とある不死の発火能力   作:カレータルト

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御坂グラビトン(中)

 

 誰にも私を決めさせない。

 私を理解できるのは、私だけだ。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 

 学園都市における学生による治安維持部隊――通称『風紀委員(ジャッジメント)』の内の一つ、177支部はある意味で特別な地位を占めているのだった。

 

 

「お姉さまは現在、行きつけのケーキ店のようですわね」

「白井さんはもうちょっとデリカシーとかプライバシーって言葉を知った方がいいと思うんですよ」

 

 

 現在、そこに詰めているのは三人組――事情を知るものからすれば“いつもの”で通りそうな恒例の面子であった。

 

 白井黒子――レベル4の『空間移動(テレポーター)』であり、持ち前の勝気さと粘り強さで優秀な成績を収める風紀委員期待のホープである。ただし彼女が慕うのを通り越して執着する『お姉さま』こと御坂美琴になると話は別である、飛んで火に居る夏の虫とばかりに毎日果敢に飛びついては叩き落される姿が目撃されている。

 

 初春飾利――レベル1の『定温保存(サーマルハンド)』であるがその真価はネットワーク関連、とりわけハッカーとしてはレベル5の演算能力を凌ぐ超一流の能力を有している。最近は偶然発見した超難易度の多重セキュリティパズルに夢中らしく睡眠時間がやばいらしい、段々と難易度が上がっていくのでやめ時が分からないそうだ。ちなみにこのパズルは言わずもがな、八雲プロダクション製作で全八百八十九階層に及ぶ事を彼女は知らない。

 

 佐天涙子――レベル0、心の中に潜むのはセクハラ親父、趣味は初春のスカート捲り。これといった特徴も無い平凡な学生だが、その分能力者にない視点でものを見る事ができる。ちなみに美琴と間接キスを平然とやらかした事があり、黒子からは地味にじっとりとした恨みがましい目を向けられているが本人は平凡故に気付いていない。

 

 因みに佐天は風紀委員ではない為、この施設に入る資格はないが初春の頼みにより日常的に出入りしているのだった。その対価として彼女の手伝いや雑務を熟したりと、割と器用に何でもできる彼女は裏で重宝されていたりするのだがそれは些末事の一つである。

 

 

「あぁ……暇ですわ、こんな事ならばお姉様をスト――同行していけばよかったのに。」

「本音が漏れてますよ白井さん、でも白井さんと初春はここを離れる訳にはいかないじゃないですか。」

「そうですねぇ、私も第百六十二階層まで解いたまま、こっちにかかりっきりですよ。」

「本当にもうっ! 碌な事をしないから早く捕まって欲しいものですわ!」

 

 

 三人がここに縛りつけられているのは、当然理由があった。

 『虚空爆破事件(グラビトン事件)』――ここ最近、突発的に発生するようになった一連の爆弾テロの総称がそう名付けられている。その原理が『量子変速(シンクロトロン)』の能力者によるものと判明して以来、未だに犯人が見つかっていないので風紀委員は警戒態勢を取っているのだった。

 

 

「初春、本当に『量子変速』の能力者で爆弾精製すら可能になるレベルの能力者は現在不能状態に陥っているんですの?」

「ええ、病院にも問い合わせてみましたが確かに搬送されているそうです。」

「他に――レベル3とかさ、レベル2とかだと無理なの?」

「事件発生時の爆発レベルだったら辛うじて、レベル3でも『出来る可能性がある』らしいですの」

「だけど、昨日起こった爆発の規模は完全にレベル4相当らしいです。最初はセーブしていたのだとしたら妙なんですよ、その理由が分からないんです。」

 

 

 この事件の妙な点は、そこだ。

 爆発の規模が次第に上がっていっている事。

 それが何らかの脅迫だとしても、犯人の目的がまるで見えてこない事。

 

 

「声明の一つでもあったとしたら分かるはずですの。」

「規模が上がっていることの理由って、脅しをかけている意外に思いつかないんですけどね。」

 

 

 溜息をつきながら、思考の海を漂っているような二人。

 けれども佐天は思いついたかのようにピコンッと頭上に豆電球を点灯させた。

 

 

「能力を見せびらかしたからとか?」

「それならちゃんと試験を受ければいいですの、レベル4相当ならば名も知れる筈ですの。」

「リスキーすぎますよ、学園都市を相手にするなんて無謀ですし」

「……そっかぁ」

 

 

 良い考えだと思ったんだけど、佐天が再び机に突っ伏した瞬間に突如立ち上がった初春が叫んだ。

 

 

「来ました! 爆発予測点を衛星が観測!」

「ひぁっ!?」

「承知したですの、それで場所は!?」

「場所は―――――」

 

 

 コンソールを弄っていた初春は、そこでぴたりと動きを止めた。

 数瞬――けれどもそれは、ガーディアンとしての彼女とはかけ離れていて。

 不審に思った黒子すらも、話しかけるのが躊躇われた。

 

 

「……白井さん」

「なんですの!?」

「その、先程……御坂さんはどこに居ると言いました?」

「そりゃ、常盤台近くの――――」

 

 

 黒子とてバカではない、そこまで言われれば十分すぎた。

 「まさか」なんて言葉も発さずに彼女はテレポートを開始する。間違いなく事態は……少なくとも自分にとっては最悪だ、今は一刻の猶予もならない。

 後にはモニタに食らいつくように集中し始めた初春と、ただならぬ気配を感じて慌て始めた佐天が残るのみだった。

 

 

「う、初春。何か飲み物要る?」

「…………」

「分かった、ミルク持ってくる!」

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 一方その頃、まさに爆発の中心点に位置していたそのケーキ屋で、藤原妹紅は御坂美琴に『今更聞けない学園都市の常識~能力編~』の講座を開いてもらっているのだった。

 

 

「助かるよ嬢ちゃん、レベル5直々に享受してもらうなんて光栄の極みだ。」

「一応聞いておくけれど、他に聞ける人はいなかったの?」

「居るっちゃいるけどさ、その……なんだ、聞いたらその後ずーっとそれについて弄られそうで怖いのが」

「ふぅん、大層趣味の悪いのが居るのね。」

 

 

 

 

 

 

 

 

「へっくし」

「おや、風邪ですか」

「いんやぁ、生まれてこのかた風邪一つ引いた事のない私の勘だけど、これは陰口を言われてるじゃん」

「黄泉川先生に陰口、さてはスキルアウトの連中ですかな」

「……何となく、犯人が分かったじゃん」

 

 

 

 

 

 

 

 

「……なんだろう、寒気が」

「夏なのに寒気って尋常じゃないわよ」

「うん知ってる」

 

 

 妹紅も勘が良い、帰ったら何と言われるか覚悟する必要がある……そう察したのだった。

 

 

「ともかく、学園都市の中で最も重要視かつ技術と頭脳が注ぎ込まれているのが能力関連って事は理解した?」

「お嬢ちゃんが教えるのも上手いって事も理解したさ、『本当に良い頭脳は教育者に向いている』――知り合いがそういっていた。」

「それぐらいじゃないとレベル5にはなれないのよ、演算だって機械に頼る訳にもいかないから無意識に計算できるぐらいにならないと。」

「それは……私にはどうにも、理解できない領域だ」

 

 

 計算とか苦手だって肩を竦める妹紅を見る美琴の目線は、やや胡散臭いものを見るそれだった。確かに彼女は嘘をついていないのだろう――けれども、まるで理解できないなら努力を放棄していいのだと言われているみたいで、他人事と言えど少しばかり腹が立っているのは仕方のない事なのだ。

 

 彼女はその努力で、今現在の『超電磁砲(レールガン)』まで昇り詰めたのだから。

 

 

「ともかく、能力の強さによって1から5までのレベルが振り分けられるんだね?」

「レベル2……ううん、レベル1でも幸運な方よ。学園都市の6割が無能力者扱いだし……ごくたまに、変なのが居るけど。」

 

 

 それが果たして誰の事を指すか、言うまでもないことだった。

 美琴はあれが『幻想殺し(イマジンブレイカ―)』たる妙な能力のせいだとは知っていたが、そもそも妹紅はそれがいったい如何なるものだとはとんでもなく漠然としか理解していないのだから。

 

 

「取り敢えず例外は除くわ、能力者はその通り5段階評価されるの。レベル1からレベル4までは順当に少なくなるけれどレベル5は違うわ。」

「学園都市に7人、つまりそれだけレベル4と5の差ってのは相当なものがあるって事ね」

「その通りよ、自慢だけど」

「それだけの力を持っていることだろうに、自信を持っても文句は言われんさ」

 

 

 少しばかり、御坂が嬉しそうな顔をするのを妹紅は見逃すことはなかった。

 如何に国を相手に出来る力を保有していたとしてもその中身は幼気な少女なのだ、しかも思春期真っ盛りときたら可愛いものじゃないか。

 

 褒めて伸ばす、認めて伸ばす、ただし叱るときはちゃんと叱る――それは誰かさんの教育方針だった。

 

 

「ポイントは、このレベルは潜在能力の評価じゃないってこと」

「努力次第でなんとかなるってことね、つまりは」

「例え最初がレベル1でも、努力次第でなんとかなる……可能性があるってわけ」

「世知辛いね、努力しても必ずしも報われない」

「けれども、努力しなければ手に入らないものもある」

 

 

 美琴は観念して三つ目のケーキに手を付けていた、金色に輝くモンブランは控え目に抑えられた栗の風味が逆に気品を漂わせるこの店の人気ナンバー3だった。当然カロリーは残酷な事になっているものの、あんまりにも目の前で美味しそうにケーキを頬張る妹紅の影響を受けたからか空腹感でどうにかなってしまいそうだったのだ。

 

 対面の妹紅は、紅茶を啜りながらなおもケーキを咀嚼する。このまま全種類制覇せんばかりの勢いで――しかし味わって食する事も忘れずに、結構な数を消費しているがそもそもの会話時間が結構な量なので妥当なペースだった。

 

 

「能力の原理はちょっとややこしいみたいね。」

「パーソナルリアリティ……“自分だけの現実”ね。つまりはこの世界とは違う、位相が違う世界と言った方が分かり易いかも。能力者はこの世界に対して認識による干渉を行い、それによって発生させたミクロな揺らぎをマクロなものにして現実世界に干渉するのよ。つまりはこのパーソナルリアリティこそが能力の正体と言っても過言じゃないと言うか、いくら演算能力が高くてもこれが適応しないとレベルは上がらないし、そういった意味で努力が実らないのなんてごまんといるわ。」

「長い、まとめて」

「妄想を現実に反映できるようになるわ」

「素敵だね」

 

 

 私の知り合いにもいるのよねって、少しばかり氷の解けたジュースを一口飲みながら美琴が思い出すのは現在自分の身を現在進行形で案じている初春飾利。凄まじい演算能力を持っているのだが、どうにもパーソナルリアリティが惜しかったのだ。そこが上手く噛み合えばレベル5も夢じゃなかったと彼女は確信していた、初春という少女を認めていたのだ。

 

 

「ちなみに、学園都市じゃ発火能力ってどんな扱いなのかね」

「うーん……普通?」

「やっぱりか」

「汎用性の高い能力ではあるというか、『電撃使い(エレクトロマスター)』と似たカテゴリだと思う。電磁気とかに干渉できないで、単純に炎を操作するだけだから汎用性には劣るけれど……その、まあいいんじゃない?」

 

 

 言葉が濁る、美琴にとって『発火能力(パイロキネシス)』は説明に困る能力だった。

 

 

 

 ●

 

 

 

 『電撃使い』の特別な点はなんと言っても、学園都市どころか現代の社会になくてはならない電子機器全てに影響を簡単に及ぼす事ができる点にある、更には0と1の電気信号であるコンピュータへの親和性の高さよりハッキングにも長け、更には身体から放出される微弱な電磁波により高位能力者は空間把握能力も獲得できる。

 圧倒的な汎用性の高さと影響力の強さ、兵器への転用の可能性。それが『電撃使い』全体の価値を押し上げ、更にはそのトップである御坂美琴をレベル5内部で第三位の地位まで押し上げていた。

 

 では、妹紅の保有する『発火能力』はどうであるかと言われれば――教員ならば誰しもが言葉を濁すのだ。それは決してこの能力が最弱と言う訳ではなく、だからこそどのように能力を得た事で目を輝かせる学生を「傷つけず」説明するか、その言葉を選ぶからである。

 

 端的に言えば『発火能力』の唯一にして最大の問題点は「炎を出すことしか出来ない」ことである。

 『電撃使い』のように副次効果に優れる訳ではなく、『念動力(テレキネシス)』のように活用方法とその種類に秀でている訳でもない。その活用方法は主に攻撃用であるが、学園都市内において攻撃特化の能力なんて幾らでもあるし、レベル次第ではあるがその殆どが『発火能力』よりも強力だ。

 

 おまけに炎なんて古来から存在して、人に扱われ続けてきた現象。種さえ割れてしまえば幾らでも対応できてしまうし、学園都市において工業的にも兵器的にも活用手段に乏しいと判断されているらしく、その開発や解析にはそこまで力が注がれていない。

 

 

「駄目ではないけれど、そこまで弱くもないし便利ではあるけれど。『地味かつ将来性には乏しい能力』って言えますか?」

 

 

 それが、大抵の教員や研究者にとって見た『発火能力』の印象だった。

 

 

 

 ●

 

 

 

「――ってな訳なのよ、なんだか私が言うと嫌味になっちゃいそうで。」

「確かに、説明に困るよねぇ」

 

 

 ぐったりと机に凭れ掛かった美琴は、案外妹紅の反応が思ったほど落胆していない事に僅かばかりの安堵と怪訝さを覚えていた。

 学園都市の住民は皆等しく能力に対しては思い入れがあるものだ、それがいい意味でなのか悪い意味でなのかはさておき――美琴も勿論そう、というより当然ながら彼女は自らの『電撃使い』に対して、そして二つ名である『超電磁砲』について、それを含めて深い思い入れを持っている。

 

 

「その能力に対して、思い入れが無いの? 例えば力を手に入れて嬉しかったとか」

「……ひみつ」

「何よそれ」

 

 

 唇に指をあてて、恥ずかしいからって囁くように話す少女は輝きを持たぬ白髪のような、それでいて流れる糸みたいな綺麗な髪をしていた。

 頬杖をつきながら、自分の事を面白そうに見てくるその仕草は、その表情は、自分よりも遥かに大人のそれを思わせて。

 

 一瞬だけ、心臓が高鳴る音が聞こえた気がした。

 

 

(いや、そう言うのは黒子だけで十分だし!?)

 

 

 ひょっとして黒子に毒されてしまったんじゃなかろうかと慌てるものの、常磐台は百合の花咲き乱れる禁断の学び舎なので問題ない――のかもしれない。

 少なくともその男勝りかつ頼りになる、つまり同棲受けがいい御坂が性癖ノーマルでなければ一大ハーレムを作り上げていただろう、恐ろしい未来ではある。

 

 

「嬢ちゃんは、そうだったんだ」

「ん?」

「やっぱりさ、能力を手に入れて嬉しかったとか――気分が高揚したんだ」

「手に入れた時は、そうじゃなかったかな」

 

 

 一瞬、妹紅の表情が怪訝なものになる。

 その表情を、その雰囲気を、美琴はよく知っていた。

 

 

「レベル1、最初の判定で私はそう宣告されたの」

 

 

 それは御坂美琴の起点、『超電磁砲』の出発点。

 少しばかり目を見開いて、言外に驚きを現した妹紅を見る美琴の表情は得意気で、どこか誇らしげだった。

 

 

「いくら能力者が全体の4割とはいえレベル1なんて沢山居たし、私の上なんて沢山居たの。もう目が眩むぐらい、自分はその内一番下だった――流石に眩暈がしたわ」

 

 

 スタートラインに立つことは許されたが、最底辺だった。

 学園都市は低能力者に厳しい、能力を認められれば支援は惜しまれないもののレベル1である自分に差し伸べられる手はなく、どこに向かえばいいのかすらも分からなかった。

 

 

「けれども」

 

 

 思考を遮るのは、どこか憂い顔をする妹紅で。

 

 

「そこから頂上まで昇り詰めた、そうだろう?」

「そうよ、あの時見上げる事しか出来なかった私は、今は一番上に居る」

 

 

 これは傲慢かしらと首を傾げれば

 傲慢のどこがいけないと言うのかねと、首を傾げ返された。

 

 

「ねえ、お嬢ちゃん」

「なによ」

「どうして諦めなかったのか、聞きたいね」

「どうして、ですって?」

 

 

 御坂美琴は、さも当然のように。

 その質問をされるたびに胸を張って答えるのだ。

 

 

「悔しかったから、そこで自分の可能性を諦めたくなかったから。伸びるかもしれないのに諦めて、仕方ないからって自己満足して。」

 

 

 それが嫌だった、我慢ならなかった。

 だから取り敢えず前に進むことにしたのだ、果たしてどこまで行きつくか分からなかったけれども――止まるよりは進むことを選んだ、自分を信じる道を選んだ。

 

 

「私は証明したかったの、私自身を。」

 

 

 足りない力は努力で補った、人の二倍三倍努力をした。

 それが正しい道だったと、御坂美琴は胸を張って宣言できる。

 

 

「まっ、超能力者になるとは思ってはなかったけどって……あと変な自分語りしちゃって恥ずかしいから、今のは誰にも話さないでおいてよね」

「貴重な話が聞けたから満足だよ、でも――そうかぁ」

 

 

 

 

 お嬢ちゃんは……いや御坂は、とっても格好いいよ。

 

 

 

 

 

 参ったなって、俯きながら頭を掻く妹紅が。

 なぜそんなにも泣きそうな顔をしているのか、美琴にはさっぱりと分からないのだった。

 




思ったよりも長くなってやがるぜぇ

あと、感想とか評価とか未だにくれる人がいます。
嬉しくて泣きそうです。

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