とある不死の発火能力   作:カレータルト

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唯閃(ゆいせん)

 

 呆気なく、全ては終わった。

 

 私の目の前で転がっているのは先程まで藤原妹紅で“あった“もの、今となってはただの肉片に過ぎないそれを、私は何故か喪失感にも似た目で見降ろしていた。

 

「……藤原妹紅」

 

 夜の風邪は肌寒い、露出された素肌に染みる。まだあの瞳が、あの笑い声が、脳裏に残っている、直接邂逅したのはたったの二回なのに、なぜだかその存在は私の心の中に深く刻み込まれていた。

 

 なぜだろう、分からない。それは私達と同じような場所に立つ者として共感したのかもしれない、それとも私が初めてと言っていい程に緊張感と、圧迫感を感じたからかもしれない。

 

「良い戦いでした、殺すのはやりすぎたかもしれません」

 

 私が初めて肉弾戦で競り合う事が出来た、七閃を一発で見破られて躱された、初めて本気を出してみたくなった。唯閃を出してしまったのはやりすぎたのかもしれないけど、それも私の誠意で、彼女ならそれすらも耐えられるかも――そんな淡い、でも甘すぎる考えを抱いたからかもしれない。

 

 しかし、彼女は耐えきれなかった。当然の如く上半身と下半身を分断された肉塊と成り果てて私の前に転がっている。当たり前の話、唯閃をまともに当てられて生存していたのだとしたら私はそれをこう呼ばねばならないだろう、『化物』と。

 

 気怠い、体のあちこちがそう叫んでいる。『唯閃』は謂わば必殺技の一つ、聖人の力を大きく引き出す関係から体に相当な負担が掛かる、短時間しか使用できない欠点を持っても尚、凄まじい出力を誇る技。

 

 どう間違えても個人に使用するには過剰と思える威力を持っている、実際やりすぎたと思うのだが。それでも私は唯閃を振った、振り抜いた。

 

 期待していたのかもしれない、それがこの喪失感の原因だったとしたら――少し後悔しただろう。だが私はそれがどんなものか分からぬまま、ただ彼女の死体を見下ろしている。夜の風は寒く、気怠い体に響き渡る。

 

 多少泥で汚れ、口から血を流していること以外は綺麗な顔だった、美少女と言っても差異は無いだろうその眼はもう開かれることは無いだろう。今まで機会に恵まれなかったが、こうしてじっくりとみると彼女の体は華奢で、どこにあれ程の力があるのか疑問に思える程に脆そうだった。

 

「……行きましょうか」

 

 ともかく、私は勝った。最大の障害となり得る彼女を殺害した今これで障害は無い、あの部屋に居た両者とも私の敵ではないだろう。強奪するなりなんなり――

 

 ――別に今から向こう行って、あの嬢ちゃんを取り返してきても良いよ? 関係ないし

 

 思い出す、それと同時に『私はなぜ彼女と戦ったのだろう』と今更な疑問がふつふつとわきあがってくる。私が彼女に言った言葉は所詮言い訳に過ぎない、恐らく彼女もそれには気づいていたのだろう、それを知っていて私と戦ったのだ。

 

 彼女の言っている事が真実なのはわかっていた、私達の障害とはならないのだと。だから私は戦わなくて良かった筈だ、逆に戦えば私としても致命傷を負う可能性があったかもしれない、リスクしかない戦い。

 

 ならば、なぜ私は戦った? 敢えてそれを無視して、第一の目的であるはずのインデックスすら一時置いておいて、私が彼女を選んだ理由は何だ? 考えても、考えても、一向に答えは出ずに時間だけは過ぎる。

 

 そうだ、私に時間は無い。早くインデックスを保護しなければいけない、そうしなければ彼女は終わってしまうのだから。

 

「後で考えましょう、今はあの子を助ける」

 

 死体に背を向けて歩きはじめる、目的はただ一つ、たった一つ。

 

 後でいい、それもこれも全部後でいい。全部終わった後にじっくりと考えればいい、インデックスを回収して、ステイルを回収して、本国に戻ってからもやるべき事は山の様にあるのだから。

 

 私は、彼女が死んだと思っていた、断定していた。

 

 

 

 

 甘かったのかもしれない

 『私が対峙しているのが人間だ』と、そう思い込んでいたのが甘かったのかもしれない

 

 

 

 

 背後で凄まじい爆発音がし、私の目の前が紅蓮で染まる。

 

「……は?」

「おいおい嬢ちゃん、まだ終わっちゃないよ?」

 

 声が聞こえた気がした、幻聴だ。

 何かが立ち上がった気がした、幻覚だ。

 

 これは嘘だ、何らかのトリックがあるんだ、きっとそうだ。

 

「な――なぁ……っ」

「そんな、幽霊を見る様な目で見るんじゃないよ」

 

 ありえない、こんなことはありえない、ありえてはならない。

 『殺した者が生き返る』なんて、ありえない。

 

「生きている、ちゃぁんと私は、生きている」

「……うそ、だ…うそ、嘘だ、嘘だ! 嘘だ!」

「嘘じゃぁない、一つとしてこの場に嘘は無い」

 

 藤原妹紅が、立っている筈はない。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 こつこつと、時計の音だけが聞こえる。眠れない、本当は眠るべきなんだろうけど眠れない。多分今日は色々な事がありすぎて俺のちっぽけな脳味噌じゃ処理できないんだろう、それに妹紅さんがまだ帰ってきてないから眠る訳にはいかないなんて、そんな意地があるのかもしれない。

 

 妹紅さんはどうなったんだろう、今頃戦っているんだろうか。ちらっと小萌先生を見ると同じことを考えてたみたいで「彼女は」と言ったきり、少し考え込む仕草をした。

 

「何者なのでしょうね」

「上条さんは今日ますます分からなくなりましたよ」

 

 藤原妹紅、俺のお隣さん。色々と頼りになる人で時々凄く強いって噂を聞く人、発火能力持ちって事は小萌先生の担当だろうけどそれを見た経験は殆ど無い。レベル2だって言ってたけどそれすら本当か分からない。

 

「小萌先生、妹紅さんの能力見た事がありますか?」

「ないですねー、興味はあるんですけどね?」

「俺も、ちょっと見たぐらいで」

 

 それも指先に火を灯すぐらいなんですよ、とか言ったら色々聞きだされた。どの位安定してたとか、ラグはあったかとか、どんな状況だったとか。答えられる分は答えたけどそうしたら小萌先生は考え込んでしまった。

 

「……予想外ですね、予想以上でしょうか」

「あの、なにか?」

「多分上条ちゃんに言っても分からないと思いますよ?」

「うぐっ」

 

 そりゃそうだ、俺は能力なんてあまり知らないし聞いたところでまともに考えられるかも怪しい。でも俺の話を聞いた時、小萌先生の目は警戒と興味の二つがちらちらと見えて。その理由が分からなかった、それが悔しい。

 

「うーん……あの子の能力はやっぱり直で見た方が――あ、インデックスちゃん!?」

 

 思考する小萌先生が焦ったような声を上げる、ベッドの方を見るとインデックスが上半身を突然起こしていた。まだ怪我が治ってるか怪しいのに起きるべきじゃない、いやもしかして魔術師がまた近づいてきたのか? 嫌な予感が脳裏をよぎる。

 

「インデックス! どうした!?」

 

 反応がない、でも意識はしっかりある様だ。顔を見ると額には汗が浮かんでいて、その眼は――怯えている? 怯えている。わなわなと瞳を震わせて、どこか遠い場所をじっと見ていた。

 

「なんなんだよ……なんなんだよ、あれは」

「何があったんだ?」

「とんでもなく大きな力が突然現れたんだよ、私も見た事が無いぐらい大きい……!」

 

 インデックスの見ている方向を一緒に見ても、そこには真っ暗な夜の学園都市が見えるだけで……いや、なんだ? 違う、夜にしては建物の輪郭が見える、真っ暗にしてはやけに『明るい』、インデックスが怯えてる原因はこれか?

 

けど、今日は何も特別な事は無かった筈。となると魔術師が暴れているのかそれとも――

 

「妹紅さん?」

 

 いや、ありえない。妹紅さんのレベルはたったの2で、それはどんな事をしたってインデックスが怯える原因にはなりえない筈だ、恐らく魔術師が予想外の力を使ったって事か。妹紅さんは大丈夫だろうか、死んでは無いだろうか、また俺は心配になった。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 轟々と、ただそれだけ音が響いていた。

 

「なんだ、これは」

 

 それはパチパチと勢いよく燃え盛る炎

 背後から、左右から、足元から、まるで吹き出す様に地面を染め上げる赤

 

「なんだ、これは」

 

 ただの炎だ、青くもないし緑でもない、特別な能力も無い、ただの炎

 吹けば勢いを弱め、踏みにじれば容易に消え去るだろう弱い赤

 だがその中に居る神裂は――怯えていた、隠す事も出来ない程に怯えていた

 

「なんだ――」

 

 なぜ? どこにそれほどまでの恐怖がある?

 

「なん、だ」

 

 なにがこの聖人を呆然とした顔で、壊れた様に同じ言葉を繰り返させる?

 

「なんだ! どうなっているんだこれは!」

 

 神裂が見たもの、その瞳に映っていた光景。

 それはただの――ただの、ありふれた地獄だった。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 熱い

 

 目の前に炎が躍っていた、左右を見るとまるで取り囲むように不定形の壁が聳え立っていた。後ろを見るとそこにも炎が待ち構えていて、足元からもくすぶる様な炎が燃え盛っていた。

 

 熱い

 

 炎の隙間から辛うじて見えるのは、地獄。一面が一瞬にして焦土に変わった、変わり果ててしまった。草木は燃料と化し、川は干上がり、まるで白夜の如く光に染め上げられている。

 

 熱い

 

 どんな兵器を使った? この光景を私が客観的に見たらまずそんな疑問を抱くだろう。それ程までに、一瞬にして現世から地獄へと変貌を遂げたのだ。たった一人の手によって、ただ一人の、その力で。

 

「どうしたよ嬢ちゃん、まさか『あれで終わり』と思ったか?」

 

 だが、そんなものはもう一つの衝撃の前ではさしたる意味を持たない。私が驚愕しているのは当り一面が炎で焼き尽くされた事ではない、その程度の魔術はあった、そんな力を持つ者戦った事もあったから。

 

「なぜ、なぜ貴様は生きている!」

「死んでないから、生きているのさ」

 

 だが、殺されて生きている者とは戦った事が無い。いやそれも違う、『死んだ』者は生き返らない、どんな手段を用いても生き返らない。それが世界の法則、覆らない、覆ってはならない絶対不変の一方通行。

 

「嘘だ! 貴様は殺した! 私が貴様を殺した!」

「ならば」

 

 炎が、まるで舞台演出の様に一斉に静まり返った、そんな気がした。ありえない、ありえない事だ、だが彼女ならばそれすらも『ありえる』気がして、凝視する。

 

「ここに居る私は、生きてもないし、死んでも無いのだろうね」

 

 死んでもないし、生きても居ない、そのどちらかに分類される筈の生命ではありえない事。だが、だがそうとしか説明できない、説明しようがない。

 

「ならば、私はまた貴様を殺さなければならない」

 

 再び腰の七天七刀を構え、真正面に目の前の白を睨む。死ななかったならば全力で殺すまで、先程は動揺してしまったが今は違う、冷静に対処せねば焼かれて死ぬ。

 

「藤原妹紅――いや、化物!」

 

 死なぬ女は、人間を象った化物は。

 その言葉を聞いて静かに、だが確かに笑った。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 藤原妹紅と神裂火織が戦闘している場所を上から見ると、異様な光景が広がっているのが分かる。そこだけ赤いのだ、それは周辺に巨大な、巨大すぎる火球が地面に描かれているからだ。

 

 ぱちぱちと勢いよく燃え盛る火球の両端にそれぞれが立って、双方を向いて睨みあっていた。神裂の方は一切の油断なく、今か今かと刀に掛けた指が跳ね飛ぶのを待つ。かたや妹紅の方は壮絶な笑顔であろうことか両手をもんぺにつっこみ、まるで堪えているかのようにくつくつと肩を震わせていた。

 

「何がおかしい」

「いや、まだ気づいてないのかなって」

「気付いていない?」

 

 怪訝そうな顔の神裂を見て、妹紅はますます口を孤にして「楽しくて仕方ない」と言っているように笑う。それがますます苛立ちを買うのか神裂の表情には出ないが刀を掴む手に力が掛かった。

 

「お前さんの目的はあの嬢ちゃんだろう、私と戦わなくても良かった筈だ」

「ですが、それは」

「分かってるんだろう? 私と戦わなくても良かった筈だ、戦うべきじゃない筈だ」

 

 それに対して反論しようとして――言い淀む。言い返せないのだ、それは自分でも分からぬこと、これが終わったら考えるとそう蓋をした事なのだから。先ほどまでの冷静な表情が戸惑いと、言い当てられたことに対する疑念に歪む。

 

「戦いたかったんだろ?」

 

 それが、一瞬で凍った。

 

「なっ――――!」

「お前の力は人間にゃ過ぎている、力を持ちながらも手加減しなきゃならなかった筈だ」

「……ぐっ」

「なあ、嬢ちゃん」

 

 動揺を突いたのか、そう思えるタイミングで妹紅が瞬間加速して神烈に詰め寄る。そこから繰り出されるのは先程とは比べ物にならない程に激しいラッシュ、あらゆる方向から襲い掛かるそれらを神裂は捌き、受け流し、隙を見て反撃しようとすらする。

 

「戦いたかったんだろ? こうして対等な奴と殺し合いたかったんだろ?」

「そんな事は――無いっ!」

 

 そんな事は無い、半ば叫ぶかのようにそう返答を叩きつける。ありえない、あってはならない、自分はそんなものとは無縁な場所に居なければならないのだからと、それ以上考える事を神裂は拒否した。

 

「じゃあ、今こうしてるお前は何だ? 私とこうして殺し合っているお前は何だ?」

「それは……それは……!」

 

 だが、それも塗りつぶされる、圧倒的な数の応酬を繰り広げているこれは戦闘なんて高尚なものではない。ただ相手の命を奪うための殺し合いで、その為に今両者はこうして相対しているのを否定する事なんて出来ないのだ。

 

「私が叩きのめした仲間を放置してきたんだろう?」

「あれは死なないと判断したからです」

「そうまでしてお前が向かったのは誰だ? 嬢ちゃんの目標である『インデックス』か?」

「……っ!」

「違うだろう? 仲間を捨てて、目標も放置して、そこまでしてここに居る理由なんてさ」

 

 そこまで聞いて、気付く。目の前の怪物は自分と話している様で『話していない』。

 

 神裂を見ている様で見ていない。

 神裂と戦っている様で戦っていない。

 妹紅が見て、戦い、語りかけているのはその中に居る『獣』の部分だ。

 それを知った時、神裂の中で何かが弾けた。

 

「――――うるっせえんだよ! この化物が!」

 

 それは彼女の咆哮、それは彼女の意地。大切な親友の為に全てを捨て、その護りたかった者にすら敵視されることすら躊躇わなかった人間の最後の装甲すら剥ぎ取った剥き出しの感情。

 

 それを聞いた紅蓮の怪物は、ただ鬱陶しげな顔をして。

 

 

 

「黙れよ、餓鬼」

 

 

 

 一蹴した。

 

 唖然とする神裂の腹に目掛けて一閃の軌跡が奔る、ただの拳が何の防御もしていなかったそこに命中し、その体がゴム鞠のように跳ね飛んだ。あまりの衝撃に意識を保つことすらやっとのその体に容赦なく炎は襲い掛かり、その皮を焦がしていく。

 

「別に、綺麗事を幾ら言っても良いけどさ」

 

 最早襤褸切れの様に力を失った体にざりざりと、まるで白い死神の如く妹紅が近寄る。どうにか意識を断絶していないのも、それどころか絶命していないのも聖人の並外れた生命力によるものだが、それは今無意味で無慈悲に苦しみを続けさせる責め具でしかなかった。

 

「一つ言うと、自分ともまともに向き合えない奴は、私に勝つ事すら出来ないよ」

 

 追撃はしない、だが助けはしない。

 目の前で人が灼熱の炎に焦がされて死のうと、絶命できずに苦しもうと妹紅にとってはどうだっていいのだ。そんなものは4桁にも及ぶ寿命の中で見慣れてしまった光景なのだから。

 

 もうじき決着はつくだろう、場にそぐわない気怠げな溜息をつきながら、妹紅は煙草を吸う仕草をした。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 ステイルの戦いを見た時、高揚した。

 

 彼女ならば私と対等に戦えると、そんな場違いにも程がある想いを抱き、歓喜した。

 

 聖人であろうと努力した、その力に恥じぬ高潔な人であろうとした。

 

 成長する程にその力は増幅し、私と相対できるものは減る。

 

 だから、ある時つまらないと感じてしまった、私が全力を出せないと。

 

 無論そう思った次の瞬間恥じた、私が強くなったのだと、そんな考えは高潔ではないと。

 

 だから理性で抑えつけた、だが抑えれば抑える程にその願望は強くなっていく。

 

 苛立ちを鍛錬に捧げた、ますます強くなった、だがその強さをぶつけられる者は居ない。

 

 だから、無意識に私は求めた、そんな存在を。

 

 私の全力を捧げられる相手を、私と対等な存在を。

 

 

 

 ようやく見つけたと思った、私の全力を叩きつけられる相手を。

 

 だが――勝てない、私はあれに勝てない。

 

 最早体が動かず、地獄の業火が私を焼く。

 

 皮肉なものだ、聖人が地獄に落ちるなんて。

 

 ああ、これは罰なのか、聖人らしくない事を願ってしまった私への罰なのか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうしたら

 

 私がここで潰えたら、誰があの子を護る?

 

 分かっている、都合の良い事だと、私は一度あの子を置いてしまったのだから。

 

 だが――私がここで潰えたらあの子は護れない、壊れてしまう。

 

 それは嫌だ、嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ!

 

 手足の感覚が戻る、思考に血液が注ぎこまれて鈍痛が奔る。

 

 嫌だ、あの子が壊れれてしまうのは嫌だ!

 

 身勝手だって分かっている! でも、でも嫌だ!

 

 視界に光が灯る、轟々と未だ燃え盛る炎が見える。

 

 そして――私を見下ろす白い化物が見える。

 

「護る」

「うん?」

「あの子を護る、その為にここに来た」

 

 最早思考はガタガタだ、はっきりしているの二つだけ。

 

 あの子を護らなければならない、そして――私の中にも化物は居る。

 

「認める、私は貴方と戦いたかった、身に着けた力を思う様に振るいたかった」

「そりゃ、上等」

「それと同時に思い出した、私がその力を付けた意味を」

 

 あの子を護る、護るんだ、その為に力を付けたのだ。

 

 思考が段々とクリアになっていく、清々しい気分だ、まるで長年立ち込めた煙が晴れたみたい。

 

 体に鞭を入れて一気呵成に立ちあがる、まだ私は立ち上げれる。

 

「あの子を護るんだ! それが私の存在意義だ!」

 

 なんだっていい、なんでもいい、あと一回こいつを殺したらあの子を助けに行こう。

 

 生き返ろうがどうでもいい、あの子の元に辿りつければいい。

 

 きっと白を睨みつける、彼女はうっすらと笑い、私の目を見たかと思うと――呆然と立ち尽くした。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 同じ目をしていた

 

 嬢ちゃんが心のうちに押さえつけていた欲求をこじ開けるのは苦労した、なにせ中途半端に攻撃したら普通に殺されそうだから。余裕こいた事やってたけどそれも挑発のうちって事に気がつかれなくてよかった。

 

 人間にしては強すぎるんだよこの嬢ちゃん、お蔭で加減をミスってやりすぎたかと思った。殺しちゃったら元も子もないからひやりとしたけど、それでも立ち上がった時には嬉しくてつい笑っちまったよ。

 

 でも、起き上がった彼女にとって多分もう私は眼中に入ってなかった。もう私と戦う気はないんだろう、一時は乱れていた思考だけど今となっては完全に元に戻っていた。よっぽどあのインデックスの嬢ちゃんが大事なんだろうね。

 

 少し寂しいけどね、でもまあしゃーない……と思って私の方を睨みつけたその眼を見てさ、驚いたよ。あいつと同じ目をしてるんだもん。

 

「あまくさ……しろう……?」

 

 同じだ、あの時の天草四郎と同じ。強い決意の目、執念や欲望に曇った目でもない、自らを見間違えて迷っている目ではない。ただ一つの強い信念のもとに進むと決意した目、澄み切った、どこまでも透き通った美しい瞳。

 

 体が動かない、まるで縛り付けられたように視線がその瞳から離れない。避けないと斬られるって分かっているのに――避けられない。

 

 

 

 

 

「―――『唯

 

 

 

 ああ、やっぱり

 

 

 

   ――――閃』――っ!」

 

 

 

 人間って、良いな。

 

 

 

 

 振り抜かれた刃が、臓物と血液を撒き散らしながら私の腹を振り抜く。

 視界に映るのは赤々と燃える赤と、夜の黒、それから光を放つ刀を携えた人間が一人。

 それをただただ見つめながら、私の意識はまた闇へと落ちていった。

 

 

 




ラスボスじゃないです、主人公です

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