胆力を

 くれてやる、くれてやる、おおくれてやるとも

 

 だが覚悟をせよ、その力に呑まれぬよう

 もはやお前を殺せる者は、お前以外に存在しない

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 『虚空爆破事件』の犯人はその能力以外には全く目星がつかないらしい。物騒な事だと、妹紅はジャッジメント177支部の窓から見える空を臨みながら考えていた。

 

 

「お姉様ぁ! やっぱりこの黒子が付かず離れず隣に居るべきだとぶべらぁっ!?」

「連絡はありがたいけどそこが余計なのよあんたはっ!」

 

 

 あの後、血相を変えて文字通り「すっ飛んできた」白井黒子がてんやわんやを持ち込んだりもしたが、ともかく二人の無事を確認した彼女は妹紅と美琴に対してジャッジメント支部まで同行するように頼んだのだった。

 自警団をやっていたこともあり、こういった時にどうするべきか知っていた妹紅と普段からジャッジメントと関わりのある美琴なのでスムーズに移動する事ができ、ついでに近くの支部ではなく黒子や初春が在籍するいつもの場所へとやってきたのだった。

 

 きたのだが

 

 

「……あの二人、仲がいいねぇ……」

 

 

 現状、妹紅そっちのけで美琴に絡みに行く黒子のせいで本来するべき事情聴取が完全に置き忘れられていたのだ。

 数時間にもわたる愚痴を叩きつけられた妹紅であったが、その内容を詳細にではなくとも要点は掴んでいる程度に聞いていた、ただ受け流して相槌を取るだけにしないのは人間をやめてどれだけ経とうとも未だに続く妙な律義さの賜物だが。

 

 その中には当然「白井黒子がどれだけ自分に気を掛けるか」と言う話題もあり、妹紅がその――オブラートに包むのだとしたら白井黒子が御坂美琴に対して『並々ならぬ、情熱的な、かつ背徳的でもある』感情を抱いていることは察していたが、いくらなんでもあそこまで直接的だとは思っても居なかったため苦笑するのみだったのだ。

 

 

「あはは……なんだかごめんなさい、藤原さん」

「大丈夫、白井の嬢ちゃんがその、そうだって事は察していたから驚かないよ」

「多分御坂さんが男性だったとしてもああだったとは思いますけどね」

「初春、さっき頼んでた本が届いたみたいだから机の上に置いておいたよ」

「ありがとう佐天さん」

「お礼はスカート捲り一回で!」

「へぇぁっ!?」

 

 

 あれぇ、この二人もそういう仲なのかな。

 

 言外にそんな事を問いかける妹紅を、初春は両手を振ることで必死に否定する。佐天にとってスカート捲りとは一種のスキンシップであり、精神安定剤であり、まるで歯を磨くのと同じぐらいの感覚で行われる困った習慣の一種なのだ。それで初対面の――少なくとも直接的には初対面の相手に誤解されるのは避けたい事態だった。

 

 

「それで、初春の嬢ちゃん……だったよね?」

「はい、私が初春飾利でこれが佐天涙子と言います」

「二人ともジャッジメント?」

「いえ、私だけです」

「……ふ、二人とも能力者?」

「ううん、初春は能力者だけど私は無能力者」

 

 

 この件について軽々しく触れなかった方がよかったのだろう、妹紅の額に汗が滲む。彼女はは察しが良い方ではあるが地雷を察知するのは鈍かった、どうしようもないほど鈍かった。

 学園都市において能力の話題は鉄板であると同時に特大の地雷にもなり得ると言うこと、それを理解するのがほんの僅か、けれども致命的に遅かったことを彼女の理性が告げるのは、飄々とする佐天と言う少女が明らかに沈んだ目をしたからだ。

 

 流石に、無責任に聞き過ぎた

 

 またやらかしたと、今日は良いところがあまりない妹紅であるが。

 落ちこむ佐天を見て、申し訳なさ気に目線をおとす妹紅であるが。

 

 

「……なーんて、ねっ! ―――おほっ、水と白の縞かぁ……そそるねぇ」

「ひゃわぁっ!?」

 

 

 急に初春のスカートを捲り上げる、正面の妹紅からは見えないが大層余計な事に教えてくれたので大体を知る事ができた。それと同時に、先程までの沈みようが嘘のように初春をからかう佐天は、驚いた様な妹紅と目線が合うとニカッと笑って。

 

 

「気にしてちゃ、何も始まらないからね」

 

 

 それだけだった

 それだけで、妹紅は彼女に負けた気分になった

 

 

 

 

 

 そんな事もあったけれど、事情聴取は恙なく迅速に終わった。そもそも、元よりこの連行は黒子たちが腹に一物抱えてのことだったのだから、その建前たる形式上の儀式には時間を割かない方が効率的なのだろう。

 

 

「さて藤原さん、藤原妹紅さん、私は貴女を知っています」

「そりゃこうして会ったんだものね」

 

 

 無論、初春の発言がどういう意味であるかを藤原妹紅は知っている。

 当然、妹紅の返答がそれを理解している上でだと初春飾利は理解した。

 それ故、それ以上は単刀直入に、飾り気もなく。

 

 

「あなたのデータベースを調べました、名前と能力のみが分かりました。逆に言うなればそれ以外は分かりませんでした。はっきりと言うなればそれ以外の情報にはプロテクトが掛かっていたのです、これ以上の閲覧にはセキュリティクリアランスが必要だと」

 

 

 当然、そんなものを初春が持っているはずがない。当たり前の話だった、なぜならばそのプロテクトは一から十までが、表層から最深部までが、全て八雲家謹製のものであるのだから。幻想郷の賢者である八雲紫、彼女が『式を操ることに長けた式』として組み上げた愛娘たる八雲藍。彼女が主人に「とにかく頑丈なのを作れ」と言われて作成したのだから、その堅牢さは常人ならば発狂するやもしれん、ある種の狂気に満ちたそれであった。

 

 だが、真に悪趣味であるのはその堅牢さではないのだ。

 

 

「パッと見ではただの、学園都市内ではよく見かけるそれでした。目を閉じても潜入できるぐらいに慣れているコードです、少しばかり妙な違いはありましたが違和感なく突破できた――いえ、突破できたと思っていたんです。」

 

 

 藤原妹紅の情報を覆っていたのは、ごく一般的なセキュリティ・コード。秘匿性が高い訳でもなければ低すぎる訳でもない、個人情報を護るのには適当なそれ。他の生徒であれば隠すまでもない年齢や両親の情報まで隠されていることは気にはなったものの「どうせ突破できる」と気にもしなかった。

 その解除方法が特殊で、“突破”というよりも“開錠”のような方法を取らされたことは腑に落ちないものの、それを突き抜けるのに一分という時間は余りにも長過ぎた。

 

 

 

 そして、『守護者』は見る。

 

 

「驚きました、ただ驚愕したんです。」

 

 

 人知を超えた、幾数多も折り重なり流動する狂気じみた式の羅列を。一見すると乱雑なだけのそれが、ほんの少し凝視するだけで感服する程に緻密に練り上げられている芸術品にも等しい美しさを持っている事に。

 それは古代ギリシアの神殿が如く荘厳で、幾何学模様のように無駄の一切を削ぎ落とした美しさを持っていて。それでいて糸の端が見える毛玉のように、「解いてみろ」と言わんばかりの道筋が見えるようで。

 

 

「疼いたんです、気付けば寝食を忘れて解いていました」

 

 

 差し出し人不明の挑戦状を、初春飾利は受けた。既に学園都市でも最高峰のハッキング技術を有していた彼女は、いくらその内心まで優しく用心深い性格であったとしても、ほんの少しは驕っていたのだ。その能力に対しては少なすぎる程の傲慢ではあるが、彼女はいつしか「自分に出来ないことはない」と思っていた。

 

 それはあながち間違いではない、ただし彼女が挑戦したのは人間の常識では計り知れない相手だったと言うだけだ。

 

 

「ある程度の階層までは持っていた知識でなんとかなりました、それが応用すればどうにかなるレベルまでになって……やがて、今持っている知識ではどうにもならなくなりました」

 

 

 キーボードが止まった時、彼女は絶望なぞしていなかった。

 自分はまだこの問題を知らない、まだ解き続けていられる、挑戦していられる。

 

 その為には新しい知識を手に入れるべきだ、自分が今まで見向きもしなかった方向の知識を、忘れ去られていてもおかしくはないほど古い知識を。その全てを使って、全力を使って、それでこそこの壁は乗り越えられるだろう、乗り越えられるはずだと――なぜか、そう強く実感していた。

 

 もはや当初の目的を忘れて、初春はパズルに没頭した。親友である黒子や佐天に迷惑を掛ける事はあったけれど、難解な問いにぶつかってはそれが突破できた時と言ったら脳味噌が蕩けそうなぐらい至福の瞬間だった、まるで麻薬の如くもっと強い高揚が欲しくなるのだ。

 

 

「私は、これを作った者が知りたいです」

 

 

 ただ、それが知りたくなったのだ。おおよそ人間には練り上げられぬ、まるで計算そのものが存在意義のような誰かが作ったのに違いない。そしてそれを知っているであろう者は、唯一の繋がりにして手掛かりは、どの段階においても藤原妹紅ただ一人なのだった。

 

 

「……知りたいと」

「藤原さん、あなたならば知ってるんじゃないかって思って」

 

 

 それが、初春が黒子に妹紅ごと美琴を連れてくるように頼んだ理由。彼女にとって唯一の手がかりである藤原妹紅、その正体にはもう興味を示さなくなっていたけれど、ただその裏に居る誰かが気になって仕方なかったのだ。

 

 その眼差しは射抜かんばかり――といった鋭いそれではない、期待を万全に込めた媚びたものでもない。それは初春飾利の人となりを表すかのように、真摯で真剣で、あらんかぎりの誠意を込めた眼差しだった、それはつまり妹紅が最も苦手とするタイプではあるのだが。

 

 

「……えっと、なんて言ったらいいか分からないな」

 

 

 更に言ってしまうと、この問いは妹紅にとって中途半端に問いに苦しむものだった。なぜならば、妹紅にとってそもそも「自分の情報にそのようなプロテクトが掛けられていた」こと自体が初耳であるからだ、どうしたって言葉に詰まる。

 

 

(――しかもこれ、多分八雲のどっちかがやったんだよな……それも十中八九従者の方。あっちってこういうことになると遊び心満載で掛かってくるし、教育の事になると紫は無慈悲かって思うぐらいだし、『谷に落としときゃいいじゃない』とか言いかねないし)

 

 

 教えてくれと言われても、そうなると厄介だ。そもそも幻想郷の事は教えられないし、妹紅と藍とでは接点があまりにも少ないから説明のしようがない。けれども、真剣な目に弱いのだから何かを教えてやらねば申し訳なくなる、こっちの方がよっぽど詰みだった。

 

 

「そうだな……事情があって多くは喋れないけれど、確かに知ってるよ」

 

 

 だから、慎重に言葉を選ぶ。さっきのような間違いは犯したくはないし、余計な混乱も生みたくはなかった。ついでに、これ以上の言及から逃れたかった――これが一番である事は言うまでもないだろうけれど。

 

 

「どうすれば会えるかも、知っていますか」

 

 

 その言葉にも、数秒を使った。「知らん」と言ってしまいそうになるのを、首を横に振ろうとするのを我慢して、けれども間違いではない言葉を探して。

 

 

「多分、今だって嬢ちゃんの事を見ている」

 

 

 それは間違いではないのだろう。妹紅の記憶の中の八雲藍はそういった妖怪だった、絶対的に弱者を虐げるよりも、そこから這いあがってきた者を丁重に客人として迎えるタイプの妖怪だった。強者故の余裕というか、その余裕を持ってすらも大抵の存在は大した敵ではないのだろうが。

 

 それは事実、半分ほど当たりではあった。

 だが八雲藍は現在、あぶらあげを堪能しているので式は切ってあるのだ。

 

 けれども、その半分で十分だった。どこかほっとした顔で、けれども少しだけ恨みがましい顔で、初春はパソコンを見る。

 

 

「全部解いたら、会えるでしょうか」

「そうしたら、あいつはきっと自分から姿を現すだろうよ」

 

 

 こればっかしはノータイムで、間違いのない事だと確信していた。

 

 

「――そうですか」

 

 

 初春のどこか納得した表情を見て、自分は満足のいく答えを提示できたのだと確信していた。

 

 

「――ところで佐天の嬢ちゃん、なんでこっち見てるの」

「スカートじゃない……!?」

「佐天さん、初対面の人のパンツを見ようとするのはやめてください」

「ちっ、違うよ初春! ただスカートが似合うなぁって」

「それにあれだよ嬢ちゃん、履いてないし」

「えっ」

「えっ?」

「……ふふふ、冗談だよ」

「あ、なーんだ妹紅ちゃん。驚いちゃったよ!」

「もうっ、本気にしちゃうからやめてくださいよそういうの」

「ごめんごめん、ついからかいたくなっちゃって」

 

 

 笑いながら冗談とは言ったが、一瞬だけ妹紅の顔が真顔だったこと。それを見た二人が「やっぱりあの発言はマジだったんじゃないか」と思うようになるのはその夜のメールでのやり取りでの話である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 初春と佐天の嬢ちゃん達と話をした後で、美琴と話でもしたかったけれど黒子の嬢ちゃんが未だにしつこく「やっぱり寝食行動ともにすべきだ」とか鼻息荒く説得するのは気が引けたので、そのまま帰ることにした。

 

 

「……なし崩し的にメールアドレス教えて貰っちゃったけど、いいのかなこれ」

 

 

 レベル5の連絡方法なんてそうそう簡単に手に入るものじゃない、私にとって彼女はレベル5でもなんでもなく、ただの御坂美琴だったとしてもだ。利用するつもりはさらさらないし、そもそもほとんどの厄介事は自分で解決できる。

 

 大事なのはそうではなく、彼女が私にこれを教えてくれたということ。

 

 

『だって友達じゃない、違う?』

 

 

 私の手から携帯を奪い取ってアドレスを押し込んだ彼女は、それ以上の理由は必要ないって顔をしていた。

 上条の坊主と一緒に居る時に見た彼女からは想像もつかないぐらい頼もしい顔だった、多分彼女の素はあれなんだろう。付いていきたくなるようなカリスマ性というか、根拠のある自信からの力強さというか。

 

 最低限から鍛え上げた、その努力こそが彼女にとって確固たる、いかなる状況にあっても揺らがない精神に繋がっていた。

 自分の足で立って歩いてきた、その道程が彼女の矜持だった。

 

 上条が絡むときだけ別なんだろうなって、そう思うと微笑ましい。

 恋する乙女だ、私がとっくのとうに……いや、そもそも自分から捨て去った青春なんてものを謳歌しているのがなぜだかとても嬉しくなる。

 

 

(ああ――多分、私は彼女の事が好きなんだろうな。)

 

 

 恋愛ではない、そのさっぱりとした人となりへの好感。

 無力の歯痒さを知った、同じ道筋を辿るものへの共感。

 そして私では成しえなかった、人の身で頂点へと至った少女への羨望。

 

 少しばかり、頬が緩んだ。

 

 

「っていけない……もうこんな時間じゃん、また黄泉川に怒られるのは勘弁だ」

 

 

 学園都市が夜になるのは非常に早い、それは時間的な意味ではなく人気がなくなると言う意味だけれど。

 昼間は学生やら教員が道を埋め尽くさんがばかりに歩いていたメインストリートも、幻想郷では夕方とも取れる時間になれば既に閑散を通り越してしぃんと不気味なまでに静寂としている。

 最初はあまりにも静かだから不気味にすら思ったけれど、今ではもうすっかり慣れてしまった。静寂が怖いなんて幻想郷の環境に慣れ過ぎたなとは思って苦笑したのを今だって覚えていた。

 

 私が長い間慣れていたのは、この静寂だったはずだ。

 それを忘れさせるほどに、あの場所は私にとって優しすぎて、暖かすぎる。

 

 

(ま、この学園都市も十分すぎる程にぬるま湯だけどね。)

 

 

 くすりと笑えば、まるでその音が静寂に響き渡るようで照れくさくなる。

 なんだかんだ黄泉川は優しいし、友人も出来た――ちなみに神裂とは国際電話で偶に喋る仲だ、魔術の秘匿とかで内容は取りとめないことだけど。

 

 それに居酒屋を経営している最中に電話番号を教えてくれる人もいるし――中にはその、下心剥き出しのも居るけれど営業スマイルで丁重にお断り、やっぱり教師ってそっちの嗜好を持っているのが居るのだろうか。最近ではどうにも不安定そうな白衣の人と知り合いになった、確か名前は―――――

 

 

 

 

 

 

 不意に、香るは微量の腐臭

 鉄の香り、眉を潜める程の微かな違和感

 

 私が、ある時に嗅ぎ慣れてしまった血の匂い。

 

 

(――喧嘩かな?)

 

 

 そんな思考が走るけれど、それが現実逃避でしかないことは理解していた。

 ただの喧嘩でここまでの匂いがする訳がないのだ、間違いなく死体の一つや二つ――それも相当に酷いのが転がっているのに違いない。首ちょんぱならまだ“まし”で、腹が切り裂かれている事ぐらいは覚悟をしなければいけないぐらいの。

 

 

(うっへぇ、やだなぁ……関わらないでおこう)

 

 

 その昔の荒れていた時期ならまだしもだ、今はもうそういった余計な事に首を突っ込みたくはなかった。

 

 ただでさえ目立つなとか言われてる割には裏で色々とやらかしちゃってるし、これは私の勘だけどここで余計な行動をしたらまた妙な事に関わることになると思うんだ。だからここで正解なのはこのまま何も知らない顔をして通り過ぎる事で――その匂いの発生源が、まさにその、隣の路地裏から匂ってこなければだけど。

 

 

(――――こういう時、見ようとしちゃうのは悪癖なのかね)

 

 

 見るだけならセーフだと思ってしまうだろう、やることといえば首を横に傾けるだけだ、気持ちの悪くなって帰るだけの――多分大丈夫、見るだけなら大丈夫と思ってしまう。興味、好奇心、果たしてどんな不憫な事になっているのかって、野次馬根性。

 

 私は横を見る、もしくは視線を傾ける。

 それはほんの僅かな動作、風すらも動かさないぐらい微かな挙動。

 

 

 

 

 

(――――あれ?)

 

 

 

 

 しかし忘れていたのだ、愚かな私はすっかりと。

 運命の歯車は、その微かな衝撃で動き出すことを。

 

 

 

 

 

 

 

 不幸な事に、それは死体だった

 不幸な事に、どうにも腹に空いた大穴から臓物を撒き散らしたらしい。

 不幸な事に、傷はそれだけだった

 

 つまりそれは、私がその顔を確認するのには、その死体がさっきまで元気に喋っていたあの少女と酷似していることに気付くには十分すぎたということ。

 

 

「み……美琴っ!?」

 

 

 慌てて駆け寄る私の頭の中からは、既にこの件に関わりたくないと言った思いは消失していた。だってそうだろう、友人がこんな死体になっていて黙っていたり動揺したりしない奴なんてとんでもないろくでなしだ、くそったれだ。

 

 白いモンペが朱で染まるのも躊躇わず、私はその肩を抱いた。死んでいることは明らかだが僅かにでも息があれば、意識があるならば、何かを聞きだしたかった。

 

 

「おい、大丈夫か――ぁ?」

 

 

 そうして、気付く。

 こいつは御坂美琴ではない、彼女よりも体躯も顔立ちも幼いのだ。

 見知らぬゴーグルをつけている点もそうだし、なによりも気が異なる。

 

 御坂美琴が持つ圧倒的なそれを、腕の中の死体は一切持っていなかった。

 それが私を、いっそう混乱させる。

 

 

(だとすると、こいつは一体何者だ?)

 

 

 御坂美琴ではない、けれども顔立ちは完全に御坂美琴だ。

 似ているなんてレベルじゃないし、似せたとしてもここまでは似ないだろう。

 

 けれども、ならば、これは一体全体どういうことだ。

 

 

 

 

 

 

 混乱の極地にあっても、長年の経験が意識の全てを目の前だけに向けるのではなく、寧ろ感覚の触手を周囲のありとあらゆる情報を掻き集める方に注力させていた。

 

 その内の一本が捕える微かな着地の瞬間、コンクリートと靴が接触する音。

 

 

(どこだ――いや、あのビルの屋上……?)

 

 

 果たしてそこに、“そいつ”は居た。

 まるで当然のことのように、当たり前のように、その場所に佇んでいた。

 

 死神だと、私はその影を見た時に直感した。

 理由は知らない、けれどもそのあまりにも細いシルエットと、月明かりに照らされたそれが恐ろしいまでに白いのを見て、なぜだかそう連想したのだ。

 

 向こうもこちらに気付いているらしい、そもそも最初に意識を向けてきたのは私ではないのかもしれない。結果として私達は夜の静寂の中、お互いの輪郭すらもぼんやりとしか見えない距離で、ただ何をするでもなく見合っていた。

 

 紅い瞳に、白い姿

 それだけだが、私は直感する

 

 迂闊に声も発せないぐらい、こいつは強い

 こいつの上はどれぐらい居るのか、間違いなく十人は居ない、五人いたかも怪しい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私達は、ただ見合っていた。

 私は、ただ見ていた。

 

 そいつがいつの間にか姿を消して、その場所がただの虚空になった後も。

 誰かの死体を抱いて、私はただその場所を見ていた。

 

 

 

 

 

 




妹紅「なんやあいつ……目は紅いし姿は白いな」
??「なんやあいつ……下が赤くて上は白いな」

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