とある不死の発火能力   作:カレータルト

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上条当麻だと彼は言う

 

 

 

 

 ひゅるるぅっと何もない虚空をただ落ちていく感覚は慣れない、と言うよりそんな感覚に慣れてしまうって一体どんな環境に生きているのだろうか。確かに飛ぶ事が出来るからには数回ほど落下の経験がある訳だが、何度やったとしてもどうしてもあれは慣れないと思う。

 唯一天狗らへんはスピード狂でもあってスリル狂でもあるから直滑降に落下してからギリギリで滑空なんて競技が流行っているらしいが冗談じゃない、慣れていても毎年犠牲者が絶えないそうだからどうしてそんな事をするんだろうかね。

 

 この後来るだろう衝撃に身構えながらどこまでも続くような隙間空間をあろうことか真っ逆さまにに落下していく、いくら頑丈な体をしているからと言ってもこの体勢で落ちたら一回死にかけないから覚悟はしておくに越したことは無いだろう。畜生紫の奴覚えていろ、帰ったら弾幕ごっこで数回殺してやろう。

 

「さて、そろそろかなぁ――っ!?」

 

 突如として視界が薄暗く不気味な空間から光が溢れ、私は思いっきり目を覆い隠した。それと同時に隙間空間の圧迫感が抜け、次の瞬間ぼちゃんっと水に落ちる音と共に私の体は再び圧迫感のある空間に舞い戻る、それと同時にごぼごぼと口から気泡が吐き出されるのを見るにどうやら水中に投げ出されたらしい。

 確かに衝撃は緩和されたがそれでも痛いものは痛いし、痛いよりもずぶ濡れのぐしょぐしょになる方が精神的に痛い、今度会ったら絶対復讐してやると心に誓った。

 

「うぇ……服がぐっちょぐちょ」

 

 服が重い、体が思うように動かない。

 やっとの思いで川岸までたどり着くとまず真っ先に周囲に誰も居ないことを確認する、こんな無様な姿見せるなんて輝夜に負けるぐらい屈辱極まりない。幸いにも人の気配はなく遮蔽物も多い場所に落とされたらしい、紫の思いやりかと思うがよくよく考えれば私を普通にこちらに送ってこなかったのも紫なので差引結構マイナスと言ったところだろうかね、うん。

 

「ったく……いくら乾かせるっていっても気分悪いぞこれ、結構体力も使うしさぁ」

 

 このままでも風邪をひきそうなのでさっさと乾かしてしまう事にしよう、蓬莱人は腹が減らないなんてことは無くて餓死して死ぬだけだ、個人的には餓死は窒息死と同じぐらい苦しいと思う。幻想郷に来てからは結構安定したがその前はしょっちゅう餓死してひもじい思いをした、懐かしいね。

 体から熱を放出し服を乾かす、お手軽乾燥機だけど私はこれをあんまり気に入ってない。なぜかってほら、こんな方法で乾かしたら服がぱりぱりして気持ち悪い事になるし。衣服の替えすらなかった時代に色々と苦労したからそこら辺の拘りは人一倍大きくなってしまった気がする、せめてそこらへん拘らないとすぐ死にたくなるしこれは自分なりのメンタルケアだ。

 

「そう言えば紫の奴にいきなり叩き込まれたけど着替えとか食料とかどうするつもりなんだ? まさか現地確保?」

 

 取りあえず衣服を乾かせば心の余裕が出てくる、そうなれば気になるのが当面の衣食住の問題。着の身着のままも良いとこで放り出されたがあたりには川しかないし、またアプローチでもあるのか? まさかとは思うが現地で何とかしろなんて言われても流石にどうしようもないぞ。

 ここは学生の街とか言われたから何も持たずにふらふら徘徊しようものなら瞬く間に通報されてお縄に付くとかありえるし、住む場所と飯にはありつけるだろうけど冗談じゃない。流石に紫だからそこら辺は便宜を図ってくれる筈、きっと。でも紫だし……そう考えると途端に不安が鎌首をもたげ始める、なんだろうこの信用のなさは。その時にふと川岸にでかい物が置いてあることに気付いた。

 

「なんだこりゃ」

 

 妙にでかい箱に車輪がついたのだ、と言うよりもこれは見た事がある。移動式の屋台だ、幻想郷では小さな屋台で焼鳥屋をやっていた事もあるからなんだか懐かしい、今だって聞かれれば自称“健康な焼鳥屋”だと嘯くぐらいだし。

 あれはなんでやめたんだっけ、なんか“幻想郷焼鳥撲滅協会”とかが出張ってきて焼鰻屋始めたらこれが好評でとんと人が来なくなったんだっけかな。最初は悔しかったけど貶すつもりで食べてみたら美味かったなあれ、人を取られるのも納得だよ。

 そんな追憶に耽ってしまうぐらい予想外に懐かしい物を見つけた私はだらしなくにやにやと笑いながら暫くさすさすと台車を撫でていた、はた目から見たら完全に不審者だろうよ。後々それに気づいてあまりの情けなさに膝をついてしまったことは内緒だ。

 

「しっかしなぁ、屋台貰ってもこれからどうすりゃいいのか分からんし……ん?」

 

 そこまできて、私はようやく屋台の上の目立つ場所に一通の封筒が留められている事に気付いた、一番目立つ場所に張られているのになぜ気づかなかったんだ私は。十中八九紫からの連絡事項であるそれを開いてみると数枚の手紙と一枚のカードがはらりと落ちてきた。

 

「なになに『この手紙を読んでいる頃にはあなたは屋台を一通り撫で摩った後でしょう』ってうるさいな」

 

 

 

 ▼

 

 

 学園都市の都市伝説に一つ“夜な夜な現れる焼鳥屋台”が追加されたのはそれから二週間ほど後の事になる。夜毎に突如として現れるその屋台は大変絶品の焼鳥を振舞うと言われていており、そこの店主の顔を見たと言うものは1人として居ないのだ。

 なぜかと言われればそこには焼鳥屋の噂を聞きつけた都市中の教員やらアンチスキルが集っては毎晩賑わうからでどんなに括目しようとも店主は屋台から出てこないという心底くだらない理由があった。

 学生が後々店主の事を聞いたとしても“可愛らしかった”“中々豪胆だった”“おかしな装いだった”“懐かしい服を着ていた”等ばらばらでさっぱりと中の様子を窺い知る事が出来なかったからである。

 

 

 

 ▲

 

 

 

 ここに一人の平凡な男子がいる、ちんちくりんな黒髪を持つ彼の名前は上条当麻。極一般的な学園都市の学生の一人だ。レベル0、無能力者と判定されている事も学園都市の内6割が彼と同じであることから“一般的”の呼称を用いても問題ないだろう。

 この都市は能力者に対しては優遇する反面そうで無い物――非能力者に対しては厳しい、まあ誰かを優遇するならばその他の誰かに対して厳しくなくてはならないのが世の常ではあるのだが。

 例えば外から何かを持ってくる際には非常に高い関税がかかるし、そもそも学園都市内の物価は高めだ、潤沢に資金を貰える高レベル能力者はともかく無能力者もしくは低レベル能力者には厳しい社会となっている。

 

 だがこの上条当麻と言う少年に関して言えば完全な“無能力者”では無い、“レベル0”ではあるが“無能力者”ではない。つまる所その2つは同一である様に思えて厳密には齟齬が発生している。

 “幻想殺し”――八雲紫が聞いたら大仰に肩を竦めるかもしくは目を細めて絶対的な敵と判断する様な名前が彼の能力である、非常に限られた範囲ではあるのだが“能力を無効化してしまう”というその力は能力者だらけのこの都市においては大いに一つの脅威になるだろう。

 

「あー……」

 

 そんな彼は、今現在生命の危機に直面していた。

 それは生理的現象、心臓を動かし呼吸をするならば必然的に必要となる行為。

 

「腹が減ったぁ……不幸だ」

 

 そう、彼は今現在非常に腹が減っていた。いや減っていたなんてものじゃない、その顔は青白く今にも倒れ力尽きそうなほど弱々しい。本来ならば健康であるべき手をふるふると震わせ、足を引きずるようになんとか動かしている様は痛々しいの一言に尽きる。

 なぜこんな惨状に現在彼が置かれているかと言えば「金をATMから引き出す」→「小さな子供が探し物をしていたので手伝う」→「財布を無くす」、数日前起こったたった3つのファクターが今現在生死問題まで発展していた。驚くべき不幸具合だがこれが常なのだ。

 

 それにしてもこれはまずい、今までの不幸の中で特にまずい。彼は内心相当焦っていた。

 体力は限界だ、ATMから引き出した金は相当な額でこれ以上の持ち合わせは無かったしそもそもそれを引き出したのはスーパーでセールがあったから買い溜めに行ったわけだし家には食料も何もない、誰かにたかるなんてもっての外だ。このままでは倒れる、そうすれば死んでしまうという確信があった。

 

「もうだめだぁ、上条さんはこんなところで死んでしまうんだぁ……」

 

 足元はふらつく、視界も段々とぼやけてくる、世界はふらふらと揺れて形を持たない。一種のトランス状態に陥った彼はふと、芳ばしい香りを嗅いだ。

 美味そうな匂いだ、肉の焼ける匂い、ほかほかの白米の匂い、自然と引き寄せられるように足がそちらの方に赴く。まるで操られているがごとくふらぁり、ふらぁりと寄ってくる様を見たのか何者かが駆けてくる気配を感じた。

 

「おい……  …か…?」

「…あ…」

「……! ……い!」

「もう…限界……」

 

 何かを叫んでいる気がする、だが聞こえない。

 上条当麻は、はたりとそこで意識を手放した。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 驚いた、急にふらふらと近寄って来たかと思ったらばったりと倒れられるなんて久々に見た気がする。昔は行き倒れなんてよく見たけど最近は見てないなあ、それほど幻想郷の食糧事情とかが安定しているって事だね。野良妖怪に食われた人間を見る事もあるけど世の中に完全な安心なんてないし、何かを得るなら何かを犠牲にしなきゃならないんだよね、頭ではそんなくだらない事を考えているけれども体はしっかりと行動を開始していた。

 

「にいちゃん大丈夫かい? まあ駄目なんだろうけどさ」

 

 顔は青白く時々耐える様に顰めている、かといってそんな必死な様子も見えないから便所じゃない。そもそもあの生気のない歩き方を見るに体力が底を尽きていたんだろう、つまりはこの坊主はだいぶ長い間飯を食っていないんだなと推測できた、慧音に出されていた問題に比べれば相当簡単だ。

 こんな状態になったからには理由があるんだろうが生憎私は目の前で倒れている奴を放っておけるほど人を嫌っている訳じゃない、こんな事をしているから紫にあんな依頼持ちかけられるんだろうが知った事か。

 

「おーい起きろー、飯食わしてやるぞー」

 

 目の前に七輪を持ってきて肉を焼く、団扇で煽いで香りを脳に送り込むのだ。これの効果は私で実証済みでひもじい時に輝夜が盛大にやって来た時の事は今でも鮮明に思い出せる。ちなみにその後輝夜をぶっ殺して食料を強奪した時の事も覚えている、食べ物の恨みは怖いのだ。

 そしてやはり効果は覿面らしく、さっきまで生気のかけらも見えなかった顔に赤みがさして表情が次第に穏やかになってくる、食べ物って凄い。この分ならもうじき目覚めるだろうから放っておいても問題ないと判断して、私は厨房にご飯が入った炊飯器を取りに行った。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 いい香りがする、ただそれだけの事で実際に腹が満たされたわけでもないのに脳は勝手に「動け」と体に命令を出したらしい。次第に朦朧としていた手足の間隔が戻ってくるのを感じた。目を開けると青い空と白い雲の信号が網膜を通して脳に送り込まれていく。

 

「うーん…あれ、生きてる?」

 

 ここはどこなのだろう、まだ頭が痛い。あたりを見渡せばどうやらここは河川敷らしい、何故かおいてある七輪とその上でじりじりと焼かれている肉が食欲をそそり唾を飲んだ。それ以外は特に変哲もない景色だ、遠くに建物があって橋があって屋台があって……屋台?

 そこではっきりと意識が取り戻されるのを感じた、屋台なんてオブジェ以外ではこの学園都市では珍しい。しかもあるのは大抵人通りの多い場所だ、こんな人がまばらにすら居ないような場所で展開しているものなのだろうか。

 

「あ、目が覚めたか坊主」

「うわぁっ!?」

 

 突如として後ろから声を掛けられた、流石の上条さんもこれにはびっくり仰天ですよ。慌てて声のした方を振り返るとおっさんでもおばさんでもなく美少女がにかっと良い笑顔を浮かべながら「いやあ、死んだかと思って焦ったよ」とか言っていたけど間違えても笑いながら言う事じゃないと思うんです。

 

 美少女

 

 そう、紛れも無く美少女。青ピあたりが見たら卒倒するレベルの美少女。小柄で薄そうで守ってあげたくなる華奢な体形、顔付きは日本人のそれだけど線が細く繊細で整っているから若干現実離れしている美しさがあって。そして纏う気品はどこかのビリビリと違って粗暴ではないし、こちらの顔を見て小首を傾げる様子から不思議と大人びているように思えてますますグッド。

 

「そんな私の顔ばっかり見られても照れるよ」

「は、あっ……すみません!」

「いや良いんだけどね、それより腹減ったろ?」

 

 ずいっと何かが突き出される、凄まじく美味しそうな匂いに胃がきゅぅきゅぅと痛くなってくる。出されたそれはほかほかの白米の上にタレでつやつやした焼鳥が乗っけられた簡単な焼鳥丼だった。

 いいんですか、俺なんかがこれ食っちゃっていいんですか。そんな目で少女を見ると「気にすんな、若いんだから飯を沢山食わないといけないよ」となんだか涙が出る言葉を掛けられてじんわり来てしまった、でも見た目的にこの子も同じぐらいの年をしているんだけど自分は食べたと言う事だろうか。

 

「それじゃあ、ありがたく頂きますっ!」

「かっ込み過ぎて喉つまらすなよ?」

 

 箸を掴む前にぱんっと手を打ち鳴らして食事への感謝、そしてこの命の恩人へ感謝する。早速白米を取り出すと艶々で粒が立っていて……これっていかにも高級品ですよね? いつも食べてる無洗米なんかとグレードが数段違いますよね? それを食べると口の中に甘みと、風味がしっかりと広がってくる。咀嚼すればするたびに広がる甘みをいつまでも味わっていたいがそれは失礼だよな。

 次に焼鳥と一緒に白米を口に運ぶとこれまた最高だ、タレの甘さとご飯がよくマッチするし何より肉を食べられるという事が幸せだ、これまでの不幸が吹っ飛ぶぐらい幸せ。思わず自分でもだらしない顔を浮かべてしまうけどいいんだろうかこれ。

 

「おー、良い食べっぷりだ」

「ひゃひひゃひょうごくんございますはふはふ」

「ちゃんと食ってから言いな、飯は逃げないからさ」

「ふぁいっ!」

 

 構わず食えと言う事なので差し出された水をぐびりと飲んで久々の食事を楽しむとしよう。なぜ自分に良くしてくれるのか全然分からないけどともかくなんだか幸せな気分になってきた。

 ちらっと屋台の方を見てみるとそこには『焼鳥屋 富士山』の文字、成程ここは焼鳥屋だったのか……そう言えば最近できた都市伝説と言うにはあまりにも怖くない噂の焼鳥屋ってもしかしてここ?

 

「ここ、焼鳥屋なんですね」

「そうだよ、中々繁盛してる」

「今は休暇中なんですか?」

「いやさ、掻き入れ時はここの大人が集まる夜だからさ」

「やっぱりここは噂の焼鳥屋……」

「え? なんか噂になるようなことしたっけ」

「夜ごとに先生が集まる店があるって噂ですよ」

「まあ確かに……ってそれ噂になる様な事かなぁ」

 

 疑問そうに小首をかしげる少女、って俺はまだこの人の名前を聞いていなかった。

 命の恩人の名前すら聞かないなんて自分で自分が情けなくなってくる、ここはぜひ聞いておかないとな。

 

「あ、あのっ」

「うん、おかわりかい?」

「俺は上条当麻って言います、あなたの名前を聞かせてください」

「そんな畏まらなくても良いんだけどね、藤原妹紅だ」

 

 藤原もこう、苗字は分かったけど漢字までは分からなかった中々珍しい名前だと思うから後で聞いておこうかな。ともかく彼女は命の恩人だ。

 

「どーしてこうなったんだろうなー」

「なんか言いました?」 

「いんや? 今日は空が青いなーって」

「そうですね、やっぱ空が青いと気持ちよくなります」

「いつの時代も空の青さは変わらないねえ」

 

 少し気になる事を言われた気がする、だけど俺はそれよりも目の前のご飯をかっ込んで久々の幸せを楽しむことにした。いつも不幸だからこれぐらいの幸福は許されて欲しいものだ。

 




学園都市 そして上条当麻出現

====人物紹介====

★ミスティア・ローレライ
幻想郷焼鳥屋撲滅協会会長、ちなみに彼女1人のみである。
夜雀の妖怪でその歌は人の視界を全く見えなくしてしまう、直りたければ彼女の鰻を食べる他ないというあくどいマッチポンプで客を確保する。
本人は鳥頭なので三歩歩けば忘れる…と言うことは無いが中々相当なバカ。

====ここまで====

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