東方妹打刀   作:界七

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 手直しはともかく、文章新規追加で時間が掛かりました。第七話投稿します。
 なお、今回の話は人によってはコーヒーのブラックか、渋茶が必要になると思います。


第七話 罪悪感と焦燥感

 刃が約千年前の元人間。

 これを聞いて一番驚愕したのはフランだった。

 何故ならフランはようやく自由になれた刃を殆ど無理矢理自分に付き合わせた。

 もちろん言うまでもないが、刃が長い間打刀になって窮屈な思いをしていたことは聞いているし、両腕両足を破壊されても屈しなかったことから、それがどれだけ辛かったのかも理解していた。

 何よりフランも刃よりは楽ではあるが、破壊の能力のせいで窮屈な思いをしていたので共感出来る部分は多い。

 それでも刃の意思を尊重せず、自分の意思を優先させたのは壊れない友達がどうしても欲しかったと言うのが大部分だが、こちらのほうが長く苦しんでいると言う考えもあったからだ。

 刃は元人間でフランは吸血鬼。短い時間しか生きられない人間に対して吸血鬼は長い時間を生きてしまう。必然的に時間の感覚には差異が生まれる。

 このためフランは刃の、気が遠くなって消えてしまいそうになるくらい長い間、と言う言葉を最大で人間の寿命の二倍か三倍程度だと無意識に考えてしまった。

 その時間は大体にして二百年から三百年くらい。

 フランが苦しんだのは五百年近く。

 苦しみの質に違いはあれ、自分のほうが長く苦しんでいる。

 だが、実際は違った。

 質も量も刃のほうがフランより高かった。

 約千年、あるいはそれ以上。

 これを聞いたとき、フランは胸が締め付けられるくらいに痛くなった。

 予想よりも遥かに長かったと言うのもあるが、刃と一緒に居られることになり、心に他人のことを思えるくらいの余裕が出来たため罪悪感に苛まれたのだ。

 だから逃げ出してしまった。

 自分の罪から逃げるように。

 フランはとにかく走った。

 向かう先は地下にある自分の部屋。

 吸血鬼であるフランはその身体能力もあってすぐにたどり着き、扉を開閉して中に入り、ベッドに飛び込んだ。

 部屋の中は壁こそ直ってないが、昨日の喧嘩が嘘のように血が全て拭き取られていた。

 もっとも今のフランにはどうでもいいことだった。

「知らなかった、知らなかった、知らなかった。刃があんなに長い間苦しんでいるなんて知らなかった!」

 口から出るのは先程知った事実。

(どうしよう、どうしよう!? 私、刃に酷いことしちゃった)

 思い出すことは自分がしてしまったこと。

 そしてどうするか考える。

(やっぱりここは謝って、刃を自由にしてあげるべきだよね)

 だが、そうすれば刃はここを去る。

 もちろん会いには来るだろうが、毎日ではないだろうし、一緒に居られるのは精々数時間が限度。

「嫌だ! もっと、もっと。刃と一緒に居たいよ」

 フランは涙を流して叫び、思いを暴露する。

(そうだ。別に良いじゃない。刃が相棒なら良いって、メイドになっても良いって言ったんだし、今さら千年苦しんだと分かっても……)

 気にすることはないと思おうとして思考を止める。

「千年なんだよね。刃が喋ることも、動くことも出来なかったのって」

 それがどれだけ辛いことなのかフランは考え、自分なら耐えられるかどうか考えた。

「……無理だよ。千年なんて我慢できないよ」

 結論は否。五百年近く喋ることも、動くことも出来た引き籠もり生活ですら辛いと感じた自分が耐えられるはずがない。

 刃は意識が半分寝て、半分起きている状態だったから狂わずにすんだと言っていたが、そんな状態をフランは想像できないし、あるとも思えなかった。

 もしかしたら刃の意識は普通に起きていて、ただ、そう言う風に勘違いしていたのかもしれない。

 だとすれば自由に動けるようになったときの喜びはどれほどか。

「そ、そうだよね。やっぱり、自由にしてあげるべきだよね」

 刃をどうするかが決まり、口でその決定を言うが、体は対照的に震えていた。

 したくないと言う気持ちによって。

 そんなときだった。部屋の扉がノックされ、一番聞きたい声が聞こえたのは。

「フラン居るか?」

 そう、刃の声だった。

「! うっ、うん。居るよ!」

 すぐさま扉の方を振り向き、フランは返答する。

「話がしたいんだが、入っていいか?」

 刃のこの申し出にフランは少し返答に悩むが。

「良いよ。私も話がしたいから入って来て」

 今言わずにいつ言うと思い、招き入れる。

「それじゃあ、失礼するよ。……って、かなり大変なことになってるな。大丈夫か?」

 扉を開閉して入ってきた刃はフランの顔を見るなりそう言って心配した。

「えっ? あっ。うん。大丈夫。大丈夫だから」

 一瞬、何を言われたか分からなかったが、自分が泣いていることにようやく気付き、腕で涙を拭い、無理矢理笑顔を作る。

「……そうか。それで、俺にしたい話って何だ?」

 これに刃は少し間を置くが、特に何も言わずにフランがしたいと言った話の内容を聞いてきた。

「うん、ちょっと待って」

 フランはベッドからおり、ゆっくりとした足取りで刃の前まで歩き、目の前に立つ。

「あのね、刃」

「何だ?」

「…………」

 刃の返答にフランは言葉が出ない。

 それを刃は何を考えているのかじっと待つ。

(何をやってるの! 刃を自由にしてあげるんでしょ。刃は待ってるんだよ!)

 自分を内心叱咤し、フランは思いを篭めて口を開く。

「刃、ごめんなさい! 貴方が千年も苦しんでるなんて知らなかったの。だから今さら遅いかもしれないけど私の相棒を……ギャン!」

 最後までは言えなかった。

 刃の拳骨がフランの頭に落ちたために。

 

 

「それ以上言ったら怒るぞ」

 静かな口調で刃は頭を抑えて蹲るフランにそう言った。

(えっ、えっ。何で?)

「多分だが、俺が千年刀だったのを聞いて罪悪感を覚えた。だから相棒を辞めて俺に自由を与えようとした。そんなところだろう?」

 フランが疑問に思ったことに答えるように刃はそう言う。

 これにフランは頭を抑えたまま頷く。

「はぁ、やっぱりか。いきなり部屋から出ていくからどうしたと思ったら」

 呆れた表情で額に手を当て、ため息をつき、刃は真剣な表情でフランを見る。

「はっきり言うぞ。余計なお世話だ」

 刃のこの言葉にフランは慌てて立ち上がった。

「何で!? 千年だよ。刃は千年も苦しんでいたんだよ。それにあんなに自由を欲しがっていたじゃない」

 思い出すのは刃と初めて出会い、お互いの望みがすれ違って激突したときのこと。

 普通なら屈服してもおかしくないのに両腕両足を破壊されても刃は屈しなかった。

 これはそれだけ自由を求めていたことに他ならない。

「ああ、そうだな。俺は自由が欲しかった。だが、それは既に決着が着いただろう」

 だが、刃は自由を求めていたことを認めつつ、何の迷いもなく問題ないと言った。

「でも、あのときは千年も刀だったなんて知らなかったじゃない」

「確かにそうだが。なら、あのときそれを知っていたとして、フランは俺を素直に見送ってくれたか?」

「そっ、それは……」

 刃の言葉に納得がいかずフランは反論したが、逆に問いかけられ言葉に詰まってしまう。

 何故なら答えは否だったから。

 今でも刃と離れることに強い抵抗を感じるのに、余裕が無かったあのときに千年と知ってそれで良いと出来るはずがなかった。

 そこに刃がさらに問いかける。

「もう一つ。もし、ここで俺が言うことを聞いて紅魔館を出ていったとして、フランは納得するのか?」

「…………出来ないよ」

 しばしの無言の後、フランは押さえ込んでいた想いを吐き出す。

「出来ないよ! 納得なんて、もっと、もっと刃と一緒に居たい。だけど、それで刃を苦しめたくない。だって、五百年近く地下に引き篭っていて私とっても辛かったんだ。だから刃が千年どれくらい辛い思いをしていたか、全部とは言わないけど分かる。だから刃には自由でいて欲しいだ!」

 そう言ってフランは泣き崩れそうになるが、刃に支えられる。

「……刃?」

 涙で歪んだ視界に映る刃の顔は嬉しそうでいて困っているように見えた。

 その口が開く。

「ありがとう、フラン。そこまで俺のことを想ってくれて。だからその気持ち、有難く受けさせてもらうよ」

 刃が言ったこと。これはつまりフランの提案を受け、自由になると言うことだ。

 それはフラン自身が望んだことである。

「…………」

 しかし、何も答えられず、自分の顔が歪んでいくのが分かる。

(駄目。言い出したのは私なんだから笑顔で答えなくちゃ)

 内心そう自分に言い聞かすが、表情が笑顔になることはなかった。

 そんなフランの気持ちを知ってか知らずか、刃は話を続ける。

「これで俺は自由になった。だからさ、フラン。お前の傍に居させてくれないか?」

「え?」

 刃の突然の提案にフランは呆けた声を上げた。

「俺はお前と約束したよな。フランが死ぬか、結婚するまで一緒に居るって。この約束を守らせてくれないか?」

 ようやくフランは刃が言っていることを理解する。

「い、良いの?」

「それは俺のセリフだ。それとも俺は居ないほうがいいか?」

「そんなことない! 刃には一緒にいて欲しい。でも、それだと自由に……」

「その自由で選んだんだ。なら、何も問題はないだろう? それにフランと一緒に幻想郷を自由に見て回ると言う選択肢もある」

 刃のこの言葉にようやくフランは心から笑顔になる。

「本当に? 本当に一緒に居てくれるの!?」

「その質問は二度目だな。まあ、俺は割と約束を破ったり、忘れたり、嘘も付いたりするが、フランと一緒に居ると言うこの約束は守りたいと思っているよ」

 この回答にフランは。

「刃大好き!」

 思わず抱きつき、刃はそれに顔を赤くして苦笑するのだった。

 

 

 時は少し遡り、刃がフランの部屋に入った頃、広間はとても静かだった。

 レミリアは無言で紅茶を飲み、パチュリーは持ってこさせた魔道書を見ており、咲夜と小悪魔は使用人の控え場所に置かれた椅子に座って待機している。

 こうなった理由はフランが逃亡し、それを刃が追っていったため、自然と話すこともそれだけとなり、と言って話し合ってどうにかなる問題でもないためだ。

 そうしてしばらく時が経ったとき。

「…………」

 レミリアが何かを決め、椅子から降りて扉に向かおうとする。

「レミィ。どこに行くのかしら?」

 それにパチュリーは魔導書から視線を動かさず待ったを掛ける。

「……フランの部屋よ」

 少々の沈黙の後、嘘は通らないと思ったのかレミリアは目的地を告げた。

 パチュリーは視線を動かさず軽くため息を付く。

「それで一体何をしに行くのかしら?」

「もちろん説得をしに行くのよ」

「誰を?」

「フランに決まっているじゃない! あの子はきっと刃が千年間拘束されていたこと知って、その自由を奪ったことを悔やんだ。だから逃げ出したのよ。そして刃はそれを知ってか知らずかフランの下に行った。だとすればフランがやって来た刃に対して取る行動はおそらく一つ、相棒解消による開放の宣言しかない」

 淡々と質問を繰り返すパチュリーにレミリアは声を荒げる。が、パチュリーは至って普通に。

「まあ、確かにそうするかもね」

 一言だけそう言った。

「かもねって、もしかしたら刃が出て行くかもしれないのよ。そうしたらまたあの子は孤立した状態に戻るかもしれないのよ。貴方だってフランに壊れない友達や従者が出来ることを望んでいたじゃない。あれは嘘だったの?」

 そんなパチュリーの態度にレミリアは不安になったようだ。

 今まで信用し、一緒に悩んでいたと思っていたことが実は違っていたのではないかと。

「嘘じゃないわ。フランにとっては暇潰しの一環だったのかもしれないけど、あの子に魔法を教えたのは私。貴方ほどではないかもしれないけど、大事な教え子であることに変わりはないわ」

 相変わらず視線を魔導書に向けたまま、嘘偽りのない思いを告げる。

 でもレミリアは納得できなかったようだ。

「なら……」

 しかし、何か言おうとしてその口は止まり、パチュリーが手に持っている魔道書に視線を注ぐ。

「ねぇ、パチェ」

「何かしら? 改まって」

「その魔導書。上下が逆よ」

「!」

 レミリアの指摘にパチュリーは驚き、慌てて魔導書を見直す。すると確かに上下が逆だった。

(こんなことに気づかないなんて)

 どうやら思っている以上に動揺していたらしい。

ため息を付き、閉じた本をテーブルの上に置いて視線をレミリアのほうに移す。

「安心したわ。貴方もやっぱり動揺していたのね」

 そこには勝ち誇った意地悪な笑みを浮かべた親友の顔があった。

「出来ればそっとしておいて欲しかったわ」

 それをパチュリーは軽く睨む。

「あら、知るのは一瞬の恥、知らないのは一生の恥、とは誰の言葉だったかしらね?」

 それはかつてパチュリーが今より貪欲に知識を貪っていた頃に言った言葉だった。

 しかし、負けまいと言い返す。

「知らぬが仏と言う言葉もあるわ」

「ごめんなさい。私悪魔だから」

 にぃっと笑うレミリアにパチュリーはまた溜息を付く。

 これ以上このことで口論しても時間の無駄だと悟って。

「確かに私も気になってはいる。でもね、レミィ。これは二人の問題。私たちに出来ることは何もないわ」

「だから二人を信じて待てと?」

「逆に聞くけど一体私たちに何が出来るの?」

「そんなの決まってるじゃない! 刃と一緒になってフランが相棒を解消するのを止めるのよ。刃は必ずフランの相棒を続けようとする。だからそれを援護するのよ」

 何かあるなら言ってみなさいと言わんばかりに言うパチュリーに、レミリアは自身満々にそう言った。

「あのねぇ、一体どこに刃がそうする保証があるの? 貴方が指摘した通り、メイドの仕事を了承した時、彼女からは哀愁が感じられた。もしかしたら私たちの勘違いかもしれないけど、今も刃が自由になりたいと思っている可能性もあるのよ。もしも刃がそのつもりで話を進めていたら、援護も何もないじゃない」

 手を額に当て、頭痛に苦しむようにパチュリーは言う。

 だが、レミリアは。

「大丈夫よ。刃はほぼ間違いなくフランの相棒を続けようとする。だから私たちは安心して手助けすれば良いわ」

 なおも自身満々だった。

「何でそんな自身満々なの?」

 もはや清々しいまでのそれにパチュリーは疑問を抱く。

「あら、刃を信じるように言ったのは貴方じゃない」

「確かにそうだけど」

(何か違うような気がする)

 パチュリーにはレミリアが刃ではなく、何か別なものを信じているように思えた。

 何故ならまだ確信を持って刃の行動を断定できるほど、彼女のことをパチュリーたちは知らない。

(まさか)

 そこに一つの答えが浮かんだ。

「……もしかしてレミィ、貴方、運命が見えたわね」

「ギクッ! そっ、ソンナコトナイワヨ」

 どうやら当たりのようだ。レミリアは否定するが、リアクションと片言のせいでもろ分かりだった。

 レミリアの持つ能力の名は運命を操る程度の能力。

 無意識にしか操れないと言う欠点はあるが、これによりレミリアは運命を操ったり、運命と言う名の未来を見ることが出来る。

 そしてこの未来は良くて九割、悪くても八割の確率で現実となる。

「呆れた。それならそうだと言いなさい。無駄に心配して損したわ」

 パチュリーはテーブルに肘を置いて頬杖を付く。

「でっ、でも、万が一外れたらどうするの?」

「貴方のそれは運命を知る、変えようとすることで外れるんでしょ? だったら当事者であるあの二人が知らなければ大丈夫よ」

 なおも食い下がるレミリアにパチュリーは疲れたように言う。

 過去、二人はこの能力を使いこなそうと色々と実験し、その結果未来が変わる可能性は、未来を知って行動が変わることで一割、未来を変えようとすることで一割と言うことが分かっていた。

「だけど……」

「はい、そこまで。どうやら主役たちのご帰還のようよ」

 往生際の悪いレミリアの言葉を遮り、パチュリーは足音の聞こえる視線を扉の方に向ける。

(今更だけど心配する必要は無かったわね)

 思い出すのは二つ、苦しそうに刃との出会いを語るフラン、もう一つはレミリアに能力を使おうとしたフランを疲労困憊の体で止めた刃。

 そこまで互いを思い合うことが出来る二人の絆が脆いはずがない。

 レミリア、パチュリー、咲夜、小悪魔の視線が集まる中扉は開けられ、そこには苦笑いを浮かべる美鈴と、ゆでダコのように顔を真っ赤にした刃に、その左腕に抱きついて嬉しそうに笑顔を振りまくフランの姿があった。

(全く、出会いが過激だったとは言え、僅かな時間でよくここまでの絆を結べたわね。ほんと、事実は小説よりも奇なり、だわ)

 思わずこちらも笑顔になりながらパチュリーはそう思いつつ、レミリアのほうを見る。

(やれやれ、お姉ちゃんはこれからも大変ね)

 そこには引きつった笑顔をして、拳を握りしめている親友の姿があった。

 




 今回の話はどうだったでしょう?
 元々第七話はフランと刃の駆け引きしかなかったのですが、そのため書きだめしている中では一番量が少なかったのです。これじゃあ不味いと思い、おぜう様とパチェさんに急遽出てもらいました。
 このため後半は何処かおかしいところがあるかも(一応推敲はしてます)。
 次回第八話では感想にもあった、刃が元男であることを何故言わなかったのかが説明されます。
 
 

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