とある不死の発火能力   作:カレータルト

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人ならずば

 幻想郷の内部において最も希少価値の高い属性とは一体何なのだろうか、唐突であるがそう問いかけてみたいと思う。

 

 希少価値の高いとは絶対数の少なさではない、例えば幻想郷内部において巫女と呼べる者は大抵の場合博麗霊夢……若しくは風祝である東風谷早苗、この両者のみだが彼女たち片方だけでも十分すぎる程のインパクトを持っていると言えば分るだろうか。

 

 幻想の少女たちは皆粒揃いだ、言葉そのもの人外のような美しさを持ちそれぞれが強烈極まりない個性を持っている。大人のお姉さんから年端も無い少女まで、容姿性格それぞれが異なり複合属性のニーズも欲しいまま、なんたって容姿が良いから何を着ても似合ってしまう。

 

 例えば眼鏡属性が欲しいのだとしたらば好きな少女に眼鏡を掛けさせてみると良いだろう、それを彼女達が進んでやるならそれでよし、でなければどうせすべては幻想なのだから想像の中ででもいいのだ。そうしていけば段々と希少さは薄れていくのだし、足りない要素も少なくなっていく。

 

 そうなれば改めて問うとしよう、幻想郷の中で希少価値が高いのは何かと。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 ぴきぃんと、頭の中で何かが弾ける音がした。

 罅割れていた箇所が負荷に耐えきれずに破断したような、そんな音。

 

 

「――――む」

 

 

 ふわふわと一直線に空を飛んでいた私はふと頭を押さえて第八三層目のプロテクトが遂にその役割を果たせなくなったことを知る、それが侵入者を押しとどめられていたのは実に五日の事だったが予想と相違ない……いや、少しばかり早いか。

 

 面白い、自然と口角が吊り上っている事に気付かぬ私ではない。どこのだれかは知らないがこの私がそれなりの労力を割いて作り上げたパズルに正面から挑み、現にこうして打ち崩しているのだから面白くないわけがないだろう。

 油断ではない、強者の持つそれはそうでない者にとってすれば完璧な油断に見えるのだろうがこれは余裕と言うものなのだよ。

 

 

(精々次の八十四層目も頑張ってくれよ、外界の人間)

 

 

 実に、実に愉快な気分だ。

 強者と試合う事への渇望はいくら成長しても、いや成長すればするほどに膨れ上がる。

 紫様の式となってからも成長が止む事なんてものは無い、日々はこれ鍛錬だ。

 

 朝早くに置きて紫様を叩き起こし、朝食を作って掃除洗濯を行い、結界の修理をして各地への挨拶に回り、昼飯を作って橙の様子をちょろちょろと見に行き買い出し、夕食を作っては作業をして寝る――この日々もまた鍛練

 別に紫様がぐーたらだとかではなくあの方にはあの方のやるべき事があるのだ、私には到底及びもつかぬ事をやっているので不満がある筈も無い。だが共働きと言ってしまえば一気に所帯臭くなるのはなぜだろうか、まあ実際此処まで共に居れば“あれ”“それ”で分かるようにはなるのだが。

 

 そう考えているうちに眼下にはもう丈が生い茂る竹林が広がっている、言わずもがな“迷いの竹林”として有名なここは最近案内役を買って出ていた普通の焼鳥屋が用事で居ない為、案内役に抜擢された永遠亭のうさぎ達が巡回しているらしい。

 

 藤原妹紅が外界に放り出されている事を知らされている者は少ない、説明役をしたのは言わずもがな私であるが必要と判断して尋ねたのは妹紅に関連の高い永遠亭と彼女が懇意にしている寺小屋の教師だけだった。

 大々的に説明しなかった理由と言うのはまあ色々とあるのだが、面倒であると言うのが第一だ。幻想郷の住人は――と言うか妖怪共は話題や娯楽に飢えている、食事よりもそちらの方が精神に依存する妖怪達にとっては死活問題だからだ。

 そんな奴らに「蓬莱人が一人、任務で外界に赴いている」と言えばどうなるかは想像に難くないだろう、あの氷精でも答えが簡単に出せそうなものだ。

 間違いなく混乱が起きる、それも厄介なことに自然発生的に生じた混乱では無く意図的な、人為的な、人口の混乱――小規模でも事件、大規模なものになると異変が。

 

 自分も外界に出せと言う輩が出るかもしれない……と言うか行動に移す奴が居るかもしれない、少なくとも出てくるだろうことは想定された。

 明確な目的があるならいい、ただ幻想郷の中でも実力者に値する者達が戯れに“そんな事”をもくろめばどうなるかはさっぱり分からんのだ。異変であればちょっとしたイベントとして歓迎できるが“外界”が問題の根底になる異変は紫様も発生を危惧していた。

 

 余計なことは知らせない方が良い――特に天狗達には。

 

 もう一つの理由としては「たかが一人居なくなった程度で大騒ぎする事はない」と言う事だろうか。

 これが博麗の巫女になると異変どころではない、幻想郷存続の危機にすらなりかねん自体だが当事者は蓬莱人だ。確かに外界においては立派にバランスブレイカ―、チートと称されても良い実力者だが幻想郷においての重要度は低い。

 ただでさえ平凡な日常の影に死を感じさせる幻想郷なのだ、人ひとりがふいに居なくなったところで人々の関心は薄いのである。それも人里で確かに存在を確立させている上白沢慧音ならまだしも外れた場所に住んでいる藤原妹紅、居なくなっても問題はない。

 

 そこに紫様は目を付けたのだが――と、そろそろ目的地なのでふわりと降り経てばジャスト永遠亭の目の前だった。こう言った人前での幽雅さであったりが八雲の名を積み上げているのだ、私が泥を塗る訳にはいかん。

 

 

「おや、藍さんがこんな時間に来るとは珍しいですね」

「こんにちは鈴仙、今日は輝夜殿と永琳殿に謁見したいのだが」

「あ? あー……確かにアポイントは取ってましたね、忘れちゃってました」

「おいおい、そんなので大丈夫なのか?」

「大丈夫ですよ、一応撃つ前に確認してますから」

「ふむ、それなら問題ないかな」

「それにしても藍さんって几帳面ですよね、わざわざアポを取ってから来るとか異端と言っても良いんじゃないですかね」

「強者の余裕さ」

「でも紫様は……」

「……あの方はほら、自由奔放だから」

「物は言いようって奴ですよね」

 

 

 分かりますよと苦笑する鈴仙が私を案内してくれるらしい、見た所普通の来客であったり患者は竹林の兎が誘導するがこういった場合は彼女が担当している様子だった。

 薬師とこの屋敷の主人がやる訳にもいかないしただの兎では失礼に相当すると慎重を記しているのかもしれない、それとも二人がこの鈴仙を重用しているからかも知れないがそこは判別する事が出来なかった。

 

 案内されるままに最も奥まった場所にあるその部屋に入室すれば彼女の役目は終わったらしくもう入ってくることはない、まあこの件は色々デリケートなのでそう何人にも聞かれる訳にいかないのだが。

 

 ともかく

 

 

「久しぶりね、八雲の式」

「お久しぶりです、八意殿」

 

 

 目的としていた人物の片割れである月の薬師、八意永琳は既にそこに居た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 幻想郷の有力者――例えば幼き紅い月であったり、冥界の管理者であったり、そう言った者の屋敷には決まって“秘密の部屋”がある。

 秘密の部屋と言っても別に隠し部屋であったり特別な仕掛けがある訳ではない、それは極々普通の……強いて言うなれば少しばかり狭いかなと思わせるぐらいの違和感しか持っていない部屋だ。

 

 

「八雲藍、只今参りました」

 

 

 そうだ、それは普通の部屋だからこそ、精密に言うなれば「普通の部屋を装っている」からこそ秘密の部屋たりえるのだ。

 少しばかり小さ目の空間、そこにはありとあらゆる盗聴盗撮防止の手段が練り込められ如何なる情報も出入りしない様に能力の髄が込められているのだから。

 そう言った意味での秘密の部屋であり、つまりは機密の部屋である、実力者たちの特に個人的な会談は大よそこのような部屋で行われる。

 

 

「流石ね、時間ジャストよ」

「正確さを売りにしていますから」

「あなたの主人とは大違いだと思うけど」

「主人がだらしないからこそ、従者がしっかりするのですよ」

「あら、そう?」

「ええ、無論」

 

 

 無論今私が入ったこの部屋も永遠亭の技術が惜しみなく使用されているのだろう、どのような技術がどこに用いられていて、またそれがどのような役割を持つか――それらは当然作った本人しか知る由も無い。

 当然だろう、その中身をばらすなんて「どうぞ技術を盗んでください、思うまま情報を盗み出してください」と諸手を挙げて言っているようなものなのだから。

 あくまで情報ごと機密なのである、その内容は主人毎に異なっていて例えば紅魔館は「要塞化」をテーマにしているらしい、そう主自らが公言していた。

どうにもずれている気はするのだがあの派手好きの事だから勿論何か考えがあるのだろう、抜けている様に見えて彼女は実に強かなのだから。

 

「それでは改めまして輝夜殿、そして永琳殿……これを」

「あらあら、いいのかしら」

「どうぞ、いつもの通り外界のお菓子です」

「いつも気を遣わせてごめんなさいね」

「当然の事です」

「ふぅん、『ひよこ』ね」

「姫様、あとで茶菓子として頂ましょうか」

「そうさせてもらうわ」

「お気に召していただけたようなら何よりです」

 

 

 しかしながら見事だ、注意を凝らしてもぱっと見には普通の部屋に見えるが気を集中させて視てみれば非常に緻密な監視網がネットワークとして編み込まれているのが分かる。

 この隠蔽といい実にすばらしいものだと感心していれば永琳殿がにやりと微笑むのが見えた、ばれてしまったか。

 

 

「あら、仕組みの方は少しでも見破れたかしら?」

「とんでもない、簡単に端は見つからないものだとは思っていますがこれ程とは」

「永琳をして『大人げないものを作っちゃったわ』と言わしめるぐらいだからね」

「最早一種の芸術品ですね、これは」

「あんまり褒めないでよ、照れちゃうわ」

 

 

 実の所、こんな部屋を作るなんて意味はないのだ。

 幻想郷において奸計はその本来の意味を持たない、外の世界では大いに重要な間諜や斥候や情報戦、それを遣わしたところで精々持ってくるのは異変の情報のみだろう。

 

 なぜならば、そうしたところで何も残らないのだから。

 怨敵を作っても良いだろう、日常の様に戦い合っても良いだろう、それこそこの蓬莱人たちの様に日々殺し合い、血で血を争う戦いを演じても良いだろう。

 だがそうしてお互いの血肉を求め戦い、絶対の意志を込めて競い合えばその終焉には何がある? 何が残る? その最後にはどんな形がある?

 

 そう、何も残らないのだ

 敵も味方も、挙句の果てにはその舞台すら

 

 元より我々は総じて外の世界では居られなくなったはぐれ者、最早世界から切り捨てられた『きれっぱし』に過ぎない、それを寄せ集めてできたキルト布が幻想郷だ。

 誰一人として単体では世界を維持できないのだ、個にして布にはなれないのだから寄せ集まった、引き寄せられた、引き摺り込まれた。

 八雲も、博麗も、そして蓬莱の者共も――皆それを理解している。

 

 だからこそ、だからこそ生ぬるい戦いを続ける、競い合いを求める。

 こんな部屋を作っては仮想の敵を想い、またお互いの隠された部屋を見て感嘆しては刺激される、そうでなければ退屈で死んでしまうのだから。

 そして退屈の恐ろしさを妖怪よりも誰よりも知っているのは、間違いも無く悠久の時に閉じ込められたこの蓬莱人達なのだろう。

 

 

「さて」

 

 

 ぱちりと、元月の姫が扇子を閉じる音と共に弛緩していた場が一気に引き締められる。

 生温い井戸端会議はここで終わり、三者三様の面差しは巡る。

 

 蓬莱山輝夜は心底愉快そうな底知れぬ微笑を

 八意永琳は熱気も冷気も感じられぬ無表情を

 八雲藍は八雲の使者としての緊張と真摯さを

 

 

「報告、してもらおうかしら」

「はっ」

 

 

 此度私がここに来たのは他でもない、今この幻想郷からは欠けた布の切れ端である蓬莱人についての報告――即ち外界へと送られた藤原妹紅についての定期報告だった。

 なぜこんな事をしているかと言えば他でもない、蓬莱山輝夜が藤原妹紅が学園都市に送り込まれたと説明した際にそう要望を出してきたからだ。

 その真意は分からぬものの紫様は是との回答を出す、元よりその事も承知していたらしい。最も本当にその要望を出してきそうな人里の教師の方は「あいつが無事ならそれでいいよ」とだけ言っていたので随分出来た大人なのだろう、そうでなければ教師は勤まらないのかもしれん。

 

 ともかく、そう言った渉外交渉に関しては『対等、もしくは目下の立場として会話する』事に絶望的に向いていない紫様に変わって私が行う事がここ数百か千年のうちに出来た暗黙の了解だった。

 だってあの人幽々子様以外にはいつもさり気ない上から目線なんだもの、舐められたら不味い立場だからと言ってせめて対等な立場で会話は出来ないものだろうか。紫様、私は貴女に友達が幽々子様以外に出来るのか不安でなりません。

 

 ともかく

 

 

「何から話しましょうか」

「交戦したのかしら」

「……ええ」

「あれだけ前回ド派手にやらかしておいて、また?」

「確か聖人を圧倒していたとか云々」

「そうです、また懲りずに暴れたらしく――大分小規模らしかったのですが」

「それで、相手は?」

「魔術師だとか、詳しくは視られなかったと紫様が」

「その程度で妹紅の相手が勤まるとは思わないわね」

「それよりも、あの胡散臭い賢者がそれ程警戒する理由が分からないのよ」

「『学園都市』の蜘蛛はそんなに手練れとは思えないけれど、ねえ永琳?」

「油断は禁物ですが、それ程の者とは思えませんね」

「迂闊に手出しはしたくないとの事です、元より領域に侵入しているのは此方なので」

「大義がない?」

「ええ、大義がないのです」

「体面を重視するなんて、月に土足で踏み込む賢者にしては慎重なのね」

「詳しくは聞いておりませんが、自分が目立って動きたくないとは言っていました」

「ぐーたらなんじゃないの?」

「その可能性も否定できないのがあの八雲ね」

「……それについては、ノーコメントでお願いします」

 

 

 私が知っている事と言えば、紫様がやけに慎重気味だという事だけだ。

 学園都市に藤原妹紅を送った後は時折彼女の様子を覗いて頭を抱えているぐらいで目立った行動は起こしていない、それどころか極力目立たない様に行動している様子だった。

 まあ、頭を抱えている理由としては想像以上にあの蓬莱人がやんちゃだったと言う事だろう。あれだけ目立つなと言っておいたのにもう何度目の火災を巻き起こしているし、レベル2とは一体何だったのか。

 

 

「今回の問題の修正にも厄介な事になりそうです……」

「まず、よりにもよって妹紅を送ったのが間違いだったわね」

「紫様も『想定外に予想外を重ねて更に奇想天外で挟んだみたい』と嘆いていました」

「そもそも、何で妹紅を選んだのかしら……そこの所聞いてみた?」

「ええ、第一に『暇そうだったから』」

「なんとも間違いとは言い辛いわね」

「第二に『野良妖怪ではなく、こちらの言う事を聞き、会話が通じる』」

「半分は当たりだったかしら」

「結果を見れば言う事は聞いてませんね、任務は辛うじて行っているのでイーブンです」

「『野良妖怪』じゃないと言うのも疑問に思えるわね」

「確かに、妖怪じゃないけど野良だから」

 

 

 この二人、本人が居ない事を良い事に好き勝手言ってやがる。

 内心で表情が引き攣りかけたが今の私は使者である、質問には答えなければいけないだろう。

 

 

「第三に――『まともだから』」

 

 

 それを聞いた瞬間、場が凍った気がした。

 談笑していた二人がぴたりと声を潜めこちらを向く、そこに映っていたのは不気味な程何の感情も見られない無表情で……私は地雷を踏んでしまったんだろうか、いやいや。

 

 

「妹紅が、まとも?」

「ええ、そんな見立てを立てていたと」

「予想以上に八雲の賢者って物が見えていないのね」

「結果だけ見れば」

 

 

 くすりと、かすれた笑い声が聞こえたのは私の口からではない。

私に質問を投げかけていた蓬莱の姫君でもない、それは今まで黙したままだった月の頭脳だった。ただ彼女は、まるでおかしくてたまらないといった風に柳が風に吹かれたような笑い声をあげていて、それにつられたようにその主人もいつの間にやら微笑を浮かべていた。

 

 

「蓬莱の薬、効果は知っているかしら」

「不老不死――ですよね」

「そう、それが一番有名な効能。病を忘れ、老いを忘れ、やがて死を忘れる禁忌の妙薬」

「待ってください……”一番有名な”と今、言いましたよね」

「そう、”一番有名な”効能は不老不死。でも蓬莱の薬の力はそれだけじゃないのよ、隠れた力、そして厄介極まりない……凶悪にして醜悪なその力、想像するだけで身震いする」

 

 

 どうにも、やけに芝居がかっている。

 別に惚けている訳ではない、私は普段の底知れぬ笑みを浮かべる輝夜嬢を知っているからこそそう思っていた。

 感極まったかのようにそれこそ芝居がかった仕草で肩を竦める主人と、それを咎めるでもなく無表情でどこかを眺める従者だ、異様に静かな空気の中で私一人ぽつんと置いて行かれたような気分になったのは異常なのだろうか。

 

 

「馬鹿な、そんな副作用があるなら永琳殿ともあろう者が作る筈がない」

「その馬鹿な事があるのよ、だってその薬に関わった者しか分からないんだもの」

「……どういう、意味でしょう」

「簡単な話よ、蓬莱の薬のその隠された力はね――」

 

 

 

 

 狂うのよ、まるで月の狂気のように

 

 

 

 

 その言葉は、何故か奇妙なまでに静かな部屋に朗々と響いた気がした。

 

 くすくすと笑いながら再び茶を啜り始めた姫は「面白いでしょ?」とまるで同意を求めるようにこちらに首をかしげていたし、蓬莱の薬を作った当の本人は我関せずと言った態度で虚空を眺めていた。

 結局何かのアクションを起こせるのは私しか居ない、この時になってようやっと私はこの場の異常さに気付くのだ、こんな場所に私を寄越した紫様に対する恨みと共に。

 

 

「狂う――」

「考えてみなさいよ、”寿命がなくなる”なんてトチ狂ったような禁忌をどこの正気が求めると言うのかしら」

「好奇心は猫をも殺すと言うでしょう。それに輝夜殿は地上について興味を持っていたと聞いております、その目的を達するために必要だったとは」

「たとえ致死量の退屈でも不死の薬なんてそれこそ死んだって飲むもんじゃないわ、現にこうして此の世に閉じ込められているんだから」

「まさか、それは蓬莱の薬が持つ狂気が生み出した力とでも言うのですか。それも聞いた話によると実物を目にせずとも……」

「察しが良いわね、”蓬莱の薬”はその情報を聞いただけでも効力を発する。いくら主人に求められたからと言って永琳がその結果を予知できない筈がないでしょう」

「そんな馬鹿な! それでは幻想郷は蓬莱の薬を求める者で溢れかえる筈だ!」

 

 

 人里には居なくても蓬莱山輝夜、八意永琳、藤原妹紅の三名が蓬莱人である事は有力者の間ではそれこそ空気のように身近な情報として知れ渡っている。

 蓬莱人を生み出すのは蓬莱の薬、それも理解されているが蓬莱の薬を求める者は今のところ見た事がない。紫様もそうだし現にこうして蓬莱の薬について話している私だって一度も欲しいと思った事がない。

 怪訝な目で見ていればそれまで胡乱な目をしていた永琳殿がふいと此方を向いて、そこに秘められた静かな、しかし確かな”異形”に私は身動ぎする。

 

 

「蓬莱の薬の事を”知っているだけ”なら多分、それ程影響は無いのよ。四六時中思っているならまだしも普通ならば他の事を考えているうちに薄れて消えるぐらい微細な毒――そう、”知っているだけ”なら」

「……精々ふとした時に『飲んだらどうなるだろう』と考えるぐらい、知っているだけなら影響は無い。けれどもし”知っているだけ”で済まない者が居たとしたら、もしも……もしも蓬莱の薬を”創れる”知識と技術を持つ者が居たとしたら、そして材料から環境まで全て揃っているとしたら」

 

 

 ここに一人、その知識と技術を持つ天才が居る。

 『あらゆる薬を作る程度の能力』を所持する月の頭脳、八意永琳。

 だがそれだけなら地上の数百年先を逝く技術力を有する月の環境でも材料が足りなかった筈だ、彼女も蓬莱の薬を作らなかったかもしれない。

精々時折蓬莱の薬を作ってみるまではしても気乗りはせず、主人から命ぜられていたとしても何が何でも作るとは思わなかったかもしれない。

 

 だが当の主人が持つ能力がそれを阻んだ。

『永遠と須臾を操る程度の能力』を所持する月の姫君、蓬莱山輝夜。

 彼女の能力を利用すれば完璧な薬が作れる、作れてしまうとしたら。例えそれが社会の規則や生物の思惑を超えた世界の禁忌だとしても蓬莱の薬が持つ狂気を生み出す力がそれを上回るとしたら――そうして偶然に偶然が重なり、蓬莱の薬は出来上がった。

 

 

「かくして狂気に飲まれた姫君は服薬して地上に堕とされる、そしてそれを追う形で従者も同じ道を辿り追手を避けるために幻想郷に籠る。月から逃げてきた兎を匿う為に欠けた月と入れ替えて――そして永い夜が訪れ、今に至る」

「察しのいい子は好きよ、特別待遇で迎え入れてあげるから従者にならない?」

「私は今の環境で満足しているので」

 

 

 しかしそれでは辻褄が合わないことがある、どうしても納得できない事がある。

 その狂気の残滓かは分からないが御伽噺『竹取物語』の最後にもある通り月の姫は時の帝に蓬莱の薬を贈った、帝は「姫が居ないこの世に未練はない」として富士の山の頂上で薬を焼く……あくまで通説に従えばの話だが。

 帝は薬を飲まなかった、そして不治の山まで運んだ使者も飲む機会は山ほどあったと言うのに同じく飲まなかった、これはどうしてだろう?

 聞くまでも無く薬と愉快そうに笑った輝夜嬢は、少しばかり嬉しそうに口を扇でで隠すのだ。

 

 

「帝が飲まなかったのはきっと、本当に私の居ない世に興味がなかったのね。落胆と絶望が薬の狂気を跳ね退けたのだとしたら――当事者は私だけど、彼を救ったのも私。言えた義理じゃないけど最悪の事態は回避された」

「使者が飲まなかったのは恐らく彼の意志がそれほど強固だったと言うだと思ってるのよ。それが命令に従う義務感だったとしても、不死への忌避感だったとしても、人間としては異常なまでに頑強な精神だったと思うわ」

「そこまでは良かったんでしょうね、そこまでは」

 

 

 薬に関わった者は奇跡的にそれに手を付けなかった、最悪の事態は回避されたと思われた。

 

 ただ一人の少女が完璧なイレギュラーとして事態に飛び込んでくる、能力も力も持たない、年頃の少女としても非力な力しか持たない少女。

 彼女は輝夜姫によって失墜した五人の愚者の内の一人を親に持っていた、それが仇だったのかそれとも別のなにかだったとしても彼女は『月の姫』に対して憎しみを持ち、壺の中身を知らないまでもせめて逃げたその女に対して一矢報いんとしそれを奪うために使者達を追って山を登る。

 

 それが、藤原妹紅

 

 そこで何があったのかは知らない、彼女は存外自分の過去について口が堅い。

 紫様ならば何かを知っているかもしれないが私は興味がない、知ったところでどうにもできないしする気も無いからだ。

 だがその結果として彼女は薬を飲み老いも死にも出来ない存在へと成り果てて、ただ我武者羅に復讐を成し遂げる為に生き続けて、今に至る。

 

 

「彼女がまとも? それはとんでもない話よ」

「蓬莱の薬に関わったからでしょうか」

「そうでもあり、そうでもない。彼女は私達の中でも特大の狂気を隠し持っているの」

「『蓬莱の薬に関わった狂気』『永い時を孤独に生き続けた事で蓄積された狂気』そして最初に『そこまでして殺したかった存在が殺せない狂気』……最後に関しては完璧に無自覚だけどね」

 

 

 永すぎる孤独と、流転の日々、時には迫害され死なないまでも苦痛に塗れた日々、今でこそ凄まじいタフネスを持つが彼女は元を正すと箱入りのお嬢様なのだ。

 体も精神も大人にもなっていない、ただの幼気な少女。

 

 野宿の辛さに耐えられる筈がない

 自炊なんて出来る筈がない

 風呂にも入れない不潔に耐えられる筈がない

 冬の厳しい寒さに耐えられる筈がない

 夜の恐ろしさを味わわぬ筈がない

 孤独の寂しさに涙ぐまぬ筈がない

 

 理不尽に、不条理に、汚濁に、汚辱に、自らが最早死ねぬものだという事実に、それらから守ってくれる親も大人も居ない状況が彼女の狂気を形成していったのだろう。だからこそ彼女は強くなった、今では幻想郷の実力者とすら渡り合えるほどに強くなった。

 ただ自分をこんなにした元凶を殺す為、寝ても覚めてもそれだけを考えなければ理性が耐えられない環境、ただ死ぬほどの苦痛を味わってその見返りに力を得ることにより鍛え続けたその日々。

 

 

 

 それらが全て意味の無いものだとしたら、殺した存在が自分と同じように目の前で回復していくのを見た彼女の絶望はどれ程の物なのだろうか。

 

 

 

 それらを全て『藤原妹紅』の仮面の下に隠しているとしたら、紫様も分からぬほどに無意識の下に封じていたとしたら。

 

 

「もしかしなくとも、紫様は恐ろしい爆弾をあの場所に送り込んでしまったのか」

「妹紅の持つ狂気って私達を合わせたより上よね」

「今は単純に戦闘狂だけだけど――恐らくは『人間に対する渇望』も含まれているかも。自分が成れなかった『人間』に対する羨望がその偽物を穿ったのね」

「そう思えばまだ”まし”に思えるけれど、ひょっとすれば学園都市ごと焼き尽くす可能性は――」

「無くはないわね」

「寧ろありえるわね」

「やっぱりですか」

 

 

 取り敢えずこの件は紫様にいち早く報告しなければならないだろう、彼女達の話を聞く限りいつ爆発するか分からない核爆弾の可能性が高い。

 

しかし、しかしだ。

 

 

「今すぐ妹紅を幻想郷に戻す事が最善よ、今すぐにでもそうするのが良いけど」

「それは無い」

「やけに自信を持っているのね」

「紫様は慎重な方だ、幾ら他に適任が居なかろうと、準備に時間と費用が掛かっていようと、取り返しのつかないことになると分かれば今すぐにでも彼女をこちらに引き戻すだろう」

「そうしないと言う事は、つまり『出来ない事情がある』と思ってるって事?」

「恐らくはそう、その可能性が高い。妹紅はあまりにも暴れすぎた、そして危険性については私より紫様の方が知っているでしょう――私の理解できる領域より、彼女のそれははるかに広いから」

「じゃあ理解してると思うけど、このままだと事態は悪化するばかりよ」

 

 

 そうだ、幾ら紫様に出来ない事情があったとしてもそれで藤原妹紅の脅威が消える訳でも狂気が失われる訳でもない、ならばどうするか。

 

 

「恐らくもうじき何か介入がなされるだろう」

「紫は出れないって言ったじゃない」

「そう、紫様が出るには余りにも不適格すぎる。幾ら大人しくしているとしても此方の首魁が姿を現したとしたならば唯ではすまないでしょう」

「だったら……なるほど」

 

 

 

 

 

「ええ、だからその時は私が彼女の代わりに出る事になるでしょう――この私が」

 

 

 頭の中で数式が解かれてゆく音がする、何重にも掛けた鎖が外されていく。

その手は私のものではなくそう、今は見た事も無い学園都市の人間のもの。

 

 

(楽しみだぞ人間、お前はどんな顔でどんな頭をしている、色は、臭いは? ああ――とても愉しみだ、きっと愉快に違いないぞ)

 

 

 自分でも知らぬうちに、私は笑っていた。

 それが藤原妹紅が昂ぶった時に浮かべるそれと同じだとは、結局気付かないままだった。

 




自分にとっては大事でも多分どうでもいい活動報告書きました。
目を通してもらえたら嬉しいかも。

多分次回から妹紅達がにゃんにゃんしてる話が書けるかも、書きてえ。

P.S.

バトルものになると妹紅が説教臭くなるしチートが出てくるのが抑えられなくなったからこれ以降バトルは抑えるかもです、はい。
だって妹紅が魅力的なのを伝えたいんだしなぁと、模索中なのでペースは依然として遅いと思います。
だから絡んでほしいキャラとかあったら言ってくれると嬉しいかもです、バトルじゃなくて。

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