東方妹打刀   作:界七

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 長らくお待たせしました! 第十一話です。
 そしてこんなに待たせましたが量は過去最少です。


第十一話 追憶

 

 

 時刻は夕方、普通なら誰もが起きている時間に刃は目を覚ました。

 場所は自室となったフラン専属メイドの部屋。そこにあるベッドの上。

「ちょっと早く起きてしまったか」

 上半身を起こした刃は、ベッドのすぐ近くにある目覚まし時計を見てそう呟く。

 そして壁に掛けられたカレンダーを見る。

「あれから三ヶ月、終わってみると早いもんだな」

 そう言って思い出すのは四日前まで受けていた新人研修。

 咲夜、小悪魔、美鈴の三人が直々に行う特別編成のこれは、言うまでもなく厳しかった。

 あの小悪魔でさえ、研修中はふざけた雰囲気が無かったと言えば、どれだけ真剣だったかが分かるだろう。

「ぶっちゃけ、生前の自分だったら逃げ出していたな」

 言って刃は苦笑する。

 生前の怠惰で小心者だった自分が見たら驚くだろうと思って。

「これも長い間刀だったおかげかな」

 刃は刀だった頃、色んな使い手と共に数百年もの長い時間を歩んできた。

 絶対こうはなりたくないと思う者たちが居る反面、自分もこうなりたいと思う者たちも居て、もしも再び肉体を得ることがあったら、彼らのようになりたいと思っていた。

「正直本当に変われるか不安だったけど、それは杞憂だったな」

 研修中の刃は自分でも驚く程向上心に溢れ、高い身体能力と能力の副産物である完全記憶能力と相まって、どんどん技術を向上させていた。

 さらに研修中に紅魔館に襲撃を掛けてきた低級妖怪(女)にも臆することなく戦え、むしろ気持ちが高揚したことから、闘争心も高くなっているようだ。

「まるで刀の材料にされた時に精神を改造されたようだな」

 刃は冗談のように言うが、どちらかと言うとそちらのほうが可能性は高い。

 実際、刃の記憶は三十代から先が消されているので、他に手を加えられていてもおかしくはなかった。

 だとしても現状は刃にとってプラスに働いているので、それでもいいかと軽く考えている。

 もちろん何かあればパチュリー辺りに相談するつもりではいるが。

(相談する暇があるかな? いや、考えてもしょうがないか)

 刃は別のことに思考を向けることにした。

「それにしてもやっぱりこの幻想郷、いや、この世界は原作とは似ているようで違うんだな」

 そう言って思い出すのは研修中に知った、この世界の様々な原作との差異。

「例えば吸血鬼異変」

 その中でも目を引いたのは幻想郷の歴史だった。

 教えてくれたのは小悪魔。

 吸血鬼異変とは幻想郷に現れた吸血鬼が縦横無尽に暴れ、最後は敗れた異変で、原作だとこの後契約を結んで御終いだが、この世界では違う。

「まさか別の吸血鬼が起こした事件。しかも紅魔館が来る前とは」

 そう、原作では紅魔館が起こした異変とされるが、この世界では別の吸血鬼、それも大勢力が起こした異変となっている。

 その規模は紅魔館を軽く超えており、ゾンビやグールは当たり前、悪魔を初めとした様々な使い魔、忠誠を誓った魔法使いや人間の戦士、配下になることを選んだ幻想郷の人外、極めつけは十を超えていたと言う純血と混血の吸血鬼。

 対する幻想郷側は、妖怪の賢者と当時の博麗の巫女を初めとした各勢力と実力者が迎撃。

 異変と名付けられているが、もはや戦争であることは言うまでもない。

 戦いは苛烈を極め、吸血鬼側の全滅を持って終わるも、幻想郷側もかなりの死傷者を出しており、死者の中には博麗の巫女も居た。

 紅魔館が来たのはそれから約六十年後のこと。

 当然のことながら紅魔館に吸血鬼が居ると分かると、周辺の人外たちは徒党を組んで強襲する。

 しかし強襲をしたのは中級、低級ばかりで上級は一人も居なかった。

 対する紅魔館側はレミリアを初めとしたパチュリー、小悪魔、美鈴、そして当時のメイド長の五人。

 上級が居ないとは言え、これで相手側を全滅させているのだから凄い。

 刃の最後の使い手が死んだのもこの時だった。

 それからも幻想郷中の中級、低級の人外が徒党を組んで来襲するも、尽く全滅する。

 この結果、紅魔館の名前は幻想郷中に響き渡り、ついに妖怪の賢者が動き出す。

 だが、吸血鬼異変の時とは違い戦争にはならなかった。

 行われたのは本来なら吸血鬼異変の最後に行われるはずだった契約。

 戦争にならなかったのは紅魔館が来た時期と行動にあった。

 まず、人間を除く幻想郷の各勢力が、ようやく吸血鬼異変から立ち直り始めた頃であり、鬼を初めとした多くの妖怪が地下に移り住み、一部を除いて交流を遮断、妖怪の山では天狗を頂点とする社会が一応の形を成し始め、人間の里では殆どの異変体験者が死亡、博麗の巫女に至っては新人だったのだ。

 そして紅魔館は防衛戦しか行わなかったので、自由気ままな幻想郷の実力者たちが動くこともなかった。

 このため妖怪の賢者は幻想郷の実情と紅魔館の行動から契約を提案。

 紆余曲折を経て、最後は一体一の戦いで妖怪の賢者が勝利。

 こうして紅魔館は幻想郷の一勢力となるのだった。

 

 

「でも、まだこれはありえる話だよな」

 ここは原作ではなく良く似た平行世界か異世界。

 他にも吸血鬼が居るとも語られているし、この世界の吸血鬼異変は刃からすれば充分ありえる話だった。

「本当にありえない話は……」

 ここで刃はひと呼吸置き、小悪魔に教えてもらった防音結界の魔術を周囲に張る。

 理由は言うまでもなく叫ぶため。

「百合異変って何だよおぉぉぉぉっ!」

 初めて聞いた後にもこっそり叫んだが、一人で思い出すたびに叫びたくなるほど、刃にとってはありえない話だった。

「しかも妖術や魔法が掛かっているならともかく、ただの百合本、さらに殆どはそのコピーを読んで、男から女への性転換を決意とかありえんだろ!」

 何せ三ヶ月経っても……いや、三ヶ月程度では解消出来ないほど、男性から女性への変更は刃を悩ませていた。

 具体的には女装、トイレ、風呂など。

 それが何の力も無い百合本でどうにかなるわけがない。

 少なくとも四日前まではそう思っていた。

 就任祝いでユリドリミドリをフランと一緒に見ることを許可されるまでは。

「未読者のユリドリミドリの閲覧は禁止されていたんじゃないのかよ?」

 もちろんこれは聞いた。

 そしたら返ってきたのは紅魔館では禁止していない、の一言。

 フランが見ていなかったのは精神が不安定だったから。

 こう言われたら刃はそれ以上何も言えなかった。

 正直、自身の根源的な部分が絶対に見てはいけないと警告を発していた。

 しかし、今更元男で、現在も元の男に戻りたいと言うわけにもいかない。

 さらにフランが余程楽しみにしていたようで、目をこれでもかと言わんばかりに輝かせ、その理由の一つが刃と一緒に初めて見ることとなれば、もう見ないという選択肢はなかった。

 と言うか気付けば本を手に取ってページをめくっていた。

 そしてその翌日から三日間、刃がフランと一緒に見るために休暇が与えられた。

「一体何なんだ、あれは? 何の力もなしに、面白さだけで自分も女性になってこんな恋愛がしてみたいと思ったぞ」

 ユリドリミドリを読んでみての感想は正にその通り。

 こればかりはフランには言わなかったが、本気で女になることを考えた。

 美鈴に素の口調を女の子らしくしたらと言われていたので、ちょうどいいかな、と思ってしまった。

「でも、何とか正気に戻れて良かった」

 幸か不幸か刃は女になることを踏み止まった。いや、既に性別は女だが。

 とにかく刃はユリドリミドリの愛読者にはなったが、それ以外は変わらずにいた。

「だが、フランはどうなんだろう?」

 まだ休暇明けなので分からないが、外からの影響を受けやすいフランが変わっている、もしくは変わっていくことは想像に難しくない。

 そしてその前兆としてフランの刃を見る目は確実に変わっていた。

「全く、あれを書いた奴は一体何者なんだ? 作者の名前が書いてなかったが、どうせペンネームになるんだし、適当でも良いから書けば良いものを」

 そこまで言って刃ははっとなる。

「作者が分からない。それはつまり製作者不明。それって……」

 ある考えに行き着き口に出そうとするが、そのとき目覚まし時計の騒音が室内に響き渡る。

「おわっ! と、びっくりした」

 当然思考に没頭していた刃は驚き、慌てて目覚ましを止める。

 ちなみにこの目覚まし時計は魔法が施されており、音が部屋の外に漏れることは無い。

「はぁ、色々と気になることはあるけど、それを考えるのは今日が終わってからにしよう」

(何せ今日は研修が終わってからの初めての仕事だ、まずはそっちに集中しよう)

 気合を入れるように両頬を叩き、残っていた眠気を駆除。ベッドから降りて自室に備え付けられた洗面所にて顔を洗い、服を着替える。

 しかし、着る服はメイド服ではない。

(まあ、まずは朝の鍛錬からだな)

 下着だけの姿になった刃は指を鳴らす。

 同時に体から霊力が溢れ、それが身を包み込み、道着へと変わり、最後に髪をくくってポニーテールとなる。

 これは霊力、魔力、妖力、神力が一定以上高ければ誰でも使え、特に人外の殆どが生まれつき使える、服などの装飾品を作り出す通称、装飾術だ。

 しかも生まれつきなら一度発動させれば、自分の意思で止めるまで消えない、服が損傷しても自動で修復するから高い利便性を持つ。

 また、生まれつきでなくてもある程度練度が上がれば同じように出来る。

 もちろん力が無くなれば消えるので、出来ることなら普通の服を用意したほうが良い。

 なお、先程から着ている下着も霊力によって作り出したものだ。

「早く普通の道着を作らないとなぁ」

 刃は研修の時に家事の一つとして裁縫を教えてもらっていたので自作しようとしているが、あまり自由に出来る材料がないので制作は難航している。

「さて、それじゃあ行きますか」

 刃は壁に立てかけてある布袋に入れた、土木建築の研修で出た廃材を使って作った木刀を手に取り、部屋を出るのだった。

 

 

 それから時間はある程度経過する。

 刃は特に誰かと会うこともなく美鈴の居る所まで行き、挨拶をした後、彼女と一緒に体操から形稽古などを行ない、時間になると自室に帰還。

 洗面所にて魔法の研修の成果である自作の石鹸、魔術で温めた水とタオルを使って体を軽く洗い、魔術で温風を作り出して髪を乾かした後、霊力ではない普通の下着とメイド服に着替え、髪も普通の髪留めでツインテールにする。

「相変わらずこれで時間を食うなぁ」

 フラン専属メイドになった際に渡された懐中時計を見ると、かなり時間が進んでおり、最初の仕事の開始までもうそれほど余裕はない。

 そしてその仕事は刃にとって絶対に遅れたくないものだった。

「とにかく急ごう」

 部屋の戸締りをして刃は目的の場所に早足で向かう。

 出来れば走りたかったが、それをすればほこりが舞い、何よりメイド服にしわが増える。

「こんな時咲夜さんの能力は便利だよなぁ」

 そう言いながら館内を進んでいくと三人の妖精メイドに会う。

「あっ、皆さんおはようございます」

 研修を終えたとは言え、刃は新人、紅魔館に新しい妖精メイドは入っていないので、今のところ全員が先輩。

 言うまでもなくしっかりと挨拶はしなくてはならない。

 そんな刃に妖精メイドたちは。

「あっ、刃さん。おはようございます!」

「おはようございます、刃さん。って、敬語じゃなくて良いって言ったじゃないですか」

「そうですよ。今日から研修生じゃなくて、正式に妹様の専属メイドでしょ。だったらもう私たちの上司じゃないですか」

 まるで上司や先輩にするように挨拶。それでいて困ったような表情で口調の変更を求めてきた。

(確かにそうだけど)

 これに刃も困った表情になる。

 実際フランの専属メイドになるにあたって、刃は咲夜と美鈴に次ぐ権限を与えられている。

 その中でも妖精メイドたちに注目されているのは、自分たちへの命令権。

 そして妖精メイドたちは差はあるがフランを恐れていた。

 だから出来ることなら近づきたくない、関わりたくないと思っていた。

 つまり、協力を要請されてフランと接近したくないから、心象を悪くして命令されないようにしているのだ。

 しかし、それは刃の先代専属メイドまでの話。

 今でも妖精メイドたちはフランを恐れているが、昔ほどではない。

 さらに刃に対する心象も悪いどころか非常に良かった。

 どうしてそうなったかと言うと、話は約二ヶ月前まで遡る。

 

 

 ちなみに刃や妖精メイドが夕方にも関わらず朝の挨拶をしたのは、紅魔館が夜主体の生活をしているためだが、あくまで起きてきた者とそれに対してのみで、これ以外では普通に挨拶をしている。

 




 前回更新速度がどうなるかは分からないと言いましたが、一応謝っておきますすみません。
 次回は二か月前に起こった事件が明らかになります。
 そして次回は多分、早く投稿できると思います。
 

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