とある不死の発火能力   作:カレータルト

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実は今回上下編だったりする 上です


七閃(ななせん)

 

 

 

 

 

 ステイルがやられた、現在彼は学園都市内に確保しておいた隠れ家で簡易的な治療を行っているが治るかどうかは不明だ、なにせ内臓をぶち抜きかねない一撃を食らったのだから。内臓をかなり損傷していている、今現在こうして生きているのが不思議なぐらいの手傷を負っていた。

 

 途中から観戦していたが勝負ははっきり言って惨敗だった、あの女将――藤原妹紅は最初から最後まで本気どころか回避に徹して力の一端も出していなかったから何とも言えない。

 

 だがステイルの『吸血鬼殺しの紅十字』を予備動作無しで放たれた炎弾で相殺するあたりに凄まじい力を持っていることは確実と思われた。やはりと言ってはあれだが、警戒に値する厄介な相手だった。

 

 そしてあれだけの猛攻を軽々と避ける体力、そしてそれを持続できる精神力及び集中力、更にはあらゆる箇所でいかんなく発揮されていた凄まじい身体能力――特にこれに関しては目を疑わざるを得なかった、巷で噂されていた眉唾物の情報が全部本当だと信じた瞬間でもあるけど。

 

 最後の瞬間、ステイルが攻撃を命中させたと思った瞬間、一閃の如し速度で詰め寄り一撃で2m巨体が優に10mは吹き飛んだ際には驚愕を通り越して美しいとすら感じてしまう程だった。

 

 人間かどうか疑わしい――戦いを通して私が彼女に抱いた感想、ただそうとだけ思った。妖気の類は感じられなかったがあれがただの人間なんて冗談も良い所。そんな事を真顔で言われたならば大笑いできる自信がある、そんな事が事実だったら今の日本はとんでもない魔境だぞ。

 

 タフネス・フィジカル・パワー、あらゆる面で警戒に値する能力を見せつけられた。私が『聖人でなければ』普通に、当たり前の如くに敗北を喫しているだろう力。だが私が聖人である限りそれらはまだまだ私でも対応できるレベルに収まる、まだ私の方が強いと言い切れるだろう。

 

だが私は一つだけ、たった一つだけ疑問に思う点がある。花のある能力の陰でそれはひたすらに地味で、影を潜めていた。だが私は気付いた、気付いてしまった。

 

 最後の一瞬、あれは『炎の王』の一撃と『吸血鬼殺しの紅十字』をまともに食らった筈だ、その片方であっても容易に人体を消滅しうる攻撃を、あろうことか同時に直撃させられたはずだ。死んでいなければおかしい、それどころか死体が残っていたら奇跡レベルの火力をただ一点に受けた筈。

 

 ならば、なぜ彼女は生きている?

 なぜすぐさま攻撃に転じる事が出来た?

 

 ……分からない、ステイルの戦闘と見ていれば多少なりとも、ほんの僅かであろうと情報を掴めると思ったのは甘かったようだ。結局のところ更に藤原妹紅と呼ばれる人間――いや、あれは最早人間と呼べるかどうかも怪しいものだが、ともかくそれの正体は依然として掴めぬまま。

 

 ますます分からなくなってきた、その能力も、その素性も、詳しく調べようにもデータはなぜか隠されているのでまるで分らない。何等か裏のある人物なのは確かだがどうにも学園都市との繋がりは希薄らしい、これもまた謎の一つ。

 

 人との繋がりをあまりにも軽んじる事、何よりも戦闘を求める事、その際に普段の彼女からは想像もできない程に豹変する事、分かった事はどれをとっても一つとして彼女の根底に行きつきそうなことは出来ない。

 

「……行くか」

 

 正直、負けるとは思っていない。あの程度ならばまだ私の本気を出せば十分制圧できるだろう――そもそも聖人の本気を叩きつける事を考慮させられる時点で異常なのだが、どう控えめに見たとしてもイレギュラー過ぎる能力を持っている故に最悪の事態を考えておかなくてはならないだろう。

 

 藤原妹紅は恐ろしい少女だ、力を差し置いても尚余りある凄みを持っている――それはあの時、ふらっと迷い込んだ焼鳥屋の店主だった彼女がこちらをまるで何も見ていないかのような虚無の瞳で見つめられた時からそう思っていた。

 

 まるで足の竦むかのような深い闇を彼女は有していた、理屈ではない、本能でその危険性を理解する類の危険、まるで“怪物”と対峙する類のおぞましい何か……いや、それは考えても仕方がない事か。

 

 時折呻き声をあげるステイルを置いて隠れ家を出る、命を落とす事はないだろう、あんななりだが案外タフだ。まあインデックスを置いて死ぬ事はないだろう、私がそうであるように、彼もまたインデックスを護る事に妄執のような感情を覚えているのだから。

 

「藤原妹紅、か」

 

 あれが本気を出せばどんなことになるのだろう? 能力はどんなものになるのだろう?

 

 どれぐらいの力で、どれぐらいの速度を叩き出してくるのだろう? 私はそれを引き出せるのだろうか――いや、何を考えているんだ。私の目的は彼女と戦う事ではなくてインデックスを保護する事なのだ……。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 どうやら、やるべき事は全て終わったらしい。なぜだかげっそりとした小萌先生には申し訳なく思うけど……でも、穏やかな寝息を立てるインデックスを見るとほっとする。まだ何も解決してないけど、さっき見た血だまりの中で倒れているインデックスと重ね合わせるとやっぱり、安心する。

 

「それにしても上条ちゃん」

「はい、なんでしょ小萌先生」

 

 相変わらず本当に成人しているか疑問に思う程の見た目で、それでも小萌先生の目は教師そのものだった。子供を本当に心配して、護ろうとして、だからこそこんな事になった事に対してほんの少しの怒りを感じている瞳。

 

 きっとこんな事になった事に対する説明を求めているんだろう、この人に対して誤魔化しや嘘は利かない、全部本当の事を話さなきゃならなくなるだろう。必然的に魔術だなんて俺ですらさっきまで信じられなかった事を話すことになるだろうけど――いいや、覚悟は出来てる。

 

「まあこの惨状についての説明はいずれしてもらうとしてですね」

「……へっ?」

「なんですか上条ちゃん」

「てっきり説明を求められるのかと思ってですね」

「じゃ、聞きますけど上条ちゃんは現状を上手く纏められるでしょうか? その顔を見ているとどうしてもそうとは思えませんよ?」

「う……確かに」

 

 思いがけず言われた言葉に拍子抜けするけど、ちょっと考えればその意味が分かる。

 つまり、時間をくれると言っているんだ、自分なりの考えを纏める時間をくれるって。

 

「おバカな上条ちゃんは時間が掛かりそうですからねー」

「うぐっ」

 

 とは言っても俺は魔術について、インデックスについてなんてちょこっとしか知らない。あの魔術師の男は何も話さなかった、すげえむかつく事を言っていたけど……それだけだ。

 インデックスが目覚めたら教えてもらおう、あいつを護らなきゃならないんだ、だったら魔術なんてものと関わる機会も増えるだろうしな、戦わなきゃいけないんだ。

 

 そんな俺を見ていたのか見ていなかったのか分からないけど、小萌先生は少しだけ、何故か緊張したような顔つきで俺に詰め寄ってくる。上条さんとしてはもっとグラマーな人に詰め寄られたいなぁとか思ったり、そんな甘い考えは次の言葉で吹き飛ばされた。

 

「ここまでは建前です、本当に聞きたいのはですね――

 

 

 

――上条ちゃんを助けたのは誰ですか? って事なんです」

 

 

 

 その言葉は、えらくゆっくりと、はっきりと聞こえた。

 そうだ、俺は魔術について何も知らない。何故ならあの人が、突然人払いの結界を破ってやってきた彼女が引き留めてくれたからだ――いや、押し付けた、押し付けちまったんだ。

 

「――――っ!?」

 

 そこまで考えて、やっと俺は今まで考えなかった、「想像も出来てなかった」最悪の事態に思い当たった、思い当たってしまった。

 

「……妹紅さんに、押し付けちまった……!」

「妹紅……藤原妹紅さん?」

「はい、その妹紅です、俺――俺っ!」

 

 押し付けちまった、必死でインデックスを生かそうとして、『もしかして妹紅さんが負けて殺されるかもしれない』事なんて考えもしてなかった! 冷や汗がだくだくと額を流れ始める、心臓がバクバクとしてきて、足元がふらつく。

 

「ちょっと、上条ちゃん!?」

「どうしよう、俺、あの人が死んだら俺の所為だ……!」

 

 妹紅さんなら大丈夫だと思った、あの時俺を動かしていたのはそんな根拠も無い自信だけだ。確かに噂では妹紅さんは強いって事になっていたけどそれはあくまで噂、しかも魔術なんて訳わからない奴と戦って無事だなんて保証は無い、寧ろ今命の危機に陥ってる可能性だってあるんだ。

 

くそっ! 考えても無かった! インデックスの事ばっかりに集中して……インデックスが生きて欲しいって事ばかり考えて、妹紅さんが死ぬ事まで考えてなかった、何がヒーローだ、結局俺は自分勝手に誰かを助けて、誰かを犠牲にしただけじゃないか!

 

「妹紅さんが死んだら……俺はどうすればいいんだ…」

「そっかぁ、私死んじゃうかぁ」

「くそっ! なんであの時置いて来ちまったんだ!」

「別にいいんじゃないかな、死んだらそれまでだし」

 

 後ろから失礼すぎる物言いをしてくる奴がいる、きっとそちらを睨みつけたら――そこには妹紅さんが平然と立っていた。

 唖然とする俺を後目に、いつものような笑顔で「死んでないよ、そんな簡単に死んでたまるか」と冗談のような事を言われて――思わず安堵の溜息をついた。

 

「っと、睨みつけられても困るんだけどね」

「……妹紅さん」

「なんだい坊主、私の顔を忘れたか?」

「いや、てっきり無事じゃないかと」

「無事じゃないよ? 手酷い一撃食らったから退散してきただけだし」

 

 けらけらと笑う姿からは全然そうとは思わない、すたこら退散しただなんて笑いながら言う事なのか? 相変わらず良く分からない人だ。今なんて「お、小萌先生じゃん」とか言って先生と談笑してるぐらいだし、多分お客さんなんだろうけどさ、交友関係広いよな妹紅さんって。

 

「いやー、まさか小萌先生がヘビースモーカーだとは思わなんだ」

「失礼です、私だって大人だから煙草ぐらい吸います!」

「それにしたって凄い量だよ、私だってこんなに……いやさ、なんでもない」

「妹紅さん、まさか喫煙者って事は」

「さて、どうだろうねえ」

 

 まさかとは思うけど妹紅さんも喫煙者じゃないよな? でも外見は完全に子供な小萌先生があれだし……でも先生はれっきとした大人であって、でも妹紅さんも十分年齢不詳だしなあ。あれ、年齢ってなんだっけ?

 

 小萌先生と妹紅さんは楽しげに談笑していて、インデックスは無事とは言えないまでにも穏やかに寝息を立てていて。平和な、場違いと思えるぐらいに平和な光景がそこに合って。

 

「……ん」

「どうしました?」

「いんやぁ、ちょいと“呼ばれた”んでね、野暮用さ」

「それは、どういう意味で」

「おっと、それは聞かないお約束だよ」

 

 一瞬で、それが瓦解した。ふっと窓の外を見た妹紅さんがその瞬間今まで纏っていた穏やかな空気をまるで呼吸をするみたいに吐き捨てて、立ち上がる。それだけで俺も、多分小萌先生も勘付いたんだ。

 

「魔術師、ですか」

「多分ねえ、追ってきたのかそれとも――」

 

 その言葉を言ったきり口を閉ざしてしまったから何を言おうとしていたのかは聞けなかった、たださっき見た寒気のする笑みを顔に浮かべて玄関の方に向かう。

 その後ろ姿が、なんだかとんでもなく危なげに見えて思わず声を掛けた、掛けてしまった。

 

「妹紅さ――」

「図に乗るなよ、小僧」

「――っ!?」

 

 寒気がした、言葉の中身よりもそれに乗せられた殺気に。自分でもすとんと素直に驚く程の威圧感に飲み込まれた。

 

「私がここに居るのも、あの嬢ちゃんが無事でいるのも奇跡みたいなもんだ、断じて『お前の力じゃない』、勘違いするなよ小僧。『お前は誰一人として救っていない』し『誰かを殺す可能性があった』……そんな判断を目の前の状況に流されて、軽々しく選択したんだぞ、お前」

 

 息が苦しくなる、安堵していたはずの心臓がまたバクバクと鳴りだす。身の毛もよだつ様な殺気にあてられて部屋が一気に狭まったような……そんな悪寒が背筋を一気に走り抜けた。

 

「まあ、ヒーローなんてそんなもんよ、使い捨てられて、それで終わり」

 

 ふっと、気の抜けた様な声と共に尋常じゃない圧迫感はいつの間にか止まって、ようやく息ができる様になる。後には少し悲しそうな溜息をつく妹紅さんが居て、「んじゃ、行ってくるよ」との声と共にバタンと戸が閉まる音がした。

 

「何者なんでしょうね、彼女」

「俺も分かりませんよ」

 

 なぜか目を爛々と光らせながら小萌先生は「興味が出てきました」とか言っている、あれのどこに興味を惹かれたのかは分からないけどご愁傷様だ。ヒーローになんかなれない俺がせめて出来る事は、誰も居ない玄関に対して祈る事だけだった。

 

 

 

 ◆

 

 

 

「別に、これといってあんたらを妨害する意図は無いんだよ」

 

 夜の散歩ってのも中々気分が良い、やっぱり口が寂しいけど……ガムでも買おうかな、でもねばねばしてるからなぁ。幻想郷にはガムなんて無いから帰った時どうすりゃいいか分からなくなるし。

 

「なんか知らんけど襲われたから迎撃したって、そんだけだってさ」

 

 しっかしなあ、割と厳しい事言っちまったかな? まあいいや、あの坊主は勘違いしてたしな、自分の身が護れずに誰かを護ろうなんて笑わせる、綺麗な言葉で繕ったってんなこと出来る訳無いだろうに。

 

「別に今から向こう行って、あの嬢ちゃんを取り返してきても良いよ? 関係ないし」

 

 どうにもガキが多いね、まあ幻想郷はガキが少ないけど、精神的にはさておいて普段は子供みたいな言動なのにその裏得体の知れないものを飼ってる奴も普通に居るしさ、全く油断も隙も無いから。

 

「……へえ、まだ付いてくるんだ」

 

 周りに何もない場所に辿りついた、ここら辺は本当に何もない、建物や遮蔽物も無いからスキルアウトも近寄らない、従ってアンチスキルもジャッジメントも来ない。この時間帯だから当然人の気配は完全にない。そんな場所に誘導した。

 

「そろそろ、いいんじゃないかな?」

「ええ、そろそろいいでしょう」

 

 しゅとんっと、さっきまで私らを監視していて、私の誘導に大人しくついてきた女――神裂って呼ばれてたね、それがどこからともなく現れた。というよりどこに隠れていたんだろうね? 周りに何もないって今言ったばかりなんだけど。

 

「まず聞きたいんだけどさ、どうして私にアプローチを掛けたの?」

「ああすれば、貴方だけは気付いて着いてくると確信していたからです」

 

 そりゃそうだけどさ、あんだけ殺気を送られて平然としてるって鈍すぎだとは思ったけどさ。私がついてくるって確信していたってどういう事かね、そんな戦闘狂って自分で思った事は無いんだけどさ。

 

「それで、私をデートに誘ってくれたのは嬉しいけどさ」

「そんなつもりは無いのですが」

「言葉の綾ってやつさ……で、なんでここに居る?」

 

 分からないかな、私は神裂が何しようがどうだっていいんだよ。あの部屋に乱入してインデックスの嬢ちゃんを強奪するなり、そんな事はどうだっていいとさっき公言した。だけどどうしてか神裂は着いてきた、その理由が知りたかったんだ。

 

「私はあんたらに構うつもりは一切ないよ」

「それを信用しろと?」

「疑われちゃ、おしまいだけどね」

「目標を手に入れた直後が一番警戒しにくい……分かっているでしょう」

「なるほど、私が裏切ること前提か」

 

 確かに正しい、ここで私がその場しのぎの嘘をつく事も考えても良いかもしれない。杞憂なんだがね、相変わらず警戒心剥き出しの目で見られるといい加減うんざり来そうだ。

 

「それに、ステイルの件もあります」

「ありゃ向こうが勝手に来ただけだよ、関係ない」

「それでも、やらねばなりません」

「敵討ちかい、そんな事している暇があったらさっさと目的達成した方が良いと思うんだけど」

「貴方に何が分かる!」

「何も分からん、さっぱり分からん」

 

 こりゃ、これ以上何か言っても平行線だね。だけどちょっと分かった事がある、あの嬢ちゃんはなぜ自分がここに居るか分かっていない。私に問われた時の揺らぎ、動揺、自分が何の為にやるべき事すら置いておいてこの場に居るのか分かっていない。

 

「戦った方が早いか」

「そうでしょうね」

 

 獲物は恐らく、いや確実に腰に下がったとんでもなく長い刀、その間合いは広く見て4・5メートルかな、私達の距離は大よそその5m……遠ざかった方が良いかな。しっかしまあ、じろじろ人の格好見るのはあれだけどさ。

 

「なかなか大胆な格好だね、それ」

「左右非対称のバランスは術式を組むのに有効なんですよ」

「いや、ねえ」

 

 露出度高いしさぁ、体格良いし、胸とか大きいし『女』って感じがするしさ。ああ私もあれぐらい成長してから蓬莱の薬を飲みたかった、まあ私が成長したところでひょろひょろになってそうだったけど。

 

「じろじろ見ないでください」

「おっと、すまん」

「そう言えば……私の魔法名を言い忘れていました」

 

 魔法名、ステイル曰く『殺し名』だったか? つまり戦闘はここからって事かね、十中八九あの戦闘を見て尚あの自信って事は相当にやり手なんだろうね。

 

「Salvere000、私の魔法名」

 

 ちゃきり、柄に手を掛ける音がする

 

「その意味は――」

 

 どこから来る、正面か、横か

 

「『救われぬ者に救いの手を』」

 

 その瞬間、私の体が吹き飛ばされた。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 他愛ないな、振り抜いた腕を収めて溜息をつく。

 

 刀を振ると思わせての肉弾戦は予想していなかったようだ、私の初撃は完全に真芯を捕えてその小さな体を吹き飛ばした、小さく白い体がゴム鞠の様に吹き飛び、地面に叩きつけられ、転がりながら後方に引き摺られていくのをただ眺めながらそう思った。

 

 苦しげに呻きながら立つのも困難と言った様相の彼女を見ていると少々やりすぎたかと思う、流石に最初から殺す気でやるのはまずいと思ったが下手に手加減をするのは逆効果だったかもしれない。

 

「――――ぐ がぁっ…!」

「立てますか?」

「いきなり……ひどいね…っ…」

 

 あれを食らってもう回復の兆しを見せている事に内心驚愕するが、何をするか分からない以上油断も動揺もする訳には行けない。

 

「刀、振らないのか――がっ!?」

 

 再び立ち上がろうとした体に七閃を叩きつける、またその体が吹き飛んで白が汚れていく。地面の泥に汚れて、傷口から走る赤に浸食されて、その様相に痛ましいなんて感情は沸かない、そんなものはとうに捨てているのだから。

 

 恐らく、まだばれていない。彼女から見ればこの刀の間合い目測の遥か外――10m以上の距離を一瞬で詰めたのだから。その意味、見えぬ刃のトリックにはまだ気づかれていない筈。

 

「目を逸らせば、死にますよ」

 

 今の斬撃は、この長刀七天七刀を高速で抜刀したものではない。それは刀を鞘内で僅かにずらす動作の影で、その鯉口に仕込んだ七本の鋼糸を操り目標を切り裂く技である『七閃』の為のフェイクに過ぎない。

 

 長きにわたって『隠す』事に心血を注いだその結晶たる技、それを一度受けた彼女は。

 

「糸、か」

「――っ!?」

 

 容易に、何気なく、当たり前の様に看破した。

 私は見せなかった筈だ、こうなる事を心のどこかで警戒して私の動きの初動を見せまいと細心の努力をした筈だ。

 

 初撃を敢えて打撃技にしたのもその理由、予想外の一撃に思考を乱して、更には刀からの意識を逸らす為の仕掛け。ここまでする事は無いと内心呆れるレベルまで何層にも重ねたそれをほんの一回で看破された。

 

「当りかね、その反応」

「……なぜ」

「間合いが遠すぎる、いくらなんでもその長さでその間合いは無茶苦茶だ」

「勘違いとかは」

「馬鹿言え、そんな自分を疑う様な目測してたら何度死んでるか」

 

 本当に、何者だこいつは。

 ステイルが警戒した意味が分かった、彼女は戦い慣れている、恐らくは私達よりも遥かに。だからあの状況で冷静に対処できた、転がされながらも斬られながらも落ち着いて状況の分析が出来た。

 

「さて、終わり?」

「まだ――まだっ!」

 

 再び切り払うも、七閃は掠りもしなかった。いくらタネが割れていようと避けるのは困難だと思った一撃は容赦なく躱され、私の元に汚れが混じった白が殺到する。

 

「綺麗なもんだ、だから避けやすい」

「ちぃっ!」

 

 これはもう当らない回避の方に集中する、凄まじい速度で襲い掛かる手刀を払い、足払いを躱し、突きを流し、突然の頭突きを身を捻って回避する。そうして何発かの応酬の後敵わないと判断したのか彼女は後退して汗を拭った。

 

「やるねえ、近寄りゃ終わりだと思ってたんだけど」

「……予想外でした、まさか白兵戦まで持ち込まれるとは」

「あんま見た目で舐めてると、死ぬよ?」

「ええ、反省しましょう」

 

 心のどこかではまだ油断してたのかもしれない、油断していたのだろう。華奢な体躯に、短く細い手足からくる短いリーチ、獲物も持たずに能力発動の兆しも見せない。どう見てもこちらの勝利が確定しているような状況で、それでも尚私に肉薄してきた。

 

 無論白兵戦では私の方が有利、藤原妹紅は確かに凄まじい身体能力を有している、有してはいるのだがそれはあくまでも『人体の範囲内』に限られるらしい、対して私は聖人であり人間の範疇には収まらない事が出来る。

 

 七閃を容易く看破された事といきなり懐に入られた焦りで先程は互角に戦っていたが……次はこうもいかない。油断は捨てる、私の全力をもって一瞬で終わらせる!

 

「往きます」

「来な、嬢ちゃん」

 

 何かしてくる様子は無い、様子見なのかそれとも――対処できていると思っているのだろうか。甘い、甘すぎる、その余裕は私の全力で叩き潰させてもらおう。

 

 私と彼女の距離は大よそ20m、それを私は一瞬で詰めた。

 

「――っ!? なぁっ!?」

「遅い」

 

 急激に迫る私を視認して、その顔が一瞬で崩れるのを見た。鯉口に置いていた指をきゅっと握ると冷たく硬い、確かな感触が返ってくる。

 今から放つのは七閃ではない、私の真説、私の本当の本気。そして私の、私なりの彼女に対する誠意。

 

 

 

 

「―――――――『唯閃』―――」

 

 

 

 

 一閃が、思い描いていた通りの道筋を辿り振り抜かれる。

 彼女の体が、上下に分かれたのを私は視界の隅で確認した。

 




一話7000~9000字に保ちたいので上下に分かれた 妹紅も分かれた
うわぁ、妹紅死んじゃうよー

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