沈みゆく意識の中、俺は救援にやってきたであろう人物の事を思い起こす。
見間違いではない、マントに揺れる後ろ姿。
太陽の光を浴びながら登場したあの人を見間違うことなどない。
リヴァイ兵士長……『人類最強』との呼び声高くその実力は1個師団(約4000人)に匹敵すると言われる――将来、そう呼ばれるであろう人。
名前しか明かされず、出身、年齢等が不明で謎も多い人物である。
街でチンピラだった彼をエルヴィン団長がスカウトしたとか、王都で食糧難に陥っていた人々のために貴族の屋敷に忍び込みそれで得た金品で買った食糧を与え回ったなど、本当かどうかわからないが逸話は多い。
黒髪黒瞳で身長は160cmと低いながらも巨人殺しの腕は最強クラス。
神速の攻撃は多くの兵士を殺めた女型の巨人すら圧倒する凄腕の持ち主。
刃物のように鋭い目つき、口調も相手を突き放した冷たい言動で誤解を受けやすいが、その実非常に情の深い人物だ。
例えば彼は潔癖症であり巨人の返り血を浴びたらその場で拭うほどなのだが、致命傷を負った部下が死にゆく意識のまま呟いた「自分は人類の役に立ったのでしょうか?」という言に対してリヴァイは血まみれの彼の手を握り「お前は十分に、活躍した。そして……これからもだ。お前の残した意志が俺に”力”を与える。約束しよう、俺は必ず!! 巨人を絶滅させる!! 」と熱く語っている。潔癖症のリヴァイにとって巨人の血は汚くても、仲間の血は違うということなのだろう。
また死んだ仲間達のワッペンを1人1人、剥ぎ取っている。彼は仲間の無念を忘れない為にそうした行動を取っていた。
強く気高く――――誰よりも仲間想いの兵士。それがリヴァイという男だった。
(なら……大丈夫だ…………)
そのまま俺は意識を手放した。
× × ×
空は暮れ、広い平野の先に沈む夕日は綺麗だ。
だがオレンジの灯りに反射するのは力の無い奴らが流した血溜まりばかり。
胸糞がわりーな……。
(周囲に巨人共はいねぇが……コイツがやったのか?)
つい数瞬前に暴れ回っていた餓鬼を見つめる。
薔薇……駐屯兵団の服に身を包んでいるコイツは一山いくらの腐った奴らより幾分かマシなようだ。
「おい、禿…………バンダナ、いつまでも寝こけてんじゃねえ、お前は巨人と一緒に昼寝でもする趣味があるのか?」
「禿じゃねえよ……つつつ、巨人にぶっ飛ばされたんだ、仕方無いだろうが。それよりどうしてお前がここにいるんだリヴァイ?」
「エルヴィンの命令だ。『調査兵団は未だ新人が多い。今後の生存率を上げる為にもベテラン兵の消耗は極力避けたいから救助に向かって欲しい』って言われたんだよ。余計なおまけも付けられてな」
「おまけ……?」
クイッと親指で差し示す。
後ろには20人程の兵士達がいる。
全員調査兵だ。
ただし、どいつもこいつもびびるか騒ぐしかしていないがな。
「こ、この骨は巨人なのか? 本当に蒸発するんだな……」
「おいっ、グンタ、触って大丈夫なのかよ! 今も煙がもくもくと出てやがるんだぞ、ここは安全に安全を期してそーっとするんだ、そうそーっと安ぜぇ――――がふッ!?」
「騒ぎながら喋ったら舌噛むのは当然だろう。お前はただでさえ舌をやたら出す話し方なんだから落ちついて話せっての」
きゃんきゃん喚ぎたてて煩せーな……ッ!
いつまでも訓練兵気分でいるんじゃねぇよ。
ここが何処だか理解してんのか?
巨人共が徘徊している死地だと判らないのか?
禿……バンダナの野郎もどうやら後ろの一団に気づいたようだ。
「新兵達か?」
「ああ……」
「だが、新兵は使えないだろう、いきなり巨人にぶつけるのは拙い」
「だから俺が選ばれたんだよ……」
「お前が?」
「『リヴァイなら1人でも大丈夫だろう』だとさ……。巨人共がどんな奴なのかを経験させる為の研修も兼ねて、俺が1人で子守を任せられたんだ。他にも腕利きのベテラン中心に救助班は編成されているらしいが、俺のところだけは未熟な兵士を20人付けられた上に、1人で巨人に対処しろとのお達しだ。ふざけすぎてて笑いもでねえ」
「なるほどな」
「てめえらッ、巨人の胃袋に収まりたくねえなら、いつまでもぎゃあぎゃあ騒ぎたててんじゃねぇ!! 半分は周囲の警戒、半分は怪我人と民間人の救出をしろ!!」
「「「は、はい了解しました!!!」」」
「はっ……動けるなら最初から浮足立つんじゃねえよ」
一喝してから、やっと動きだしやがった。
これだから餓鬼は駄目なんだ。
躾けないと碌に行動しやがらねえ。
全員、歳が10代中頃~10代後半らしいが、落ち着きってやつを母親の中に置いてきたとしか思えないな。
「はっはっはっ! 少し前までは狂犬よろしく噛みつかんばかりに吠えていた奴が存外、様になっているじゃねえか!」
「煩い禿野郎、てめえの洒落た名前の馬を巨人の餌にするぞ」
「お前っ、シャレットに手ぇ出したらぶっ殺すぞっっっ!!」
「耳元で大声あげるんじゃねえよ……」
相変わらず愛馬のこととなると性格が豹変する野郎だ。
俺は後ろを見る。
若造共がせっせと怪我人を荷馬車に乗せている。
ふと空を見上げると日が傾き始めていた。
夕陽がいつか見た光景とだぶる。
この世の地獄を集めた場所。
血と腐臭の漂うスラム街を。
(イザベル……ファーラン……俺はなんとかやってるぜ……お前等は大丈夫か? エルヴィンの糞野郎の所為でそっちに行くのは遅れそうだが、まあ待っててくれや……)
外の空気を吸うとあそこがどれだけ酷いかよくわかる。
いつか綺麗に掃除してやらねえとな、あいつらの為にも……。
そう考えていると誰かが叫ぶ。
「きょ、巨人発見! 10m級2、7m級1、5m級2! 距離およそ500m! 一直線にこちらへと向かって来ます!」
「糞……さすがにこれだけの人数が集まるとうようよ寄って来やがるな。おいリヴァイ、とりあえず協力して――」
「いらねえよ」
「は?」
「いらないってんだよ。お前も怪我してんだろうが。いいから愛馬に乗って出発の準備でもしてこいよ。……屋根の上で警戒している奴は後ろに下がって後方を警戒。他の奴は手を休めずにさっさと怪我人を馬に乗せて出発の準備をしておけ! 警戒している奴らは前以外もこないか注意しろ!」
禿野郎は驚いてやがるが俺の実力は知っているからだろう。
何か言いたそうな顔をしていやがったが、もう1人の仲間を担いで後ろに下がっていった。
連れて来ていた新兵共の内、女の兵士が目の前までやって来て報告してきた。
「リヴァイ班長! 救助者の収容完了しました!」
「よし……俺はこの家を利用して巨人共を始末する。お前等全員、後ろに下がっていろ」
「え!? しかし、巨人は30人の兵士でやっと1体倒せるものだと――」
「教科書だけが世界の全てじゃねえだろ。ぐちゃぐちゃ抜かしてねえでさっさと下がれ。これだけあれば十分だろう」
片方のブレードを天に掲げ宣言する。
こいつらの中にある巨人に対する恐怖心というモノを払拭させなくちゃいけねえ、殺そうとすれば殺せる存在――それが巨人だと叩き込まないと駄目だと。
(だろう、エルヴィン? どんな手段でも辞さないアイツのことだ。必ず俺に新兵を預けた意味がある。まあ、他にどんな目的があるか知らないが、ついてってやるよ……)
女はきょとんとしてこっちを見てやがる。
判ってないのか。
「時間だ。すぐカタを付ける」
「え、あの……時間がかかりすぎるとトロスト区の門に巨人たちが集結して帰れなくなります。ここは撤退したほうが……」
「阿呆か。この化け物どもを引き連れたら大迷惑だろうが」
「す、すいません!」
「1分だ」
「はい?」
「1分で片づける。さっさと戻って出発の準備をしておけ!」
女を後ろに下がらせて奴らを見る。
揃いも揃ってふざけた顔をしてやがる。
たくさん喰って御満悦か?
最後は吐き出す癖にいい御身分だな。
死んだ奴らの無念を知らないようだ……。
「俺達の前から消え失せろ、滓野郎共……楽してあの世へ逝けると思うなよ。今まで、てめえらに喰われた奴らの痛みと苦しみを全てを受けて、死にやがれ…………っ!!!!!」
× × ×
太陽が雲に隠れて少しうす暗いトロスト区の郊外。
1人の小柄な男が5体の巨人を相手に圧倒している。
黒い閃光と化して重力を感じさせない動き。
敵の足、腕、首――と腱は切り刻まれていく。
それは1つの絵画のようでとても素敵な……物語に出てくる勇者といっても過言ではない輝きを放っていた。
思わず見惚れてしまう……。
「凄い……あれが調査兵団の実力なんですかっ! 巨人なんてものの数じゃない!」
「いや、あの次元で戦える奴なんてそうそういない。リヴァイが特別なんだよ」
「ネス班長?」
私達、新兵の教育担当であるネス班長が腕を組んで見ている。
その姿はもう結果が見えているとばかりの様子だった。
「どうした新米」
「いえ、少々思ったんですが、本当に加勢は必要ないのでしょうか? リヴァイ班長がお強いのは十分伝わります。でも万が一ということもありますし見ているだけでいいのかな、と」
「なんだお前、巨人と戦いたいのか?」
「え、いえいえいえ!? 極力遠慮したいです!」
「素直だなー」
周辺にある死体を見ると、上半身だけないものや半身がないという痛ましい方々がたくさんいる。
初めての壁外――1年前までは壁内だったんだけど――で戦いたくない。
死の恐怖と戦うので精いっぱいだ。
「はっはっはっ! リヴァイが聞いたら鼻で笑われるぞ。あの姿を見ても、そんな言葉が言えるのか?」
「え……ッ!? そんな、ことが……」
「ふん……汚ねぇ血が付いちまった、これだからデカイだけのウスノロは嫌いなんだ……」
少し目を離した間に私の目に映ったのは1人の男性が巨人の上に超然と立っている姿。
いつの間にか柔らかな光が雲の間から差しこんでいた。
「なんでだろう、目が離せない…………」
小柄な男?
加勢しないといけない?
そんな言葉はあの人にとって最大の侮辱だった。
少し考えれば判ること。
目にも止まらぬ速度で動くあの人が他の兵士と攻撃を合わせることは無理なんだ。
目が離せないといいながら、その実、動きを追うだけで精一杯なのだからお笑い草なのだろうけど。
あの動きを見れば誰だって付いていけない。
だからだろうか。
ついて行きたい、と――そう思った。
青二才の雛っ子な自分では大言壮語であることは理解しているけど……。
隣に立てるくらい強くなれたらと思うのはいけないことだろうか。
孤高という言葉が似合うあの人の傍に一歩でも近づきたい。
正直に言えば、魅せられていた。
唯一無二の存在であろう人の近くに立ちたい。
この瞬間、私は決意した。
(あの人のように強く、気高くなりたい――――そしていつかは……)
馬鹿みたいな夢想を想い描く。
思春期の少女みたいな願いは届くことはないのかもしれない。
けど全てが終わった後でこうなったらいいと願うこの想いは私だけの物だ。
お父さんに反対されようとも、この想いを貫くと固く決意する。
巨人を倒して倒しまくってこの人の近くにいようと。
我ながら簡単な女だと思うけど惹かれてしまったのだから仕方が無い。
胸が張り裂けんばかりに高鳴る。
1つ1つの仕草さえ愛おしいと思う程に。
トク……トク……と凍りついたはずの心臓は熱く心を焼く。
だから……だろうかネス班長がこの後に言った言葉も何故か強く印象に残ってしまった。
後に思えば、なんてことの無い内容だったはずなのに。
「悔しいことだが長いこと壁外調査に従事して、巨人達と戦い続けた俺から見てもリヴァイは段違いの強さだ。現時点で人類が誇る最強二枚看板の1人だろうな」
「二枚? もう一人いるんですか? リヴァイ班長クラスの人が……」
「ああ、エルヴィン団長が期待を寄せる超新星がいるぜ。頭がキレて、巨人殺しの腕も一流だ。個人的にはリヴァイ以上の潜在能力を持っていると思っているな」
「そんな人がいるんですか!? 誰なんですかその人は?」
「誰もなにもそこにいる黒髪の少年だ。今は気絶しているようだがな。最初は気付かなかったが、よくみたらアイツだったと判った……。まったく、悪運が強いというのかこれは。帰ったら宴会をしたいくらいだ」
「そこって……駐屯兵の制服を着ているようですが……」
「いや、そいつは正式な兵士じゃない。年齢制限に引っ掛かるからな。だが、そいつはエルヴィンと一緒に長距離索敵陣形を考案した天才なんだ。2週間程、調査兵団で訓練を見たことがある。今年で11歳になる少年だが、リヴァイとは別ベクトルの天才なんだぜ。教えたことを真綿が水を吸うようにどんどん覚えていく奴なんだ。俺としても教えがいのある生徒だったよコイツは。お前、この周辺の巨人たちの残骸をどう思う?」
「どう思うもなにもネス班長達が討伐したのでは?」
「違う。そこのアオイ・アルレルト君が全て片づけた。今のリヴァイばりの攻撃でな……。まだ、子供は遊ぶ歳なのにやるせないことだ……そこだけは申し訳ないと思っているよ」
「倒したってどれだけ強いんですか……?」
指を差して周辺の骨――蒸発し始めて、原型をとどめてないものも居ましたが、10体前後はいるようなんですが……。
ネス班長は笑いながら話続ける。
「アオイ君は死なせるわけにはいかない。次代を担う若き兵士だからな。――そう言えばアンタの名前はなんて言うんだい? 新兵は消耗率が高いから覚えきれてないんだ」
「ペトラ――ペトラ・ラルです」
私はそう返事をしつつ、黒髪の少年を見つめる。
呼吸は規則正しくしており、熟睡しているようだ。
あどけない寝顔は安心しきったように安らかで、こんな危険な場所には似つかわしくなかった。
整っている容姿はしているが、普通といえば普通の男の子。
言葉を交わすこともなく、このときはそこまで気にすることもなかった。
心の片隅にその顔と名前だけは、記憶に残る。
気にしていないと思っているのに、そのときの印象だけはやたら強く残って――
原作キャラ4人――グンタ、オルオ、エルド、ペトラ登場です。
リヴァイ班は全員19歳ということにします。