東方妹打刀   作:界七

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 新年明けましておめでとうございます。
 今年もよろしくお願いします。


第十五話 意趣返し

 

 

 場所は変わらず紅魔館の広間。

 そこでレミリアは刀を担いだフランと、決闘結界の中で対峙していた。

(どうしてこうなったのかしら?)

 疲労感の残る頭でレミリアはこうなった経緯を思い出す。

 始まりはレミリアが刃を、その体を維持が出来ないほど痛めつけてしまったのが原因だった。

(あそこまでするつもりは無かったはずなのに)

 レミリアの予定では刃を吹き飛ばし、それなりに痛い思いをさせて終わりのはずだった。

 刃が文句を言うかもしれなかったが、言い出したのも、レミリアの案に乗ったのも彼女の意思なのでどうとでも言える。

 それがいざ攻撃の時になって変わった。

 これでは駄目だ。

 そんな黒い想いがレミリアの中で湧き上がり、これを彼女は制御することが出来なかった。

 やっと来たチャンス。これを逃せば次がいつ来るかは分からない。

 レミリアは自分が満足するまで魔力の槍を強化。

 そして満足するものとして放ったそれは会心の一撃となって刃を襲う。

 結果、無防備の状態だった刃は結界の壁に貼り付けにされ、しばらくの間自身を襲う激痛と衝撃に耐えることとなった。

 その姿をレミリアはそれなりに疲れた体で、内心半分喜び、半分混乱しながら見る。

 外野は状況が理解できずに傍観。

 これはレミリアの攻撃が消え、刃が床に倒れて、決闘結界が消えるまで変わらなかった。

 フランが刃を抱きかかえ、パチュリーが回復の魔術を掛け、咲夜と小悪魔が心配しながら見ている様を、レミリアは何も言わず、いや、言えずに眺めていた。

 レミリアが動いたのは刃の体が、融合を開始したスペルカードのように光の粒子となって崩れ始めた時。

「あっ」

 レミリアは焦った。もしかして自分が刃を殺してしまったかもしれないと。

 しかし、その無事を象徴するように刃の本体である刀が現れ、弱ってはいるが、刃の霊力を初めとした力は健在だった。

 それはつまり刃の魂は無事と言うことだ。

 このことにレミリアはほっとするが、話はここで終わらない。

 誰よりも先にフランがレミリアのほうを向いた。

「お姉様。お願いがあるんだけど」

 その声と視線にレミリアは一瞬身震いする。

 どちらもが冷たかった、そして瞳には光が無かった。

 それは約三か月前、刃の処遇を巡る際に見せた時よりも冷たく、暗い。

(!)

 レミリアは奥歯を噛みしめた。

(だから何? フランは私の妹で、その大事な人を傷つけてしまったのよ。なら、姉として受け入れ、紅魔館の主として堂々と責任を取りなさい。レミリア・スカーレット!)

 レミリアは己を叱責し、一呼吸。

 姿勢と表情を整えてフランを見据える。

「何かしら? フラン」

 このレミリアの態度にフランは眉を吊り上げるが、特に行動を起こすことなく話を続ける。

「私の能力は知っているよね?」

「ええ、よく知っているわ」

 今更なフランの質問をレミリアは普通に返す。

 ありとあらゆるものを壊す程度の能力。ものには常に緊張している部分があり、フランはこれを目として捉え、それを自身の手の中に移し、握りつぶすことで対象を破壊することが出来る。

 フランが四百九十五年間地下に幽閉される原因となった強力だが、同時に忌々しい能力。

 この力をスペルカードは非殺傷化出来ない。

(もしかして能力を非殺傷化出来るかどうか私で試す気!?)

 内心動揺するレミリアだが、流石と言うべきか表には出さなかった。

 そして幸いと言うべきか、フランがしてきたお願いは予想を外れた。

「だから、もしかしたら私の攻撃も非殺傷化出来ないかと思って。それで悪いんだけど、お姉様で私の攻撃が非殺傷化されるかどうか試させてくれない?」

(ああ、そう言うこと)

 フランのお願いを聞いてレミリアは内心安堵とする。

 つまり、フランはレミリアが刃にしたことをしたいのだ。

(なら問題ないわ)

 思わず笑みが漏れ、それを見てフランが奥歯を噛みしめているが問題ない。

「良いわ、フラン。思いっきり試しなさい。それともしもがあっても責任は取らなくて良いから」

 このレミリアの了承にフランは表情を一転、黒い笑みを浮かべた。

「ちょっと待ちなさい!」

 これに待ったを掛けたのはパチュリー。その表情は目に見えて焦っている。

「ちょっとレミィ、貴方本気で言ってるの?」

「ええ、本気よ」

 パチュリーがレミリアの前に来て真意を問いただすが、その答えに頭を掻き毟りフランのほうを向く。

「フラン。貴方も本気でやるつもり? 今は早く刃を部屋に連れて行って休ませてあげるべきじゃないの!」

 パチュリーの問いに刀に戻った刃をフランはゆっくりと見る。

 大事な相棒兼従者。もしかしたらそれ以上の存在。一瞬目に光が戻るが、すぐに黒に戻る。

「うん、やる。だからスペルの登録の仕方を教えて。後、咲夜。刃を担ぎたいからヒモかロープを持ってきて」

「……かしこまりました」

 フランの命令に咲夜は戸惑うが、レミリアが頷いたことで能力を発動して時を止め、一瞬の内に手頃なロープを持ってきた。

 それをフランは受け取り。

「ごめん、刃。ちょっとの間我慢してね」

 ロープを刀の鞘の部分に巻き付けていく。

「ああもう! 良いわ、教えてあげるわよ。スペルの登録の仕方。別に教えなくてもサポート機能があるけど、そのほうが早いでしょ」

 フランの行動を見て、もう何を言っても止まらないと見たパチュリーは投げやり気味にそう言った。

「パチュリー、ありがとう」

 フランが素直にお礼を言うが、パチュリーはこれから行うことに対しての縛りを、左手の人差指を上げて告げる。

「でも、攻撃は一回まで。決闘設定は刃の時と同じ。もしも決闘が終わっても続けるようなら力づくで止めるからそのつもりでいなさい」

「…………」

 これにフランは承服できないと眉をひそめ、無言で答えた。

「い、い、わ、ね!」

 パチュリーの力強い言葉にフランは仕方ないと言った感じで何も言わず、ただ頷いた。

「はぁ、あんたら姉妹ときたら」

 こめかみに手を当てパチュリーは盛大にため息を付く。

「ごめんなさい。パチェ」

 そこにレミリアが済まなそうにパチュリーに言った。

「それを言うべき相手は別にいるでしょ。……今は無理でしょうけど」

「そうね」

 パチュリーの返答にレミリアはただ一言だけそう答えた。

「はぁ、後で話は聞いてあげる。精々苦しみなさい」

「ええ、苦しんでくるわ」

 そして冒頭に戻る。

 

 

 あの後フランはパチュリーと一緒に別室でスペルの登録を行い。その間レミリアは咲夜の入れた滋養強壮の効果のある紅茶を飲んで待っていた。

 はっきり言って味はあれだったが、何となく体が少し楽になった気がする。

「じゃあ、お姉様。始めるよ」

「ええ、いつでも掛かってきなさい」

 敵を見据えるように見るフランに、レミリアは余裕そうに答えた。

 しかし、内心は処刑台に立たされたように緊張している。

(刃もこんな気持ちで立っていたのかしら?)

 それでも死なない分、自分よりはましだったろうとレミリアは思った。

(自業自得の身で何を言っているのかしら。配下がやって見せたんだから主がそれ以上をやって見せなくてどうするの!)

 再び己を叱責し、フランを真っ直ぐ見る。

 これをレミリアの余裕と勘違いしたフランはさらに視線を鋭くするが、余程自分のスペルに自信があるのか笑みを浮かべる。

「見せてあげる、私のスペル」

 フランの言葉にスペルカードがスペル攻撃の発動態勢に入る。

「禁忌『レ―ヴァテイン』!」

 フランの左手に黒い両端がハートの形をした歪な杖が出現、その上部から炎が噴き出し剣の形となる。

(……レ―ヴァテイン)

 レミリアが刃に使ったグングニルと同じく北欧神話に登場する剣で、世界樹と言うもの凄く高い木の頂上に居る敵を倒すことが出来る剣であり、名前の意味は『害なす魔の杖・枝』。ちなみにグングニルは『貫く』。

(なるほど伝説の武器には伝説の武器と言うことね。でもフラン、レ―ヴァテインはスルトの炎の剣じゃないわよ)

 日本ではよくレ―ヴァテインと言えば炎の剣だと言うが、元となった神話にはこれがそれだと言う記述は無い。

 では、何故炎の剣と間違われるのか?

 それはレ―ヴァテインの持ち主の夫が巨人の王スルトであり、彼が振るった炎の剣が無名だったためだ。

 そしてスルトの炎の剣は世界を焼き尽くすことが出来ると言われている。

(まあ、別にそれでもいいのだけど)

 フランが使うのはレミリア同様魔術による攻撃。本物の神話のそれではないので別に問題はないし、目の前の炎の剣は十分脅威に見えた。

「さあ、行くよ、お姉様。覚悟は良い?」

「来なさい! 私は逃げも、防ぎもしないわ!」

 炎が十分な力を持ったことを確認したフランに、顔を引き締めレミリアはそう宣言する。

「! なら、受けてみてよ!」

 余程自信があったのだろう、炎の剣を見ても怯えるどころか堂々としているレミリアを見て、フランは苛立ち紛れに床を蹴った。

 吸血鬼固有の身体能力で弾丸と化した妹が手に持つ炎の剣がレミリアに迫る。

(私は逃げも、防ぎもしない。でも!)

 レミリアは腰を落とし、床を踏みしめ、魔術で足をそこに固定する。

(耐えて見せる!)

 次の瞬間レミリアを高熱の炎と衝撃が襲い、彼女の鳩尾に剣の先端が突き刺さる。

 しかし、刃の時とは違い、レミリアが壁に貼り付けにされることはなく、少し後退しただけ。

 それでも炎の熱と鳩尾を押される息苦しさがレミリアに地獄を味あわせる。

 

 

(どうして動かないの!?)

 フランは焦っていた。

 杖を握りしめ、足に力を入れ、目の前の怨敵を動かそうとするが、前後に動きこそすれ、壁に貼り付けるどころか、後退すらさせることが出来ない。

 さらに。

(何で悲鳴を上げないの!?)

 高熱の炎にあぶられている筈なのに、目の前の怨敵は苦悶の声を上げるだけで、刃の様に悲鳴を上げることはない。

 もっともこれは鳩尾を突いているせいもあるのだが、その辺の知識が乏しく、実戦経験が皆無のフランには分かりようが無かった。いや、刃と喧嘩した際に一度経験しているので分かりようはあったのだが、今の彼女は思い出せなかった。

(急がないと決闘が終わっちゃう)

 チラッと横を見れば結界の壁に表示されたレミリアのライフゲージは既に零。

 勝敗は既に付いており、この攻撃が終われば決闘は自動的に終了してしまう。

(刃と同じような目にあわせてやるんだ。壁に貼り付け、悲鳴を上げても終わらない苦痛を!)

 だが押せども、押せどもレミリアの力が弱まる気配はない。

「いい加減」

 フランは奥歯を噛みしめる。

「折れろぉ!」

 レ―ヴァテインに送る魔力を増やし、一気に炎を強める。

「どお? もっと熱くなったでしょ!? だから……!」

 しかし、一瞬の気の緩みはあったがそれだけだった。

「……何で?」

 何で効かない?

 フランは訳が分からず、一瞬怯んだ。

(だから何!?)

 奥歯を噛みしめる。

(跪かせるんだ。泣いて土下座させて刃に謝らせるんだ)

 思い出すのは刃を痛めつけたと言うのに余裕そうなレミリアの態度。

 それを含めてフランは姉が許せなかった。自分がやろうとしたことだが、刃には命を救われた恩もあるはずだ。だと言うのにレミリアは刃に過剰とも言える攻撃をした。

 最初は失敗したと思った。だからすぐに助けに入るだろうとも思った。だが、レミリアは苦しむ刃を見ているだけで、結果フランたちも混乱もあって助けに行くのが遅れた。

 そしてこの時、フランにはレミリアが何処か喜んでいるように見えた。

(まだだ。まだ攻撃は続いている)

 攻撃が終わらない限り、決闘も終わらない。

 ごり押しだが、フランはまだ続けようとした。

(これでダメならもっと……)

 決意を新たにさらに力を入れようとするが。

「えっ」

 即席だったせいか、鞘を縛っていたロープが緩み、刀が床に落ちてしまう。

「やっ、刃!」

 フランは攻撃することを一瞬忘れ、慌ててスペルを解除して刀を拾い上げる。

「ごめんね。刃」

 刀を抱きしめるように持ちそう言うフランは、ここで自分がレミリアへの攻撃を中断してしまったことに気付く。

『レミリア・スカーレット、ライフゲージ零。勝者フランドール・スカーレット。決闘を終了します。お疲れ様でした』

「そん……な」

 信じられない顔でフランはそう呟く。

(どうしよう?)

 既に決闘結界は消え始めている。このままでは姉を跪かせることが出来ない。

 フランの目に凶器が映った。

(そうだ。私のスペルが駄目でも刃なら)

 刃には吸血鬼を殺せるだけの霊力が元々あり、弱っているが妖力、魔力、神力がある今ならただの刀だった頃より効果的だろう。

 フランの中で黒い感情が大きくなっていく。

(そうよ。パチュリーの言ったことだって私は首を縦に動かしただけ)

 悪魔は契約に逆らえないが、結ばなければ意味はない。

(それにこれなら刃も復讐出来て一石二鳥だわ)

 自分の考えに酔い、フランは刀を握りしめ、そして。

「痛い!」

 突然左手の人差指に走った激痛に悲鳴を上げる。

「なっ、何?」

 思わず左手を刀から放して人差し指を見ると、横一線に皮膚が切れて血が出ていた。

「何で?」

 フランが思わず刀のほうを見ると、落ちた衝撃で抜けたのか、鞘から少し蒼い刀身が出ていた。

 慌てて拾ったため、フランは気付かず刃の部分を持ち、握りしめたため指の皮膚が切れたのだ。

「嘘、どうして?」

 ただの刀だった頃にそれで遊んだフランだからこそ知っていた。刀が床に落ちた衝撃くらいでは抜けないことを。

 それが今は抜けている。

『もう止めるんだ』

 フランは刃にそう言われたような気がした。

(どうして、お姉様は、あいつは刃に酷いことをしたんだよ!?)

「ふ……ら……ん」

 困惑するフランにレミリアのか細い声が届く。

(ふん。今更弱ったふりをして、同情でも誘おうっての!)

 フランは刀を右手で持ち、傷ついた左手を隠すようにレミリアに振り向き、炎でよく見えていなかったその姿を見た。

 

 

「えっ」

 そこにはいつもの凛々しい姉も、憎たらしい怨敵も居なかった。

 スペルカードによって非殺傷化されているとは言え、高熱に晒されていたことに変わりはなく、炎に焼かれる痛みと鳩尾を抑えられていた苦しさもあって、体から多くの水分が抜けていた。

 水分を失った髪はパサパサとなり、皮膚からは生気を感じられなかった。

 当然体力と精神力も殆ど無くなり、立っているのもやっとだろう。

 そう、居たのは弱り果てた病人。

 フランには枯れ木のようにも見えた。

(誰?)

 フランには一瞬誰だか分からなかった。が、すぐに自分の姉であることに気付く。

(嘘、どうして!? だって、耐えてたじゃない。私が押しても動かなかったじゃない)

 それがどうしてこうなっているのかフランには分からなかった。

「だい……じょうぶ? どこ……か、け……が……し……たの?」

 混乱するフランにレミリアは弱々しくも心配の声を掛けてきた。

 その時左手の指の怪我に呼応するように胸の奥が痛み、黒い感情が消し飛ぶ。

「違う」

 フランは自分の頭から血の気が引いていくのが分かった。

(違う。私がしたかったのはこんな事じゃない。ただ、お姉様に謝ってほしかっただけ。刃にごめんなさいって)

 それがどうしてこんなことになってしまったのか?

 どうすればいいのか分からずフランは動けなくなった。

「レミィ!」

 そこにパチュリーが割り込んだ。

「咲夜、早く用意していた血を飲ませて! 小悪魔はレミィを支えて、私は魔術を掛けるから」

「「はい!」」

 矢継ぎ早に指示を出し、それに咲夜と小悪魔が答える。

 咲夜の手にはコップではなくティーポットが持たれていた。

 どうやらフランのスペルを見たパチュリーが、事前にこうなることを予想し、飲ませやすいように用意させていたようだ。

「わた……しより……」

 小悪魔に支えられながらレミリアはなおもフランを心配した。

「大丈夫よ。少なくとも貴方よりはね。それよりそんな元気があるんなら早く血を飲みなさい!」

 回復の魔術を掛けながらパチュリーは怒鳴り、言われるがままにレミリアはティーポットの注ぎ口から出る血を飲む。

 これらにより幾分かの生気がレミリアに戻る。

「よし。それじゃあ咲夜、悪いけど時を止めてレミィを部屋まで運んで。なるべく妖精メイドに見られないように、慎重に、迅速にお願いね」

「かしこまりました。お嬢様のために必ず成し遂げて見せます」

 パチュリーの命令に咲夜は頷き、そう答えるとその場からレミリア抱えて消えた。

 言うまでもなく時を止めて広間から出たのだ。

「ぱっ、パチュリー、お姉様は?」

 ここでようやくフランは動けるようになり、レミリアのことを聞いた。

 だが、返ってきたのは声ではなく視線。それも怒気の篭った視線。

 向けているのはもちろんパチュリー。

「!」

 これにフランは驚き、思わず後退してしまう。

(どうして? どうして私がそんな目で見られるの)

 悪いのは姉で、自分ではないはず。

「どうして自分がこんな目で見られるのか分かってないみたいね」

 そんなフランをパチュリーは見抜いていた。

「だって、お姉様が刃を痛めつけたから……」

「同じようにレミィを痛めつけたんでしょ。なら貴方が相棒を痛めつけたレミィをそう言う風に見たように、私が親友を痛めつけた貴方をそう言う風に見てもおかしくないでしょ」

 同じことをすれば同じことをされる。

 フランの言い訳を遮ってパチュリーが言ったことはそう言うことだった。

「でっ、でも……」

 フランは反論しようとするが言葉が出ない。

 パチュリーが言っていることは正しい上に、何より先ほど自分の行いを否定してしまったため、自分が正しいと思えなくなっているからだ。

 それでも自分は間違ってないはずとフランは頑なに自身に言い聞かせる。

「ふぅ。悪いけど、これからレミィの看病をしなくてはならないから私と小悪魔は席を外すわね。貴方も自分の部屋か刃の部屋に行って休みなさい。多分、その状態の刃は看病する必要は無いだろうから、大事に扱うくらいでいいでしょう。後、今回のことは関係者以外秘密だから。それじゃあ小悪魔、行くわよ」

 本日何度目かのため息を付き、パチュリーそう言って背中を向けた。

「……はい。それでは妹様。失礼します」

 複雑そうな顔をして小悪魔はフランに頭を下げた後、主人の後を追う。

「あぁそれと、私は同じことを繰り返す気はないからね」

 パチュリーが扉の前で止まり、一言だけそう言って小悪魔と一緒に広間から出て行った。

 

 

 パチュリーたちが出て行き、フランの視界には誰一人居なくなった。

「また、一人ぼっちになっちゃった」

 パチュリー、咲夜、小悪魔は三人ともレミリアの下へ行ってしまった。

(お姉様が悪いはずなのに)

 それなのに自分のところには誰一人居ない。

 フランがそう思った時、手元で何かがはまる音がした。

「?」

 そこを見れば今は人の姿ではないが刃がフランの手に収まっている。

 どうやら先ほどの音は刀が服か何かに引っ掛かり、鞘にしっかりとはまった音らしい。

 フランにはこれが刃の自己主張のように思えた。

「もう、刃ったら。本当は起きてるんじゃないの?」

「…………」

 しかし、返事は返ってこない。

 流石にこの状況でそんな悪戯はしないだろうから、先ほどと同じくやはり偶然なのだろう。

 だが、それでもフランには嬉しかった。

「ねぇ、お願い。返事をしてよ」

 だからこそ話がしたかった。

 フランは刀を思いっきり抱きしめる。

「妹様。今はゆっくり休ませてあげましょう」

 そこに誰かがフランの頭に手を乗せた。

「え?」

 フランはその声に聞き覚えがあった。

 慌ててそこを向くと。

「めい……りん」

「はい。紅魔館の門番、紅・美鈴(ほん・めいりん)です」

 驚くフランに紅魔館では浮いた服装の美鈴が笑顔で答えた。

 その顔はすぐに憂いを帯びたものとなる。

「咲夜さんに呼ばれて、失礼ながら途中から見ていました。事情も聞きましたよ」

 美鈴の説明にフランは後ろめたさから、刃を握りしめ、顔を隠すように反対の方向を向く。

 握りしめた左の人差指が痛かった。

「美鈴は……お姉様のところに行かなくていいの?」

「お嬢様の所にはパチュリー様、咲夜さん、小悪魔が居ます。私が行ってもすることはありませんよ」

 絞り出すように言ったフランに美鈴は優しくそう告げる。

「心配だったら行けばいいじゃない。私はお姉様に酷いことをしたんだよ? 無理して付き合わなくていいよ」

 目から零れそうになるものを我慢しながらフランは言うが、本当は誰でも良いから話し相手が欲しかった。

 自分のしたことは間違っていないと言って欲しかった。

「私は見てはいませんが、刃ちゃんがそうなっていると言うことは、お嬢様がしたことは本当なんですよね? なら、妹様が怒るのも無理はありません。それに私は妹様のほうが心配です」

「!」

 美鈴の言葉にフランは視線を戻して彼女の顔を見る。

 そして思い出す。刃が来る前、美鈴が何かにかけて話しかけてきたことを。

 当時は何で危険な自分に話しかけてくるのか分からなかった。だが、今なら分かる気がする。

 きっと刃が気遣ってくれたように、美鈴も気遣ってくれていたのだ。

 理由は分からないが、それでもフランには嬉しかった。

「…………」

 視界が歪み、目から零れ出すそれを見せまいと、フランは下を向いて口を開く。

「うん、そうなんだよ。お姉様酷いんだよ。ただの実験なのに刃をあんな目にあわして」

 必死に目から溢れるそれを止めようとするが止まらない。

「刃に謝ってほしかった。だけど、お姉様は平然としてて……」

 フランの言葉を美鈴は黙って聞いた。

「それが許せなかった。だから私は……でも、あそこまではするつもりは無かったの。分からなかったんだ! だって、耐えてたんだよ。平気だって思うじゃない。もっとやらなきゃって思うじゃない。……どうして、あんなになるまで耐えてたのよ。苦しいなら苦しいって言えばいいじゃない!」

 吐き出すように言うフランを美鈴は優しく抱きしめる。

 かつて刃がしてくれたように、それには安心できる暖かさがあり、フランの荒れた心が落ち着いていく。

「妹様。私は後から来た者です。だから妹様の行いが正しかったのかどうかは分かりません。ですから、今は妹様の部屋に戻って刃ちゃんが目覚めるのを待ちましょう。まだ三か月ほどの付き合いですが、きっと刃ちゃんなら悪いようにしないはずです」

 美鈴の言ったことは悪く言えば刃への丸投げだが、例え今、正しいことを言えたとしてもフランは納得できないだろう。それを分かった上での言葉だった。

「うん」

 美鈴の言葉にフランは心から頷く。

 これを聞いて美鈴はフランから離れ、ハンカチを差し出した。

「その前にこれでお顔を。その顔では妖精メイドが驚きますから」

 フランは美鈴からハンカチを受け取り、涙に濡れた顔を拭く。そして。

「ねぇ、美鈴」

「はい、何でしょう?」

「ありがとう」

 今までの分も含めてフランは笑顔で美鈴にお礼を言った。

「……いえいえ、どういたしまして」

 これに美鈴は少しの間返答に困るが、同じく笑顔で普通に返す。

 そして身なりを整えた後、二人は手を繋いで広間を後にしたのだった。

 




 復讐をすればどうなるかをフランが知る話でした。
 本当だったら刃の話やレミリアの事情も書く予定でしたが、キャラが予想以上に動くので次話に。そして本格的決闘もさらに延期に。
 楽しみにしていた人、申し訳ありません。
 予定通りに書くのって難しいです。

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