とある不死の発火能力   作:カレータルト

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やっとこさ仕上がった


冥土返し(ヘブンキャンセラー)

 

 どうやら幕府とどこかの勢力で戦争があるらしい、そう聞いたのは確かいよいよもって紅葉が美しくなってくると言った頃だっただろうか。別にそんなものは見飽きる程に見てきたが、やはり季節の移り変わりは見ていて楽しい。

 

 死なず朽ちずの蓬莱人にとって何かに飽きると言うのは精神に依存する妖怪よりも遥かに死活問題だ。何せ楽しみは有限で、しかも数が少ない。そのうちの一つが潰れてしまえばそれはそれは焦るものだ。

 

 だから妖怪や私らみたいな蓬莱人は楽しめる事に限りなく貪欲になる、たとえ一時凌ぎだとしても全てを忘れて浮かれ騒げる宴の様な――そんな事をどこかで夢見て、だからこそ大きな何かがあった時は決まって怪異が跋扈するようになる。

 

 要は見学なのだ、大乱を見ては楽しみ、祭りを見ては喜ぶ。人が謀略で殺される様を見れば感心し、果てには天変地異の際には進んで手を貸す事でそれ荒げる。全ては自分たちが退屈しないように時には大切に芽を育て、時には敢えてそれを踏みにじる。

 

 全く身勝手なもんだよ、と言う私も今となってはそんな存在に片足突っ込んでいるんだけどね。まあどこかの馬鹿みたいに進んで掻き回すんじゃなくてただ見学するだけだが……これがまた面白い、やっぱり人間の精神を捨てなきゃ持たないね。

 

「お兄さん、何の話だい?」

「おっ、嬢ちゃんも気になるのか」

「そりゃねえ、こんだけ武士さんが鉄砲や刀を持って物々しく歩いてりゃぁねえ」

 

 花のお江戸は今物々しい空気で溢れかえっている、町人たちはいつも通りだけど道行く武士たちは慌ただしく何かを買い揃えたり、やれ異教徒がだのやれ田舎者がだの口うるさく罵倒の言葉を垂れ流したりと不穏な空気が漂っていた。

 

「乱があるらしいよ」

「乱かぁ」

「九州の方だってね、あの端っこの」

 

 九州ね、薩摩は確か芋焼酎が美味かった気がする。戦国時代には島津家が居たっけな……うん、懐かしいなぁ。よくあいつらとは酒を飲みかわしたもんだよ、まあ酔った勢いで斬り殺された事は忘れないけど。それにしたって目の前で生き返っても驚かないんだもんなぁ、胆力以前に酔っていたってこともあるんだろうけど。武士ってのは凄いもんだと思う。

 

 昔はあちらこちらで戦争をしていたと言うのに、今となってはもはや過去の事とばかりに戦なんてものは忌避されている。大抵の一般市民にとってはその程度の認識だけなんだどね、嫌な戦争が無くなって嬉しいだとか、平和は嬉しいだとか。

 

実の所戦が無くなるって事は色々と裏があるんだよね、だって多くの人が勘違いをしてることだけどさ、上の者にとっても戦争なんて本当はやりたかない事なんだよね。それでも戦争するって事はそれなりの理由があるって事で、そうでも無きゃ出費だらけの馬鹿げた『行事』なんてやらんわけで。

 

 そこのところを分からないから単純に「戦争反対」とか嘯けるわけだね、まあ確かに戦争なんて無い方が良いだろうけどさ。戦争が無くなってもそれは一時的なもので本質的には戦争なんて無くならない、無くなる訳はないのさ。

 

「キリシタンの反乱だってね」

「キリシタンが? あの連中も戦争なんてするんだ」

「俺も驚いてるよ嬢ちゃん、でも戦争ねえ……戦争」

 

 多分、このお兄ちゃんも戦争なんて聞いただけに過ぎないのだろうね。だって国が分かれて争っていた時代なんて遠い昔だしさ、あの頃は武士とかが沢山居てそりゃもう賑やかだったねえ、随分と昔の事だけど覚えてるよ。

 

「うんうん、そうだ嬢ちゃん。俺と一緒に今夜どこかに……」

「悪いね、用事があって」

「ありゃま、振られちゃったかぁ」

「……もうちょっと絡め手で行こうよ、流石にド直球過ぎるよ」

 

 まあその潔さは嫌いじゃないけどね、因みに用事があるってのは本当の事さ。兄ちゃんに手を振ってその場を離れる、そのまま街をぶらぶらと出て辿りつくのはまだ未開発な地域、流石に見られたら面倒な事になるからさ。

 

「んじゃま、見に行くとしますか」

 

 背中を火炎が奔る、心なしか感情の高ぶりを感じる。ぶっちゃけて言えば一日もあれば江戸から九州までは行けるけど空を飛んで行った方が早いしばれんだろう、それにいつ戦が始まるかもわからんしね。

 

 島原で起こった近世久々の乱、それの城主はまだ十代のガキだってさ。多分持ち上げられてるんだろうけど……どうだかね、果たして愚か者か単純に力がないだけなのか、多少興味があるからさ。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 どうやら、上条の坊主は記憶を失ったらしい。はっきりそうだとは聞いていない、だけどあいつの病室から逃げ出す様に出てきたインデックスの嬢ちゃんと、扉の隙間から見た顔を見てそうだと確信出来た。

 

 今までにそういった例を見てこなかったと言えば嘘になる、まあ数は少ないがなんかの衝撃で頭の中がすっからかんになっちまった奴は居た。つまり今の上条はそれと同じような顔をしているって事だ、惚けていると言うか何と言うか。

 

 本人はそのつもりは無いのかもしれないが、決定的にずれているんだね。自分の中での世界への『認識』と実際の世界にはどうしても齟齬が発生する、絶対的な壁でありで決定的な溝が両者を隔てている、私の目から見る上条の坊主はその『ずれ』がはっきりと見えた。

 

「あの」

「ん?」

 

 そんな事を考えていたからだろうね、上条に気付かれちまった。本当ならさっさと退散するつもりだったんだけど……ま、いい。病室の中から声を掛けられても私はその部屋に入る事は無い、入るつもりもない。

 

「あの」

 

 恐らく、迷っているんだろう。私が彼の『知り合い』なのかそうでないか、知っていればどんな関係なのか、自分は何をすればいいのか、そう言った者がすっぽり抜け落ちてしまった者にとっては酷く難儀な事なんだろうと思う。

 

 だから

 

「記憶喪失なんだってね」

「――っ!?」

「すまないね、外で話し合ってるのが聞こえちゃって」

 

 なんてことはないかのように、笑う。彼は驚愕の表情を浮かべた後で「それならば」とそれを崩した、実際はそんな話を聞いていないしここの医者に会った事も無いのだがそんな事はどうだっていい。

 

「あなたは……」

「ああ、私は向こうの病室に居る奴の知り合いでね」

 

 暗に「お前の事は知らない」と、そう宣告した。問題はないだろう、我々の関係を知っている者なんて数えるほどしか居ないのだから……あ、常磐代の嬢ちゃん達には口封じしとかなきゃならないかなぁ。

 

 私がここに来た目的と言えばあくまでも学園都市の調査、そこに巻き込まれる形で偶発的な出会いがあっただけでそれ以上でもそれ以下でもない。ならばここで縁を切ってしまった方が都合はいいだろう、また何か巻き込まれたら紫に顔向けが出来なさそうだし。

 

 正直言ってしまえば、どうだっていい関係だ。どうにもなる関係であって今まで何度もあった関係だ、それだけの関係、その程度の関係。だからこそ面倒な事になる前にここで終わらせるのが最善だろう。

 

 だけど、私が話を合わせる必要がないと分かったからほっとした顔をするかと思えば上条は一層深刻な顔になった、訳が分からない。なんだかさっさと帰ろうとしたら「待って下さい」とか言われるし。

 

「本当に、俺の事を知りませんか」

「知らないよ、そもそもここの病院に来たのも久々なんだからさ」

「でも」

 

 どうにも引き下がらない、普通ならこうバッサリされたら食い下がるだろうがそれをしない。諦めが悪いのかそれとも別の理由があるからなのか……後者だったら厄介だ。取り敢えず話だけでも聞いておこうか、面倒だったら帰ろう。

 

「私に何か用?」

「俺、あなたを知ってる気がするんです。なんか顔を見たら胸がざわつくと言うか、何と言うか」

「それは人違いじゃないかな」

「違う、何もかも忘れちゃったけど俺は妹紅を覚えている」

 

 待て、こいつ今「妹紅」って言ったか。本人は気付いていないといいけど……気付いてないな、でもこっちに掴みかからんばかりに身を乗り出してほしくはないが。あらそんなに身を乗り出したら――あらら、やっぱりずっこけた。

 

「――っててて……」

「危ないねえ、君」

「うう、不幸だ」

 

 帰ろう、このままだとまた厄介な事に巻き込まれる気がする。そうすれば私は力を使うだろう、紫の怒った顔は見たくない。「待ってください!」と、背中に突き刺さる声を無視して私は病院を後にした。

 

 

 

◆ ◆

 

 

 

 空に、紅い閃光が消えてゆく。流星の様に燃えながら彼方へと消え去る光、閃光のような光はやがて薄らと消えてゆき、夜の闇に溶けていくと言うのに瞼の裏はいつまでもその残像が目に焼き付いて離れない。

 

まるで鳥の様な翼を生やした彼女は、こちらを一瞬だけ振り返って飛んで行った。白い髪に白い服、純白に紅蓮を載せて不死鳥は明けの明星へと飛んでゆく、なんと神聖なのだろう、なんと美しいのだろう。

 

 まるで神のような……いや、それは彼女に失礼と言うものか。藤原妹紅を名乗る少女は恐らくそんなものを信じていないだろう、なんとなくそう思ったし、多分それは当たっている。私の勘はいつだってよく当たるのだ、『聖人』として祭り上げられる分には。

 

 私もこんな力を持って居なければもっと世界を見渡せたのだろうか、空を飛ぶ事は出来ない、炎も出すことは出来ない。だが私にはこれからがあった筈だ、自分の為に使う事の出来る時間、これから捨ててしまう時間が。

 

 昔から、時折考える事があった。祭り上げられている事は知っていた、自分が原因で戦争が起こってしまう事も分かっていた。大人達は私を利用して教の優位性を解こうとしている、反抗を起こそうとしている、それがどう言った事か分からぬ程阿呆ではない。

 

 だが、それでも私はその通りにした。仮初の聖人でもいい、私を信じ救いを求めるものが居ればその通りの『聖人』になろう――そう決意したのだから。この時代は、この社会はあまりにも主を信ずる者にとって辛すぎる。

 

 私は神の依代であろうとした、人々の為の標となろうとした、これからの礎になろうとした。それが間違った事であるとは思っていないし、後悔もしていない。人が私を必要とするならばそれはそれで良いものだ。

 

 だが、時折ほんの少しだけ寂しくなることが無かったと言えば嘘になる。自由にのを駆けまわりたくなかったと言えば嘘になる。私はまだ子供だ、同年代の子供と遊びたい事もあった、遊戯に明け暮れたい日もあった。

 

 だが私には使命があるのだ、この与えられた力を持って人の希望となる使命があった。遊ぶ事は遠慮した、大人たちに私の力を見せる事でそれが彼らの希望となればよいと努めて『子供らしさ』を封印した。

 

 その結果がこれだとすれば……何と皮肉な事なのだろうな。結局私は死ぬだろう、良くて斬首、悪くて拷問か。それでもいいだろう、この戦争を引き起こした私にはそれがお似合いだ。これは私の罪だ、その贖罪の為に私は死ぬのだ。

 

 そう思っていた、私は世界のことなぞ何も知らぬまま死ぬのだと、そう思っていたし、疑う事を考えては居なかった。今宵彼女と出会い、その瞳に魅せられるまでは、この光景を見るまでは。ずっとそう思っていた。

 

「シロウ様、こんなところに居たのですか」

「あの客人と話していてね」

「そりゃ……って彼女はどこへ?」

「飛んでいってしまったよ」

「はい?」

 

 信じられないのも無理はないだろう、人が空を飛ぶなぞ――いや、あれは人ではないのだろう。そうで無ければあんなものは私に見せることが出来ない、妖魔かそれとも神獣か、どちらでも良い事だが。

 

 目を閉じればありありと浮かぶは美しき光、夜を切り裂く希望の紅蓮。ああ、彼女はあの光景を私に見せたかったのかもしれない、その為だけに神が私の元に送りつけたのだとしたらば――私は不可視の神を本当の意味で信仰出来ただろう。

 

「なあ」

「何でしょう」

「世界は美しいな」

「へっ? ええ、まあ」

 

 ああ、世界はあんなにも美しい。私が見る事が叶わぬ世界、これからもこれまでも私が知る事は無いであろう世界はあんなにも美しいのか。それを知れただけでも、私は今日胸を張って死ぬ事が出来る。

 

 だからこそ惜しい、この感動に打ち震える心を表すことが出来ない事を。幾ら言葉を使おうとも、誰にも伝わらぬままに埋もれてしまうだろう彼女の姿を。それが堪らなく――狂おしい程にもどかしい。

 

 そうだ、書を残そう。

 

そんな大したことでなくても良い、ただ彼女がそこにあった事を、この世界の美しさを書くことが出来ればいつか誰かの目に留まるだろう。それがどれぐらい後であったとしても、きっと彼女は彗星の如く唐突に現れるに違いない。

 

 侍女に頼み筆と紙を出してもらう、残された時間は少ない。半ば何かにとりたてられるように私は筆を持ち字を綴ろうとする。しかし――思い浮かばない、彼女をどう表現する? 誰にでも分かるように、現物を出すかの如く的確に表す言葉はどこにある?

 

 自分の語彙が足りぬことを恨んでも始まらない、うんうんと唸りながらも再びあの光景を思い出す。暗闇を裂く光を、どこまでも続く線を、白い不死鳥を、この世界の美しさを――。

 

「あ」

 

 それは正しく天啓だった、短い生涯の中で初めて私は真に神から降りてきた言葉を聞いた気がした。一言でいい、あの光景を表すのは一言だけでいい、最短で最良の言葉があるじゃないか。

 

 ――――幻想

 

 そうだ、つまり彼女は幻想だ。夢幻の世界の住人、現とは遠き世界の者。これ程までにぴったりと当てはまる言葉は無いだろう。にやける顔を隠さずに私は一気呵成に筆を走らせた。

 

 

 

 ◆

 

 

 

「そうか、やはりあの少女は――」

「何か言ったかい?」

「いや? 妹紅の事で考えていてな」

「そうか」

 

 呟きはどうやら隣で座っていたステイルに聞こえていたらしい、寝ていなかったのか。妹紅の事を考えていたと言えば首肯した後再び睡眠を始めた。あのあと医者の手当てを受けたとしても今回はハードだったのだろう。

 

 インデックスについては不本意ながら上条に任せるといった形を取った。彼女はあのツンツン頭に不本意ながら懐いてしまったし、それを引き離すのはよろしくないと判断したからだ、本当に不本意だが。

 

 それに、彼女を縛る鎖はもうない。ならば我々の生きる場所よりは表世界に居させた方が良いだろう。彼女はもう自由なのだから、友人としてそれを享受させたい。あの少年に任せるのは腹立たしいがそれも仕方ないだろう、私達は恐らくもう彼女の隣に居ることは出来ないのだ。

 

 ステイルは渋ったが心のどこかではそれを了解している、自分の感情だけで物事を断定するものは裏では生きてはいけない。時に自分を殺し、不本意を切り捨てられるものでなければその資格は与えられない。

 

 ま、あそこには妹紅が居るから何とかなるだろう。連絡先は彼女が携帯を持っていないので聞き出せなかったが連絡先は渡しておいた、多分大丈夫だ。もしもいつまでたっても返ってこなければ……また日本に行くかな。

 

「『幻想より来た者』――成程」

 

 その名を見たのはまだ私が小さい頃。蔵に眠っていた古めかしい本が何故か気になって思わず中身を読んでみた時だ。薄い冊子のようなそれにはかの乱の前に「空より人がやってきて話をした」、大方そんな事が書いてあった。

 

 空より降ってきたその者は大変美しく、恐らくは自分の最初で最後の恋だろうとか妙な世迷言も書いてあったがただ一つ、『幻想』といった単語だけがやけに強調されていて、それをよく覚えている。

 

 その時は良く分からなかったが、今になればわかる。その少女が藤原妹紅であれば――間違える余地も無いだろうが、そもそも天草四郎を明確に知っている事を匂わせた彼女ぐらいしか居ないだろう。

 

 あの時、上条の背から伸びた輝く翼は思わず見惚れてしまう輝きを放っていた。この世のものとは思えないようなあれを幻想と言うのだろう、現から抜け出た様な霞、そこに住まう者、『幻想より来た者』とはそのものズバリを表していたな。

 

 ――目を閉じれば、そこに幻想はある

 

 あの書の最後に書かれた言葉、なぜか頭に焼き付いて離れなかったそれの意味が今は分かる。そっと瞼を閉じればそこは最早現実とは異なる世界、在るものが無く、無いものが在る幻の世界。

 

 微睡む意識をそのままに、ずぶずぶと沼に沈み込んでいく。イギリスまではまだ相当にある、寝る時間ぐらいあるだろう――。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 「へくしっ」

 

 病院の冷たい廊下を歩いていると急にくしゃみが出た。風邪でも引いたかな、冗談だけど。蓬莱人が風邪を引いたなんて考えようによっちゃ相当まずい事になるんじゃないかな? 永琳でも治せるか分からん。

 

 しっかし、誰かが噂をしているのかね。こんな迷信じみた事を考えちまうのはこの世界では古い事なんだろうか、古い事なんだろうねえ。なんだか急に年を取ったみたいになって嫌になる、幻想郷は古臭い考えの連中が多いからその中では若く思えるんだよね。

 

 ま、妖怪にとっちゃ年寄って事は『箔』があるって事だからわざわざ年寄り臭くしているのかもしれないけどさ。こっちは元人間だからなるたけ若く居たい訳よ、まあ蓬莱人って時点で若いもくそも無いけどさ。

 

「おや?」

「ん?」

 

 そんな事を考えながら歩いていると急に、声を掛けられた。相手は白衣を着た蛙顔の男――医者かな? それにしてもあの顔って学園都市のどっかで見た様な……あ、そうだ。

 

「ゲコ太?」

「うん? ああ、良く言われるけどね?」

 

 喧嘩を売っているとしか思えない発言を笑って流してくれるほどには器が大きいらしい、それとも言われ慣れているからもう気にしてないだけか。どちらにせよ初対面早々面倒事になるのは避けることが出来た。

 

「ふむ、もしかして君が妹紅君だったりするのかな?」

「なんだ、こちらの事を知っているのか」

「いや? しかしそうだとすると……ちょっとお話を伺いたいものだね?」

 

 顎を撫でる仕草には嫌な思い出しかない、主に薬師とか賢者とか。大抵の場合その動作の後には面倒事が重なる。どうして天才的頭脳を持っている奴って考える事は天災的なんだろうね? それとも読み方が同じなのはそこから来ているとか、あり得る。

 

「立ち話で済むぐらいなら」

「そりゃ結構限定されるね? こちらはそんなに体力がないからね?」

「良く言う、医者なんて体力勝負だろうに」

「おやおや、ばれてしまったね?」

 

 嬉しそうに笑われるが、こちらの表情は多分恐ろしく硬い。うわ胡散くせえ、とんでもなく胡散くせえ。流石に紫程じゃないけどそれでもこういった人間とはできる限り知り合いになりたくはない、そんなのは二人か三人で十分だ。

 

「いや、君は上条を知っているね?」

「……いや? 誰、その上条って」

「恍けないでほしいんだけどね? 冗談じゃなければ」

 

 ああもう、面倒臭い。だったら最初から疑問語で言うなと言いたい、そもそもこれがこの蛙医者の個性なのかもしれないけど。どうにも良い感情がしないのは絶対あの永琳の仕業だ。

 

「ごめんよ? 上条の容体は」

「知っている、記憶がぶっ飛んでいるんだろう?」

「そうそう、それでも驚く事に譫言で君の名前を呼んでいたんだよ?」

 

 やっぱりか、苦々しげに唇を噛む。別に噛み千切っても良いけどその途端修復されるのをこいつの前で見られたらやばい、色々と拙い事になりかねない。そもそもこの状況自体遠慮したいって言うのに、あの坊主に関わると面倒事しかないな。

 

 そこから先は色々と地獄だった。色々と「うんたらディスク」とか知らん単語を使って説明された挙句最後に「つまり、理論上あの子は君の事を覚えて居る筈がない」と酷くさっぱりした結論を聞かされる、先にそう言え。

 

「他の人を忘れている中で『君だけを覚えている』、非常に興味深いと思わないかね?」

「別に、なんかの偶然でしょう」

「……君はもうちょっと嘘を隠そうとした方が良いね? もしくは本気で隠そうとするかした方が良いと思うけどね?」

 

 苦々しい、上条が私の事を断片的でも覚えてしまっている理由は分かっている。あの『バゼストバイフェニックス』の際、坊主に植え付けた私の『魂』がどういった訳か燃え尽きずに残っていたらしい。もしや『幻想殺し』の影響か、ますます厄介だなあれ。

 

「それで、薬を使ってでも色々と聞き出したいと」

「そこまでは言ってないけどね?」

 

 それが嘘かは分からないけど、こちらに協力する気がさらさらない事を察してくれたらしく肩を竦めて「無関係の人を無理矢理巻き込む程人でなしじゃないさ」と、そうとだけ言われた。

 

 人格者なのかそうで無いのか分からない、けど幻想郷に潜むことさら厄介な連中よりは随分と話しやすいって事は分かった。医者って多分私と一番関係のない職業だけど表面上でも仲良くなっておくに越したことはないだろ、多分。

 

「それじゃ、私は用事があるのでこれで」

「ごめんよ、少し興味が先行しちゃってね?」

「知り合いに居るんで分かるわ、それ」

「ああ、そうかい?」

 

 けど、まあ一つ言っておきたい事がある。

 

「先生は、科学で何でも解決できると思っている?」

「微妙な所だけどね? でも患者が居たら確実に治すのが僕の使命だと思っているよ」

「出来ると思ってるの?」

「でも何があっても患者を見捨てないし、必要とあらばどんなものでも用意するよ?」

「はぁ、それはまた」

「『不可能』と思うかい?」

「『可能』だろうね、少なくともそれが出来る存在を私は1人知っている」

「……へぇ?」

 

 この医者は恐らく私が不可能と断定すると思っていたのだろう、私が肯定すると興味深げに眼を見開いた。生憎私はそれが出来る奴を知っている、私がこうなった一因だから、あいつに出来ない事なんてその方が思いつかない。

 

「けどさ、先生よ。『可能である事』は『許容される事』じゃないな」

 

 私は、私が飲んだ薬が禁薬である事ぐらいは知っている。その所為で輝夜は月を追われ、永琳はこの星へと逃げ込んだ、全く忌々しい事にその所為で私もその薬を飲むことになったんだからさ。

 

 出来るならばいい、それだけだ。それを『やっていい』ことには、ならない。やって良いか悪いかの後に出来るか出来ないかが来るんじゃない、出来るか出来ないかの後にやって良いか悪いかが来るんだろうな。

 

 だってそうだろ? 荒唐無稽で論理を完全無視した技術が空想であったとしても、それが絶対実現不可能ならば許可するもしないも無い、ただの机上の空論だ。だけどそれが目に見える場所に、手の届く場所にあるならばそれは――やって良いか悪いかが決められる。

 

 この医者にはそこが分かっていない……いや、分かっていて敢えて無視している気がする。患者が第一で論理は第二、医者としては呆れる程高潔な精神だけど社会的には思いっきり不適合者。ますますもってあの薬師に似てる。

 

 言いたい事も言ってしまったのでさっさと帰る事にする、どうせもうここには来ないんだから。上条当麻なんて人間は知らないし、これからも接点は無いんだろう。どうにも嫌な予感はするけど。

 

「それでもね、『やらなきゃいけない事』はあるんだよね?」

 

 そんな言葉が聞こえた気がしたが、私は何も聞いてはいなかった。

 

 

 

 




編成に非常に手間取ってモチベーションが低下しました
書く事が無いんじゃなくて書きたい事が多すぎて詰め込み過ぎた。

「逆に考えるんだ、別章にしちゃえばいいんだ」との啓示が無ければ疾走するところだった……

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