とある不死の発火能力   作:カレータルト

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魔女狩りの王(イノケンティウス)

 

 

 

 血まみれのインデックスが、目の前の廊下に倒れていた。自分の部屋の、その目の前で小さな女の子が血まみれで倒れていた。空は暗くて月が昇っていて、未だにだくだくと流れて溜まった血だまりが変に苛立たしかった。

 

 インデックス、突然俺の部屋のベランダにぶら下がってたシスター。『魔術』なんて胡散臭い世界を紹介して、自分も『歩く教会』なんて大層な物を羽織っていて大食漢、知っている事はそれぐらいだ。追手に迫られていて助けようとしたら「じゃあ、私と一緒に地獄の底までついてきてくれる?」だなんて、それで躊躇しちまった。

 

「何だよ、一体何なんだよこれは!? ふざけやがって、一体どこのどいつにやられたんだ、お前!」

 

 こんなことなら放っておかなければよかったんだ、しっかり見張っておけばよかったんだ。妹紅さんに頼むなりすれば幾らでもやりようがあった筈なんだ、きっとあの人なら困った顔を引き受けてくれるだろうから、あの恥ずかしげな笑顔で。

 

「うん? 僕たち『魔術師』だけど?」

 

 そいつは言いやがった、躊躇いもせずに「インデックスを斬ったのは自分たちだ」と言い放ちやがった。赤い髪にピアス、目元にはバーコードなんて大よそ“神父”なんてものと一番縁遠い神父、魔術師。

 

 どこか困惑したような顔をして辺りを見回し「神裂が斬った」だの「そんな目で見られても困る」とか飄々と言い切るこいつに怒りの気持ちしか出ない筈だ、筈なのに手が震える。

 

 “魔術師”――インデックスが言っていた世界が間近にあった、果たして俺が持っている唯一の力である“幻想殺し”は通用するのか? 通用したとしてもインデックスを庇って逃げられるのか? 迎撃できるのか?

 分からない、でもこのままいくとインデックスは確実に死ぬだろう。今ももう死の淵に立っているような出血量だ、このままじゃまずいんだ、なんとかしてここからインデックスと一緒に脱出しないと――。

 

「もっとも、血まみれだろうが血まみれじゃなかろうが回収するものは回収するけどね」

 

 それを、こいつは踏みにじりやがった。回収だと? こんなに小さな女の子を血まみれにしておいて“回収”だと? 激昂した目で睨みつけるとやや怪訝な顔で「鬱陶しいね」と、そうとだけ呟いた。

 

「しかしやれやれ、神裂もやりすぎ――ん?」

「……なんだ?」

「どうやら鼠が居るらしいね」

 

 鼠? さっきこいつは人払いの魔術を掛けたとか言ってなかったか? その所為なのか「まさかインデックスを狙って魔術師が? 面倒だな……」と呟いている。更にインデックスを狙った新手ってますます逃げられなくなる――それどころか怪我の処置が遅れるのか? くそっ!

 だけど、階段をこつこつと上がって現れたのは予想外な――全く予想外すぎる人だった。白い長髪に札をべたべたと貼り付けた奇妙な人間、ある時は黄泉川先生と戦ったり、人気屋台の女将だったり、ヒーローと呼ばれていたり良く分からない“人間”――藤原妹紅がそこに居た。

 

「なぁっ――!? 妹紅さん!?」

「こいつは予想外の……いや、そうでもないかな」

「偶然だよ、今の今まで付き合わされててさ」

 

 なんであんたがここに……そんな顔の俺とは違って魔術師の男は一瞬だけ驚いた後興味深げに笑った。妹紅さんと知り合いなのか? それとも妹紅さんを知っているだけなのか分からない、でもどうしてここに。

 

 巻き込まれたなら一緒に逃げなきゃいけない、多分妹紅さんも協力してくれるはずだ。噂だけだけど彼女の実力なら俺より強いかもしれないんだ。だから声を掛けよう、協力を求めようとした瞬間――

 

 彼女が、口の端を吊り上げて笑った

 

 それだけだった、ただ“笑った”、それだけの事。でもその瞬間周囲の空気が凍りついた気がした、時間が止まった様な気がした。冷や汗が、インデックスの惨状を見た時よりも、魔術師の男と対峙したのとでは比較にならない量の冷や汗が流れるのを感じる。

 

 その顔はいつものような人懐っこい笑みじゃない、快活な笑い声も無い。ただ冷酷で、獰猛で、無慈悲で、何の人間性も感じられない静かな笑み、冷たい表情、隣の魔術師もそれをまじまじと感じた様で戦闘態勢に入る。

 あれが妹紅さんだなんて信じられない、信じたくない。普段の彼女が“偽って”居たのか? それとも今の彼女が“現れた”のか? それとも――両方とも“藤原妹紅”なのだろうか? 分からない、全然分からない。

 

「予想以上かな……魔術の気配は感じなかったんだけどね」

「うんにゃ、魔術は知ってるけど私は魔術師ってのじゃないよ」

「俄かには信じがたいけど信じよう、それにしても君は何者だ」

「ただの人間――かな? 焼鳥屋店主であることは確かだよ」

 

 軽い言葉使いとは裏腹に警戒と緊張を剥き出しにした魔術師と、飄々と笑いながら軽い口調で答える妹紅さん、一瞬だけ自分が世界から取り残された気がして――インデックスを助けなきゃいけないと思い当たる。

 

「妹紅さん! インデックス――彼女が!」

「あん? おっと酷い傷だねえ」

「助けなきゃいけないんです!」

「そりゃいいけどさ……どうやって?」

「どうやってって……」

「何の手段も分からずにただ時間と体力を消耗させるつもり?」

 

 この異常事態に平然と普通の返しをする、出来る時点でおかしいのだ。そんな事に気付いたのはインデックスを安全な場所に運び込んでからだった、とにかくここから連れ出さなくちゃ、そんな気持ちばかりが先行して俺はインデックスを担いでそこから脱出する。

 

「ありゃぁ、人の話を聞かないのは嫌われるよ?」

 

 どこか楽しそうに、そんな温い言葉が背中にかかったけど。俺にとってそれはまるで槍のように突き刺さった気がした。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 警戒はしていた、こいつが来るかもしれないと――どこかで分かっていたのかもしれない。神裂も同じことを考えていたようであの屋台を出た後僕らが真っ先にしたのは彼女――藤原妹紅についてありったけ調べる事だった。

 

「庇ったつもりかい? 優しいんだね」

「いやいや勝手に駆け出しちゃっただけだよ、若さゆえの暴走って奴かね」

 

 結果としては何も分からなかった、いやそれについては語弊があるかな。学園都市のデータベースから照合すると確かにそんな名前の人間が在籍している事と簡単な身体情報は記載されていた――それだけだった、それ以外は書かれていなかった。

 幸いにも彼女は有名らしくて噂についてなら事欠かなかったかな、特に女子は言い寄ればほいほい話してくれたし、緩すぎだよ。

 

 その噂についてだけど――神裂も正直眉をひそめていた、どう見ても眉唾物の噂が多すぎるんだよ。「可愛くて星が見えた」とかならともかく「殴ると人がぶっ飛ぶ」とか「見えないスピードで壁を走る」とか「リアル無双乱舞を見た」とか誰が信じられる? 

 

 そして不審な点として彼女は発火能力を持っているらしいけどそれについての情報が全くないんだよね。これはおかしい、能力の研究について先進的な物を持っているここにおいて能力は第一だ、それでも能力について誰も知らない、挙句“能力持ち”である事すら知られていない。なぜだ? こいつは不審な点が多すぎるんだよ、まるでブラックボックスだ。

 

「もしも、僕が君と戦いたくないと言ったら?」

「あれまあ、弱気なこったい」

「良く分からない奴とは戦いたくない、地雷を踏むかもしれない平野には行きたくない、だろう?」

「そりゃそうだ、全くもって」

 

 正直な所、嘘を全く交えないなら僕は彼女と戦いたくなかった。情報がないのもある、噂とはいえ“弱い”って事をまったく聞かなかったのもある、火のないところに煙は立たないように“強い”って噂がそこかしこに溢れているのは実際に彼女が強いからだ。

 

「でも駄目だろうねえ、私も、お前さんも」

「悲しい事にね、僕には君を倒さなきゃならない理由がある、引けない事情がある」

 

 それでも引けない、僕はインデックスを護ると誓ったからだ。逃げる事は出来る、戦いを避ける事は出来る、でもそれじゃ意味がない。心のどこかが言っているんだ“こいつをここで倒さなければいけない”と、こいつはあの子を助ける障害に成り得ると。

 

 だが、向こうはどうなのだろう? 見れば全くこの件には関わって居ない、さっきの男とは知り合いの様だが――そんなもので動くのだろうか? そうとは思えない。普通の人間ならそう考えるだろうことが何故か彼女には適応できない。

 

「君こそ、なんで僕の前に立ち塞がろうとするんだい? 別に関係ないだろう」

「確かに関係ないし、正直言えば知ったこっちゃない、ただの通りがかりの人間さ」

 

 それでも、彼女が引く気配はない。温度が上昇するのを肌で感じる、AIM拡散力場――パイロキネシスのそれは周囲温度の上昇だろうか、学園都市に来る前にちらと眼を通した能力者に関しての書類にそんな事が書いてあった。

 

「じゃあ、僕らが彼女をあんな目に合わせた事かい?」

「ああ、あの血まみれの奴? どうでもいいよ、のたれ死のうがなんだろうが」

「さっきの少年を殺しかねなかったからかい? それとも危害を加えようとしたからとか」

「死んだらそれが運命だったんだろ、知らんよそんなの」

「だったら、なんで……」

 

 おかしい、そこまで来てようやく思い当たる、遅すぎる気付きだった。

 他人にしても知り合いにしても目の前で殺されかけていたんだ、“何か思う”事が当たり前――そう思っていた。それが怒りにしても何にしても何らかの反応が返ってくる筈だと思っていた。

 違う、そうじゃない。こいつの関心は、今も尚僕の前に立ちふさがる理由は“そうじゃない”、こいつにとっては誰が死のうが殺そうが“まるで問題ではない”――異常だ、大よそ人間の考える事じゃない、なんだこいつは、なんなんだこいつは!

 

「別に大したことじゃないよ、体が鈍ったから久々にころしあ……戦闘でもしようかなって」

「なっ――貴様っ……!」

「簡単な事だろ? この学園都市って戦える奴少なすぎて困るんだよね」

 

 言っている事は分かった、こいつは「戦える奴が居るから戦おうと思った」と言っているのだ。分かったがそれと理解できるのは別物、誰かが目の前で死にかけて……それすらも「どうでもいい」と切り捨てた、「自分が立ちふさがるのはあくまで“自分の為”だ」と、ただそれだけだと。

 

「……どうやら僕は君と戦わなきゃいけないようだね」

「やる気になったかい」

 

 にかりと、先ほどの不気味な笑みとは違う笑顔が形作られた。さっきのは一体何だったのだろうか、大よそ人間の作れるそれとは別の――いや、それを考えてる暇はないか。

 向こうから仕掛けてくる様子はない、こちらの出方を覗っているのかそれとも……手加減しているのだろうか。後者だったら腹立たしいけどチャンスでもある、手加減してるって事は油断していると同じ、そこを叩く。

 

「ああそうだ、その前に魔法名を名乗っておかなきゃ」

「魔法名?」

「ん? 知らないのかい? てっきり知ってるものだと思ったけど……」

「生憎こっちが知ってるのは魔法使いだからね」

「僕たち魔術師って生き物は、何でも魔術を使うときには名前を名乗ってはいけないそうだ。古い因習だから僕には理解できないんだけどね」

 

 どうやらこいつは“魔術”とはちょっと違ったものを知っているみたいだ、それか地方によって知識に差があるのかな? まあいい、向こうも話を聞く気になっているみたいだし。戦う準備をするのを待ってくれるだなんてヒーローと悪役みたいじゃないか、おかしい事だね。

 

「Fortis931――僕の魔法名だ、因習はともかく重要なのはこの名を名乗り上げた事でね、僕たちの間では魔術を使う魔法名と言うよりも、むしろ――」

 

 魔法名は名乗った、準備は整った。その瞬間僕は彼女――いや敵の方を向いて詠唱を始める、攻撃が開始されたと理解する暇も無く、即座に、躊躇せず直ちに。

 

――――世界を構築する五大元素の一つ、偉大なる始まりの炎よ

    それは生命を育む恵みの光にして、邪悪を罰する裁きの光なり

    それは穏やかな幸福を満たすと同時、冷たき闇を滅する凍える不幸なり

    その名は炎、その役は剣

    顕現せよ、我が身を喰らいて力を成せ――――

 

 僕の、最強で最終の手段を持って彼女を滅する。一切の躊躇なく、一切の余裕も持たずに全力で叩き潰す! その名は魔女狩りの王イノケンティウス、その意味は『必ず殺す』。実に彼女にピッタリじゃないか、名前も、意味も、僕の決意を表しているみたいだ。

 

「おう、随分と巨大なゴーレム……アリスが見たら喜ぶかな、パチュリーの領分か?」

「余計な事を考えていると、死ぬよ?」

「そいつはまあ、何とも仰々しくて――素敵だ」

 

 またあの笑みだ、獰猛な獣の笑み、見る者に恐怖を植え付ける巨大な炎の王も霞む程におどろおどろしいそれ。一瞬気後れしたのを振り払う様に炎の剣を携える、駄目だ、弱気になっては負ける、なぜだか知らないけれど魔術の気配すら感じない彼女に紛れも無く“恐怖”を感じていた。

 

 第一イノケンティウスは3000℃の炎の塊が目の前に出現するのと同意、それを当てられてなぜあんなに涼しげな顔をしている? 彼女が発火能力保持者だとは聞いているがそれ以上の――いや、考えるな、とにかく僕は彼女に攻撃を当てればいい。当てれば死ぬ、死ぬ筈だ、死ななければいけないんだ!

 

「殺させてもらおう! 藤原妹紅」

「殺すとは何とも上等、避けさせてもらおう」

「避けるってどこに? ここは廊下で横には逃げられない」

「ならまあ、降りるか」

 

 降りるって、階段をかい。そう思うのと彼女が壁を乗り越えて外に飛び出すのは同時だった、何の躊躇も無く飛び出るなんてありえないだろ。少なくともここは一階や二階じゃないから結構な高さがあるし彼女は中身はともかくとして女の子らしい、言うなれば華奢な体形をしている。

 目を疑ったのはそれが一回目、飛び降りた彼女が怪我も無くぴんぴんしてるのを見て驚愕したのが目を疑う二回目、コンタクトみたいに眼球も交換できればよかった。ともかく彼女を見失うのは危険だから直ちに追跡を開始する、あんまり遠く離れられると魔術が利かなくなるけど“戦いたい”と公言する彼女はそんな事をしないだろう。

 

「こいつは中々熱いねえ、うん」

「そうとは思えないんだけど」

「そこはほら、発火能力だし」

 

 どうにも彼女が言う事が嘘にしか聞こえない、炎の王も、魔術も、何もかも一般人にとっては“非現実”過ぎる光景の筈なのに――まあこいつが一般人かどうかと聞かれたら間違いなく違うと言うだろうけど、それでも異常すぎる、平然と戦いの中で会話をしているのもなにもかもが。

 

 手早くきめなくてはならない、すっかりこいつの“異常”に当てられてそれを忘れていた。インデックスを取り戻す、彼女を取り戻して、そして彼女が破壊されないように保護する。それが僕の出来る事、それだけが僕の出来る事だから。

 

 だから、なんとしてもこいつを潰す、その為にもイノケンティウスの拳を彼女に当てる。それだけに集中すればいい、今は、今だけは『必ず殺す』――それだけを考えればいい。

 

「炎よ――――」

「まあ、巨体って遅いんだよね」

 

 炎の拳が地面を穿ち燃やす、人体を溶かすその炎は悠々と躱される。確かにこの巨体は鈍く読みやすい――が、穿つ面積は広大で無駄に避けなければならない。「当ったら負ける」プレッシャーは焦りを、失敗を、隙を生みやすくなる。

 だから躱されても終わらず追撃する、炎の剣を振るい牽制し、次々に灼熱の炎を飛ばす。攻撃し、追撃し、牽制し、また畳み込む、それをひたすら繰り返せばいつかは疲れて隙を見せるはず――そう思っていた。

 

「なぜ――どうしてだ、どうして動きが鈍くならないんだ!」

 

 だが、その認識は限りなく甘かったようだ。

 いくら疲れさせようとも最初の淡々とした動きを変えずに避け続ける、その顔に疲労の色は見えず寧ろ灼熱の炎を浴びせられるたびに歓喜の表情に染まっていくようで――逆に恐怖を覚える。冷や汗が誤魔化しきれないぐらいに額から垂れ、炎の中に居るにも拘らずまるで冷水を浴びせられたかのような錯覚すら覚えるぐらいにぞっとした寒気を覚えた。

 

「なんだい、もう終わりかい?」

「まだだ……まだ、終わらせるか!」

 

 終われないんだ、こんなところで。このままでは彼女は、インデックスは――っ!

 目の前の彼女――いや、もうこいつを人とは呼べない、人ではない何かだ。言うなれば“それ”を僕は睨みつける、「ほぉ」と何故か感嘆の表情を浮かべられたけど無視する、頭から振り払う。

 

「灰は灰に――」

 

 この力は彼女の為に

 

「――塵は塵に――」

 

 この力は、彼女を護る為に

 

「――『吸血鬼殺しの紅十字』!」

 

 それは血を吐くような努力、死ぬかのような努力を積み重ねて漸く手に入れた力。それが飛んでいく、膨大な熱量と強大な威力を伴って、避ける隙さえ与えずに、その命を刈り取るがために飛んでいく。

 

 それを彼女は、笑って

 

「まだ、遠い」

 

 軽々と、粉砕した――――

 

 

 

 ◆

 

 

 

 声のない慟哭が月夜に響く

 それは魔術師ステイル=マグヌス――魔法名Fortis931、『我が名が最強である理由をここに証明する』が遂に敗北した、敗北してしまった事を誰もが知っていた。

 

「あ、あ……ああ、あぁぁぁぁぁ!」

 

 炎の拳は避けられ

 炎の剣は当たらず

 紅十字は届かない

 

 妹紅が『吸血鬼殺しの紅十字』に対して行った事は“炎弾を投げる”ただこれだけだった。ぽっと投げられた“それ”は紅十字に命中し、その威力と熱量を完全に相殺してしまった。

 

「まだ伸びしろはある、いくらだってあるんだ」

 

 最早終わった事を察した妹紅がそう話しかける、それは耐え難い屈辱だった、いっその事己の炎に焦がされて死んだ方がまだましと考えられる程に狂おしい屈辱だった。だが、負けた、敗北してしまった。

 最早妹紅に勝つことは叶わない――そんな負け犬根性がステイルの中に確かに生まれていた。圧倒的な力量を前に自己防衛のようなそれはステイルに囁く、『負けちゃってもいいじゃないか』『死ななかっただけ儲けものだ』『なに、次があるさ』と。甘い誘惑のようなそれは蜜の様に傷口を塞ぎ、毒を体に流し込む。

 

 やりすぎたかもしれない、妹紅は嘆息した。久々の戦闘でやりすぎたのだ、下手に力があったのも災いしてやる気を出してしまった、若い未来を潰してしまった。勝った事よりもそちらの方が妹紅にとっては身勝手な悩みだった。

 

 それに集中していたから気付かなかったのだ――ステイルの目にまだ光が灯っていた事に、未だに轟々と燃え盛る炎がそこに宿っていた事に。

 藤原妹紅は知らずの内に隙を、千載一遇のチャンスをステイルに与えたのだ。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 負ける訳にはいかない

 

 僕は、負ける訳にはいかない

 

 彼女を護るために、今度こそ彼女を護るために

 

 その為には、その為だったら

 

 ――たとえ君は全て忘れてしまうとしても、僕は何一つ忘れずに君のために生きて死ぬ

 

 僕は、命だって惜しくない!

 

 

 

 ◆

 

 

 

「うお お おおっ! おぉぉおぉぉぉぉ!!!」

 

 妹紅は、藤原妹紅は驚愕の表情で見た。

 

「――灰は灰に」

 

 心までへし折った筈のステイルが歯を食いしばり、口元から血を流しながら立ち上がった事に。

 

「――塵は塵に――」

 

 それと同時に、滅したと思った筈の『魔女狩りの王』が再び、急速に命を吹き替えし、その拳を妹紅に叩きつけた事に。

 

「――『吸血鬼殺しの紅十字』!!」

 

 そして、先ほどまでとは比べ物にならない程の威力を有した十字が迫ってきたことに。

 

「お がぁっ!?」

 

 拳は避けきれなかった妹紅を叩き潰し

 十字は今度こそその小さな体を捕えた

 

「……は、はは……勝ったぞ……」

 

 圧倒的な光と熱、ステイルは己の執念が妹紅に届いた事を見届け。

 ずどんっと、腹に何かがめり込む衝撃に意識を断絶された。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 やられた

 

 油断していたのもある、隙を作ってしまったのもある。

 でも避けられた筈だ、あの攻撃を避けるのは容易かったはずだ。

 

 動けなかった、あの“目”を見た瞬間動く事すら忘れてしまった。

 

「はっ、ははは……」

 

 凄まじい執念、鬼気迫るとはまさにあの事だと一瞬で理解できる程の圧倒的な気迫。千年以上も生きてきた私が、あの瞬間確かに“呑まれた”。思わずリザレクションした後理性をかなぐり捨てた一撃を見舞ってしまう程に凄まじい気迫。

 

「凄い、凄いな……」

 

 まだ体が疼いている、輝夜と戦っている時とは違う“生きている”攻撃をまだ覚えている。一回死んだ、輝夜や永琳、幻想郷の化け物どもや化物のような人間とは違う“ただの人間”に殺されたなんて久々だ。

 

 そんな余韻に浸っているとすとんっとステイルの傍に人の気配が出現した、今まで見張っていたのかもしれない、もしくは介入できなかったか――まあ正体は分かっている。

 

「神裂って呼ばれてたよね」

「ええ、彼は引き取りますが――」

「いいよ、別にもう戦う気はない」

「ありがとうございます」

 

 連れて行くのは良い、別に背中から切りつけようなんて思っていない。そんな事をする理由はどこにもないんだから、それを理解したように神裂は一度頭を下げ――こちらを睨みつけた。

 

「この借りは必ず、どちらの意味でも」

「うん、あとその子に言っておいて」

「……は? まあ、いいですが」

「”ごめんね、ありがとう”って、それだけ」

 

 セーブするべきだった、幻想郷の魔法使いには数回殺された経験があるから同じように戦ってしまった。それに対する後悔と人の意志を見せてもらった、殺してもらったことに対する感謝。

 不審げな顔をした神裂は、一礼したあとどこかへと飛んでいく。

 

「……しっかし、どうすっかなこれ」

 

 後には、今晩住めなくなったであろう程に焦げ付いたアパートが月に照らされていた。

 




バトルパート(あんまりバトルしてない)
調子が良かったらしく書き上げられたよ やったー! 書いてて楽しかった

Q.バトルパート妹紅視点が無いのはなんでだよ
A.妹紅視点
「なんか知らないけど戦う事にした。避けたり攻撃を粉砕したら心が折れたらしく申し訳ないと思ってたら負けた」
おわれ

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