とある不死の発火能力   作:カレータルト

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祝30話


人になりぬ

 

 

 焼鳥屋『富士山』

 

 その店は、ある時に突如として、まるで降って湧いたように露われては夜毎に行脚して人気を画している学園都市の七十七不思議の一つに数えられる出店だ。時に一悶着を起こしつつ失踪したりまた現れたりと非常に不規則な軌道を描いていた。

 

 ため息交じりの女将の話では家が焼け落ちてしまったらしい、そのせいで暫く屋台が動かせなかっただとか。どうにも古い家だから発火してもおかしくはないと話していたらしい、そこで記者が調査した結果彼女の元々の家は明らかに不審火しか思えない火災が発生して全焼したという事だった。

 

 それはともかくとして、暫く現れては焼き鳥を売り歩いていたその店だったが食品販売の認可を取っていないことが発覚。その件で一悶着あったらしいが彼女の常連にその関係の責任者が居たらしく即日で――とはいかないものの、翌日には検査が開始され認可されたらしい。

 

 そんな紆余曲折あって開始された本店であるが、焼鳥屋と言う体裁上どちらかというと子供向けでは無く大人向けの店として人気を博している。

 

 焼き鳥がメインではあるが頼もうと思えば材料がある限り女将が作ってくれる柔軟性の高さ、多少価格が高くはあるけれどそれで補っても尚余りある程の料理の腕前と雰囲気の良さは大人ならば一見の価値ありだろう、勿論一見さんお断りなんて事はない。

 

 そしてこの店において目玉であるのが何を隠そう女将である藤原妹紅その人である、女将と言っても十五位の背丈であるが年齢は不詳。外見は美少女だが中身は大人たちのお悩み相談や愚痴を聞きつつも時に励まし時に叱咤してくれる経験豊富さが覗える。

 

 お酒を余裕で呑み、煙草を時に手慣れた仕草で吸いつつも本人がレベル2の『発火能力』を有している事から年齢が本当に分からないが教員の中には「子萌先生の血縁ではないか」といった意見が大多数を占めていた。

 

 さて、そんな焼鳥屋『富士山』のおすすめは何といっても焼鳥、その他は一応おまけである。女将自ら仕留めて解体したとされる鶏から余すところなく部位として提供されているとも言われているが厨房は取材拒否区域だった。因みに鶏はちゃんとした場所で裁かれているので安心だととの弁。

 

 「ヤツメウナギには絶対に負けない!」と謎の豪語を見せる藤原女将の居酒屋、大人であれば一度は足を運んでみるのがいいのではと塩の良く利いたぼんじりに舌鼓を打ちつつ締めさせていただく、常連になりそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どこかで何かがあったとしても、世界は変わらず回っていく。

 万人の思惑を無視して、この世はただ変わらず動き続けている、

 

 三沢塾での惨劇が案の定“なかったこと”にされたらしいと知り合いの魔術師や記憶を失ってもまだ親交のある少年が愚痴を零してるのを聞いていたら慧音がどこかに居るみたいだなって思ったし、ひょっとしたらあいつがどこかに居るんじゃないかなとも考えていた。

 

 上白沢慧音、私が幻想郷において最も“関わっている”、というよりも“関わってくる”といった方が正しいけれど……そうだなぁ、私が知る中で歴史って聞くとまず第一に思い浮かぶのは聖徳太子でもなんでもなくあいつよ。

 

 人里の寺小屋で何の思惑か長い間教師をしている物好きな奴って印象が最初にあった、妖怪と言うと彼女は決まって「半人半獣だ、少なくとも半分は人間だ」と言われた事が懐かしい。

 

 最初はその違いがよく分からかったよ、妖怪と半人半獣なんて違いがありはしないのだと心の底から思っていた――言わなかったけどね、流石にそうしたらどうなるかなんて分かっちゃいたし、私としては無駄に喧嘩を売りたくなかったから。

 

 けど輝夜が肝試しを画策したらしい時、侵入者たちの前で「あの人間には指一本触れさせやしない」って言ったらしくてさ。

 ハクタクになっても、博麗の巫女に隙間妖怪に魔法使いに吸血鬼の主従に半人半霊に全霊に、そんな化物の集団に勝てるわけないのに喧嘩を売ったらしくて。

 

 嬉しかった、少なくとも。

 

 まあ、どちらかというと私を護ってくれた事はバカだなぁって思うけど――だってどう見ても私の方が強いし、慧音がいる意味なんて無かったにも等しいけれど。

 それでも慧音が私の事を“人間”として扱ってくれたのは嬉しかった、それを博麗の巫女から聞いた時に慧音が居なくて本当に良かったと思った。

 

 外の世界じゃ私なんて完全に妖怪か化物扱いで、妖怪を退治するのも飽き飽きしてきたころには私が退治される側になるなんて冗談じゃない事になっていた。

 

 実戦を繰り返しているうちに私は際限なく強くなって、三下ならば意識せずともカウンターで倒せるし、そうでなくとも耐久力にモノを言わせたごり押しで勝つことが出来るようになっていた。

 ただの力じゃ輝夜に勝てないって必死に炎を操れるように修行していたらあっという間に手足のように操れるようになっていて、そのせいで人間扱いされなくなっていた。

 色々な死に方をしているうちにいつの間にか魂の使い方を覚えていた、人に憑依も出来るし瞬間移動じみた技も使えるようになったけれど、死に過ぎてなんだか自分が本当に人間じゃなくなっちゃったって思えて寂しくなった。

 

 誰もが羨むだろう強さは、正直言って邪魔以外の何物でもなかった。

 

 けれども――――

 

 

「おーい! 女将!」

「おわぁっ!?」

 

 

 耳元で叫ばれれば流石の私だって驚くよ、まあ物思いに耽っていたってのが大きいけど――それでも失礼ってもんじゃないかな、肩を叩くとかあったんじゃないかねってむっすりと見れば初老の男性が困った様に笑った。

 

 

「ごめんよ、肩を叩いてみたんだが」

「えっ……あー、それで気付かなかったんだ」

「お勘定をしないのはまずいからねぇ」

「すいません、それじゃこっちでお願いしますね」

 

 

 まるで娘に叱られてるみたいだぁって、気分を損ねられなくて本当に良かったと思う。

 多分もうちょっと成長していたら、大人の外見になっていたら多分悪くなっていた事態は多くて役得を感じる。けれどもこの外見だから舐められる事も多いし、不便を感じる事だってあるからイーブンだろう。

 

 何かが便利だと何かが不便、切り捨てられないし切り分けられない、人生ってそういうものなんじゃないかな――例えばそう、この姿でお酒を呑んでいると色々心配されるってのが一番心に来るけれど。

 危うく通報されかけた時はとんでもなく困ってしまった、またあいつらの手を借りる事態は避けたいもんだよまったく。

 

 

「えーっと、締めて四千六百三十二円也、端数はおまけしとくよ」

「女将さんが十円以下を持ってないってのがあるんじゃないかな?」

「だって勘定が面倒くさいからさ、なんならそこの募金箱にでも入れていってよ」

 

 

 じゃあおまけしとくよって百円玉が募金箱に入った、勿論くすねるなん事はしないけれど。

 せこい奴っての顔だとか行動に隠していても現れるもんだと思うよ、例えばあの竹林の腹黒兎とかそんな事やりそうだし――いや、その程度のはした金をくすねるぐらいなら詐欺行為をするか? でも「一円を笑う者は一円に泣くウサ」とか言いそうだし。

 

 ともかく清廉潔白な行為をしている限り悪いのは近寄らないのさ、何より警邏の前でも堂々と出来るのが大きい。あいつらにゃ何か隠し事をしてるとすぐにばれるんだこれが、私も数回酷い目に合って懲りたけど……顔に書いてあるってそういう事なのかねやっぱり。

 

「女将、ビール2本!」

「枝豆はあるのか」

「ほっけの干物って用意できます?」

「白米を!」

「ちょっと待って、一気に来られても困るから!」

 

 

 油断をしてるとすぐこれだ、一人で切り盛りしてるからやり易い部分もあるけれどその代り凄まじく忙しい。幻想郷の中じゃ一般的な料理でもこの学園都市じゃえらく貴重らしいけど、ここは日本でしょ? 海外の日本食レストランとかじゃないよねここ。

 厨房と言っても、隙間パワーかなんだかで拡張されている訳でもないから限度があるし、それでも十分な広さは持っていたけれど。ここが移動屋台の辛いところだろうね。

 

 

「みんな女将さんの料理が食べたいんだよ」

「やっぱり独り身としてはこういう味って染み入るものがあって」

「ううっ、おふくろ……」

「やっぱり素朴な料理って腕が出るからねぇ、女将さんは一番料理が上手いよ」

「褒めるのは嬉しいけどそこ! ハンカチあげるから机に突っ伏して泣かないで!」

「女将、こっちに煮物のお代わり頂戴」

「こっちにはご飯もう一杯で」

「煮物はもうないから焼鳥食いなよ、ウチは元々焼鳥屋だからさ」

「ここにきて焼鳥ってなんだか勿体なくて」

「なに、私に喧嘩を売ってるの?」

「女将ぃ、ご飯頂戴」

「分かってるから、ちょっと待ってて!」

 

 

 あとあれ、この店の問題って学園都市には貴重なのか喫煙も大丈夫だしお酒も色々な種類取り揃えているからかとにかく呑兵衛が多く来ること。普通の店だとやっぱり学生が主なお客様だし学園の意向もあってお酒が無いらしいね、その二つは特に冷たい目で見られるらしくて気兼ねなく飲み食いできるこの店の需要は高いみたい。

 

 だからこその問題だけどあれ、幻想郷で慣れてると思ってもやっぱり酔っ払いの対処って面倒くさい。隙あらば触ってくるのも居るし暴れるのも居る、まぁそこら辺は一発投げてやれば以後言う事聞くけれど――うん、泥酔し過ぎて意思疎通できなくなるまではお酒を出さないようにしているのが幸いしてまだ“面倒”で済んでいるのかな。

 

 ともかく、あれだ

 

 

「やっぱり、こんなになるまで飲まなきゃやっていられないんだろうねぇ」

「そりゃそうよ、大人はストレス社会だから」

「学園都市って狭い世界だから余計に色々溜まり易くてね」

 

 

 それもまた、この世界の闇なんだろう。

 子供が住み易いって事は大人が住み辛いって事にも繋がる。

 

 勿論良い役職についている連中はそんな事気が寝もしない生活を送っているんだろうけれど、そうじゃない大多数の大人っては肩身の狭い思いをしなくちゃならないし、自分達の数倍以上も居る子供の世話を誰かがしなきゃいけない。

 置き去りもそうだし、スキルアウトもそう、多感で難しくて面倒くさい時期の子供が更にその層まで分厚いときたら本当に大変だ。

 

 私だって多分思春期なんて言われている年頃に“運悪く”あいつが来なけりゃ普通に天寿を全うしていただろうなんて思うと――あれだ、やっぱり殺意が沸くのを抑えられる訳もない。

 間が悪いって言うんだろう、奇しくも自分と同じ外見を持った奴が自分の父親を誑かしては破滅させて、その挙句に付きなんて場所に逃亡しましただなんて胸糞悪い事を許せるほど当時の私は大人じゃなかった。

 

 正義感に駆られて、まるで神様に誑かされる様に突き進んだ先が蓬莱人なんてこの世で最も中途半端な場所だった。

 死ねもしないし生きられるはずも無し、妖怪じゃない事は確かだけれど人には排斥されるし、一体全体私が何をしたっていうんだろうか。

 

 

「……んま、今更後悔してもしゃーないよね」

 

 

 既に、成った事だ

 

 それは既に終わった事、久遠と瞬間、永遠と須臾に生きる蓬莱人でもそれは変えられない事だから。

 って、こんな事を考えてたらまたお客さんを待たせちゃうよって――顔を上げたところでそう言えば閉店時間はとうに過ぎていて、無意識にお客を捌いていたらしくすっかり店内は閑散としていた。

 

 あれだけの盛況だった辺りがしぃんと静まり返るのを見て若干の寂寥に浸るのは、古いのかは分からないけれど。慧音は「分かる」と言って輝夜は「庶民ねぇ」って言ってたから持ってた鉄串で頭ぶっ刺してやった、永琳は――うん、何考えてるのか分からない。

 ただその後何気なく聞いたら、輝夜はその時私と同じことを考えていたけれど「妹紅と合わすのが癪だから」って馬鹿にしたらしい、殺そうと思ったらカウンターで首を刎ねられたのが今でも悔やまれる。

 

 

「さぁて、本日最後の大仕事といきましょうか」

 

 

 最終オーダーを回ればもう店じまいだ、ちなみにこの店だけではなく学園都市の営業時間は短く、は割と早めに閉まる様になっている。深夜の客は羽振りが良いのは分かるけれど厄介なのが多いし、第一学園都市は割と夜になれば誰も動かなくなるので店を開けておくと色々面倒事を抱える危険性があるのだった。

 

 それは例えて言えばスキルアウトの暴動だとか、学園都市の裏に蠢く暗部の大から小まで――そう言えばこの間その関係の奴と知り合いになった事を思い出す、あの時も店が半壊しかける被害をこうむって冷や汗をかいた。

 私は死んでもすぐ復活するけれど世の中の大半はそう都合よく行くはずもない、請われたら壊れたままだし、修繕して原状に戻すのだって相当時間がかかる、あんな事をもう一度繰り返すかと言われれば、ノーだった。

 

 だからこそさぅさとシャッターを閉めてやろうとして――いやでも分かる、分かってしまうからこそ舌打ちを漏らした。

 

 

「……三人かぁ」

 

 こっちに近寄ってる奴がいる、それも三人ほど。

 それが見ず知らずの他人だったらよかった、さっさと閉じれただろうし。けれども気配を探るとどう考えてもどう検討を付けても私の知人だ、それを目の前で門前払いにするのは――私の良心が咎めた。

 

 

「滑り込みセーフってやつかな?」

「アウトだよ、おわり完全にアウト」

「僕としてはアウトだとしても潜り込めたならセーフだと思うけどね?」

 

 

 こいつめ、減らず口を叩く。

 自分の予想が正しかった事に舌打ちをしつつ、取り敢えず特別に開いてやると入ってきたのは二人まで予想していた通りだった、ステイルと神裂――まぁ、恐らく私の知人でこんな時に来るのは二人しか居ない。

 

 けれども、三人目は中々予想を外れたのが来た。

 

 

「……嬢ちゃんか」

「お邪魔します。妹紅さん」

 

 

 なるほど、どうにも訳ありらしい。

 ステイルの方をちらりと見ればこくりとわりかし真面目な顔で頷かれた。

 

 

「……深夜料金は三割増し、あんたら魔術師持ちだ」

「それでも他の店より格段に安いけどね?」

「五割増しで良い?」

「それは御免蒙る」

「ま、いいさ……注文を聞こう」

「僕は蕎麦を一度食べてみたかったんだ」

「私は和食セットを頼みます、妹紅のは美味しいですし」

 

 

 大分無茶を言うねと多少不満げな表情で注文を承れば、最後のお客さんに目を通す。

彼女はカウンター席に座って少しだけ不安気に――多分あのファーストフード店に居た時よりは緊張してこちらを見ていた。

 

 

「どしたい、早く注文決めなよ」

「……ねぎまとモモと皮、ぼんじりを塩で二本ずつ」

「うし、何でも話すと良い」

「ええっ」

 

 

 一応もう焼鳥屋なんだけど、如何せん焼鳥を注文するのがなんでか少ないからやっぱり焼鳥を注文してくれるのは嬉しい。心なしか上機嫌になりながらも、大分私の心は嬢ちゃんの話を聞く方に傾いていた。

 

 ちょろいって、自分でも思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 全ての物語は三つに分類される

 今に至るまでの全てを書く昔話か

 今起こっている事実を綴る論文か

 先に起こるだろう仮定の話か

 

 それは、昔話だった。

 一人の少女が産まれてから、今に至るまでの物語。

 

 

「昔々――なんて程でもない昔。ある村にある少女が居ました」

 

 

 陳腐で普遍的だった話は、しかしながらその少女がある一点だけ周りと違う――それだけでいとも簡単に破綻した。

 少女は普通で居られなかったし、だからこそ物語も普通であってはならなかったのだろう。

 本当に碌でもなく、くそったれで。

 

 

「少女はその生まれ持ってしまった能力のせいで。親族から御近所。知人から遊び相手から他人に至るまで全てを殺し尽くしてしまいました」

 

 

 救いようもなく、悲劇と言うには物足りない。

 世界の片隅で怒った、少しだけの変化、ちっぽけな事件。

 

『吸血殺し』

 

 その能力は、呆れる程限定的で、唖然とするほど強烈だ。

 

 

「そして彼女は単身学園都市に渡り。拉致され保護され奪取され――今に至る訳です」

 

 

 話したのは本当に単純で簡単なこと、けれどもいつの間にやら焼鳥の串が私も知らない内に二桁に達していたのは多分女将さんが気を利かせてくれたからだと思う。

 程よいしょっぱさとさっぱりとした塩味と後引く濃厚なうまみのたれ味、この店が幻想郷隠れた名店の内の一つには居る理由が分かった気がした。

 

 大分寄り道した気がする、もう覚えていない両親の話をした気がするし魔術師達に保護されてから見たもの、聞いた事――全部が新鮮で、逐一話してしまった。

 今にして思えば魔術は秘匿なのだから後ろの二人に何かしらのストッパーが掛けられてもおかしくはなかったのだろうけれど、それでも止められた覚えがないのはきっと藤原妹紅がそちらの方向にも明るい、と言うより踏み込んだ存在だからなのだろう。

 

 本当に、何者だ彼女は。

 

 見た限りでは普通の少女にしか見えないが、彼女からはなにやら神秘の輝きを感じるのだ。公称で彼女は『発火能力』を持っているとされるけれど、どちらかと言うと秘匿の方に関わっている気がした。

 

 まあ、それ以上踏み込もうなぞ塵とも思わないのだが。

 彼女が話したくない事であればそれを無理に聞きだす道理も権利もないのだ、彼女にも私にも、そんな事はいくらでもある。恐らく私以上に暗い部分を隠しているこの藤原妹紅と言う少女の皮を被った何者かに自分の洗いざらいを喋ってしまえば大分すっきりとしたのできりりと身の竦むような冷水を一杯飲めばほうっと白ばむ息を吐いた。

 

 

「私は今、岐路に立っているの。今までの私のままこの能力と折り合いをつける方法を探すか、それとも全てを忘れて逃げ出してしまうか。此方には前者。あちらには後者の道があって――分からないの。私が求めている路が」

 

 

 私は、果たしてどちらの道に進みたいのだろうか、進みたかったのだろうか。

 気付いたのは自分がただ闇雲に走ってきたのは、他の道が見えないようにするためと言う弱い自分を認めてしまう事実だけ。

 

 女将の方を見てもなにやら考え込んでいるのみで答えが出そうにないのだから――人に自分の進路を託すだなんてそんな無責任な事を任せる方がどうかしていたと息をまた吐いた。この期に及んでまだ私は、誰かに頼ろうとしていた。

 

 無遠慮な失望をしていた頭をぶんぶんと振って余計な考えを振り払う、決めようと――そうしていたからこそ私は彼女が何も言わないのではなく、考えこんでいる事に気付く事ができなかった。

 

 

「嬢ちゃんや」

 

 

 その言葉は、やけに明朗に響いた。

 それは私がまだ心のどこかで、誰かが自分を呼んでくれることを待っていたからなのだった。

 

 

「はい――っ。」

 

 

 声は一瞬掠れて妙に高く、薄気味悪いものだったけれど。

 それを聞いた彼女は少しだけ笑った。

 

 

「私は嬢ちゃんみたいに先天的に能力を持っていた訳じゃない。嬢ちゃんが病魔に襲いかかられたのだとしたら――私は自ら病気になりに行った方だ、結果として両方とも病気だけれどその位置は正反対だよね。そんな立場からの意見しか出せないけれど、いい?」

 

 

 言葉に詰まる、それは拒否の意志ではなかった。

 こくりと明確に頷けば、彼女はカウンターの奥から私の隣に座るのだった。

少しばかりの暖かさと、料理のいい香りと、そして――何の香りだろう、これは。

 

 

「ねぇ、嬢ちゃんの道は二つしかない訳じゃないよ。逃げてしまうか立ち向かうかなんて言ってたけどさ……それは多分、思いつめすぎてると思うんだよ」

 

 

 開幕一番によく分からない事を言われたので、首肯して続きを欲すれば、彼女は頬杖をついてどこか遠くを見る目をして虚空を見ていた。

 

 

「それはもしかしたら、どちらの道よりも厳しいそれかも知れない。けれどもそれは、どちらの道よりも易しいかもしれない。ひとつ質問をしよう、多分すぐに分かることだから――嬢ちゃんは一体、何から逃げようとしていて、もしくは何に立ち向かおうとしているんだい?」

 

 

 答えようとして、詰まる。

 想像していたよりも、直感よりも、それは遥かに返答に困る問いだった。

 

 『吸血殺し』と言う能力から逃げてしまいたかったのは分かるけれど、果たしてそうなのだろうか、それが答えなのだろうか。

 その本質はもっと深いところにある気がして、女将の目を見ても答えは書いていないと言うのに、なんだかその静かな湖畔みたいな穏やかな目を見ていると自分の答えがその奥に眠っているような気がした。

 

 

 

 

『吸血殺し』

 

 それは私の能力

 

 私の枷、私の十字架、私の路

 

 私の―――――

 

 

 

 

 

 不意に、繋がった。

 あっさりとそれは繋がった

 

 

「私のこれまでから逃げたかった。私のこれからを縛られたくはなかった。そういう事?」

「多分そう、きっとそう――分かるんだよ。自分のおかれた境遇からどうしても逃げたくなることってあるから、私はそんな奴を一人知ってるよ」

 

 

 まるでニガウリを一息に食べた様な苦々しげな表情からなんとなく察した、だからこそなんだかおかしくなる。

 苦労したのねって言えば、私じゃないって憮然とした表情で答えられた。

 

 後ろで神裂が「隠し事下手ですね」って味噌汁を啜りながら言ったら箸の先が燃えて慌てていたのがまた面白い。

 

 

「自分から逃げる道と。自分に立ち向かう道。それだけじゃないってこと?」

「そらそうさ、その道しかなかったら今頃世界は殺伐としてるに決まってる。分かるだろう? 三つ目の道は一番誰もが選びやすい道、誰にでもどんな時もあって、けれども誰もがそこに道があることにも気づかない影のような道」

 

 

 常に自分と共にある道、それは自分を認める道さ。

 

 そう言えば彼女は、また愉快そうにどう見てもビールとしか思えない液体がなみなみと注がれたグラスを煽った。

 

 私はただその意味を確かめている、自分の頭の中で考えている。

 私を認める道、今まで目を背けていた私の『吸血殺し』と共にある道。

 そんな事ができるのだろうか、そんな事が赦されるのだろうか、もしかしたらその十字架の効果が私を焼き尽くしてしまわないのだろうか。

 怖い、言外にそう伝えた私を見ていたのかは分からないけれど、彼女はカラカラとグラスを回しながら続ける。

 

 

「『吸血殺し』なんて大層な能力背負っちゃったのは、辛いだろうよ。けれどもそれに立ち向かうんじゃなくて、それと向き直ってみたらどうだい? 認めたくないかもしれない、今まで以上に辛いかもしれない――けれども、多分それはきっとやってみる価値がある」

 

 

 そうなのだろうか、本当にそうなのだろうか。

 彼女があまりにも自信満々なのだから、騙されはしないのだろうか。

 

 私のそんな思いを知ってか知らずか、彼女は最後に私に問うた。

 

 

「きっとそれは、楽園に繋がってる」

 

 

 呟けば、頷かれる

 なんて魅力的な響き、なんと蠱惑的な響き

 

 勿論それが物語で語られる望むものが何でも与えられる苦痛の無い世界だなんて少したりとも信仰してはいない。

 

 けれども、それを差し置いても魅力的に感じてしまうのは

 多分彼女がそこに至ったからなのだろう。

 

 

「どれ程遠くても、どんなに辛くても、これはそこに至る道だ」

「私も行けるかな。」

「さぁ、生きているうちに辿り着けたら幸運だと思うよ、なにせ私の楽園とお嬢ちゃんの楽園は違うんだから。気の遠くなることかもしれない、でも――――わくわくしないかい?」

 

 

 

 

 

 私は、それにこくりと頷いた。

 本心から出したその答えが、私の全てだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから、姫神秋沙と呼ばれる少女が上条当麻の物語に上がることはなかった。

 

 少しだけその後ろ姿が見えたかもしれない、その足跡が残っていたかもしれない。

 

 けれども千客万来な幻想殺しの登場人物たちの色彩の前ではモノクロームな彼女のそれは余りにも地味で目立ちにくく、ともすればすぐに掠れて記憶からも失われてしまうのだろう。

 

 けれども、それは彼女にとっての不幸ではない。

 

 彼女は自らの道を、自らの物語を歩み始めたから。

 

 『吸血殺し』の姫神秋沙として、その段上に上ることを拒否していた彼女は、これからしっかりとその足で歩んでいくのだから。

 

 幾数人の物語が交差し、混じり、また別れる。

 

 上条当麻の足跡を追う者からすれば「影の薄い登場人物」だった彼女は、それでもそう呼ばれることを一笑に附すのだろう。

 

 彼にとってはそんな存在だとしても、彼女にとっては紛れもない主人公なのだ。

 

 彼女は往く、自らの道を。

 

 

 

 

 やがて楽園へと至るその道を

 

 

 

 

 


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