とある不死の発火能力   作:カレータルト

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おでんの美味しい季節だね


御坂グラビトン(下)

 

 

 誰も私を理解できない

 自分ですら、もうよく分からないから。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 まるで何かに導かれるように蓬莱の薬を服用し、不死の身へとなり果てた私を待っていたのは、それまでよりも遥かに過酷な現状だった。

 

 

(……ああ、くそ……寒いわ。)

 

 

 死を恐れぬ体になったとはいえ、同時に私にはそれ以上の特別な点が何も無かった。

 大人のような体躯を持っている訳ではなく、更に男のように少しでも逞しい訳でもなく、戦闘経験が豊富である訳でもない。

 

 身長は高い訳じゃない、食事には困らなかったとはいえ女子であることは変わりなかった。体つきは華奢だ、骨は軽く叩かれただけで折れてしまいそうで、筋肉なんて当然ついてない、体力だって山を登るどころか三時間も歩けばもうすっからかんだ。

 

 私は、弱い。

 

 それを意識した事なんて今まで一度も無かったし、私がまともな貴族の娘として敷かれてきた道を歩んでいたならばそれでも全く問題はなかったはずだ。

 箱入り娘として育って、親の決めたどこかの殿方に嫁いで、子供を産んで一生を終える。普段の生活なんて日がな詩歌を読んだり貝合わせをしたり――体力の必要な事も蹴鞠が良いところだろう。戦いなんて誰かがやってくれるし、恐怖におびえる事も日々の生活が脅かされることも経験しなかったはずだ。

 

 

(――傷の治りが遅い……いつもながら、不死と言っても不便なものね……。)

 

 

 いかに、私が弱いか。

 違う、私の居た世界がどれだけ弱くて、それを補うために誰かに守られていたか。

 

 ぼろぼろになった体で、冷たい冬の雨に降られながら、曇天を見上げながら動けない私が考えられる事はそれぐらいだった。

 他の事を考えられないぐらい、惨めな気分だった。

 

 

(腰の骨が直るのには他より時間がかかる……ううん、普段から折れる手足の直りが早くなっているのかも。)

 

 

 貴族の安穏とした社会から後先考えずに飛び出してきた私が直面したのは、現実だった。

 お前はどうしようもない弱者だと、虐げられる方の存在なのだという事実を突きつけられた。

 

 

(――っぐ……あいつら、ただじゃおかない――っ!)

 

 

 都より一歩外を出れば、そこにはほぼ整備されていない街道があるだけ、頼りになるのはただ月の光のみ。更には表だって歩く事ができない私が選んだのは、一寸先すらも見えない森の中だ、そこに潜んでいるものはすべて私の敵だった。

 

 動物は暖かく弱い私で飢えを満たすために襲い掛かってくる、大型の肉食獣は勿論だが野犬や狐もそうだ。喉元から食らいつかれ、腹の中で暴れまわるしか出来ない恐怖。凶暴な獣たちの群れに四肢を貪られ、生きたまま肉体を欠損していく絶望を知った。叫んでも無駄だ、媚びても泣いても奴らは許してはくれないのだ。

 

 人間も私の敵だ、理性がある分話せばわかる? 馬鹿な、あいつらはどうにかして私を陥れようと躍起になる。親切にされて騙されて――ああ思い出したくもない、何度破瓜の血を散らしたのだろう、頭の中に浮かぶだけで吐気がする。物好きな奴らに買い取られ、奴隷とされそうになった時は死ぬ気で脱走する羽目になった、勿論死ねないのだが。

 

 そして、妖怪――

 

 

(妖怪……あいつらが、一番厄介)

 

 

 人の空想が生み出したただの御伽噺だと思っていたが、あいつらは本当に存在したのだ。獣よりも獰猛で、人よりも狡猾で、それ以上に強力で残虐な存在。種類も大きさも様々であるが、共通して言えることは一つ。『見つかったら逃げられない』と言う絶望があるのみ。

 

 さっきもそうだ、理性を有する妖怪が数体に見つかった。

 甚振られて虐げられて嬲られて辱められて――何も出来なかった、その間ずっと死んでは生き返ってを繰り返して耐えている他はなかった。

 

 

(あれ以上、玩具にされなかっただけ“まし”――なの、かな。)

 

 

 嗤っていた、あいつらは笑っていた。

 死んでも死にきれず、生きても殺されて、無様に転がる私を見て。

 

 

『イッヒ、ヒーッヒ! 見ろよ、気持ち悪い』

『ぐふ、ふふっ。珍しい人間も居たもんだ』

『俺らよりもずっと化けもんだな、退治せにゃぁなぁ』

 

 

 やがて思いつく殺し方を全部やって、私の回復が目に見えて遅くなったのを見て崖から蹴り捨てられるまでずっと、耳に残る高い嘲笑と、こびり付く様な寒気のする薄ら笑いと、空気の漏れる様な含み笑いと。今もまだ回復を待ちながら、頭の中で何度も何度も反響して。

 

 

(――――悔しい)

 

 

 手のひらを握る力も、残されてはいない。

 

 世界から抜け出した私は弱かった、見上げる事でしか全てを望めなかった。

 いっそ死んでしまおうかと思っても、私が唯一持ち出した罪がそれを阻む。

 死へと逃げ出す事は出来ない、けれども生きていくことも出来ない。

 

 自分は憐れな小娘に過ぎないのだと、笑われていた。

 今もそうだ、まだ逃げ出せる体力も無い私の周辺に気配が感じられた、血の匂いと肉の匂いから獲物が居ると察知した獣達だろう。

 この世界で弱者は虐げられ、強者の養分となる他はないのだ。食らいたければ強くなればいい、それができなければ群れればいい。

 

 私には頼りになる力がなにもない

 私と同じ化物は、この世に居ない

 

 

(……惨めで、孤独ね)

 

 

 ガサ、ガサガサッ

 

 気配が強くなってくる、私を見つけようと彼らは必死なのだ。

発見されればもうそこで終わり、あとはひたすらに肉体を貪られる激痛と屈辱に耐え忍ぶしかない。

 本当に笑える状況だ、それでも笑いが込み上げてこないのは感情すらも抜け落ちてしまったか。

 

 

(ふふ、ここで死ぬのならば笑えたんでしょうけど――全然、笑いごとでもなんでもないもの。)

 

 

 寒くて、孤独で、惨めだ

 もうだいぶ慣れてしまったけれど、こんな調子であいつを殺せるのかな―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――誰ヲ?

 

 ――――ソもそモ私ハ、何デコンな惨メナ目に合っテルんダ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ズグッと

 

 その瞬間、世界が別のものに変ったような感覚を覚えた。

 

 

(…………そうよ)

 

 

 諦めにまどろんでいた意識が覚醒した

 かっと、熱を持ったように思考が回転を始める

 

 

(なんで私、不死になったのか忘れてたじゃない)

 

 

 その目的は一つだけ、たった一つの目的の為に私は大罪の果実を齧ったのだ。

 父の仇を打つ事、父を誑かして嘲笑ったあの女を毛一本残さず殺し尽くす事。

 

 その名は、その絶世の美少女が名は

 

 

(蓬莱山 カグヤ――――――ッ!!)

 

 

 その名を想起した瞬間、私の中に一つのイメージが浮かんだ。

 それは火焔、立ち昇り天井すらも焦がす煌めき揺らめく絶対的な灼熱。

 

 

(そうよ、私はあいつを殺しに、殺しに来たんじゃないの……っ!)

 

 

 なにを呆けていたのだろう、私は。

 何の力も持たずして、あの化物に勝てると思ったのだろうか。

 

 両方を知る私は断言できる、あれは人の身に非ず、妖怪の身にも非ず。

 あの瞳に覗かれた時、理解したのだ――あれは人の様で違う、人の形をしたもっと別次元の存在だと。

 

 それを殺すにはどうすればいい? 私はどうしなければいけない?

 

 

(――力が、必要……あいつを殺せるだけの力が――力が、欲しいの!)

 

 

 曇天の滲んだ空に、ちりちりとした朱色が混じったのを確かに見た。

 熱い、体が焦げるのではないかと思える程熱い――ちりちりとした音がするたびに、焼けつくような痛みが体中に走るけれど関係ない、この程度の痛みは慣れている。

 湧き上がる力はどこから沸いて出たのか分からない、けれども今はそれが狂おしい程に嬉しい、ケタケタと笑い出したくなるぐらいにおかしくて。

 此方を嗅ぎつけたらしく集結した獣たちが、食料の発見に歓喜していた畜生共が、なぜだかこちらを見て怯えているのが滑稽だ。

 

 

(どうすればあいつを絶望させられるの、どうすればあいつを残虐に殺せるの、生まれてきた事すらも後悔させられるの? 誰でも良いから教えてよ、私はあいつがどう死ねば満足してくれるの!?)

 

 

 憎い、憎い、蓬莱山輝夜が憎い

 父親を奪ったあいつが憎い、つんと澄ましたその態度が憎い、無理難題を吹っかけるその余裕が憎い、他人の失敗を嘲笑うその性格が憎い、帝にも寵愛されるその美貌が憎い、その癖それを断る対応が憎い、何もかもが憎い、憎い、憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イッ!!

 

 

(ただ殺すのでは満足しないわ、じっくりと自分が死んでいくのを実感させてやる! 焼き殺してやる!)

 

 

 あの綺麗な黒い髪を燃やしてやれば、きっと長い間燃え続けてくれるだろう。

 着物も良く燃えそうだ、脱ごうにも皮膚に張り付いて下手に剥せば面白そうだ。

 喉が焼け爛れれば、泣き叫ぶ声も助けを求める声も掠れて聞こえないだろう。

 眼球の水分さえも蒸発すれば涙すらも流せず、張り付いた目蓋はさぞ痛いだろう。

 

 あの体が、あの顔が、あの存在が蝋燭のように燃えるのを見るのは、どれだけ愉快なのだろう。

 

 

(あは――はは、はははっ……凄い、どんどん力が湧いてくるわ――!)

 

 

 怒れば怒る程に、身を焼く炎は骨まで炭にしそうなぐらい熱くなる

 憎めば憎む程に、立ち昇る業火は月まで届かんが如く大きく激しさを増す

 

 もはや身を焼く痛みなぞは感じない、あるのはただ法悦に至らんばかりの悦楽のみ。

 燃え盛りながら立ち上がるのを見ているのは、恐怖のあまり逃げ出すことすら忘れた憐れな供物。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――なんだお前ら」

 

 

 地の底より響く様な声に、わうわうと気の抜けた声しか出す事ができず。

 その場に倒れ込むもの、気絶するもの、失禁するもの――ただ一匹、群れのリーダーらしき大柄な影が燃え盛る少女だった者に飛びついて。

 

 

「邪魔だから、消えなよ」

 

 

 手を振る、その動作だけでそれは火柱へとなり果てる。

 記念すべき、第一号の犠牲者となるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 なんだか、懐かしい夢を見ていた気がする。

 私が私になった時のこと、“名もなき少女”が“藤原妹紅”になった瞬間の事だ。

 

 

「……聞いてた?」

「うん」

 

 

 呆然としていたらしい私に、問いかける声が届く。

 

 だからこそこんな事を思い出していたんだよ、格好いいお嬢さん。

 頬杖をつきながら、聞いてたよって微笑めばなぜか視線を外された。

 

 しかし立派なもんだ、驚いた。最初からレベル4とか選ばれた人間じゃなく――しかも『電撃使い』なんて特殊過ぎる能力でもない彼女は努力だけで最下位から最上位まで練り上げたのかと思うと感心しか出なかった、しかもまだ齢十そこらじゃないか、何歳から始めたのかは知らないけれど嫉妬しちゃうよ。

 

 

「報われない努力かもしれないって、思った事はあった?」

「あったと思う、それでも私は頑張ったわ。だってほら、努力もしなきゃそこで終わりじゃない? 続けてたらレベルが少しずつだけど上がってきて、認められるようになって――」

 

 

 あの時が一番幸せだったと、その表情だけで彼女がどれ程の努力と研鑽を積んできたかが分かる。血の滲むような努力と、報われぬことへの苛立ち――それを乗り越えてこそのあの蕩けそうな顔が出来るのだろう。

 

 羨ましいと言うよりも、情けなくなる。

 

 彼女がただ、ひたすらに自分を信じて、悔しさをばねに力を付けたなんて王道的なものだとしたら。自分の通った道は薄暗い、そこに正当性もないし犠牲を必要として、卑怯な手段すらとらなければならなかった影道なのだから。

 

 

「……なによ、こっちを見て」

「うんにゃ、なんでもない」

 

 

 格好いいよ、お嬢ちゃん。

 惚れちまいそうだって、また笑ったら不審げな顔をされた。

 

 

「ところでさ、妹紅」

「なんだい美琴」

「あんたって、何歳の時に能力開発を受けたの?」

 

 

 能力開発、その意味するところは知っている。

 ある一定の年齢以下までだが、脳を色々と弄繰り回す事で能力を開眼させることができるんだと『パーソナル・リアリティ』についての講義で聞いた。

 

 本来ならば色々と誤魔化して話すべきなんだろうし、私はそれができる立場にある、しなくちゃいけないんだろう。

 けれどもなんと言うか、くだらない意地だけど。

 

 

「受けてない」

「……は?」

「私は、他人に能力を開発されてないよ」

 

 

 嘘をつきたくなくなった、誠意に欠けた行為はあまり取りたくなくなった。

 そりゃ全部について本当のことを言うだなんてのは出来ないさ、不老不死だとか幻想郷だとか、そんな事について話すことはないけれど。

 自分の能力、その成り立ちについては嬢ちゃんがそうだったように、私も嘘を入れるつもりはなかった。

 

 

「いや、あんた『発火能力』でしょ?」

「そうだよ? でもこれは自分自身で見出した能力さ」

 

 

 軽く、指先に炎を灯せば信じたらしい。

 それが魔術でもなんでもないってどうして信じたのか一瞬わからなかったけど、そういえば嬢ちゃんは魔術に関わってないんだったね。

 

 

「その時にまぁ……検査を受けて、結果レベル2の『発火能力』って出た」

「……まさかとは思うけど、それから一切検査を受けてないって?」

「うんそうだ「さっさと言いなさいよこのもんぺ!」どひゃぁぁっ!?」

 

 

 ピリッていった! 今静電気みたいにピリッていったぞ!?

 あと少しで消し炭になるはずだった私よりも、なぜか嬢ちゃんの方がぜーぜー言ってたけど。

 

 

「……もうちょっと気を利かせるべきだったわ、あんたがここまで知らないとは思わなかった。」

「な、なぁ美琴さんや」

「なにかしらっ!?」

 

 

 またピリってしたんだけど!?

 

 

「私はその……ひょっとして、なにかやらかした?」

「やらかした」

「やっぱし!?」

 

 

 ずいっと、詰め寄る美琴は怖かった。

 なんと言うか怒っていることがありありと伝わってきて凄く怖かった、慧音を思い出す。

 

 

「あんたねぇ、何年前にそれを受けたか知らないけれど。普通能力検査って数か月に一度は受けてレベルが向上してないかだとか、精度はどうだとか色々調べるのよ!?」

「……まじで?」

「ま・じ・で」

 

 

 紫さんよ、そんな事聞いてないよ私。

 もう一度受けたらどんな評価受けるか分からないし、万が一レベル4以上の評価受けちゃったらどうするのさ。第一検査ってどこで受けるのか私はさっぱり分からないよ、学籍も無いんだぞ私は。

 

 まあ、そんな私の悩みを敏感に察してくれたのか嬢ちゃんは怒りの矛を収めてくれた。

 怒られはしたけれど、どうにも私の事を思って怒ってくれたみたいで嬉しいんだけどやっぱり怖いよ、学園都市のナンバー3の怒りだよ?

 

 

「ま、いいわ」

「いいんだ」

 

 

 諦めたように座りなおした嬢ちゃんを見て少しだけほっとしたけれど、追及の手はまだ緩んでいないようだった。

 

 

「でも一つ聞くわね、あんたに何があったの?」

「……なにって、なにさ」

「何もしない人間が意図的に能力に目覚めるなんてそうそうある話じゃないの、分かる?」

 

 

 そうなんだって、そう言ったらなんだかぶん殴られそうだから頷いておいた。

 

 

「事故か、それとも他の要因か――いずれにせよそんなのが頻繁に合ったら外の世界は大混乱よ、簡単に能力ってのは目覚める者じゃないの」

「……じゃあ、意志の力ってのは?」

「絶対無理、そんなので目覚めるなんてどこの少年漫画よ」

 

 

 困った、これは嘘を話す必要があるのかもしれない。

 言葉に詰まる、私を強い眼差しで美琴が見ていた。

 

 

「なにがあったのよ」

 

 

 言って大丈夫なのだろうか、「親の仇をぶち殺すと強く念じていたら目覚めました」とか言えるのだろうか、大丈夫か?

 葛藤している隙にどうにも美琴が携帯電話の着信が鳴り続けているのに気が付いたらしい、送り主を見て「やばっ」とか言っているのはなんでだろうか――そしてまぁ、恐る恐る手に取って。

 

 

『お゛ね゛え゛さ゛ま゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!!!』

 

 

 とんでもない絶叫が店内に響き渡った。

 

 

「うひぃっ!?」

「み……耳が……!?」

 

 

 私はまだ良いとして、私の位置まで届く絶叫を間近で食らった嬢ちゃんは大ダメージらしい、キーンと音が頭の中で鳴っていることは間違いない――けれども、その後がまた尋常じゃなかった。

 

 

「黒子ォ!?あんた一体何を――えっ、なにそれ……うん、うん――冗談じゃないわよそんなの。今からなら探し出せるはずよ……心配しないで」

 

 

 美琴が突如として真剣な目になったかと思えば、そのまま辺りを見回し始めた。

 なんか探し物かなと思ったんだけどどう見ても尋常じゃない、挙句私にも謎のアイコンタクトをしてくる――ははぁ、こりゃなんかヤバイのかなって頷き返した。

 

 その時間、時間にして三秒――美琴の目が店員さんの持ち上げたマスコットに向いた瞬間だった。可愛い兎の人形だけど、どこかに違和感がある様な、ない様な。

 けれども嬢ちゃんは反射的で素早かった、ポケットから何かを取り出す、瞬間彼女の体がパチパチとはじけるようなオーラに覆われた――ありゃなんだ、『超電磁砲』の能力か何かかな。

 

 

「――――く、っ――!?」

 

 

 けれども嬢ちゃんは打てなかった、少なくとも一瞬だけは。

 帯電した何かを打ち出そうとして眉を潜めたまま苦悶の表情を浮かべている、その前にあるのは人形と、それを不審げに見ている店員。

 

 

(あれは一体…………っ!?)

 

 

 次の瞬間、その腹が捻じれだした。

 いや違う、捻じれると言うより湾曲すると言うかなんというか……とにかく私もその時やっとこさ分かった、『あれはやばい』って。

 

 咄嗟に考えたのは人形を燃やし尽くす事、それでどうにかなるかは分からないけれど出来る事はそれぐらいだ。そうか『発火能力』はこういう時不便なのかって無駄な考えが頭をよぎる。

 

 けれども、そうしようと無理だ。

 どうしようと店員が負傷する、それも一瞬であの人形ごと焼き尽くす炎を出すとなると火傷じゃすまないかもしれん。だから『超電磁砲』で打てなかったのかって――

 

 

(遅いよ私、気付くのが全然遅い――っ!?)

 

 

 そうこうしている間に人形の腹の部分が膨らみ始めた、それも凄い勢いでだ、目で追いきれないほどあっという間に――このままじゃ手遅れになる、へたすりゃここに居る全員が死ぬかもしれない、けれども今燃やせば一人は確実に死傷する。

 

 あの人形が殺すか、私が殺すかの違いか。

 あの頃ならば躊躇いもしなかっただろうが、今の私には迷うに十分すぎる。

 

 

(どうする、どうするよ藤原妹紅! 目の前の人間一人を殺せやしないのか!?)

 

 

 そう簡単に出来るわきゃないだろ、例え真横に居る嬢ちゃんを犠牲にしたとしても早々簡単にできるわけがないさ。

 

 けれども

 

 

(くそ、やるっきゃないのかっ!)

 

 

 カァッと体が熱くなる、どんどん辺りが赤熱していく。

 やるなら一瞬だ、一瞬であの“店員ごと”人形を消し炭に変えるしかない。

 もっとだ、もっともっともっと!

 

 でもこれじゃ、間に合わない。

 躊躇していた分がロスになった、迷わずやっておけば間に合ったかも――

 

 

 

 

 

 

「――――そ、こぉっ!」

 

 

 

 

 

 バヒッ

 

 そんな音と共に人形が射抜かれた――パリパリと音を立てながら、恐らくは最低限まで威力をおとした『超電磁砲』が人形の真中を貫いたんだ。

 数メートルは飛んだだろうか、けれどもそれだけでは駄目みたい、私も美琴も同じことを考えていた。

 

 

「――――っ……!」

 

 

 その距離は、人形の起こす“ナニカ”から逃れるには不十分だ。

 このままでは駄目だ、けれどもどうしようもない――詰みの文字が脳裏に浮かんで。

 嬢ちゃんの顔が苦悶に染まったのはそのせいだろう。

 

 

 

 

 だけど、ここには彼女だけではないから

 

 

 

(ここならいけるよ、美琴!)

 

 

 溜め込んだ力を開放する

 放出されたそれは人形に纏わりつき、拘束し、一気に熱として溢れだした。

 一瞬にして数千度の熱が当たりに発生したからだろうか、一瞬だけフラッシュが炊かれたような閃光が奔って。

 

 後には何も残らない、残さない

 閃光はすっと人形ごと消えていった。

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 信じられないものを見た気分よ、今の心境としては。

 

 

「……疲れた」

「同じく……」

 

 

 冷たい机に頬を付ければ、対面でも同じような音がしたから大体の様子が分かった。

 

 一瞬、ほんの一瞬で精根尽き果てたようになるのも仕方ないのよ。

 だってほら、店員さんに当てないように、かつ人形を吹き飛ばせるような出力に一瞬で調整するなんて流石に難しいもの、力任せに吹き飛ばせたんだったらよっぽど楽だったんだけど。

 

 

「美琴、ありゃ一体何だったの?」

「『量子変速(シンクロトロン)』よ」

「『量子変速』?」

「分類不明に属してアルミを起点に重力子を加速して周囲に放出する能力」

「長いから纏めて」

「アルミが爆弾になります」

「そりゃ怖い、テロじゃないか」

「完全にテロよ、さっき黒子からここらへんで爆発するって連絡受けた時は焦ったわ」

「その黒子の嬢ちゃんって未来予知できたっけ?」

「違うわよ、衛星から予測するの」

「はへぇ、河童が聞いたらおったまげるなぁ」

「河童?」

「喩えだよ、喩え」

 

 

 その喩えはよく分からないって言ったら苦笑いされたから、軽い拳骨を食らわせておいた。

 髪が無駄にさらさらしていたからなんとなくムカついちゃった。

 

 

「でも、焦った」

「嬢ちゃんの方が先に気付いてよかった」

「それで即座に対応できるあんたもあんただけど」

「あんなに尋常じゃない目付きだったらなんとなく察するよ」

 

 

 察せるかなぁ、少なくともあのツンツンには無理って分かる。

 とりあえずあのアイコンタクトでなんとなく伝わるぐらいには場馴れしているのかもしれない、このモンペは案外色々な修羅場を潜り抜けてきた猛者だったりして――ないわね、そしたらもうちょっと風格を漂わせてるだろうし。

 

 

「……一瞬、店員さんに当るかと思った」

 

 

 あんたもそのせいで打てなかったんでしょって言うと目線を逸らされる、照れてるのかもしれない。とりあえず目の前に居るのが躊躇わず人殺しをしかねない奴じゃなくてよかったわって言うと余計にやり辛そうな目をしていた、なんでかしら。

 

 

「ともかく、美琴のフォローが無けりゃ駄目だったよ」

「なに言ってんの、あんたが居なけりゃ今頃大惨事よ」

「そりゃあそこで撃ち落としてくれたからさ、でなけりゃ燃やせなかった」

「あー……うん、なるほど」

 

 

 それなら私の功績でもあるのかな、でも能力の出力をミスったなんてバレたらなんて言われるか分からないから口止めをしておかなきゃ。

 

 それとそうそう、驚いたってもんじゃないのはそこよ。

 

 

「あんた、レベル2って言った?」

「うん」

「騙されたわ、次そんなこと言ったら一発きついの食らわせるから」

「そんな理不尽な!?」

 

 

 こいつってアルミの沸点分かってるのかしら、2519℃よ。

 つまりあの一瞬、一秒そこらでそこまでの出力まで高められるってこと、どういう意味だか分かってるのかしらね。

 レベル2どころじゃないのは確かで、最低でもレベル4相応の出力よ――驚いた、『発火能力』は高位になってくるとAIM拡散力場も凄い熱量が出るのね。

 

 

「誤解されちゃ困るけれどさ」

「なによ」

「最初からじゃなかったんだよ、最初は紙すら燃やすのがやっとだったんだ」

「……そうなの」

「そうだよ、そこからまぁ――気合で、頑張ったんだ」

 

 

 やけに歯切れが悪いけれど、つまりはそれって。

 私と同じって事なんだろうか、レベル1から始めて今までやってきたのだろうか。

 一番下と言う同じ視点から、ものを見てきたのだろうか。

 なんだかそれって、むず痒い、少しだけ嬉しいけれど。

 

 

「……なあ、美琴」

「今度はなに」

「私の『発火能力』って、本当に能力なの? 魔法とかじゃないのかい?」

「なにバカな事言ってるのよ、AIM拡散力場が確認されたから明らかじゃない」

「……えいむかくさんりきば?」

 

 

 ああ、こいつそんな事も知らないのね、教えてなかったものね。

 とりあえず教えるのは後にして――今は黒子に連絡しないと、多分すっ飛んでくる方が早いけど。

 

 

「妹紅」

「なに」

「さっさと検査受けなさい」

「……えー……」

 

 

 こいつがレベル5ならいいのに、そう思うのも仕方のない事だと思う。

 だって、何となくいい友人になれそうだし。

 




二周年までにあと1、2話投稿したい
というよりこの話が予想より長くて焦っている

美琴と妹紅が思ったよりも仲良くなりそう……というより妹紅が達観し過ぎて彼女が敵と認められるのがほとんどいないんだけど、どうすればいいんだろうってお悩み中。




以下、設定みたいな蛇足












藤原妹紅

十数年に渡る放浪による度重なる死と、信じられる者が居ない孤独に耐えきれずある時に発狂。
精神異常をきたし、現在で言う『パーソナル・リアリティ』に目覚める。つまり日本における最初の能力者とも言える。
本来であればその種類を選べないが、あまりにも強い憎悪と寒さによる衰弱より指向性が決定、『発火能力』が覚醒した。
また、言葉使いが大きく変わったのは精神が変異したせいである。

当初はレベル1相当の力しか持たなかったが、その後も数百年に渡り荒れた精神状態のまま孤独であったため精神異常が悪化、最終的には完全に通常の世界と切り離されることによって『発火能力』の頂点に至る。
あらゆる妖怪を退治し、自分に立ち向かう人や獣を燃やし尽くしながら移動した結果、一種の荒神としてみなされ「関わってはならぬ存在」として忘れ去られた事により幻想郷への扉が開く。

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