とある不死の発火能力   作:カレータルト

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幻想殺し(イマジンブレイカ―)

 

 

 

 

 

 

 白井黒子は怒っていた、かつてない程藤原妹紅に対して怒っていた、ちなみに白井黒子と妹紅は知り合いでも無いし両者直接であった事すらないがそれでも周りの人間が引くほどの怒りをその瞳にめらめらと燃やしながら黒いは怒っていた。

 

唐突過ぎる出だしだがその理由を見るにはそう唐突ではない、それは黒子の親友である初春が最近何かに取りつかれたようにパソコンに没頭して相手をしてくれず、その理由がどうやら藤原妹紅たる謎の人間であることを突き止めたからだ。

 

「全くもう! 初春も大概ですの!」

 

 その原因が妹紅に非ず半分遊び感覚でとんでもないブツを設えてしまった八雲の式の仕業だとかそんな事はどうでもいいのだ、それよりも初春がそうとまでして調べている相手――藤原妹紅と顔写真と共に書いてあったそれに対して怒りをぶつける他なかった。

 

「絶対出会ったら捕まえてやるですの……ああしてこうして、このっ、このっ!」

 

 繰り返すようだが完全な濡れ衣である、悪いのは八雲藍なのだ。しかしその元凶と言えば現在八雲亭で妹紅が最近暴れすぎている問題に対する対処で頭を悩ませているので一概に責める事は出来ない、両方とも完全に自業自得ではあるが。

 

 そして黒子と言えばその『藤原妹紅』たる人間がどのような人物か知らない、今は一時の賑やかさは無いもののその雰囲気から疲れた大人達が挙って足を運ぶ店の女将であることは勿論だが、問題はもう片方の噂についても知らない事だろう。

 

 多数のスキルアウトを片手であしらい、悉く打ち倒す豪傑――その性格から裏路地を歩くことが多く、つまり必然的に『そういった』出来事に出会い易く、更には見放すのもあれだしといった理由で取り敢えずぶん殴っている内に本人も気付かぬうちにいつの間にか積み上げられた実績。

 

 目の前で狼藉を働く者を蹴散らし、お礼参りに来た者を沈め、その実績目当てで襲い掛かる者を殴りつけ、その雄姿に惚れこんだ者を投げ飛ばす。いつしかその足音だけでスキルアウト達を退散させ、無力な学生達を助けることになるのを知らぬは本人だけなのだ。

 

いつしか『白い死神』だの『番長』だの『全身凶器』だの『お札女』だの『もこたんまじ女神』だの言われる様になったが、本人にとってそんなのは別にどうでも良い事。「最近は裏でやたら絡まれなくなって楽だね」としか考えていないのである。

 

 因みにその後ろ姿に惚れこんだ者達によって密かにファンクラブが結成されている事も知らない、内訳的に女性の方に傾いている事も知らない、黄泉川は知っているが言わないだけだ。

 

 ともかくとして、白井は最近スキルアウト間で噂になっている『藤原番長』とやらの調査もあるのに黒子は苛々とした空気を纏わせながら学園都市を歩いていた。そう言えば最近ここらで引ったくりがある事を思い出し、ついでだからひっ捕らえようと考えてしまうのも当然の流れかもしれない。

 

「こうなったら全力を挙げて捕まえて差し上げますですの……ふふ、ふふふ……」

 

 それもこれも全て妹紅って奴の仕業、憐れなスキルアウトはあっという間にひっ捕らえられてしまうだろう。事情を知る者が居たならば誰だってそう思えた、少なくも白井黒子はそれだけの力を持っているのだから。

 

 余裕は慢心を生み 慢心は油断を生み 油断は時に致命傷となる

 

 突然黒子の背中から大柄な男が遠慮容赦ない突き飛ばしをお見舞いし、ついでと言わんばかりにその荷物を引ったくる。あまりの唐突さに倒れ伏したままの黒子が暫し呆然としてしまったのも、それは油断によるものに他ならなかった。

 

「――へ?」

 

 気の抜けた様な声と、ドタドタと次第に小さくなる音が路地裏に響く。惚けた表情のまま倒れていた黒子だったが次第にその顔が真っ赤に染まっていくのが見て取れた。

 

「良い根性、ですのっ――! この私を、あまつさえ突き飛ばすなんてっ……!」

 

 ぎりぎりと歯噛みし、凄まじい眼光で下手人が逃げていった方向を睨みつけながら体制を整える。多少のラグはあったものの怖気づかず、怒りながらもその頭では綿密に演算し、最適な行動を的確に叩き出そうとしていく様は流石のジャッジメント、高位能力者であるレベル4を冠するだけはある。

 

 だが路地裏は隠れる場所が多く、すぐさま追いかけられないならば泣き寝入りをするほかは無い。空間移動の高位能力者である黒子と言えどそれは同じで、どこに隠れたか分からなければ無為に状況を攪乱させるだけだ。

 

「ぐ……不覚ですのっ」

 

 予想通りと言うか、遮蔽物が多く音も反響しやすいここにおいてはどの方向にどれ程移動したか分からずに能力の発現が困難になる。焦れば焦る程犯人は遠くに行き、捕縛の可能性が0に等しくなるだろう、今でさえ諦めた方が良いのにそれでも黒子には諦められない理由があった。

 

(だって、あの鞄の中には、私の大事なっ――!)

 

 諦められない、しかしこのままでは状況は悪化するのみと判断した黒子は演算の結果最も可能性が高い位置に空間移動する。これ以上状況は悪く成りえないとの判断、本来ならば被害届を出すのが最良であるのだが、それは『社会的』な正解であって『個人にとって』の正解ではないのだから。

 

 果たして、移動したそこに下手人は居た! 見覚えのある背中を見つけると胸を撫で下ろすと共に犯人を捕らえようとジャッジメントの腕章を確認し、詰め寄ろうとする。だがそこで、冷静さを取り戻した黒子はある異変に気付いた。

 

「ひっ……あ――ああっ……!」

(怯えている?)

 

 背中を向けているので表情は分からない、だがその空気はこの大男が何かに酷く怯えている事を如実に伝えていた。一体何に? 懸念する黒子は男のその向こう側に一つの気配がある事に気付く。新手か、そう判断して咄嗟に身構えたのは正解だった。

 

 その瞬間、その巨躯がまるで枯れ木の様に吹き飛んだ。

 

「ぐわぁぁぁぁっ!」

「――え、ちょっ、なんですのぉっ!?」

 

 咄嗟にテレポートを行いその場から逃れる、その所為で巨体が背後にある壁に激突しきゅうっと情けない声と共に男は意識を断たれた様子だった。突然の出来事に先程とは違って口をあんぐりと開いたまま真正面の小さな、恐らくあの大男をぶっ飛ばした人影を中止する。

 

「藤原妹紅!?」

「おん? 私かい?」

 

 それは、今まで探し求めた妹紅だった。それと同時に黒子はこの人物こそが『学園都市の女番長』とも呼ばているものであることを確信する。白いし、お札べたべただし、強い、圧倒的な強さをあの一撃は如実に表していた。

 

 興味深げにじろじろと観察してくる黒子に対して居心地の悪そうな表情をした妹紅は大男の手から鞄をひったくるようにして取り、黒子に差し出す。よもやそんな行動を予想していなかった黒子は「はい?」と拍子抜けた声を上げた。

 

「これ、嬢ちゃんのだろ?」

「え、まあ、そうですの」

「災難だったな、でもこんな危険な所に入ってくるんじゃないよ?」

 

 それはどの口が言うのか、自分と同じほどの童顔に背丈の少女に対し思わず口を出しそうになるが、スキルアウト間で無敵無敗を誇る程に強かったなと思い出しそれを噤む。当初はその噂を信じられなかったが、実際に見てみると圧倒的の一言。

 

 黒子の思考からは苛立ちは消え失せ、その替わりにふつふつと興味が湧いてくる。そうと知らずに「んじゃ、私はこれで」と立ち去ろうとする妹紅の腕をがしっと掴むと「ひょんっ!?」と素っ頓狂な声が上がる。

 

「ちょっと、お話を聞きたいですの」

「いやね、私これから用事が――」

 

 渋る妹紅はちらっと、黒子の腕に巻かれた腕章を見た瞬間硬直した。そこにあるのはまごう事なきジャッジメントの文字、その意味を知らぬ訳は無く額からたらりと冷や汗が垂れた。

 

「お話、聞かせてくれます?」

「あ、はい」

 

 権力の使い方を黒子は良く知っていた。そういった手合程厄介な奴は居ない事を妹紅は良く知っていた。

 

 

 

 ◆

 

 

 

「話したいならそう言ってくれればいいのに、焦ったじゃないか」

「あのまま行くと逃げそうでしたから呼び止めただけですの」

「物は言いよう、良く言った言葉だと思わない?」

「全くもって」

 

 どうやら大した事情ではないらしい、やけにちらちらとこちらを見てくるのでそう理解していただいたら、唖然とした顔をした後に、途端に不機嫌になりだした。私はただ『ジャッジメントの腕章をつけていただけ』で『ジャッジメントの任務であるとは言っていない』と気づいた様子で、反論はしてこなかったのは加点ポイントですの。

 

「ですから、こうして奢ると言っておりますの」

「いや、別にそれ程とは」

「あら、人の好意を無駄にするなんて」

「……牛丼で」

 

 無論、これは押し付けですの、当て付けなりとも多少の拘束時間を稼ぐ為の下準備。それも分かっているのか苦々しい笑みをしたと思えば予想もしない答えが、牛丼って。まあこちらの真意を理解できるぐらい聡いのは驚き、だけどそのチョイスはどうかと思いますの、プラマイゼロの評価が妥当かしら?

 

「いや、でもパフェとかは?」

「甘いの苦手なんだよ、洒落てるのも」

「珍しいですの」

「悪いね」

 

 あの馬鹿力といい、つくづく外見と内面が釣り合わない。大よそ今まで蹴散らされたのはその外見に騙された類人猿とはっきり理解しましたの。丁度そこらへんに弁当屋があったので彼女のお望みの物を買ったら「んじゃ、そこら辺に座るか」と提案されたのでベンチに向かうと先に座るように促される。

 

 成程、ただ粗暴といっただけではなく気遣いも出来ているのは高評価。そう言えば初春のパソコンに映った写真を見ただけで、直接会ったのはこれが初めて。初春がおかしくなったきっかけと思い敵視していたけれども良く考えれば彼女に非は無かった。

 

第一印象は結構なプラスこんな事を考えてしまうのはあれだって自分でも情けなくなるけれど。その肩書や噂、あの状況からてっきり戦闘になるかもしれないと身構えていて、それなのにこうして隣り合って歩いているから少し混乱しているのかもしれない。

 

「んで? 何を聞きたいんだい?」

「いえ、ただお礼を言いたかっただけですの」

「……へっ?」

 

 なんじゃそら、そんな顔をされるのは分かる。色々と失礼な事をしてしまったし、値踏みする様な目で見てしまった。だがそれは『死神』なんて物騒な名前で呼ばれている彼女の素性が分からなかったからで、ジャッジメントとしての自分が様子見に徹したからだ。

 

 そんな言い訳じみた事を言うのは癪なので、お礼の言葉と共にぺこりと頭を下げる。お粗末、悔しい程に粗末な謝り方。自分の中の未熟な部分が堪らなく恨めしかった、癪だ恥だなんて感じるのはお門違いにも程があるのに、それでもその部分を無視できない自分が憎らしかった。

 

 いきなり、初対面だと言うのに連れまわして、付きあわせて、挙句の果てにいきなりお礼だなんて。怒るだろうか、戸惑うだろうか、そう思っていたのに、それが当然の対応だと思っていたのに。

 

「なんだ、そんな事か」

 

 笑った、「顔をあげなよ」と優しげに言いながら、ただ嬉しそうに笑った。怒らないのだろうか? 憤らないのだろうか? そう思えば「いや、それほど小さくは無い」と、くつくつと堪える様な笑い声が聞こえる。

 

「そういえば、その鞄大事そうにしてたよな」

「ええ、この中には私の宝物が入っているんですの」

「そっか、宝物か」

 

 私の宝物、お姉様の写真がこの鞄の中には一枚入っている。お姉さまの満面の笑顔が映されたベストショット、だから何としてもこの鞄は取り返したかった、取り返してくれた。彼女にとっては偶然通りがかっただけかもしれないけれど、それでも私にとっては大きな恩だ。

 

「妹紅……いえ妹紅さん、この恩は忘れないですの」

「別に大したことは無いんだけどな」

「いーえ! 私が許しておけないんですの!」

「そ、そっか」

「私はジャッジメントの白井黒子、何か困った事があれば連絡してくださいですの」

「おう、ありがたい」

「携帯に登録させてもらうですの!」

「け、携帯?」

「へっ?」

 

 携帯って、知らないのだろうか、いやそんな筈は無いと思うけど。だけどおろおろと「携帯? 携帯食料? レーション?」とか呟くのを見ているとどうにも不安になる、本当に持っていないのかもしれない、いつの時代の人間だ。

 

「あー、えー、では、何か困った事があったら最寄りの支部に私の名前を」

「わ、分かった、頼りにしてるぞ嬢ちゃん」

「じょ、嬢ちゃん?」

「駄目か?」

 

 嬢ちゃんなんて初めて呼ばれた気がする、悪くは無い、悪くはないがむずむずするからせめて白井と呼んでくれと言ったら「白井の嬢ちゃん」と言われた。もうそれでいいやと諦めると用事がある様でベンチから立ち上がる。

 

「引き留めて申し訳ありませんでした」

「いんや? ジャッジメントとコネを作れたってのは大きいからさ」

「全く、少しは隠した方が良いですの」

「そりゃそうだ、全くだ……っと、牛丼美味しかったよ」

「私が作った訳じゃないですの」

 

 照れ隠しに妙な反論をしてしまう、だけど妹紅さんは笑って「それもそうだな」とだけ言った。手を振りながらこの場を後にするその後ろ姿は何かに似ている、力があって、人を惹きつける何かを持っていて。

 

「――お姉様?」

 

 ああそうだ、姿形は違うけれども。私の敬愛するお姉様、第三位のレベル5である御坂美琴と彼女はどこか被っているのだ。

 

 

 

 ◆

 

 

 

「それで、インデックスのどこかにばくだ……その術式が?」

「間違いないだろう、それが全ての元凶だと見て良い」

「あの女狐め……っ!」

 

 妹紅が黒子と別れどこかへと向かったのと同時刻、ステイルと神烈及び上条は小萌の部屋で事を企てようとしていた。無論如何わしい事ではなくインデックスを救出するための企てである。

 

 小萌によって「インデックスが記憶を溜めこみ過ぎてやばい」が否定され、ならばそれは魔術が何らかの作用をしているに違いない、衝撃の事実が告げられた後夜を徹した『第三回インデックス記憶保護会議 愛は地球を救う』の果てに結論を立てた魔術師二人は非常に憤っていた。自分たちの覚悟を無碍にされた事よりもインデックスに何か細工をされた事が許せないのだ。

 

 因みにそれまでぷちんっときたステイルが上条に暴言を吐く等のトラブルはあったものの、それも女性三人組の女子力によって解決した。もしもその夜にベランダを見ている者が居たら、白い長髪と黒い長髪の二人組がそれぞれ左手で男子を一人づつ片足を持って吊るしているという大変愉快な光景が見えた事だろう。

 

 それはともかく苛立っているのは上条とて同じ事、その裏に隠された事はともかくとして、ステイルと神裂がインデックスを大切に思っている事を理解したし、だからこそ両者の憤りが手に取るように分かった、なによりもその結果としてあんな事になったのだ。人の誠意を逆手にとる様な卑怯は許せなかった。

 

 まあ妹紅に言わせれば「卑怯だのなんだのって結局は策の内だよ、それに引っ掛かった奴が悪い」と台無しな事を言うのだろうが当の本人は今ここには居なかった。いざインデックス救出作戦を実行すると言った時に「用事がある」とか言って離脱したのだ。

 

 それがどんな意味があるのかは誰も知らないが、妹紅は別の場所に生きている事を誰もが何となく分かっていたので、特に気にされなかった。そもそも妹紅は立場的に言えば上条のお隣さんってだけで、戦闘を行ったのも巻き込まれただけだ。

 

 作戦は上条が『幻想殺し』でインデックスのどこかに封じ込められている術式なりなんなりに触れて破壊する、それだけの簡単な事だがそれ故に不備も多い。どこにそれがあるのか分からないし、第一発見できない箇所に仕込まれていたらどうしようにもない。

 

「じゃ、じゃあ行くぞ……」

「変な事をしてみろ、その瞬間生まれてきた事を後悔させてやる」

「しねーよ!」

「とうま……」

「インデックスもそんな顔するなって!」

 

 皆が皆不安げな顔をしている、ここに妹紅が入ればそんなものを吹き飛ばせてしまえただろうが、今現在それは叶わない。そして不可能な事に縋り付くほど彼らは弱くは無い、怖ろしければ恐怖の中で少しずつ進めばいいのだ、ただそれだけの事。

 

 そろそろと慎重に、探るように頭の上からつま先まで触れていく上条とそれを睨みつけるステイル。別に怒っている訳ではなく監視である、あくまでも監視、およそこのへたれがそんな大胆な事が出来ないのは分かっているがやはり、保護者として目を光らせておかなければならない。

 

「どうですか、上条」

「駄目だな……多分体の表面には無い」

「だろうな、そんなばれそうな場所にあの女が仕掛ける筈は無いか」

「となるとやはり」

「中身だろうな」

 

 それがどのような意味を持っているか、それは上条でも容易に分かる。分かるからこそ緊張気味にごくりと喉を鳴らしてステイルにきっと睨みつけられた。

 

「やむを得ないね」

「しかし、どこに仕掛けられているのでしょう」

「内臓であったならやりようがないが、もう一度掻っ捌かなければならないかもね」

「おい! そんな事――っ」

「嫌だなんて言わせないよ、どの道ここでそれを壊さなければ壊れてしまうのはこの子だ」

「ぐ……」

「それに、僕達としても一度で十分すぎるんだよ、あんなの」

 

 伏し目がちに、そう呟くステイルにはっとした顔をする両者、自らの行っている事を顧み、その上で後悔の気持ちを僅かに滲ませた顔に上条の瞳が決意に燃えた。

 

「うし、まずは口の中から探してみる」

「頼む」

 

 インデックスに口を開けさせ、丁寧に探ってゆく――と、唐突にバキンっと何かが外れる音がし、瞬間発生した衝撃で上条の右手が吹き飛ばされる。

 

 

 

「警告――――」

 

 

 

 そして、それは発動される。

 

 

 

 ◆

 

 

 

「――術式の構成を暴き、対侵入者用の特定魔術を組み上げます――」

 

 圧倒的、『それ』はその一言に尽きるだろう。反抗する気すら失う程に、立つことすらままならない程に、壊滅的といえるほどの圧迫感を放ちながらそれは目を冷まし、牙を剥いてきた。

 

「神裂!」

「分かっています!」

 

 予想は出来ていた、インデックスが魔術の使用が出来ない事、魔力が何故か枯渇しているその理由――それがこの自動迎撃システムの為に彼女の全てを注ぎこんでしまうからだと。

 

こんな、こんな下らない事の為に彼女は魔力を勝手に吸い尽くされていたのか。それだけじゃない彼女の記憶も、その生き方も、性質も、その全てが勝手に決められていたのか、あの子の意志とは関係のない所で、こんな事の為に!?

 

体が熱くなってくる、これは怒りだ、あの子をこんな目に合わせた者達に対するものだけではない、愚かにもそれに躍らせられた僕達に対する苛立ちだ。

 

「気を確かに!」

「ぐ――すまない……っ!」

 

 上条をサポートするように神裂がインデックスから放たれる魔術を捌いていく、聞けば上条の能力『幻想殺し』が作用するのは己の右手のみ、不完全だけど全ての魔術を条件無しに無効化するのは心強い。

 

僕も神裂とは逆側に立って捌いていくけど……まずいな、あの夜受けた傷が痛む――っ! 神裂はどうした事か平気みたいだけど僕はただ動いてなかったから平気だっただけだ。

 

「ステイル……あなたまさか」

「そのまさかさ、大分きつい」

「いけますか?」

「いくんだ! いかなきゃ、あの子を助けられない!」

 

 ここで負けたら僕らの今までは何だったんだ、ここさえ乗り越えられればいいんだ! 出来る事は少なかろうと、ならばその出来る事を全力でやるんだ! 

 

「――侵入者個人に対して最も有効な魔術の組み込みに成功しました、これより特定魔術『聖ジョージの聖域』を発動、侵入者を破壊します」

「『聖ジョージの聖域』だと!? 馬鹿なっ!」

「一体どれだけの相手を予想していたんでしょうかねえっ!」

 

 ここまでして、自らの企みを隠そうとするのか。神裂が驚愕するのもわかる、ただ一人知識のない上条もそのやばさは気付いた様子だった。

 

「おい、何だよその『聖ジョージの聖域』ってのは!?」

「『竜王の吐息』はだね――」

「当たれば死にます!」

「そうだ!」

 

 今余計な講釈を垂れている暇はない、しかし凄いね『幻想殺し』ってのは。まさかあれすら無効化できるなんて――底が知れない、まあ彼女ほどではないけど。しかし、きつい、段々と痛みがひどくなってくる、どうにか意地で意識を保ってるけど、そろそろまずい。

 

 じりじりと、上条が押されているのが分かる、神裂が焦っているのが分かる、やはり行き過ぎた出力に対応できていないのか――くそっ! このままではジリ貧な事は分かっている、だけでどうしようも出来ない!

 

「上条! 彼女に触れる事さえできればこれは終わる!」

「分かってるよ! でも――っ!」

 

 段々とあの子の周辺に空間が出来てくる、つまり僕達との距離が引き離されていく、あの子が遠くなっていく。無理なのか、届かないのか、ここで僕らは死んでしまうのか。

 

「う――おぉぉぉぉぉっ!!」

 

 上条が吠えながらも全力で、ありったけの力を込めてその距離を詰めようとする。それに合わせて僕らも、まだ諦めては無い、まだ勝負はついていない、諦めない! 

 

 

 

 だが

 

 

 

「――『聖ジョージの聖域』は侵入者に対して効果が見られません。他の術式へ切り替え、引き続き『首輪』保護の為侵入者の破壊を継続します」

 

 

 

 更に、絶望は続く、その色を濃くして。

 

 上条の右手がいよいよ許容限界を迎えた様で、ばちんばちんと嫌な音を立てて跳ね飛ばされ始めた、神裂も己の身を護るのが精一杯と言えるほどに追い詰められ、僕もそれは同じ。

 

 

 

 

 

 

 

 そして、『光の柱』が襲い掛かる。

 

 全てを焼き尽くす様に、無慈悲に。

 

 息を飲む音が聞こえた、悲鳴が聞こえた。

 

 もう終わりなのか、これで。

 

 そして、目の前が白く染まっていって―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   ――――『パゼストバイフェニックス』

 

 

 

上条当麻の背中から

 

紅蓮の翼が、聳え立つように姿を現した。

 

 

 

 

 

 

 


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