東方妹打刀   作:界七

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 書き溜めていた第二話の手直しが終わったので投稿します。


第二話 相反する願い(前編)

 最初に入ったのは左頬に走った激痛だ。

「なっ、何だ!?」

 それにより夢の中に居た、ただの打刀だった彼女は目を覚まして飛び起きる。

「ああ、ちょっとやりすぎたかな。えぇぇと、大丈夫? そして目覚めた?」

 声のほうを振り向くとそこには一応彼女の持主であるフランドール・スカーレットが居た。

 冷や汗を垂らし、心配そうにこちらを見ている。

 言葉の内容と状況からして自分を起こすために頬を叩いたようだが、どうやら力を入れすぎたようだ。

 その証拠に。

「目は完全に覚めた。それに頬がまだ痛くて、首も痛い」

 体はそんな状態だった。

 幸い作り直すほどでは無いが、怪力でも有名な吸血鬼であるフランが力加減を間違えた。

 それは下手をすれば頬が裂け、首が折れていただろう。

 大事に至らなかったのは身体のスペックが高かったのか、それともそれくらいには力を落としていたのか。

 どちらにせよ。目を覚ますには過剰な力が加えられたことに違いは無いので彼女はフランに少々キツイ視線を送る。

「うっ、ごめん。初めてで」

「……誤解されそうな謝り方しないでくれ。まあ、眠っていた俺も悪かったし良いよ」

 謝るフランに彼女はそう言って、壁掛け鏡を見る。魔法の鏡には吸血鬼であるフランと一緒に美少女となった彼女もしっかりと映っていた。

「はあぁぁぁぁぁっ」

(やっぱり夢じゃないのか)

 生前は男だった自分が美少女になってしまっている現実。そこに一切の変わりが無いことに彼女は盛大にため息を付く。

「どっ、どうしたの? 他にも何処か痛いの」

 彼女の突然の行動にフランは慌てて何かあったのか聞いてくる。

「いや、何でもない。それよりもいきなり失礼した。すぐに部屋から出ていくから」

 と言いつつ、いきなり現れた侵入者を演じて、彼女は部屋の扉に向かおうとする。

「ちょっと待って。貴方あの刀がツクモガミになったんだよね?」

 だが、しっかりと一部始終を見ていたフランに呼び止められる。

「ああ、何だ。俺がこうなるところを見ていたのか。困ったなぁ」

 フランに振り返りつつ、後ろ頭をかきつつ彼女は困った表情をする。

 何だかんだで長い間一緒に居たので、フランが自分に何を求めてくるか予想出来たからだ。

「私、フランドール・スカーレット。貴方は?」

 彼女とは対照的にフランは期待に満ちた表情で名前を聞いてきた。

(名前……か)

 聞かれて思い出すのは生前の自分の名前。しかし、これは完全に男の名前であり、生まれ変わった(改造された)今の自分には不適切だった。

 打刀の時に付いた通り名も同じく。

(なら、容姿が良く似ているキャラの名前を使うか? いや、幾らなんでも似ているだけでそれを使うのは失礼な気がする。それに性別は変わっても心は男だし、今の俺の状態から考えて……)

「…………」

「どっ、どうしたの?」

 急に考え出した彼女にフランは戸惑いながら声を掛けた。

「……刃」

「え?」

「古刀・刃(ことう・やいば)。苗字が古い刀と書いて古刀で、名前が刃物の刃と書いてヤイバ。これがこれからの俺の名前だ」

「あっ、うん。分かったよ。刃!」

 彼女改め、刃の説明に笑顔で頷くフラン。

 そして日本人の名に疎いのか、男っぽいと言うツッコミはなかった。

「いきなり名前で呼ぶのかよ。いや、いきなりタメ口で話していた俺が言えたことじゃないか。それでふら……ああ、スカーレットさん?」

 さっそく名前で呼ぶフランに刃は困りつつ、話をするために彼女を苗字で呼ぶ。

「何かそれ変。別に良いよ。刃は私の物なんだし、フランで」

 この言葉に刃はさらに困った表情になる。これから話して起こるだろうことに。

 だが、長い間待ち続けたことなので引くわけにはいかなかった。

「なら、敢えてスカーレットさんと呼ばして貰う。単刀直入に言うが、俺はお前の物で有り続けられない」

 刃は覚悟を決め、そう言った。

「えっ、どう言うこと?」

 一体何を言われたのか分からず、それでも本能で理解しているのか、フランの表情が青ざめていく。

「俺がお前の物でいられたのは霊力があるとは言え、ただの刀だったからだ。それが今はどうだ? 確かな意思と肉体を持って動き回っている。これをただの物として扱えるか? もちろんそんなの無理だし、俺も嫌だ。そして君の姉がこのことを知れば俺に与えられる選択肢は二つ、服従するか追放されるか。このどちらかだ。そしたら俺は追放を選ぶ。もしかしたら絶対服従を要求されるかもしれないが、その時は全力で逃げさせてもらう」

「どっ、どうして? ここに居れば良いじゃない。お姉様に服従して私と一緒に居れば良いじゃない」

 刃の説明にフランは泣きそうな表情で反論した。

「俺は元人間なんだ。死んだ後、魂を何者かによって刀の材料にされたな。それから長い、とにかく長い、気が遠くなって消えてしまいそうになるくらい長い間、喋ることも身動きすることも、完全に眠ることも許されず、ただの刀として有り続けた。だからやっと手に入れた、いや、取り戻した自由を失いたくないんだ」

 対して刃は苦虫を噛み潰したような表情で自分に起きたこと、そしてしたいことを話す。

 これにフランは首を振りながら。

「分からない。刃が何を言っているか。分からないよ。ここに居てよ。私と一緒に居てよ」

 そう言う。

 しかし、言葉とは裏腹にある程度は理解しているように思える。

 それ故に辛いが、だからと言って自由を手放せるほど約千年の時は軽くない。

「すまない。スカーレットさんとは一緒に居られない。俺はここを出て自由に生きたい」

 刃は断ち切るように言い、扉に体を向け歩き出す。

 だが、それは間違った選択肢。ただの打刀だった頃の刃なら絶対に選ばなかっただろう。

 代償はすぐに支払われた。

 右足が爆発して、衝撃で床に倒れ、痛みに悶え苦しむ。

 そんな刃を、右手を握ったフランが光を灯さない瞳で見つめていた。

 

 

 ここを出て自由に生きたい。

 これはフランにも理解できることだった。

 今でこそ外に出たくないが、昔は外に出て自由に遊びたいと何度も思った。

 でも駄目だった。

 フランにはあらゆるものを破壊する力があり、それは周りを容赦なく破壊してしまう。敵味方問わず、例え愛する姉であっても。

 だから外に出るのが怖くなった。何処を見ても破壊出来ることを表す目があり、ついうっかりそれを握り潰してしまうことを。

 実際何度もあったことで、そのせいで姉とその側近を除いて周りから恐れられた。

 でもそれでよかった。

 誰かと仲良くなれば、それだけその者を壊してしまわないか不安になる。

 自分の姉とその側近だけでもかなり不安なのに、これ以上は心が壊れてしまう。

 いや、もう自分は壊れているのかもしれない。

 屋敷の中の誰かが言っていた。

 妹様はおかしい。壊れているんじゃないか?

 確かにそうかもしれない。

 長い引き籠もり生活と偏った知識のせいで、何が常識で非常識か理解出来ている自信が無かった。

 ますます外に出るのが怖くなった。お前はおかしいと言われてムカついて、思わず相手を破壊してしまうのではないかと不安になって。

 別に壊した相手に罪悪感を覚えるわけではない。が、不必要な破壊は愛する姉に迷惑を掛ける。

 もしも姉に迷惑を掛けて嫌われればきっと、自分は止まることが出来なくなる。

 能力の名前のとおり、ありとあらゆるものを破壊して、全てを壊して果てるか、誰かに殺されるまで止まらないだろう。

 だからこれでいい。自分が地下に閉じ篭り、周りが距離を置き、姉だけは愛してくれる。

 それだけで自分は生きていける。

 フランはそう思って暇潰しを見つけながら生活してきた。

 でもやっぱり、友達の一人くらいは欲しいと思った。

 姉には側近の一人に親友が居る。そして姉とその親友はとても楽しそうに会話していた。

 それを見てフランも友達が欲しくなった。

 でも駄目だ。屋敷に居る者はみんな全て破壊の目を持っている。

 フランが欲したのは絶対に壊れることがない友達。

 そんな友達が現れるのを待ち続けた。それしか出来なかった。

 だから宝物庫の探索で破壊の目を持たない刀を見つけたとき、待ち続けた友達が現れたように喜んで、必死に姉に譲ってもらえるように頼み込んだ。

 とにかく久々に気持ちが高揚していた。

 本当に壊れないか確認したり、もしかしたら喋るかもしれないと話しかけたりもしてみる。

 でも、刀は壊れることは無かったが、喋ることもなかった。

 いつしか見つけたときの熱意は冷め、それでもやっと見つけた壊れない物をフランは部屋に置いておいた。

 そしたらどうだろう。それなりに長い時間は掛かったが、あの壊れない刀が自分と同じ女の子になった。

 体には破壊の目はあったが、変わらず刀にはそれが無かった。

 そして刃の話を聞く限り本体は刀のほう。

 これならうっかり体を壊してしまっても謝れば済む。

 待ち望んでいた友達がついに来た。

 そう思っていた矢先、刃は屋敷を出ていくと言った。

 それがフランにとってどれほどの絶望だったかは言うまでもない。

 もちろん先にも言った通り、話を聞いてフランはどうして刃が出ていきたいのかは理解している。

 でも、刃は外に行くことは出来ても、フランには出来ない。

 さらに最悪なことにフランは友達とは一緒に暮らすものだと勘違いしていた。

 もっとも、そうでないと知っていても地下で引き篭っている以上、会える機会は極端に少なかっただろう。

 だからやってしまった。壊してしまった。

 扉に向かって歩き出す刃の右足の破壊の目を自分の右掌に作り出し、握りつぶしてしまった。

「あ」

 焦ってやってしまったことのため、一瞬フランも訳が分からなかった。

 だが、目の前には膝から下が無残に砕け散って無くなり、血が流れて中の物が剥き出しになった右足を抑えて蹲る、呻き声を上げる刃が居て、自分は右手を突き出して握っている。

(あっ、ああああああ……!)

 自分のやってしまったことにフランは狂いそうになるが、刃の右足が光に包まれて再生、いや、再製されたのを見て留まり歓喜する。

 やはり自分の予想は外れていなかった。

 そして思う。

(何がなんでも私の物(友達)にする)

 

 

「はぁ、はぁ。これは、一体、何の、つもりだ? スカーレットさん」

 荒い息をしながら、壊された右足を作り直して再び立ち上がろうとして、今度は左足を破壊と言う名の爆破をされて、再び倒れる。

「ぐっ、がっ! あっ」

 体を駆け抜ける激痛に声を荒らげ、痛みにのたうち回りながらフランの目を見た。

 光がない。確かに部屋を照らす光に反射して光っているが、それでも光がない。

 それは過去に何度か見たことがある狂気の目だ。

 その中でも何かを求めるタイプ。

 恋人を他の女に奪われ、狂った使い手の目に良く似ている。

(クソッ。ここまでやるほどか!?)

 内心悪態を付き、刃は力を回して左足を作り直す。すると今まで身体の中を暴れまわっていた痛みは嘘のように消えた。

「痛みは消せないんだね」

 それを見計らってかフランが話しかけてきた。

「はぁはぁ。ああ消せないな。気が狂いそうになるほど痛かったよ。はぁ。それで、さっきの質問だ。これは一体どう言うことだ!?」

 息を整えながらフランに答え、立ち上がりながら怒気を篭めて刃は問いかけた。

 自分を奮い立たせるように。

 両足を破壊されて怖くないわけない。だが、同時に痛みこそ無かったが、刃はこう言う状況にはもうとうの昔に慣れている。

 だから思う。

(痛みを恐れるな! 尊敬できる使い手たちはこれくらいものともしなかったぞ)

 思い出すのはどんなに傷つこうが戦場を駆け抜けた自身の使い手たち。

 いつもそれを見ながら思っていた。自分も彼らのようになりたいと。

(今がその時だ。みんな、力を貸してくれ)

 刃はしっかりと立ち、フランと視線合わせる。

「! どうもこうもないよ。刃は私の物なんだよ? だから勝手に出ていこうとしたから御仕置きしたんだよ」

 一瞬怯んだように見えたがすぐに立ち直り、さも当然のように言ってくる。

 これに刃は怒りが湧いた。

「ふざけるな! 何処の世界に身体の一部を破壊する体罰がある。お前のそれは攻撃以外の何ものでもない。それに俺はもうお前の物じゃない。……がっ!」

 最後の言葉を言うと同時に今度は左手が爆破された。

 だが、先程と違い、すぐに作り直したため痛みをそんなに感じずに済んだ。

 それでも痛いが、湧き起こる怒りによって軽減された。

「駄目だよ。そんなことを言っちゃあ。刃は私の物なの。そんな悲しいこと言わないで」

「一体俺の何がそこまで良いんだ!? 死ぬかもしれない攻撃をして、無理矢理従わせようとするほど、一体何が良いって言うんだ!?」

 光の無い瞳で悲しそうな顔をするフランに刃は怒鳴りながらわけを聞く。

 返答次第では攻撃するつもりで。

「私の力を使っても壊れないところ。私の能力はありとあらゆるものを破壊する程度の能力。見えるんだ、掴めるんだ、そして潰せるんだ、ものが破壊できる目を。だから欲しかったんだよ。壊れない子が。長い間ずっと!」

 このフランの答えに刃の中の怒りが小さくなる。

 生前の知識で知っていた。フランドール・スカーレットは四百九十五年地下に幽閉されていて、自分からも外に出ようとしないことを。

 それがフランの持つ、歯止めの効かない破壊の能力のせいであることを。

 そして刃は実際に見た、聞いた、フランが壊れない打刀を見つけて、まるで長い間探していた物が見つかったように喜んでいたのを。

 知っている。フランが姉と側近以外とは話をあまりしないことを。

(ははっ、そうだったよな、畜生。そりゃ、何がなんでも引き止めたいわな。やり方は激しく間違っているが)

 改めてフランが自分を引き止める理由を理解し、それを含めて先程取った自身の行動を悔いる。

(だが、それをさせたのは俺だ。ああすればフランが何をするかなんて簡単に想像できたじゃないか。一体何年色んな奴を見てきたんだ。少し時間を掛ければ……いや、もう遅い。やってしまった以上、前に進むしかない)

 刃は奥歯を噛み締め、意を決めて口を開く。

「そうか。それは俺の能力、壊れない程度の能力の御陰だな。詳しいことは省くが、少なくともありとあらゆるものを破壊する力では俺は壊れない」

「そうなんだ! やっぱり刃は私の物になるために生まれてきたんだ。きっとそうに違いない。だから私と一緒に居るべきなんだ!」

 刃の言葉に瞳に光が無いままフランは無邪気な子供のように喜ぶ。いや、実際にフランに邪気は無いのだろう。

 言い方がかなり自己中心的だが、その内容は何の心配も無く付き合える者が現れたことを喜んでいるだけだ。

 それが分かるだけに刃は辛い。だが、だからと言ってそれを受け入れられるほど、打刀だった約千年の時は軽くない。

(あぁあ、畜生。原作キャラとはみんな仲良くしたかったんだけどな)

 内心愚痴りながら刃は口を開いた。

「その気持ちは嬉しいよ」

 これは嘘偽りない気持ちだ。

 フランドール・スカーレットは刃にとって生前は嫁キャラだった。さらにこれを差し引いても美少女にここまで一緒に居て欲しいと言われて喜ばない男性は居ない。……今は女性だが。

 とにかく嬉しいことに変わりなかった。

「なら……」

「だがな。俺は自由になるこの日をずっと長い間待っていたんだ! スカーレットさん。もう一度言う、俺はお前の物にはならない!」

 刃の嘘偽り無い言葉にフランは喜びそうになる。が、同じく刃の拒絶にフランは一転、泣きそうな表情になる。

「何で? 嬉しいんでしょ。なら、私の物になってよ」

「嬉しいさ。でも、俺は自由が欲しいんだ。束縛されたくない」

 フランの願いに刃は辛い思いで自分の願いを言う。

 すれ違う二人の願い。

 片方は束縛されたまま共に居る者を求め、片方は束縛されない自由を求める。

 この二つは相反する。

「なら、なら。刃が一緒に……」

「ああ、だからこうする」

 涙を堪え、再び能力を使おうとしたフランに刃は何かを諦めて、そして覚悟した表情で接近。

 突然のことにフランは対応できず、刃はその腹に右拳の鋭い突きを叩き込む。

「がはっ!」

 身体の中の空気が一気に出され、その苦しみと突きの痛みでフランはその場に蹲った。

 それを見ながら刃は言う。

「俺はお前を殴る」

 




 第三話ももう少ししたら投稿します。

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